トレセン用務員のおっちゃん   作:魔女っ子アルト姫

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第76話

宝塚記念。G1レースの一つのレースであるそれに挑んだスペシャルウィーク、最高のコンディションと状態で挑んだそれは正しく彼女の全てを出し切ったと言わんばかりの物だった。

 

『スペシャルウィークとグラスワンダー!!最早勝者はこの二人のウマ娘の一騎打ち!!』

 

今日まで打ち込んできた全てを出し切ると思いながら望んだそれ、そして自分を倒す為だけに集中したかのような途轍もない集中力を見せたグラスワンダー。最早この二人の一騎打ちと言っても過言ではないレースであった。鬼気迫る迫力のグラスワンダーによる徹底的マーク戦法を受けながらも、自分の走りを貫き通す。だがそれだけで勝てるほど甘くはない。最終局面―――日本ダービーの時のエルコンドルパサーと同じように真横に付けられる。

 

「私は、私は―――日本一のウマ娘になるんだからぁ!!」

 

このまま抜かれる、誰もがそう思った。誰もがグラスワンダーの勝ちを確信したような瞬間に彼女は底力を発揮した、母と約束した夢を叶えるために、今日までの自分に応える為に、自分と一緒に走ってくれている友人に恥じない走りを見せる為に―――何より、ヒビキの特訓に応える為に駆け抜けた。何も考えずにゴールを目指して出し尽くした走り、ゴールを過ぎても少しの間走り続けてしまう程度には彼女は集中しきっていた。

 

「け、結果は……!?」

 

息も絶え絶えになりながらもはるか後方でグラスワンダーが荒い呼吸をしているのが見えた、ゴールラインをかなり超えていた。それでも見えた表示には―――ハナ差での自分の一着。ギリギリで宝塚記念の勝利をスペシャルウィークは勝ち取った。心からの歓喜を浮き彫りにさせながら、彼女はインタビューでこの勝利を誰に報告したいかと言われて素直に答えた。

 

「お母ちゃんとトレーナーさん、ヒビキさんです!!」

 

 

「ンでこれか……やれやれとっつぁんも大変だぜこれから」

 

拡げた新聞にはデカデカと宝塚記念でのスペシャルウィークの勝利が掲載されている。誰もが魅了される程のデッドヒート、完全に他のウマ娘を突き放してでの一騎打ち、これに心が踊らない奴なんていない訳が無いのだ。その果てに勝利したスペがインタビューで話した事も世間を熱狂させる一石になってしまった。

 

母やトレーナーに報告したいというのは良く分かる、だが其処に混ざるヒビキの名前にインタビュアーは覚えが無かったのだ。そこで一緒にインタビューを受けていた自分がサブトレーナーである事を明かしつつも何故この場にいないのかという質問にも応えた。その結果―――

 

『チームスピカのサブトレーナー、ヒビキトレーナーとは!!?』

 

という見出しが出来てしまった。あそこで下手に嘘を吐く訳にはいかないし確りとした事を言わないと直ぐに世論は敵に回る、だがマスコミはそれを面白おかしく掻き立てた。用務員を兼任するトレーナーとは一体どんな存在なのか、何故この場に来ないのかという質問も来たが、他の仕事が忙しいとしか言いようがない。

 

「随分と派手に書かれたわね」

「ああ、俺としては下手打ったかなぁ……って後悔してるわ」

「あの場での受け答えとしては上々よ。だけど記者の興味を引くには十分過ぎただけよ、非はないわよ。ヒビキ君だって気にしてないって言ってくれてるんでしょ」

「まあそうだけどさ……」

 

元々トレセンには取材の申し込みが多い、が最近は特に多い。当然話題の用務員トレーナーの記事を作ろうと必死になっているのである。用務員などにトレーナーが出来る訳がない、何故用務員兼任なのかとそれを追求しようとする流れもある。

 

「とっつぁんは理事長にこれを利用して、中央の人手不足を打ち出して人を集めるようにすべきって進言したらしいわ。なんか言って来ても自分が対応するって」

「彼らしいわね……アスムさんの一件が無くなったと思ったら次はこれ、話題に事欠かないわね」

「全くだ」

 

そう言いながら珈琲を啜る。ヒビキから貰って来たスペシャルブレンド、今回のはハワイコナを大目にしてみたといっていたが……これはこれで悪くない。だが自分はコスタリカの方が好きだな、と僅かながら苦笑する。

 

 

「ほらほらっスペちゃん集中力キレてるよ、グラスちゃんに勝ったからって気を抜かない!」

「はっはい~!」

 

ターフを駆け抜けていくスペ、宝塚記念を無事に終えて次へと備える為にトレーニングを開始する。宝塚記念のお祝いの直後だというのに彼女のモチベーションは極めて高く積極的にトレーニングに望んでいる。まるで以前のヒビキの鍛錬癖が彼女に移ったかのような感じがする。

 

「スペ先輩ってば凄い気合……まだ宝塚記念が終わったばっかりなのに」

「もう次のレース見据えてんのか……?」

「知っちゃったって奴ですね~私にも覚えがありまするで候」

「何ですのその口調」

 

メニューをこなすスペを見つめながらまた何かに影響されたらしいアキラが語り出した。

 

「鍛錬をする度に自分が更新されているのを自覚しちゃうと簡単にやめられない、しかもあんな大舞台で」

「つまりあれか、ゲームでレベルアップして今まで倒せなかった相手を倒せた時の感動的なあれか?」

「正解ですゴル姉さん。しかも―――グラスさんはもっと伸びて猛追してくるライバル、最高過ぎる環境が揃っちゃってます」

 

納得してしまった。自分の成長をあんな大舞台で実感して、更にそれに負けないと同じように努力するライバルが直ぐ近くに居る。なんて羨ましいまでの環境だろうか、だからこそ鍛錬に熱が入る。今日の自分が昨日の自分を越える為に、そしてそれを一番強く実感出来る場で全力で走りたいと思わせる。アスリートとしては最高の精神状態かもしれない。

 

「んで、おっちゃんの指導もあるから余計にってか」

「良いと思うよ僕は、スペちゃん楽しそうだし。よしそれなら~おじさん僕も指導してよ~!!」

 

そう言いながら駆け出して行くテイオー、彼女も彼女で最近ヒビキに言われてやり続けている下半身強化の成果が出始めているのか今まで以上に走りに磨きが掛かってきている。三冠ウマ娘になるための下地も順調に構築出来ている、ならばそれを更にブーストさせるのみとテイオーは駆け寄っていく。

 

「それなら全員でレースやるかい、宝塚記念制覇のスペシャルウィーク対チームスピカ」

「面白そう!!」

「ちょっと待ってくださいヒビキさん!?私一人で皆さん全員とやるんですか!!?」

「勝者っていうのはそういうもんだよ、後ろからどんどん挑戦者が迫ってくるだから気張りな~」

「ヒィ~!」

 

次々と位置について行くチームメンバーに軽い悲鳴を上げながらも自分も位置へと付いて行くのを見送りながら、フラッグの用意をしようとした所にスズカが旗を持って現れる。

 

「私がやりますね」

「ああ、頼むよスズちゃん」

 

そして行われるスピカでの模擬レース、何処か軽くじゃれ合いに近く見えるが全員が真剣になりながらターフを駆ける。




雷電 響鬼。

スペシャルウィークのインタビューで注目を浴びそうになってきたおじさん。ヒビキ的にはこれを切っ掛けにしてトレセンの人手不足解消を目指すべきと思っている。

模擬レース後、皆にご褒美としてご飯を作ってあげた。
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