足山九音が幽霊なのは間違っている。續   作:仔羊肉

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黄金週間 壱

 黄金週間。

 

 ゴールデンウィークと言ったほうが一般的知名度が圧倒的に高いその連休に俺は一人で福岡に来ていた。

 

 高校生の一人旅行。幾分かハードルは高いがそれでも俺が千葉から遥か遠くの九州――福岡まで来なければならなかったのは春に起きたオカルト絡みの後始末をするため。

 

「人が……多い……帰りてぇ……」

 

 一人旅行を計画を立てているうちに芽生えたまだ見ぬ土地に対しての高揚とした気持ちは福岡の博多駅についた瞬間、一気に霧散した。人が居る程、頭を垂れるボッチである、右を見ても左を見ても人、人、人。ここまで人が多いと自然と下向きに歩いてしまう。

 

 GWの最中。考えれば当然。いや、なまじ――人は多いだろうと覚悟はしていたのが失敗だったのかもしれない。自分の想像を凌駕する光景は完全に俺の許容量を超えている。じゃあどれくらい許容できるの? と聞かれれば返答に勘の良いガキは嫌いだよって答える。そう考えるとそもそも旅行なんて向いてねーわ。

 

『わぁ、人がいっぱい……でも考えれば当然だったね、八幡くん』

 

 それとなく福岡という土地を田舎、地方と見ていた俺は人の雑然とした世界に軽く酔う。ゴールデンウィークといえどその目の前の人混みは関東首都近郊となんら大差はない。そんな人ごみを当たり前とばかりに肯定する九音。

 

『なにせ、今日はゴールデンウィーク! お祭りだからね!』

 

 横からするすると降りてきた九音の姿は――着物とは違う艶やかな服装、女踊りの衣装。桃色生地の装束に大きな編み笠、そして手にはしゃもじを持っている。

 

 確かにそのお祭りは聞き覚えがあった。どこで聞いたのか、知ったのかなど記憶の彼方。それでも聞き覚えくらいはあったのだ。

 

 語源は確か――日曜日。オランダ語で日曜日を指す言葉ゾンダーハを語源としたお祭り。

 

 博多どんたく。福岡の祭りの代表格の一つ。

 

 この人ごみ、熱気、陽気は――そのお祭りの名を元として、まるで一つの生き物ように蠢いていた。

 

 

