ほんの少し慎重になったスバル君を異世界に投入する話 作:面白い小説探すマン
十四話
「死になさい!!」
「えぇ……」
レムと瓜二つの赤髪のメイドがナツキ・スバルへ暴言をぶつける。ナツキ・スバルは初対面の人物であるにも関わらず、何故こんな暴言を向けられるのか分からなかった。
「姉様……」
「レム……。あなたも遂にそんな年頃になったのね。でもこの男はやめておきなさい。アナスタシア様の奴隷だし、目付きが悪いわ」
「違います、姉様」
赤髪のメイドはレムの手を取って語りかける。
「レムがロズワール様から……ラムから離れてまで、この男に付いていきたいと聞いた時は気がどうかしてしまいそうだったわ。ロズワール様のお屋敷に帰りましょう。こんな男じゃなくてもレムならすぐにいい人が見つかるわよ」
赤髪のメイド─ラムはレムの手を引いて帰りの竜車の方へ向かった。しかし、レムは立ち止まってラムから手を離す。
「ごめんなさい、姉様。レムはスバル君を見張らないと」
魔女の残り香を纏うナツキ・スバルの監視を選んだレムの決意は固い。だか、その決意はラムにとって全く別の形となって映る。
「そんな……レム……それほどまでにあの男のことを……」
ラムは地面に崩れ落ちた。差し出されたレムの手を掴むや否や謀反人─ナツキ・スバルを睨み付ける。
「レムに何かあったら許さないわ!!」
ラムはエミリアを回収するとロズワール邸へ帰っていった。
「あれがレムの姉様か……」
「はい……。色々と勘違いしていますね」
「今度会ったら、妹さんを俺に下さいってのをやろうかな?」
「はっ倒しますよ」
それからの二週間、ナツキ・スバルはユークリウス邸で平穏な日々を過ごす。ユリウスや『鉄の牙』と剣の修行をしたり、色々なゲームをしたり。
しかし、楽しい時間にはいつか終わりが来るもの。その日、ナツキ・スバルの日常が動いた。
「ほんならウチらは行ってくるでな」
アナスタシアは今日の朝、ユリウスと『鉄の牙』を伴って王都に向かう。なんでも、王選に関わる重要なイベントがあるとのこと。ナツキ・スバルもユリウスと共に王都へ向かおうとしたが二つの理由から断念した。
一つはイベント会場である王城には王選候補者と近衛騎士以外は入れないというユリウスからの情報。もう一つはアナスタシアからの待機命令だ。
理由を聞いても全てはぐらかされる。ナツキ・スバルが王都へ行くことによってアナスタシアに何かしらの不利益があるのだろうか?
ユリウスと『鉄の牙』がいなくなり静かになったユークリウス邸の庭でナツキ・スバルは考えていた。
「レムは王都に行かなくてもいいのか?王選のイベントってことはエミリアちゃんも出るんじゃねぇの?」
「レムはロズワール様から好きにしていいと言われているので問題ありません」
ナツキ・スバルの隣に控えるレムが答えた。
「もう昼過ぎか」
今朝、アナスタシアたちがユークリウス邸を出発してから既に半日が経過している。そこへユークリウス邸の門を潜って見慣れない竜車が入ってきた。その中から出てきた三人の男がナツキ・スバルへと近づく。
「お前がナツキ・スバルだな?」
「そうだけど。まずアンタら誰よ?」
「俺たちはホーシン商会の使いだ。ナツキ・スバル、俺たちと一緒に来てもらおうか」
「はぁ?なんで俺が付いてかなきゃいけないんだよ?!」
ナツキ・スバルの反応を予期していたのか真ん中の男が懐から一枚の紙を取り出した。
「ホーシン商会からの指令だ。奴隷ナツキ・スバル、お前にはこれから労役作業を行ってもらう」
「労役作業?」
男から紙を受けとるとその内容に目を通す。この二週間で簡単なイ文字は読めるようになったのだ。しかし、その紙に使用されている文字はイ文字だけではない。
「レム、これって本当にホーシン商会からの指令なのか?」
「……どうやら本当にそのようです」
