足山九音が幽霊なのは間違っている。續   作:仔羊肉

6 / 7
立夏 弐

 予備校を三件ほど巡り、施設案内とシステムの説明を受ければ正午を回り、お昼を取るには少し遅い時間に俺たちはファミレスへ辿り着いた。

 

 午後一時半を過ぎて各々が注文した昼飯に舌鼓を打ち本題たる勉強会を始めることに。向かいのソファー席には雪ノ下、由比ヶ浜が仲良く肩を並べている。

 

 始まるまでは何か起きるかもと不安だった予備校見学も終わってみれば何のことはなく、むしろ見学後に適切に特色を纏めるユキペディアさんの意見は大変に参考になるもので、一人と一匹で来るよりかは遥かに情報面において有意義なものではあった。

 

『ふ、二人っきりの予備校巡りデートがぁ……』

 

 しくしくと、しくしくしくと。女幽霊らしくさめざめと泣いている九音を無視しながら昼食を取る。食事も終えてテーブルの上を片付ければ勉強会の準備が整った。しかしながら未だに誰も机の上に勉強道具を置いておらず、始まりは雑談から。

 

「いやー、ゆきのん、スクラップ……だっけ? なんか凄く勧誘受けてたよね」

 

「えぇ、有難いことではあるのだけれど」

 

 昨今の予備校事情などよく分かっていないが、それでも通う生徒を確保するのは大変なのだろう。それだけではなく実績という側面でも苦心しているのだから雪ノ下に対するアプローチはまるでプロ野球選手に対するアナウンサーのようだった。

 

 けれども話題の華となる少女の表情は浮かないもので言葉も歯切れが悪い。それに気づいたのか、由比ヶ浜は話を変えるかのように此方へ顔を向けてくる。

 

「ひ、ヒッキーはどこがいいとか決めた?」

 

「あー、家から近い場所……?」

 

「貴方ね……それならわざわざ回る必要なかったじゃない。ここにしなさい」

 

 そう言って雪ノ下がそっと差し出したパンフレットは俺の家からは遠く、彼女の家からめっちゃ近い場所であった。

 

「いや、ここ……」

 

 俺が指摘しようとすれば、雪ノ下はそっと目を逸らし。

 

「えぇ、私の家から近い場所だけれど、何か文句あるのかしら?」

 

 いや、文句しかねぇだろ……大体、俺の家遠いじゃん。文句を口にしようとした瞬間、まくし立てるように。

 

「良いかしら、比企谷くん。確かに予備校という場所で勉強するのはとても良いことだと思う。けれども限られた時間である以上、あなたのわからない問題に答えてくれる人が居て、時間を気にしないでもいい場所が必要だと思うの。つまり、授業でわからない場所が聞きにいけるという意味合いでは私の家が近いというのは非常に利便が良いわ。例えば部活が終わってから予備校が始まるまでの時間、予備校が終わってからの時間。その観点で言えば私の家が近いというのは私の教えを受けられるとの同義なの。つまり、比企谷くんが勉強に集中する上で最適な環境といっても過言ではないわね」

 

『過言だよ! 食われちゃう、こんなの雌狼の前に餌を差し出すようなものだよ、駄目駄目、絶対に駄目ぇっ!』

 

 雪ノ下の早口の説明に守護霊と化した九音が猛反発。というか俺としては別に四六時中勉強したいわけではない。そんなわけでもう一人の女子、由比ヶ浜の様子を伺いながら何とか断る方向に持っていかなければ。

 

 頼みの綱の少女を見れば真面目な顔をしている。そして何度かうんうんと頷いては口を開いた。

 

「……なるほどなー」 

 

 多分、わかってないやつ。由比ヶ浜がアホみたいに口から「なるほどなるほど」と零してはうんうん頷いている。多分、欠片もわかっちゃいない。

 

「由比ヶ浜さんの勉強も見れることだし、一石二鳥ともいえるわね。どう比企谷くん、ここ以外に無いでしょう?」

 

 いや、むしろそこ以外しかないのだが。けれども、頭を悩ませても大した反論など思いつかない。むしろ、家から遠いという圧倒なまでの不便さを差し置いて他の理由など些細なことで。

 

「ま、まぁ、今すぐってわけでもねぇし、家に持ち帰ってから考えることにするわ。ほ、ほら、かーちゃんとかにも相談しなきゃだし」

 