 

~~~~~~~~~

 

『えぇぇぇー! 踊っていこうよぉ! こんな機会めったにないんだよ!』

 

 姦しい幽霊が耳元で喚いていた。早々と人ごみを抜けて、なるべく人の居ない方向へ。とりあえず、あんな人の多い中では一息すらつけやしない。バスターミナルから離れて、人ごみの少ないほうへ。

 

「踊るってなんだよ、踊らねーよ……頭茹だってんのか……」

 

 交通整理され見るものと踊るものの区分けがされている。少し遠くになった人混み、その奥にうっすらと見える集団を指差し地元の盆踊り感覚で言い放つ九音。

 

『いや、そこは千葉県から来ました的なことを言ってさ。千葉の名物、祭りと踊り! ここで負けてどうするのさ!』

 

「お前の中で千葉どうなってんの……?」

 

 何と戦ってんだ、こいつは……ぎゃいのぎゃいのと騒ぐ幽霊を傍らに祭りの人ごみからようやく離れる。そして人ごみを避けてたどり着いた道路を挟んで小さな公園を見つけた。向こう側にある為に渡れる横断歩道を探す。

 

『だって福岡って九州でしょ? 千葉より下じゃん。千葉を名乗ればこっちのもんだよ。向こうが頭をさげて踊って欲しいとお願いしてくるよ、きっと!』

 

 上も下もねーだろ……こいつの中で千葉と福岡に何の因縁が成り立ってんの? 千葉県民は別に福岡県に隔意など持っていない。ただし埼玉、てめーは駄目だ。

 

 そもそも踊りの話などすれば埼玉県民が出しゃばってくるでしょ? 千葉の名物が祭りと踊り? あれ? 千葉に秩父ありましたっけ? みたいなマウントを取ってくる。そんなマウント取られるくらいなら俺は祭りなんぞに一生行かなくてもいい。そもそもなんでわざわざ人ごみに揉まれにいくのだろうか? 意味あるか、それ? いやない。

 

『大体、福岡の人って日本三大都市を聞かれたら意気揚々とばかりに東京、大阪、福岡って答えちゃうんだよ?』

 

 ちなみに関東三大都市といえば東京、神奈川、千葉である。何も間違いはない。どこからも異論など唱えられない完璧なまでに美しい真実。

 

「どこ情報だよ……」

 

 そんな偏見に塗れた怪しいお話の出所など大抵ろくな試しが無い。経験則上その手の事柄には一定のバイアスがかかっている。

 

『ゆーちゃん』

 

 その名前を聞いて溜息を吐く。

 

 どこにでもいるようなその愛称、その名前は――俺たちがこの地にやってきた原因。かつて雪ノ下に取り憑き、雪ノ下に成り代わろうと、混じり合おうとした女幽霊。自ら命を絶った少女。俺は彼女との交渉の果てに一つの契約を交わした。

 

 それが――彼女の母親。今は亡き少女の母親に手紙を渡せという無理難題。

 

 死者からのお手紙、幽霊からのお便り、ありえない置手紙。

 

 こんなことまともな神経をしていたら出来るわけがない。まともな考え方をしていたら渡せるわけがない。まともならばそもそも信じないし――遭遇しない。

 

 しかしながらまともなんかじゃあ到底無かった俺である。だからきっと渡せてしまえる。無神経に、無遠慮に――自殺した娘からの手紙を。この世を自ら去っておきながら残した手紙を。

 

 居ると知っている。そう願ったことを知っている。そして――彼女の想いを目の当たりにしている。後ろめたさを知ってしまっている。

 

 もしも彼女の母親が否定し、受け取らずとも仕方ないこと。イタズラと判断したとしても当たり前。

 

 俺は所詮メッセンジャーでしかないのだから。見届けることしか出来ない。

 

 俺はどんな結末を迎えようともそれを見るためだけにやってきたのだ。

 

 そんなことを考えて歩行者道路を渡ろうとしたその時――引っ張られる。

 

 首の後ろ、襟が引っ張られ、無様に尻餅をつく。

 

 瞬間――エコーのように耳に残るクラクション、猛スピードで眼前を通り過ぎる車体、困惑する俺――そして呆れたかのように車を見送る女幽霊。

 

『こわぁー、流石福岡……いや、福岡国……』

 

 心臓が早鐘を打つ。その感覚はこの一年の内に何度も出会っていた。

 

 自分の命が危険に晒されているのをいつも後で教えてくれるどうしようもないほど手遅れな危機感。

 

 早鐘を打っている時には既に事後で手遅れ。

 

 巻き込まれている、巻き込まれていた、終わっていた。

 

 だからこそ――こんな何でもない、遠い日に味わったはずの日常では中々に縁遠い筈の代物だった。少なくとも俺の思い出の中にある日常のお話ではあるが。

 

『危なかったね、八幡くん。危うく二年連続二回目の交通事故を達成するところだったよ』

 

 クスクスと小さく聞こえる嗤いにおちゃらけるほどの気力は残っていない。

 

「やっぱ、家が一番だわ……帰りてぇ」

 

 そんな口癖のような言葉が当たり前のように口から漏れた。

 

~~~~~~

 

 幸先が悪く交通事故に遭いそうになるという不運以外は順調な滑り出しだった。市内に向かうバスからは人が大量に降りていくが市外に向かうバスは意外と空いてるもので運よく後ろの方を確保してはまだ見ぬ町の風景を楽しむ。

 

『なんというかー、こうー……福岡ッ! って感じは特にないよね……いや、知らない町なんだけどさぁ……もっと街中で銃が乱射してるかと思ってた』

 

「お前の中の福岡なんだよ……」

 

 世界で一番危ない町と同レベルの扱いだった。少なくともそんな場所に旅行するだなんて蛮勇さは持ち合わせていない。ただでさえ運の無い俺である、そういう場所には近づかないに越したことはない。まぁ、今回の旅行はニアピンで、ある意味においては戦場や犯罪が多い街より怖い場所の近くではあるのだが。

 

「仮にも、友達……的な存在の故郷じゃねぇの?」

 

『……え、誰のこと?』

 

 横を見ると何の話か本当にわからないとばかりにこっちを見ている。

 

「お前ら愛称で呼び合ってたし友達……なんじゃねーの?」

 

『……? あぁ!』

 

 手をポムと打ちながらようやく合点がいったようだ。それと同時に少し呆れたような顔をしていた。

 

