溺愛姉妹   作:トクサン

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十年前の貴方へ

「ぅう……ぐ…ぁ……ッ!?」

 

 酷い夢を見ていた気がした。何か恐ろしい、途轍もなく恐ろしい存在に襲われ、その魔手が届く直前で小太郎は飛び起きた、飛び起きてまず見えたのは――視界一杯に映るウツシ教官の笑顔であった。

 思わず小太郎は目を瞬かせ、ウツシ教官はこちらを覗き込むように腰を折ったまま、静かに云った。

 

「おはよう、愛弟子」

「……ウツシ教官?」

 

 ■

 

「それでは何ですか、教官が俺を此処まで……?」

「勿論だとも、流石にあの三人を相手取るのは骨が折れたよ、正直真正面から君をもう一度奪還しろと云われたら難しいだろうね」

 

 小太郎はウツシ教官より手渡された水筒に口を付けながら、苦笑する目前の師匠を見る。良く見れば所々ほつれ、斬撃痕の様な掠り傷が見えた。

 場所は修練場外周に存在する隠し洞窟、小舟でやって来られる場所の中では一番秘匿性が高いらしい。確かに、小太郎もこのような場所が存在するとは全く知らなかった。洞窟内は天上の高さが二メートル前後で、横幅もそれ程広くない。人が二人も並べば手狭になってしまう程。小太郎はそこの床に布を敷き詰め寝かされていた。

 洞窟内にはウツシ教官の持ち込んだのだろう光蟲の詰められた提灯が掲げられ淡い光で内部を照らしている。

 

「昨夜の事は覚えているかい?」

「昨夜……昨夜は……」

 

 ウツシ教官の問いかけに対し、小太郎は昨日の事を思い返そうとする。しかしその瞬間、何か針で内側から突かれた様な痛みが走った。思い出してはいけないと、小太郎の中にある本能が叫んでいた。

 

「俺は、確か――香と手合わせをして、それから」

 

 それから、言葉を続け小太郎は蒼褪める。そうだ、自分は自宅で、三人に。自身に恍惚とした表情で手を伸ばす、姉妹の姿を思い出した。小太郎は思わず自身の股間を凝視する。

 

「お、俺、まさかッ!?」

「落ち着くと良い愛弟子、大丈夫だよ、最後の一線は何とか阻止したから」

「そ、そうですか……良かった」

 

 安堵し、浮かせた腰を再び落とす。最後の一線「は」という表現にやや引っ掛かったものの、一線を越えていないのであれば問題ない。

 何だか腰が酷く重く、身体のあちこちに唇に吸われたかのような鬱血痕が散見されたが、小太郎は努めて目を逸らした。

 もっとちゃんと現実から目を背けなければ。

 小太郎は掛け布団代わりに被せられていた外套を引き寄せ、肩に覆う。小太郎の恰好は殆ど全裸で下着一枚身に着けていなかった。洞窟に吹き込む風が冷たい。

 

「すまない、逃げ出すのに必死で服を持ってくる余裕がなかったんだ」

「いえ、大丈夫です、あの修羅場から抜け出せただけでも助かります……というより、一体あんな場所から俺をどうやって?」

「教えただろう? 狩猟対象が最も油断するのは、相手が『勝った』と思った瞬間だ、【勝てる】じゃない、『勝った』と思った瞬間だ――彼女達は君の貞操を掛けて揉めていてね、男は女の初めてに、女は男の最後になりたがるというけれど、彼女達の場合は初めても最後も欲しいらしい」

 

 君を回収するのは楽だったが、逃走には骨が折れたよと笑う教官。それは彼の衣装を見れば分かる、と云うよりも良くあの三人から男一人を担いで逃げられたものだと尊敬の念を抱いた。何だかんだ云って、この人も相応に化物なのだ。自分であれば他者を担いで逃走など論外、単独であっても逃げ切れる確率は一割もない、良くて一分か。

 改めて、小太郎は自身の無力さを痛感した。知らず知らずの内に外套を掴んでいた手に力が籠る。皺の刻まれたそれを見て、ウツシ教官は目を細めた。

 

