輝雄→霊夢を危険から遠ざけたい、出来る事なら博麗の慣例など色々壊したい。
霊夢→輝雄を異変から遠ざけたい、出来る事なら人里で平和に暮らして欲しい。
八雲→霊夢を異変に駆り出したい、出来る事なら輝雄にさっさと死んで欲しい。
フラン→全部壊したい、負けたらある程度は妥協はする。
「このッ! ちょこまかッ! 逃げんな!!」
「当てて見ろよ」
「ムカつくわね!! 澄ました顔してられんのも今のうちよ!!!」
遠距離から弾幕の嵐が、中距離からは追尾する退魔の札と針が、近距離ではお祓い棒を使った格闘戦が霊夢から仕掛けられる────────だが、輝雄はそれら全てを難なく捌いていた。
複雑な軌道で迫る弾幕は同じく弾幕で相殺し、追尾してくる札と針は鉄すら一瞬で溶解する温度で焼却する、格闘戦など言うに及ばず霊夢を子供扱いしていた。腕力も速力も武の技術も遥かに格上、如何にも博麗の勘が優れていようと不可能を可能にする訳では無い。降り下されたお祓い棒を透過する様に肌一枚で躱し、合気の要領で手首を軸に上下左右に振り回される。上空で無ければ地面に脳天から叩き落とされた所を踵で首を踏み潰され死んでいた事だろう。そんなやり取りを既に十回を超えた。
(くそッ!! やっぱりコイツ殴り合いは滅法強いわね!! 単純な力任せの妖怪とは全然違う……!! 体力勝負じゃ絶対勝てない!!)
しかし、歯噛みしながらも何故か霊夢はその事実が腑に落ちる様な感覚と共に、懐かしいものが胸中に湧いてくるのを感じていた。何かを思い出せそうな衝動に駆られるが、理性は嘗てないと言っても過言では無い強敵から意識を離すことを許さない。
(さて、どうやってこの戦いを納める……?)
一方、霊夢を手玉に取っている輝雄も決して優勢という訳ではなく────────寧ろ、少し焦っていた。
(恐らく、
────────だが、それ以上に
目の前から怒涛の乱撃を繰り出す霊夢を片手で巧みに遇らい続けるが、それは輝雄の方が防御に専念している為。攻勢に出れば戦況がどう傾くかは彼とて分からない、術師としてなら霊夢が格上なのだから。側頭部を狙った水平蹴りがフェイントである事を見抜き、続く突き刺す様に放たれた背後回し蹴りを半身で避けて霊夢の脚を掴み取る。
「やば────────!?」
「ちゃんと受け身は取れよ?」
柔道でいう一本背負い投げで脚から勢いよく竹林に向かって投げ落とされる。あまりの勢いに能力を持ってしても相殺し切れず、竹林の中に霊夢は枝と葉をへし折りながら素早く身を捩り隙を最小限に抑えながら足から着地する。擦り傷に構わず、憎々しげに竹に隠された夜空を睨みながら霊夢が叫ぶ。
「危ないわね! 頭から落ちたらどうすんのよ!!」
「────────そん時はちゃんと受け止めてたさ」
しかし批判の対象は上では無く真後ろから聞こえてくる。反射的にお祓い棒を振り抜くが掠りすらせず空を切り、既に輝雄との距離は十メートル以上に離されていた。彼は構えらしい構えは取らず、棒立ちにすら見える悠然とした姿で、感情の宿さない表情で霊夢を見据えていた。
「…………で? どうだ? 俺の澄まし顔は崩せそうか?」
「アンタ本当にどうなってんのよ、会う度に同一人物かどうか疑うわ……。
どうやって短期間でそこまで強くなったのよ」
「強くなれなきゃそこまで、そんな死闘ばっかしてたからな……成果というよりも経過と言うべきかな」
あっけらかんと、彼は簡単に言ってのける。もしも霊夢が彼のこれまでの活躍を知らなければ嫌味の一つでも言っていたかも知れない────だが霊夢は知っている。
