ご飯を食べ終わった後。お風呂に入ったが、なんで風呂だけはこんなにちゃんとしてんだ。ここちゃんとしてるならリビングとかもちゃんとしようよ。
そんなことを言ってみると、高校時代の友達が美容にうるさかったからお風呂に関してだけはちゃんとしているらしい。その友達は絶対にいい人だ。大事にするんだぞ。
「そういえば、夜の活動はしないの?」
「夜は通報が来たら活動する。空いた時間で寝ないといつまでたっても寝れねえだろ」
「……もしかして、私がヴィジランテやってたときヒーローの睡眠時間削ってたのか……?」
「お前が有名になってからはお前がいるぞ! って通報が増えたな。ただ、お前事件解決したらすぐにどっか行っちまうから夜遅くにヒーローが眠い目こすって駆け付けてもくたびれただけみたいなことがたくさんあったとはどっかで聞いたぞ」
静岡とかその周辺のヒーローはお前のこと嫌ってたと思うぜ、と付け足される。
そうだったのか……申し訳ないことしてたな。
「私はお前を追いかけるの楽しかったけどな。久しぶりに骨のあるやつが出てきたと思ってたぜ」
「迎撃もできないし、ホント困ったよ」
「……確かに、お前と戦ったことないな。思えば」
「まあ、これからも戦う機会なんてないだろうけどね」
私がそういうと、ミルコがニヤリと笑った。
あ、寝る前に出久にラインしておこう。
『飯田くんのこと気に掛けようと思ったんだけど、どこのヒーロー事務所に行ったんだっけ?』
しばらくすると、『保須市のマニュアルヒーローっていうヒーローのところだよ!』とメッセージが返ってくる。
『ありがとう』とだけ返して目を閉じる。
ルミの家で一晩過ごした翌日の朝。
ヒーローコスチュームに着替えた私とミルコは、ヒーロー訓練所という施設に来ていた。
ここは、お世辞にも収入が多いとは言えないヒーローが大きい事務所を構えられず、己を鍛える場所を用意できないヒーローのために国が作った施設らしい。
雄英の訓練施設には及ばないもののいつか見たマウントレディのような、巨体の個性でなければ困ることはないだろうといった大きさだ。
筋トレ器具にはじまり、おそらく体の動かし方を学ぶためのアスレチックのスペースなど、レジャー施設に見えなくもない。
「ミルコ、ここで何をするんですか?」
「何をする、って、ここは訓練をする場だぜ? やることなんて決まってんだろ」
「そりゃ、そうでしょうけど……。まさか、ここで筋トレしてろなんて言わないですよね」
「安心しろ、お前は体自体は出来上がってる」
「じゃあ、何を?」
「私との実戦形式の訓練だ!」
私は今になって、昨晩のミルコの笑みの意味を理解した。
アスレチックコーナーの体育祭の時の谷間ゾーンによく似た場所を貸し切らせてもらって、私とミルコは現在訓練をしている。
私を職場体験で指名したのって、これがやりたかったからってだけじゃないだろうな。
戦闘のルールは単純で、殴るか蹴るかどうにかして、勝ったやつの勝ち。それは自然界の野生動物のルールであって人間の社会で使うルールではないと私は思う。
一応スタート位置は、貸し切らせてもらったスペースの端と端でスタートしたため、まだ戦闘が開始しているわけではない。
現在の状況としては、私は谷間をウェブスイングで飛び回っている。
ミルコは経験上すぐに見つけてくるのでいつでも奇襲に応じれるようにはしているが、スパイダーセンスもあるため大丈夫だろう。
飛び回っていると、スパイダーセンスが反応する。
反応したときには既に、私は顔面を蹴られていた。
「簡単な予知があっても反応が追い付かないって、どんだけ速いんだよ……」
「……なんか、お前。弱くなってないか?」
「そんなわけ……」
私が弱くなった?
いやいや、そんなわけ……、と思ったが、確かに。ヴィジランテのときはこれよりも本気のキックに対応していたはずだもんな。
でも、なんで弱くなったんだ……?
