ほんの少し慎重になったスバル君を異世界に投入する話 作:面白い小説探すマン
「取引やて?」
ナツキ・スバルに突如として言われた『取引』という言葉に商人としての性が否応にもなく刺激されるアナスタシア。
「聞くだけきいたるわ」
アナスタシアの許可を得て、ナツキ・スバルはこれから巻き起こるユークリウス邸の現状を改めて説明した。
「俺が分かってるだけでも、明日の夜に発生するのは、『腸狩り』エルザ・巨大な犬の魔獣・魔女教徒の集団による襲撃だ」
「エミリア様を助けるきっかけにもなったスバルの持つ未来視だな」
王都でもナツキ・スバルに突飛なことを言われたユリウスは既に未来視で納得している。
「そうだ。俺たちはそいつら全員倒さなくちゃならねぇが、圧倒的に戦力が不足している」
現在、このユークリウス邸で戦えるのはエミリア・レム・ユリウス・ミミ?の四人しかいない。
「それでも、俺は未来視で屋敷が襲撃されることを知ってるけど、他のみんなは本当に襲撃されるかわからない。この戦力不足の解消とみんなの襲撃に対する意識を高めるために、アナスタシアさんにはここに団長を呼んでもらいたい」
「鉄の牙の力を貸してほしいってことやね」
「そうだ。このままじゃあ間違いなく全滅だ!!」
ナツキ・スバルはアナスタシアに熱意を伝えるが、当のアナスタシアは感情の読めない表情でナツキ・スバルを値踏みする。
「ナツキ君の未来視。ユリウスはそれで納得しとるようやけど、ウチはまだ信じてへんで」
当然アナスタシアにとってはそんなものは眉唾物だ。只でさえこの会話はナツキ・スバルが別の世界の人間などという眉唾の仮定の上に成り立っている代物。眉唾の上の眉唾など信じられるはずもない。
「なら未来視についてはまだ信じなくていい」
「ええんか?それが襲撃の根拠やろ?」
「そうだな。でもアナスタシアさんとのこの取引に関しちゃ、それは些細な問題だと思わないか?俺の要望はあくまでも鉄の牙をこのユークリウス邸に集結させてくれってことなんだから」
「なるほどなぁ。確かにそれなら未来視の真偽なんてどうでもええな」
アナスタシアはナツキ・スバルの瞳の奥を覗き込む。
「せやけど、そうなったら。根拠のない襲撃に対して鉄の牙を動かしてほしいって言ってるようなもんや。普通だったら相手にせぇへん。ナツキ君はウチに対して何をしてくれはるの?」
当然の疑問。取引と言った以上、見返りがなければ成り立たない。
「アナスタシアさんが今まで手にしたことない物をやるよ」
「ウチが手に入れたことのない物?」
「そう!!アナスタシアさん自身が初見だと公言した俺が日本から持ってきた物全てだ!!」
ナツキ・スバルは机の上に広げられたガラケー・スナック菓子の袋・カップ麺・ビニール袋を示す。
「ナツキ君が大瀑布の向こうから来たという証拠の品々ねぇ」
「どうだい?アナスタシアさん!!」
「ナツキ君は一つ勘違いしてへん?」
「勘違い?」
「ウチは確かに見たことないとは言うたけどな、それらがこの取引を成立させる価値があるかどうかはわからんとちゃう?」
「……それで?アナスタシアさんの審査の結果は?」
こればかりはアナスタシアの匙加減ですべてが決まる。アナスタシアが白と言えば黒い物でも白くなるのだ。ここにきてナツキ・スバルは主導権を完全にアナスタシアに渡してしまった。
「ナツキ君がウチにくれはるのは『ナツキ君が日本から持ってきた物全て』やんな?」
「あ、ああ」
アナスタシアは答えをもったいぶる様に言う。
「ところで、ナツキ君が今着とるその見慣れん服も『ナツキ君が日本から持ってきた物』に入るんよな?」
「ま、まあ。そうだな。でもこれ以上は絞っても本当に何も出ないぜ。俺は天下不滅の無一文!!」
「人は絞って、何も出ぇへんことはないんよ」
ナツキ・スバルは下着から靴に至るまで、アナスタシアに全てを引き出された。
「ほんなら、『ナツキ君が日本から持ってきた物全て』で鉄の牙の力を貸したるわ。そこにサインしぃや」
