足山九音が幽霊なのは間違っている。續   作:仔羊肉

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立夏 壱

 職員室の隅。パーテーションで区切られたその場所にはガラス天板つきのテーブルと黒皮のソファーがある。テーブルの上には教職員達が積み上げた残骸の山、多種多様の色を揃えたタバコで山が積み上がっていた。新たな犠牲者を増やすべく火はくべられ、漂う煙は窓から入ってきた風により一瞬だけ揺らめいては戻る。

 

 窓の外から見える図書室の方向から流れた風が一枚の紙切れを中空に舞い躍らせた。ひらり、はらりと少し前ならば散って行く桜を連想させるような光景は──ダンッ。 無慈悲なヒールの一撃により、地面へ。流石にタバコを消すようにぐりぐりと動かしてはいない。

 

 そのヒールから伸びる足、太ももは大変に肉付きがよかった。パンツスーツに包まれているシルエットラインが持ち主の魅惑的な肉体を隠さずに伝えてくる。そんな蟲惑的な肉体の持ち主が浮かべている表情は──夜叉であった。いや女性であるから薬叉女にとでも呼ぼうか。もしくは般若。それぞれが意味合いが異なってくるその三つに共通するのは怖ろしさ。いや、薬叉女は菩薩のように描かれることもあるから一概に言えねぇか。

 

 そんな風に軽く現実逃避をしながらも、煙草をくわえている平塚先生には関係ないこと。怒りが溢れ出ないように表情の薄皮一枚あたりでギリギリで堰きとめているそれを何とかしなければならないだろう。

 

「比企谷、察しの良い、君のことだ。私が何を言いたいか、わかるな?」

 

「さ、さぁ……?」

 

 瞳から眼光が放たれる。中学生あたりが見れば腰を抜かすほどに怖い。

 

『こ、怖い……』

 

 幽霊もびびり上がるほどの威圧。背後霊の役割はしてても守護霊の役割は果たせそうに無い幽霊である。

 

「まさか、わからないとでも?」

 

「ノー! サー! 違います違います、わかってますよ、ちゃんと、アレでしょ、アレ。書き直します!」

 

 俺が言っているのは職場見学希望調査票のことだった。兼ねてから俺の新しい夢となった駐車場経営という不労所得への筋道のために見学先を『家』と書いたのが間違いだったのだろう。駐車場経営は現場でしてるんじゃない、家でしてるんだ! とばかりに熱い思いを書き連ねたつもりが大変に不評であったらしい。

 

「はぁ、当たり前だ……まったく、君といったら。奉仕部に入って多少は変わったと思ったが全然だな」

 

 そもそも変わるつもりはないのだが、口に出してしまえば要らぬ怒りを買いそうなので叩きそうになる軽口を漏れないように努める。

 

「やはり少しは教育的指導も考えて見るべきだったな。家電と同じように叩けば直ることもあるだろう」

 

「いやいや昭和時代の白黒テレビの話をされてもちょっと……流石にそれは年齢が──はっ!?」

 

「ダークネスフィンガァーッ!!」

 

 ごぅっと腹に五本の指をつきたてられる。幸いに鍛えていたおかげか小さく呻く程度ですむ。対照的に平塚先生は予想外の感触だったらしく突き立てた指を振ってふーっふーっと冷やしていた。

 

「……いてて、いや、驚いたぞ。思ったよりも腹筋が固いな。どうやら最終奥義クラスをやらねばならないらしい」

 

 こぉっと息を吸い込みながら指をポキポキと鳴らし始めたので即座に頭を下げる。

 

「す、すいませんでした、素直に書き直します」

 

「別に遠慮しなくてもいいんだぞ?」

 

 そもそもラブラブ天驚拳を撃つには相手が居ないんじゃないか? と思ったがぐっと堪える。軽口を言った先の未来にはろくな結末は想像できない。

 

「え、遠慮しときます」

 

 俺の返答に満足したのか再び吸いかけていた煙草を口に運ぶ。

 

「君の腐った性根をどうやら私は過少評価していたみたいだ。まさかここまで変化がないとは……。奉仕部で過ごした一ヶ月は退屈だったかね?」

 

 その言葉に俺は肯定を示せるわけがない。あまりにも刺激が多すぎた一ヶ月。春の頭は神から始まり、部活へ入部し、怪人に襲われ、犬に後をつけられ、呪いを受けては返し、悪夢に巻き込まれ、そして女子高校生と共に鎮魂の儀を行う。さらにはGWには一悶着あったというのだからこれで退屈だと思えるわけもない。

 

 せめてもう少し平穏をくれ、退屈くれと懇願するほどに慌しく過ぎ去った春はもう二度と体験したくはないほど。

 

「……刺激的な毎日ですよ」

 

「その割には何の変化も見られないのだが」

 

「まぁ、刺激を受けても変化をするつもりが無いですからね。俺はずっと俺のままで変わらない様努めるつもりですし。そういう勝負でしょ」

 

 殆どが存在を忘れていた雪ノ下の賭けを持ち出して良いように使う。

 

「はぁ、頑固な汚れだな君は」

 

「……普通そこは、頑固だな、君はでいいんじゃないんですか? 余計なもんついてますよ」

 

「汚れだな、君は」

 

「汚れ付きぱなしじゃねぇか……掃除くらいしてくださいよ、そんなんだと嫁に──」

 

