怨霊に殺されたらTS転生して二度目の人生でも色んな怨霊に絡まれるのだが   作:ササキ=サン

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お久しぶりです。続きの構想は去年からありましたが、形にする時間と気力があまりなかったので、続編を書くのに一年もかかりました。まあ、あれです。前回がダークな話だったので、今回はすごくライトな展開の、小学生たちの透き通るような青春ストーリーです。


つづきつづきつづき

 

「――うちのクラスはそんな感じかな。運動会に向けて、安藤先生のクラスはどう?」

 

「そうですねー……一生懸命頑張る!って感じの雰囲気はちょっと弱めかもしれませんね。2組、大人しい感じの子が多いので。ただ、一部の男子のモチベーションはすごく高そうです。聡子ちゃんがいるので」

 

 職員室。席が隣の男性教員と女性教員は雑談をしていた。

 

「あー、聡子ちゃん、可愛いもんなー」

 

 男性教員は去年担任した、自身のそれなりに長い教員人生の中でも類を見ない、飛び抜けて美しい容姿の女の子を思い出す。

 

「可愛いだけじゃないですよ……。掃除、給食当番、係活動、授業以外は全部まじめにやってくれるすっごい良い子で、本当に助かります」

 

 女性教員は教室でのいくつかの出来事を思い出し、聡子がどれだけクラスの運営に役立っているか、改めて実感した。

 

「相変わらず、授業は真面目にやってくれないのか……」

 

 まあ、あの子には普通の授業は退屈そうだからな……。そう言って、男性教員は苦笑いをした。

 

「まあ、いろんなことに協力してくれるのは、すごく助かるよな。あの子がいるだけで、周りの子もちゃんと仕事をするようになるから。特に男子」

 

「そうですね……」

 

 女性教員は男子の子どもらしい分かりやすさを思い出して、小さく笑みをこぼした。

 

「安藤先生は新任の先生だからね。ぶっちゃけ、そこら辺、ある程度扱いやすいようにクラスを編成したし、最悪聡子ちゃんがなんとかしてくれると思ったんだよなー……」

 

「……あー、本当になんとかしてくれたんですよね」

 

 女性教員は少し恥ずかしげに、あの小さな女の子に助けられた時のことを思い返す。

 

「お、本当?どういう感じだった?」

 

「えーっと、4月のはじめ頃の……、最初の3日間が終わった辺のころで……」

 

 最初の3日間。新学年が始まって最初の3日ほどは、児童生徒は様子をうかがっている期間なので、教員としてはかなり言うことを聞かせやすい時期である。この3日でどれだけクラスの約束、決まり事をしっかり仕込むかによって、それ以降の学級生活の落ち着き具合が決まってくる。

 

「やっぱり、授業中かなりうるさくなってしまって、中々指示が通らない状況になってしまったんですけど、その時、聡子ちゃんが一回手を叩いたんです」

 

 パン。一度だけ鳴ったその音は、非常に騒がしい教室の中でも不思議なくらいに響き渡り、全員の動きを止めた。

 

『静かにしませんか』

 

「それ以降、すっごいシーンってなって。かなり助けられちゃいました」

 

 はにかむように、女性教員は笑顔を浮かべた。

 

「あー、確かに聡子ちゃん、普段はすごい静かだけど、本当にやばそうな時は真っ先に止めに入るもんな……去年、〇〇くんが手を出しそうになった時、割って入って止めてたし」

 

 

 

 

 

『――暴力は、いけないと思います』

 

 腕を掴みながら、静かに一言。あれは何というか、本人の人並み外れた美貌もあいまって、何か超常的な威圧感があった。

 

「聡子ちゃん、運動できそうですもんね……運動会、本気で走ってくれるかなー……」

 

 思い出すのは、そこそこ速いけど、まだまだ余裕そうな様子で50メートルを走っていた藤野聡子の様子。まだ短い付き合いだが、時折見せる聡子の動きのキレを考えれば、彼女の本気はあんなものではないはずだ。

 

「聡子ちゃん、だいぶ大人な感じだからなぁ。去年は教室でもそうだけど、体育の時間でも譲ってばっかりで、あんまり前に出る感じではなかったな」

 

「やっぱり、去年もそうだったんですか」

 

 女性教員は頭を悩ませる。あの子はやっぱり、いつも譲ってばっかりで、前に出て来ない。本当はもっと活躍できるはずなのに。

 

「なんとかしてあげたいんですけどねー……」

 

「うーん、こういうのは、性格の問題もあるからねー……」

 

 女性教員は少し目を閉じる。

 

 あの子の顔を思い出してみても、無表情な顔ばかり思い浮かぶ。実際、あの子は教室ではほとんど表情を変えないし、笑顔なんて見たこともない。

 

 ――あの子に、笑ってほしいな……。

 

 女性教員は、それからもどうすれば聡子が笑って教室で過ごすことができるのか。その方法を考え続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小話:とある少女の懺悔

 

 小さな女の子が泣いている。

 

 体育館。先程まで使っていたバスケットボールが床に転がっていく。

 

 それはちょっとした出来心だった。

 

 相手の挑発と、この体の才能の確認。2つの理由が重なって、俺は対決を受けることにした。

 

 結果、ご覧のありさまだ。

 

 薄々分かっていたが、この体の運動神経は人外のものであり、スポーツにおいては、練習の有無に関わらず、同年代の努力を重ねた天才でさえも一蹴する。

 

 こんなの反則だ。チートだ。こんな才能の暴力が正しいはずがない。

 

 知りたくなかった。

 

 偶然与えられた才能だけで他者を圧倒することが、こんなにも心苦しいものだなんて。

 

 意外と体を動かすことは嫌いじゃなかったけど。

 

 今生において、俺はスポーツを楽しむ権利を持っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さとこー!!」

 

 放課後。帰ろうとして教室を出た直後、俺は何者かに抱きつかれた。

 

 ぎゅううぅぅ。

 

 苦しい。暑い。意外と柔らかい。離して欲しい。

 

「お姉ちゃん、離してください」

 

「だーめー」

 

 姉を名乗る不審者(実姉)に白髪の小さな女の子が拘束される事案が発生している。他人事なら、リアル姉妹百合ですか……大したものですねと流せる出来事でも、それが自分の身に降り掛かってくるとなると、超厄介である。

 

「歩きづらい……」

 

 身長差がそこそこにあるせいで、もたれかかってくる姉が鬱陶しい。現在俺は小学校3年生だが、2つ歳が離れた姉が卒業するのは再来年の3月。これに5年生になるまで耐えなければいけないって、マジ?