紅霧異変でフランにグチャグチャに破壊された事を、春雪異変で西行妖に心臓を貫かれ一度死んだ事を、最近では半ば強引に鬼に殴り合いを強要された──―彼は、いつ何時どんな理由で死んでも可笑しくなかった、誰に殺されても可笑しくなかった。
「…………辛くないの?」
博麗霊夢は、公平無私で泰然自若、情に流されない────だが情が湧かない訳では無い。幻想郷生まれではない彼に、否、幻想郷生まれであっても彼の辿ってきた来歴がどれほど苛烈な物か。それが理解出来ない程愚鈍でも、ましてや非情でも無かった。
「無力感に苛まれるよりは、まだマシだ。
結果的に強くなれたんだから喜ぶべきだろ」
それを聞いて霊夢は────────
(…………あぁ、そうか……アンタは……傷付く事に慣れてしまい過ぎているのね)
────────彼が何故、自分よりも強い者に噛みつけるのか。やっと気付き、そして、思う。思わずにいられなかった、
(
────────
最期の最後まで、
人間にも、人外にも、敬遠される事こそが“博麗”に相応しいから。
それ以外の生き方なんて与えない、変わり方も居場所も必要無い。
誰に覚えられる事も無く、称えられる事も無い、無味乾燥な称号。
────それが第十二代目博麗の巫女、霊夢の母親、博麗霊郁だった。
(…………そういえば、百年以上も前の
────ふと思い出す言葉は人柱。
(以前までは巫女である事に何の疑念も無かった、でも最近は輝雄を見ていると凄く心がざわつく…………思い出したくない事を思い出すような、目を逸らしていた事を直視させられる様な…………)
────それは役目という飼殺し。
「…………顔色が悪いぞ、今回は辞退した方がいいんじゃないか?」
「────!」
複雑な物が渦巻く胸中を見透かされ、いつの間にか手が届く距離まで輝雄が近寄っていた。反射的に霊夢の方が後ろに飛び退きお祓い棒を突きつける。
それは攻勢の意志と言うよりも、自分の何かに踏み込まれたくない──―霊夢らしからぬ消極的な防衛だった。それを数舜遅れて自覚し、彼女は目の前の青年に自分がどうしたいのかさえ、理解出来なくなりつつある。
「…………いいわ、そうよ、何を迷うことがあるのよ。結局のところ強い奴に権利があるのよ。どうせ私が何を言ったって、聞きやしないんでしょう?
────ねぇ!? 輝雄!!」
「…………内容に、よるかな」
理解出来ないのなら考える必要は無い、考える必要がないのなら迷う必要はない。霊夢は思考と苦悩を捨てて霊力の出力を一段階上げる。それを見ていた輝雄の表情が、戦って初めて僅かに歪む。
「アンタだったら、別に、両手両脚へし折っても
────良いわよね? 輝雄?」
(これが、幽々子の言っていた…………夢想天生、か)
その姿を残したまま、不透明になり存在感が希薄となる。暴風のように荒れ狂う霊力は弾となり札と針を濁流の如く輝雄に殺到する。
────霊夢はただ、裂ける様に微笑んでいた。
♢
「どっちが勝つと思う? おばあちゃん?」
「霊夢に勝って喜んでいる彼に捩じ切った貴女の首を贈ってあげようかしら」
「輝雄が誰かに勝って喜んでる所なんて見たこと無いし想像も出来ないけどね」
悪魔の尻尾のような奇妙な剣は、夜空を紅く染め上げる炎を噴き出す。熱された大気は荒れ狂い、山すら焼き焦がす一閃は代わりに分厚い雲を消滅させ、湿気た夏の空気は死の気配を纏う──―そして、それを片手間に八雲紫は扇子で払い除けた。
「ていうか、意外ね? 輝雄が勝つと思ってるんだ? 自慢じゃないの?