 口が滑った瞬間にしまったと迂闊さを呪ってしまう。視線を滑らせれば、拳の甲を見せつける先生の姿。

 

「いけますよね。よくよく考えればそういう男女の格差って少なくなってますし。先生みたいなバリキャリだったら男なんてより取り見取りですよね。やっぱり世の中の女性進出に関してはメリットばかりですから、これからより良い世の中になるよう俺も貢献していこうって思います」

 

「……見逃してやろう」

 

 先生がふぅぅぅッと気炎を霧散させるかのように大きく息を吐く姿を見て安堵する。

 

「とにかく職場見学の希望調査票は書き直しだ。それと私の心を傷つけた君には罰を与える。調査票の開票を手伝ってもらう」

 

「……はい、わかりました」

 

 目の前には山のように詰まれた書類。それを一枚、一枚と数える。皿でもないので二枚に増えることもない。九枚数えれば死んでしまうという話もなければひたすらに黙々と一枚、また一枚と仕分けることに。

 

 さぼろうにも隣で黙々と同じように開票している平塚先生がいるのだから、逃げることも許されない。身近にホラーがある身としては数えている内にホラー現象に巻き込まれて発狂でもすれば逃げられねぇかなと思ったが、結局のところそっちの方が酷い目にあっているので大人しく何も起きない現状に満足して黙々と仕事しよう。

 

 そうして手元の進路表を仕分けていると。

 

『うーん、暇だなぁ、手伝ってあげようか?』

 

 両手を両足を空中で伸ばしながら暇をアピールする幽霊はそんな提案をしてきた。監視者にばれないように唇を動かすだけで言葉を伝える。

 

「どうやってだよ」

 

『え? ほら、紙束を全部吹き飛ばしちゃえばよくない? そうすれば目の前の仕事はなくなるって寸法!』

 

 よくねーわ。目の前の仕事は一旦は消えるかもしれないけど、拾うといった余計な仕事が増える。しかも拾ってきたなら消えたはず仕事が元に戻ってる、何一つとして解決しない上に手間がかかるだけ。

 

『ふふん、甘いね、八幡くん。今の私くらいになると拾えないくらいに吹き飛ばすことはできるのさ!』

 

 性質の悪い悪霊である。人様に迷惑をかけるという部分は特質として余りにも似合いすぎる。幽霊が余計なことをしないように視線で釘をさしながら手元は動かし続ける。

 

「ん? どこを見てるんだ」

 

 監視者である平塚先生がこちらの様子を訝しげに見つめてきた。

 

「あー、いや、なんでもないです……にしても、なんでこんな時期にやるんでしょうね、コレ」

 

 俺は話を逸らすために手元にある紙の束を使う。しかしながら口に出してみれば実際に職場体験が中間試験直後にあるのは確かにイベントの詰めすぎ感がある。実際に現在はテスト期間前。少しでもテスト勉強をしなければならない現状に俺は職場見学の雑事を手伝っていた。

 

『八幡くん、それこの前のホームルームで先生が言ってたよ』

 

 ホームルーム? ホームってどういうことだよ、俺が常々にアウェーなのに幽霊如きが混じれちゃうわけ? そもそもホームルームの号令で毎回毎回俺のときだけアウェーに対する糾弾どころかチャンネルが違うとばかりに静まりかえる。そう考えればアウェーですら遥か彼方。

 

「比企谷、夏休みが終われば三年次のコース選択があるのは聞いてたか?」

 

「あー、そういえばそんな話が」

 

 嘘である。全然、聞いてなかった。その証拠にきちんと聞いてであろう九音が『嘘つき……』と小さく呟いていた。後で聞いてた幽霊に詳しく聞けばいいか。

 

「その為に明確な将来の目標を持って貰うためのこの時期だからこその職場見学だ」

 

 平塚先生は小さく付け加える。その有効性は疑わしいものだが、と。タバコの煙で遊びながらそう呟いた。

 

 近い将来ではないのだろう、俺の通う高校は殆どの生徒が進学を選び、そして実際に進学する。最短で五年、そんな未来の話をすれば鬼は笑うどころか、呆れ果てること。そんな希薄すぎる未来図を描いている生徒など本当にごく少数である。やはり、他の生徒と違い、将来の目標を確りと練っている俺は生真面目で模範的な優等生といえるだろう。

 

「……君の駐車場経営という目標もこれを期に少しでもまともになるといいなぁ」

 

 平塚先生は俺に言ってるというよりかは愚痴のように零していた。まるで駐車場経営がまともではない言い方にぷんすかしてしまう。

 

『……いや、職業差別するわけじゃないけどさ。駐車場経営を目標としている高校生は君くらいだよ』

 

 普段からアウェーである俺はいつもどおり、ここでも少数派であった。

 

「それで、君は? 文系と理系。どちらにするんだ?」

 

『……聞かなくてもわかるでしょ。流石に八幡くんの成績じゃあ理系に進めないよぉ。私立文系くらいしか無理なんだよね』

 

 事実だけど、ほら、俺も頑張れば出来るかもしれねぇじゃん。

 

『頑張れば出来るかもしれないけど、頑張るの?』

 

 正論すぎてどうしようもなくなる。

 

「ん? 比企谷? それでどうなんだ?」

 

 ついつい幽霊と話し込んでいたせいか先生に答えるのを忘れていた。

 

