冬の寒さに凍える第三村では、住民が年越しの準備を進めていた。本当なら盛大に豪華なものを準備をしたかったが、大災厄からの傷が癒えていないため、残念ながら贅沢は出来ない。それでも周囲一帯が山に囲まれている、第三村の地理的特徴を生かし、手作りの温かみのある装飾を揃えていた。山からいただいた竹で門松を作って、農園で収穫した藁などの植物を使って正月飾りを作り上げる。そうして、それぞれの家の前に飾るのだ。
皆が良い年越しを迎えられるように。
さて、とある古民家では煙突からモクモクと煙が出ていた。その煙突を辿ってみれば、昔懐かしい薪ストーブがあった。そして、その周りに固まる者たち。
「はぁ~温まる」
「電気ストーブの方が安全で使いやすいけど、やっぱり火力が違うわよ」
「しかもスルメを焼ける」
電気ストーブは火を使わないため、比較的に危険性は弱まる。また、手入れも楽なので使い勝手は良いだろう。しかし、その火力は電気に依存して温かみは得づらい。対して、古臭い薪ストーブは火をメラメラ燃やすため、割と火力は段違いだ。逐一薪を投入しなければならない面倒があれど、それが逆にノスタルジーを感じられるので面白い。また、鉄板を中にセットすれば即席のグリルになる。それでスルメを焼けば、美味しい焼きスルメの完成。事実、囲む女性3名は焼きスルメを噛んでいた。もちろん、グリルなので野菜を焼くことも可能。
そのストーブから少しだけ離れた所で、1人の老人が座椅子に座りながら、こたつでぬくぬくしている。
「まったく、せっかくの大晦日だというのに。外へ遊びに出ることはせんのかね」
「だって寒いじゃないですか。それに、大晦日だからこそ、皆先生と過ごしたいんですよ」
「そうか。それなら年寄冥利に尽きるな」
こたつの上には焼きスルメと漬物が置かれている。それをチビチビとつまみながら、お酒の熱燗を呑んでいる冬月コウゾウ先生。その姿は一線を退いて、とっくに隠居した社長か役員のようである。そして、その表情は好々爺そのものであって、昔垣間見えた覇気は消え去っていた。そう、この人物は人生何十年と駆け回り、皆の幸せを願って生きてきた御仁である。全てが終わりを告げた今、過去の尽力から好きに生生きせてもらってもいいだろう。
「あら、先生。熱燗無くなったんじゃない?」
「ん、そうだな。新しいお酒を入れて、温めてくるかな」
熱燗を温めるために立ち上がって台所へ向かおうとしたが、それを制止された。レイが陶器の入れ物を持ち、首を横に振っている。「体が心配だから大人しくしていなさい」とのニュアンスが見えるだろう。
「やれやれ、わかったよ。じゃあ、レイ君に頼んだ」
素直に観念しレイに熱燗を任せる。確かに冬月は70を超えていて高齢者と言える冬月。しかも、大災厄の最中を生きてきたため、老いた体には途方もない負荷が掛かっていた。サードインパクト後に世界がコア化とL結界密度の波に飲み込まれた大地で、老人は普通なら必須の防護服を着ないで動き回っていた。人間を捨てていなければ、もうあっという間に『さようなら』してしまうのだが、なぜか老人は別れを告げようとしなかった。その原理は不明だが、とりあえず強い体を持っているのだとしよう。そうでなければ正解が見えない海に溺れてしまう。
さて熱燗を待っていると、レイと一緒に手縫いミノンを付けた男性が出てきた。両手にミトン装着で大きなお鍋を抱えている。お鍋の蓋からは湯気がユラユラしている情景が窺え、あれは間違いなくお鍋料理であることが分かった。
「お待たせ。お鍋が出来上がりました」
「ここ(カセットコンロ)に置くよ」
「ダメです。先生はお酒を飲んでいてください」
ここでも止められてしまった。本当に老人の周りの事実上の孫達は祖父のことを大事に思っている。ただ、ちょっと可哀想なぐらいに思いすぎている気がしないでもない。そのお爺さんは苦笑いをして反応した。ただ、ちゃんと熱燗を受け取ったのは流石だ。