────“博麗”?」
「よく勘違いされがちだけど、博麗の巫女は幻想郷の“調停者”。
別に最強である必要も、無敗である必要もないわ。
為すべき事は人間を驕らせず、妖怪を諫めることよ…………ま、権威とか抜きで最強無敗だった子も
八雲紫は指揮者の如く閉じた扇子を振るう。その彼女の意志に沿って天ノ川の様な大小様々な弾幕がフランに迫り、避けた先に偏差射撃のレーザーが異形の翼に掠める。たたく軽口とは反面、知性と殺気を潜めた真紅の瞳で弾幕を躱し続ける────戦況は、フランが劣勢だった。
「それでも霊夢も結構強い方でしょ? 天才なんて持て囃されているじゃない?」
「へぇ? そうなの? 確かに百年に一人いるかどうかって位の才覚はあると思うけど……。
裏を返せば“たかだか百年程度”な訳だし」
「流石お年寄りね、日本じゃ亀の甲より年の甲って言うんでしょ?」
「お尻の青い小娘に比べれば、そりゃあね…………“博麗”だって貴女が思うよりずっと複雑で、
────例えば、
ともすれば、楽しい談笑に思えるやり取りの最中。炎剣が、紅い太刀筋が、優美な曲線を描きながら八雲紫を各部位ごとに切り分けようと迫る。一方賢者、そんな悪魔の妹の攻勢を扇子と時に日傘で弄ぶ。危なげなく剣が掠める、円舞曲の様に楽しげにクルクルと傘も回しながら避けている。
「さっきから…………! よたよたと醜いわね! 歩く事は愚か立つ事も儘ならないの!?」
「ほら、頑張りなさいな。あんよが上手ね、転ぶはお下手、ここまでおいで、甘酒しんじょ」
「────年増が」
「────小娘が」
────互いに瞳孔が肉食獣の如く縦に裂け、剣と傘が交差し、轟音が幻想郷中に響いた。
♢
「────そろそろ紫の方
「…………」
まるで幽霊の様な不透明な姿のまま、霊夢は周囲に陰陽玉を浮かせ、弾幕を揺蕩わせる。屹立する竹を避けようともせず直進し、そのまますり抜ける。重力に縛られていない浮遊のまま冷たい視線で睥睨する先には、輝雄がいた。
「もう分かったでしょ? アンタに勝ち目はないわよ」
(幽々子も一瞬見ただけらしいが…………聞いていたよりも厄介だな)
霊夢が発動した彼女の奥義とも言える技────夢想天生。
それは肉体や精神のみならず概念レベルまで能力を拡張、及び発展させた事によって至る境地。即ち、
(物理攻撃は当然無効、弾幕も同じく…………どころか軌道や速力からして地形や物理法則まで無視している)
輝雄の攻撃に対して、彼女は躱す事も防ぐ事も無い────文字通り
一方霊夢は全力で弾幕を彼に向かいながら最短全力で放ち続ける。防御も反撃も考えない攻撃は本来隙を晒すものだが、博麗霊夢はその当然の駆け引きを踏み倒せる。
「いつまで足掻くのかしら? やっぱり立てる脚があるからいけないの?
地べたに這い蹲らせないと分かってくれないのかしら?」
(生来から備わっていた能力は、自分自身に適応するのが最もコストパフォーマンスが良い…………奥義だって言うのに霊夢の霊力は然程減ってない、ガス欠は望み薄だな)
それは理外の奥義でありながら、有り得ない程の低燃費。勝負の土俵にすら上がらせない反則じみた力。
「随分と得意気だな…………だが、能力によって
────能力
なれど、彼の瞳に諦めの色は無く。同時に、彼女の中で何かのスイッチが入った。すぅ、と瞳が無機質な色に変わる。
「…………そう、降参しないのね。
──―じゃあ、暫くは自分で厠にも行けないと思いなさい」
空気が軽く爆ぜて、跳ね上がる霊力の出力。針と札が混じる意志を持った濁流は人間も人外も木っ端の存在であれば肉片となる。向けられた相手が輝雄でなければ、間違いなく殺すつもりだと思われていた事だろう。ある種の信頼の裏返し────故に、霊夢の選択は“半殺し”だった。
「ハハハ、お前が看病してくれるのか?
