うずまきナルトは誰もが認める落ちこぼれ
アカデミーの卒業資格者一覧の中には、うずまきナルトの名前がある。うみのイルカは誰もいない教室でこっそりと笑みを浮かべた。
イルカの受け持つクラスで一番最初に実施された卒業試験を合格したのは、うちはサスケである。この時の試験内容は分身の術。かねてから分身の術が苦手なナルトは真っ先に試験官に落とされていたのを覚えてる。その後も何度か実施された卒業試験でナルトは落ち続け、この調子では同期と一緒に卒業できないのではないかと教師陣の中でも危ぶまれていたところだった。
そんなナルトが今日行われた卒業試験で合格した。しかもあれほど苦手だった分身の術で、だ。
「びっくりしましたよ。まさかあのナルト君が分身の術を完璧に会得してくるなんてね」
卒業試験が終わった後、イルカの隣で受験者一覧に合否を示す丸バツを記入していたミズキも感慨深そうにそう呟いていた。イルカもまったく同じ気持ちだった。
ナルトはああ見えて努力家だ。きっと忍になる為に人一倍練習を重ねたんだろう。
ただの教師と一生徒の関係でありながら、ナルトの姿にかつての自分を重ねていたイルカは自分のことのように嬉しかった。
誰かに自分の存在を認めてもらいたくて、気を抜けば覆いかぶさってこようとする孤独を必死に払いのけ、大きくもない自分を偽るようにみんなの前で目立つことばかり考えている。昔のイルカもそうだったから。
無理やりにみんなの興味を引いたところで、孤独は埋まることはない。
……辛かった。苦しかった。それと同じ……いやそれ以上に苦しんできたであろうナルトの努力がこうして目に見える形で実を結んだ。
これほど嬉しいことはない。
夜まで卒業関連の事務作業に追われていたイルカは、すでにミズキもいなくなって静まり返っている教室内で大きな伸びをした。
「このままじゃ足りない」
事の発端はサスケの言葉だった。
一ヶ月に一度。サスケとナルトは必ずアカデミー後にうちはの集落に集まって、墓参りと共に組手や手裏剣術などの修行をしていた。
ナルトの方はもっと一緒に修行する時間を増やそうと主張したが、サスケにあっさりと拒否されて今に至る。ただ、はいそうですかとあっさり諦めるナルトではない。
昼休憩にサスケの下に突撃してそのまま午後の授業まで修行に付き合わせるのはしょっちゅうだった。ぶつぶつ文句を言いながら、なんだかんだ最後まで修行に付き合ってしまうサスケは末っ子とは思えない面倒見の良さを兼ね備えている。水と油のように見えて、案外相性の良い二人だった。
「足りないって何が?」
「何もかもだ」
その日は墓参りの日でもないのに、うちはの演習場で修行をしていた。設置した全ての的に一ミリのズレもなくクナイを命中させたサスケに、ナルトがぐぬぬと唸る。
「ずるいってばよ! 手裏剣術はスバル兄ちゃんたちに修行つけてもらってたんだろ?」
「煩い。いちいち喚くな、ドベ」
オレもスバル兄ちゃんに修行見てもらいたかったと唇を尖らせるナルト。手裏剣術に関してはスバルよりもイタチに見てもらったことの方が多いが、サスケはあえて否定しなかった。
里で暮らす誰もがサスケの前でうちは一族の話をしない。以前両親と交流があった人たちでさえ、サスケを見かければどこか気まずそうな顔をして故人の話題を避ける。
暗部として長い間裏の世界に身を置いていた二人の兄に関しては、そもそも誰とどのような交友関係にあったのかすら知らない。