アナスタシアから契約書を渡される。これでナツキ・スバルは正真正銘、裸一貫の無一文となってしまった。ユリウスが服を貸してくれなければ今頃はすっぽんぽんだ。
「俺、文字読めねぇわ」
ここに来て思い出す異国の言語。ユークリウス邸では剣の修行ばかりしていたため、文字に触れる機会がなかったのだ。
「レム。俺の代わりにこの契約書に目を通してくれないか?」
「わかりました」
ナツキ・スバルはレムに代読を頼む。
「概ね、先ほどの会話の内容で問題ないかと」
「ありがとな」
レムから契約書を受け取るとナツキ・スバルは日本語でサインした。
「ほんまに見たことのない文字やな。適当ってわけでもなさそうやし」
ナツキ・スバルから契約書を受け取ったアナスタシアが言う。
「ともかく、これでアナスタシアさんは団長を呼んでくれるんだな?」
「ええよ。そういう契約やしな」
これにて緊急ユークリウス邸首脳会議は終了した。
「あーあ。まじで無一文になっちまった」
会議を終えたナツキ・スバルは庭に寝転がって夜空を見上げていた。先ほどの会議ではアナスタシアに全てを渡してしまったが、ナツキ・スバルに後悔はない。代わりに鉄の牙の力を貸してくれることが決まったからだ。
「これで何とかなるだろうか?」
明日の夜に発生するユークリウス邸の襲撃。これで防げなければ再び地獄が繰り返されることになる。他にも何かやるべきことはないかを考えていると、ナツキ・スバルの隣にユリウスが座った。
「スバル」
「ユリウスか」
ナツキ・スバルは身を起こす。
「先ほどの会議ではアナスタシア様との取引を見事に成功させていたな」
「まあこれで本当の無一文になったけどな」
特に悲観していないナツキ・スバルの様子にユリウスは笑った。
「未来視と言っても王都の騒動を体験した私でなければ素直に信じることは難しかっただろう」
「今思い出してもあの時、ユリウスはよく信じてくれたと思うよ」
王都でユリウスは特に何も言わずに自分についてきてくれた。あれがなければ貧民街に出現する獣のループを止めることなど出来なかっただろう。
「盗品蔵での戦い、そして今日の決闘でも見せたあの武器を奪う力はなんだい?あれも君が日本からルグニカへ来た際に得た力だろうか」
その詳細を話せばきっと、あの影の手がナツキ・スバルを粛清しに来る。ナツキ・スバルはユリウスの質問に答えることができなかった。
「まあ、そうだな。ユリウスには悪いけど詳しくは話せないんだ」
そんなナツキ・スバルの態度を見てもユリウスは特に気にする様子はない。
「私はね、君とは長い付き合いになる気がするんだ」
ユリウスは星を見ながら言う。
「何となくだけれど、スバルの言う未来視も全てを話しているわけではないだろう」
「ユリウス……」
「今はそれでいいさ。それでも、いつかは君の全てを話してくれ」
ユリウスの紫色の瞳がナツキ・スバルを見つめた。
「ああ。もちろんだ。そのためにも明日は頑張らねぇとな。一度エルザを撃退してるんだし、ユリウスには特に期待してるぜ!!」
「フフ。それなら、その期待に応えなくてはな」
ナツキ・スバルとユリウスは星空の下、笑いながら拳を合わせた。
そして、運命の4日目がやって来る。ナツキ・スバルはいつも通り、庭で剣を振っているとユークリウス邸の門の辺りが騒がしいことに気づいた。
門の付近に集まる武装集団。その中の一際大きな人影がナツキ・スバルに近づいて来る。
「よお!!兄ちゃんがお嬢の言っとったナツキ・スバルか」
王都の一度目のループで出会ったミミの保護者がそこにいた。
「ワイは鉄の牙の団長で、リカードゆうねん。よろしゅうな」
「やっぱりアンタだったのか!?」
その巨体に加えて犬の獣人であるリカードを忘れるはずもない。
「兄ちゃんとどっかで会ったか?」
やはりリカードもミミと同じで覚えていないことにナツキ・スバルは悲しくなった。
「んーにゃ。俺の名前はナツキ・スバル。無知蒙昧は卒業したが、正真正銘の無一文だ。よろしくな、リカードのおっさん」
「ワイはまだおっさんとちゃうで。それじゃあ兄ちゃん、お嬢から大体の話は聞いとるが今夜事を構える連中について聞こか」