『いや、あの子、別に友達じゃないけど……』

 

 え、なにそれ、その発言地味にダメージが来るからやめてくんない……? というか女子ってあれだけ笑顔でキャピキャピしておきながら友達じゃないとか言えるの? こわぁ……

 

 お互いの名前を愛称で呼び合っておいて友達じゃないとか世の中の友達の定義ってなんなの? もしもこんな話を友達が欲しい系ボッチにでも聞かせれば即死呪文。俺も耐性が無ければ死んでいた。

 

「でもお前らなんか仲良さげだったじゃねぇか」

 

『よくよく考えてよ、八幡くん、向こうはあの雌猫を乗っ取ろうとしていた悪霊だよ? 危険じゃん、そんな危ない相手に中指たててお喋りなんて出来るわけないじゃん! だから一応下手には出てたんだよ。つまりは八幡くんに危害を加えられないようおとなしくしていたってわけだよ! 健気だなぁ、私!』

 

 自画自賛している九音ジト目で見ながら、あぁ、こういう奴ではあったと思い出す。周りの人間は基本的に自分より下で、人を馬鹿にさせたら右に出るものなど居やしない。傲岸不遜で傲慢無礼。悪意に対しては自分で自分をスペシャリストを名乗る様な女--それが足山九音という女幽霊。

 

 見ほれるほどの美貌から繰り出される毒は彼女にとって使い慣れた凶器であった。こいつ相手に今更下手の意味を教えてやることほど無意味な行動はない。

 

『そもそもが――自分で自分を殺しちゃうような女だよ? そんなバカ女と仲良くなんて出来るわけないじゃないか。それに――八幡くんが綺麗なんていったからね。いつか油断している隙を見てはどうにかしてやろうとすら思うな』

 

 満面の笑顔で当たり前のように言い放つ。意気揚々と喜々溌剌と。不謹慎で不快な言葉を当たり前だとばかりに。

 

『昨日の出来事だって、あいつがいなければ八幡くんはあんな解決方法をせずに済んだ、あの雌猫だってそもそもが関わることがなければ春の出来事は起きなかった。結果として八幡くんと二人っきりの旅行にこれたのはプラスだけど。とはいえ今の私じゃあの女幽霊に勝てないかもしれないからね――だから背後から刺せる瞬間を狙っているのさ!』

 

 満面の笑顔で堂々と。純粋な――極まったほどに純粋な足山九音たる理由であの少女とは相容れないと宣言してきた。意味もわからない好意、理解できない愛情。それを表面から受けとめることなどできやしない。ましてや、好きな相手のためなら他を排除するような恋や愛など人間のものじゃあきっとない。

 

『そこらへん、相手もわかってたんじゃないかな? 私が敵意満々で嫌ってるなんて。だって好きになる理由なんてないじゃん、あの女』

 

 あの女――自殺した少女、テニス部の幽霊。

 

 記憶に残るのは顔の半分がじゅうじゅうと溶けながら泣いている少女の記憶。悪ぶったフリをして、根は善良な少女。

 

『だから、ね? 八幡くん、その手紙を渡したら終わりなんだよ、あいつらとの関係は。この春の出来事は間違いで、ありえないことで、なんらかの誤操作。それに昔から言うでしょ、女の敵は女だって』

 

 そこでバスのアナウンスが流れる。手元のメモとを確認し降車ボタンを押す。

 

 なんとなくタイミングが悪く途切れた会話。その中に出てきた言葉

 

 終わり。

 

 そう終わったハズだった。あれで終わりでよかったハズだった。もしもこの何かが始まろうとしている予感がいつもどおりに間違うだけの俺の間違いだらけの勘なら良かった。

 

 間違いだったら良かったのに。そう思うような事柄ほど当たるのは経験則と呼ぶにはあまりにも身近に多すぎた。そして、足山九音が頭の緩い未来予想図を語っている時はそれが実現したことがあったのか、俺の記憶を探ってみるもとんと思いつかなかった。

 