サスケにとってナルトは大好きだった兄を知る唯一の同世代であり、あのような悲惨な出来事が起きた後でも気兼ねなく思い出話ができる貴重な存在だった。
「足りないっていっても、これ以上どう強くなるんだってばよ?」
「……お前はまだまだ途上だろうが」
アカデミーを主席で卒業予定のサスケと違って、ナルトの成績は下から数えた方が早いどころか最下位である。ここ最近は実技のテストでそれなりの結果を残しているものの、筆記が足を引っ張りすぎている。
アカデミー卒業を数日後に控えた今、サスケはとっくに独学の限界を感じていた。兄たちの時代とは違って、アカデミーは全ての子どもたちの学びの歩みを揃えようと躍起になっている。
優秀だからといって、自分一人だけの力で次のステップにいけるわけではないのだ。
「そういえば、卒業試験を受ける前にミズキせんせーが封印の巻物の話をしてたような……」
「なんだと?」
「もし今日の試験に失敗しても、その巻物の術を一つでも身につけられたら異例でも卒業できるに違いないって」
最終的にナルトは無事に卒業試験に合格した為、今の今まで封印の書のことは忘れていた。
「…………封印の書ってやつにはそれほど凄い術が載ってるのか?」
「…………そうに違いないってばよ」
片や火影になるという大望を、片や一族最強と言っても過言ではない兄への復讐を志している。
――強くなりたい。今よりも、ずっと。
サスケとナルトの思考は珍しく交錯した。
どっぷりとした闇の中に浮かぶのは、眩い光を放つ満ちた月。
のちにアカデミー教師半殺し事件と名付けられる騒動の原因であり
(まさかナルトが卒業試験に合格するとは思わなかったが…………天はオレに味方したようだ)
今日実施された卒業試験は、ナルトが同期と共に卒業するためには必ず合格しなければならない重要なものだった。
試験のためにナルトがアカデミーが終わった後も教室に残って修行を続けていたことを知っていたミズキは、これを利用するしかないと考えた。
ナルトには才能がない。
才能のない者がいくら努力しようが結果はついてこない。努力が報われなかったナルトはショックを受けて落ち込むだろう。九尾の化け狐として忌み嫌われているナルトが最後の卒業試験すら落ちたとなれば、里の大人たちからの視線もさらに厳しいものになるに違いない。
そこに一筋の希望――甘い蜜を垂らしてやれば必ず飛びつく。
「火影様の屋敷には色んなものが集められているんだよ。他国から寄贈された希少価値の高い品物から、その恐ろしさ故に人知れず封印されてしまった強力な禁術に至るまで……」
ごくっと唾を飲み込んだナルトの肩にそっと手を添える。大蛇丸の元で人心掌握能力を磨いたミズキには、ナルトの幼くも強い好奇心を掴んだという確信があった。
「火影様の元に集められる禁術は特別でね。ボクが思うに……その禁術の一つでも扱うことが出来たなら、とっくに無くなったアカデミーの飛び級制度ですら適用されるんじゃないかな?」
「そんなにィ!?」
「はは。それほど凄い術を火影様が管理されてるってことだよ」
そんな会話をしたのは、ナルトが卒業試験を受ける直前。完全に読み通り……とはいかなかったが、月が浮かぶ真夜中、ナルトはついに火影屋敷から封印の書を盗み出した。
所詮、化け狐は化け狐でしかない。いくら健気に努力を重ねようとも、禁術に手を出して高度な術を身につけようとも、木ノ葉隠れの住民は誰一人としてナルトを認めやしない。
(全部……全部無駄なんだよ。お前がしてきたことは、なにもかも!)
