溺愛姉妹   作:トクサン

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世界に一人だけのメスガキ

 

 風魔小太郎は日本人である。

 当初、彼はこの世界が創作物であると知らなかった。最初は戦国時代か江戸時代にタイムスリップしたのだと心底信じていたのだ。しかし、初めて小型モンスターの群れを見た時に、「あれ、白亜紀?」と時代に疑問を感じ、里長であるフゲンに「お前も里の人間である以上、最低限自衛出来ねばな……軈て立派なハンターに、モンスターハンターになるのだ」と云われ漸く、「あ、これモンハン」と理解したのである。

 尚、彼はモンハンをプレイした事がない。凡その想像(イメージ)は『原始人のマンモス狩り』である。どうぶつの森だったら良かったのにと心底残念がった。

 

 さて、今や上級ハンターとして腕を鳴らす小太郎であるが、その道中は苦難に満ちたものだったと断言出来る。ハンターを生業とすると決めたとして、最初に問題となったのは武器の類であった。幸いこの世界に於いての【人間】――或いは、言葉だけが同じであって中身は全く異なる種族なのかもしれないが――は想像以上に頑丈である。

 頑丈ではあるが、それでも常識の範囲内の話。首を刎ねられれば死ぬし、手足が捥げても死ぬ。出血が酷ければ失血死するし、病気にも罹る。寒さや熱にある程度耐えられても、対策を怠れば勿論死ぬ。

 つまり何が言いたいかと云えば肉体的頑強さはあれど、あくまで生物の範疇であるという事である。モンスター程幻想的な存在ではない。そうなれば自然、選択できる武器は狭まって来る。

 モンスターの外皮というのは防具に利用される程に硬く、頑丈だ。この時点で「片手剣」、「双剣」、「弓」と云った選択肢は除外された。柔い外皮を持つモンスターであれば問題ないが、溶岩に温泉気分で浸かる様な岩肌を持つ連中のそれを貫けるとは考えられなかったから。そうなると眼球や口内、鼻といった部位を狙う事になる訳だが、動き回りかつ暴れまわるモンスターのそれを狙える気が全くしない。熟達のハンターとなれば可能だろうが、そこまで辿り着くのに何年かかるか、そもそもその間に死亡したら意味がないと小太郎は思った。尚、中には剛弓で以てして外皮を貫く怪物ハンター(ヒノエ)も存在するが例外とした。小太郎は現実を見たくなかったのだ。

 

 最終的に熟考を重ね、残ったのは「ガンランス」、「大剣」、「ハンマー」、「ライトボウガン」、「ヘヴィボウガン」の五つ。

 当初小太郎は、「殴れば殺せる理論」を信奉していた。というのも、何故中世メイスや棍棒と云った武器が普及したのかを考えれば、如何に硬い鎧を身に纏おうとも衝撃までは逃せないという結論に至る。ゲーム内ではスタン、つまり気絶であるが、現実で行えば脳みそシェイクである。

 要する硬くて重いもので顔面をぶん殴れば、理論上どんなモンスターであっても殺せるという話である。とても頭の良い解決方法だと当時は思った。

 

 ――そう思っていたのだが、後に何発ぶん殴れば殺せるのかが分からないという問題が浮上した。

 

 小型のモンスターならば良いだろう、しかし大型のモンスターとなればハンターの何倍、何十倍、下手をすると何百倍という図体を誇る。図鑑で見た時小太郎はぶったまげた、こんなの相手にするとか絶対頭イカれていると思った。実際に討伐したハンターを見て思った、やっぱりイカれていたと。

 更にモンスターは例外なく巨躯に見合わぬ俊敏さを誇っている。さて、そんなモンスターを相手に顔面にフルスイングをカマせる隙は何度あるだろうか? そもそも人間と違って連中の頭蓋の硬さは岩の如くであり、身の丈を超える武器を振り回せるハンターであっても、強大な図体を誇るモンスターからすれば木の枝みたいな代物である。そんなものでも殴り続ければいつかは気絶するだろう。だが、必ず一発で沈められるとは限らない、というか一発で気絶とか無理である。

 それならもう遠距離でボウガン担いで軍隊ごっこしようぜという話になるのだが、この世界に携帯式の大砲の類は存在しない。ボウガンという文字通り、その威力は弩なのである。弓と大差ないそれを見て小太郎は採用を見送った。榴弾やら竜撃弾という強力な弾はあるものの、モンスターを一撃粉砕可能かと言われれば否である。後者に至っては接射しなければ意味がないという、それ遠距離武器の意味ないのではと小太郎は憤慨した。私は後方から安全に狩りたいのだ、と。

 

 そこまで考えた時点で小太郎の選択肢は一つに絞られた――結局選択したのはガンランスである。

 

 モンスターを狩猟するならば短期決戦でなければならない。此方は敵の攻撃を真面に一撃受ければ即死であり、暴れまわる台風に近付きたいとは思わない。しかし、どうせ近づかなければならいのなら目指すは一撃必殺、それを為せるのはガンランスのみであると確信していた。

 そうして出来上がった戦闘スタイルは――「片手ガンランス」

 そもそも体格差からしてワンダと巨像並みの差がある訳で、そんな怪物の攻撃を盾で防ぐなどナンセンス。下手をすると足か腕が飛ぶ。片手剣の盾で受けているハンターは恐らく新人類か何かだと腹の底から信じていた。少なくとも小太郎には出来ない。