 

「じゃあ、手をつなごうか!」

 

 にっこにこ笑顔の姉が勝手に手を取る。

 

「……」

 

「?」

 

 抗議の視線を姉にジトーッとぶつけると、首をかしげられた。しばくぞこの野郎。

 

 姉は本当に鬱陶しい。しかも変なところで頑固だから、かなり面倒だ。

 

 一度、姉をまいて帰宅したことがあるが、この姉、目を盗んで一人で先に家に帰ったら、抗議なのかよく分からんが、俺の席に座って学校から帰ろうとしなかったのだ。

 

 学校から帰って、のんびりしていたらなんか嫌な予感がして、学校にもう一回行ってみたら、俺の席で姉が黄昏れているのだ。なんていうか、こわい。

 

『……どうしてですか?』

 

『あー……えっとね、さとこといっしょに、帰りたかったから』

 

 まじで怖いんだが。俺は姉の将来が心配である。メンヘラになりそう。

 

 もし俺が何となくで学校に戻らなかったら、どうなっていたのだろうか。自分を人質にするような戦法は本当に止めていただきたい……。ともかく、この姉は本当に面倒だ。おかげで、姉を振り切ることができなくなってしまった。

 

「えへへー、さーとーこー」

 

「……」

 

 きつい。

 

「あ、鳥はだ。さとこ、寒いの?じゃあ温めてあげる!ぎゅー!」

 

 お前のせいやぞ……なんだこの地獄。助けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 忘れ物をした。

 

 放課後、一度家に着いてから、俺は学校に宿題のドリルを忘れたことに気づいた。記憶力は良い割に、意外と抜けているところがあるのは肉体の特徴なのか、それとも俺自身の落ち度か。面倒だが、一度学校に取りに行こう。

 

 そして学校に到着、まだギリギリ開いていた生徒玄関から中に入り、教室へ向かう。

 

 到着、無事にドリルを回収。そしてふと、俺は校庭に目を向けた。

 

「……」

 

 同じクラスの子どもが校庭を走っていた。あの子は……チラリと掲示物を見る……えーっと、不動(ふどう) 心(こころ)さん。

 

 運動会が近くなってきたので、自主トレーニングだろうか。50メートルの直線を全力で走り、歩きながら戻り、もう一度50メートルを走るというトレーニングに取り組んでいる。すごく熱心だなーと思った。

 

 ……。

 

 ……。

 

 いや、だいぶ走り方が独特だな。え、何その腕の振り方……。しかもお世辞にも速いとはいえない。

 

 どうしてあんな変なフォームで……体育の授業で走り方をやらなかったっけ?先生……教えはどうなってんだ教えは。

 

 うーん、まあ、むしろああいったように、走り方が拙いし、まだまだスピードも出ないから練習をしているのだろう。頑張ってほしい。

 

 そんなことを考えて、俺は教室を後にした。

 

 

 

 

 

 それから、一週間が経過した。運動会まで、あと二週間。

 

「……」

 

 ちょっとした買い物をした帰り道。不動さんは、今日も走り込みを続けていた。あのヘンテコなフォームのまま。

 

 いや、誰か不動さんに走り方を教えてあげてよ。特に教師。

 

「……」

 

 不動さんは、今日も一人で走っている。

 

「……はぁ」

 

 俺はため息をついた。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 あどけない顔立ちをした少女は、乱れた呼吸のまま、自身のシャツの裾で顔の汗を拭った。

 

「――しっかり練習をしているのなら、ちゃんと汗を拭くものを持ってきた方がいいですよ」

 

 直後、少女に、柔らかい何かが被せられた。

 

「わ……え、っとお、ふじの……さん?」

 

 少し驚いて顔に被せられた布をどけると、目の前には白髪の美しい少女……藤野聡子がいた。

 

「あ、タオル……えっと、ありがとう」

 

 藤野は少女の無頓着な様子に、内心でため息をついた。

 

「……汗をかいたのなら、水分を取ってください。」

 

 藤野は少女に、ペットボトルのスポーツドリンクを押し付けた。

 

「わぁ、ありがとう!」

 

 素直なお礼の言葉を受けて、藤野は無表情ながらも内心に浮かんだ感情を隠すように、視線をどこかにそらした。歪に育った少年の心に、無垢な子どもの感謝を受け止める器はないのだ。

 

 のどが渇いていたのだろう。少女は冷えた新品のスポーツドリンクを開け、ごくごくと飲み始めた。

 

 ――教室だと、なんだかすごく話しかけづらいふんいきのふじのさんだけど、今日はとてもやさしい感じがする。

 

 少女がチラリと藤野に視線をおくると、宝石のように綺麗な赤い瞳と目が合った。

 

 ドキッ。胸のあたりが少し変になった。

 

「不動さんが走っている姿を少し見ましたが、フォームを整えれば、もっと早く走ることができると思います」

 

「え、あ、本当!?」

 

 藤野の切り出しが唐突だったのもあるが、浮かんだ内心のせいか、少女はやや大げさな反応をした。

 

「私が見本を見せます。見ていてください」

 

 そう言って、藤野は50メートルのコースに向けて歩いていった。

 

 ふと、少女は首をかしげた。あれ、ふじのさんって、体育、得意だっけ?

 

 よーい、ドン。小さく呟いて、藤野は静かに走り出した。

 

「わぁ……」

 

 早い。たぶん、クラスで一番早かった男子よりも早いような気がする。

 

 何よりも、走る姿がとてもきれいだった。

 

「どうですか、参考になりましたか?」

 

 走り終えて、戻ってきた藤野は少女にたずねた。

 

「なんかこう、白い髪がキラキラしてて、すっごいきれいだった!」

 

「えぇ……」

 

 藤野は無表情ながらも、瞳の湿度がジトーッと上がり、どこに目をつけているんだこいつ……といった雰囲気であった。

 

「不動さん、あなたに走り方を教えます……いいですか?」

 

 藤野は少女に提案をした。少女にとってそれは願ってもないことだったので、その提案にすぐさま了承の意を示すが、ほんの少しだけ。どこか不安げな藤野の様子が、気になった。

 

「うん、お願い!運動会でママに良いところを見せたいの!」

 

 それを聞いて、藤野は少し驚いたような雰囲気を出した。

 

「――そうですか。では、頑張りましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藤野の教え方は丁寧で分かりやすく、走り方の修正自体は早期に終わった。

 

 姿勢、腕の振り方、足の動かし方、足の接地などなど。お手本を見せたり、直接体に触れて、適切に動かしたりして、このように走ればいいという形を、少女はしっかり理解することができた。

 

 藤野の声は少女の脳にすっと入っていき、自身で驚くほどに、少女は藤野の教えを理解することができた。

 

 フォームを整えたあとは、軽く走りながら正しいフォームで走ることを意識して、フォームを体に馴染ませることに集中した。

 