暗闇の竹林を迷うこと無く駆け抜けて、その後を正確に濁流は追随する。一秒も立ち止まる事は許されない中でも、冷静に回り込んできた弾幕を半身になって躱し、死角から飛んできた札を焼き尽くしながら考える────“能力”とは即ち“個人の世界観”なのだと。
(パチュリーさんは言った、持っている能力で独自の感覚などを得ることがあると。レミリアに運命が視えて、咲夜は時間を操り、フランには脆い点が視える。能力を前提とした“世界観”があり、それを客観的にも発現させる事が能力の出力!)
嶋上輝雄は思い出す、発現された超常現象の数々を。同時にそれらをその身をもって体感し、体験したことを。しかし────
(────そうだ、
フランの能力、“ありとあらゆる物を破壊する程度の能力”が絶対なら俺はあの時に死んでいた! 咲夜の停止した世界でも俺は動けた! レミリアでも俺の運命は視通せなかった!)
────そう、例えそれがどんな形であれ、出力された“
(能力の相性がある、術者の力量がある、相殺する事もあるだろう、共存する事もあるだろう、均衡を保つ事もあるかも知れない────だが、
運命に抗い、時間に抗い、破壊に抗い、彼には今がある。なら、嶋上輝雄は博麗霊夢の何に抗えばよいのか?
「────お前の能力は、“空を飛ぶ程度の能力”。
その能力の解釈を拡大する事によって重力だけでなく、ありとあらゆる概念から飛んでいる…………いや、
「…………理解した所で何が出来るの? 無意味よ。所詮、初めからどっちが勝つかなんて決まってる。
そこに努力なんて曖昧な物は介在しない…………勝負ごとなんて全て消化試合みたいなものよ」
「────かもな」
そんな事を言いながら、繰り広げられる戦いは確かに輝雄の防戦一方だった。彼の放つ斬撃も弾幕も全て霊夢に向かい、そしてそのまますり抜ける。人間味を感じられない無機質な言葉を半ば肯定しつつ、彼は霊力を練り上げる。
(────恐らく、“ありとあらゆる”と銘打ちながらも浮いていない概念もある!
出なければ半透明でありながら霊夢の姿が見えたりしないし、言葉だって通じない筈。
────五体に刻まれた力を自覚しろ! 抵抗とは即ち、その対象や事象に対する“干渉”に他ならないのだと!)
彼女は“浮く”という概念に対して、彼は“抗う”という概念。目には見えない概念にさえ抵抗する事で彼は接触して来た────要領は、手順は、本質は、今までと
(霊夢は“浮いている”、だが浮かしているのは霊夢の
輝雄を打ちのめそうと轟々とうねる弾幕は竹を三次元的に飛び回り、紙一重で搔い潜る。風圧に靡く髪に掠め、傾けた顔の頬を僅かに剃りつつも、上段唐竹割りの斬撃は真っ直ぐに、霊夢までの道を文字通り斬り開く。なれど、霊夢の表情に焦りは無かった。
「別に難しい話じゃない。
浮いているのなら、同じ次元にまで叩き落すだけだ────!」
迫ってくる輝雄に対して、一瞬の間に霊夢の態度は二転三転した。余裕を持ちながらも油断せず、顔を強張らせる緊張。しかし散々弾幕も斬撃も試したにも関わらず、最後に選んだ攻撃がただの拳による落胆。
そして────
「────は?」
────
この戦いが始まり────いや、彼女の人生で初めての経験だったかも知れない、敵を前にして完全に思考が停止したのは。青天の霹靂にして茫然自失、その能力の破砕音はまさに自信が砕かれた音だった。
「あー………何だっけか? そう“勝負ごとなんて全て消化試合みたいなもの”…………だったかな?」
────そうして、彼女は
出来ると思った事+技量と霊力=能力の拡張と解釈
簡単に言うと、浮いてる霊夢では無く、浮かしている概念(能力と霊力)に干渉して壊した。
単体に対する物理的な凍てつく波動………もっと簡単に言うなら幻想殺し。