スパイダーマンとしてニュースに出てしまった日からしばらく。
もうヴィジランテ活動はあれっきりにしようと思っていたのだが、力があるのに助けを求める人を無視できず、フードを被ってヴィジランテ活動を再びしてしまうことが数回。
顔バレ対策にネックウォーマーとパーカーは常備するようになってしまった。
だが、これのおかげで外を出歩くのも慣れてしまった。男だったからこそわかるが、自分の今の顔は可愛いんだから恥ずかしがることは何もなかった。褒められたりしたらそれはまだ恥ずかしいと感じるが。
そんなこんなで性転換をした俺に不意に訪れたちょっとした連休は終わりを告げた。
それを意味することはなにかというと、中学校への登校が始まると言うことである。
中学校に入学して二か月ほどで急に二週間ほど休み始めていたが同級生はどう思うだろうか。
急に登校してきたら性転換していたら距離を置かれるんじゃないだろうか。
不安だ。杞憂であってほしいと願わずにはいられない。
すっかり履きなれてしまったスカートを、身に着ける。
家を出て折寺中学校へと向かう。
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残念ながら距離を置かれるというのは杞憂ではなかったようだ。
登校してきた瞬間はよかった。周囲からの視線を感じていたが、それは決して悪意のある物ではなかった。むしろ好意が感じられていた。
しかし、クラスに入り、自分の席に着いた瞬間周囲がざわつきだした。それまでもざわついてはいたが急に雰囲気が変わってしまった。
もとより、あまり友達と言える人は少なかったが、それでも、悲しい……。
「え、もしかしてあれって雲嶋くんなの……?」
「そんなわけないじゃん、男子だよ? 雲嶋くんって」
「そ、そうだよね。本当に雲嶋くんだったとしたらあれ女装してるってことだもんね」
みたいな会話が聞こえてきた。
地獄だ。早退したい。
クラスの隅の席だったことに感謝しながら隅に自分の体を寄せ、縮こまってホームルームが始まるのを待つ。
変な汗をかきそうになっていたところでホームルームのチャイムが鳴り、担任の先生がやってくる。
いつも通りの挨拶を済ませ、先生からの連絡により遂にとどめが刺される。
「あー、みんな気になってると思うけど、雲嶋の席に座ってる女の子は雲嶋で間違いないから。個性が急にいろいろ変わっちゃって性別が変わったんだって。仲良くしてあげてね~」
みんなこちらを向いて来たので軽く頭を下げるが、雰囲気はあまりよくなかった。
「もちろん、体育の着替え等は女子とも男子とも別の部屋でやってもらうから。安心してね」
多分みんなが気にしてるのはそこじゃないと思うんだけど。
それにしても、友達がいないままこれから三年間を過ごすことになってしまうんだろうか。
いや、絶対にきついぞ。それは。なんとかして阻止しなければ。
と言っても友達をこの状況から作る方法なんて思いつかないわけだが。
あれこれ考えてるうちにいつの間にかホームルームは終わっていた。
結局、誰も話しかけてくれずに学校復帰の初日を終えてしまった。
俺から話しかけるべきだろうか……。よし、そうしよう。
とりあえず、家に帰って明日からだな! うん!