「えっと、俺は──」

 

「こんなとこいたー!」

 

 俺が答えるよりも前に大きな声が響く。声の主を確認してみれば新しい奉仕部部員の姿。明るい色の髪をお団子状に纏め、短めのスカートと二つ三つ開いた胸元のボタン、そこから上に視線をずらせば整った顔がある。その顔から伺える感情は不機嫌。これでもかとばかりに頬を膨らませている──そして、視線をずらせば同じように頬を膨らませている幽霊。

 

 九音は由比ヶ浜のことを余り快く思っていないようだ。そもそも由比ヶ浜だけでなく近づく存在全部に対して敵対的だからいつも通りといえはいつも通りか。

 

「あぁ、由比ヶ浜か。ちょっと比企谷を借りているぞ」

 

 平塚先生のそんな言葉に由比ヶ浜の顔がみるみる内に赤くなっていく。

 

「えっ? あ、うぅっ、そんなに仲良さそうに見えます? いやー、そんなぁー」

 

 くねくねと身を揺らす彼女に対して隣から怨念じみた呟きがぶつぶつと聞こえてくる上に平塚先生もこの反応に予想していなかったのかどうにかしろと視線を寄越してくる。いや、俺に振られても。

 

「えーっと、そのぉ、痛っ! ゆきのん、つっつかないで! 地味に痛い!」

 

「そう。あなたがいつまでも突っ立って、話が進まないから教えてあげてるのよ」

 

「えー……なんだっけ?」

 

 由比ヶ浜の後ろから現れたのは雪ノ下雪乃。校内では知らぬ者が殆どいないであろう少女が顔を出す。その表用はいつものように怜悧。

 

「まぁ、いいわ。いつまでたっても貴方が部室に来ないから心配してたのよ。私が」

 

「……んっ? ゆきのん、私も心配してたよ、私も!」

 

「あら、そうだったかしら?」

 

 小首を傾げる仕草さえビスクドールのように整っている。そんな二人が心配したどーのこーのと言い争う姿を勘違いでもすれば俺がモテているとでも思い込んでしまえるだろう。

 

 それは否。

 

 残響で残滓で残留思念。雪ノ下は怪人の怨念を、由比ヶ浜は呪い返しを。そんなオカルト絡みで好意の残り香。そうである以上の事柄は存在しない。だから期待なんて持たない。期待しても意味がない。仮に期待を持ったところで俺が足山九音といる限りはまともな関係など作れるわけもない。ただただ消えると判っている代物を惜しんで手を伸ばすことを俺はできないのだから。

 

 俺は俺自身が腐った蜜柑であることを人に言われずとも自覚している。誰よりも判っているのだ。

 

「そうそう! だから私もヒッキー探すために私、色んな人に聞いて回ったんだから! 「比企谷、誰?」って人と「比企谷、あぁ、あのヤバイって噂の」って」

 

「貴方、聞いている以上に悪評酷いわね」

 

 諸悪の根源は雪ノ下の一言に私は関係ないとばかりに下手糞な口笛を吹く。一瞬だけ二人が来た瞬間に凄い表情をしていた九音は今の話を聞いて完全に素知らぬ顔。実に良い根性をした女である。まぁ、いい。

 

「だ、だからさ、ヒッキー……。そのアドレスとか交換しない? そ、そしたら連絡とか取りやすいし、色々と便利だし!」

 

 少しだけ早くなる口調。由比ヶ浜はもじもじと恥ずかしそうに両人差し指を遊ばせていた。

 

「まぁ、別にいいけどよ」

 

『よくないよ! ぜんっぜん良くないよぉ、そこは断れよぉ、交換する理由がないでしょぉ』

 

 いや、あるだろ。今、由比ヶ浜の言ったとおり、部活の連絡取りやすいし。他の人間に見られないよう俯いて唇だけ小さく動かす。俺の意図は伝えたい相手に伝わったらしく。

 

『馬鹿馬鹿っ! 真面目かっ! 素直かっ! 業務連絡にかこつけてプライベートな連絡取るなんてリア充の常套句じゃないかっ! そんなの駄目でしょ! 脳破壊されちゃう!』

 

 なんかアホが騒ぎ始める。大体、脳破壊って何だよ。携帯を取り出して、由比ヶ浜と連絡先を交換しようとする。しかし、俺の携帯は赤外線の対応していないようで。

 

「……すまん、俺スマートフォンだから赤外線ついてねーわ」

 

「じゃあ、手打ちかぁ」

 

「そもそも連絡取る相手なんて多くはいないしな」

 

 そう言って俺は机の上に由比ヶ浜の携帯を置く。そのままアドレス画面を確認しながら慣れない手つきで打ち込む。

 

『遅っそいね、しょうがない、指を楽にして。私が代わりに打ってあげるからさ』

 

 九音の言の通り、指先から力を抜く。力が抜けたせいか手からするりとスマホが落ちる。

 

『狙い通り!』

 

 俺は膝をぐっと沈めるように曲げて、地面に落ちる前に逆の手で何とかキャッチする。

 

『ぎゃわー! なんで反射神経いいかな! 私の粉砕! 玉砕! 大喝采作戦が……』

 

 誰から喝采されんだよ、それ。自画自賛じゃねぇか。立ち上がり、ズボンのほこりを払っていると三人の視線に気づく。

 

