未来時間軸を想像して書いてみました。
無事エデン条約の調印式を終えた後日の話。
腹を撃たれてその後も指揮を取っていた先生はそのまま病院に搬送。生徒たちから怒られつつも入院する流れとなった。
入院先についてもその場にいたセナが連れ込んだ救急医学部の病院に任せるか。またはトリニティの救護騎士団に任せるのかで揉めたりもしたが、それは別のお話。
ただゲヘナに預けることの不安を口にするトリニティ側に「私が責任を持つ」と黙らせたヒナがいたりもした。実際搬送する際の負担や襲撃の危険性を考えると、安全を確保できるならこのままゲヘナに任せるのがベストではあったわけで。
今の病院内はゲヘナとは思えないほどの静寂が保たれている。元々ゲヘナ内では静かな設備ではあったけれど、そこはゲヘナ。どうしたって受付で揉める奴や入院患者に襲撃しかける馬鹿はいた。
実際先生が入院したての頃は告知があっても受付で暴れる生徒はいたわけだが、そこでヒナがキレた。ヒナ自身先生が撃たれたことを気にしており、先生の防衛にはいつも以上に過敏になっている。もしここで先生が現れたら、と思うと。理性では万が一にもここまでは来ないと分かっているが、感情は止められない。
ヒナの本気の敵意を向けられた生徒はその場で行動停止。だがそれで止まるヒナではなく、いつも以上にボコられる生徒達。その出来事から先生退院までは病院で暴れるなという不文律が出来たのである。
ここまでヒナについて書いたが、このお話のヒロインはムツキちゃんである
「じゃじゃーん! 今日のお見舞いは私だよ! どう?暇してたんじゃない?」
ムツキの言う通り、現在の先生は非常に暇であった。
本来は書類仕事など、ここでできることはやるつもりだったのだがセナとヒナによりこれは没収。お見舞いに来る生徒にそのことを愚痴るも、呆れられるなら良い方で大半の生徒に怒られる始末。
ゲーム開発部一同が持ってきたゲーム機や、シミコやモミジが持ってきた本があるのでやることはある。だが何をしてもいいということで時間は非常に余っていた。
「それじゃ遊ぼうか! 二人で遊べるゲームは色々持ってきたし考えてきたんだ。
そ、れ、と、も。いけない遊びがしたい?」
そういって先生のいるベッドに腰掛けるムツキ。
幼いながらも妖艶な表情。からかいだとわかっているのに、期待してしまうドキドキがそこにはあって。先生が先生という立場でなければ危なかったかもしれない。
「なーんてね。流石にここで先生に負担かける真似しちゃったらみんなに本気で怒られちゃう。
扉前にいる護衛の人も気になるよね」
当然ながら、先生の病室の前には護衛として風紀委員が二人立っている。中に監視カメラつけるのはプライベートの問題で一部取りやめになったが、それでも入口付近と窓枠の監視はされている。
そんな中で事に及ぶのはそういう性癖がなければ無理である。ハナコとか一部生徒は頼めばノリノリでやってくれそうということは置いておいて。
その後は普通に遊んだ先生とムツキ。流石というか、ムツキの遊びのレパートリーは豊富であった。
定番のトランプでもその話術とノリの良さで先生を楽しませ。先生としても1VS1の神経衰弱であそこまで盛り上がれたのは初めての経験だった。
他にも珍しい二人用のボードゲームを持ってきていて。複雑なルールの奴は避けたのか、すぐに覚えられてこれも面白い。何より百面相で楽しんでくれるムツキと一緒にいることが何よりの娯楽だったとか。
楽しい時間は過ぎすぎるもので、あっという間に先生の検査の時間に。その後のお見舞いの予定も入っているので、本日のムツキの面会時間はこれで終わりである。
「あー楽しかった! 先生、最後にお願いなんだけどお腹の傷見せてもらってもいい?」
そういうムツキに渋る先生。見せても心配されてしまういうのが分かっているから。
「もしかして恥ずかしいの? 大丈夫だって、先生の腹筋には期待してないから。