「フォームを変えても、すぐには早くなりません。走り慣れて、力の込め方に馴染んで、ようやく効果が出てくるはずです」

 

 そうして藤野がコーチをしてくれた初日の練習は、タイム的にはあまり早くなった実感がないままに終わった。

 

 藤野はその後も、少女の練習に根気強く付き添った。

 

 二日目、三日目と。学校で決められた門限いっぱいまで、少女と藤野は校庭で走る練習をした。

 

 成果は徐々に現れ、少女は自身の成長に驚いていた。先週からの1週間の頑張りよりも、ここ数日の特訓の方がずっと自身の力がのびていることを実感していた。

 

 ただ、問題はあった。

 

 藤野という少女はあまりにも目立つ。優れた容姿と、人を寄せ付けない雰囲気。まさに高嶺の花といった、クラスで特殊な立ち位置を築いていた藤野には、彼女と仲良くしてみたいと思っている子がたくさんいた。

 

 話しかけたくても謎の威圧感を放っていて、話しかけられなかった藤野がクラスの女の子と何かをやっている。放課後の特訓を所々で目撃されていたから、好奇心や嫉妬を交えた様々な集団が少女に押しかけてくることになった。

 

「ふーん、あなたが不動心ね……」

 

 明るい茶色の髪を2つに結った、勝ち気な表情をした隣のクラスの女の子。彼女は運動も勉強も得意で、隣のクラスにおける人気者だ。

 

 彼女の名前は星見(ほしみ)結(ゆい)。父親は警察の中でもかなり高い地位を持つ、裕福な家庭の生まれである。

 

「ちょっと藤野! 私のリベンジは受けないくせに、どうしてこの子には付きっ切りで指導なんかしているのよ!」

 

 唐突な流れ弾に、藤野は面倒くさそうに目を細めた。

 

 以前、星見が習っていて得意なバスケットボールで、藤野は彼女をボコボコにしたことがある。それから、定期的に星見は再戦を持ちかけているが、藤野はそれを断り続けていた。

 

「……」

 

 無言の話しかけるなオーラ。気だるげに藤野が目を細めるだけで、教室にいる全員が謎の圧迫感を感じるほどに、それは実体を伴って発せられた。

 

「……っ、ちょっと、聞いているの!?」

 

 しかし、星見は勇気を振り絞って藤野に近づいた。

 

 この少女は文武両道なだけではなく、謎の圧にも屈しない強い心を持っていた。

 

 藤野は驚いたように少し目を開いて、そしてそらした。

 

「別に……頑張っているから、応援したかっただけです」

 

「なら私も応援しなさいよ!!!」

 

 ぐわっと、喰いかかるように藤野に詰め寄る星見。

 

 圧が強い……どこか怯えるように後ずさる藤野。星見はずんずんと間を詰めていく。

 

 「私、毎日習い事やお稽古をやった上で、さらに3時間以上勉強しているんだけど?私はこの学校で誰よりも頑張っているわ。だから、あなたはもっと私に声をかけるべきでしょ??」

 

 いやこわいこわい。メンヘラか何か?藤野は心の中で呟いた。

 

「私から星見さんに教えられることはないです」

 

「嘘をつかないで!全然練習していないのに、私よりバスケが上手いくせに!」

 

 星見の圧に負けて、藤野はどんどん後退していき、気づけば壁まで追い詰められていた。

 

「はー…ほんとイラつく。うわ、何このサラサラな髪の毛、あなたどんなシャンプー使っているのよ」

 

 情緒不安定かよ。こっわ。誰か助けて。

 

 前世も含めて体験したことがない生きた人間の異様に強い押しに、藤野は完全に混乱していた。

 

「とりあえず、これ、私の電話番号とメールアドレス。家に帰ったらすぐに私に連絡しなさい」

 

 メモ用紙を渡された藤野は、まだSNSが普及していない時代だったことを思い出しつつも、星見に電話番号やメールアドレスが知られてしまったらどうなるのかを想像し、心の中で悲鳴をあげた。彼女はとにかく嘘をつくことにした。

 

「え、っと……携帯、持ってないです」

 

 バン。

 

 藤野の顔の近くに星見の手が叩きつけられた。いわゆる、壁ドンである。そして、もう片方の手はガシッと藤野の頬を掴むように……いや、思ったよりやさしい手つきだ。そっと、手をそえられた。

 

「――嘘ね。調べは付いているのよ」

 

 ひぇ。なんで知っているんですかね……。藤野は戸惑った。

 

「そもそも、こんな可愛い子に携帯を持たせないわけないでしょ?私が母親だったら、誘拐されないか心配で心配で仕方がないわ。はー……相変わらず顔がいいわね」

 

 なお、母親の心配に関しては、本当に事実である。幼少の頃から忽然と姿を消すことが多かった藤野を心配した両親は、藤野にGPS付きの携帯を持たせている。

 

 意外と的を射た指摘をする星見に、藤野は戦慄した。

 

 いや、本当なんだこいつ。姉並み……下手すれば、姉を超えうる変態さん……?

 

 ふと、追い詰められた状況に瞳の光量が0になりかけている藤野の視線と、あわあわと慌てふためいた様子で現在の惨状を見ていた不動の視線が合った。

 

 傍から現状を見ると、明らかに星見が藤野をいじめているように見えるが、話している内容をよく聞いてみると、一応好意からきている行動にも見えなくはないような……?そんな判定であるが。

 

 とりあえず、不動は勇気を出すことにした。

 

「ちょ、ちょっと、ストップです!」

 

 藤野と星見の間に、不動はなんとか割って入り、両者を引き離すことに成功した。乗じて、藤野は素早く不動の背後に隠れた。

 

 あ、もしかしてわたし、ふじのさんにたよられてる!?