「……今回も、負けてしまったのかい?」

「――はい」

 

 小太郎は強く唇を嚙み締め頷く。三人に、という話ではない。香と行った一対一での試合の事であった。

 

「手も足も、出ませんでした」

 

 思い出す。交わした一閃、一撃、その一秒一秒を。

 武器があっても、素手でも。彼女にとっては準備運動の延長線上に過ぎなかったのだろう、汗一つ、息一つ乱さずに、凛とした立ち姿は網膜に焼き付いて離れない。

 

「モンスターを狩猟する技術と、対人戦闘は全く分野が異なる……と云っても、慰めにもならないのだろうね」

「すみません……でも香なら、狩猟に関しても俺より余程上手くやれると思います、俺はどちらの分野に於いても、香には及ばない」

 

 絞りだした様な声が漏れた。事実そうだ、彼女は対人戦闘に於いても、狩猟に於いても小太郎の遥か上を行く。それこそ、想像もできないような実力差がある筈だ。

 遠い。目指す頂が――余りにも遠い。

 覚悟していた筈だ、己が手を伸ばそうとしたそれは天に等しいと。地に足を付けて生きている己が、どうやって空に瞬く星に手を届かせるというのか。

 考えれば考える程、胸が重く、肺が苦しく、手に力が籠った。

 

「教官」

「うん?」

「どうしたら強くなれますか」

 

 小太郎は修練漬けの毎日を送っている。それは半ば嫌々であるし、目の前の修行大好き妖怪に誘拐されて強引にやらされているという面もある。

 だが小太郎は修練に於いて――一度として手を抜いた事はなかった。

 肉体を作る為の修行であっても、型稽古の修行であっても、手合わせの修行であっても、小太郎は常に全力であった。全力で今日まで駆け抜けて来た。

 全力で、本気で、死力を尽くして『これ』ならば。

 或いは、己の一生を費やしても届かないのではないだろうか? そんな疑念が小太郎の脳裏を過っていた。

 

「難しい質問だ」

 

 ウツシ教官は呟く。声色から分かる程の苦悩、悩ましいと彼は表情で語っていた。

 

「戦えば戦う程、修練すれば修練する程、自分の弱さを見せつけられる、自分の弱点を見つけてしまう、それは一つ二つと増えていって、日に一つの克服すら儘ならない、一つ克服して、また一つ克服して、次へ、克服すれば次へ――次へ、次へ、次へ」

 

 人はそうやって成長する、強くなる。

 けれど『己の弱さに向き合い続ける』という行為は苦痛だ、羞恥と、自責の念と、己の不甲斐なさに絶望感すら覚える。だから人は必ず、一定の場所で線引きする。「ここが自分の限界だと」、積みあがった弱さから目を背け、向上心を失くし、己の今に満足感を捏造する。

 ただ己の弱さだけが積み上がり、焦燥感だけが残る日々。苦しいだろう、辛いだろう。ウツシという人間にとってそれは余りにも馴染みある感覚だ。時間を掛ける事――それが唯一の解決方法である事を理解している。けれど、正しさで感情は救われない。

 自分たちは今、強くなりたいのだから。

 

「強くなる道に近道は存在しない――けれど、全力で走り続ければいつかきっと、天にも届くと僕は信じている」

 

 ウツシ教官の声が洞窟内に反響した。俯いていた顔を上げた。己を見下ろす教官は信じていた、風魔小太郎と云う男を、一人のハンターを、己が愛弟子と呼ぶ唯一無二の存在を。自分の通った道を、彼ならば走破して見せると。

 自身を見下ろす眼差しに小太郎は暫し言葉を忘れた。彼のその、余りにも力強い瞳に、信頼に輝く両目に、既視感があったのだ。

 思い出す。

 こんな目をしていた人が居た。

 目に焼き付いているのは、小柄な背丈。まだ手に馴染まないであろう片手剣を無造作に担いで、当時小太郎が手も足も出なかったリオレウスを下して、その亡骸の上に立つ少女。

 そうだ、最初にこんな風に――自分ならば出来ると、待っていると口にしてくれた彼女は。

 