「そう……それもそうね、自分だけで決めれるものではないから仕方ないわ」

 

 俺の言葉に何か思うところがあるのか、どこか寂しそうに微笑む雪ノ下。

 

『ナイスだよ、八幡くん。クククッ、馬鹿め。ここで念書の一つや二つ書かせない詰めの甘さが貴様の敗因……私なら絶対に逃さないために絶対に報告することと相談するときは呼ぶことを紙に書いて貰うね。こうすれば八幡くんの通う場所は最低限でも知れるわけだし。クカカッ、ミス……圧倒的ミス……っ!』

 

 九音の言い分を聞いて、雪ノ下がどれだけマシな女なのか再認識。何だよ、念書って、怖ぇわ。肉の身体もなければ、見える人もそうそう居ない幽霊の束縛恋愛観に戦慄を覚える。

 

『ちょ、ちょっと、その引いた目をやめてよ! 私だってきちんと相談してくれる男の子ならそこまでしないよぉ。でも八幡くんじゃん、捻くれた言い訳ばっかで事後報告ばっかじゃん。そんなのこっちが不安になるでしょ。だから書かせるの念書! それで雁字搦めにするの! 私が悪いんじゃなくて、八幡くんがぜーんぶ悪い! カレカノ関係なら念書を書くのは普通だって! 彼氏の念書で日めくりカレンダーを作るなんて全然普通のことなんだからっ!』

 

 やっぱ恋愛とか青春ってクソだわ。日めくりカレンダーを見て『ほらこれ、去年のあなたの念書だよ?』って見せられんの? 病み極まりすぎでしょ……重いとかそんなレベルじゃなくて重量で彼氏死んじゃう……。さっさと話題を切り上げるべく俺は鞄から英語のノートと白紙の単語帳を取り出す。

 

「えー、もう始めるのー? ヒッキー真面目すぎ」

 

「真面目なのはいいことだろ。とりあえず飲み物とってくるわ」

 

 追加のドリンクバーを取りにいくため席を立ち上がる。セルフコーナーで氷を入れて、果実水を注ぐ。すると、同じく飲み物を注ぎに来ていたらしい雪ノ下がエスプレッソマシンを前にして挙動不審にきょろきょろしていた。

 

『……何してんの、あの女』

 

 カップを持ってうろちょろとする彼女に対して九音と同じような感想を抱く。

 

「……何してんだ」

 

 よくよく見れば雪ノ下の手にはカップと小銭が握られている。

 

「……ねぇ、比企谷くん。お代わりに来たのはいいのだけれど、どこにお金を入れればいいのかしら」

 

『は?』

 

 マジか。いまどき、ドリンクバーも知らない女子高生が居るとは。やべぇな、雪ノ下のことをちょっとしたお金持ちくらいに思っていたけれど、ちょっと想像出来ないレベルのお金持ちである可能性が浮かんできた。なんでそんな娘が市立高校に通っているのか。

 

「いや、お金かかんねぇから。ビュッフェとかバイキング? そのドリンク版」

 

「……なるほど、なぜバーなのかしらね。不思議だわ」

 

 や、そんなことを俺に言われても。よくわからない疑問を投げては雪ノ下がこちらに順番を譲ってくる。手に持っていたコップをドリンクバー近くの空いた場所へ置き、ホットドリンク用のカップをとってエスプレッソマシンにセット。そしてボタンをおして十数秒すればココアの完成。

 

「なるほど……」

 

 真剣にその様子を眺めてはキラキラとした視線を送っていた。そして続いて同じようにココアを注ぐ雪ノ下の様子を黙って見つめる。おっかなびっくりの様相で危なっかしい手つきながらも無事にお目当ての飲み物が手に入った彼女と共に席へと戻り、三人そろった所でいよいよ勉強会のはじまりはじまり。

 

「それじゃあ、始めましょうか」

 

 雪ノ下の合図に頷き、音頭を取った本人は鞄からヘッドフォンを取り出して装着。俺はMP3のイヤホンを片耳にはめて、余りはイヤホン口を上にして肩の上に。肩の上に頭を預ける九音は目を瞑って音楽に耳を傾け始めた。

 

 さて、英単語帖から作るか、と筆箱からシャーペンを出した瞬間。

 

「はぁ!? なんで音楽聴いてるの、二人とも!」

 

 由比ヶ浜が信じらんない! とばかりに驚愕の表情を浮かべていた。

 