 

~~~~~~~~~

 

 

 目的地は福岡の市内から東へ行き、郡と呼ばれる行政区画の先にある。全国で有数の心霊スポットの近くの町にあるカフェ店舗つきの住宅。

 

 それが死んだ彼女の実家とも呼べる場所。彼女の両親が居る場所。

 

 手元のパソコンでプリントアウトした地図を眺めているとにゅっと横から同じように地図を眺める顔。そしてその口から小さくぽつりと地名が漏れる。

 

『犬鳴峠』

 

 その名前は日本有数のオカルトスポット。諸説ある犬鳴の所以は犬が嘆くほどに険しい峠という説や稲木という名前が形を変えて、インナキとなり、犬鳴となったという説。そして――邪龍伝説に纏わる犬の話。

 

『邪龍。古来より語り継がれる龍は力の象徴として扱われてきた。また民間信仰が強い日本では水の化身、島国においての水は力の象徴。つまりは水と力という意味合いを持つ龍は強い信仰の対象なんだよね。それがよこしまなんだ、ろくな場所じゃない』

 

 耳元で楽しそうな声が響き渡る。

 

『そんな場所だから殺人、交通事故、強姦。何があってもおかしくないよ、だって不浄の土地なんだから。実際に犬鳴が関わる地――かつての犬鳴谷村があったとされるダム、犬の幽霊を見かけ事故と事件が多発する誘発するトンネル、今は撤去された電話ボックスから入り方を教えて貰えたといわれる日本地図に存在を赦されなかった村――余所者が入れば殺される村、犬鳴村』

 

 知名度だけでいえば日本でも有数の心霊スポットとして耳に入る。

 

 その余所者を拒む村には至るところに罠が仕掛けてある。そこに引っかかった人間は村人に惨殺される。その村は決して幽霊や妖怪がモデルではない。近親交配で生き残った村人、人災、怪人。そう雪ノ下の時に遭遇した怪人という分類が一番近しいのかもしれない。

 

 そしてそれとは別にダム、トンネルに現れる怪異。犬の霊や女幽霊。その霊たちが事故、事件を引き起こすともまことしやかに囁かれている。

 

 実際に日本で起きた惨殺事件、村に関するオカルト、怪人に関するオカルトは少なくない。

 

 しかしながら犬鳴周辺は霊的恐怖と人的恐怖。その二重の事実と心霊体験の多さがこの地を恐ろしい物と化している。

 

『知ってる? 八幡くん、その犬鳴峠の前にある――ねこ峠の御話を』

 

 聞き覚えの無い言葉。そんな場所もあったのかと九音の方向を見る。

 

『地元の少女曰く、犬鳴峠の前にある峠、猫峠。それは聞くも恐ろしい場所なんだって。とんでもないオカルトスポットなんだって、そこには自殺した少女の霊が出るんだって。最初聞いた時は、こいつはこれをギャグで言ってるのか……って思っちゃったよ』

 

 九音が意地悪く口角吊り上げる。

 

『嶺、此処。つまりは山頂を示した峠――それがネコ峠の由来。なのに愚かしくも口々に人はその場所を恐ろしいものだなんて呼んでる。不思議だよね、恐ろしいものにしているのは言葉を使っている人間の方なのに。人間っていつもそうじゃない? 自殺をする理由に劇的なものを求めたり、劇的なものを求めるから事故死の真相を勝手に自殺と思い込む。むしろ、人が死ぬ理由にそんな御大層な物語が必ずついてるってポジティブな奴ら多いよね』

 

 立ち上がり歩き始める。カンカンとしゃもじを鳴らす音が横から聞こえる。

 

『犬だから猫にも何か意味があるだろう――動物くらいしか繋がりが思いつかない物事でも信じれば集まって。華々しい少女が自殺したから余人には理解できない苦しみがあったはず。そんなものをは勝手な思い込みなんだよ。試合に負けて、素人に負けて、衝動的に自殺したなんて他人からしてみればそんなことと捨てられるような出来事だから――別に気負わなくていいんだよ、八幡くん』

 

 小馬鹿にした態度からの優しい声音。

 

『別に君が色々と悩んでいる姿も私は嫌じゃないけどさ、でも覚悟を決めるほどのことなんかじゃきっと無いんだよ。ただのメッセンジャーらしくポストにぽいってしてくればいいんだからさ。 別に手渡しに拘る必要なんてきっとないんだよ』

 

 横をチラりと見ると微笑んでいる。まるでわかってますとばかりの顔が癪に障る。

 

「そんなんじゃねぇよ」

 

『……そっか。それならいいんだ。別に今回のことだって単なるエピローグなんだよ、春に起こった事件の終わりの物語。この先には思い出として終わるだけのことなんだから』

 

 そして、足を一歩と踏み出して、目を見開く。

 

 俯き地図を見ていたから決して気づかなかった。

 

『え、なになに? どうしたの、八幡く……ん……』

 

 浮いていた少女は遅れてその存在に気づく。

 

 眼前には――両手をあざといようにあげてポーズを取る猫。

 

 ――にゃうん?

 

 旅行の初っ端から刺激的すぎる光景に目の前が真っ暗になりそうだった。

 

 ――にゃー、にゃー、にゃー、にゃー、にゃー、にゃー

 

 そこには可愛らしい声で鳴き、人間のように踊る猫。

 

 きっと可愛さだけでいうのならトップクラス。こんなもん女子に見せたらその日午前中くらいは可愛いのコールアンドレスポンスの嵐。SNSに乗せたらそのうちニュースにすらあげられそうな映面。

 

 しかしながら、俺からしてみれば、不運の一等賞くらいなら貰えるような最近の俺からしてみれば――余りにも不気味な光景。

 

 踊る猫。

 

 それが怪異だと判ったのは踊っているからではない、響き渡る声、反響する声――二重に響く鳴き声。

 

 その猫は――後ろにも顔があった。

 

 その姿を見れば思うだろう、全国の猫愛好家ですらきっと思うだろう。

 

 化け物だと。間違うことなく化け物であると。

 

 両面の猫、踊る猫。怒り顔と笑い顔。

 

 起用に棒をポール代わりに踊るその猫は何を目的に踊るのか。少なくとも俺にはてんで理由など思いつかなかった。

 

 

 