 

 藤野の行動に、不動の胸が熱くなった。

 

「ちっ」

 

 その様子を見た星見は舌打ちをした。

 

「藤野、あんた不動なんかの背中に隠れて恥ずかしくないの?その可愛い面を見せなさいよ!」

 

 は?お前なんか全然怖くないんだが??藤野は無表情ながらも、不服そうな視線を向けて、一歩前に出た。

 

「おほ♡」

 

 藤野はすぐさま不動の後ろに隠れた。致し方ない。別にビビってはいない。ただ、貞子や八尺様でも、エロ同人には敵わないのだ。ホラーはギャグに勝てない。これは戦略的撤退である。

 

「ふ、ふじのさんを変な目で見ないでください!ふじのさんはわたしが守ります!」

 

「へぇ……見せつけてくれるじゃない……!」

 

 星見は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の不動を除かなければならぬと決意した。星見には藤野の心がわからぬ。されど、星見は藤野のライバル(自称)である。藤野のことをもっと知るべく、身辺を調べ、彼女を陰ながら見守ってきた。だからこそ、藤野を星見から奪いかねない邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

 

 なんて汚えメロスだ。

 

「いいわ、今度の運動会、見てなさい藤野。私がどれだけあなたにふさわしい実力を持つのか教えてあげる」

 

 星見は熱のこもった視線を藤野に向け、その後、不動を睨みつけた。

 

「覚えてなさい、この泥棒猫!」

 

 そして、星見は去っていった。

 

 昼休み終了のチャイムが鳴る。

 

 藤野は放心したように、どこか安堵した様子でため息をつき、天井を見上げた。

 

 いや、本当に何だったんだあいつ。

 

「だ、だいじょうぶ?ふじのさん……」

 

 悔しいことに、その労りの声にほんの少しだけ、藤野は癒やされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やべーやつの襲来を乗り越え、放課後の特訓は続く。

 

 運動会まで残り一週間を切った頃、走る速さがクラスの中でも最下位に近かった不動は、この頃にはクラスでも上位に位置する実力を手に入れていた。

 

 もとから素質があったのか、それとも指導が良かったのか。白髪の少女に聞けば、間違いなく前者だと断言されるだろうが、着実に不動は走る実力を身に着けていた。

 

 最近はただ走るだけではなく、バトンパスの練習もしていた。

 

 この小学校は一列に横に並んで徒競走をするというスタイルではなく、クラス全員が走ってバトンをつなぐ全員リレーが行われる。

 

 中学校などではよく行われる全員リレーだが、小学三年生がやるには、バトンパスという工程があまりにも大きな障害であった。端的にいえば、よく落とす。まだまだ手先が不器用な小学三年生の全員リレーは、まずいかにバトンパスでミスをしないかが重要になっていた。

 

 藤野が不動にバトンを渡し、少し走ってから藤野にバトンを渡す。それを繰り返し練習する。

 

 そして、バトンパスの練習を終え、休憩を挟んでいる隙間時間。ふと、不動は藤野に問いかけた。

 

「ねえ、どうしてふじのさんは、わたしの練習に付き合ってくれたの?」

 

 藤野の視線が不動に向く。赤い瞳が、いつもよりどこか揺らいでいたように見えた。

 

 藤野は考えこむように静かに目を瞑る。

 

「別に、深い理由はありませんよ」

 

 返答はオブラートに包んだ拒絶だった。話す気はない。不動は直感的に、その言葉の裏側にある拒絶に感づいた。

 

「あ……」

 

 少し硬直する不動。唇が乾いていた。漏れ出た声とともに不動は自身の緊張を自覚した。

 

 教室でいつも感じている、近寄り難さ。近寄ることを躊躇させる超常的な威圧感。これに触れていると、冷たくて、悲しくて、なぜか泣きたくなるような不思議な感覚に囚われる。だから、誰もが触れられない。そんな威圧を前に、不動は気圧されていた。

 

 少し震えた。でも、そんな威圧を乗り越えて、彼女に接することができる人がいることを、不動は知っていた。

 

 ――あの人みたいに、わたしももっとふじのさんに近づきたい。

 

 彼女が優しいことは既に身にしみて分かっていた。なら、何を躊躇う必要がある。

 

 不動は勇気を振り絞る。

 

「話して、くれないの?」

 

 不動は悲しかった。藤野と自身の間に壁があって、大きな距離を感じていたが、それでも仲良くなりたかったのだ。近づけない寂しさが、心許されない無力さが不動の心を揺らす。

 

 不動の目が潤む。

 

「別に、大した理由じゃないです……その、えっと」

 

 その様子に藤野は慌てた。本人としては、現状はいたいけな子どもを泣かせた大人の構図である。社会人として働いたことはないものの、前世の年齢を足せば二十歳はゆうに超える年数を生きている。

 

 本人的には、周囲の子どもに対して大人としての節度や義務を強く感じているからこそ、大人が子どもを泣かせてしまうということは、本人の倫理観が許さなかった。

 

 ただし彼女はコミュニケーションの経験が少ない。前世も含めて、口下手なのである。咄嗟に出てくる言葉は、拙いものである。

 

「私があなたを指導した理由は……えっと……」

 

 もっともらしいことをいって取り繕うか、どういう風に伝えれば不動が傷つかないか、己の本音をどれほど吐き出すか。色々考えて、結果、最後に口から出たのは、限りなく本音に近い彼女の祈りであった。

 

「困っている人がいたら、誰かが助けてくれる……頑張っている人がいたら、誰かが応援してくれる。この世……というのは分かりづらいですか。この世界、私達が生きていく場所は、そうあって欲しい。そう思いませんか……?」

 

 ――1人で頑張ることの辛さは身にしみて分かっているから。ことさら、そう思うのだ。

 

 いや、ていうかなんで質問に質問で返しているんだ。藤野は思い直し、続けた。

 

「だから、私だけでも目についたら手を差し伸べようと思っています。ただ、それだけです」

 

 直視するのが怖かったから、外していた視線をそっと不動に戻す。

 

 すると、びっくりするくらい輝いた目をした不動が藤野を見つめていた。

 

「すっごいね!ふじのさん!」

 

 お世辞でもなんでもなく、純粋に不動は藤野を賞賛した。

 

「……違います。あなたが思っているほど、この感情は綺麗なものではありません」

 

 地面に目をそらしながら、藤野はその賞賛を否定した。

 

 ああ、違うのだ。これは反面教師的な感情と、歪んだ復讐心の発露のようなもの。本当に辛かった時、誰も助けてくれなかった周囲や世界に対する当てつけなのだ。お前らと違って俺は手を差し伸べるけどな、という、くだらない反発心だ。

 

「えっと……」

 

 無表情だけど、いつもより暗い様子の藤野に不動は声をかけようとした。

 

 そんなことないよ! ふじのさんはすてきな人だよ!

