ほんの少し慎重になったスバル君を異世界に投入する話 作:面白い小説探すマン
「兄ちゃん、リンガは?」
「ほえ?」
気が付くとナツキ・スバルの目の前にはリンゴいやリンガを差し出す店主の姿があった。
「さっきまで夕暮れだったよな?」
空を見上げて確認すると、そこには燦然と輝く太陽がある。
「リンガは?いるのか?いらねーのか?」
さらに詰め寄ってくる強面のリンガ屋。ナツキ・スバルには目の前のリンガ屋に見覚えがあった。
「なあ、おっちゃん?俺たち今日会うの二度目だよな?」
記憶が正しければナツキ・スバルが無一文だと看破された瞬間に店の前から叩き出されたのだ。
「あ?何言ってんだ?初めてに決まってんだろ?」
しかし、それでも今日は初めて会うとリンガ屋は言う。
「なんでこれがここにあるんだ?」
ナツキ・スバルが所持しているビニール袋。その中にはミミに食べられたはずのスナック菓子があった。
ここまで状況証拠が揃っていれば認めざるを得ない。先程まで見ていた夕暮れと目の前のリンガ屋の発言、そしてミミに食べられたスナック菓子。
「時間が戻ったのか?」
「おい、兄ちゃん?」
タイムリープ能力。これなら今の状況を説明できる。
「でも、何で発動したんだ?」
少なくともナツキ・スバルの任意ではない。任意であるならもっと早い段階、力の解放をミミに見られていた時に発動してもおかしくはなかった。
ナツキ・スバルが有する最後の記憶は──
「この王都が凍ってたな」
突如出現した謎の獣。そいつが一瞬で王都を凍らせた。アレに飲み込まれれば只では済まなかったはず。頭に過る最悪の可能性。
「俺は……死んだのか?」
死んだ実感が薄い中で突き付けられる現実。死ぬことによって時間を巻き戻す能力。
「なあ、おっちゃん」
「ん?リンガ買うのか?」
「俺……なんか」
──死に戻りしてるっぽい
世界が止まった。
視界が全て闇で覆われると、遠くから影でできた紫色の手がゆっくり伸びてくる。それは世界が止まってもなお思考を続けるナツキ・スバルの胸に到達し、心臓を握りつぶした。
「がぁぁぁぁぁ!!」
他者に話すという禁忌を犯したナツキ・スバルを粛正する痛み。
息が出来る。
手も足も動く。
握りつぶされたはずの心臓は鼓動を続けている。
しかし、その脳髄に刻まれた恐怖はナツキ・スバルに立つことを許さない。ナツキ・スバルは地面に倒れ伏した。
「大丈夫かよ兄ちゃん?金は要らねーから食え」
気が付くと店の裏に座らされてリンガと水を渡されていた。
「あ、ああ。ありがとう」
辛うじて声を絞り出したナツキ・スバルは実感する。これが時間を巻き戻すという能力を与えられた代償なのだと。他者に口外することは許されない。
手足に力が戻ってくると渡された水を飲む。
「わかったよ。話さなければいいんだ。何の問題もない」
ナツキ・スバルな無理やり自分を納得させた。このタイムリープ能力が現実である以上、この王都を襲う氷の波、そして巨大な獣、あれもまた紛れもない現実ということになる。
「まずいなぁ」
このままでは遅かれ早かれ自分は死ぬ。その前にこの王都を脱出した方がよいのではないか。しかし、ここから逃げて何処に行く?ナツキ・スバルにはこの世界の情報など無いに等しい。王都を離れた瞬間、野盗の類いに殺されるかもしれない。
「アレを倒すのか?」
王都で生き延びる唯一の方法。それは王都に出現する獣を倒すこと。しかし、死に戻り以外は一般人であるナツキ・スバルにとってあの獣を倒すことは難しい。それに加えて獣が出現した瞬間にこの王都は凍る。
「誰か強いやつにアイツを出現と同時に討伐してもらうしかないな」
その為にもまずは、獣が出現した場所を確認することにした。そして、その後に王都の衛兵に獣の討伐をお願いしよう。現状、ナツキ・スバルの頭で浮かぶのはこれくらいだった。
ところで、思考に耽っていたナツキ・スバルがリンガ屋の前で起こった窃盗騒ぎなど知るよしもなく。
「確か、ここだな」
凍らされる前にあった最期の記憶はこの高台からの風景。王都を一望できるこの場所なら獣が出現した位置も分かる。
「あのあたりか」
ナツキ・スバルが当たりを付けたのは王都でも壁に近い端の方。端となるとその分治安も大通りに比べて悪くなるだろう。自分一人が行ったところで、ほとんど何も出来ない。チンピラの一人や二人ならどうにかなるかもしれないが、相手はあの獣だ。凄腕の衛兵に付いてきてもらうのがベスト。
ナツキ・スバルは早速、前回のループで見つけた詰所に駆け付ける。
「何か用か?」
そこには前と変わらないセリフで同じ衛兵が出迎えた。
「助けてくれ!!もうすぐこの王都にドでかい獣の化け物が現れるんだ!!力を貸してほしい!!」