落ちこぼれのはずなのに。里の大人たち全員から憎まれているくせに。
ミズキはこれまでずっとナルトを監視してきた。
ナルトが、これまで一度もその目から完全に光を失うことがなかったから。
「大変です、イルカ先生! ナルト君が封印の書を持ち出したみたいで…………」
すぐに動ける中忍以上の人間を集めるようにという火影の命を受けて、ミズキはイルカや他の教師陣の家を回っていった。
「ついにやりやがったか、あの化け物が……!!」
「手遅れになる前に急いで探しましょう」
「さっさと殺しておくべきだったんだよ、あんなヤツは!」
危険な術だからと散々言い含めておいたから、ナルトは普段は誰も寄り付かない森の中で一人で禁術を会得しようと躍起になっていることだろう。
(バカなやつだ。禁術の習得どころか、お前は里の連中に憎まれたまま死ぬっていうのに)
ある程度里の人間にナルトのことを言いふらしてから、ミズキは例の森に駆けつけた。
そこで、ミズキの心の中の笑みは崩れる。
「…………なぜだ?」
そこまで広い森ではない。木々が生い茂るわりに見晴らしは良い方で、少し探せば容易に見つけられるはずだった。しかしナルトの姿はどこにも見当たらない。それどころか森に誰かが入った形跡すらなかった。
ミズキは知らない。
誰にも認められることなどないと思っていた少年を、すでに一人前の忍として誇りに思っている教師がいることを。
孤独なはずの少年に、不器用ながらに友情を育みつつある
そんな少年と友人には見晴らしのよすぎる森よりも、禁術の修行にぴったりな場所があることを。
「なぜここにいないんだ!?」
ミズキの絶叫は誰もいない森の中で虚しく響く。焦ったミズキが一先ず火影の元に戻ろうとしたところを、一つの影が邪魔をするように立ちはだかった。
『こんばんは』
影が月明かりの下に出てくる。
真っ白な猫のお面に二つ空いた穴から、感情の読み取れない目がこちらを見つめていた。
露出した肩には暗部を証明する刺青がある。いつものミズキならば、頭をフルに動かしてこの場を切り抜けようと画策していただろう。
「なん……なんでお前がここに……クロネコ!」
ミズキは白猫面の
木ノ葉の暗殺養成部門、根に所属していた――うちはスバル。
「こ、後任者か……? そうだろう? そうに決まってる、死んだ人間がここにいるはずが……」
白猫面の青年がミズキに向かって足を踏み出す。思わず後退りながら、ミズキは引き攣りそうになる頬を必死に取り繕った。
『俺を知る人間は限られている』
しっかりとした足取りで近づいてくる青年と違い、ミズキの足は震えていて上手く動かせていない。二人の距離があっという間に縮まったのは必然だった。
――――殺される。
青年の纏う氷のような冷たいチャクラは、特別な眼を持っていなくてもはっきりと目に見えるかのようだ。額に汗を滲ませ、ミズキはやっとの思いで再び口を開く。
「オレは大蛇丸様の……彼の部下だ! 根が大蛇丸様と協力関係にあったことも知っている!」
あと一歩、距離を詰めようとしていた青年の足が止まる。ミズキは命拾いしたかもしれないと引き攣り笑いを浮かべながら続けた。
「だからオレを殺すのは…………!」
『なんだ、お前だったのか』
ミズキには、お面の内側で青年がにっこりと笑ったように見えた。
『うちはのケツを追うのが趣味な変態に、内部から情報を流してたクソ野郎は』
「え…………?」
ゴッ!! と鈍い音が森に響いて、二つあった影のうちの一つががくっと倒れる。
森の中には再び静寂が訪れたかと思われたが、数分後には何かが軋む、または折れたような不穏な音が何度も響き渡り、ほとんどの動物たちが一目散に森の外へと走り去っていった。
***
サスケとナルトが封印の書を持ち出したと聞いて、真っ先に頭に浮かんだのがうちはの演習場だった。確信はない。……でもそこにいる気がするんだよなあ。なぜって、本体と違って影分身である俺の弟レーダーは健在だからだ。
本体の俺はイタチとサスケを
血縁上は兄弟であると認めているが、精神的には兄弟ではない……というより、自分が二人の兄であることを受け入れられない状態にあるらしい。
影分身として生み出された瞬間から精神にかかってる負荷がリセットされている俺にはちょっとどころか、かなり理解できない感情だ。
どう考えてもイタチとサスケは俺の弟だし、二人の兄であり続けるため、うちはの名を背負って生きていくことを決意したはずなのに。
