ほんの少し慎重になったスバル君を異世界に投入する話 作:面白い小説探すマン
「君の出る幕はないんじゃないかな」
ユリウスと『腸狩り』、一触即発の空気の中で響く可愛らしい声。それと同時に『腸狩り』が大量の氷に押し潰された。それを成したのは銀髪の少女の傍らに浮かぶ小さな猫。
「リアを助けてくれたことには感謝するけど、ここはボクにやらせてもらおうか。リアを傷つけようとしたあの女は許せない」
ナツキ・スバルには今の一撃で終わったように見えたが、尋常な反応速度で『腸狩り』の女は氷の奇襲を躱していた。直後に繰り出される銀髪の少女と猫による氷の魔法の連撃。それを『腸狩り』は壁や天井を縦横無尽に駆け巡って躱わす。
「すっげぇな」
思わず言葉が漏れた。この世界に来てから初めて見た魔法。18年間日本に生きていたナツキ・スバルには見たことのない風景だ。しかし、言葉が漏れたのはそれだけではない。対する相手、『腸狩り』の身のこなしにも度肝を抜かれる。氷の連撃を回避しながら隙を窺っている様にも見えるが、銀髪の少女と猫のコンビネーションはバッチリで容易に崩すことはできない。
「ただ闇雲に撃ってた訳じゃない」
唐突に『腸狩り』の動きが止まった。足を見れば地面と凍らされて動くことができない。
「おやすみ~」
『腸狩り』は特大の氷に飲み込まれて見えなくなった。
「それじゃあリア。ちょうど時間切れだし、ボクはもう寝るよ」
「ありがとう。お休みパック」
銀髪の少女の隣で目元をこする猫、パックは光となって消える。
「終わったのか?」
「ああ、いくら彼女でもあれを喰らえばどうすることもできないだろう」
戦闘イベント終了の空気を感じるナツキ・スバルの質問にユリウスが剣を戻しながら答えた。
「ざまーねーぜ!!くそ女め!!」
「どうやら終わったようじゃな」
隣にいるフェルトとでかいじいさんも同意するように言うが、その直後。『腸狩り』を閉じ込めていた氷が粉々に砕け散る。氷の中から飛び出す黒い影。ナツキ・スバルは失念していた。ユリウスに続いてフェルト、でかいじいさんまでもが死亡フラグを立てていたことに。この戦いは所謂前哨戦。本戦はこの後の獣退治であるという認識がナツキ・スバルの思考を狭めてしまった。
銀髪の少女へと突貫する『腸狩り』。魔法の直撃を受けたとは思えないその速度には誰も反応することができない。ユリウスでさえ間に合わない速さだ。
その状況でナツキ・スバルのとった行動は半ば無意識によるものだった。
「俺は死に戻りをして──」
世界が止まる。その世界の中では誰も動く事叶わない。それはナツキ・スバルとて変わらないが、他の人間とは違って唯一止まった世界でも思考することが許されている。これから行われる事をナツキ・スバルにはしっかりと味わってもらうために。
あまりの速さで見えなかった『腸狩り』の表情もしっかりと確認できる。笑みを湛えるその美しい顔に思わずゾッとするが、ナツキ・スバルにはそれよりも気にする事があった。世界が闇に包まれると同時に遠くから影の手が伸びてくる。ナツキ・スバルはその手を見つめて強く思った。
まあ、待てよ。秘密を暴露しようとしたのは悪かったけど、俺はお前に会いたかったんだぜ。
心なしか影の手の動きが止まった気がした。このままでは心臓を握り潰される痛みに襲われるため、影の手を続けて熱く口説く。
お前の手、綺麗だよな。手しか見えないけど、遠くにいる影ってお前だろ?俺に死に戻りを与えてんのはお前なんだよな?手がそんなに綺麗ならきっとお前自身も綺麗なんだろうなぁ。
しかし、それでも影の手はナツキ・スバルの胸に到達し、その心臓を撫でる。心臓を触られているという感覚に背筋がざわめいても思うことはやめられない。