「いや、勉強の時は音楽くらい聴くだろ……いい感じに集中できるし」

 

「私もそうだけれど。音楽がだんだんと消えていく感覚は集中力の深さに対する証拠でモチベーションだってあがるのだし」

 

 俺と雪ノ下の意見を聞いて、由比ヶ浜はバンバンと机をたたいて違うと否定。

 

「そうじゃないから! 勉強会ってこんな感じじゃないよ、きっと!」

 

 どうやら由比ヶ浜が想像する勉強会とはイメージ像が全然違うらしい。

 

「じゃあ、どんなのが勉強会なんだよ」

 

「えっと、わからない所を質問したり、出題範囲確認とか、情報の交換とか。あと偶に休憩したり、雑談したりかなぁ」

 

 なんで勉強してんのに常に口が開いてんだよ。手を動かせ、手を。

 

「喋っているだけじゃないの……」

 

 俺と同じような感想で由比ヶ浜を見る雪ノ下。常々多数派である由比ヶ浜は珍しく少数派となり、そんな少数派の少女は拗ねるように「うーっ」と唸っては納得がいってない様子。渋々ながら鞄から彼女らしい筆箱とノートを取り出しては此方と雪ノ下の様子をチラチラと伺っていた。

 

 俺も集中すべく手元の単語帳にテスト範囲の英単語をひたすら書き写していく。

 

『まぁ、でもあの二号の気持ちもわからなくはないかなぁ。どっちかっていうとこの光景わざわざ外である必要ないもんねぇ。なんとか会って名目だけであって中身が違うなんてものは世の中たくさんあるからね。大学でだって新入生歓迎会と名目だって宗教勧誘されちゃうことなんて往々にあるわけだし』

 

 どうやら由比ヶ浜は完全に少数ではないようだ。少なくとも俺には欠片も共感できなかったが、九音は思うところがあるらしい。

 

 単語帳に単語を書き写しては裏に訳を書く。五分、十分と集中して書き写し、一息入れるために飲み物に手を伸ばした時に周りの様子を伺った。

 

 九音は鼻歌を刻みながら音楽に聞き入り、雪ノ下もひたすらにペンを動かし続けて数学の問題に取り組んでいる。そして残る由比ヶ浜は教科書とノートをにらめっこしたままうんうんと唸っていた。

 

 俺が見ていることに気づいたのか、少し悩んでこちらの方へノートを寄せてくる。その顔が少し朱が指しているのは俺に聞くことに対して恥ずかしいからだろう。人に聞くというのは自分の無知をさらけ出すようなもの。先生ならまだしも、同級生の男子に聞くのが恥ずかしい、そんなところか。勿論、勉強会などしたことない俺の勝手な予測でしかないのだが。

 

「あ、あのさ、このドップラー効果って聞いてもいい……?」

 

 俺は教科書とノートを見て、ふむ、と頷き由比ヶ浜に向かって。

 

「悪い、理数系捨ててんだ。キジムナーなら説明出来るんだが、代わりにそれでいいか?」

 

「いいわけないじゃん! 全然違うし!」

 

「絶妙に韻を踏んでいるのが小賢しいわね……由比ヶ浜さん、私でいいかしら?」

 

「いいの? ありがと、ゆきのん!」

 

 ガバッと抱きつき、謝意の念をこれでもかと伝える。

 

「あ、暑苦しい……」

 

 しかし、そう零しつつも満更でもなさそうな表情を浮かべている。目の前でゆるゆりし始めた二人を眺めていると九音が何かに気づいたのか『ん?』と急に顔を上げてきょろきょろと周りを見ていた。そして宙に跳んでぐるりと店内を見渡し、とある方向で視点は止まる。じぃっと見つめてぽつりと呟いた。

 

『小町ちゃんだ』

 

 珍しいことにどうやら店内に小町が居るようだった。俺も確認がてら九音の見ていた方向を見ると――離れたテーブル席に座る五人組の中学生の姿。その一角に小町の姿があった。

 

『ほぇー。小町ちゃんが学校のお友達といるなんて初めて見たから新鮮だなぁ。仲よさそうで何より。さて、お義姉ちゃんとしてどんな子が友達なのか見てこよーっと』

 

 ファミレス店内の中空を軽快に飛んで、中学生の席へ向かっていった。肩に残った寂しく残るイヤホンと番をあわせて机の上に置く。

 

「ちょっと、席はずすわ」

 