 ランスやガンランスを扱うハンターは例外なく動きが遅いが、あれは盾が阿呆の様に重いからであり、ランス単体であれば昆虫棍や太刀より僅かに重い程度。それならば常時走る事も可能。防御は出来なくなるものの、そもそも防いだ時点で腕がへし折れると考えれば寧ろ此方が正解である。というかあんなクソ重い盾を担いでマラソンしたくないというのが本音。

 それで、どう戦うかと云えば。

 

 ――ぶっ刺して、竜撃砲。

 

 これのみである。

 そもそも他のハンターが竜撃砲をモンスターにぶっ刺して使わない事に疑問を覚える。硬い外皮の上から砲撃を叩きこむより、内臓に刃をぶっ刺した状態で砲撃した方が致命傷を与えられる筈である。これを喉、眼球辺りにでもぶち込めれば勝利確定。外皮の薄い関節に差し込めれば四肢を奪えるのでどちらにせよ優勢。

 やったよハンター、ダブルピースである。

 この着想を得た時点で鍛冶屋のおっちゃん事ハモンさんに頼み込み、矛先は異様に硬く鋭く、しかし機構は単純に。通常の砲撃機構を撤廃し竜撃砲のみを使用する「通常型」や「放射型」、「拡散型」とも異なる『特射型』が完成した。

 本来竜撃砲は砲弾を使用しないが、このガンランスに於いては一発の威力を高める為に装填可能な様に設計。更に竜撃砲後、第二射を早く行えるよう冷却機構を増設。通常のガンランスであれば一窓の所、砲身周りを囲むように四つ配置。更には砲撃時の熱波、万が一の跳弾を防ぐべく持ち手周りにトリガーを握りこむと展開する展開小盾を取り付けた。これに関してはヘヴィボウガンのシールドを剥がして取り付けたので、それ程手間は掛かっていない。尚、竜撃杭の方は通常通りに使用出来る。万が一小太郎の膂力で突破できない肌を持つモンスターが現れた場合、杭を打ち込み表面を削った後刃を差し込んで竜撃砲を撃ち込む為である。

 そうして出来上がった世界に一つだけのガンランス。それを見て小太郎は、「そうそう、こういうので良いのだよ、こういうので」と満足気であった。

 

 因みに銘を【堅揚げポテト】と云う。

 どんなに堅い外皮を持っていようと、揚げポテトの様にホッカホッカにしてやるという意気込みが込められている。

 

 因みにこの武装、大型相手には凄まじい効果を発揮するものの、小型モンスター相手には討伐効率が著しく下がる模様。

 当たり前である。

 きびしいせかい。

 

 ■

 

 時折、里の外に出向くことがある。

 大抵はギルドの依頼で、馬車や飛行艇を用いて移動する事になるのだが、其処で活動するハンターを見ていると酷く安心する。

 モンスターにちまちま攻撃する、僅かに刻まれる傷。攻撃を鎧で受け吹き飛ばされる。そのまま転がって、慌てて回復薬を飲み戦闘に復帰する。

 そうそう、これこれ、この貧弱さこそ人間だ。

 そういう人らしい狩りを見ると、小太郎の持つ何かがとても満たされるのだ。恐らく人間と云う種に対する疑念だとか、自尊心だとか、そういうものだと小太郎は思った。里に所属するハンターは皆異常だ。否、ハンターではなく里人というべきか。全員が最低でも下級ハンター並みの実力を持ち、中には上位級のモンスターでも撃退可能な実力を持つ里人が居る。

 軒先でお茶を飲みながら、「今日も良い天気ねぇ」なんて呟く御婆ちゃんが百竜夜行では大剣片手に、「往生せぇやァアア!」なんて叫びながら落下斬りをキメた場面を見た日以降、小太郎は里人全員に腰が低くなった。当然である、誰だって死にたくないのだ。

 更に言えばカムラの里で起こる災害、百竜夜行は一匹討伐するのに多大な労力を要する大型モンスターが文字通り列を成してやって来るというもので、カムラの里以外で是が起これば壊滅確定という、「何でこんな所に里建てたの?」と思う程の代物。

 それの悉くを退けて来た小太郎は、数年もすると段々感覚が麻痺してきて――「あれ、討伐依頼一匹だけ? 十匹とかニ十匹とかじゃないの?」と発言するまでに至った。尚これは里外のギルドでの出来事であり、その発言を受けた受付嬢はドン引きした。

 以降小太郎は、最低二匹から三匹、可能であれば四匹程度のモンスターを同時狩猟する『地域掃討狩猟』という任務を良く受注している。これは補給も限られ連戦となるので難度が高く、特にパーティ前提で行われる任務である為、上位ハンターの中でも一握りの者に発注される。

 因みに小太郎は外征を行う仲間ハンターが居ないため、専らアイルーとガルクを引き連れて狩猟している。実質ソロである。これを小太郎に面と向かって云うと、「いや二匹とも俺の友達だし、仲間だし、ソロじゃねぇし」と早口で呟く。

 尤も、その地域掃討狩猟自体そうそう発注される事がなく、小太郎も此処暫くは里の任務だけを回している安穏――訓練から目を逸らしつつ――とした生活を送っていたのだが。

 

「カムラの里、風魔小太郎殿に指名依頼です」

 

 先日、里より少しばかり離れた場所での掃討依頼がギルドより発注された。

 

 ■

 

「お前が例の……カムラっつう田舎から来たハンター?」

「ちょっと、何でそんな喧嘩腰なの」

「あぁ、いや、悪い、他意はねぇんだ」

「………」

 