綺麗な影のお手手さんよ。お願いがあるんだ。目の前で『腸狩り』っつう危なっかしい女がナイフを振り回して襲ってくるんだ。本当はアイツの心臓をギュッてしてほしいんだけど、贅沢は言わない。アイツのナイフを持ってきてくれないか?俺、今手元に一つあってさ、二刀流ってのをやってみたいんだ。
ナツキ・スバルの思いが届いたのか、遠くからもう一つの影の手が伸びてくると、『腸狩り』が手に持つククリナイフを掴んで渡してきた。ナツキ・スバルは初めて影に感謝したが、二つの影の手が心臓を撫でる。手のひらにすっぽり心臓が包まれたと思ったらパチュンと潰された。
世界が動き始める。
「ぐあぁぁぁぁぁ!!」
二度目となる心臓の痛み。しかし、その痛みの甲斐あってナツキ・スバルは二刀流となった。その反面、驚きを隠せないのは『腸狩り』である女。
「え?」
絶好のタイミングで突如として消えた自分の得物。突然のハプニングに頭が混乱するも、攻撃を中断して即座に離脱した。剣を抜いたユリウスと戦闘態勢に入る銀髪の少女から十分な距離を取って聞く。
「一体どういうことかしら?絶好の機会だったはずだけれど」
その瞳に写すのは先程戦っていた銀髪の少女でも最優の騎士であるユリウス・ユークリウスでもなく、何の見所もない黒髪で目付きの悪い男。しかし、その男─ナツキ・スバルはいつの間にか自分の得物を二つも奪っているではないか。一つは最初の奇襲を防がれたものだとしても、もう一つがいつ奪われたのか分からない。『腸狩り』は迂闊に動けなかった。
「いやなに、心臓の痛みと引き換えだ」
「あなたにも不思議な力があるということね」
「まぁな。お返しにあんたもあの魔法でくたばらなかった理由を教えてくれよ」
「『腸狩り』が纏っていた外套が消えている。おそらくあれは防魔の外套だ。一度だけ魔法を弾く効果があったようだ」
ナツキ・スバルの質問にはユリウスが答える。
「なるほどな。ユリウス!!今の内にやってくれ!!」
「私にも何が起こったのか分からなかったが、君のお陰なんだな?感謝するよスバル」
『腸狩り』に向けて剣を構えるユリウス。
懐から更なるククリナイフを取り出して構える『腸狩り』。
「最優の騎士、ユリウス・ユークリウス」
「腸狩り、エルザ・グランヒルテ」
二人の超人が目の前で戦いを繰り広げた。
ユリウス・ユークリウスは騎士である。故に騎士剣を持って戦うその戦闘スタイルを正道とするならば、『腸狩り』─エルザの戦闘スタイルは変則的な動きで敵を翻弄する邪道。エルザの得物であるククリナイフは一つとなったがそれは彼女にとっては些細なこと。
「武器がなくなれば爪で、爪がなくなれば骨で、骨がなくなれば命で、それが『腸狩り』のやり方よ」
全く衰えない戦闘意欲でユリウスの隙を探りながらあらゆる角度で攻撃を仕掛ける。それをユリウスは騎士剣で捌き、『腸狩り』を追って同様の速度で動く。
ナツキ・スバルは目の前の戦いに目を奪われていた。否、ユリウスのその動きに。生涯を掛けて積み上げられたであろうその剣術はナツキ・スバルの目にとても美しく写った。
「私のことも忘れないでよね!!」
ユリウスを援護するように飛ばされる銀髪の少女の氷の魔法。二人の連携によって『腸狩り』は少しずつ、しかし確実に追い込まれていく。
「おい兄ちゃん!!」
3人の戦いを見ていると、隣からフェルトに声をかけられた。
「ここにいると巻き込まれるぞ!!アタシはロムじいとさっさとここを出るぜ!!」
「そうじゃな、動くにしてもそろそろじゃろうて」
フェルトの言葉にでかいじいさん─ロムじいが同意する。
「そうだな。なら、ロムじいは転がってるテーブルを盾に出口へ走ってくれ!!俺とフェルトはその影に隠れさせてもらうよ」
ナツキ・スバル、フェルト、ロムじいの三人は小屋を離れて、遠くから戦いの様子を見ていた。