 俺は二人に声をかけてハンカチ片手にトイレへ向かう。そして小用を済ませて手を洗って外に出ればトイレ近くで男女の声が聞こえた。

 

「本当に行くのかよ……前回やべぇ目にあったばっかだろ?」

 

「だって他の三人乗り気だし、あんたが行きたくないなら別についてこなくていいし」

 

「そうじゃなくてさぁ、あのホテル跡地やばかったじゃん。そりゃあ、俺も助けてくれた人探したいけどさぁ。わざわざまた行く必要あんのか?」

 

 ホテル跡地。その声に反応して足を止めてしまう。話し声の源泉はトイレ近くの空きスペースから。通路の邪魔とまでは言わないがファミレスで話すには少しばかり目立つ二人。

 

「……もし、死んじゃってたらそれって私たちの責任じゃん」

 

「し、死んでねぇだろ」

 

「どうしてそんなこと言えるわけ? そもそもあの話持ってきたのあんたじゃん。それを皆で行こうってなって、それで」

 

「お、俺のせいじゃねぇだろ。それに他の三人も賛成してたじゃねぇか。あいつもノリノリだったし」

 

「それは! ……そう、だけど」

 

 言い争う声が少しずつヒートアップしている。ハンカチで手を拭きながら耳を傾けていると――女子生徒と目があった。

 

 小町と同じ中学の女子制服。男子はかつて俺が着ていた学生服。女子の方はメガネに三つ編みといった古式ゆかしい出で立ちながらも、その強気な印象の目から大和撫子と呼ぶよりかは委員長といった容貌。男子は坊主頭に少し剃りこみが入っていて、小柄な体躯を少しでも威圧感を増そうとした髪形はどちらかといえば中性的で童顔も混じっているせいか背伸び感が見て取れる。

 

「あ、す、すんません。道、塞いでましたよね……どうぞ」

 

 どうやら礼儀正しい男子中学生のようだ。俺は小さく「どうも」と答えて通り過ぎる。

 

 溜息を吐きながら席へと戻る。いつの間にか戻っていた九音は此方を見て膨れっ面。

 

『私が居ない時にどっかいっちゃやだ』

 

 今日の重い女ムーブなんだよ。面倒くさい反応につい溜息を漏らす。

 

『そ、そんな態度取るんだ! せっかく八幡くんが気になるであろう話とか色々持ってきたのに! 九音様ラブラブプリティーオーマイガールって言わないと許さないんだからねっ』

 

 先ほどまで書いていた英単語が頭から吹っ飛ぶほどの頭悪い単語が聞こえてきた。俺はあきれたような表情を浮かべて席へと戻る。そして再び、手を動かしては英単語を書き連ねる。

 

 とはいえ、九音の話は気になる。なぜなら――先ほどのトイレ前で聞いた話が我が愚妹と無関係とは思えない。考えてみれば当たり前で、想像してれば当然で。

 

 流石にホテル跡、怪事件、小町と同じ中学の制服を着た男女を何の関係もなく杞憂だと流せない。

 

 俺は春に起きた九十九神の一件を水に流すかのように、編纂しては過去のことに。終わった事件と、生き残った事件と片付けていた。けれども、俺が逃した妹は? 中学生達は?

 

 終わってなどない。続いていた。

 

 小町の浮かれっぷりを諌めたのはいつだったか。当日の朝は脳内がお花畑で、その夜は母親に諌められ。俺がその後に小言を言えばまるで興味を失ったかのように熱のない返事だった。故に気にも留めていなかったが、そうではない。

 

 興味を失ったのではない、その返事は答えたくない言葉を曖昧に濁しただけにすぎなかったのだから。

 

 中学生達は助けられた――確かに俺はあの時、逃がすように動いた。

 

 俺はあの事件の終息を知っている――けれど、俺より先に来ていた筈の中学生はその顛末を知らない。

 

 小町へ打ち明ける? 冗談じゃない。面白半分、身近にそんな危険な生物が同じ家、同じ環境で暮らしているなどと興味を持たれてしまえば、巻き込んでしまえば本末転倒。

 

 しかしながらそんな俺の陰鬱になりつつ気分は。

 

『いやー! ほんと凄い情報なんだけどなー! 聞かないと損するんだけどなー!』

 

 隣の空席に腰を下ろし、だらしなくテーブルの上に寝そべり此方を見上げてはチラチラと視線を寄越してくる女幽霊に邪魔される。

 