両親を手にかけ、セキへの恋心を再確認し、イタチと別れて、病院でいつまでも目覚めないサスケを見て最後の涙を流したあの日から…………本体はゆっくりと闇に沈んでしまったようだった。
火影屋敷の前に続々と集まってくる人たちに存在を気取られる前に、俺はうちはの集落へと向かった。五分もしないうちに知らせを受けた本体やダンゾウたちが動き出すだろう。
もしもサスケ達が禁術に手を出して何か取り返しのつかないことをしでかしていた場合、とくにナルトには里側からどのような処分が下るか分かったもんじゃない。今までは良くも悪くも放置されてきたナルトだが、この機会に地下牢に繋いでしまえと言い出す過激な輩が出てくるかもしれない。
火影屋敷の前に集まった人の中には、今からでも殺すべきだなどと騒ぐ奴らもいた。
…………ふざけるな。
九尾の器になってくれた子供に見当違いな増悪を押し付けて、正義面して気持ち良くなってるだけの人間のくせに。ぐっと拳を握る。
俺だって彼らと同罪だ。ナルトに何もしてやれなかったんだから。
うちはの集落に着いた。静寂が降りている商店街を抜けて、演習場の入り口に立つ。
ここまで全力疾走したせいで乱れている息を整えて中に入る。
キンッと金属同士がぶつかる音がした。
「…………誰だ?」
咄嗟に伸びた腕は瞬時にホルスターからクナイを掴み取り、こちらに投げられた手裏剣を弾き返した。手裏剣が持ち主の足元に突き刺さる。持ち主――サスケは、冷や汗を流しながらも好戦的な笑みを浮かべた。
「暗部が封印の書を取り戻しにきたのか」
「暗部って、スバル兄ちゃんも所属してたっていう、エリート集団の!?」
サスケの隣にいたナルトが地面に置かれていた巻物を背負う。
「悪いがもう暫く借りるぜ」
「いくらオレに負けたからって……! 暗部の奴に勝てるわけねーだろ!」
「……オレは負けてない」
「オレが先にあの術を成功させたのが悔しいんだろ。いい加減認めろっての」
「なんだと?」
息を吸うように掴み合いの喧嘩に発展しそうになっていた二人だったが、俺がいつまで経っても動かないことを訝しんだのか、顔を見合わせて不思議そうにこちらを見る。
俺は瞬きすらも忘れてサスケを見つめていた。こんな至近距離でサスケに話しかけてもらえたなんて……後で本体に自慢しよう。
気のせいじゃなければサスケはちょっと引いてた。以前、イタチにもまったく同じ反応をされた気がする。気持ち悪い兄で申し訳ない。
〔……二人で、ここで修行を?〕
やっとの思いで俺の口から出てきたのは、この状況には不釣り合いなものだった。ややあって、ナルトが困惑気味に頷く。
〔封印の書の存在をどこで知った〕
「ミズキ先生に言われて…………」
〔ミズキ?〕
それはアカデミーの教師の名じゃなかったか? 教師であれば尚更、そんなことをナルトに吹き込む理由が分からない。
「オレがずっと卒業試験に受からなくて落ち込んでたら、ミズキ先生がここの術を覚えたら大丈夫だろうって」
卒業試験に受からない子供に封印の書の術を薦めるなんてどんな教師だ。
「でもさでもさ! オレは火影になる男だから卒業試験なんてよゆーで合格したんだってばよ!」
〔おめでとう〕
「な、なんか、そう食い気味に言われると嬉しくないってばよ……」
何度も卒業試験に落ちてると聞いていたナルトが合格しただなんて知らなかった。反射的におめでとうと言ってしまったのが、逆にナルトを怖がらせてしまったらしい。ごめん、嬉しくてつい。
「お前これを取り戻しに来たんじゃないのか?」
殺気を感じない、とサスケが続ける。
あぁサスケ、いつの間に殺気を感じられるようになったの? 俺は頼まれてもサスケに殺気を向けられないから安心してほしい。
〔俺は火影様直属の暗部じゃない〕
「ってことは…………」
〔でも巻物は危険だから火影様に返却すべきだ〕
「嫌だと言ったら?」
〔…………分からせるまで〕
ナルトとサスケがごくっと唾を飲む。
俺は手元の巻物を広げながら〔うわ、マジかよ〕と声を上げた。
〔一つ目から多重影分身の術!?〕
「え、え、え?」
「ナルト! いつ巻物を取られた……!?」
「わっ、分かんねーってばよ!」
あちゃーと額に手を当てる俺と、ナルトを睨みつけるサスケに、自分の背中を確認するナルト。
しかも多重って……。さっきサスケは成功しなかったと言ってた気がするが、そりゃそうだと言ってやりたいし、その方がいい。
ただでさえ写輪眼でチャクラを消費しがちな俺たちが多重影分身なんて使ったらどんな悲惨な目に遭うか……下手したら死ぬんじゃないの?