「……なるほど、確かにこれは奇行ね、これは」

 

「ヒッキーさぁ、何してんの」

 

 同じ部活動に所属する女子二人から怪訝な物を見る視線。

 

「いや、手が滑って……」

 

 俺の言い訳に対して怪訝に平塚先生が反論してくる。

 

「傍から見たら、君がわざと携帯を落として、逆の手でキャッチしたかのように見えたが」

 

「ま、まぁ、そういう側面もありますよね」

 

 反論しても碌なことにならないと判断した俺は黙って、三人と一匹の視線の中で俺は大人しく由比ヶ浜のアドレスを入れ続ける。

 

「ヒッキー、マジで慣れてないねー。あんま連絡とか取らない感じ?」

 

「……まぁ、中学の頃から携帯持ってたけど連絡取る機会なんて滅多になかったからな」

 

「へ、へぇ……じゃあ女子からも連絡とか無かったんだ。確かにヒッキーが女子と連絡とか想像できないし」

 

「ば、ばっか、取り消せよ、今の言葉。俺だって女子と連絡くらいとったことあるっつーの」

 

 俺は由比ヶ浜の言葉に反論すべく過去のことを思い出す。それは中学時代の頃の記憶。

 

「そうだな、あれはおよそ半年前の話だ。俺はとあることを切っ掛けに一人の女子高生……いや、多分女子高生なんだろうな。本人はそう言っていたし。一応、ウェブサイト上で知り合った女の子と頻繁に連絡を取るようになった」

 

『やめなよぉ、八幡くんぅ、それ恥かくだけじゃん』

 

 幽霊がそれ以上言うなとばかりに警告をしてくる。ここまで言われては俺も引けない。男には引けない時ってのがあるのだ。

 

『多分、それ今じゃないよぉ……』

 

「その子とは頻繁に連絡を取っていた。朝も昼も夜も。どんな時間でも即座に返信してくれる女の子だった」

 

 俺は遠い目をして思い出す。

 

「あ……。そういえば半年前くらいにヒッキー、授業中も携帯ずっと弄ってて先生に怒られてたっけ? えっ、あれって女の子とずっとメールしてたの!」

 

「……あぁ、恐らく」

 

 俺の言いよどむ姿を見て、雪ノ下が怪訝そうな表情を浮かべていた。

 

「先ほどからやけに歯切れが悪いわね」

 

「あぁ、ウェブで知り合った子だからな。実際にあったことはなかった。その子はあまりにも返信が早いんだよ。いつもメールをしては三十秒で返信がくる。朝も昼も夜も──そして、深夜にもだ」

 

「えっ、ちょっと、やめてよ、ヒッキー。なんかつい最近、似たような展開聞いたことがあるんだけど」

 

「おかしいな、へんだよなって思いながらメールを打っていたんだ。あまりにも相手の返信が早いことにまるで相手側は常に携帯を見ているかのような、見張られている感覚に陥っていた。想像してみろ、顔も合わせたことのない男のメールだぞ? それを二十四時間待ち続けるなんてあるか、普通? 俺も流石におかしいと思って登録した相手のメールアドレスをよーく見返したんだ。あれ、おかしいな? これは既視感? うっすらとだが何だか見覚えのある。なんだこれは──そして気づいた。気づいたときにハッとした。それこそ俺は目を疑ってしまう、見間違えかと、何かの間違えかと考え込んでしまう。なにせそこに書いてあったハズのメールアドレスは俺の使っていたメールアドレスだったんだから。登録したのはずっと前過ぎて、よく見なけりゃ覚えていないようなアドレスだった。俺は慌ててずっと使っていなかったパソコンサイトのメールボックスを開いたよ。そしたらそこには俺の送ったメールと、俺の打った覚えのないメールが、俺に送られていたメールが大量にあったんだんだからな」

 

「えっ、こわ……えっ? 意味わかんないんだけど、えっ? ヒッキーのメールアドレスを使ってヒッキーにメールを送っていた……。? 誰が? えっえっ?」

 

「俺はそれ以来、謎の女の子自称Kさんとは連絡を取るのをやめたって話だ。つまり、俺は女子連絡とったことくらいあるっつーわけだ」

 

「それを女の子とカウントしてもいいのかしら。情けなくならない?」

 

「バッカ! あんなに俺のことを理解してくれたり優しくしれた女の子は後にも先にもあの子だけだっつーの。あんな気遣いが出来る子なかなか居ない。性格いいし、器量良しだし、人の話聞いてくれる優しい子だし、返信もきちんとしてくれるし」

 

『……っぅ! はいはいこの話やめやめ!』

 

 顔全体を真っ赤にして話題を取りやめようとする幽霊。自分以外に不寛容な女幽霊がこの話題やめとばかりに手を振っている。いや、怒りすぎだろ……。とはいえ癇癪起こす前に引いておくか。とりあえずアドレスを打ち終えて由比ヶ浜に携帯を返す。

 

「比企谷……その私と連絡先を交換するか? ちゃんと返信するし、ちゃんと存在するぞ? ほれ」

 

 そう言って今度は平塚先生が。

 

「そんな優しさいらないんですが」

 

 哀れみのこもった先生の視線にそう答えるも「いいから、打ちたまえ」と半強制的に。打ち終えて平塚先生に携帯を返せば、ふと雪ノ下が不機嫌そうな表情を浮かべていることに気づく。