 ――ずっと此処で待っているから。

 

 天に立つ彼女の瞳は、いつだって(風魔小太郎)を見ていた。

 

「俺は」

 

 小太郎は自分を恥じた、一瞬でも諦観の感情を抱いてしまった己に喝を入れる。外套を握り締めたまま、告げる。

 

「一日でも、一時間でも、一分でも、一秒でも早く……強くなりたい(彼女に並びたい)!」

「――あぁ、応援するよ、愛弟子」

 

 ウツシ教官の手が頭の上に乗せられる。くしゃりと撫でられた彼の手からは、万感の想いが伝わるようだった。覗き込んだ彼の瞳と、小太郎の瞳が交差する。互いの瞳には確かな熱意が募っていた。

 

「協力は惜しまない、元よりそういう約束だ、僕は僕の出来得る限り、君に協力すると誓った……君には文字通り、【僕の全て】を伝授する」

「教官」

「彼女の強さは正直異次元と云っても良い、月と背比べをする様なものさ、目指す果てが同じ『人』ならば善い、それは等身大の夢と云う奴だ――けれど君の歩む道はそうじゃない、そんな事は疾うの昔に知っていただろう?」

「――はい、例え星に手を伸ばす様な話だとしても、俺は」

「それでこそさ」

 

 ウツシ教官は笑った、彼らしくもない破顔だと思った。無邪気で、快活で、莞爾とした笑みの中に仄かな羨望と称賛と、悲壮の混じった笑みだった。

 ウツシ教官の指先が小太郎の額を小突き、彼は呟いた。

 

「だから君は、『愛弟子』なんだ」

 

 

「そういえば……その、教官」

「うん? 何だい」

「教官は結婚とか、しないのですか」

「結婚? 僕が?」

「はい、教官が誰かとお付き合いしたとか、聞いた事がなかったので、教官は里での人気もありますし、ギルドでも評判が良いでしょう、結婚しようと思えば出来るのでは?」

「まぁ、そうだねぇ、しようと思えば出来るだろうけれど、当面その予定はないかなぁ」

「何故か聞いても?」

「あー……そうだね」

 

 ウツシ教官は頬を掻き、ばつが悪そうに答えた。

 

「そういう気持ちに今はなれないっていうのもあるし、独りが気楽だっていうのもある、この教官っていう立場も気に入っているしね、誰かと結ばれたりして家庭を持ったらこうして誰かを指導する時間も短くなってしまう――深夜の秘密特訓とか、伴侶が居たらまず無理だろう?」

「あれはもう勘弁して下さい」

「ははは、僕は当面する予定はないよ、僕はね――というのが建前の理由だ」

「! 建前ですか、そうなると本音があるので?」

「そりゃあ勿論、今のは誰かからお誘い頂いた時の断り文句さ、本音は滅多に吐かないよ」

 

「僕はね、男が好きなんだ」

 

 沈黙が流れた。余りにも昏く、痛みすら覚える沈黙であった。

 心なしか洞窟内の温度が下がったような気がする。腕に生えた産毛が鳥肌と共に逆立った。唇を数度震わせ、努めて冷静を装いながら声を出す。

 

「そっ……う、なんですか、初耳です」

「云ってなかったから、当り前さ」

 

 すんなりと口から出そうとした言葉は、思いのほか濁って聞こえた。ウツシ教官から一歩、二歩と音もなく離れる。その分だけ、彼は距離を詰めた。教官が横目で小太郎を見る、綺麗な流し目だった、妖艶と云っても良い。小太郎の尻がきゅっと締まった。

 

「――所で我が愛弟子よ」

「は、何でしょうか教官」

「これは全く、僕達の間とは何の関係もない話ではあるのだけれど……」

 

光源氏計画(自分好みに育てる)というものを知っているかい?」

「畜生ァ!」

 