封印してる場合じゃないだろ。こんなものは後世に残さず滅却してくれ。ちなみに、うちは流多重影分身の術は自分の影分身ではなくスライムを大量に生み出す術なので、見た目よりチャクラを消費しない。あいつら勝手に分裂するし。
〔ナルト……だったか、お前、さっきこれを成功させたって言わなかった?〕
「へ? そうだけど」
アカデミーの卒業試験に落ち続けたナルトが、影分身、しかも多重影分身を会得しただって?
完全に無意識だった。自然と伸びた腕がナルトの頭上で、触れる直前に震えて止まる。
「…………え?」
攻撃されると思ったのか、咄嗟に目を瞑っていたナルトが恐る恐る目を開けて、自分の顔に影を作る俺の手のひらに驚いている。サスケもその隣でクナイを手に、唖然としていた。
…………嘘だろ。俺は二人以上に驚いて、慌てて引っ込めた自分の手のひらを見つめる。
一緒に過ごしてた頃は何度も頭を撫でていたし、もう一人弟ができたみたいだなあなんて思ったりもした。だからってこの状況で当時の癖が出てこなくてもいいのに。
〔……すごいな。こんな難しい術を〕
よく見たらナルトもサスケもボロボロだ。
手足は擦り傷がいっぱいだし、着てる服には泥がついている。
ナルトはなんだかむず痒そうな顔をしていた。会ったばかりの頃もこんな顔をしていた気がする。そうそう、寝癖を整えようと手を伸ばしたら、びくっと震えたナルトに「慣れてないから」って言われたんだっけ。……懐かしいな。
〔多重影分身の術はチャクラの消費が激しく、使用にはリスクを伴うものだ。ナルトは生まれ持ったチャクラが多いようだから問題ないだろうが、うちはサスケ……お前はやめておいた方がいい〕
「なぜオレを知っている。お前は一体」
お面の内側で微笑む。
〔木ノ葉で暮らす人間で、あのうちは一族の生き残りを知らない奴がいるわけないだろう?〕
こちらに誰かが近づいてくる気配を察知した俺は、演習場の入り口に顔を向けた。手に持っていた巻物を懐に仕舞い込む。
「あ!」
風と共に俺が消えた直後、見覚えのある忍が駆け込んできた。俺は演習場の裏側に生い茂る木々に身を隠しながら、ナルト達の様子を探る。
「イルカ先生!」
「お前たちなんでこんなところに……巻物は?」
「変なお面の兄ちゃんが持って行ったってばよ」
「なんだって!?」
変なお面……。これでも一応、かっこいい鷹のお面なのに。
「そんなことより、あのさあのさ! オレのすっげー術を見てくれってばよ!」
「火影様の屋敷から危険な巻物を盗んでおいて、そんなこととはなんだ!!」
ナルトと静観していたサスケの頭にイルカ先生とやらのゲンコツが降り注いだ。うわ、痛そう。
叫びながら地面を転がるナルトに、頭を押さえながら悶絶しているサスケ。今回ばっかりは二人が悪い。それよりも、ここまで本気で二人を心配して怒ってくれる先生がいることの方が嬉しい。
