足山九音が幽霊なのは間違っている。續   作:仔羊肉

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初夏 弐

 放課後の部室棟の一角にその少女は居た。俺は彼女の元へ歩み寄る。傍から見れば一人、しかしながら霊視が可能な人間がいたのなら、二人か三人。待ち合わせていた俺はろくに考えが纏まらずにその場世を目指す。

 

 ゴールデンウィークの出来事。そのすべてを彼女に語る必要などない。あまりにも必要ないものが多すぎる、あの人のことも、そして俺に降り掛かった出来事も。しかし、それでいいのだろうか。答えなんて中途半端なまま辿り着いてしまう。

 

 ――どーも、比企谷さん。

 

 未だに俺の目に映る少女。悪霊でもなければ唯の浮遊霊でしかない少女がこの目に写るのは何故なのか。

 

 あぁ、それはきっと。都合が悪いからだ。俺は自分自身に嘘をつく、吐きたくもない偽物を口に出す。そんな理由の相手が見えなくなるわけがない。俺は頭の中でぐるぐると考えていながらも、その実、答えなど目に映って見えていたのだ。

 

 俺はきっと言えない。言えるわけがない、と。

 

「渡してきた」

 

 ――そうですか。ご苦労様でした。これで約束はおしまいです。

 

「……なぁ」

 

 俺は――口が動いていた。踏み込んではならないという領分。後悔しか無かったとしても、それでも一時期は抗えない程に魅力的に映った死の誘惑について。

 

 熱に浮かされている、病み上がり、そんなものはきっと理由にもならなくて。俺は今、再び自らを怪異に巻き込まれようとしていた。

 

 霊の怒りに触れるような言葉を口に出そうとしていのだ。

 

『駄目だよ、八幡くん』

 

 そんな俺の好奇心を止めたのは九音だった。足山九音は必要ないとばかりに遮る。

 

『なんでもないなら、ゆーちゃん……それじゃあ元気でね、健康に気をつけて、バイバイ、さようなら』

 

 ――まるで二度と会いたくないみたいな別れ方するんですね、くーちゃん。

 

『あはっ』

 

 嗤う悪霊、微笑む幽霊。目の前の彼女が浮かべた笑顔の意味なんて俺にわかるわけもない、それでも九音の笑顔の意味くらいはわかった。

 

 それは敵意だ。笑顔の下に憎悪を隠し持って、それ以上の無駄口はヤメロと笑顔で答えている。

 

 鈍感な俺でも話を聞いたくらいで気づくのだ、目の前に女幽霊に分からないわけがない。同性である彼女、その敵愾心を向けられている本人がわからぬわけもないのだ。

 

 ――ま、いいですよーだ。それじゃあ、さようなら、お二方。

 

 そういってスルスルとまるで煙のように消えていく。

 

 これで良かったのか、何も言わなくて良かったのか、何も聞かなくて良かったのか。そんな後悔が頭の中でうずまく。

 

『良かったんだよ、これで。それじゃあ、いこっか』

 

 未だに解けてない部分を抱えたままでよかったのか。しかし、確かにこれで終わりならそれでいいとするべきだと。理性が訴えてくる。

 

 これ以上、関わらなくていいのだからそれでいいのだと。

 

 謎などたくさん残っていて、腑に落ちないものなど幾らでもあって。そんなノーマルエンド染みた終わり方で納得できないと駄々をこねている。

 

 そもそもあの場所は何だったのか――彼女の母親は、彼女自身は、そして猫たちは。

 

 必要のないことだとわかっても考えずにはいられない。

 

 殊更、後味悪く終わった御話を振り返れば。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 目を覚ました時、俺はどこかの水辺――大きな池が見える公園のベンチで横になっていた。

 

「……九音?」

 

 俺の首はポルターガイストにより軽く浮き、傍から見れば少女の膝の上に乗っているかのような絵面。但し見える人ならばという但し書きが必要だが。

 

『おはよう、八幡くん』

 