ナツキ・スバルから紙を渡されたレムがその内容に目を通しながら答える。その間にも男たちはナツキ・スバルの身柄を拘束した。
「お、おい!!アナスタシアさんが本当にそんなこと言ったのか?!!」
「その紙に書いてある通りだ」
ナツキ・スバルの問い掛けに男は素っ気なく返す。それを見ていたレムがナツキ・スバルを助けようとするが、その後に続く男の言葉により動きを止めた。
「これはアナスタシア陣営の問題だ。同盟を結んでいるとはいえ、他陣営である嬢ちゃんの出る幕じゃない」
ナツキ・スバルは竜車に押し込まれながらもレムに頼む。
「レム!!アナスタシアさんに確認してくれ!!」
ナツキ・スバルはユークリウス邸から連れ去られた。
竜車に揺られること半日、目的地に着いたのは連れ去られた日の翌朝だった。
「ここは……」
吐いた息が白く氷る。一面銀世界の森だった。テレビの中でしか見たことのない景色にナツキ・スバルは感動を覚えた。しかし、その感動に浸る時間は与えられない。
「こっちだ」
ナツキ・スバルは男に先導されて急造の建物の中へ案内された。
「ここが、今日からお前が住む部屋だ」
そう言うと男はナツキ・スバルを部屋に押し込んで何処かへ行く。ナツキ・スバルが案内されたその部屋には先客がいた。
「どうも。どうやら僕たちは相部屋みたいですね」
灰色の髪の優男だった。
ナツキ・スバルは早速その男と情報のやり取りをする。
「ああ、よろしくな。俺の名前はナツキ・スバルだ」
「これはこれは、僕はオットー。オットー・スーウェンと言います」
その男は自らをオットーと名乗った。
「ナツキさんと呼ばせてもらいますね。ナツキさんはどうしてここへ?」
「俺はな少し前にアナスタシアさんの奴隷になっちまってな、そのアナスタシアさんからここに行くよう指令が出ていたらしい」
「ナツキさんはあのアナスタシア・ホーシンの奴隷なんですか!!」
オットーはナツキ・スバルの言葉に驚く。
「知ってんのか?」
「知ってるも何も、商人で知らない者はいませんよ」
「オットーって商人なのか?なんでこんなところにいるんだ?」
ナツキ・スバルが聞くとオットーは恥ずかしそうに身の上を語った。
「実はですね、僕は王都で大量の油を仕入れたんですよ。これから寒くなるグステコで売りさばこうと思いましてね。ですが、グステコには交通規制がかかっていて入れませんでした。僕は大量の油の在庫を抱えたまま路頭に迷っていたんです」
「グステコって別の国だよな?結局、その在庫はどうなったんだ?」
「はい。僕は結局その在庫を売りさばけずに破産しました。そこで僕はラッセルさんに拾われたんです。ですから僕はナツキさんと同じ奴隷です。ラッセルさんにここに行くよう言われました」
「オットーはそのラッセルって人の奴隷なのか。ところで、ラッセルって誰だ?」
「知らないんですか?ラッセル・フェロー。ルグニカで商業を司る商人組合の会長です」
「へぇー。アナスタシアさんと似たようなもんか」
「まあ、僕からすれば同じくらい凄い人ですね」
ナツキ・スバルはここへ来てから気になることを聞く。
「なあ?ここって何処だが分かるか?」
雪降り積もる、見たことのない一面の銀世界。それが今ナツキ・スバルを取り囲む環境である。
「知らないで来たんですか?ここはロズワール領のエリオノール大森林ですよ」
「エリオノール大森林だって?」
「そうです。僕たちはそのエリオノール大森林で採れる魔鉱石の発掘に召集されたんです」
エリオノール大森林と言えば、エミリア陣営とアナスタシア陣営の同盟によって採掘権の一部がアナスタシア陣営に譲渡された場所だ。
「まあ、アナスタシア・ホーシンの奴隷であるナツキさんが呼ばれたのは納得です。この事業はホーシン商会が中心になって行われていますから」
「そうなのか?」
まあ、鉱石の採掘と言えば奴隷の定番の仕事でもある。
ジリリリリリリリリ!!