教室を出て、靴箱に向かう。
廊下から他クラスの教室の中を眺めていると、緑色の髪の男子が一人教室でノートに向き合い、熱心に何かを考えこんでいるのが見えた。
何をしているんだろうか。勉強、にしては随分と楽しそうだ。もちろん勉強が楽しいという人もいるんだろうが。
周りを見渡す。もうほとんどが帰っていて辺りに同級生は見えない。
……。よし、明日からだと思っていたけど、今日からだ。周りに誰もいなくて話しかけやすいし、お誂え向きだ。
とりあえず、教室に入って声を掛けよう。
教室に入ったはいいけど全然気づいてないな、どう話しかけたものか……。
……。仕方ない、意を決して話しかけよう。
「あー、き、きみ、なにをしてるの?」
俺の声に反応して彼は大きく体をびくっと震わせる。悪いことをしてしまった気分になる。
「え、えーと? ヒーロー研究、というか、なんというか……。というか、女子?」
最後が上手く聞き取れなかったが、まあいいだろう。
「あ、急にごめんね。お、いや、私は雲嶋 八菜。隣のクラスの」
「雲嶋さんって……あの、しばらく学校休んだと思ったら男子から女子になってたって噂になってる?」
噂になるのが速すぎやしないか。初日だぞ、初日。昼休みは耳をふさいでたからどんな会話をしていたかは何も聞いていないが。
「あ、うん。そうそう。その雲嶋で合ってるよ」
「えーと、それでその雲嶋さんがなんで僕に話しかけてきたの? 何か用でもあるの?」
「帰ろうと思ったら、熱心になにか考え込んでたからさ、何してるんだろうなって気になったから話しかけてみたんだ。それと友達作り」
「そ、そうなんだ……。え? 友達作り?」
「うん。友達作り。急に性別が変わってみんなから距離を置かれちゃってさ。話す相手がいないのは寂しいから」
「そんな……、見た目とかが変わっただけなのに。それに、そんなに
今、なんと言われた。
同級生の男子から?
色々な思考が頭をよぎる。
この気持ちはなんだ?
心は男なのに可愛いと何も考えずに言われたことによる苛立ちか? 違う。
恥ずかしさか? 近いな。
色々な予想がたてられたが、それらのどれでもない。
唯一近かったのはうれしいとか、喜びとかそのあたりだ。
しかし、俺が可愛いと言われて喜ぶなんてことはあるとは思えないし、ほんとに何なんだろう。
「く、雲嶋さん? 急に無表情になったけど、大丈夫?」
「ああ、ごめん、大丈夫だよ。思考と会話を並立できなかった」
「大丈夫じゃないよそれ! 急に僕が気持ち悪いこと言ったせいだ! ほんとごめんね!」
「関係ないから、気にしないでいいよ。謝るぐらいだったらこれからも一緒に話してほしいな」
これは高度な友達作りのコミュニケーションなんじゃないか? また話す約束付け。予想していない展開があったが結果よければ全てよし。
そして、最後にニコッと笑ってしまえばパーフェクトコミュニケーションというやつだ。
なんだ、意外と簡単じゃないか。重く考えすぎてたな。
「え、う、うん。全然それぐらいならいいけど」
「じゃあ、早速一緒に帰ろう! ね、いいでしょ?」
「う、うん!」
「じゃあ、えっと……あれ、そういえば名前聞いてなかったね。君は?」
「あ、僕は緑谷 出久だよ、よろしく」
「緑谷 出久、ね。オッケー。よろしく、出久。私も雲嶋さんじゃなくて八菜でいいよ」
「う、うん、よろしく、八菜さん」
「よし、じゃあ早速帰ろうか。やってたヒーロー研究? が済んだらだけど」
「それは気にしなくていいよ。家でもできるし……」
「そうなんだ、ヒーロー研究……。ちょっと、あとで詳しく教えてよ」
「うん、いいよ。あ、そういえば、八菜さんって家はどの辺なの?」
「えーと、あのから揚げ屋の近くだよ。あのすっごい偏屈な店長がいるところ」
「ああ、あそこの辺りなら僕の家とも近いや。よかった、正反対の方向とかじゃなかったりして」
「そうだったとしても私はついて行ってたから、何も変わんないけどね」
「そ、そうなんだ……」
そんな、雑談をしながら学校の門を通り過ぎていく。
やはり、話す相手がいるというのは素晴らしいな。一気に気分が明るくなる。
「そういえば、出久がやってたヒーロー研究って具体的になんなの?」
「えっと、僕、ヒーローになりたいんだ。誰かを助けられるヒーローに。そのための努力といいますか……」