 

「あなた、私のメールには返信遅いじゃない」

 

 拗ねるような口ぶりで呟かれた言葉は俺だけではなく由比ヶ浜や平塚先生の耳にも届いていた。

 

「えっ!? ヒッキーとゆきのんってメールしてるの? あ、意外とかじゃなくて」

 

 わたわたと手をふる由比ヶ浜。平塚先生の方はどこか感心したかのように「ほぅ……」と意味ありげに納得していた。

 

「別に変なことではないでしょう? 同じ部活動に所属しているのだから」

 

「そだよね、そっかー……じゃあ、ヒッキー、私も何かあったら連絡するね」

 

「あぁ、何かあったらな……」

 

 新しく登録された連絡先を見返してみればそこには。

 

 ☆★ゆい★☆

 

 完全にスパムメールじゃん。これってポイントか何かを買わないと送信できないやつでしょ? とてもビッチ臭さを感じる文字列を見なかったことにした。

 

 俺は引き続き、雑用に入ろうとする。残りは十数枚程度か。

 

「あー、比企谷、もういいぞ。ご苦労。手伝い助かった。部活にいってきたまえ」

 

 未だに憐憫めいた視線を受けてしまう。先ほどの話が影を引きずっているのか、憐憫めいた優しさがひしひしと伝わってくる。しかしながらしなくて良いと言われた仕事はしない主義だ。なんなら、しなきゃいけない仕事までしない。そんなわけで残りを平塚先生に素直に任せるとしよう。

 

「うっす、部活いってきます」

 

 鞄を拾い上げて、歩き出すと並ぶように雪ノ下と由比ヶ浜が。九音は歩き出す俺の背中におぶさるように憑いてきては未だにぶつぶつと何か言っている。たまにこういう不意打ちはキツイだの、そういうのもっと普段から頂戴だとか。とりあえず、独り言である以上、俺には関係ない話なのだろう。というか独り言言いながらでもきちんと憑いてくる辺りこいつの中で俺の背中に張り付くの習慣化してんな。

 

「あー、あと、比企谷。伝え忘れていたが、今度の職場見学は三人一組、好きなやつと組んでもらう。そのつもりでいたまえ」

 

 俺はその台詞を聞いて愕然とし、目の前が暗くなる。

 

「困ります、先生……家にクラスのやつが来るなんて絶対にいやだ」

 

「あくまで君は家にこだわるのか。てっきり好きな奴と組めって言われる方に反応すると思ったよ」

 

「大丈夫です。いまさら好きな奴がいなくて組めない程度、ぜんぜん気にしませんから」

 

「いや、気にしようよ、ヒッキー……」

 

 呆れる由比ヶ浜に向かって俺は一つの真実を懇々と説明することにした。

 

「いいか、由比ヶ浜、世の中の天才ってのは孤独なものだ。才あるが故に周りの人間との同じスピードで生きていけねぇンだ。そこを無理に人に合わせて才能を殺すことよりも才能を活かすために一人で居続ける。つまり頭の良いやつは総じてボッチであると言える」

 

「そうなの? だからゆきのんも……」

 

 由比ヶ浜はうるうると雪ノ下の方向を見ていた。次の瞬間、ガバッと雪ノ下に抱きつき。

 

「大丈夫! これからは一人じゃないからね! あたしがいるから!」

 

「や、やめて頂戴、暑いわ、由比ヶ浜さん……」

 

 そんなユルユリする二人を置いていきながら俺は部室棟の隅へ。それにしても職場見学は真面目に考えるべきだろう。少なくとも家と書いておいて却下された後に病院とかなったら嫌過ぎる。とりあえず選択可能な範囲から安全な場所に行ける様最善を尽くさなければ。

 

 何事もなく五月は終えれればいいな、と心の底から切に祈る。果たしてその類の祈りが届いたことなどあったのか、そんなことは考えないようにして。

 

 

