塹壕を突破出来ず機関銃の前に為す術なくなぎ倒されるウマ娘駆兵の悲壮な姿は、国籍を問わず大変なショックであった。
駆兵突撃とは古今東西、何人も阻む事の出来ぬ力の象徴であり、畏怖の対象であり、憧れであった(東洋文化圏には『
産業革命以後『科学によってウマ娘に追い付け追い越せ』というのが人間の通念であった。達成の暁には明るい未来があると信じて疑わなかった。
しかして到達したのは、制御不能な大量殺戮の完成だった。
《世界大戦》はテクノロジー進歩の恐ろしさ、虚しさを、人類にまざまざと見せ付けた。けれど今更技術開発の駆け足を止める事は叶わない。足を止めれば、あっという間に隣人に食い殺されてしまうのは必定であった。
《国民国家》と《資本主義》の上に成立する近代国家モデルが社会を進歩させた事には間違い無い──しかし蓋をして見ないようにしていた負の側面が、世界大戦という形で爆発したのである。
テクノロジーによって駆兵が無力化されたショックは、ある意味、更なるテクノロジーで現状を超えていくための原動力となった。
そうして欧州各国にて、駆兵に代替して塹壕を踏破する新兵器開発競争の幕が上がる。
史料は実に試行錯誤の跡を見せてくれる。
初期には、大きな浴槽を引っくり返した様な装甲をウマ娘複数人に被せ、ついでに敵を威嚇し怖がらせる様なハリボテの顔を付けて突撃すれば良いのでは? と考案された。
悪くない案に思われた。シンプルでコストも低く即時投入可能という点で、軍部の反応も上々──けれども、いざテストをしてみると
ハリボテが旋回しようとしてずっこけ四散する素っ頓狂な試験映像が残っており(一部ネットユーザーに人気の様子だ)、今でこそ珍兵器扱いなのだが『ウマ娘の力に頼って何とかするのは無理っぽい』という知見を得るためには大切なプロセスだったとも言える(はず)。
やがて研究はウマ娘頼りから完全に脱却し、純機械的なベクトルにシフトしていったのである。
そして大戦中期、かの新兵器はイギリスで発明された。
不細工な鉄の箱へ無理矢理に
「こんなブリキ缶が私たちより役に立つんですか?」
返す言葉も無かった。現地の兵士たちも同じ様に思い、恐らく当の搭乗員もそう思った。それは如何にも鈍重そうだったし、しかも全然可憐じゃない。開発技術者チームだけが何故か自信満々だった。
道半ば立ち往生するのがオチだろう──だがしかし、結果は全く予想に反した。
駆兵が手も足も出なかった機銃掃射の雨の中、
技術者たちの歓声が上がった。その様子を物陰から眺めていた英国駆兵たちは唖然として、それから「むきーっ!」と地団駄を踏んで悔しがった。
戦場の花は私たちだった。なのにあんな不細工な鉄塊如きに。もう私たちは人間さんを守ってあげる事も出来ないのか──既にずたずただったウマ娘駆兵のプライドは殊更に踏み躙られた。
一方、銃後の国民生活も限界に達しつつあった。生産活動を担う働き盛りの男と、流通活動を担うウマ娘が根こそぎ動員されてしまっては当然だった。
生活に困窮する市民は、なおも戦争を止めない政府に不満を爆発させた。欧州各地で『誰が作り、誰が運ぶ?』と記されたプラカードを掲げた行進が列をなした。
そしてそれが弾圧されると、より先鋭化した
特筆して炎上したのが《
当時、戦場の実情を広報する事は厳しく統制されていた。悲惨な塹壕戦の実態は銃後の戦意に関わるし、若者を死地に輸出するためのプロパガンダとも完全に相違するものだったからだ(望んでそうしたかった訳でもなかろうが、他に成す術なかった。重すぎる罪悪感に精神を病んだ宣伝担当官は枚挙に暇がない)。
しかし人の口に戸は立てられぬ。戦場の花に憧れて笑顔で出征していったウマ娘たちが、どんな末路を辿ったか──戦局悪化に伴い徐々に明らかになっていった。
民衆は怒った、怒り狂った。その怒りのエネルギーたるや筆舌に尽くし難いものがある──
何はともあれ、筆者としても贔屓のあの娘がシェルショックに蝕まれ、機関銃になぎ倒される光景を想像しただけで気がおかしくなりそうである。
また読者の皆様も同様であろう(何故
指導人一揆は、瞬く間にヨーロッパ全土に波及した。一般民衆の怒りが、それを鎮圧するはずの軍人にまで延焼すると、いよいよ手が付けられない。
もはや戦争どころではなかった。このままでは敵に攻め込まれる以前に、国民によって政府組織が破壊されかねない。各国は沈静化させるために急速に講和に向けて動き出した。
戦争プロパガンダは一転して平和のためのプロパガンダへ変身した──随分と都合の良い事だが、確かに効果があった様である。
フランスやイギリスの様に何とか沈静化に成功した国がある一方、しかし、失敗した国があった。
《ロシア帝国》並びに《ドイツ帝国》である。
片や世界大戦以前から反乱の火種が燻り続けており、片や東西両方面の戦線を抱え特に戦争被害が甚大であった。指導人一揆がそのまま《革命》のエネルギーに転化されるには、そう長い時間がかからなかったのである。
両国は相次いで帝政が崩壊。先ずロシア革命によって《ソビエト社会主義共和国連邦》が成立。言わずもがな、世界初の社会主義一党独裁制の国家である。
次いで間をおかずドイツ革命によって《ヴァイマル共和国》が成立。変わって資本主義民主共和制を掲げた国である。
かつてフランス革命が起こった際、余波を恐れた周辺諸国はフランスに積極的な軍事介入を行った──だが今回ばかりは周辺国にそんな余力も無かった。それを果たして幸いと言って良いものか。
皆疲れ果てていた。何でも良いから戦争を終わりにしたかった。そうして国力を疲弊させるだけ疲弊させて、各国が指導人一揆のパワーに折れる形で、講和は締結されたのである。
戦争はなし崩し的に開始され、またなし崩し的に終了。一体何のために戦って何のために死んだのか。誰が真の勝者で敗者なのか──それら一切のわだかまりは解消されないまま、四年の歳月を経て
◆
《駆士道》という不文律の倫理規範の消滅は、一方で国際法の進歩も生み出した。
凄惨に過ぎる争いを止めた人間が、打って変わって人権擁護活動に意識を傾け始めた時、または世界恐慌前夜、
『人間の都合で純粋無垢なウマ娘を軍事利用するのは道義的にどうなのか』
と、ようやく提唱される。
そうしてアメリカ合衆国を仲介役に、ウマ娘の徴兵(志願兵はその限りではない)を禁ずる平和条約が国家間で批准される流れとなった。
正しく歴史的快挙に世界が沸いた。あの大戦は悲劇ばかりを生み出した訳ではなかったのだ──という代償的思考もあったのだろう。
さて各国首脳が集まる平和条約祝賀パーティーにて、全ウマ娘を代表するスイス産まれの彼女は満面の笑みだった。彼女は各国大臣の前で嬉しそうに耳を動かして言う。
「私たちが戦争に巻き込まれなくなるのは、とっても喜ばしい事です……ところで、人間さんが戦争を止めるのは何時頃になりそうですか?」