「まずはオレと一緒に火影様に頭を下げにいくからな……! 巻物の行方はその後だ!」
「えー!?」
ギャーギャー騒ぎながら先生に連れ出されていくナルト達を見送り、俺もうちはの集落を離れた。
木ノ葉の大通りから外れた森の中。
ナルトが「巻物の術を練習するならここがいい」とミズキに勧められていた場所に来ていた。
そろそろチャクラ切れになることもあり、戦闘になったら役に立たないなあと遠い目をしていたところだったが、無駄な心配だったようだ。
〔クロ〕
俺の呼びかけに本体が顔を上げる。本体の足元にはきっちりと縛り上げられた男が転がっていた。もちろん意識はない。我ながら容赦ないな。
〔巻物は俺が回収した〕
懐から出した巻物を放り投げる。受け取った本体が無言で中身を確認して頷く。
〔その人がミズキ先生? 何でお前がここに?〕
『……数年前、大蛇丸にサスケと根の情報を流したのがこいつだ。恐らくな』
〔なんだって?〕
とんだクソ野郎じゃないか。どうやら大蛇丸の部下なのは確定らしく、数年前大蛇丸が里に侵入した件に関わっていたかどうかは分からないらしい。
聞き出す前に
ミズキをアジトへ運ぶ為に本体が背負う。
〔もう一つ報告があるんだけど〕
本体が顔だけを向けて続きを促してくる。
〔今回の騒動、そいつのせいだよ。ナルト本人に聞いたから間違いない〕
『………………』
〔ナルトを唆して巻物を盗ませて……大蛇丸の部下だったなら献上するつもりだったのかもな。見た目からして禁術の類い好きそうだし〕
『………………』
〔ナルトはまだしも、サスケが多重影分身の術を習得しようとしてたみたいで、一歩間違えたら死んでたかもしれ――〕
本体が掴んでいた腕を離したせいか、そこそこ大きな音と共にミズキが地面に落下する。ちょうど脇腹の辺りに大きめの岩があったらしく「ぐはぁっ!?」と悲痛な叫びが静かな森に響き渡る。
それを見た俺は思わず口笛を吹いた。
〔よし! あばら粉砕コォース!!〕
***
あの後、ナルトとサスケは三代目や教師陣にみっちりお叱りを受けたものの、ナルトを唆したミズキの存在が浮上したおかげで罪に問われることはなかった。
〔里が管理する施設に収容ってなんだよぉ……終身刑ってこと? アイツ生きてるわけ? 大蛇丸のことも聞き出せずに?〕
ダンゾウの屋敷にある、俺の自室。
〔全身の骨を粉砕しておけばよかった! 悔しくて夢にまで出てきて魘されそう〕
畳の上をごろごろと転がりながらミズキの処分について文句を垂れている影分身を呆れ顔で見下ろす。お前は子供か。…………俺か。
『ミズキがナルトの件にまで関わってたんだから仕方ない』
〔……分かってる〕
『分かってるなら何でそんなにしつこいんだよ』
〔だってさあ〕
だってもクソもないから。何で俺は自分の影分身に駄々をこねられてるんだ?