『あーあ、これ聞かないなんて損だよ、損。もったいないなぁー』

 

 この上なくうざったいチラチラに深堀する思考はあっさりと侵略され深刻に考えていた彼是もどうでもよくなってきた。

 

 オカルト関係に関わらせない。

 

 それだけでいい。理由なんてものをわざわざ再確認しては苦悩する必要なんてない。そんなものはただの自己憐憫に酔うだけの行為。

 

 そうなると、問題はだ。

 

 簡略化した問題は二つ。一つは犠牲者などいないと中学生達に納得させることと妹の興味関心を違うことへ移すこと。

 

 出来ればそれが受験勉強なら助かるのだが。

 

「……ロリヶ谷くん。先程からチラチラと中学生達を見て何を妄想してるのかしら」

 

 正面に向き直ると雪ノ下と由比ヶ浜が此方をじっとりとした目で見ていた。

 

「は、はぁ? み、みみみ見てねーし!」

 

「いや、動揺しすぎでしょ……ってあれって……」

 

「もしかして知り合い? 確かあの制服は比企谷くんの出身中学の学生服よね?」

 

 なんでそんなこと雪ノ下が知っているのか。普通に怖ぇわ……。とはいえ知られているのなら仕方ない。俺は見ていたことを認め、白状することにした。

 

「あぁ、妹があそこに座ってたんだよ……」

 

「そうなの……挨拶したほうがいいのかしら?」

 

「あたしも、あたしも! 小町ちゃんと喋りたい」

 

 なんでだよ。ツッコミを入れそうになったが――いや、待てと喉から出そうになる言葉を引き止める。

 

 これはチャンスではないか?

 

 流石に俺が直接妹を見たから話しかけにいくなど不自然かつ恥ずかしいが雪ノ下と由比ヶ浜がいれば別だ。偶然見つけたといった体であの集団に近づき話をすることが出来る。

 

『なーんか悪いこと考えてる顔ぉー』

 

 九音が起き上がって人差し指で頬をつついてきては指摘する。俺はなるべく素知らぬ顔をしながら。

 

「あー、まぁ、ちょっと気になることがあるし。少し様子見にいくか?」

 

「でもいいのかしら? 友人と一緒なんでしょ? 邪魔じゃないかしら」

 

「大丈夫だろ、少し声をかけるだけだ」

 

 そういって俺は立ち上がり雪ノ下と由比ヶ浜を引き連れてーー小町達のテーブル近くを通る。

 

 そして向こうも気づいた。気づいた瞬間に「やばっ」と声に出して慌てて何らかの地図を隠すように鞄へ。

 

「比企谷さん、どうしたっすか?」

 

「あーやー、何でもー。あはは……って、うぇぇぇ!?」

 

 必死に誤魔化すも再度として此方を見上げた瞬間に大きな声で仰天していた。流石にその反応に気づいたのかテーブル席に座っていた残りの四人が此方を注目する。

 

「あ、さっきの高校生……」

 

 先程、トイレですれ違った女子中学生がポツリと呟く。なので俺は深々と溜息を吐いて挨拶をすることにした。

 

「ドーモ、コマチサン。ヒキガヤハチマンです」

 

『なんで片言なの……?』

 

 実際に男子も来ているのを分かっていたが小町の周りに男っ気があるのを目の当たりにすれば冷静さを失ってしまう。男児殺すべし。慈悲はない。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 渋々といった様相で小町は近くの席へ俺たちを招待した。ファミレスで席交換は可能のようで意外とあっさりと大グループと化した俺たちは各々が自己紹介を始めることに。

 

「か、川崎大志っす! 比企谷さんにはいつもお世話になってます! よろしくおねがいします、お兄さん達」

 

「次、俺のことを兄と呼んだら殺す」

 

「お兄ちゃん……黙って」

 

 小町が凄い目で睨んできたのでそっと押し黙る。しかしながら、この川なんとかともう一人の男子に感謝しなければならない。合流することに渋る小町だったが、それを後押ししたのは男子二人だった。

 

 見目だけは最高クラスの女子二人。雪ノ下の由比ヶ浜の「迷惑だったかしら。小町さんとお話してみたかったのだけれど……ごめんなさいね」としょんぼりと残念そうな顔をすれば男子二人は爆釣。ついでに小町も釣れて、他の女子二人もどうぞどうぞとばりに歓迎ムード。あくまで歓迎されてるのは雪ノ下と由比ヶ浜だけなんですがね。