 小太郎はその場から飛び上がり、涙目で自分の尻を両手で庇った。それを見たウツシ教官は腹を抱え、笑いながら手を振る。彼の笑い声が洞窟内に響いていた。

 

「ハハハハハハハッ! 冗談、冗談だよ愛弟子!」

「その冗談全然笑えませんからね!? 身の危険しか感じられませんでしたよッ!? というか本当に冗談なんですか! 今、俺貞操の危機だったりしませんかッ!?」

「大丈夫、大丈夫、僕はちゃんと女性も好きさ」

「ったく……やめて下さいよ本当、冷汗掻きました、寿命が十年縮まった気分です」

「悪いね、揶揄ったりして、でもこういう方面で揶揄って大丈夫なら、彼女達と相対しても問題ないだろう」

「………」

「複雑かい?」

「まぁ、俺も少なからず好意は寄せていましたから……いえ、嘘を吐きました、少なからず何て表現では足りない位には想っています、だから別に、あんな事があったからってどうこうする気も、そういう感情も湧いてきません」

「羨ましい限りだ」

「それはどっちの意味ですか」

 

 小太郎は再び尻を手で覆った。ウツシ教官は苦笑いを零し、肩を竦める。

 

「それ程までに想い合える関係が羨ましいって事だよ、兎角、何かあったなら力になるよ、元より僕は君の味方だ、遠慮なく頼ってくれ」

「……助かります」

「あぁ」

 

「本当に、いつでも頼ってくれて良いからね」

 

 そう呟いたウツシ教官は、どこか恍惚とした表情で小太郎の頸筋についた鬱血痕をじっと見つめていた。

 

 

「実力行使……は厳しい、私単独では無理が……ならばやはり誰かに薬を都合して貰って、でもカゲロウさん以外だと誰に……ッ! 催眠、そういうのもあるのね」

 

 カムラの里、ギルド内部のカウンターに於いて一心不乱に何らかの本を読むミノト。時刻は昼過ぎ、里のギルドを利用するハンターは少数である為、村の窓口担当であるヒノエと比較するとミノトは手透きの時間が多かった。大抵は他所ギルドとの取次や各所書類仕事であったり、搬入の受け入れ作業であったり、正直受付嬢としての仕事は稀である。

 そこにゆっくりと近づくゴコクの姿。彼はカウンターで本を読みながらぶつぶつと何事かを呟くミノトを見て、何とも形容し難い表情を浮かべながら声を掛けた。

 

「あー、ごほん、今良いゲコか?」

「ゴコク様」

 

 ミノトは声を掛けられ漸くゴコクの存在に気付く。読んでいた本を閉じると静かに、それでいていつも通りの澄まし顔で対応した。

 

「まぁ、今は人もおらんでゲコ、五月蠅くは云わないゲコが……」

 

 そう口にしながら、そっと本のタイトルに目をやるゴコク。彼の頬に一筋の冷汗が流れた。

 

「何を読んでいたゲコ?」

「『想い人に振り向いて貰う百八の方法~夜這いから薬漬けまで~』です」

「……せめて表紙に覆いを付けるでゲコ」

「何故です?」

「色々と情操教育に宜しくないでゲコ」

 

 寧ろ何故それで大丈夫だと思ったのか、ゴコクは思わず胸内で悪態を吐いた。少なくとも里の子ども衆には見せられない。

 よもや姉のヒノエ大丈夫であろうな、あんな大通りでこんな本を読んでいる等という事になれば大問題である。後でこっそり様子を見に行こう、ゴコクはそう決めた。

 

「……まぁ、今それは置いておいておくゲコ」 

 

 本当は置いておきたくなどないが、目の前のこの、深淵を覗いている様な気分になる真っ黒な瞳は直視に堪えない。ゴコクは努めて視線を逸らしながら懐から数枚の紙を取り出した。

 それをカウンターの上に広げるとミノトが紙面を覗き込む。普段とは異なる書式、格式張った書き方と署名、赤い印章に自然と彼女の意識が仕事のそれに切り替わった。

 