 ギルド馬車に揺られてやって来たベースキャンプ、其処には先客が居り各々武器を抱えた状態で休んでいた。一人は弓使いの女性、もう一人は太刀使いの男性である。二人の視線はキャンプに入って来た小太郎に向いており、小太郎は視線を切ると小さく頷きながら、「風魔小太郎」と告げた。

 

「あぁ、名前は知っている、フーマって名前は結構知られているしな」

「カムラの里と云うと蹈鞴場が有名よね、鉄を扱わせると一級品なのよ」

「へぇ、というか響きからすると……ユクモの方か?」

「アンタ、ユクモは知っているのにカムラは知らないの?」

「ユクモ村は、ほら、温泉に入りに行った事があって」

 

 小さく笑いながら告げる男性、女性の方は肩を竦めている。小太郎は二人を眺めながら思った、誰だこいつらと。

 いや恐らく雰囲気的にこの依頼を受注したハンターなのだろう。今回はドッグとキャットが諸事情で連れて来られなかった為、本当にソロで狩猟する事になっていたのだが――ギルド側が保険として雇ったのだろうか? 小太郎は近場の敷物に腰を下ろし、ガンランスの調子を確かめながら問い掛けた。

 

「今回の依頼は単独だと思っていたけれど、違ったのか」

「えぇ、ごめんなさい直前になって、丁度近場で仕事があったの、それで帰還する時にギルドから掃討依頼が舞い込んで来て……」

「どうせならって受けた訳だ、件の『爆槍使い』も見て見たかったし、丁度良かった、手本にさせて貰うぜ」

 

 男の視線が小太郎の持つランスに向けられた。通常のそれと比較すれば一回り大きく、取っ手にシールドの増設された代物。外装から内部機構を伺い知る事は出来ないが、既製品と異なるという事は見る者が見れば分かる。

 視線を切った男は膝を叩き、太刀を担いで告げる。

 

「さて、それじゃあ揃った事だし……一狩り行きますか!」

「えぇ!」

「………」

 

 何気に、こうやって他のハンターと協力するのは久々かもしれない。小太郎は内心で心臓をときめかせ乍ら強く思った。

 上手くいけば、外征用のパーティとか組めるかもしれないな――なんて。

 

 ■

 

「しっ、居たよ――目標のリオレウスだ」

 

 森林地帯、丘と森、そして崖で構成されたフィールドは酷く高低差がある。しかし障害物が多く物陰の多い場所は身を隠すのに適している為一長一短。目標に気取られず、静かに一撃を加える事を考えれば悪くない条件であった。

 小太郎達は森林の高台に陣取り、索敵を始める。そして数分と経たずに目標であるモンスターを発見し、声を潜める。

 

「あっち、丘の方にはアンジャナフが居る」

「そんでもって、森林を抜けた平地にはティガレックス……やばいな、結構固まっているぞ、どれか一匹に手を出して縄張り争いを誘発させるか?」

「失敗したら全員のヘイトを買って大惨事ね、此処は安全策で一匹ずつ釣り出すのが定石だと思うのだけれど――小太郎?」

 

 小太郎は二人の会話を他所に、ガンランスへ弾薬を装填していた。手元に複数存在する引き金の具合を確かめ、問題ないことを確認。脳内では既に狩猟の算段が付いている、いつも通りだ。

 つまり――近い順から狩猟する。

 そこまで考え、「あぁ、そういえば今回はソロではないのだ」と思い出し、徐に小太郎は一番近いリオレウスを指差した。丁度三匹視界に見えるのだから、ひとり一匹担当で良いだろうと、そう思って。カムラの里で百竜夜行を防ぐ時もそうだ。一匹に付きハンターが一人張り付き、狩り終わった順に他と合流する。頭カムラだからこそ出来る事、尚出来ない場合モンスターに轢き殺される模様。手慣れたものだった。

 

「俺はリオレウスを狩るから、終わった順に合流で――それじゃあまた後でね」

「え?」

「は?」

 

 云うや否や、小太郎は虚空に導虫を投げ飛ばし糸を手繰る。宙を舞った小太郎は落下地点で屯するリオレウスを目視しながら、自由落下を開始した。カムラの里に生まれた人間は、一キロ下の奈落に落下しても平然と着地する正真正銘の化け物である。しかし、残念ながら小太郎は百メートル下に落下するだけで致命傷を負いかねない。故に落下中に二匹目の翔蟲を真上に飛ばし、減速。

 

 ――翔蟲は音がしない、少なくともモンスターからすれば羽虫の音、取るに足らない弱者の音。

 

 実際、リオレウスは警戒の様子を見せない。大翼が風を裂く音もないのだ、何たる僥倖。不意打ちを決められる事など早々ないが故に、小太郎は歓喜した。

 リオレウスの上面を、目を凝らして注視する。生え揃う鱗、あれを貫くのは中々に骨が折れる。半面、腹や翼、足には鱗が疎ら。狙うなら其処であると決めた。

 

 初手――手元へと帰還した一匹目の翔蟲を、リオレウスの尻尾に張り付ける。その感触に、ピクリとリオレウスの尻尾が揺れた。ガンランスの引き金を引き絞り、砲身が火を噴き始める。

 

 二手――尻尾に張り付けた翔蟲より糸を手繰り寄せ、ブランコの要領で空中からリオレウスの股下に潜り込む。此処でリオレウスが異変に気付き、頸を動かす。ガンランスの駆動音を拾ったのだ。

 

 三手――漕いだ勢いそのままに、ガンランスをリオレウスの腹に打ち込む。里で鍛えた怪力と慣性、そして異様な鋭さを誇る矛先が柔い腹を食い破った。

 トリガー、そして。

 