 

『八幡くん……君って奴はさぁ……いや、いいんだよ。私が良いように使われたわけじゃないんだし。むしろ一号二号が良いように使われただけだから私としても嘲ることできるえど……ほんと、私が居なかったらそのうち刺されそう』

 

 チクチクと良心を刺す九音の言葉を聞き流して自己紹介を引き続き聞く。とはいえ、いつの間にかぐるりと回って残りは俺だけ。

 

 ぶっちゃけ川なんとかくんとかいう男子中学生の名前しか覚えていない。

 

「あー、比企谷八幡だ。いつも妹がお世話になってます」

 

 兄としてのこの世にこれ以上のテンプレートって存在するのってばかりに無難な挨拶。しかしながら無難だと思ったのは俺だけのようです中学生達はこしょこしょと何かを話し合ってる。

 

「えっ、あの人が噂の小町のお兄さん?」

 

「なんか、想像してたのと違う感じぃ……不良っぽくないよ、全然」

 

 女子二人が小町に耳打ちするかのように話しているが丸聞こえ。委員長らしき子は先程トイレ前で見かけた。喋りがゆったりとした茶髪の女の子は中学生という義務教育の中では中々に目立つ容姿をしている。

 

 派手目のメイクに派手目の髪色。これが高校、大学となれば個性の一種とも取れるだろうが、現在の中学校ではさぞ異端扱いだろう。

 

 簡単に言えば禁則事項のオンパレード。少なくとも、俺が卒業するまではメイクやら髪の脱色が許可されていた記憶は無い。

 

「……お兄さんって不良なんですかぁ?」

 

「ちょっ」

 

 小町の静止は間に合わずに仮称ギャル子の質問は包み紙なく投げかけられる。

 

「……不良の定義によると思うが」

 

「えー? 喧嘩したりぃ、バイク乗り回したりぃ、あと万引きとかカツアゲ?」

 

「犯罪行為のオンパレードじゃねぇか。生憎、ご期待に添えかねる」

 

「……こまっちゃん、そえかねるって何?」

 

「え? 小町知らないけど……お兄ちゃん言語じゃないの?」

 

 ちょっと、小町さんや、貴方は今年受験生ですよね……? 妹の高校受験が心配になってきた。いよいよ持ってオカルトスポット巡りなんぞさせるわけにはいかない。

 

「日本語だ……ところで、小町、ここで集まって何をしていたのか俺は知りたいんだが?」

 

 俺のじっとりとした視線に小町は後ろめたさが残っているのか、そっと目を逸してはポツリと呟く。

 

「お兄ちゃんには関係ないじゃん」

 

 俺は黙って続きを待つが頑なに口を開かない。俺たちが睨み合っていると中学生達や雪ノ下はどこか居心地悪そうである。

 

「ま、まぁまぁ、ヒッキーさ! 小町ちゃんにも色々あるんだよ!」

 

 由比ヶ浜は俺の喧嘩腰を何とか抑えようとするが申し訳ないが引く気はない。良いように使って申し訳無さは浮かぶがそれでも俺の中では大事の前の小事。

 

 正直に言えば俺は。俺は――由比ヶ浜や雪ノ下から空気を読めないと思われても構わない。いずれ切れる縁だというのならここで幻滅されても何ら問題ない。

 

 惜しむ権利も無い。惜しむには余りにも簡単に諦めすぎる。惜しんでしまう自分が恥ずかしいとすら思える。

 

「――にあるホテル跡地」

 

 その地名が出た瞬間に中学生全員が何らかの反応を示す。

 

「行くのやめろって言わなかったか?」

 

 低めの声で尋ねてみても聞く耳を持たない小町はそっぽを向いている。

 

「大体、あんな場所にまた行くなんて危ないだろ。それも中学生だけで。何かあったらどうするんだ」

 

「うっさい」

 

「いや、うっさいってお前……そりゃあ五月蝿く言うだろ、母ちゃんだって行くなって言わなかったか?」

 

 俺が母の名前を出した瞬間に小町は大きくテーブルを叩き鳴らす。

 

「うっさいうっさいうっさい! うざい! お兄ちゃん何なの? お兄ちゃんには関係ないじゃん! これは小町の問題なんだからっ! それにっ、お兄ちゃんだけには言われたくないっ!」