ミズキがナルトの件で表を騒がせている以上、根がこっそり彼を拘束することは叶わなくなった。しかも犯罪者が収容される施設としては最も警備が厳重な場所に連れて行かれたらしく、隠密が得意な根だろうと容易には手を出せないらしい。
〔アイツが本当に大蛇丸の部下なら、今度こそ部下を取り戻しに大蛇丸が里を襲撃するんじゃ?〕
『さあ……そこまで部下思いな奴が封印の書を持ち出せなんて無茶振りしないと思うけど』
〔サスケへの脅威をこのまま見逃すのか〕
『……まだミズキが情報を流してたかどうかは確定してない』
実際に対峙して思ったことだが、恐らくミズキじゃない。サスケに関する情報はアカデミーの教師だったミズキなら簡単に手に入れられる。でも根に関する情報は彼の実力では無理だろう。
ミズキは元々大蛇丸に情報を流していなかったか、流していたとしてもサスケのものだけ。根の情報を渡した人間は別にいる。
何の証拠もないからダンゾウには報告していない。つまり、こういったことへの対処が得意なモズも動かない。影分身の言う通りサスケへの脅威は残ったままだ。大蛇丸が関わっている以上、その脅威はサスケだけではなく木ノ葉全体に向けられているかもしれない。
俺は一言の断りもなく、サクッと
あっという間抜けな声を最後に、影分身の身体はとぷんっとスライム状になり、こぽこぽと小さな音を立てながら俺の足元に広がっていく。
流れるような動作でうちは流多重影分身の術も解除すれば、スライムはあっという間に消えた。
ほんの僅かに戻ってきたチャクラにため息をつく。ついでに滝のように降り注いでくる影分身の記憶を整理して、畳の上に転がっていた雀鷹のお面を手に取った。
『自慢になると思ってたのか』
影分身はサスケに話しかけてもらえて相当嬉しかったようで、その辺りの記憶だけやけに鮮明だった。雀鷹面をコトッと机の上に置く。
『……バカだなあ』
影分身は忘れてる。こうなった時、結局は自分が苦しむことになるってことを。
部屋の前に見知った気配が現れた。
「クロ、入るぞ」
モズは部屋に入ってくるや否や、机の上に手を置いている俺を見て「……また頭が痛むのか?」と言った。お面を外しているモズの表情はよく分かる。……心の底から俺を心配してくれていることも。
『いえ。次の任務ですか』
「違う」
『ああ、この間頼まれていた資料なら、』
「それも急ぎじゃない」
『…………それなら何の用でここに?』
モズの眉間にぐっと力が入る。
あれ、なんか怒ってる?
「バカなことばかり言ってたお前が恋しくなる日が来るとは思わなかった」
『いつまでもガキじゃないですからね』
モズの眉間の皺がさらに濃くなった。
「うちはサスケの護衛をお前に任せていた時、纏う色が少しだけ昔に戻っていた」
『…………』
「うちはサスケもお前も、復讐を忘れて生きていくことはできないのか?」
机の上の雀鷹面を指で撫でながら首を横に振る。そうやって生きられたらどんなにいいか。
『復讐しようなんて考えたこともないですよ』
うちは一族が滅ぶ前から俺の望みは一つだけ。でも、なぜか昔から俺のことを必要以上に気にかけてくれているこの人に余計な心配をかけたくない気持ちもあった。だから、
『俺はただ……壊すだけだ。この腐った世界を』
「………………」
長い沈黙の後、耐えきれずモズが噴き出す。俺のガラスハートは砕け散った。
「忍べ」と大きく書かれた看板の下を通り抜ける。木ノ葉の大通りでは、すれ違う誰も彼も全く忍んじゃいないが、常に楽しげな笑い声が飛び交っていた。もう少し遅い時間帯になれば酔っ払いに絡まれる確率が上がってしまうが、この時間なら穏やかな雰囲気の家族連れが多く見られる。
「いらっしゃいませ!」
だんごやの暖簾の中に吸い込まれた俺は、深くフードを被った状態でメニュー表の三色団子を指差す。注文を確認しに来た店員がにっこり笑う。
「今日はそれだけでいいの?」
つつ……と指を横にずらす。
「おしるこも追加ね!」
上機嫌で店の裏に消えていった店員に、俺の心もほくほくしていた。甘いものを食べている間は例の頭痛がなくなることに気づいてから、俺は事あるごとにだんごやに足を運んでいた。以前ここで働いていたイタチの同期の女の子は見ていない。今は別のところで働いてるんだろうか。
「はい、おまちどうさま!」
ありがとうの気持ちを込めて頷く。さっそく両手を合わせて心の中でいただきますと唱えた。
舌を火傷しそうなくらい熱々なお茶に何度もふーふー息を吹きかけながら丁度いい温度にして、三色団子を頬張る。俺はちょっとだけ猫舌だ。
「先輩とここに来るのは久しぶりですね」
「オレも見習い忍者たちの担当上忍になったし、お前も忙しいからな」
「ええ。オフの時間が被って良かったです」
口の中の団子を全部吹き出しそうになって慌てて手のひらで押さえる。あっぶねー。
暖簾をくぐってだんごやに入ってきた二人組が、あろうことか俺の真横に座ってきた。
待ってくれ。なにも隣に座らなくても…………って、混雑しててここしか空いてないのか!