 ――爆散。

 

 食い込んだ刃先、砲身から炎が逆流し散弾銃の如く鉛が臓物を食い散らかす。ズタズタになった臓物を、凄まじい炎が焼き焦がし、反動で流れた炎は手元の装甲で防ぐ。竜撃砲の反動で地面に転がった小太郎はすぐさま立ち上がり、冷却機構を作動させながらリオレウスより距離を取る。

 腹の中に竜撃砲を叩き込まれたリオレウスは膝を折り、咆哮を放ちながらゆっくりとその巨体を地面に沈める。地面が揺れ、土埃が舞った。

 慣れた手付きで複数ある引き金を引き、薬室の空薬莢を排出、腰に備え付けていたベルトから弾薬を取り出して装填。スライドを引き、腰を落としたまま待機。

 そのまま一秒、二秒、三秒――十秒、待つ。

 甲高い音、ガンランスの冷却窓が閉まる音。第二射可能の合図と共に小太郎は倒れ伏したまま微動だにしないリオレウスに近付く。頭部を覗き込めば瞼は開いたまま、その舌は投げ出され既に絶命している様に見えた。念の為と、小太郎は苦無を足のホルスターから一本抜き放ち、リオレウスの目玉に投擲。生きているのならば、打点をずらす、避ける。瞳孔の収縮、或いは反射的に何かしらの行動が起こる。しかしリオレウスは微動だにせず、苦無は眼球に突き刺さり中程まで埋まった。

 そこまでして漸く小太郎はリオレウスの討伐完了を確信する。

 

「……奇襲、最高」

 

 こうも簡単に一匹を屠れるとは、小太郎は歓喜に打ち震える胸を撫でながら深く息を吐く。本当ならば暴れ狂うモンスターの間隙を縫って突き刺さなければならない一撃、それをこうも容易く。やはり忍者は最高だ、胸の中で喝采を挙げながら振り向くと――此方を唖然とした表情で見下ろす二人のハンターと目が合った。

 

 何故二人共、各自の目標と戦っていないのだろうか。

 

 そんな疑問が沸き上がる。そして二人が狩猟に向かっていないとなると――静かに、小太郎は視線を先ほど二匹のモンスターが居た方向へ向ける。

 

 丁度、此方に向かってくるアンジャナフとティガレックスが見えた。

 

 成程、それはそうなるだろう。小太郎は納得する。死に際にリオレウスは咆哮していたし、何ならガンランスの竜撃砲は遠方に居ても良く響く。三人が順次相手をして、早く狩り終えた者が他の助力に向かう。これはそういうやり方だ。

 もし、二人が目標二匹のヘイトを買っていなかったのなら。

 

 ――勿論、全てのヘイトが小太郎に向く。

 

「おふぁっく!」

 

 叫び、小太郎はその場から全力で飛び上がった。その足元を樹々を薙ぎ倒し、ティガレックスが小太郎を食い殺そうと頭から突っ込み、歯先が掠った。咄嗟に翔蟲を投げ、遠方へと着地する。その間に奥に見えるアンジャナフの位置を探る――二対一は流石に不利、というよりやりたくない。最適解は最速で目の前のティガレックスを撃ち殺し、後続のアンジャナフに注力する事。

 そうなのだが――。

 

「こいつ本当に嫌いッ!」

 

 頸を左右に振り回し、両手で大地を叩きながら不規則に前進するティガレックスを前に思わず叫んだ。動きが荒々しい上に読めない、更に力強いし素早い。幸いなのは外皮がそれ程硬くない事か。しかし、だとしても打ち込む隙無ければ意味のない話。

 

「お前らァァァア早く来いィィィ! どうなっても知らんぞォォオ!」

「ご、ごめんなさい、直ぐに行くわッ!」

「わ、ワリィ!」

 

 小太郎が魂の叫びを轟かせれば、二人は慌てて蔦を伝って降下を始める。何故翔蟲を使わないのか? そう考え、即座に「そういえば翔蟲ってカムラの里のハンターしか使えないじゃん」と納得する。成程、そもそも初手奇襲の時点から無理があったのだ。自分の阿呆、小太郎は涙目になった。

 

「クソッタレがァ!」

 

 両手を掻くようにして小太郎を叩き潰そうとするティガレックス、その攻撃を搔い潜りながら小太郎はガンランスを脇に挟む。由緒正しい竜撃砲の構え、既に放熱を始めていた砲身は一秒と経たずに炸裂、散弾を発射、同時に爆音を轟かせる。熱波が小太郎の頬を焼き、足元の土が弾けた。

 目前で散弾と熱の雨に打たれたティガレックスは咄嗟に顔を逸らし、上空に向かって悲鳴を上げる。散弾が一発でも目に命中すれば儲けもの、そうでなくとも隙を作れたのなら十分。顔を上空に向けたティガレックス、その顔面からは蒸気が吹きあがっている――目前には隙だらけの頸元。

 

 冷却機構が作動し窓が勢い良く開いた。もう竜撃砲は撃てない。しかし二歩、駆けるようにして踏み込む。そしてガンランスを突き出し、トリガー。狙いは頸、そして奇妙な動作音と共に刃がティガレックスの頸に食い込み、螺旋状の杭が外皮を突き破って内側に侵入した。