 眼前に映る九音の顔は穏やかな表情だった。いつか、どこかでこんな状況があった気がする。

 

「ここは……どこだ?」

 

 立ち上がり、周りを見回してみても見覚えの無い場所、腕時計の針は既に明け方の五時を示している。

 

『糟屋郡って場所みたい』

 

「……いや、福岡の地名なんて言われてもわかんねぇわ」

 

 未だに気だるさの残る身体。関節を伸ばしながら自分の状態を確認してみれば気だるさ以上に身体は重い。

 

『……大変だったんだぞぅ。八幡くんが歩いているようなフリを演じながらここまで歩いてくるの』

 

 どうやら九音はあの後、俺をここまで運んできたらしい。勿論、そこは空を飛ぶ、宙に浮くなんてこともなく俺が歩いているかのように偽装までして。

 

「無事だったんだな……」

 

 意識が途切れる最後の光景は大量の石を浮かべては何とか猫達を蹴散らそうとしていた九音の姿。

 

『ん? んん!? んんんんぅ!? えっ、もしかして心配してくれたの、今! やっべ、普段そんなこと言われてないからこういうときなんて反応すればいいかわかんないや! えっ、待って待って、ちゃんとヒロインっぽく返事するからリテイクお願い! よぅし! ひっひっふっー!』

 

 とりあえず何とも無さそうだ。少なくともあの猫の海とも呼べる大量の怪異も前にしてどうやって生き延びたのか俺にはまだ理解できていない。

 

『チラッチラッ』

 

 口に出しながら何か言葉を求める九音を無視しながら考える。ふと思い出すのは以前の犬に纏わる怪異の出来事。

 

 犬は病を媒介する。猫も媒介者としての素養はあるのかもしれない。実際に俺は猫の怪異に襲われていたが……いや、手紙を奪われてはいたが直接的な接触は無かった筈だ。

 

 ならば何故? 空気感染とでもいうのか? いや、違う、そうではない。未だに埋まらないピースが答えを拒む。

 

『チラッチラッ! チラッ!!』

 

 いい加減鬱陶しくなってきた催促。

 

「なぁ、九音……一体、何が起きたんだ?」

 

『はー! これだよこれ! 今、私は餌を求めてるのにまったく自分の都合ばっかり! 男の人っていつもそう! 自分が気持ちよくなることばっかり! 私のことを何だと思ってるのさ!』

 

 これ以上ないウザさを発揮しながら猛講義してくる悪霊。メンドクサぇ……

 

『悔しいから結論だけしか言わないから! 私は――いや、私と八幡くんは猫に先導されてここまでやってきた。んー、そうじゃないか。猫達にここまで追い出された。宮若市から私と八幡くんは追い出されたんだよ』

 

 追い出された。あの猫なら、追い出し猫ならそういった伝承があるのか?

 

 いや、違う。そうじゃない。俺の記憶の中にある知識がその簡単に出そうとする答えを否定する。

 

 邪龍伝説の御話。

 

 その瞬間にするすると紐が解けていく。

 

 猫の行動を振りかえる。最初に猫に会ったときに猫は俺たちをどこに連れて行こうとしたのか? それはバスの来た方向へ歩いていこうとした。だから俺たちは反対に歩いたのだ。

 

 つまり――あの地から離れるように先導しようとしていたのではないだろうか。

 

 邪気漂う土地から――ましてや地縛霊が出る場所から。つまるところ知っていたのだ、猫たちは。未だに母親を待つ霊の存在を。きっとそれだけじゃなくあの土地にはもっとたくさんの噺があるのだから。俺たちの行く先を知っているからなんかではなく、余所者が面白おかしく新たな噂を立てぬよう穏便にお帰り願おうとしてただけなのだ。

 

 犬鳴――旧犬鳴谷村の名称の由来、犬鳴く土地に纏わる一つの伝説がある。

 

 それが邪龍伝説。

 