すると、また台所の方から男性が何かを持ってきた。中世的な見た目から分かる。彼は渚カヲルだ。
「僕は干物をね」
「丹精込めて作った野菜と自然が育んだ山の幸と川の幸が満載だな。さぁ、役者がそろったんだ。皆で食べようか」
「よっし、食べるわよ~」
「そんなこと言って、年末太りしてるんじゃ~ない?」
「うぐっ…べ、別にいいでしょ!年が明けて普通の生活に戻ったら、バリバリ働くんだから」
急に差し込まれたキラーワードに分かり易く動揺して、苦し紛れの返答する。一緒に死地を掻い潜って来た戦友のマリとアスカだから可能な会話である。普通だったら失礼極まりないため、とてもとてもできない。寸劇に周囲の者たちは笑った。アスカを笑っているのではない。一つの家族の団欒として笑っている。
「まぁまぁ。年末なんだ。好きに食べるがいいさ。年を取ると食べられないことが多くなる」
「ほら!先生がこう言っているでしょ!」
「はいはい、喧嘩はそれまでにして。お鍋の蓋を開けるよ」
カセットコンロに置かれたお鍋の蓋を開けようとした。鍋を開ける瞬間ほどワクワクするものはない。まるで、宝箱を開けるような感じがする。ちなみに、ガスを点火して冷めないようにしてあるから、常にアツアツで食べられる。
その鍋を、シンジが蓋を開けた。
「おぉ、良い感じに煮えている」
「あちょちょ、メガネが曇っちゃう」
開けた瞬間に湯気がモワッと放出され、顔を突っ込んでいたマリのメガネが曇った。そんな鍋の具材は野菜を中心にし、魚の切り身を所々に仕込んでいる。ぐつぐつ煮込まれた野菜と魚が食欲をそそってくる。野菜は第三村の農園で作られた美味しいお野菜で、冬の寒さを耐え抜いた精鋭部隊だ。魚は新鮮な川魚を獲ったもの。また、丁寧に下処理を行った上に臭み取り&消し塩を揉みこんだのであるから、川の特有の臭みはなくなっている。別の魚は内臓を取り除いて、一旦囲炉裏で焼いてから寒風と天日で干したものを薪ストーブの鉄板で焼いていた。老人向けの熱燗のお供であるのは違いない。
「それじゃぁ。来年も無事に過ごせることを祈って」
(皆で)「いただきます!」
掛け声一発でワイワイと各々が箸を器用に使って思い思いにつまむ。一通り摘まんだら口へ運ぶだけだ。口の中でお野菜の自然の甘みや旨味が広がり、温かさが合わさって極めて美味となる。寒さに堪える体にはあったかいお鍋が最高であろう。これに異論は認められない。
「いいんですか?」
「あぁ。私は構わんよ。主役は君たちなんだから、好きに食べなさい。焼き上がった魚と熱燗があれば、それでいい。こうして年を越せるだけで贅沢なものだ」
「そうですか。使徒である僕でもそうですから、お付き合いします」
「すまんな」
カヲルが気を遣って冬月の隣に座り、熱燗とつまみの世話を行う。空いたお猪口に酒を注ぎ、つまみが少なくなれば足していく。そこまで介護をしないでいいし、何よりも彼も鍋を楽しむべきだろう。しかし、彼はシンジと同等に働いた老人を労わりたかった。この御仁がいるからこそ、自分たちの幸せがあるのである。
ちまちま飲んでいると、急にシンジがこっちを向いて笑った。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ。先生のことは分かっていますから。後で、先生専用に鴨南蛮そばを作ります。待っていてくださいね」
「いやはや、読まれていたか」
シンジは祖父が自分達のために敢えて身を引くことを読み切っていて、ちゃんと食べてもらうことを考えていた。同じ鍋を用意するのは無粋だし、更に身を引かせてしまう。そこで、縁起物の年越しそばとして鴨南蛮そばにすることで、互いに喜び合える最高の着地点とした。そこに着地しないわけがない。
「シンジ君はこの中で一番先生のことを想っているんです」
冬月は今日一番の笑顔を浮かべた。
その笑顔こそ、皆が求めていた。
続く