「なんだ?!!」
突然、宿舎全体にけたたましいアラームが響き渡る。
「さぁ行きましょう、ナツキさん。この知らせが作業開始の合図です」
オットーに従って宿舎の外に出ると既にかなりの人数がいた。それぞれが30人くらいのグループとなって固まっており、それが3つくらいだ。その他は疎らにちらほらと言った感じである。
「結構人がいるんだな」
ナツキ・スバルはこの事業の運営側から受け取った防寒具を着用して辺りを見渡す。ナツキ・スバルをエリオノール大森林へ連れてきた男たち。彼らはこの魔鉱石の発掘事業の運営側の人間だった。
「ナツキさん、こっちです」
ナツキ・スバルはオットーの案内に従って進むと一つのグループを紹介された。
「この方々が僕と同じでラッセルさんの奴隷になります」
エリオノール大森林に集まる3つの奴隷グループ。その一つはラッセル・フェローに身柄を押さえられた集団だった。
そのグループの一員であるオットーの紹介によりナツキ・スバルもラッセルグループに溶け込んでいく。そこではアナスタシア・ホーシンの奴隷であるという肩書きが大きい。それだけで、ある程度の信用が得られるのだ。
それから、ラッセルグループとは一度別れて各々の作業を始める。ナツキ・スバルの持ち場は同室になったオットーと同じ場所だ。
「これが魔鉱石ってやつか」
ナツキ・スバルの手の中にある鉱石が淡く青色に光る。
「ナツキさんは魔鉱石は初めてですか?」
魔鉱石に見とれているナツキ・スバルにオットーが聞いた。
「ああ、綺麗なもんだな」
「まぁ、得たものは全てホーシン商会に納めるんですけどね」
「ホーシン商会が魔鉱石を王都の市場に流すんだっけ?」
やはりナツキ・スバルらがいるこのエリオノール大森林はエミリア陣営からアナスタシア陣営に採掘権が譲渡された土地で間違いないようだ。
「そうですね。僕の主人であるラッセルさんも一枚噛んでるって感じです」
ナツキ・スバルとオットーは支給された袋に魔鉱石を詰め込みながら会話を広げる。
「オットーはいつここに来たんだ?」
「僕は昨日です。ナツキさんより1日先輩って所ですね。ところで、ナツキさんはアナスタシア・ホーシンの奴隷になる前は何をしてたんです?」
「え~と、それはだな……」
オットーと喋りながら魔鉱石を集めるナツキ・スバル。採掘に熱中していると既に日が沈みかけていた。
「そろそろ戻りましょうかナツキさん」
「そうだな」
だいぶ袋に貯まった魔鉱石を見ながら一息つく。
「にしても、景色のいい屋外で魔鉱石を集められんのはいいな。薄暗い洞窟に閉じ込められたらどうしようかと思ったぜ」
「僕も最初はそれを予想してたんですけどね。ですが、噂ではエリオノール大森林の奥深くにはそういった洞窟もあって、そこにもっと大きな魔鉱石の結晶があるそうですよ」
「これよか更にデカイのか。これから行くことになんのか?」
「どうでしょうね。ホーシン商会が今回獲得した採掘権の範囲に含まれていれば、いつかお目にかかれるかもしれませんね」
オットーと話しながら宿舎を目指すナツキ・スバル。すると突然目の前に、獣人と人間で構成された見慣れない集団が現れた。
「な、なんだお前ら!!」
声を上げるナツキ・スバルに一人の男が代表して答える。
「お前らが集めた魔鉱石を全部よこせ」
「なんだと!!」
男の無粋な物言いにナツキ・スバルは身を乗り出そうとするが、隣のオットーがそれを止めた。
「待ってくださいナツキさん。ここは大人しく従いましょう」
「ヘヘッ。物分かりがいいな、兄ちゃん」
オットーから魔鉱石の入った袋を受け取った連中は中を確認するとナツキ・スバルの目の前から去っていった。
