ちょっとガサツそうな子が見せる家庭的なところは大好きです。
挿絵はくろべさん https://twitter.com/kurobe198 に描いていただきました!
溜池のスネイク幹部候補生、エルビラの朝は早い。
朝日が登ると同時に起床し、いつもの赤ずきんの服装になると旅館を出る前にある部屋に寄り、荷物を担ぐ。
旅館の外に出たエルビラは仕事を行うべくある場所へと向かう。
彼女の今日の仕事場、それは浮遊城に建設されているパン工房である。
裏口から入ったエルビラは荷物を乱雑に床に投げ捨てる。荷物は少し声を上げた後、動かなくなる。
そして赤ずきんからコック姿へと着替えたエルビラは工房の地下室から大量のボウルに入ったパン生地を持ってくる。
一晩寝かせた事もあり生地はかなり膨らんでいた。
全てを厨房に持ってくると、慣れた手つきで生地を綿棒で伸ばし、型に入れる。
食パンから始まり様々な種類のパンを作る。
後は予め熱して置いたオーブンにパン生地を入れ、後は焼き上がりを待つのみとなった。
「いややっぱおかしいだろ!!」
作業を終え、一息ついたエルビラは一人厨房で声を上げた。
何故自分は火薬ではなく小麦粉を、銃ではなく綿棒を持っているのか。
「そんでお前はいつまで寝てんだ!いい加減起きやがれ!」
悶々としていたエルビラは荷物を…もとい床でスヤスヤと眠っていた女騎士を蹴り起こす。
「お前はアタイのアシスタントだろ?さっさと厨房の掃除と食器洗いを済ませとけ!あとパンが焼き上がったらあの商人どもに届けるのも忘れんなよ!」
女騎士にモップを押し付け、自分は厨房にある備え付けの椅子に座るエルビラ。
モップを持った女騎士は床掃除を始める。
掃除をしている女騎士を見ながらエルビラは考える。こいつも原因の一端だったはずだと。
ー数週間前ー
「あぁ!?アタイにパンを作ってくれだぁ?」
エルビラは浮遊場で店舗を構えている二人組の商人、リサとマリアから話があると言われ近くのカフェに来たところそう言われる。
コクコクと頷く2人。
「つーか何でそんな話をアタイにすんだよ、料理なんてあまりしねーぞ」
注文したカフェオレを飲むエルビラ。
「ご冗談を、エルビラさんの作るパンはそれは絶品だと有名でして」
「ぶほぉ‼︎」
マリアの言葉に飲んでいたカフェオレを噴き出す。
エルビラは極々稀にだがパンを作る時がある。
エルビラ自身は隠していたいらしく、早朝など人があまりいない時間に作っていた。
完成させたパンは自分の分を確保し、余った分は欲しいやつだけ持ってけと言わんばかりにカゴに入れて食堂に置いていく。
これがかなりの人気で大食らいの女神を中心に争奪戦が起きる程だとか。
そんな話に目をつけたのが商人二人組というわけだ。
「お…お前ら、その話どこから」
「どうもこうも浮遊城に在中している方なら殆どが知っています」
隠していたつもりだったがバレていた。
「絶対に嫌だね!」
そっぽ向いて断るエルビラ
「「そこを何とかお願いします!」」
だが折れない二人。
「この溜池のスネイクのエルビラ様が、パン職人なんて可愛らしい事するもんか!」
「でも鼻歌混じりに生地をこねてたり、楽しそうにオーブンを眺めていたとか…」
「あぁ!?」
ギロリと二人を睨むエルビラ
「ちょっとリサ、余計な事は言わない!」
凄んでいるエルビラであるが楽しんで作っていたのは事実だ。
まだ自分が手に銃ではなくお花を、バスケットの中身は爆弾ではなくお祖母様への手土産だった純粋な子供時代、将来の夢はパン屋さんなんて思っていた頃もあった。
だがそんな事にはならなかった。しかしあの日、カンタベリーの森でヘラヘラした女騎士に負けてからは何か吹っ切れたのか作り始めたのだ。
恐らくは一度の敗北も許されない中、強くあれと張り詰めていた糸が切れたのだろう。
だがそれは趣味の範疇の話であり大っぴらにパン職人になれというのなら話は別だ。
お祖母様、特に
何とかして断る口実を見つけなければ。
「ハッ!どうしてもって言うなら条件があるね」
「条件ですか…」
「そうさ、アタイの出す条件を全部叶えてくれるんならパン職人だろうが何だろうがやってやるさ」
エルビラはバスケットから紙とペンを取り出すとサラサラと文字を書き始めた。
「ほら、これがアタイの条件だ」
二人はエルビラからの要望が書かれた紙を読む。
1 溜池のスネイクの団員である以上、顔は出せないのであくまでも作るのみ、それ以外は何もしない。売上の分配は6:4である事。
2 上記に付随して手となり足となる部下を用意する事。
3 エルビラ様専用のパン工房を建てる事。尚、耐久力は大砲を受けても傷一つ負わない、銃の改造スペース、火薬を保管するための保管庫を用意する事、以上の事を踏まえ設備は全て最新鋭のものにする事。
絶句。
原材料の仕入れや会計は商人である自分達で何とかなる、だが2、3つ目は別だ。