 ある猟師が峠を越えようとして、連れていた犬時の噺だ。犬は猟師を見ては酷く吼えた、あまりにも煩い鳴き声にとうとう猟銃の弾を犬に放つ。しかし犬が吼えていたのは猟師ではなかった。未だに愚かしく気づかない、実は背後に迫り来る蛇龍――邪龍に向かって犬は吼えていたという御話。この犬鳴の伝説は全国に散らばっている。一説によれば銃ではなく持っていた鉈で首を撥ねたが、首だけになった犬が龍に噛み付き主人を守ったという忠犬を示すエピソードも存在する。

 

 そして福岡にある犬鳴トンネルにはこういう噺もある――犬の霊に吼えられたら事故に遭うと。

 

 そうではない、そうじゃないのだ、きっと。それは結果から見た濡れ衣でしかないのだ。

 

 もしもこの伝説を知っていたのなら逆だろう、逆のはずなんだ。犬は危険が向こうにあるから吼えていたのだ、ましてや犬の霊だ、留まる良くないものを教えてくれようとしていた。それを人間が、人間は見えないから――歪に変わる。言葉を交わせないから思い込む。霊という寓意が俺たちに悪いものを想起させるのだ。

 

 原因など人間にしかないはずなのに。そもそもがそんな場所に来るのが悪いはずなのに。自分自身の責任も取らずに醜く何かになすりつけずにはいられない。

 

 そして俺は浅ましくも人間だった。

 

 大多数に追随するように俺は愚かにも猫が示す危険をあろうことか猫が危険であると思い込んでいたのだ。

 

 なんたる思い込み、なんたる愚かさ。

 

 本当に危険だったのは人間――元人間。地縛霊の方だったというにも関わらず。

 

 それを振り切って、それどころか敵対して、それでいて死にかけたのなら、ざまぁない。

 

「……その猫達は?」

 

『死んだよ』

 

 その短い言葉にあぁ、そうかと思ってしまう。

 

 結局、最初から最後までその猫はいい存在だったのだ、善良だったのだ、それどころか愚かに近づいて罰を受けるべき俺でさえ助けてしまう聖獣だったのだ。

 

 きっと引き受けたのだろう、俺の苦しみを、俺の死因を、見ず知らずの、それどころか邪険に扱い、お仲間を殺した俺達の、俺の毒を。

 

 追い出し猫。

 

 今でこそ病魔や厄を祓う、追い払うとされた猫。その伝説はとある寺で起きた出来事。その昔、寺周辺の町一帯に害を成す一匹の大ねずみが居た。そしてある日、とうとう寺にいる住職までもがその大ねずみの手にかかり、寝込んでしまったのだ。そこで猫達は住職を救う為に決起し、その鼠を退治を決意する。翌日、住職が起きると鼠は退治されていた、そしてその傍らにはたくさんの猫の死骸があった。それに感謝した住職が猫達を供養した。

 

 では――鼠とはなんだろうか。

 

 鼠とは盗み、つまり盗人を示す表現は非常に多い。それだけではなく不吉の象徴として扱われることまた多い。日本では十二支の子を示し、子孫繁栄や栄転を意味することもあるが、それと同時に鼠の繁殖力というものが非常に強いことは知られている。

 

 故に――病。流行り病。

 

 人から人へ掛る病としての意味をこれ以上示す存在はいない。実際に鼠による流行り病はかつて世界で猛威を震ったことは有名な史実。

 

 もしも、この地に流行していたのが流行り病ならそれほど判りやすい話はない。この地で怪異により亡くなることも、悪い噂が流れることも、不思議なまでに強引な紐付が起こることも――土地柄。

 

 だから猫はこの地に纏わる怪異に関わろうとするものを追い出すのだろう。それが碌な噺にならないことを知っているのだから。

 

『……それでもあいつらは君に少しは感謝してみたみたいだよ。だから君の中の毒を引き受けたんだよ。例え、それが大……意…な…………し…もね』

 

 九音の最後の発言はまるで独り言のように聞き取りづらかった。

 