「は?」
「夕暮れ時にソイツは現れる!!大体の位置も検討ついてんだ!!」
「……一応聞くが、その化け物は何処に現れるんだ?」
「王都の壁に近い端の方だ!!ソイツは現れると同時にこの王都をまるごと凍らせちまう!!」
ナツキ・スバルが指を指す方向に考える衛兵。
「その方向で壁の端。……貧民街だな」
「頼む!!一緒に来てくれ!!」
「待て待て、お前は一体それをどこで知った?」
「いや……それは……言えない」
ナツキ・スバルの脳髄に刻まれた恐怖が口をつぐませる。それを見た衛兵はため息をついて言った。
「話にならんな。我々は忙しいんだ。そんなデタラメに付き合っている暇はない」
「そこをなんとか頼むよ!!」
衛兵の足にしがみついてまで同行を要請するナツキ・スバルと業務執行妨害まで出してナツキ・スバルを追い払おうとする衛兵。その騒ぎは詰所の中にまで響くことになる。
「一体何を騒いでいるんだ?」
凛とした声がナツキ・スバルと衛兵の動きを止める。
「ユリウス様」
衛兵が敬称を付けたその存在はこのルグニカにおいて一握りの精鋭のみがたどり着ける騎士だ。衛兵から事情を聞くと、その視線をナツキ・スバルに向ける。
一方のナツキ・スバルはこの他者とは一線を画す立ち振舞いを行う目の前の男に期待を寄せていた。このユリウスならばあの獣さえ討ててしまうのではないかと。
「話は聞かせてもらったよ。この王都に化け物が現れるらしいね」
「あ、ああ。俺一人じゃどうしようもないから力を貸してほしいんだけど」
「なるほど。しかし、情報の入手先を明かせない以上。只の戯れ言として処理されるのもわかるだろう?」
ナツキ・スバル以外の人間には分かるはずもないこれから巻き起こる未来。ユリウスの理屈も分かるが引くわけにはいかない。
「どうすれば信じてもらえる?」
「本当は情報元を明かしてもらいたいところだが、そうだな。私の目を見て言ってほしい。君は本当に困っているのかい?」
ナツキ・スバルを貫く紫の双眸。
「ああ!!助けてほしい」
その様子を見たユリウスは言う。
「私には君が嘘をついているようには思えない。困っている人を助けるのも騎士としての務めだろう」
「ということは?」
「私が君に同行しよう」
「よっしゃぁぁぁ!!」
万歳で喜ぶナツキ・スバルの隣で衛兵がユリウスに言った。
「よろしいのですか?」
「ああ。君は君で自分の職務を全うしてくれ」
「了解しました」
ナツキ・スバルとユリウスは貧民街と呼ばれる廃棄不法地帯に来ていた。インフラのイの字も出てこない貧民街の現状に日本の環境は恵まれていたのだと感じるナツキ・スバル。
「ここが貧民街か」
「ああ。ルグニカ王国が抱える問題の一つでもある」
「表通りはあんなに綺麗だったのにな」
「君の言う化け物はここに現れるのかい?」
「ああ、王都が一望できる高台から確認した。今更だけど来てくれてマジでありがとう。俺の名前はナツキ・スバルだ」
「私はルグニカ王国近衛騎士団所属ユリウス・ユークリウスだ。これも騎士の務めだからね」
ナツキ・スバルとユリウスは貧民街に足を踏み入れるとあちこちから向けられる不穏な視線。
「なんか、見られてんな」
「君の格好が珍しいのもあるだろうが、私の騎士としての服装が目を引いているんだろう」
「俺一人だったらマジでやばかったな。この貧民街に例の化け物が出るのは間違いないんだけど、具体的に詳しい場所までは確認できなかったんだ。だからユリウス…さんが何か思ったことがあったら教えてほしい」
「わかった」
注意深く辺りを観察しながら会話を続けるナツキ・スバルとユリウス。
「ユリウスさんって騎士なんだよな?」
「ああ。ルグニカ王国の近衛騎士だ」
「近衛って王を守る側近だよな?」
「そうだ。君はルグニカの現状を知っているかい?」
「確か…王が不在なんだって?」
前回のループで衛兵から少し聞いた情報だ。
「でもさ、普通王がいないってだけなら第一皇子とかが引き継ぐもんなんじゃねぇの?」
「それが出来ないんだ。亡くなったのは王だけじゃない。王族全員が亡くなってしまった」
ユリウスから告げられるルグニカの更なる情報。
「え?!なら誰が新しい王さまになるんだ?」
「詳しくは言えないが王になれる候補者の方々がいるんだ」
「王族以外の候補者がいんのか。王の候補者ってどうやって決めるんだ?貴族の偉い人が立候補すんのか?」
「そうではないが、すまない。それも詳しくは言えないんだ」
「ふーん。それで?王の候補者がいるってのは分かったけど、その候補者この中からどうやって王を決めるんだ?国民による投票?」
「それにもまた別の方法があるが、言うことは出来ないんだ」
「そこら辺は国の機密って訳か」