エルビラの要望を全て叶えた店舗を用意しろは一商人には荷が重い、部下を用意しろというが自分達の仕事もある。更にはパン作りに関係が無い要素まであるときた。
「ど、どうしようマリア…」
「…」
2人の反応を見る限りまあ無理だろうなと思うエルビラ
「そういう事だ、出来ねえならこの話は無かった事に」
「建てればいいんですね?」
「は?」
「貴方の要望を全て叶えた店、それを用意すればパンを我々に作って卸してくれるんですよね」
真っ直ぐとエルビラの目を見るマリア。
「出来るんならな、溜池のスネイクの名に誓ってもいいぜ!ま、どうせ無理だろうけどな」
そう言いながら立ち上がり去っていくエルビラ
「マリア、あんな事言ったけど大丈夫なの?」
「心配ありませんよリサ、ちゃんと宛てはあります」
–五日後–
「なんじゃこりゃあぁぁ!」
エルビラの声が浮遊城に響く。
エルビラの目の前にあったのはパン工房で看板にはレッドフードベーカリー書かれてあった。
「おや、呼ぼうかと思ってましたが気づいてしまいましたか」
振り返るとそこにはリサとマリア、そして女騎士の3人がいた。
「おい!どういう事だこれは!」
「どうもこうもエルビラさんの要望を全て叶えたパン工房です、凄いですよこれは、大砲だろうと大魔術だろうと耐えられますから」
「そうじゃねえ!何で建ってんのかって聞いてんだ!」
「簡単です、エルビラさんの要望が書かれたこの紙を持って姫様と騎士様にお話したところ快諾してくれたので後はアンドロイドの方々に総出で建設してもらいました」
「…おい何でお前が手伝ってんだ」
エルビラが愛銃、トラブルメーカーを女騎士に突き付け問い詰める。
話を聞くと二人に相談を持ちかけられた際、ちび姫がエルビラ特製パンのファンであり、たくさん作ってくれるなら嬉しいと言った事。
決め手は毎回食堂を荒らされるロレインが「きのこって人体を苗床に栽培出来るって知ってました?」と笑顔で脅してきた事であるが。
「さあエルビラさん、こちらは言われた条件は満たしましたよ」
「ぐぬぬ…いやまだだ、アタイの補佐役が…」
尚も食い下がるエルビラ。
「それなら私達、そして騎士様がやってくれるので問題ありません」
あっさりと退路を塞がれる。
「エルビラさん、溜池のスネイクの名に誓いましたよね、まさか破るんですか!?」
マリアがここぞとばかりに詰め寄ってきた。
「だーーー!分かった分かった、やれば良いんだろ!」
「おお!」
「やったー!」
リサとマリアは喜んでいるのを横目にエルビラは溜息混じりに女騎士に言う。
「そこのヘラヘラ顔の騎士!今日からお前は雑用係だ、アタイを手伝え」
以上がことの顛末である。
(あーあ…本当、何やってんだか)
林檎が大量に入っている瓶を眺めながら思うエルビラ。
これは林檎で作られた酵母液であり美味しさの秘密である。
エルビラ自身が厳選に厳選をした高級林檎で作られている。
厨房でだらけていると工房の裏口のドアから笑顔のリサとマリア、そして掃除を終え、焼き上がったパンを2人に卸し終えた女騎士がやって来た。
「大盛況でエルビラ様様ですよ!」
「私たちの目に狂いはなかったね!」
かなり儲かっているのか嬉しそうな2人。
「はいはい言ってろ、おだてたって作る量は増やさねーからな」
「本音ですよ!ちゃんとした供給のおかげでロレインさんも食堂が荒らされずに済んだと言ってましたし!」
「ふーん」
素気ない態度のエルビラだが褒められて嬉しくない訳ではない。
「全員揃ってるな、お前らちょっと待ってろ」
気を良くしたのか、エルビラは立ち上がるとコップを四つ用意する、その中に先程の酵母液と蜂蜜を加え、さらにあれやこれやを少々。最後に炭酸水を入れてかき混ぜたらエルビラ特製林檎炭酸水の完成である。
「ほら飲め」
エルビラからコップを受け取った三人は不思議そうな顔をする。
「エルビラさんこれは?」
「昔、お祖母様に作ってもらってた飲みもんだ、ちょっと飲みたくなってな、ついでだからお前らの分も作ってやったんだ感謝しな」
4人はジュースを飲み始める。
「「こ…これは…美味しい!」」
林檎と蜂蜜の甘み、発酵させた事による程よい酸味。
ハーブか何かだろうか、スーッとした香りが口全体に広がる。
エルビラを除く三人はそのまま一気に飲んでしまった。
「だろ?アタイも好きでお祖母様に教えてもらったんだ…てどうしたお前ら」
エルビラは目配せをしている三人を不思議そうに見る。
「エルビラさん!是非このジュースを量産して私達に卸していただけませんか!?」
マリアが急に声を上げたかと思ったらエルビラに言う。
「は、はぁ!?」
「今度はどんな要望がありますか?何でも叶えますよ!ねぇ騎士様!」
リサの言葉に頷く女騎士。
あぁ気を良くしてコイツらに出すべきではないと今更ながら後悔をする。それに無理難題を言ったところで浮遊城の謎技術で叶えられてしまうだろう。
「絶対、ぜーったい嫌だからな!」
同じ轍は二度踏まない、エルビラは今度こそ回りくどい事をせずはっきりと断ったのであった。