~~~~~~~~

 

 ひたひたひた。

 

 にゃーにゃーにゃー。

 

 ぺしてくてくぺし。

 

 歩いている俺に纏わり付く両面の猫、その猫がひたすら歯ブラシサイズの棒を使って足首あたりを叩き、一度叩いては体制を整え、近づいては叩いてくる。間抜けな擬音を無視しながら俺は目的地へ。

 

 鬱陶しいことこの上ない。

 

 しかしながら――俺は怪異とも呼べる猫に対してどう対応すればいいのかわからずにいる。

 

 福岡県宮若市。

 

 犬鳴峠に猫峠。その二つの峠ある土地に伝わる一つの伝承。今回の旅行を調べる過程で偶々目に入った伝説。

 

 ――宮若追い出し猫伝説。

 

 それが恐らくではあろう、目の前にいる猫の正体。そんな猫に対して自称幽霊は。

 

『お、お前ぇ、マジでどっかいけよぉ……』

 

 俺の頭にしがみつき、なるべく猫から距離を取るようにして宙に浮き、涙声で抗議している。完全にびびり散らしていた。

 

 足山九音バーサス追い出し猫の怪異戦は開始数分で決着。完封された雑魚幽霊。イキり散らして即座に負けた自称悪霊。九音に追い返せない以上、只の人間である俺にはどうしようもない。

 

 その九音の敗北はバス停についた瞬間に遡る――

 