「ロムじい。そのテーブルを向こうに囮として置いてきてくれないか?」
「ああ、わかった」
フェルトに倣ってロムじいと呼ぶが、ロムじいは素直に従ってくれる。
「なあ、フェルト。お前、何であんな危ない奴に目付けられてんだ?」
「ん?依頼を受けたんだよ」
「依頼?」
「ああ、盗みの依頼だ。報酬がよかったから受けたんだ。結局ひっくり返されたけどな」
「何を盗んだんだ?」
「徽章だよ。あの銀髪のねーちゃんから盗んだ」
「あの子から盗んだかよ!!」
「後でちゃんと返すよ。あのあぶねー『腸狩り』と戦ってくれてんだしな」
「うむうむ。儂もそれがええと思うぞ」
囮のテーブルを設置し終えたロムじいが戻ってきて会話に加わる。
「あんな連中に目を付けられたとあっては命がいくつあっても足りんわい」
「そこでだな、兄ちゃん」
フェルトがおずおずと尋ねてきた。
「ん?」
「アタシの代わりにこの徽章、返してきてくんね?」
「いや何でだよ!!自分で盗んだんだし自分で返せよな!!」
「盗んだ相手に返すなんて氷漬けの刑にされるかもしれねーだろ!!」
その直後、凄絶な破壊音と共に白い光が小屋を破壊した。
「………」
「………」
「………」
「なあ、頼むよ。兄ちゃん」
心なしかフェルトは震えている。
「あ、ああ。しょうがねぇな」
「儂の盗品蔵が」
子供には甘いナツキ・スバルであった。
盗品蔵の瓦礫を掻き分けて『腸狩り』が逃走する。その方向は奇しくもナツキ・スバルたちが避難した方向であり、あの三人が隠れているであろうテーブルを発見。去り際にククリナイフでテーブルを両断した。
「あっぶねーな、あの女」
ナツキ・スバルはテーブルの残骸を眺めながら言う。
「兄ちゃんの指示、どんぴしゃじゃねぇか!!」
「最後まで気は抜けんのぉ」
フェルトとロムじいも揃ってナツキ・スバルを讃えた。
「てか、去り際にアイツと目が合ったぞ!!」
『腸狩り』の目は、今度会ったらそのお腹を切り開いてあげる、と物語っていたという。
ナツキ・スバルはフェルトが銀髪の少女から盗んだという貴章を手に盗品蔵へと戻る。フェルトは貴章を渡した途端、ロムじいと共に何処かへ消えてしまった。
「これで終わりじゃないんだよなぁ」
王都に出現する巨大な獣。それを何とかしない限り、ナツキ・スバルに平穏はない。盗品蔵の跡地には戦いを終えたであろうユリウスと銀髪の少女が立っていた。
「こっちは何とかなったよ。スバル」
「ああ。みたいだな。『腸狩り』の女が逃げてくのが見えたぜ。ユリウスも凄かったぜ!!」
あの激闘を経てよそよそしい、さん付けなどしてられない。ユリウスも特に何も言わなかった。
「あー、えーと、迷子の君」
「え?私?」
「これ、フェルトからだってさ」
ナツキ・スバルはフェルトから押し付けられた貴章を銀髪の少女に渡す。
「どうして、あなたがこれを?」
「どうにもフェルトは君に直接返したくなかったらしい。氷漬けの刑はいやだってさ」
「もう!!私はそんなことしないわよ!!」
可愛く怒る銀髪の少女が貴章を受け取ると、中心に嵌め込まれていた宝石が淡く光った。
「あれ?なんかそれ光ってね?俺の時はそんなことなかったのに」
「スバル。君には教えておこう」
ユリウスが改まって言う。
「あの貴章は王の候補者を選ぶ貴章なんだ」
「え?ってことは?」
「ああ。彼女は王選候補者の一人だ」
「この迷子の子が!?」
「さっきから迷子、迷子って。私は迷子になんかなってないわ!!」
銀髪の少女がナツキ・スバルに訂正を求めた。
「あーいや、君が迷子なんじゃなくて迷子の子の親を探してただろ?」
「え?あなた、私がはぐれた子の親を探しているのを見てたの?」
「あー、まあね」
正確には今回ではなく前回のループだが。
「スバル。君は彼女が『腸狩り』と遭遇することを知っていたのかい?」