 

 静まり返る。余りの大声に注目が集まる。そして視線に耐えきれず、鞄を持って逃げ出そうとする小町の袖を掴む。

 

『ひゅうー! きっちく! こんな状況で逃してあげないなんてかわいそー、小町ちゃん』

 

 ニヤニヤと笑いながら九音は小町を見ていた。仮にも先程義姉を名乗った女の表情ではない。やっぱりこんな女に小町をやれない。小町の面倒は一生俺が見るわ。

 

「離してっ」

 

「離すかよ、座れ。話は最後まで聞け」

 

「嫌っ!」

 

 修羅場経験値の少ない中学生達の顔は真っ青、由比ヶ浜もあわあわと慌てて、雪ノ下もどうするべきなのか此方をじっと見つめていた。

 

「ついていくって言いに来たんだ。話は最後まで聞け……」

 

 俺の言葉に驚いた表情を浮かべて、ふくれっ面を浮かべた後に乱暴に俺の手を振り払い、ドサリと乱雑に元の席へ。

 

「……それで? なんで?」

 

 不機嫌そうなまま此方を睨みつけて問いかけてくる瞳は未だ怒りが燻ったまま。 

 

「さっきトイレ前で聞いたんだよ……流石に放っておけねぇだろ……はぁ」

 

 俺は大きく溜息を吐く。そして先に真実を公開しておくことにした。

 

「そもそもが、だ。あの場所にお前らが見た怪物は出ねぇよ」

 

「いやいや! でもオレ達全員あそこで見たんですって! お兄さん!」

 

「俺たちあそこで金縛りにあったっすよ! 比企谷さんのお兄さん!」

 

 坊主頭の男子と川なんとかくんが大袈裟な身振りで説明する。俺はそんな二人に微笑みを携えて。

 

「次、俺のことを兄と呼んだら殺す」

 

「お兄ちゃんっ!」

 

 顔を真っ赤にしている小町。コホンと小さく咳払いをして話を元に戻す。

 

 ひそひそと、由比ヶ浜、雪ノ下、女子中学生達が囁き合っている。シスコンという言葉が聞こえてきたが、知らん知らん、俺のことじゃねぇ。

 

「お前達が見たってのは蜘蛛の目を持ったナース服を着た少女の化け物のことだろ?」

 

 驚いた顔をする事情を知る中学生達。片や事情を知らない雪ノ下と由比ヶ浜はきょとんとしている。

 

「あー、簡単に説明すると、だ。さっき言ったホテル跡地でそんな化け物が出るって噂があったんだ」

 

「へぇー、そなんだ……ん? でもなんでヒッキーが知ってるの?」

 

「別にいいだろ、話の出所なんて裏掲示板とかそこいらだ。ともかく、そんな化け物が出るらしいが……先に言っておく。それは都市伝説、むしろ嘘の類の都市伝説だ」

 

「でも実際にいたんですけどぉー、お兄さんはアタシ達を嘘つき扱いするわけぇ?」

 

「少なくとも集団恐怖からの見間違いだと思っている。少なくとも全員が同じ話を先に聞いてたんだろ? 枯れ尾花とかそこいら辺りを見たときに恐怖で身体が動かなくなって怖いものをそういうものだと思い込んだ。それを金縛りや件の怪物と勘違いした。そんなとこだろ」

 

 俺の説明に納得いってない委員長っ娘が言葉に棘を生やしたまま此方の意見を否定する。

 

「五人全員が? そんなことありますか?」

 

「そんなことあったから言ってるんだろ。そもそもが、だ。あのホテル跡地でなんでナース服なんだよ」

 

 俺の言葉を反論したのは坊主頭。自信満々とばかりに噺を始めた。

 

「あのホテル跡地は元は廃病院だったんすよ、そこで死んだナースとホテルで自殺した幽霊の集合体って噂ですよ。病院が潰れたのもナースの件で、ホテルが潰れたのも自殺者が出たからって聞いたっす」

 

 ふふんとばかりに鼻高々。

 

「あの場所に建っていた廃病院でナースが死んだ記録なんてねぇよ。ついでに言うなら廃ホテルは経営難で畳んだだけだ」

 

 まぁ、その経営難の裏側には幽霊が出るという噂があったのだが。

 

「なんでお兄ちゃんが知ってるの、そんなこと」

 