 

 ~~~~~~~~

 

 奉仕部部室からはグラウンドがよく見える。見えるということは同時に声が聞こえるということも同義で、少なくともファイオなのかエイオなのかよく分からない単語が遠くに聞こえる現在は穏やかな時間と呼んでも差し支えないだろう。

 

 他にも楽器の音や運動部のホイッスルは青春の音が聞こえる。そんな音を耳にしながら奉仕部部員たちは何をしているかといえば、ほんと何もしていない。

 

 パイプ椅子に座る俺は少し前から興味があった総武高校周辺の地理に関する本を読み、雪ノ下は革のカバーで文庫本を、由比ヶ浜は携帯を弄っている。しかしながら、この部室内の構図はどうにかならねぇのか、と思わなくも無い。

 

 雪ノ下、俺と並び、机を挟んで対面には由比ヶ浜になっている現状。二人とも教室の隣の席より遥かに近い位置にいて少し動くたびに女の子特有の甘い匂いがするのだから身体に悪い。

 

 正直、部室でダラダラするだけで俺のストレスというか、緊張で酷く身体に負荷がかかる。

 

『……いや、いつからこの世界は青春ラブコメになったのさ! はーんたい! こんなのはーんたい!』

 

 耳元でぎゃーぎゃー騒ぐ、幽霊の煩さに鼓膜が破れそう。首に腕を回して、背後から反対反対と五月蝿い幽霊。じゃあ、どうにかしろよと言って幽霊にお願いでもすれば大事になるのは明白。かといって俺がどうにか出来るような出来事でもない。なんて無力なんだろうか。

 

 本から目を逸らして、呆けていると対面から小さくため息が聞こえた。けれど、そのため息が深刻なのは普段の彼女の様子を見ていれば判りやすい。

 

「……どうかしたの? 由比ヶ浜さん」

 

 同じく由比ヶ浜の様子に気がついた雪ノ下が声をかける。文庫本から顔をあげては溜息の水元に注目が集まる。

 

『はーんたーい! かーえーろーよー! せめて距離をはーなーせーよ!』

 

 唯一、由比ヶ浜に欠片も興味を持っていない九音はあーだこーだと耳元で騒ぐ。

 

「あー、うん、なんでも、ないんだけど。いやー、ちょっとさー、変なメールが来たからうわってなっただけ」

 

 切れ切れに、言葉を選びながら理由を述べる。

 

「比企谷くん、そういう卑猥なメールを送るのは感心しないわ。裁判沙汰になるわよ? どうしてもって言うのなら一度、私に送りなさい。内容によっては考えてあげるから」

 

 冤罪にもほどがある。

 

「待て待て、俺じゃねぇよ、俺じゃ。証拠を出せ、証拠を」

 

「比企谷くん、迂闊にそういうことを言わないこと。証拠を出せ、ほら見ろやっぱり俺じゃない。ここまで来ればもう大丈夫。ゲームかなんかわかんないけれどよ、さっさとここから出せ。帰ったら皆でパーティーでもしようぜ。こんな台詞を言った人は大体死ぬわ」

 

「ヒッキー死ぬの!?」

 

「えぇ、裏切っておいて素知らぬ顔で過ごすかと思えば次の瞬間に死んでいたわ」

 

 死なねぇよ。何の本読んでるんだ、こいつは……。

 

「あー、でもヒッキーが犯人じゃないと思うよ?」

 

 由比ヶ浜の擁護に雪ノ下は「証拠は?」と視線だけで訴える。

 

「んぅー、なんていうか内容がクラスでのことなんだよねー。だからヒッキーは無関係!」

 

「なるほど」

 

『ほら見ろ、やっぱり八幡くんは犯人じゃないじゃないか!』

 

 やめろよぉ、お前……雪ノ下の述べた死亡フラグを確りと踏んでいく幽霊に呆れた視線を向けてしまう。

 

「いや、お前らさ、俺、二年F組だからな。F組」

 

 全員がきょとんとしていた。なんなら幽霊も。あたかも俺がおかしなことを言ったかのような雰囲気に包まれる。

 

「まぁー、でも、こんなの時々、あるからさ。あんま気にしないようにしよーっと」

 

 そう言って携帯をパタンと閉じる由比ヶ浜。いや、強引すぎない? 俺の自己紹介どこいったよ。なんならもう一度、ここで俺が自己紹介始めるか? しかしながら俺のそんな拗ねた感想など誰一人として興味なし。

 

 それにしても、時々か。

 

 時々、そのようなメールが飛び交うというのは友達という存在に縁遠い俺からしてみればよくわからない出来事である。そんな俺では想像もつかないメールを見てどこか意気消沈している由比ヶ浜は気分を切り替えるように大きく伸びをした。

 

 そしてすぐさま一言漏らす。

 

「……暇」

 

 暇つぶしアイテムが消えた由比ヶ浜はだらりと椅子にもたれかかる。強調された胸が見えて目のやり場に困ってしまう。

 

『なら、見るなよ、逸らせよ、殺すぞ』

 

 耳元でドスの利いた声を出されて、そっと視線を逸らす。そして逸らした先には雪ノ下。彼女もどこか冷たい視線で此方を見ていた。

 

「……比企谷くん、あなた、顔にでるのだからそういうのやめなさい」

 

「な、なんのこったよ! 証拠を出せ、証拠を!」

 

「死にたいの?」

 

 俺はついぞ黙り込んでおとなしく手元の本を読み始める。つい胸に目がいっただけなんだから仕方ねぇだろ。というか、雪ノ下が気づいているのであれば勿論、見られていた本人は。

 

「……ヒッキーのえっち」

 

 胸を両手で隠すように此方を非難してきた。こんなの罠でしょ。けれどもこれ以上、言葉を続けても自分で自分を擁護できる気がしないのでそっと黙って手元の本に目を戻す。

 

「はぁ……由比ヶ浜さん、することがないのなら勉強でもしたら? 中間試験も近いことだし」

 