貧民街を探索すれども時間だけが過ぎるばかりで何も発見できないまま、日も傾いてくる。
「まずいな。もうすぐ日が沈んじまう。獣の化け物が現れるまで時間がない」
「どうするつもりだ?ナツキ・スバル」
「この辺りに出現すんのは間違いない。もうユリウスさんにはアイツが出てきたと同時に倒して──」
──もらうしかない、と言おうとしたところでナツキ・スバルは前から何かにぶつかって地面に尻餅をついた。
「いてっ!」
「あら。ごめんなさい。大丈夫かしら?」
差し出された手を掴んで立ち上がる。目の前にいたのは超が付くほどの美人だった。
「大丈夫大丈夫。俺結構打たれ強い方だから」
女性に耐性のないナツキ・スバルは少しテンパりながら返事をする。
「そう。それならよかったわ。ところで、そちらの方は?」
女はユリウスに目を配りながら尋ねる。
「あー。これからここにでっかい獣の化け物が現れるんでな。俺一人じゃどうしようもないから付いてきてもらったんだ」
「そう。最優の騎士、ユリウス・ユークリウスね。とても気になるのだけど、私はこれから用があるからもう行かせてもらうわね」
「ああ。ぶつかって悪かったな。化け物には気を付けろよ」
「ええ。そうさせてもらうわ。こちらこそごめんなさいね。あなたとはまた会えそうな気がするわ」
そう言うと女は去って行った。
「スゲー美人だったな」
「……ナツキ・スバル」
感想を溢すナツキ・スバルにユリウスが真剣な顔をして言う。
「さっきの女性を追おう」
「え?なんでだよ?ナンパでもすんのか?」
最優の騎士と呼ばれていたこのイケメンなら落とせるかもしれないが。
「いや、そうではない。彼女はこの貧民街において不自然だ」
「あの人が?一体何で?」
「彼女…相当の使い手だ。こんな貧民街にうろついていて、いいような実力じゃない」
「え?そんなに強い人なのか?」
「私でさえ勝てるかどうか分からないだろう」
「そういや最優の騎士って言われてたな。ユリウスってこの国でもかなり強い方なんだよな?近衛騎士やってるくらいだし」
「ああ。そう言う訳で彼女を追うことにしよう」
「ストーカーするみたいで気が引けるけど、このままブラブラ探してても獣は見つからないし、行くしかないか」
ユリウスの先導に従ってナツキ・スバルは先程の女を追った。そしてたどり着いたのは一件の小屋。
「ん?あの女、裏手に回ってくぞ」
「いこう、ナツキ・スバル」
ユリウスが小屋の扉を開けると、そこにはでかいじいさんに金髪の少女、そして見覚えのある銀髪の美少女がいた。
「あ!確か迷子の……」
ギンッ!!
ナツキ・スバルがいいかけた一瞬の間に、ユリウスはいつの間にか抜剣し銀髪の美少女の死角から放たれた何かを弾く。弾かれた何かはナツキ・スバルのすぐとなりの壁に突き刺さった。
「なんじゃこのでかいナイフは?!」
壁から引き抜くとそれはククリナイフに似た刃物だった。
「無事か?スバル!!」
小屋の奥を見ながら、背中越しにナツキ・スバルの安否を確認するユリウス。
「ああ、大丈夫だ。結構ギリギリだったけどな」
小屋の奥から姿を現したのは先程ぶつかった美人の女。それを見た金髪の少女が叫ぶ。
「おい!!いきなりなんのつもりだ!!」
「あなたは仕事を全う出来なかった。盗んだ相手がいるんですもの所詮は貧民街の子供ね」
「てめー!!」
激昂する少女を余所に女はククリナイフを構えて話し続けた。
「そこにいるのはさっきのお兄さんじゃないの。また会ったわね」
「何してんだアンタ!刃物なんて危ないだろうが!!」
「ええそうね。でもそれは仕方のないことだわ。あなた達はこの現場を見てしまったもの。そして、そこにいるのがさっきも会った最優の騎士ね。嬉しいわ。ここに来るまで貴方の事が頭にちらついてしょうがなかったもの。さあ、全員のお腹の中身を見比べてあげる!!」
「その独特な民族衣装とククリナイフ、それにその発言。あなたが巷を騒がす『腸狩り』ですね」
「なにその物騒な二つ名!!」
ユリウスの説明に驚くナツキ・スバル。
「ナツキ・スバル!!あの人達の側に居てくれ!!」
ユリウスの指示で拾ったククリナイフを持ったまま、金髪の少女とでかいじいさんの側に行く。
「兄ちゃんがアイツを連れてきたのか?」
金髪の少女がユリウスを指差して言った。
「ああ、そうだけど」
「アイツ騎士だろ?アタシは騎士なんてのは嫌いだけどよ命あっての物種だからな。助かったぜ兄ちゃん」
「そうじゃな、フェルトの言う通り儂らだけだった場合どうなっていたか分からん」
でかいじいさんもフェルトに続いて言う。ユリウスは剣を構えて『腸狩り』を見据えた。
「騎士としてここにいる人達は守らせてもらう」