 

~~~~~~~~

 

『はぁーっ、来たよ。来ちゃったよ、ほら、マジで空気読んでさー、GWくらいはそういうのいいからさぁー、マジで空気読めないかなぁー、はぁー、もうがっかりだよ、がっかり! この業界ってタイミング的な所あるじゃん? ほら、ここ最近で六件だよ? 六件。あぁ、またかって感じなんですよ、こちとら。そういうことするからペニーワイズおじさんも面白いおじさんになるし、貞子とか八尺様がお色気担当になるわけじゃん? ちゃんと恐怖の鮮度とかにさぁ、気を使ってくれないかなぁ……はぁ、もうホント空気読めないかなぁー、お休みの日くらい八幡くんと私でラブラブさせといてよ、ラブラブ。ぶっちゃけ早く用事終わらせて福岡満喫したいんだけど? そこで猫? はぁー、がっかり! 本当に残念なわけですよ。この前、犬出てきたじゃん、犬。そこで猫? 犬鳴峠と猫峠だから猫? 安直なんだよね、安直! はいはい。終わり終わり。こんなのもう無し! ほらしっし!』

 

 躍る猫の近くに文句を垂れながら屈みこみ白のワンピースから伸びる手でどっかいけと追い払うような仕草。するとその瞬間に。

 

 ――にゃっ!

 

 猫は棒をバットのように構え、九音の手首を――いい打撃音と共に打ち抜いた。

 

『あ"ぁぁぁっ! なにすんだ、このクソ猫っ! 痛った、めっちゃ痛いっ!』

 

 すぐさま飛びずさり、俺の背後に回る。そして背中越しから猫に向かって中指を立てる。

 

『お前っ! 舐めんなよっ! 私はこの前、犬を挽肉にしたんだぞっ! 挽肉だぞ、挽肉っ! ハンバーグっ! この私を怒らせたらお前なんかけちょんけちょんのずったんずったんにしてやるっ! 許さんぞっー! ジワジワと嬲り殺してやるわっ!』

 

 ダサい台詞をここぞとばかりに背中越しに投げる。

 

 ふーっ、ふーっ、と鼻息が荒い。その後、何度か深呼吸をしてようやく落ち着きを取り戻し、ひゅるりと背中から這い出て、猫に対して仁王立ち。そこから大きく深呼吸を交え、どこか太極拳を彷彿させるような腕回し。そして最終的には荒ぶる鷲のポーズ。ギャグだろ、これ。というか絵面が酷い。

 

 足山九音は普段は見かけることがないほどに美しい少女である。少なくとも現実上で彼女より綺麗な人間を見たことは残念ながら俺には無い。だがその美貌で補うにはあまりにあまってマイナス点が多すぎると。黒すぎる腹や残念な物言い、短気すぎる性格やお調子者で向こう見ずな鳥頭。

 

 だからこそある意味らしくはあるのだが。らしくありすぎて最早見かけだけでは色々と誤魔化せないだろう。オススメおじさんと化したペニーワイズのことなど他人事ではない。

 

『この私を怒らせた、それがお前の敗因だよ、クソ猫! この私――超絶美少女究極完全体足山九音の最終奥義しかと見よっ! むむむっ! むぅんッ!』

 

 九音はそこら辺にある石を手元に持ってくる。ひゅんと浮いて手の中に綺麗に収まった掌大の石。

 

 それは幾つかある彼女の能力――ポルターガイスト。

 

 騒々しい女幽霊らしい能力。物を浮かせ、飛ばすというその特徴はあまりに似合っている。

 

 そして――足をあげ、石を投げる。ちなみにほぼゼロ距離であった。だからこれはパフォーマンスのような代物。

 

 九音の投げた石は猫の頭上、遥か遠くへ飛んでいき、宙で様々な軌道を描き、近くを一周しては俺たちの背後から、猫へ向かって飛ぶ。慣性の法則など知ったことかとばかりに無茶苦茶な軌道。しかしながら耐空時間が増えるに連れて飛ぶ石は速度は増す。そして、猫がぶつかれば怪我どころか下手をすれば死ぬような威力で迫り行く。

 

『喰らえっ! 隕石剛速球かっこメテオ・ストライクッ!!』

 

 ご丁寧にこちらに判りやすいようにルビまで降っていた。材木座臭がすんな、こいつ。

 

 とはいえ、そんな頭の軽いノリではあるが明らかに重い殺意の乗せていた石は猫に向かって一直線。角度と速度のついたその石は――にゃっ!!

 

『ぎゃぽぉっ!? ぉぉぉぉぉぉっ、ぉぉぉぉぅ……』

 

 綺麗に打ち返された。九音の腹に直撃し突き破って飛んでいく。これが球場ならば綺麗なバックスクリーン弾であっただろうと往年の大打者を彷彿させる見事なスイングと放物線。

 

 そして華麗なバット投げの後、クルクルと蹲る九音の周りを回ってホームイン。そしてパフォーマンスがてらまた踊り始めた。

 

 本来ならば物理攻撃など無意味な存在である九音である。しかしながら現に九音はお腹を抱えうずくまり――『痛い、めっちゃ痛い、これ内臓やられたよ、子宮やられちゃったよ、これじゃあ八幡くんの子供産めなくなっちゃう……うぅ、めっちゃ痛い、というか全身痛い』と嘘なく痛みを訴えていた。

 

 呪詛返し――脳裏に浮かんだのはそんな言葉。そう考えれば納得がいく。

 

 つまりは九音、自らの悪霊たる攻撃をそのまま跳ね返されたのだ。人を呪わば穴二つ、祈れば穴二つ、身を呪う。

 

 そんな格言の通りに自分のやった行いがそのまま還ってきたのだ。

 

『八幡くぅぅぅぅん! 私の仇をとってよ! こんなんじゃ私、悔しくて夜も眠れないよ!』

 

 いや、寝れねぇじゃん、お前。

 

 そんな呆れた台詞を吐いた雑魚幽霊は這うようにゆっくりと足元まで来て、そのまま俺の後ろで顔だけ出して猫を睨み付ける。

 

『お前、クソ猫! お前ふざけんなよっ! どうしてこんなことするんだっ! 私が何をしたって言うんだよぉ……おぉぉぉ、痛いよぉ……』

 

 完璧な被害者面だった。先ほどのハンバーグにしてやるとの発言はどこへいったのやら。

 

 そんな俺と九音を呆れたように見て――にゃぁぁぁー! と鳴く。

 

 何かを伝えるように鳴き、まるでついてこいとばかりに小器用に前足で背後を指差す。

 

 そしてクルリと向き、四足で歩き始めた。そして口には先ほどのバットにした棒。

 

 棒の先には裂かれた布がついてある。そこでようやくそれが叩きだということに気づく。

 

 ――にゃ!

 

 早くしろとばかりに促す猫。俺と九音は猫の様子を見てお互いに顔を見合わせる。そして同意見であるらしくを頷き合い、そしてそのまま、くるりと背を向けた。

 

 ――にゃん!?

 

『ばーかばーか! 誰がついていくもんかっ! ほら八幡くん、さっさといこっ! ったくぅ、本当にケチついちゃったよぉ、とんだ災難――痛ッ、お前、脛はやめろよ、脛は!』

 

 中指を立てて挑発していた悪霊は猫の棒に脛を打たれてぴょんぴょんと片足飛び。そのまま宙に浮き、俺の頭にしがみつくように纏わり憑く。

 

『お前、もうどっかいけよぉ、い"けよぉぉぉぉぉ』

 

 半泣き濁声で九音は猫に言い放つ。初対面での格付けで敗北した悪霊の言である。格下の言葉に猫はぺっと唾を吐くような仕草をしたあとに今度は俺の脚を止めようとジーンズの裾をぺしぺしとはたいてきた。

 

 その棒が叩きであることに気づいて俺は遅ばせながらようやく一つの伝承を思い出す。

 

 両面の猫――追い出し猫の伝説を。

 