 杭が肉に食い込んだ事を確認し、素早く後退。同時にティガレックスが痛みに藻掻き、暴れまわる。地面に爪痕が残り、土が宙を舞っている。小太郎の額から冷汗が滲んだ。

 竜撃杭は中程まで捻じれ進むと――爆散。

 鋼鉄の破片を撒き散らしながら自壊する。流石に竜撃砲のそれと比較すれば規模は小さいものの、効果は確かである。傷口から大量の血が溢れ、ティガレックスが咆哮と共に血を吐き出した。頸に命中したのが良かった、致命傷だ、そう確信する。

 後退しながら竜撃砲と竜撃杭両方のリロード。弾薬は腰のベルト、杭は背中から抜き出す。そこまでして漸く二人のハンターが到着、そして同時にアンジャナフも到着。

 

「遅くなって悪いッ! 本当にスマン!」

「それで、ど、どうするの!? 作戦とかある!? 結構ヤバくない!?」

「何がヤバい!? 此方は三人、向こうは二匹! 数で圧殺! 以上! 全然っヤバくない!」

「さっきも思ったのだけれど、アンタ結構頭がヤバいわよ!?」

「だからヤバくないって云っているでしょぉおおアア!?」

 

 アンジャナフが飛び上がり、三人はそれぞれ別方向へと回避する。ティガレックスは未だに血を流し、荒い呼吸を繰り返している。攻め時であった。

 

「太刀の野郎!」

「俺か! 何だッ!?」

「アンジャナフに突っ込めッ!」

「りょうか――エッ?」

「囮になれって云っているんだよォォォオ!」

 

 駆け回りながら叫ぶ。頭上をアンジャナフの尻尾が掠め、思わず心臓が跳ねる。直撃すれば骨の一本二本では済まないだろう。頭部に貰えば頸椎事引っこ抜かれかねない。早々に二対三を崩す必要があった。瀕死のティガレックスを狩猟し一対三に持ち込む、現状を切り抜けるにはそれしかない。その間、このアンジャナフのヘイトを買う人員が必要だった。

 

「いやいや、無策で突っ込むとか死んじまうよ!?」

「閃光玉、閃光玉持っていないの!? 隙を作れば良いのでしょう!?」

「そんな嵩張る道具持ってくるものかッ!」

「アンタ本当にハンターッ!?」

「あった! 閃光玉、あったよッ!」

 

 女の言葉に慌ててポーチを探っていた男が拳大の球体を取り出し、掲げた。尚、小太郎は積載量の問題で狩猟道具は必要最低限しか持ち込んでいない。ガンランス用の杭と弾薬がポーチを圧迫しているのだ。それに重量が重すぎると、今度は翔蟲が耐えられなくなる。防御という選択肢を捨てている以上、身軽さの確保は必須であった。

 

「でかしたッ!」

「投げて! ほら、早くッ!」

「目ェ閉じてろッ! おらァ!」

 

 叫び、閃光玉を投擲する男性。閃光玉は丁度三人とアンジャナフの中間地点で地面に叩きつけられ、三人は次の瞬間にも飛来であろう強烈な閃光に備え腕で顔を覆った。

 しかし、待てども待てども光が放たれる事はなく。

 

 数秒経過してやって来たのは、強烈な臭いであった。

 

「コレうんこ(こやし玉)じゃねぇかよぉォ!」

「ゲホッ、くっさ……! ちょ、やだぁ……!」

「うぉォッ!? 間違ったァア!?」

 

 閃光玉ではなくこやし玉をぶん投げたらしい。鼻をつく嫌な臭い、涙が出る程酷い臭いだと思った。小太郎達は暫く余りの悪臭に立ち竦み、そしてアンジャナフも思わず怯む。まさかババコンガではあるまいし、うんこを投擲してくるとは考えていなかったようだ。心なしかアンジャナフの瞳が、「うわ汚なッ! マジかよこの人間」という感情を湛えている様な気がした。

 しかし、隙は隙、怯みは怯み。閃光玉を投げて怯もうと、うんこを投げて怯もうと、生じる結果は同じである。小太郎はこやし玉の煙を裂きながら飛び出し、未だに立ち直っていないティガレックスに躍り掛かった。

 

「シャオラァッ!」

 

 裂帛一閃、血を流しながらも何とか飛びずさろうとしたティガレックスに向けて苦無を投擲。顔面に飛来したそれを咄嗟に腕で弾く、その隙に再び喉元へと潜り込んだ小太郎は今度こそ竜撃砲を撃ち込むべく、竜撃杭によって抉られた傷口に切っ先を抉り込んだ。

 

「吹き飛べッ!」

 

 トリガー、爆発。

 夥しい血と骨の砕ける音、爆炎が骨と肉を消し飛ばし、肉が焦げる臭いと共にティガレックスの頸が宙を舞う。杭によって裂かれた喉元は脆くなっており、竜撃砲で胴と頭が寸断されたらしい。弾け飛んだ頭部は切断面より赤を撒き散らし、重々しい音と共に地面に転がる。全身に返り血を浴び、竜撃砲の反動で地面を滑った小太郎は素早くリロードを行う。ガンランスを切り返し、遠心力を利用して薬室の空薬莢を排出、同時に手に握り込んでいた弾薬を親指で弾き装填。文字通り片手間で弾薬の装填を終えた小太郎は、後方で咆哮を繰り返すアンジャナフを見る。

 

「うぉォオッ! こっちを見ろぉォオッ!」

「目が、痛いよぉ!」

「ウルセェ! 痛かろうと何だろうと矢を射るんだよ!」

 