二人組――カカシとテンゾウさんが店員に三色団子を注文した。テンゾウさんはともかく、カカシはそれほど甘味に興味がなかったはずなのに。
「珍しいですね。カカシ先輩が団子なんて」
「甘味処に来たんだから別に……」
「ボクも普段はみたらし派なんですけどね。この店にくるといつも三色団子を頼んでしまう」
何やらだんごやの三色団子に随分と思い入れがあるらしい。それは知らなかった。
こんな偶然もあるんだなと急いで残りの団子を頬張る。早めにここを出た方がいいだろう。
「懐かしい味ですよね。スバルってここに来たらいつも三色団子とおしるこしか……」
テンゾウさんが言葉の途中で俺の方を見た。その視線は明らかに三色団子が乗っていたお皿と、まだ手をつけてないおしるこに向いている。
「……注文しませんでしたよね」
テンゾウさんは何度か俺の顔を覆い隠すフードをちらちらと見て、何事もなかったように正面に向き直った。……心臓が止まるかと思った。
「カカシ先輩はあれから定期的に墓参りに?」
「うちは一族の敷地内だからあまり行けてない」
「ですよね。ボクもそうです」
これまではうちは一族だろうが、日向一族だろうが、里の人間と同じ場所に埋葬されていた。死体がない場合もそうだ。カカシの親友だったオビトという少年は体を持ち帰ることができなかったそうだが、あの戦争で戦死した人たちと同じ場所に墓が建てられている。
なぜあの夜に虐殺されたうちは一族だけが南賀ノ神社のすぐそばに埋葬されたのか。理由は明らかにされていない。俺は、三代目からの最後の気遣いだろうと思ってる。最後の最後まで木ノ葉への敵対心を抱いて死んでいったうちは一族。
せめて彼らが心の拠り所にしていた神社の近くに眠らせてやりたかったのかもしれない。
うちは一族はもういない。以前のように里の人間を拒絶するような排他的な雰囲気はないのに、かつてのうちは一族を知る人たちほど、あの場所に足を踏み入れるのを躊躇するようだ。
「懐かしいな」
「ええ……。あれからもう何年も経ってるなんて信じられない」
隣でカカシとテンゾウさんがしんみりするたび、罪悪感で胸がちくちく痛んだ。
「アイツは認めなかったが、甘味への執念はなかなかのものだった」
「そうですね」
「オレ達に知られたくなかったのか、わざわざうちはの家紋が入ってない服に着替えて、」
カカシの視線が先ほどのテンゾウさんのように俺の方を向いた。
「……フードまで被ってここに来てたよな」
「……ええ」
カカシの視線を辿って、テンゾウさんまでこちらを見ている。
「なあ、そこの――」
カカシが明らかに俺に向かって話しかけてきた瞬間、ガタンッと大きな音を立てて立ち上がる。
もう限界だ、逃げよう。
「お客さん……? 今日のは不味かったかい?」
まだ半分以上残ってるおしるこを見た店員が、とても悲しそうな顔をしていた。
そ、そんなことあるわけない!
俺は勢いよくおしるこの入ってるお椀を傾けて飲み干した。ごくんっと大きな塊が喉を通っていく。なんとか喉には詰まらなかったけど苦しい。
「え?」
唖然としている店員に小さく頭を下げる。
とても美味しかったから、これに懲りずに美味しい甘味を作り続けてほしい。俺のために。
「あっ、ちょっと……」
さらに話しかけようとしてくるカカシの声にはまったく聞こえないふりをして、俺は逃げるようにだんごやを後にした。