「分かった。主要な面子を全員集めてくるぜ!!」
場所は例の応接室。そこにはナツキ・スバル、エミリア、レム、アナスタシア、ユリウス、ミミ、リカードが集まっていた。
「んじゃ今夜戦う連中について説明するぜ!!」
その言葉で全員がナツキ・スバルに視線を集中させる。
「大きく分けて三つの勢力が相手だ。一つ目は『腸狩り』エルザ、二つ目は巨大な犬の魔獣、そして三つめは魔女教徒の集団だ」
「えらいごっつい面子やな」
リカードが軽口を挟んだ。
「まあな。一つ目のエルザと二つ目の魔獣がどこから現れるかは検討がついてる。ユークリウス邸の隠し階段の先だ。エミリアちゃんにお願いして、その通路に結界石を取り付けてもらったから魔獣がこの屋敷に入ることはないと思うが、エルザは別だ。そいつの相手をする役目が必要だ。それをユリウスにやってもらいたい」
「ああ。任されたよ」
ユリウスはナツキ・スバルの言葉に即答する。
「でだ、通路の先の郊外にはエルザの他にも魔獣がいる。エルザとは別に魔獣を引き付ける役目が必要なんだ。それをエミリアちゃんとレムに任せたい」
「分かったわ。私、頑張っちゃう」
エミリアは快く引き受けてくれたがレムの反応はいまいちだ。
「何故レムは魔女教徒の相手ではないんですか?」
「俺さ…この戦いで誰にも死んでほしくないんだ」
前回のループで魔女教徒に串刺しにされたレム。
「レムが魔女教徒を前にすれば、自分のことも顧みずに突っ込みそうで…怖い。だからレムは魔獣の相手をしてくれないか?」
「……分かりました。但し、あなたもレムやエミリア様と共に魔獣の相手をしてください。あなたから目を離したくはありませんから」
「分かってる。元よりそのつもりだからな。ユリウスの戦いを邪魔させないのは俺がやりたい」
フッと笑うユリウス。レムとの会話を終えたナツキ・スバルは最後にリカードとミミを見る。
「最後に一番分からないのが魔女教徒だ。ユークリウス邸に現れることは間違いないがどこから出現するかはわからない。リカード達、鉄の牙はユークリウス邸の周囲に蔓延る魔女教徒を殲滅してほしい」
「ワイらの相手は魔女教徒か。腕が鳴るのぉ」
「あいてはまじょきょー!!団長とミミがいればちょーさいきょー!!」
リカードとミミもその役目を了承した。
「よっしゃあ!!んじゃ、この布陣で奴らを倒すぜ!!」
勝負といこうぜ、運命様よ!!
遂に4日目、運命の夜が始まる。
ナツキ・スバルはエミリア・レム・ユリウスと共に結界石の取り付けられた隠し階段の先にある通路からエルザや魔獣たちが出現するであろうユークリウス領の郊外へ向かっていた。
「スバル。リカードたち鉄の牙をこちらへ回してもらわなくてもよかったのだろうか」
この四人で向かうことに思うところのあるユリウスが聞いてくる。
「ああ。リカード達が相手にする魔女教徒の数が敵の中だと一番多いんだ。鉄の牙には万全の態勢で望んでほしいからな。それに、俺はこの面子でどうにかなると思ってるぜ。エルザに魔獣、確かに楽な相手じゃないがユリウスがエルザを一人で抑えてくれれば、エミリアちゃんとレムの力で魔獣は殲滅できるだろう」
前回のループで見たユリウスとエルザ・魔獣の戦いでは数匹の犬の魔獣がエルザと連携してユリウスを倒していた。犬の魔獣は多くても5匹。それならエミリアとレムの力でどうにかなると踏んだ。
「俺たちが絶対ユリウスの戦いに横やりなんて入れさせねぇから、しっかりとエルザの奴をしばいてくれ」
「わかった。それなら期待させてもらおう」
ナツキ・スバルは改めてエミリアとレムを見た。
「今更だけど、エミリアちゃんとレムにはこんな危ないことに付き合わせちまって悪い」
「これから大変なんでしょう?それに、エルザってこの前のこわーい女の人じゃない!!私がみんなぎったんぎったんにするから安心して」
「ぎったんぎったんって今日日聞かねぇな。ところでパックも手伝ってくれるんだよな?」
盗品蔵ではエルザを一方的に攻撃していたパックが参戦してくれれば心強いことこの上ないが。