~~~~~~~~

 

 そのような顛末を思い出し、俺は足元に猫の怪異を、頭の周りには悪霊を携えて宮若の土地を練り歩く。

 

 今一度、追い出し猫の伝説を振り返ろう。追い出し猫というのは通称、もしくは生産品、土産物品の名前にもつけられている。

 

 とある寺にあらわれた大鼠を退治した猫達の伝説。その題材を町おこし際に判りやすい名前がつけられた。

 

 そういう意味では今回のこの猫は――聖獣、守り神の側面を持っているのかもしれない。故に余所者、ことさら言えば悪霊憑き。憑き者筋。そんな人間なのだ、俺は。そんなの誰だって追い出す、村育ちなら村八分になって当然。だれだって良くないものを好んで招きいれようなどしないものだ。

 

 勿論俺からしてみても出来れば触れたくない類の怪異。そもそも対処法がわからない存在。反撃することが正しいとは到底思えない、それとも無視するのが正しいのかと聞かれれば自信はない、従うのが正しいのかと聞かれれば俺の持っている目の特質を考えれば否であろう。

 

 どうすればいいかなんてものはわからない。

 

 俺の霊視曰く――俺に対する都合の悪い怪異を見ることに特化している。

 

 つまるところ、俺にとってこの猫は都合が悪いのだ。だからといって敵対するなど冗談じゃない。怪異と自ら敵対して無事で済むなど思っていない、そんなことが起こりえるのはホラーや怪異を題材としたギャグ漫画や俺TUEEEE系統の和風ファンタジーのみ。寺生まれでもなければ由緒正しい生まれでもない。怪異に対する特異な能力もなければ、うろ覚えの聞きかじった知識だけしか存在しない。

 

 ――に"ゃぁぁぁぁ!