「これは?」

「今朝方、『ドンドルマ』、『ミナガルデ』から連名で届いた要請書ゲコ」

「……要請書?」

「うむ、ハンター風魔小太郎の【G級】入りを――」

「なりません」

 

 間髪入れず、ミノトは言葉を被せた。じっと書面を睨みつける様に見つめていたミノトが視線を上げると、ゴコクの瞳とかち合う。瞳は酷く濁っていた。

 

「ゴコク様、その件に関しては既に何度も話し合いの場を設けたではありませんか」

「……しかしなぁ、ゲコ」

 

 こうなるだろうと予想していたゴコクは、恐らく首を縦には振らないだろうと予感しつつも説得を試みた。事実、いつまでも要請を跳ね退ける事は難しいのだから。

 

「上位の任務に就けるハンターは限られておる、ましてや腕利きはどこも手放したくなりゃあせんゲコ、その上【G】の称号を持つハンターともなると、本当に両手の指の数で数えられる程しかおらん……実を云うと、少し前に『龍暦院』からも称号受諾の催促が来とるでゲコ」

「えぇ、存じております、しかし私と姉様は断固として反対です、【G】の称号を得たハンターは原則として招集命令を拒否する事は出来ません、彼は里の大きな防衛戦力の一人です、そんな彼に任務で抜けられてしまっては痛手が過ぎる、百竜夜行が多少の落ち着きを見せたとは云え余りにも時期が悪いでしょう」

「ならば、時期が来れば問題ないゲコか」

「えぇ、尤もそんな時期は一生来ないと思われますが」

「………」

 

 それは事実上の飼い殺し宣言か、或いはかかあ天下(尻に敷く)宣言か。ゴコクには分からなかったが、少なくとも彼女が本気でそう思っている事だけは確かであった。

 

「既に我がカムラの里からは香という【G】の称号者を輩出したでしょう、ハンターズギルドは本来別個の組織、規模や貢献度で多少の上下はあっても、これ以上は欲張り過ぎというものです」

「成程、成程……それで、本音は?」

「任務で何ヶ月も小太郎と会えないとか私を殺す気ですか? ぶち殺しますよ?」

 

 ミノトは本気であった、あれはやると云えばやる瞳だとゴコクは思った。

 ただでさえ一日に一時間も小太郎と触れ合う時間が確保出来ていないというのに、ギルドの、それもG相当のクエストとなれば平気で大陸中に派遣される。上位であれば長くとも一週間そこら、短くて日帰り、一日二日程度だが、それですら苦痛であるミノトにとって数ヶ月単位の遠征など到底認める訳にはいかない。確実にミノトの中にある小太郎成分が枯渇する。

 ミノトは思った。私に死ねと云うのか? ギルドはカルネアデスの板を知らないのだろうか、生き残る為であれば他者を殺害しても無罪放免なのである。もし小太郎を自身から引き離すつもりであるのなら上等である、殺してでもうばいとる。

 

「いい加減弟離れするゲコよ」

「近い内に弟ではなくなるので問題ありません」

「そういう話ではないでゲコなぁ……」

 

 何でこんな風に育ってしまったのか、儂か、儂が育て方を間違ったのか、それともフゲンか? ゴコクは強く己の教育方針を見直そうと決意した。この様な症例はこの姉妹だけで十二分である。

 尚、その種は既に撒かれ芽吹いている事を彼は知らない。姉妹を見て育った団子屋の少女は、「既成事実(実力行使)、そういうのもあるのか」状況で自身の連射砲を夜な夜な磨いている。将来の里長が胃を痛める未来は確定していた。

 

「私は、小太郎が任務や狩猟に絡むことに反対はしません、小太郎の天稟は疑っておりませんし、何より(おのこ)というものはそういうものだと理解もしております、しかしそれは十二分な備え、修練、実力を持ってこその話……誰が好き好んで想い人を死地に送りたい等と思いましょうか」

「しかしのぅ、香より腕前は保証されたと聞いたでゲコよ」

「確かに香から小太郎の成長については聞き及んでいます、古龍や禁忌級のモンスターと対峙しても易々と落命はしないと――しかし、可能性はゼロではありません、そうでなくともゴコク様、貴方も御存知の筈でしょう」