先生がか弱いのは分かっているしね?」
そういって「くふふ~」と笑うムツキだが、見せてもらうまでは帰らないという意思を感じる。
このまま帰らないと診察まで粘って二人そろってお叱りを受けるだろう。そうなるのは先生の本意ではなく、仕方ないと苦笑しつつお腹をめくる。
まだ包帯が取れていないのか、幸い痛々しさは少ない。
「そっか、まだ包帯も外れていないんだ。跡は残りそうなの?」
それには首肯で答える先生。先生自身男というのもあり、そこまで気にしていなかったわけだけど周囲はそうもいかなかった。特にその場に居合わせたヒナとアズサは自刃しそうな勢いで落ち込んでしまい宥めるのに苦労したのである。一応今は落ち着いているが、それでも先生とは中々目を合わせようとしない。
「へ~。でも傷は男の勲章ってね。良かったじゃん先生!」
そういうムツキではあるが、後半に行くにつれ声は震え、涙が出そうになっている。
撃たれたと聞いた時も心配で心配で仕方がなかったけれど、傷を見ることで再び実感として感情が揺れてしまう。
「あれ、おかしいな。泣くつもりなんてなかったのに。こんなのキャラじゃないのに」
そう言うムツキ。でも涙は止まらない。
拭っても拭ってもダメなことに諦めたのか、先生へと向き直る。
「ね、先生。先生が撃たれたって聞いてとっても心配したんだよ? なんでその場に居られなかったのかと自分を恨んだの。調印当日、優先する仕事なんてなくてさ。なんでその時会場周辺にいなかったんだー!って。もしそこで先生が死んじゃってたら後悔とかじゃなくて一生心の傷として残っちゃったよ」
そういいつつ先生の手を握るムツキ。
けれどその手つきは大事なものを扱う様に繊細で、普段の悪戯心は含まれていなかった。
「私の手、温かいでしょ? 先生の手も同じように暖かいんだよ?
私たち便利屋はゲヘナ所属なんだ。シャーレの権限を考えると私たちを護衛として付けるくらいは問題なかった。そりゃ軽い仕事はあったけれど、頼ってくれたら当然先生のことを優先していたよ。
どうして頼ってくれなかったの?」
「それは……。生徒に傷ついてほしくなかったから」
「はぁ、だと思った。でもね、先生。私たちはそう簡単に死なないの。それこそ外傷で死ぬなんてことは裏の世界でも聞いたことないかな。
でも心は別物。先生が死ぬなんてことがあったら一生の傷になる生徒は何人もいるし、私だってその一人。
だからね、何か危険なことがあったら誰かを頼って。もちろん私のことを頼ってくれたら嬉しいけど、他校の問題に呼ぶのが難しいこともあるよね。その場合はその学校の生徒を、誰でもいいから頼ってあげて?
少なくともシャーレの当番になってくれる子達なら、頼られたら嬉しいんだから」
ムツキ自身、本当はもっと軽い感じに悪戯っぽく言うつもりだった。「くふふ~、先生弱いんだからこれからは一人で動いちゃダメだよ?」といった感じに。
でもあふれ出した感情は止められなくて。今だって涙で嗚咽が止まらない。
だからこそ人の心を動かせる。
「ごめんね、泣かせちゃって。心についてまでは考えていなかった」
先生の中では自分のことを軽く見ていた部分もある。
だからこそその場にいなかった、そのうえムツキみたいな子を泣かせてしまうのは衝撃だった。多分これからも危険なことは一杯あるけれど、もっと生徒のことを頼ろうと心を新たにする。
自分が死んだら泣いてしまいそうな子が3人はいるんだから。
「先生の馬鹿……。本当に心配したんだからぁ」
ムツキが泣き止ませる為に手を握り続ける先生。お互いの体温を感じていて、そこに不快な空気は欠片もなかった。
結局その行為は診察の先生のノック音が聞こえるまで続いたのである。
「じゃあ先生、またね!!」
ノック音が聞こえると照れるようにパッと立ち上がり、そのまま笑顔で去っていくムツキ。泣き顔も可愛いけれど、やっぱり笑顔が何よりも似合う。
この顔を曇らせたくないなと願う先生だった。