「そうなんだ、私と一緒だね」
「一緒、っていうと?」
「私もヒーロー志望なんだ。つい最近そう思えるようになったんだけど」
「そ、そうなの!? ねえ、八菜さんの個性がどんなのか教えてよ!」
「う、うん。いいけど」
予想以上の食いつきに困惑しつつも個性について話す。
「私の個性は『蜘蛛女』。今までは蜘蛛って言ってたんだけど性別が変わるのも個性のせいらしいから、名前を変えたんだ」
「やっぱり、そうなったのは個性のせいなんだね。それで、他にはどんなことが出来るの?」
「えっと、増強型みたいな怪力、あとは危険感知、蜘蛛糸発射、動体視力向上とか、全体的な運動神経の向上とか、あんまり試してないけど体が頑丈にとか……いろいろあるよ。って、聞いてる?」
「シンプルな身体能力の向上に加えて蜘蛛の特徴の蜘蛛糸発射ができるのか蜘蛛糸の強度によっては
「お、おーい?」
「はっ! ごめん、夢中になっちゃって……」
「ううん、いいけど、そんなに個性が好きなの?」
「う、うん……個性が好きというか、個性を使って人を助けるヒーローが好きというか……」
「そうなんだ、じゃあさ、出久の個性はどんなの? 教えてよ」
高架下に入ったとき、出久が歩みを止めた。
「どうしたの?」
「その、僕、無個性なんだ……」
無個性、世界人口の八割が個性を持っていることは有名な話だ。その中の二割に出久は入っているという。
出久は本気でヒーローを目指している。俺とは違って、諦めずに。出来る努力を続けている。
「ご、ごめんね。無個性のくせにヒーローを目指すなよって思ったよね。ごめん……」
「思ってないよ」
目線を下に向けていた出久が驚いたようにこちらを見てくる。
そりゃ、個性を持ってたのに腐ってた俺に比べたら、よっぽど素晴らしいだろ。
「俺も分かるよ。力がないことに絶望するその感覚」
「でも、八菜さんはそんなに
「俺も、こうなるまでは
「それで俺は、ヒーローになんてなれやしないって、腐ってたんだ。諦めてたんだよ。無理だろって。目を背け続けてたんだ」
「でも、出久は違うじゃないか。例え力がなくても、憧れ続けて、目を背けずに今できる努力を精一杯して。俺とは違う」
「そんなに頑張ってる君が、ヒーローに誰よりも憧れてる君が、ヒーローになれないなんて、誰が言えるのか、俺にはわからないよ」
「あーえっとさ、長々と喋ってみたけど、簡単に言って、俺は出久がヒーローになれると思うよ、ってこと」
あ、まずい。口調が崩れてた。
「あ、えっと、ごめんね急に。何も知らない出会って初日なのにずかずかしゃべっちゃって……って、出久? ちょっと、大丈夫?」
気づいたら、出久が俯いて体を震わせていた。
まずい、泣かせてしまった。さっきまで順調だったのに! やらかした!
と、とりあえず涙拭かなきゃ。というか、今日に限ってハンカチ忘れてるんだけど!
「えっと、とりあえず、涙拭きなよ」
ハンカチがないので仕方なく、制服の袖で出久の涙を拭うことにした。
「ほんと、ごめんね。デリカシーなかったよ……」
出久は多少は落ち着いたのか、嗚咽交じりで口を開く。
「ううん、さっきのは悲しいとか、そんなじゃなくて、うれしかったんだ」
「うれしかった?」
「うん、僕、初めて言われたんだ。ヒーローになれるって。初めて、人に言ってもらった。本当にうれしかったんだ」
「そ、そっか」
出久が急にこちらに向き直る。
何だ急に。
「本当に、ありがとう。八菜さん。八菜さんとは今日初めて喋ったけど、なんだか、本当にヒーローになれるかもって思えるよ」
「えっと、どういたしまして。なんか、照れくさいな……」
照れ隠しで微笑むと、出久も笑顔で笑い返してくる。
なんだかおかしくて、出久も
体の性別が変わってしまって、学校生活は実は不安だったけど、心配はもういらなさそうだ。
「じゃあ、いこっか」
「うん、ごめんね、立ち止まっちゃって」
「気にしなくていいよ。あ、そうだ。明日の朝も一緒に登校しようよ」
「うん、いいよ。そうだ、連絡先……」
順風満帆とは言えないけれど、十分に幸せだ。
なんだか、不思議な感覚もあるけれど、それも含めて幸せと言える。
私は、これからの生活を思い描いて、楽しみになった。
めすにおちろ
ちなみに、個性に慣れたような雰囲気出してますが学校生活では全然シャーペンへし折ったりしてます。
早く慣れろ。