 しかし、そうか……やっぱり、そうだったのか。

 

 俺を殺そうとしたのは……少女の母親だったのだろう。俺は怒りに触れていたのだろうか、やはり接触の時に恨まれていたのだろうか。分からない、何も。

 

『八幡くんにはきっとわかんないよ、理由はあるけど、きっと君にはわかんない』

 

 九音の断言するかのような発言は力強い。

 

『情が深いって厄介だよね。娘のために命を捨てれて、娘のために行動してくれるお人よしをお土産に連れて行こうなんてこっちとしては本当にいい迷惑だったよね。ましてや、君に取り憑いて会おうとしようなんて、さ』

 

 わかるわけも無い。親にもなったことのない俺には。想像で語るにもあまりに深い愛情は底が見えず、真っ暗闇。

 

 だが、しかし。

 

 その狂えるほどの愛情はきっと本物なのだろう。未練を残し待ち続ける愛情を俺は少しだけ羨ましく思える。

 

 変わりたくないと願っても変わらずにはいられない人間にとって、どこまでも変わらない愛情は。

 

 偽者を囁き続ける俺にはあまりにも黒く美しく、吸い込まれそうな色をしていた。

 

 

~~~~~~

 

 

 

 あの後は福岡で特に問題など起こらず無事に千葉に帰ることはできた。

 

 福岡で有名な店をいくつか巡ってはらーめんに舌鼓を打ち、なんとあの世界に誇る千葉発祥のらーめん屋が福岡にもあったというのだから驚きである。千葉と東京都とパリと福岡はズッ友だょ……と呟いていたら横から呆れるような溜息を吐く女子高生。そんな女子高生の希望に沿い、貸しボートやタワーなど名所と呼ばれる場所を散策。

 

 一人で写真を自撮りしていた俺ではあるが――九音の写真介入率が以前より格段に上がっていることに気がつく。

 

『えっ? ホントだ! えっ、なんで……ふふーん、もしかしたらこれはアレかな? とうとう私の美しさが隠しきれなくなってきたってことかなー! いやー、困っちゃうなぁ……』

 

 そんな戯言を言っていたが、どうやら写真写りだけでなくポルターガイストに関する代物も持てるものの重量に関することや速度が向上していたらしい。

 

 しかしながらバトル漫画あたりの話ならばそういった能力値の上昇は大きな出来事なのだろうが生憎ながらこんな世界でさしたる意味も持たないだろう。それでも成長したことが嬉しかったのかここ最近の家での調子の乗り方がウザい。

 

 けれども外ではこの前の猫からの一撃がトラウマになってるのか万が一にでも痛みが伴う可能性に関してはとことん避けている。

 

 対象的に俺は何の成長もしていない。なんなら一年前から何も変わっていない。強くもなれていない俺はひたすら弱体化しているだけ。

 

 危機に陥る頻度があがって自分で解決できないことばかりに遭遇し、それを九音に頼り切りになっている。

 

 成長どころか退化の連続。

 

 それでも俺は九音を――足山九音を頼ってしまうのだろう。いつからか出来上がっていたこの関係に最近では疑問を覚えることすら少なくなっていた。

 

 春の最後に行った雪ノ下への解呪の一件で俺に出来ることがあるかもしれないという伸びていた鼻はぽっきりと折れ、それでも懲りずに嘘を付き続けるから鼻がまた伸びる。

 

 いつか足山九音なら必ず助けてくれるという思い込みが大切な選択を間違えそうな気がしてならない。

 

 悪いことに俺の嫌な予感は、間違えるばかりの俺にとって唯一正解率の高い得意分野なのだから。

 

 

 

 




※俗の方はとりあえずここで第一章終了です
※前作でいうところの人形の部分に当たります
※続きは原作二巻から合流します
※次の章は二月末までに完成を目処としています
※この御話はフィクションです、都市伝説や怪異の内容には独自解釈や拡大解釈が含まれています




※理由なく強くなりません

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