 小太郎がティガレックスを狩猟する間、二人のハンターはこやし玉に目と鼻を潰されながら必死にアンジャナフの気を引こうと奮闘していた。男性側が必死にアンジャナフの足元を走り回り、女性側が弓で顔面を射る。対象の注意を削ぎ、安全マージンを取りながら堅実に狩猟を行うやり方であった。小太郎はそれを見て思う、あぁ、ハンターしているなぁと。

 

「一閃ッ!」

 

 男が叫び、太刀を肩に担いだ状態から半円を描いて振り抜く。物打ちは確かにアンジャナフの足を捉え僅かに鮮血が舞った――しかし、刻まれた傷は浅く致命とは程遠い。残心を解かず、傷を見た男が思わず顔を顰める。確かに手応えはあった筈だと、男は柄を強く握ったまま後方へと飛び退く。

 

「か、硬ェ……! あの手応えでか、流石に嘘だろッ!?」

「アンジャナフの足は硬い、部位破壊を――ねぇ見間違いかな、その太刀下位武器に見えるのだけれど?」

「スマン! 俺達ッ、昨日上位に入ったばっかりなんだッ!」

「何で此処に居るの???」

 

 小太郎は心の底から疑問に思った。おかしい、地域掃討任務は上位ハンターの一握りの存在しか任せられない代物ではなかったのか。それとも何かの偶然か手違いで彼らに任務が渡ってしまっただけなのか。手違いで難度七任務って何だ、勇者の御宅に手紙を書いたら隣の家の一般人に渡って、勇者ではなく中年のオッサンが魔王討伐の旅に出る様なものだぞ。馬鹿にしているのか。

 それともあれか、強い奴が一緒にクエスト行ってくれるのなら別に自分が弱くても何とかしてくれるだろうという他力本願な思考で此処に来たのか。ぶっ殺すぞ。

 そんな思考が漏れたのか、涙目になった目を擦りながら女性が弁明を口にした。

 

「ギ、ギルドも流石に単独で掃討任務は危険だと判断しているのよ、貴方が現地入りする間に任務受けられる場所に居たのが私達だけで、本当なら貴方もオトモのアイルーとガルクがいつも居るのでしょう? 今回も付いて来るものだとギルドも思っていたみたいだし、そう思って馬車を派遣したら本当に一人で任務を受ける様子だったから、慌てて私たちに依頼を……」

「いや、確かにアイルーとガルクが居るからソロじゃないとは云っていたけれども」

 

 だからと云って下級上がりたての中堅を掃討任務にぶち込むだろうか。いや、本当に切羽詰まっており他に人員が居なかったとも思える。単独で挑まれるよりは百倍良いという判断だったのだとしたら余計質が悪い。

 足を浅く斬られたアンジャナフが鼻息荒く片足を振り抜く。「うぉ!?」と悲鳴を上げながら地面を転がり蹴りを避けた男は太刀を構え直し、小太郎を見た。

 

「本当に悪い! けれど俺達にもハンターの意地がある、形振り構わず動きを止めるからその隙に一撃頼む!」

「……まぁ、色々言いたい事とか思う所はあるけれど、そんな事を云っている場合でも場所でもないし――分かったよ!」

 

 ガンランスの矛先をアンジャナフに向け、頷く。

 同時、冷却を行っていた四窓が閉じ砲身に火が入った。男が太刀を肩に担ぎ、背後に声を掛ける。

 

「竜の一矢、行けそうか?」

「っ……漸く目が見えて来た所よッ!」

 

 目尻を伝う涙をそのままに、女は腰から一本の矢を抜き放った。鏃に奇妙な機構が備え付けられた一本矢、小太郎がそれを見えればガンランスの竜撃杭に酷似している事に気付いただろう。女が地面に擦り付けるようにして矢を番えれば、火花を散らした鏃が回転を始める。それは工房の作り出した、『貫通』に特化した特殊矢。瓶による矢の強化ではなく、矢そのものに手を加えた貴重な一本である。

 

「ッ――練気」

 

 男は太刀の刀身に掌を這わせる。鋭い刃は簡単に皮膚を裂き、男の手から血が滴った。傍から見れば只の自傷行為、しかし太刀使いからすればそうではない。太刀は、血の滑りによって鋭さを増す。敵を斬れば斬る程、屠れば屠る程、その刃の輝きは増し技は冴えを見せる。

 極論――それは敵の血でなくとも構わない。

 

「往くぞッ……!」

「――一矢ッ!」

 

 膝を着き、衝撃が空気を揺らす。火薬の弾ける音、同時に弦が弾ける音が響いた。女の放った一矢がアンジャナフに襲い掛かる。通常の矢であれば容易く避けられた、しかし身構えたアンジャナフに飛来したそれは通常より遥かに速く、辛うじて身を捩り、頭部への着弾を躱す事が限界であった。

 矢は、アンジャナフの横腹に突き刺さる。鏃が肉を裂き、内側へと突き刺さったのが分かった。痛手だ、しかし致命的ではない。そう思考したアンジャナフが――次の瞬間、それが絶対に受けてはならない矢であると知った。

 ズン、と何か腹の中で弾けた。それは衝撃となってアンジャナフの肉体を揺らし、思わず体が折れ曲がる。何だと己の肉体を見れば、突き刺さった矢が先ほどより深く、中へと沈んでいた。

【二段加速】――矢が対象に突き刺さった瞬間、回転する鏃に備え付けられた小型の推進器が火を噴く。結果、宛ら小さな爆発を起こし矢がもう一段、僅かに抉り込む。外皮で止まれば外皮を穿ち、骨で止まれば骨を穿つ。これは、そういう矢であった。

 

「シィッ!」

 