 

 威圧的な呻き声。俺としては気が気ではない、さっさと手紙を渡して帰りたい。

 

 そんな願いが天に届いたのか目的地である住宅を発見する。事前に調べていたおかげで外観から簡単に見つけることが出来た。住宅を兼ねたカフェの入り口は『Closed』という看板がぶら下がっている。

 

 俺はボストンバッグから手紙を取り出し、迷う。

 

 手渡しで渡すべきなのか、それとも――このままポストに入れておくべきか。

 

 ふと以前、同じように迷ったことがあったな、と過去を思い出す。

 

 あの時は――瞬間、手に激痛が走る。

 

「ッぅ!?」

 

 持っていた手紙は掌からこぼれ、それを猫が咥えた。

 

 おいおいおい、まさか――

 

 そしてそのまま猫は四足でまっしぐらに逃げていく。俺の手を投げて叩いた棒の事など置き去りにしたまま。一目散に。

 

「ざ、ふざけんなっ!」

 

 ここまで来てそれは流石に頂けない。遅れて俺も走り出す。

 

『は、八幡くぅぅん……もう、いいじゃん、帰ろうよぉ……手紙は渡したってことにしといてさぁ』

 

 走り出した俺に併走――いや飛んで憑いてくる九音。彼女の口から漏れたのは中々に性格の悪く、それでいて魅力的な提案。

 

「そう、もっ、いかねぇだろ!」

 

 別に義理人情に溢れているわけではない、それでいて大切な相手との約束でもない、わざわざ福岡に来たからでもなくて、もっと根本的に自分よがりな理由からだった。

 

『もう、ほんと……しょうがないなぁ』

 

 ふぅ、と小さく漏れる息が耳元で聞こえた。

 

『ちゃんと囁いてよ、心から』

 

 ――だからいつものように心無いやりとりが酷く辛い。いつだってそうだ、俺は自分のために常に彼女に嘘の言葉を放ち続ける。いつだっただろうか、それを彼女が望み始めたのは。いつの間にかそう言えば助けてくれるという関係性が出来上がっていた。けれど、俺は――何も出来ないから頼むしかないのだ。いつも、いつも。

 

「――してるぜ、九音」

 

『しょうがないなぁ』

 

 そう言って九音は速度をあげて、猫を追い抜く。そしてしゅるりと回り込み、猫の対面に出た。

 

 峠の手前の歩行者用道路で猫を挟み込む形となる。人は愚か、車も通ってない不気味な雰囲気はよくないものを想起させる。路地と横断歩道の真ん中に挟まれた猫は立ち止まる。

 

『さてさて、クソ猫。お前、調子に乗ってくれたよね』

 

 ――……

 

『さて、さっきは不発だったけど、私の新必殺技の実験台になるといいさ。もっとも、今度は打ち返せなどしないだろうけど』

 

 九音の言の通り、猫が加えているのは棒ではなく手紙、そしてその猫が追い出し猫たる所以である叩きは――あの場所に置きっぱなし。追い出し猫――その猫を象徴する品を放したとき、その猫は何になるのか。

 

『それじゃあ、九音選手! 振りかぶって第一球投げました!』

 

 手にも持たずに九音はどこからか浮かした石を猫に目掛けて一直線。しかし、その石は、機敏な動きで避けられる。

 

『いや、避けんなよ! そこは倒される流れでしょ! 空気読めよな、空気――』

 

 はぁと大きく溜息を吐く九音。だが、俺には見えていた。

 

 なまじ、猫が横断歩道の対面側に出すぎていたせいで俺の方向からは――道路を走るトラックの姿。

 

 瞬間爆ぜる。

 

 真っ赤な血の雨が飛び散る。

 

 俺はありえないものを見たかのような顔をしていただろう、それほどまでに驚いたのだ。

 

 怪異の猫がトラックに轢き殺されるなど。

 

『ま、後方注意ってね。なにせ、ここは福岡なんだから』

 

 何事も無かったかのように去っていくトラック。クスクスと笑う九音。ひらひらと宙に舞う手紙は綺麗に彼女の手の中に。

 

 出来の悪いマジックを見ている感覚だった。

 

『流石にトラックを引っ張ることは出来ないけど、トラックを引っ張ってみようと思うことくらいは出来るよね』

 

 悪霊らしく本当に性質の悪い能力の使い方。他力本願ここに極まる。

 

 恐らく運転手からは何も見えなかったのだろう、せいぜい間抜けな俺が横断歩道の前でたちぼっけしているくらいだ。

 

『さ、行こうか、八幡くん』

 

 ヒラヒラと手紙を見せ付けて、綺麗に嗤う――あぁ、間違いなく。

 

 足山九音は悪霊だった。

  

 




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