「どういうことだよ!!」
ナツキ・スバルは自ら進んで今日の成果を渡したオットーの胸ぐらを掴む。
「お、落ち着いてくださいナツキさん。ここで怪我をするのは不味いです。ここはまともな医療設備もない辺境のエリオノール大森林ですよ?最悪死ぬ可能性だってあるはずです!!」
オットーの言い分を理解したナツキ・スバルは渋々と手を離した。
「そうか……悪いなオットー。当たっちまって」
「い、いえ……」
ナツキ・スバルはオットーと宿舎を目指す。宿舎の前には成果である魔鉱石を回収するために運営側の男たちが陣取っていた。
「くっそ、どうするか」
ナツキ・スバルとオットーは両者手ぶら。このまま今日の成果を報告すればどうなるか想像に難くない。
二人で悩んでいると、そこに一人の男が現れた。
「あんたは……」
その男はラッセルグループリーダー格の男であった。
「どうしたお前ら?今日の成果は?」
「それが、見慣れない連中に奪われてしまいまして」
「なるほどな」
オットーから説明を聞いた男はナツキ・スバルとオットーに手で着いてくるよう促す。
「お前らこのままじゃやばいぞ。成果が少なかった連中がどうなるのかちょっと見せてやるよ」
ナツキ・スバルはオットーと共に男の後に続いて宿舎の裏手へ回った。裏手にあったのは美しいエリオノール大森林の景色とは似合わない独房のような施設。そこで見たものは──
「なん……だよこれ」
足腰立たなくなるまで痛め付けられた男たちだった。
「奴隷ってのは基本扱いは物と同じだ。だから所有者の許可なしに傷つけられる事はない。だが、今回は事情が少し違う。ここで働くに当たって、仕事ぶりが悪い者には相応の制裁があると契約で決められている」
ラッセルグループリーダーの男が淡々と告げる。
「俺たちは……どうすれば……」
意気消沈しているナツキ・スバルに男が懐から小袋を取り出した。
「ここに魔鉱石の入った袋が二つある。これを使えばお前らは制裁を免れるだろう」
「くれるのか?」
「バカ言うな。これは貸しだ。いつか返してもらう。それでもよけりゃこの袋を取れ」
独房で横たわる男たち。それを見た後で袋を取らないという選択はナツキ・スバルとオットーには存在しなかった。
男から受け取った魔鉱石を運営側の男に提出し、ナツキ・スバルはオットーと宿舎に入る。その横目では成果を奪われたであろう男たちが宿舎裏手の独房へと連行されていた。
あの男が助けてくれなければ今頃自分も同じ目にあっていただろう。その事実がナツキ・スバルに悪寒となって襲う。
「こんなことが許されていいのかよ」
成果を奪われれば、その日なにもしていなかったと見なされるここのシステムに怒りを覚える。
「ここは自主申告成果性みたいですからね」
オットーが隣からナツキ・スバルに声をかけた。
「恐らくですが、この仕事の報酬はどれだけ魔鉱石を集められたかに依存します。その量が多ければ多いほど奴隷から解放される上にしばらくは遊んで暮らせるとかそんな所でしょうか」
「それが俺たちが成果を奪われた理由か……」
「ナツキさん、食堂に行きましょう。少しでも栄養を摂らなければ」
「……そうだな」
白銀の世界に覆われた美しいエリオノール大森林。その裏では魔鉱石の採掘に奴隷同士の醜い成果の奪い合いがある。
天国のようなユークリウス邸にいた頃では考えられない様な環境。ユリウスは貴族だからこそ、あのレベルの生活を提供出来ていたが、この世界は下を見ればそれこそ日本よりも深い闇が広がっているのかもしれない。
ナツキ・スバルは食堂に向かう中で人生がどん底に叩き落とされる音を聞いた。