 

 言いかけた言葉は、なぜか声にならなかった。

 

 

 

【――違うよ。そうじゃない。そんな言葉では、この人には意味がない】

 

 

 

 それは天啓のように不動を導いた。見えざる何かの教えのままに、不動は言葉を紡ぐ。

 

「でも、あなたはわたしを助けてくれたよ」

 

 導かれるように、流れに沿って発した言葉であった。だが、そこには確かに不動の気持ちがこもっていた。

 

 だから。次は導かれるまでもなく、言うことができた。

 

「ありがとうね、ふじのさん!」

 

 あ。

 

 藤野はほんの少しだけ、目を見開いた。

 

「……」

 

「……」

 

「……どういたしまして」

 

 顔を隠すように前髪をいじりながら、藤野は結構な間を開けて答えた。

 

 コホン。藤野は咳払いをして、話を切り替える。

 

「ところで、あなたはどうしてそんなに一生懸命走る練習をしているんですか?」

 

 藤野からの質問。何気ない質問だが、それには大きな意義があった。まだ幼く、藤野のことを知らない不動にはその意義が分からない。だが、もし藤野のことを深く知っている人物なら、それは驚愕に値するだろう。

 

 藤野は基本的に他人に興味がない。だから、不動はなぜ頑張っているのかなんて、わざわざ聞く必要はなかった。理由は不動がこぼしていた言葉から、十分に推測できていたし、確かめる必要もなかったはずだった。

 

 これはただの雑談。だけど、それを藤野が自発的に始めたということは、非常に大きな変化だった。

 

「んー……えっと、ね」

 

 不動ははにかむように答える。

 

「運動会の日が、お母さんのたん生日だから……」

 

「……」

 

 藤野は何かを思い出すように、少しの間、目を閉じた。

 

「そうですか……」

 

 そして、赤い瞳が不動を映した。

 

「きっと」

 

 ――藤野にしてはか細い声で。

 

「うまくいきますよ」

 

 ――祈るように、彼女は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運動会、当日。

 

「……はぁ」

 

 ため息をついた。

 

 保護者が来る学校行事は、苦手だ。

 

「聡子ー!頑張れー!」

 

 母親の声援と、父親が向けてくるビデオカメラ。なんか、記録が残されるのは……嫌だ。それに、藤野聡子の容姿は目立つ。気配を最大限消しておかないと、色々と面倒くさい。

 

 ピーっと笛の音。

 

 入場が始まった。駆け足をする。全員リレーが始まる。

 

 何回も練習した通り、規定の位置まで移動する。小学校の運動会練習は、位置移動なども細かく練習するので、本当に面倒くさかった。

 

 入場曲が止む、整列して、あいさつをする。

 

 そして俺は自分の位置に移動して、座った。全員リレーの順番は……アンカー。何もなければ、極力避けたかった順番だ。

 

『聡子ちゃん、アンカーをお願いしていい?』

 

 先生からのお願い。断ろうと思った。ただ、ほんの少しの懸念が頭をよぎったから、断れなかった。

 

 はあ。

 

 もう一度、ため息がこぼれた。

 

 あまりにも稚拙すぎる。もし不動さんが失敗してしまったら、自分が代わりに1位になればいいなんて。それが慰めにもならないことは、十分に予想できるのに。

 

 パンッ

 

 スタートの合図が鳴り響いた。3人のランナーが駆け出し、3クラス対抗の全員リレーがスタートした。

 

 頑張ってるなー。小学3年生の児童が一生懸命走っているのを見て、どこか微笑ましい気持ちになった。

 

 走り終わった人は座って応援をすることになっている。リハーサルで先生に散々注意されたことだが、本番になってうっかり忘れてしまったのか、立ち上がって走っているクラスメイトを応援している人がけっこういる。

 

 小学生はまあ、こんなもんだよな。そんなことを考えた。

 

 そろそろレースも終盤で、不動さんの出番が近づいてきた。こっそりと様子を見る。

 

「あっ……」

 

 まずい。思わず、声がこぼれる。不動さんは思った以上に、緊張でがちがちになっていた。筋肉は強張っていて、視線もどこかおぼつかない。あれでは満足なパフォーマンスはできないだろうし、最悪、バドンパスでミスをしてしまう可能性もあるだろう。

 

 声をかけるべきだ。ただ、どう声をかければいいのか分からなかった。彼女の緊張をほぐし、リラックスさせることができる魔法の言葉なんて、持ち合わせていなかった。

 

 敵を倒すことはできても、仲間を励ますことはできない。やはり、俺はそんな人間だった。

 

 今もかけるべき言葉を考えるよりも、ここで踏み出さない諦める理由ばかりを考えてしまう。

 

 成功も失敗も、全ては個人の責任だから。ここで失敗しても、それは不動さんのせいだし、成功すれば、不動さんのおかげだ。だから、自分が彼女の失敗に胸を痛めるのは筋違いなのではないか。

 

 失敗は成功のもと。今回失敗したとしても、その経験が不動さんの糧となって、次に進めるようになるのではないか。だから自分は、失敗をしないための声がけをするのではなく、慰めるための、立ち上がって次に繋ぐことができるような言葉を考えるべきなのではないか。

 

 ああ、本当に自分はだめなやつだ。

 

 逡巡している時間すら惜しい。不動さんの出番はもうすぐに始まってしまう。

 

 もっと早く気づくべきだった。自分の持つ他者への無関心の性質が問題の発覚を遅らせた。

 

 自分が座っている場所を抜け出して、先生に怒られるリスクも乗り越えて、不動さんに届けるべき言葉を用意することができていれば。

 

 もう遅い。不動さんにバトンがが渡ってしまう。

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 カランカラン。

 

 金属のバトンが地面にはずむ音。

 

 見ている人たちの悲鳴のようなざわめき。

 

 真っ青な顔をした不動さんが慌ててバトンを拾い上げ、我武者羅に走り出した。

 

 フォームはバラバラで、その顔に浮かぶ様々な感情は、見ていてひどく痛々しい。立ち上がって見ていたから、その様がありありと伝わった。

 

 悔しくて、申し訳なくて、苦しくて。今まで見たことがない、不動さんの表情。

 

 可哀想。観客から、囁くような声が聞こえた。

 

 可哀想。 ――黙れ。不動さんはあれだけ頑張っていたんだから。まるで失敗して、何もかも台無しにしてしまったのかのように扱うな。

 

 頑張れ。そんなの、伝える必要はない。頑張っていることなんて、見れば誰だって分かる。

 

 頑張れ。それでも、思ってしまった。かけるべき言葉ではなく、思わずあふれてしまった言葉。必死に走り続ける不動さんへ、どうか少しでも助けになるように。

 

「――頑張れ、不動さん……!!」

 

 聡子の体では出したことがないほど、大きな声が出た。

 

 残り50メートルもない。そんな中で、不動さんは驚きに目を見開いた。

 

「――……っっ!!」

 

 そして歯を強く食いしばって、残りの距離をいつも通りの正しいフォームで駆け抜けた。そのスピードは学年の中でもかなり早いほうであっただろう。

 

「……っ」

 

 どんな言葉をかければいいか分からないくせに、不動さんのもとに駆け寄りたくなる衝動を抑え込む。もうすぐに自分の出番だ。

 

 順位は最下位に落ちた。先程までは2位だったが、1位までの距離はかなり開いてしまっている。ここから巻き返すのは、もしかしたら物理的には……人間的に不可能かもしれない。

 

 ランナーが1人走って、またもう1人。最後に自分の出番。走る距離はたったの100メートル。

 