 雪ノ下の言に由比ヶ浜は少しだけ俯き、気まずそうに視線を逸らしては小さく意見を口にする。

 

「べ、勉強とか意味なくない? 社会に出たら使わないし」

 

「うっわ、出たよ……」

 

 顔を上げて放った俺の絶句に由比ヶ浜は頬を膨らませて睨んでくる。

 

「べ、勉強なんてあんま意味ないってば! 高校生活は短いし! そういうのに時間かけるならもっと他のことに時間かけるべきだよ! 友達とか! お洒落とか! 恋愛とか!」

 

 な、なんて頭の悪いのラインナップだ。俺は戦慄した視線を由比ヶ浜に送ってしまう。

 

「由比ヶ浜さん。あなたの言いたいことは全部わからないわけでもないわ。それでも勉強を疎かにする理由にならないと思うの。別にあなたが勉強に意味がないと思うのならそれでいいと思う。勉強をするなんて人それぞれでしょうけれど。けれどね、由比ヶ浜さん、あなたにとって意味の無い勉強でも誰かにとっては必要なことなのかもしれない。あなたの意見が必ずしも大多数とは限らないわ」

 

 大人の意見だった。どこまでも割り切って、自分と他人を境界線引いた雪ノ下らしい意見ではあった。だから、バツが悪そうなのは由比ヶ浜。本人も判っているのだ、その大人の意見は至極正しいのかもしれないと。けれど大人じゃない俺たちには雪ノ下の意見はあまりにも遠すぎる。

 

「ゆ、ゆきのんは、さ……頭もいいし、可愛いからそんなこと言えるんだよ。あたしって、あんま勉強に向いてないし……みんなだってしてないって言うし」

 

『いや、周りの勉強してないってのはアピールでしょ……普段は空気読めるのになんでこういうことは馬鹿正直に信じてるの、この二号はさ』

 

 まぁ、仮にも進学校ではあるからな。それなりの勉強は皆しているのだろう。由比ヶ浜のもしょもしょとした言葉に雪ノ下の視線はどんどんと細くなっている。それに気づいたのか慌てて手を振り。

 

「や、で、でも、ちゃんと頑張ろうって思うよ! そ、そういえばヒッキーって勉強してるの!」

 

 流石は由比ヶ浜、怒られる空気を察して颯爽と俺に矛先を向けてきた。ふふん、舐めるな、ボッチの俺は普段から勉強くらいしかやることねぇからな。最後に家で教科書開いたのいつだっけ……

 

「してないこともないかもしれない」

 

「それ、絶対にしてないやつだ!」

 

「俺だって出来るんならやってるわ、色々とマジで、色々と忙しいんだよ……」

 

 俺の切実な言葉に事実を知ってる九音だけが『いやー、マジで最近は勉強してる暇ないよね……』といってくれる。別に毎晩毎晩と怪事件に襲われるわけではないが、その後始末やら編纂やらをしている身である。多少は出来てはいるものの、少なくとも一年の一学期、二学期に比べると学業に割く時間は激減している。

 

「ま、それでも俺は文系なら勉強しなくても積み重ねてきた分で大抵カバーできる」

 

「えっ、ヒッキーって成績いいの? またまたぁ」

 

「そうね、テストが文系科目だけだったら問題なかったわね」

 

 雪ノ下の追撃にげんなりする。マジで理数系あたりは赤点を取る気がしている。

 

「うぅ……でもそっかぁ、ヒッキーも得意科目あるんだ。あたしだけがバカキャラなんてやだなぁ」

 

「そんなことないわ、由比ヶ浜さん」

 

「ゆ、ゆきのん……」

 

 由比ヶ浜の自虐を雪ノ下は真剣な顔で否定する。由比ヶ浜はそんな雪ノ下に対してきらきらと目を輝かせては子犬のような目で見つめていた。俺と九音はそんな由比ヶ浜をアホを見るかのような目で見つめていた。

 

「あなたのはキャラではなくて真性のバカよ」

 

「うわーん!」

 

 地団太を踏むかのようにぽかぽかと机を叩き、足をばたばたとさせている。

 

「別に試験の点数や順位が絶対ではないと言ってるのよ。そういうもので人の価値を計る方がバカだといってるの。確かにあなたは試験の成績はよくないけれど、良いところも一杯持っているでしょう?」

 

「ゆ、ゆきのん……!」

 

 情緒滅茶苦茶かよ。下げて上げられる由比ヶ浜は今度こそきらきらとした瞳で雪ノ下を見つめ、近づいていってはハグする。

 

「ちょ、ちょっと、暑苦しい、離れなさい、由比ヶ浜さん」

 

「ゆきのーん!」

 

 そんな二人の様子を見ながら九音は。

 

『さっむさっむ。女の友情ごっことか冷めるぅ。うー、さぶさぶ、ねぇ、知ってる、八幡くん? 女の敵って大抵の場合女なんだよ?』

 

 この光景見て罵倒でるのお前くらいだわ。

 

『そうでもないと思うよ? んふふ、八幡くんは可愛いなぁ、なんだかんだ言って女の子に幻想抱いているとこほんと好き』

 

 どこか小馬鹿にした様子の揶揄。だが、俺としてはお前に何度と女の子に対する幻想を壊されたのか、と言い返したくなる。

 

『まぁ、そのうち壊れるんじゃない? こんな表面上の友情ごっこなんてさ。だっていつだって私たち見てきたじゃん』

 

 そうだとしても雪ノ下と由比ヶ浜がそうだとは限らない。

 

『そう? そうだといいね、くすくす』

 

 これ以上は水掛け論になると思い、俺は口論にもならなかった何かを忘れることにした。

 

「――で、比企谷くん、聞いてる?」

 

「……悪い、それで?」

 

「だから、あなたの進路よ。少しは考えてるの?」

 

「あー、私立文系くらいだな」

 

 先ほど、平塚先生とは完結できなかった会話を補完する。幽霊の言うとおり、理数系が完全に足を引っ張っている現状で俺の選べる大学の選択肢は少ない。

 