「あれからどれだけ時間があったと思ってんだ。そんくらい調べられるっつーの。ついでに病院時代に幽霊が出るという噂があったが――それはとある少女の持っていた人形が動いた、という噺だ。さらについでに足すならその動いた人形は今はその少女の墓地に奉納されている。そもそもが、だ。起源がその病院時代の動く人形の話に尾ひれ羽ひれついた話があのホテル跡地の都市伝説なんだよ。つまり、作り話なんだよ、作り話」

 

 俺の説明を納得いかないとばかりに中学生達。

 

「でも、それお兄さんの感想ですよねぇ」

 

 ギャル子がちゅぞぞぞとストローで炭酸系のドリンクを飲みながらそう結論づけた。

 

「まぁ、そうだな。だが掲示板や個人の伝聞による根も葉も無い噂よりかは裏取りあって真実味あると思うがな」

 

 そこまで喋り終えてココアを手に取り、喉を軽く潤す。俺の様子を楽しそうに見守る幽霊。

 

『いっやぁ、酷い酷い。ひっどい絵面。女子中学生達に情報でマウントとって俺TUEEEEとばかりに説教して叩きのめす気持ちってどんな気分? ねぇねぇ、どんな気分なのぉ?』

 

 最悪だよ。舌先に感じる甘みだけが優しい。言葉で年下を叩きのめす、妹の意思を叩き潰す。やりたいことを先んじて意味がないと言って夢を壊す。いい気分なわけが無い。

 

 その証拠に俺を非難するような視線を俺はひしひしと感じている。それを無視しながら中学生達の答えを待つ。

 

「……そっかぁ、こまっちゃん、これ本当に私たちの見間違いじゃない? だってぇ、今、携帯で色々と調べてるんだけどぉ、なんかお兄さんの話、マジっぽいし」

 

 ガラケーで情報を調べていたギャル子(仮称)が最初に結論づけた。そして、中学生達の意見は「そう言われれば、そう……なのかも」という意見で纏まりそうだった。そして――小町は。

 

「そっかぁ」

 

 諦めたかのように呟いた。我が家の高機能型ボッチである妹は兄のようにわざわざ思うところがあったとしても集団の空気を壊すことは無い。

 

「まぁ、俺が言ったくらいで納得できねぇだろうから、俺が付き添いでその場所に確認しに行く。それが条件だ」

 

「危ないことがないなら別についてこなくていいじゃん」

 

「ばっか、お前! 女子と男子がグループでそんな場所行くなんて危ねぇだろ! というわけで俺はついていく。他の奴らが駄目だと言っても絶対についていく」

 

「うわぁ、お兄さん、シスコォン……まぁ、別にアタシはいいけどぉ。皆は?」

 

「わたしもいいですよ。男子は?」

 

「オレは別にいいケド……」

 

「じゃあ、決まりっすね」

 

 中学生達からは全員許可が下りる。小町は「え、本当にいいの……?」と顔をしているが、最早確定事項。むしろ駄目と言われても無理やりついていく。

 

 そんな状況に張り詰めていた小町はふっと肩の力みを抜いて「にはは」と力無く笑う。弛緩始める空気に由比ヶ浜も混じり始める。

 

「いや、うちのパパみたいなこと言わないでよ、ヒッキー。うちのパパもことあるごとに「彼氏居るのか」って聞いてきてウザいもん」

 

「わかるー、うちのじぃさんもめっちゃウザい」

 

 いや、お前ら二人は心配になる気はめっちゃわかるわ。俺が父親なら心配でたまんねぇわ。俺はそんな軽口をたたく二人を見ながら片づけを始める。

 

「つーわけで、悪いな、二人とも。ちょっとこいつらが無茶しないか――」

 

 振り向けば雪ノ下は片づけを始めていた。そしてさらに視線を戻せば由比ヶ浜も片づけ始めている。

 

「どうしたの、ヒッキー?」

 

「え、いや、お前らも来んの? 何もないぞ、ただの廃墟なんだが」

 

「いいじゃん。おもしろそうだし! ねっ、ゆきのん!」

 

「えぇ……でも、その場所って勝手に……。いえ何でもないわ」

 

 雪ノ下は言いかけた言葉を飲み込み、何かを考えた後、俺たちに続くように準備を始めた。




※後一話の予定でしたが二話になるかもしれません
※今回の章が全て投稿し終えたら少し納得いってない部分多いので大幅に修正するかもしれません
※ご迷惑おかけします
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。