 ランナーが自分にバトンを渡す。受け取る。

 

 1位との距離はおよそ50メートル近く離れている。1位のアンカーは星見。彼女なら、確実に100メートルを17秒近い速度で駆け抜けるだろう。

 

 つまり、現状人類最速の記録を持っていても、彼女を抜くことはできないだろう。

 

 

 

 ――俺は不動さんを助けることはできなかった。

 

 ――俺は言葉で誰かを助けることには向いていないと思う。

 

 ――所詮、敵を倒すことしか能がない男だ。

 

 ――それでも、彼女はあんな顔をするべきではないと思った。

 

 ――不動さん。俺はあなたのために何ができるだろうか。

 

 ――分からない。

 

 ――分からない。でも。

 

 ――俺は、俺のできることしかできないから。

 

 

 

 ――あなたもつないだこのバトンを、誰よりも早くゴールに届けよう。

 

 

 

「……ッッ!」

 

 強く、強く藤野は地面を蹴った。

 

 想いの力を燃やし、その身を人外の速度へと加速させる。

 

 集中力をさらに高める。かつて命を懸けた戦いと同じように。死の淵を超え、終わりの中で見出した悟りのインスピレーション。あらゆる繊細なコントロールが可能になり、五感が5次元、6次元と広がっていき、全てが解かるような全能感。

 

 体内の力の入れ方から、地面を蹴るに至るその全てのエネルギーをより効率的に。

 

 高めた集中力、そこから得られた理解力を持って、高速で自身の走り方を改良する。一歩、一歩。常人ならば一生かけて得られる成長を、たった一歩でもって走破する。

 

 白い輝きが、それを見ていた観客の心を焼いた。

 

 たなびく白髪の軌跡に沿って振りまかれた白く淡い燐光。その輝きは藤野の内の想いの輝き。

 

 藤野の肉体には、巫女としてあまりに強すぎる素質が宿っている。その力を使えば、神さえもその身に宿すことができるだろうし、幾万もの怨霊を束ねる柱となることもできるだろう。

 

 故に、本質的に彼女が誰よりも優れているのは共感力。自身の身に他者の心を写し、他者に自身の心を写す、他者との交信の力。

 

 きっと、観客はこの光景を決して忘れないだろう。藤野の思いやりと決意を、観客は心で感じ取った。

 

 無論、不動にはこの場にいる誰よりもその心が伝わっていた。

 

 まるでジェット機のように、藤野はトラックを駆ける。彼女が残した白い残像は、まるで飛行機雲のようだった。

 

 残り20メートル。アンカーとして、クラスの誰よりも100メートル走が早かった星見は、後ろから猛追してくる気配を感じ取った。

 

「やるじゃない! 藤野!」

 

 今度こそ、星見は笑いながら藤野をたたえた。

 

 星見は嬉しかった。あれ以降、スポーツに関しては一切目立つ様子がなかった藤野が、こんなにも実力発揮している。

 

「今度こそ、私が勝つ!」

 

 そして今度こそ伝えるのだ。私と友だちになろうと。

 

 星見はさらに加速した。きっと今の彼女は、同年代の子どもたちの中で誰よりも早く走っていた。

 

「……ッッ!」

 

 残り10メートル。星見まであと5メートルの距離。

 

 藤野はさらに想いを引き出して、加速した。

 

 オカルトが関わらない通常の空間においては、どれだけ想いの力が潤沢でも、人間以上の力を出すのには非常に負担がかかる。現在の藤野の出力で、怨霊が作り出した異界を爆走すれば、藤野は容易に音の壁を突き破ることができるだろう。

 

 故に、これ以上加速するには想いの力よりも、技巧の方が重要である。

 

「……っ」

 

 集中力の極み。多次元へ拡張された感性の極地。ソラへ浮かぶ藤野の意識は、周囲に流れる滝のような現象に気づいた。

 

 そうだ、これだ。

 

 常に流れ、降り注ぐ権限。時間。

 

 藤野は加速に使っていた想いの力を、時の流れに逆らうように上に叩きつける。

 

 ぐにゃりと空間が歪み、時の流れに遡行する。

 

 一歩、過去に向けて踏み込む。過去に飛べるほどのエネルギーがないから、結局は未来へ流されてしまうことになるが。

 

 ――早く走るためには、十分だ。

 

 残り5メートル。最後のラストスパートと意気込んだ星見の背中を、砲弾のごときスピードで藤野は追い越した。

 

 ゴール。藤野は体に白いゴールテープを張り付かせ、誰よりも早くゴールを駆け抜けた。

 

 だから、残る問題は減速の手段であった。

 

「……っっ!!」

 

 過去へ飛ぶように駆けていた状態だが、それを止めると通常の空間に回帰する。慣性は変わらず、走り続けた速さは変わらない。当然そのまま止まろうとすれば、足が弾け飛んでしまうので、衝撃を地面や空中に受け流す。

 

 ギャリギャリギャリッッ!!と、飛行機が不時着するようなすさまじい擦過音がこだました。それに乗じて、藤野が通り過ぎた道筋から砂嵐のごとく大量の砂塵が吹き上がる。

 

 無事、止まることができた藤野は、弾け飛んでしまった靴を悼みつつ、チクチクとする砂の感触に顔をしかめながら、不動のもとへ行く。

 

「あ、ふじのさん……」

 

 不動は突如包まれた砂塵の中で咳き込んでいた。砂塵がまるで二人を覆い隠すように、会場に混乱をもたらすように吹き荒れていたからこそ、運動会の進行に囚われず、二人は自由にやり取りをすることができた。

 

「――本気を出すつもりはなかった」

 

 藤野は呟いた。彼女の声は、砂塵の中でも不思議なくらいにはっきりと不動に伝わった。

 

「――誰が勝っても、どのクラスが勝ってもどうでもよかった」

 

 赤い藤野の瞳が、まっすぐと不動へ向けられた。

 

「――でも、頑張ったあなたに勝って欲しいと思ってしまった」

 

 藤野はしゃがみこんで、砂にまみれた不動の涙をポケットから出したハンカチで拭った。

 

「――忘れないでください。不動さんがいつも頑張っていたから、私はあなたに勝って欲しいと思ったことを」

 

 丁寧に、丁寧に。藤野は不動の涙を拭った。

 

「――私の心を動かしたあなたの功績を、どうか誇りに思ってください」

 

 藤野と不動の視線が合った。藤野は不動の疑問符に満ちた視線から、難しい言葉を使いすぎたことを自覚した。

 

「ぁ……ぅ……」

 

 わずかに頬を染めて、視線をそらす。

 

「えーっと……はい」

 

 藤野は今度こそ、勇気を出して告げた。

 