「そう、具体的には?」

 

「あー、家から通える場所……?」

 

 雪ノ下の問いかけに俺の希望理由を述べると何故かメモをとってる。そのメモが何なのか、ちょっと怖くて突っ込めない……。

 

「進路、かぁ……なんか、ゆきのん頭いいし、ヒッキーも頭いいみたいだから卒業したら会えなくなるかもって思っちゃうなぁ」

 

「……あなた、何のために連絡先を交換したの?」

 

「そ、そうだよね。いつでもメールできるんだし」

 

 俺はその二人のやり取りをどこか遠くで、違う世界で見ているような錯覚。多分、そう感じたのは疎外感だ。メールアドレス、電話番号でもあればいつでも連絡が取れるという当たり前の感覚が俺には余りにも懐かしい。連絡先を知っているのだから繋がりは切れていないという考え方があまりにも眩しい。あまりにも唐突にやってきたノスタルジックに目を細める。

 

「ヒッキー……?」

 

「ん……? あぁ、なんだ?」

 

「いや、だからさ。高校卒業してもちゃんと連絡取り合おうねって話!」

 

 再度として頬を膨らませて抗議する由比ヶ浜に俺は苦笑を浮かべて答える。

 

「あぁ、前向きに善処してみるわ」

 

「断るときの常套句じゃないの……」

 

 呆れたとばかりの雪ノ下。由比ヶ浜は俺の返答に満足していないらしく小さく「うぅーっ」と唸っていた。

 

 欲しい言葉を掛けられる程、気の利いた男でもなければ、思いついても気障に言える性格でもない、ましてや不正解ばかりしてきた俺の答えなど大体間違いでお茶を濁すかのように逃げる。

 

「そんなことより中間試験どうなんだよ、その様子じゃ全然手ぇつけてねーんだろ」

 

「あっ、うん……そうだ! 皆で勉強会しようよ」

 

 俺と雪ノ下は聞き慣れぬ単語が出てきたせいか疑問符を浮かべてしまう。

 

「そっ! 勉強会!」

 

「いや、勉強会って何すんだよ……」

 

「勉強会は勉強会だし! ほら、テスト一週間前は部活ないし、それに明日は市教研で半日だから明日とかいいかも!」

 

「まったく、急なんだから」

 

 呆れたような口ぶりではあるものの雪ノ下は参加するつもりらしい。確かに明日は教師陣が受講する市の教育研究会が重なっているせいか半日授業の予定ではある。ついでに部活動も休み。

 

『八幡くんっ! 断って! 断固として断って!』

 

 断れ断れ五月蝿い幽霊。しかしながら俺も自分の自由時間が割かれるのは抵抗があるために当たり障り無いよう断り文句を口にする。

 

「あー、明日はちょっと予備校で」

 

 これは事実。元々、予定していた出来事。近々通うつもりの予備校のパンフを幾つかもらい、雰囲気を掴む見学のために市教研の日を使うつもりでいたのだ。

 

「え"っ、ヒッキー予備校に行ってるの!? 早くない? まだ、二年だよ、しかも夜じゃないんだ……」

 

 由比ヶ浜は信じられないとばかりにこちらを見てくる。

 

「あら、比企谷くんが予備校に通ってるだなんて初耳だけれど」

 

「まだ通ってるわけじゃねぇよ、一応、いくつかパンフを貰って説明と施設内の見学に行くだけだ」

 

「なるほど。それ、私も付き合っていいかしら?」

 

「えっ、ゆきのん、勉強会は!?」

 

 唐突に裏切られたと目を見開いた由比ヶ浜に雪ノ下は。

 

「予備校回ってから勉強会を開けばいいじゃない」

 

「な、なるほどぉ……というか、予備校いくの早くない? 三年になってからじゃ駄目なの?」

 

「いえ決して早くないわ、予備校は高校一年の頃から通うのは二割強、二年になって通うのは三割程度、つまり予備校に通っている人たちのおよそ半数は二年生までに通っているの」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「えぇ、だからこの時期くらいに予備校を視野にいれておくのは悪いことではないわ」

 

 なんだろう、すっげぇ断りにくいわ。というか、俺の意見は? ねぇ、それ決定事項なの……?

 

「では、明日、授業が終わってから皆で予備校を幾つか巡ってから食事、勉強会ということでいいかしら」

 

「了解! じゃあさ、じゃあさ、プレナのサイゼでご飯たべようよー!」

 

「私は別にかまわないけれど」

 

「でもさー、奉仕部の皆でお出かけって始めてだよね! たのしみっ!」

 

「そうだったかしら……そういえば、そうね」

 

 俺を他所に盛り上がり始める二人。完全に確定事項として話が進み、俺はついぞ意見など言えずに黙り込んでしまう。

 

『いや、断れよぉ! 諦めんなよ! もっと熱くなってよ!』

 

 熱くなってるのはお前なんだが……

 

『いつもみたいにお得意の言い訳を駆使して断りなよぉ』

 

 ふっ、この幽霊は一つ勘違いしているな。

 

 俺が得意なのは謝罪であって言い訳ではない。むしろ言い訳は一度たりとも通じたことがないので苦手科目。

 

 補習受けなきゃ……。

 

 




※立夏は前中後編の三部作で章を予定しています
※月末までに完成できるよう頑張ります
※感想ありがとうございます。凄く励みになっています。単調なものしか返せない分、早く良いものを投稿出来るよう精進します。
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