 体勢を崩したアンジャナフ、その懐に男は入り込んでいた。しかし隙とは云え僅かなもの、技を差し込むような隙間はない。ガンランスであれば突き刺し、点火、爆破の手順が必要となる。占めて三秒、このアンジャナフが全く動けない状況を作り出す必要があった。

 迫る男に向けて、体勢を崩しながらアンジャナフが大口を開ける。尾も足も振るえない、しかし口一つあれば十分だと云わんばかり。しかし男は避ける素振りすら見せず、迫るアンジャナフに向け手を素早く振る。何かを投げた訳ではない、だが男の手から赤い雫がアンジャナフの眼球目掛けて飛び散った。びしゃりと、アンジャナフの片目が赤く染まる。半身になった男の直ぐ横を、鋭い牙が抉り取った。目測を誤った、そうアンジャナフが思考するより早く、己の頸を誰かが蹴ったのが分かった。

 

 ――技でも斬れず、力でも斬れず、それならば。

 

 蹴られた方向――血に染まった視界をそのままに、アンジャナフは勢いよく噛み付く。しかし、何の歯応えも味もなく、ただ虚空があるばかり。

 あの、長物の男はどこに――一瞬生まれた空白の時間。

 刃は、上から降って来た。

 

「ヅェアアッ!」

 

 狙いは眼球、赤く染まったそれ。外皮が斬れぬのならば柔い部位を斬る。頭上より飛来したそれは寸分違わずアンジャナフの片目を捉え、鋭い斬撃音と共に視界を潰した。例え技で斬れぬとも自重と重力、落下の勢いを乗せた刃ならばと勇み、見事刃は届いた。痛みの余り絶叫するアンジャナフ、着地と同時に地面に転がった男は笑みを湛え乍ら確信する。

 

「――鉄糸」

 

 アンジャナフの動きが不自然に停止する。片目を潰され、その場で地団駄を踏んでいた両足が不意に折れた。見れば、その巨躯のあらゆる場所から糸が繋がっている。背中から、頸から、尻尾から――地面へ、まるで縫い付ける様に。

 アンジャナフは微塵も動かせなくなった首を震わせ、残った視界で迫る影を見る。

 

「これだけ時間があれば、余裕だ」

 

 己の眼球に向け矛先を振り上げる、小太郎の姿が映った。

 

 ■

 

「いやぁ、マジ、本当に助かった、流石は上位だわ、パネェわ」

「やばい殺意が溢れそう」

「……アナタ、狩猟の最中と普段で大分性格変わるわね」

「狩猟の最中はアドレナリン溢れまくってそれ所じゃないのだよ」

「アド……何?」

 

 頭部の吹き飛んだアンジャナフを前にしてへたり込んだ男と女、小太郎は熱したガンランスの薬室から空薬莢を弾き、内心でギルドに対する恨み辛みを吐き出していた。

 

「あぁクソ、やっぱり上位となると全然モンスターの強さが違うな……多少は腕に覚えがあったのに、まるで歯が立たなかった」

「想像はしていたけれど、想像以上だったわ」

「何故それで掃討を受けるのか」

「だから悪かったって」

「今度、何か奢ってあげるから許して頂戴」

「……まぁ、仔細を聞かずに参加したのは俺の責任だ」

 

 ギルドから依頼が来て、まぁ一人でも行けるでしょうと勝手に判断して狩場に来たのだ。完全ソロであるという情報を直前で出した此方にも非があると小太郎は思った。

 

「それでよぉ、そのぉ、風魔の旦那?」

 

 不意に、擦り寄って来る男。その逆三日月になった瞳が不気味だ。小太郎はガンランスを抱えたまま僅かに仰け反った。

 

「これからも良かったら一緒にクエストなんか……」

「―――」

「いやいや分かっているって、流石に今の俺達の腕じゃ足手纏いだ、それは重々承知しているとも、けれど俺だっていつまでもこのままでいるつもりはねぇ、これは……所謂、先行投資って奴だ!」

 

 小太郎が虫けらを見る様な瞳で男を見下ろした為、慌てて言葉を続けた。現上位ハンター、しかし下位から足抜けしたばかり。戦力として見るならば足手纏い以外の何物でものない。先行投資とは云うものの自分が彼らの面倒を見てやる義理はないのだ。

 しかし、そもそも碌にパーティを組んだこともない様な自分が選べる立場なのだろうか? ふと、小太郎はそう思った。思い出すのはギルドに入った途端、自分を見る視線の数々。そこには友愛や尊敬の念など一つとして存在せず、何か訳のわからないものを見る視線だけがあった。「いやぁ、上位ハンターになったらモテモテかな? 云い寄られちゃうかな? 困っちゃうなァ」などと云って天狗になっていた頃を思い出して小太郎は何だか無性に死にたくなった。

 

「お前もそう思うだろう? な!」

「……まぁ、私もベテランと云うか、上位依頼に慣れたメンバーがパーティに居ると心強いと思っているけれど」 

 

 男の言葉におずおずと同調する様に女も頷く。小太郎は努めて表情を動かさないように注意しながら脳内で思考を纏めた。どうせ自分には組むべきメンバーなど存在しない、里内ならば兎も角外征でパーティを組めるというのは大きい。報酬は――人数分で割られてしまうが、将来的に見れば受けられるクエストの幅も増えるし決して悪い話ではない。彼の云う通り、先行投資という奴であろう。

 数秒、小太郎は目を瞑ってあらゆる感情を飲み下し、ゆっくりと首を縦に振った。

 

「……分かった」

「やりぃ! 云ってみるモンだぜ!」

 