 

 ミノトの瞳がすっと絞られ、ゴコクを射貫いた。

 

「上位と【G】(伝説)の間には余りにも厚い――厚い壁があります」

「むぅ……」

 

 思わず唸る、それは紛れもない事実であったから。

 全ハンターの内、上位のライセンスを持つハンターは三割程度と云われている。残りの殆どは下位ハンターで占められ、【G】の称号を持つハンターともなれば一%にも満たない。

 上位のハンターが全体の三割と聞いた時、存外に多いと口にする者も居る。しかし、ハンターライセンスの括りは余りにも大きい。下位のハンターと云っても難度一の採取任務しか受注しない者が居る様に、上位にも難度四で手一杯の者も居れば、難度七の掃討任務を請け負う者も居る。その実力差は下位のそれよりも遥かに大きい。上位の上澄み、称号を授与されるに足るハンターの数などどれ程いるものか。

 現に称号を授与される者が両手の指で足りてしまう現状がそれを示している。

 人手不足――現状の称号持ちは、これに尽きる。

 しかしその人手不足は、上位と【G】の隔絶した難度差から生まれたものなのだ。補填と一口に言ってしまっても、その難しさはギルドに属する者ならば良く知っている。

 

「下位と上位の差どころの話ではない、文字通り挑むのは御伽噺に出て来るような伝説の存在、其処らに蔓延るモンスターなど比較にもならない、塵芥に等しい……自然災害に生身一つで挑むに等しい蛮行です、それでも尚勝利するからこそ、彼らは【G】(伝説)の称号を持っている――私はそんな存在と小太郎が戦うと想像しただけで耐えられません」

「しかし、当の本人である小太郎は未だ【G】(その称号)を求めて努力しているでゲコ――あの子の隣に並ぶ為に」

「………」

 

 ミノトの能面の様な表情が、ゴコクの一言によってくしゃりと歪んだ。忌々しい表情、或いは憎悪の念。凡そ彼女らしからぬ感情に、ゴコクは暫し面食らった。

 

「直ぐに気付きます、それが無謀であると――あの子は【特別】なのです」

 

 爪を噛むミノトの表情がゴコクの目に強く焼き付いた。

 

「兎も角、私と姉様は以前申し上げた通り、小太郎の称号受諾には反対です、彼にはまだ私たちの手助け出来る範囲に居て欲しい」

「……相分かった、返事は一旦預かるでゲコ、しかし良く覚えておくでゲコよ、『ドンドルマ』、『ミナガルデ』、『龍暦院』、これだけのギルドが彼の【G】入りを望んでいるゲコ、恐らくそう遠くない内に『タンジアの港』、『バルバレ』、『ロックラック』からも要望が届くと思うでゲコ――既に半数は賛成している状況、もし過半を超えれば彼の【G】入りは確実と云っても良いゲコ」

「………」

「遅いか早いかの違い……否、ワシが今更云うまでもない事ゲコ、ミノト、覚悟はしておきなさい」

 

 そう告げると、静かに立ち去るゴコク。その小さな背中を見送りながらミノトは伏した本の表紙に爪を立て、苦々しい表情を隠さず唇を噛む。

 

「覚悟など、出来る筈がないでしょう」

 

 それが出来るのならば、疾うの昔にしていた筈なのだから。

 




■ウツシ教官
「既成事実、実力行使、拉致監禁――其処に彼からの愛はあるのかい? 何年でも待つさ、十年でも二十年でも……待つ事には慣れているからね」

■ミノト
「どうにかして小太郎の童貞を増やせないかしら、姉様と一緒に卒業を」

■ヒノエ
「お団子美味しい……あっ、そうだ、美味しいお団子を小太郎君の体で盛り付けて貰ったら更に美味しい最高のうさ団子、いえ小太団子が」

■香
「小太郎のアナルは私のです触るな穢れるぶっ殺しますよ教官」

■上位ハンター・アヤメ
「ウツシさん……」

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