「う~ん。ボクは日が暮れたら眠らなきゃいけないんだ」
「そういえば盗品蔵でも真っ先にいなくなってたな」
「本当ならリアに危ないことはしてほしくないんだけど、本人がどうしても手伝いたいって言ってね。スバル、リアのことくれぐれも頼んだよ」
「ああ。むしろ俺がエミリアちゃんに頼む立場だけどな」
パックは不安な顔をして、死んだように消えていった。
「レムはエミリア様の従者ですから。エミリア様だけを危険な目に遭わせるわけにはいきません」
「レム…」
「あなたは兎も角、私の目が届くところにいてください」
「あ、ああ。でも、俺は本当に役に立たないと思うからしっかり守ってね」
「ユリウス様に戦いの邪魔をさせないとか言ってたのはどこのどなたですか?」
ナツキ・スバルたちは通路を抜けてユークリウス領郊外の森に着いた。もう日も暮れて月明かりだけが森を照らしている。
「獣臭……」
レムが呟いた次の瞬間、木々の合間からいくつもの赤い双眸が輝いた。その目の持ち主はゆっくりと月明かりの下に姿を現す。
「で、出やがった!!」
その数は5匹どころではない。数十は下らなかった。
「なんでこんなに多いんだ!!」
前回のループでは魔獣の数を全て確認したわけではない。予想を遥かに上回る魔獣の数に思わず後退る。しかし、目の前に立つユリウスが一歩も引かないのをみて、ナツキ・スバルも気を入れ直した。
そんな中、月明かりの下に降り立つ美しい女が一人。
「思いのほか、随分と早くあなたたちのそのお腹の中身を切り開けそうね」
『腸狩り』エルザ・グランヒルテだった。
「俺はもう正直会いたくなかったけどな!!」
「お兄さんもこんばんは。あの時のテーブルの借りを返させてもらうわね」
ナツキ・スバルが盗品蔵からフェルトやロムじいと一緒に逃げる中で、囮として設置しておいたテーブル。エルザはそれに一杯食わされたことをまだ根に持っているようだ。
「「「「グルルルルルルル!!」」」」
「なあ?あの犬っころども俺のこと見てね?」
隠し階段の通路の出口を取り囲む魔獣は一様にナツキ・スバルを睨みながら唸っていた。
「あなたの魔女の残り香が原因なのでは?」
「え?そうなの?」
レムから告げられた笑えない推測。魔女の残り香は魔獣にとって形容し難い物なのだろうか。
「ま、まあそれならそれでやりようはあるってもんだ!!」
ナツキ・スバルのその言葉を皮切りにエルザと魔獣が動き出した。エルザと高速で切り結ぶユリウス。当然、魔獣もエルザと連携してユリウスを屠ろうとする。
「俺は『死に戻り』をして―――」
世界が止まり影の手がナツキ・スバルの心臓を握り潰した。それと同時に魔獣は攻撃対象をユリウスからナツキ・スバルへと変える。
「ナツキ・スバル様!!一体何をしているのですか?!!」
突如として濃くなったナツキ・スバルの魔女の悪臭にレムは思わず攻撃を仕掛けそうになった。
「へへへ……。魔女の残り香で魔獣を引き付けられるならもしかしたらってな。前に話したペナルティだ」
レムはナツキ・スバルがアナスタシアと会う前に何となくだがその説明を受けていた。故に、ナツキ・スバルに攻撃こそ仕掛けなかったものの魔獣への対処に遅れる。
「私だっているんだから!!」
ナツキ・スバルへ襲い掛かる魔獣がエミリアの氷の礫に押しつぶされた。
「助かったぜ、エミリアちゃん!!」
「その魔女の残り香に頼る生き方はやめたほうがいいと思いますけど…ね!!」
レムの鉄球が魔獣の頭を砕く。それを目にしたナツキ・スバルは一度目のループでレムに同じ様にして頭蓋を砕かれたことを思い出すと脳の裏が熱くなった。
「と、兎に角。俺たちはユリウスとエルザの戦いに魔獣共を寄せ付けなければいい!!俺が魔獣を引き付けるからエミリアちゃんとレムは魔獣を片っ端から倒していってくれ!!」
ナツキ・スバルの四方八方から魔獣が攻撃を仕掛けてくる。エミリアとレムがいるとはいえ、ナツキ・スバルはユリウスがエルザを倒すまで、数え切れないほどの魔獣から逃げ続けなければならない。