 男が拳を突き上げ、背後の女が胸を撫で下ろす。

 まぁ、悪い様にはならないだろう。こんな風に喜んでくれるのなら、力を貸すのも吝かではない。その後の事を考えれば。

 小太郎はそんな風に目の前の光景を眺めていた。

 

 ■

 

「……あれが例の狩人か」

 

 ベースキャンプに帰還し、それぞれの帰路に付く頃。小太郎が去っていくその背中を見つめながら、先程まで能天気に笑みを張り付けていた男の表情が豹変した。その身に纏う下位装備に似合わぬ武威、そして瞳の鋭さ。先ほどまでの軽薄な態度とは一転、どこまでも冷徹で酷薄な雰囲気を纏う彼を先の男と同一人物と気付ける者はどれ程いるか。

 男は背負った太刀を地面に放りながら、背後の女に問うた。

 

「どう見る、アレイアード」

「確かに戦闘能力は驚異的ね、『歴代』のイレギュラーと比較しても色褪せない、ロンディーネからの報告が本当なら、あの実力も納得……彼で決まりだと思うわ――通例であれば、ね」

「お前もそう思うか」

「えぇ、戦闘能力は頭抜けている、他の狩人と比較しても比類なき才能、それもまだ伸び代を残している、歴代の中でも上位、恐ろしさすら感じるわ、でも……【彼女】程ではない」

 

 アレイアードと呼ばれた女性は、呟きながら籠手や具足を脱ぎ散らかしていく。途端、どこから現れたのか複数のアイルー達がキャンプを囲みだし、彼ら本来の武具を手配し始める。

 密偵――スパイと言い換えても良い。

 ロンディーネが騎士を名乗るのであれば、彼らは草を名乗るだろう。表側と裏側、身分を偽り己を偽り、時には性格や名前すら変えて情報を収集する影役。ロンディーネが里を探るように、彼らは里の『特定のハンター』を探る密命を受けていた。広域に支部を持つハンターギルドだからこそ地域別に国や里による影響力というものが存在する。得てして組織が大きければ大きい程、その手の物には縛られるものだ。特に彼らの背後にある王国は、有形無形の支援をギルドに齎す巨大国家。出資金の割合によって影響力が変わるように、組織の上層が特定の出身者に限られるように――権力とは『そういう風に』形作られている。

 不意の任務にハンターの一人や二人を捻じ込むなど訳ない事であった。

 そして今回抜擢されたのが此処に居る二人であり、対象は他ならぬ小太郎であった。

 

「何の因果か、あれ程の才能を持った狩人が同じ里で育つか……いや、あの里だからと云うべきなのか」

「彼の生まれた地はまだ見つかっていないのでしょう?」

「あぁ、捨て子である事は確かだが、情報部も仔細までは掴んでいないらしい、異常個体(イレギュラー)が二人、嘗て存在しなかった事だ、俺達はこのまま監視を続けるぞ」

「えぇ、了解よ、今回の件はロンディーネにも伝えておくわ……全く、カムラという里は魔窟ね、鋳造技術と云い、住んでいる里人と云い」

 

 男――アレスもアレイアードの言葉に内心で同意した。世界の片隅、山奥にひっそりと存在する小さな里がよもや此処までの技術と力を持っている等と誰が予想出来よう。大群を成して襲来するモンスターから身を守る為に、そういう風に進化したのか、或いは元々素質を持っていたのか。

 しかし、その里に存在する一人の少女に光を見た――それもまた事実。

 

「風魔小太郎――彼女が期待するお前の力、見定めさせて貰うぞ」

 

 呟きは風に揺られ、誰の耳に届く事もなく消えた。

 

 ■

 

「小太郎、クエストお疲れ様でした……随分疲れた様子ですが?」

「……その、パーティのメンバーが少し、ね」

「は? パーティ? 今回はソロと云っていましたよね? 私は何も聞いていないのですけれど???」

「ひぇッ……ち、違うのですミノトさん、何か、きっとギルドの方でごたごたがあったと思うのですけれど、急にパーティを組んで討伐する事になって、ですね」

「へぇ、そんな報告は受けておりませんが――分かりました、後でゴコク様に尋ねてみましょう、きっと丁寧に全てを話してくれる筈です」

「あっ……」

「兎も角、クエストお疲れ様です、次の任務に備えて体を休めておいて下さい」

「あぃ……了解しました」

「ん、あぁ、小太郎」

「はい?」

「もう一つ伝える事があったのを忘れていました、実はですね――(コウ)が帰って来ました」

「――は?」

 

 





■アレス
 太刀使いの男性。身分を偽って小太郎に接近した。本当の得物は『双剣』、本人曰く「長物は得意じゃない」――得意ではないからこそ、身分を隠すには丁度良い。
 ロンディーネと同郷。

■アレイアード
 弓使いの女性。身分を偽って小太郎に接近した。本当の得物は『穿龍棍』、本人曰く「殴った方が早い」――弓を使っている最中は討伐対象を蹴り飛ばしたくて仕方なくなるらしい。
 ロンディーネと同郷。

■里の英雄、物語の中心――朱仁 香(しゅじん こう) 

「うわ小太郎よわーい♡ ほんとにザッコ♡ ラージャンと腕相撲したら負ける♡ ジンオウガの落雷で動けなくなる♡ ラオシャンロンの首を一撃で落とせない♡ ナルガクルガとの徒競走で負ける♡ 大人なのに本当に情けなーい♡ ――いつになったら私の隣に来てくれるの?」

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