「おいおい、私相手に考え事か? 随分余裕だなあ?」
私に喋りかけながらミルコが横薙ぎに蹴ってくる。
辛うじて体を反らすことで蹴りを躱すがすぐに二撃目を腹に入れられる。
痛くはないけど、すごい気持ち悪い。込み上げてくる感じ。
「お前、本当にどうしちまったんだよ。前とは違って反撃も許されてんのに躱すことすらできてねえじゃねえか」
「私も知らないですよ。一応全力なんだけどなあ……」
「まあ、とりあえずこれだけ終わらせるぞ」
そう言われた瞬間、それまでよりずっと速く頭に蹴りを入れられ、私はそのまま意識を失くした。
「おい、起きろ」
「あ……ミルコ、おはようございます」
私が目を開けると、マスクの感触がない壁にもたれかかるように座らせられている状態で目を覚ました。
「お前……随分弱くなってるな。どうした? なまっちまったのか?」
……思い返せば、USJの時ぐらいから筋力の増強率が低くなっているような気がする。
増強率だけじゃないが、全体的に体が不調だ。痛覚もなければ味覚もないんだから絶不調と言われて当たり前だけど。
「いやー、ちょっと。体調が悪いのかなあ……」
「お前、ヒーローたるもの健康第一だろうが。しっかりしろよ」
「あの生活してた人に言われたくないです」
それにしても、弱くなりすぎてるのは問題だな。身体能力以外のところで鍛え直さないと。
私がスパイダーマンになるためには、あまりにも足りない。
「ミルコ、私を鍛え直してください」
「……最初っからそのつもりだよ。しっかりしごいてやるから、覚悟しとけ」
ミルコがニッ、と笑った。
個性。約束。守らないと。命を捨てても。
ひとしきりミルコにぼこぼこにされたあと、私とミルコは町を跳びまわり、助けを求める声を聴き次第チンピラをぶっとばしながらパトロールをしているといつの間にか日が暮れてきていて夕日がまぶしい。
「ミルコ、ヒーロー殺しをぶっとばすって話でしたけど、この辺りで活動してましたっけ? あいつ」
「パトロールしてる間にだいぶ移動してたの気づいてなかったのかよ。ここもう保須市だぞ」
そこらの店の名前を見ると確かに保須という単語が入ってる店がちらほらあった。そんな移動してたのか。
あれ、そういえば保須って飯田くんの行ってるヒーロー事務所近くだよな。偶然ってあるもんだな。
一応気を付けとくよう言っとくか。
「えっと、そこらへんヒーロー殺しが出たことあるらしいから気を付けてね……っと」
「おい、スパイディ。飛びスマホはやめとけよ」
「あ、すみません」
……。飛びスマホってなんだ。
「スパイディ、一回休憩入れっぞ。あそこに着地な」
指差した先にミルコはすごい速さで跳んでいく。
「やっぱ速いなあ……」
私もついていこうとした瞬間にスパイダーセンスが反応する。
今までのちょっとしたチンピラ程度の反応ではない。USJで経験したようなものに近い強烈な反応。
「ミルコ! ヴィランです! 休憩より先にあっちを……」
瞬間、少し強い程度のヴィランの数が大量に増える。
それと同時に、跳んでいた私に上空から脳無が襲い掛かる。
それを躱しウェブで脳無を捕まえ、車道へと投げつける。
ミルコが脳無の傍に着地したので私も傍に着地する。
「スパイディ、お前が言ってたやつってこいつか?」
「いえ、もっと強いやつが一つ、それとこれと同じぐらいのやつらが複数反応してます! USJの時ほど脳無は強くないみたいですけど、脳無がいるってことはヴィラン連合繋がりだと思います」
「多分その強いやつがヒーロー殺しだな。ヴィラン連合繋がりって言ったが、リーダー格のが二人いたんだろ? そいつらは出てきてねえのか?」
「今のところは反応してません。それで、ミルコ。どうしますか」
「全員蹴っ飛ばす!」
「了解です!」
突如として保須に出現した脳無たちを私たちは退け続けて、すっかり日が落ちてしまった。
最初は脳無を粗方片付けた後、ヒーロー殺しのもとへ駆けつけようとしていたのだが、脳無の数が多すぎる。
しかも、やけに私を狙ってきている回数が多い。常時ヘイトを稼ぐようなスキルでも取っていただろうか。
「……どんだけいるんだってば! そい!」
液体を勢いよく指先から発射してきた脳無の攻撃を躱し、ウェブを顔面に発射する。
それを下向きに引っ張り地面に倒し、すかさずウェブを乱射し身動きを取らせないようにする。
「一段落ついたかな……、うん?」
ポケットに入れているスマホが震える。
取り出すと出久からの位置情報の送信の通知だった。
「なんだろ、これ」
「スパイディ! 油断すんな!」
ミルコが私の後ろからやってきていた脳無を蹴り飛ばす。
「すみませ……ミルコ! 二つ強い反応が増えました! 多分、USJの二人です!」
「よし、そいつらを蹴り飛ばしに行こう!」
「いえ、私はちょっと行きたいところが……」
「こんな状況でかよ! よし!行け!」
「ありがとうございます!」
このタイミングで位置情報を送ってくるのはなにか意味がある。
それこそ、助けを求めてる。みたいな。
……どうやって位置情報から地図って開くんだ?
僕たちは今、窮地に立たされていた。
飯田くんとネイティブが殺されかけていたところを全力でぶん殴って、轟くんも駆け付けてきたけれど、僕の一撃で本気を出してしまったヒーロー殺しには敵わなかった。
この場にいる全員が、ヒーロー殺しの個性によって体の自由を奪われている状況だった。
唯一の望みは、轟くん意外にこの場に呼び出した人物。
スマホを使うのが壊滅的にへたっぴな彼女がこの場にくるのにどれだけ時間がかかるかは分からないが、流石にそろそろ来るだろうと思う。
「ハァ……何を待っている……」
「お前の個性の時間切れだ……!」
先ほど轟くんが時間を稼いだ時に、僕が動けるようになったのは分かっている。時間制限はこいつの個性には存在する。
しかし、誰も身動きを取れないこの状況で、時間制限を待つのは無謀だ。だから、やっぱり。
考えていた時、独特の、それでいてもう聞き慣れた、パシュッという発射音がする。
「ハァ……また来たのか……」
僕が期待を胸に空を見る。
「ハァ……そこか……」
ナイフを僕の視線の先に投げる。しかし、そこには何もおらず。
「なんかやばそうだし、終わらせちゃうね」
いつの間にかヒーロー殺しの後ろに立っていたその人がウェブというらしい蜘蛛糸を乱射する。
巧みに操られた蜘蛛糸が瞬く間にヒーロー殺しを蜘蛛糸でぐるぐる巻きにする。
「ハァ……貴様、スパイダーマンか」
「な、何の話?」
「とぼけるな……ハァ……それにしても、今会えるとはな。お前は既に生かすと決めている……」
ぐるぐる巻きにされたヒーロー殺しが、どこからか出した刃物で器用に蜘蛛糸をあっという間に切っていく。
「ちょちょちょい、折角終わったと思ったんだけど?」
軽口を叩く彼女が来た。
彼女、雲嶋八菜が来た。
ヒーロー、スパイダーサックが、来た。
今季面白いアニメおおいっす