「あなたのために頑張りました。だから……だから、泣かないでください……」

 

 不動は目を見開いた。

 

「えへへ、そっかぁ……」

 

 ありがとね、ふじのさん。

 

 ようやく、不動はいつも通りの笑みを浮かべた。

 

 砂塵がおさまり、校庭に光がさした。

 

 ――2組1番。

 

 藤野が残した爪痕に動揺しながらも、アナウンスが今回のリレーの結果を伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員リレーでやらかしたせいで、様々な居心地の悪い視線を受けることになりながらも、運動会は続いていく。

 

 母親が家から予備のクツを取ってきてくれたおかげで、なんとか次の競技にもでることができそうだ。うーむ、まだ頑張らなきゃいけないのか……。

 

 いくらかの時が経って、次の種目がやってきた。

 

 チャンスレース。3年生の内容は、お題の紙が入った箱までダッシュして、お題の紙を引き、その紙に書かれた人を連れてゴールまで駆け抜けるよくあるやつである。

 

 去年もそうだったが、この競技になると観客も気合が入り始める。子どもたちはソワソワしているし、大人や、謎に見学に来ている卒業生も走る準備をし始める。藤野聡子の容姿の特性上、引っ張り出されることが多くて、自分はこの競技が嫌いだが、色めきだっている周りの様子を見ると……まあ、なんというか。楽しそうだね。

 

 チャンスレースが始まる。

 

 今年は競技者側だから、引っ張り出されることがなくて楽だな……と思ったが、前の走者が普通に待機列まで来て、友だちを引っ張り出して一緒に手をつないでゴールした。

 

 連れて行かれたその子は、次に走る順番であったため、スタート位置まで急いで走って戻ってきた。そのせいか、開始がちょっと遅れている。

 

 あ。次は星見さんだ。目があった。

 

 彼女はニヤァっとした笑みを浮かべた。

 

 待機列で待っている児童をチャンスレースのお題で連れ出すことは、運動会の円滑な進行の妨げになっているのではないか。教師は即刻、競技中の児童の連れ出しを禁止すべきである。早く、急いで。

 

 開始の合図がなった。間に合わなかった……。いや、まだ、そうと決まったわけでは。

 

 星見さんがお題の紙を手に取った。そして、ぐるりとすごい勢いで体の向きを変えて、こちらに向かってダッシュしてきた。完全に目が藤野聡子をロックオンしている。こわっ。

 

 ガシッ!

 

「行くわよ、藤野!」

 

 拒否権はないんですか。ないですか、そうですか……。

 

 うぅ、手の握り方ぁ……。五本の指で絡みついてくるぅ……。

 

 手を引っ張られる形で、判定員の先生の前までダッシュで連れて行かれる。星見さんは先生にお題の紙を渡した。

 

「お題は、好きな人……ほう、オーケー!」

 

 去年担任だった隣のクラスの先生がニヤッとした笑みを浮かべて、丸の合図を出した。好きな人……ふむ。……そうですか。

 

 心のなかでさえ、悪態をつくことははばかられた。なんとなく、失礼だと思ったから。

 

 ぐいっ。再び、星見さんに手を引かれてゴールへ駆ける。人選に迷いがなかったせいか、着順は1位であった。

 

 うーむ。これは自分の所属する組団に対する利敵行為ではないだろうか……。ちょっとだけ、紅組への罪悪感が積もった。

 

 それから待機場所に戻って、たまにお題で連れ出されたりしながら、少し時間が経過した。

 

 自分の出番である。

 

 合図。そこそこの力で走って、お題箱に手を入れる。

 

 

 

『お題 1番なかのよい友だち』

 

 

 

 ……困った。おらぬ。

 

 思わず、近くにいた複数人いる判定員の先生のうち、自身の担任の先生である安藤先生を見つめる。

 

 先生、棄権って許されますか……。

 

 

 

 

 

「ふじのさん……」

 

 紙を引いてから、ふじのさんはかたまっている。

 

 先生の方をちょっと見てなにかを話したけど、先生は首をふってバツのしぐさをした。ふじのさんはなんだか悲しそうなふんいきでとぼとぼと歩いている。

 

 なんだろう。すごくむずかしいおだいだったのかな?

 

 その時、すごく強い風がふいて、ふじのさんがもっていた紙がとばされた。

 

『お題 1番なかのよい友だち』

 

 どうしてだろう。くるくるしながらとんでいる紙に書かれた字が、すごく遠いのに、はっきりと分かった。

 

「……」

 

 もしかして、ふじのさんの1番なかのいい友だちがここにいなくて、こまっているのではないか。

 

 自分の活やくを見てほしかった友だちがいないから、悲しい顔をしているのではないか。

 

 ふじのさんのために、わたしになにができる?

 

 わたしをはげましてくれたように、わたしもふじのさんの助けになりたい。

 

 ふと、遠くにいるふじのさんと目があったような気がした。

 

 まるでまいごみたいに。ふじのさんは不安で、苦しんでいるように見えた。

 

 

 

【――彼女は、友達だと思っていい人が誰もいないから困っているの】

 

【――相手が自分のことを友達だと思ってもらえると、信じることが怖い】

 

【――だから、どうかあなたから声をかけてあげて】

 

 

 

 ふしぎな声がきこえた。

 

「言われなくたって!」

 

 わたしはもう走り出していた。

 

 ルールも、まわりの声も気にしないで、わたしはふじのさんのもとへ急ぐ。

 

 途中、こちらにとんできたふじのさんのおだいの紙をキャッチする。

 

「ふじのさん!」

 

「ぁ、はい……」

 

 なんだかびっくりした様子のふじのさん。

 

「わたし、ふじのさんの友だちになりたいです!」

 

 ふじのさんはびっくりした顔をする。

 

「ぇ、ぁ」

 

 びっくりしすぎて、ちゃんと話せていない様子のふじのさん。はじめてみた。なんだか、すごくかわいい。

 

「いい……?」

 

 のぞきこんで、聞いていみる。ふじのさんは、許してくれるかな。不安でむねがバクバクする。おなかがキューっとして、いたい。

 

 

 

「……よろしくお願いします」

 

 

 

「ふじのさん!!!」

 

 ぎゅーーっとだきつく。あったかくて、いいにおい!ドキドキして、すごくうれしい!

 

「うれしい!!さとこちゃんってよんでいい!?」

 

「……いいですよ」

 

「やったぁ!ありがとうさとこちゃん!!」

 

 うれしくて、うれしくて。ついさとこちゃんにだきついたまま、ほっぺをすりすりしてしまう。

 

「んぐぅ……」

 

よく見ると、さとこちゃんの顔がいつもより赤くなっている気がする。もしかして、てれてる!?