「いいや、知らなかった。俺がここに来たのは獣を退治するためだ。ユリウスには悪いけどまだ終わりじゃない」
そう、獣を仕留めるまでは終わりではないのだ。
「なるほど。では引き続きこの辺りを探索しよう」
「ああ、よろしく頼むぜ!!」
「あなたたちはまだやることがあるのね」
男二人の様子を眺めていた銀髪の少女がナツキ・スバルに言う。
「私の名前はエミリア。助けてくれて本当にありがとう」
「俺、何かしたっけ?」
「うん。あのこわーい女の人の武器を取り上げて守ってくれたじゃない」
「ああ、そうだったな」
ナツキ・スバルの腰にある二本のククリナイフがその証拠である。
「徽章も持ってきてくれたし、ちゃんとしたお礼がしたいの。あなたの名前は?」
銀髪の少女に名前を尋ねられたナツキ・スバルはゴホンと喉の調子を整えた。この世界に来てから何度目かの名乗りをあげる。
「俺の名前はナツキ・スバル!!無知蒙昧にして天下不滅の無一文!!よろしくな!!」
「ふふ。よろしくスバル」
女の子からの名前呼びに否応にもテンションが上がる。
「もうお天道様も沈んでるわ。危ないから私もスバルに付き合ってあげる」
「え?いいの?」
あの獣を見た自分としては戦力はいくらあってもいい。しかし、それにはユリウスが待ったを掛けた。
「エミリア様!!あなたは王選候補者の一人なのですよ。危ないことは騎士であるこの私に任せて、もうお帰り下さい」
「危ないって言ったら、さっきも十分に危なかったじゃない!!」
互いの意見を主張し合う、エミリアとユリウス。ナツキ・スバルには奇妙な違和感があった。
「おかしいな?」
「どうした?」
「どうしたの?スバル」
二人はナツキ・スバルに目を向けて言葉を待つ。
「さっきお天道様が沈んでるって今日日聞かないこと言ってたけど、あの獣が出現したのは日が沈みそうになった時だった。そろそろ出現してもおかしくない時間なんだが?」
エルザとの戦闘で気付かなかったが、前回のループでは既に獣が出現した後だ。
「どゆこと?」
ユリウスとエミリアに尋ねても分かるはずないが、ユリウスはそれらしき推測を話す。
「もしかすると、あの『腸狩り』が関係していたのかもしれないな。私たちがここで『腸狩り』を撃退したことによって、スバルの言う獣が出現しなくなったのかもしれない」
「なるほどなー」
最優の騎士であるユリウスは頭も最優のようだ。
「ってことは、これにて任務完了か」
「スバル。君は今日、行くところはあるのかい?」
「あ、そういやないな」
ナツキ・スバルに帰る家はない。
「今日は野宿しかねぇな」
「それなら私が住んでる屋敷に来ない?きっと歓迎してくれるわ」
「いえ、エミリア様。私の屋敷に招待致します。スバルは食客としてもてなします」
家に誘ってくれるエミリアとユリウス。それならナツキ・スバルの答えは決まっていた。
「エミリアちゃんの気持ちは嬉しいけど、俺はユリウスの家にやっかいになろうかな?」
「どうして?」
ナツキ・スバルが思い出すのはあの動き。
「ユリウスがさエルザと戦ってる時、スゲー格好よかったんだよ。俺、ユリウスに剣とか習ってみたくてさ」
「もう。男の子なんだから」
呆れたように言うエミリア。
「わかったよスバル。私が君に剣を教えよう」
ユリウスは考える間もなくナツキ・スバルの要望に答えた。
「いいのか?」
「ああ、もちろんだとも。君がいなければ私はエミリア様を守る機会すらなかった。もしかしたら命を落としていたかもしれない。私は君に報いたいんだ」
「ユリウス……」
この最優の騎士が自分を認めてくれた気がして嬉しくなる。
「それならユリウス師匠って呼んだ方がいいか?」
「フフッ。ユリウスで構わないさ」
笑う最優の騎士はまた様になっていた。