 

「……競技中です、走りますよ」

 

 するりと、さとこちゃんがはなれてしまった。

 

「あ」

 

 なんだか、すごくさびしい

 

「行きましょう」

 

 さとこちゃんが手をのばす。

 

「うん!」

 

 わたしをその手をつよくにぎった。

 

 

 

 

 

 順位は最下位。でも、その二人のゴールに、今日一番の大きな拍手が会場に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不動さん、その、ありがとうございます。助かりました」

 

「?? どうして?」

 

「あ、その……友達、いなかったので」

 

「そうなんだ!? じゃあ、わたしがはじめての友だち!?」

 

「そうですね」

 

「やったぁ!!! あ、そうだ。友だちだから、その大人みたいな話し方、止めてもいいんだよ?」

 

「いえ、癖なので。家族にも、この話し方ですから」

 

「そっか……じゃあ、名前!不動じゃなくて、心ってよんで!」

 

「……分かりました。心、さん……」

 

「さとこちゃん!!!」

 

「……あつい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運動会終了後。

 

「さとこちゃん、あのね、その……」

 

 心さんが話しかけてきた。もじもじして、一体どうしたのだろうか。

 

「明日、いっしょに遊ばない?」

 

 遊ぶ。遊ぶ?なるほど、友達となると、そういうこともあるのか。しかし、女の子の遊びって一体何をするのだろうか。鬼ごっこ?ゲーム?人と遊んだ経験がないから、全然分からねえ。

 

「いいですよ」

 

 遊びって何をするんだろうとか、俺と遊んでも楽しくないと思うよとか、色々な考えを呑み込む。まあ、明日は普通に暇だし。予定もないのに、友達の誘いを断るのは無作法だと思うし。

 

「本当!えっと、じゃあ……」

 

 次に集合場所の打ち合わせをする。どうやら遊ぶ場所は心さんの家らしい。家の細かい場所は分かりづらいから、知っている公園で待ち合わせて、そこから家に案内してくれるらしい。こ、これは親御さんにあいさつをしないといけないやつか?えーっと、あと、手土産?おこづかいはいくら残っていたっけ……?

 

「ずいぶん、楽しそうな話をしているじゃない……」

 

 うお。急に出てきた。星見さんだ。

 

「私も混ぜなさいよ、不動」

 

「えーっと、いいかな、さとこちゃん」

 

 いいですよという意思表示。うなずく。心情的にはあまり関わりたくないけど、この程度のことで拒み、傷つけることはしたくない。

 

「え……そう、許してくれるのね」

 

 意外そうに星見さんは俺のことを見た。あ、よく思われていない自覚はあったのね。それを分かってなお、色々と踏み込んでくることができるのは、やっぱりすごいよな。俺には絶対にできない。

 

「ん」

 

 ええんやで。気にしていないことをアピールするために、両手を広げてウェルカム、みたいなポーズをとる。彼女はまだまだ小学3年生だ。大人のように、上手にコミュニケーションが取れるわけではない。多少暴走して気持ち悪い感じになっても、それを受け入れてあげるのが、精神年齢にはおじさんに近い人生二周目の責任なんだと思う。

 

 前までは、少し塩対応をしすぎたのかもしれない。改めて振り返ると、反省点である。

 

「藤野……」

 

 ゔぇ。星見さんに抱きつかれて、びっくりした。なんというか、思った以上にしおらしい。ガシッ、というよりひしっという感じに、本質的に臆病な少女の根幹が見えた気がした。

 

 いや、きっと誰もがそうなんだ。誰かへの好意をあらわにすること、受け入れて欲しいと叫ぶことが、簡単なわけがないんだ。妙に変態的だったのでギャグチックに受け取ってしまっていたが、この子はいつだって勇気を振り絞っていたのだろう。

 

 トントンと、あやすように背中を優しくたたく。

 

「……聡子って呼んでいい?」

 

 すがるように、ささやかれる。

 

「……お好きにどうぞ」

 

 答えると、心さんと目があった。

 

「……」

 

 心さんは無言でこちらを見つめていた。

 

 ……なぜだろう。冷や汗が出てきた。

 

「さとこちゃん」

 

 見つめ合った状態で、笑顔で心さんは問いかけた。

 

 

 

「――わたしが、【1番なかのよい友だち】だよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運動会の帰り道。

 

 いつもどおりの帰り道の中、藤野は歩くことを止めて、振り返った。

 

 ぴたぴた、ひたひた、ぱたぱた、ぺたぺた、と。たくさんの足音。

 

 黒い穴のような、たくさんのヒトミが藤野を見つめている。

 

 女の怨霊。男の怪人。異形。怪異。外れなるもの。その他、その他。

 

 藤野の肉体が持つ巫女の素質に。魂の輝きに惹かれたものたちの群れ。

 

 今日、藤野はあまりにも輝きすぎた。彼女から発せられた光が、たくさんの良くないものたちを惹きつけた。

 

「……明日は、友達と遊ぶ約束をしました」

 

 じゃらりと、金属がこすれるような音がした。

 

「負けるわけにはいけません」

 

 傷を負うことも、消耗することさえも、きっと心配をかけてしまうだろう。

 

 ――だから。

 

 

 

「――全力でいきます」

 

 

 

 鎖が現れた。藤野聡子の周りに、二重螺旋の構造のように鎖が渦を巻く。

 

 それは彼の根幹の力でありながら、今生においてまだ一度も使われたことがなかった力。

 

 それは彼女を助けるために使われた約束の力である。

 

 この鎖は誰かを縛るための力ではない。力の作用する方向は一つ。ただ単に、自分を縛り、約束を履行させるためだけの力である。

 

 白い燐光が強く強く輝いた。

 

 藤野の右手の先に、縁切りの短剣が現れた。そしてそれを取り巻くように鎖が幾重にも渦を巻く。

 

 縁切りの力を束ねる。そのまま解き放てば街を覆う剣の雨にもなり得る神の如き力を、一本の長剣に収斂する。

 

 完成したのは、鎖を纏う一本の長剣。

 

 直撃すれば、外れなる神にさえ確かな痛手を負わせる超常の力。

 

「いきます」

 

 藤野は剣を構えた。

 

 

 

 

 

 ――それから、一分とたたずに藤野に惹かれた人外の群れは殲滅されることになった。

 




主人公のぼっちレベルがガクッと下がったお話でした。

作中に色々な登場人物がでてきましたが、まだ小学校編の登場人物なので、あと変身を二段階くらい残しています(続くとは言っていない)。

構想としては、にゃんこと藤野のお話。お引越しのお話。
中学校編が始まって、部活動のお話とかが頭の中にあって、よく寝る前に妄想したりしますが、形にできるかはだいぶ怪しいです。
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