そこは女の園

そこは女の果て

そこは女の進化の行きつく先


並行世界の聖杯戦争によって生じた特異点。
それは女が女であることを捨てた世界。

人外魔境の地にて蒼夜は一人の少女と出会う。

―――これは、女の愛の物語


例によって連載する気はありません。
主に体力気力、スケジュールの都合です←
また少し修正するかも

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前々から書きたかったクロス物です。
本当は21年の内に書きたかったけど、ごたついて呑気してたら年越しました……ちくせう……(泣

というわけで、そんな新年一発目の作品です。
内容は今までのより多めなので途中で飽きるかも……まぁ、気長にお願いします。
細かい設定についてはまぁリクエストがあれば。


それでは、お楽しみください!


FGO×IS  《インフィニット・ラヴァーズ》

 

 

 

 

 世界の男女比はほぼ均等と言われている。

 その比率は世界レベルで均等がとられているため、一国で見ると偏りのあるものでも、それが世界各国、地球全体になるとうまい具合に男女比がとられているので差というのも全体的に見れば、の話ではあるがその差は微々たるものでしかない。

 とはいえ、それはあくまでも世界という広い目で見ればの話であって、国レベルでは上述の通り、偏りがあるのが実情である。

 当然。偏りがあれば見方、考え方にもその兆候などが見えるわけで、それはやがて国の常識、文化、思想、主義にもつながる。

 それをまた違った偏りの国々と接することで常識や思想といったものはバランスを保っている。

 

 

 ──―そう。実際広い目で見れば、人類の男女比はほぼ同じで、その差は微々たるものでしかないのだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ──―走る。走る。はしる。

 息も絶え絶えに、肺から空気を絞り出すほどに体を酷使し、腕を振るい、体を震わせ、脚が今にももろく崩れ去ろうとしても、走る。

 体の中から沸き立つ熱量と、背筋から伝わる悪寒に脳裏でけたたましくなる生存本能の声を燃料に、まだ生きねばならないと、動かねばならないと血を巡らせる理性を抱えて、走る。

 背中に迫る明確な死を、隠されることのない殺意を、聞こえてくるあざけ笑いと奇声から逃れるために、青年は走り続ける。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 鬱葱とした森林の中、枝と枝の間からわずかに漏れる日差しの光を頼りに足場を確認しつつ駆け抜けていく。深く、濃く、それでいて生い茂る森林の中はほとんど足場も見えないが、茂みの下に僅かに見える獣道を探し、青年はただひたすらにまっすぐ。時折行く手を遮る木々をかわし、その場その場で最適の行動(アクション)で障害物を突破し、森の中を突き進む。

 ただ生き残るために。迫りくる確実な死から逃れるために。

 

「────────―!!」

 

 青年の死はただ一つ。今、後ろから追いかけてくる二体の獣につかまることだ。

 奇声とともに、青年よりも軽やかに、そして確実に迫りくる二体の奇形の獣。だがその姿が獣という言葉に相応しいものではなく、誰もが瞬時に想像をする動物という人間以外(・・・・)の姿をしていない。

 最も近しいのは、今その獣から逃れる青年。つまり人の姿だ。

 頭部は口から上を緑のヘルメットで覆い、カエルの目のような円形の浮き(・・)がある。背には羽が生えているがその形状が羽であるというだけであって、中には推進器が取り付けられている。臀部には二本の尾が生えているがこれも形だけで実際は触手のように動く第二の腕。

 そして、獣たちの四肢はヘルメットと同じ緑で腕は鋭い爪を持ち、脚は華奢な細さでありながら獰猛な足爪を伸ばしている。

 

「────────―!!」

 

 甲高く笑うかのような奇声をあげて木々の間を飛んでいるとも、跳ねているともいえる動きで追いかける獣たちはまるで狩りを楽しんでいるかのように青年をまっすぐに追わず、激しく左右へと動き、間合いを詰めている。背から一刺し、あるいわ左右から。どちらでも問題ない、いつでも狩れる。強者の余裕か、それとも油断かは分からない。

 だが、獣たちが追撃をやめることは決してない。今はただ目の前の獲物を狩る機会をうかがうのみ。

 

「クッ…………!」

 

 それは青年も十分承知している。自分がいつでも狩られる状態であることも、こうして逃げているが、一歩でも間違えればすぐにやられることも。

 自分が格好の獲物であり、彼女ら(・・・)の遊び道具であるということも。

 青年はこの状況を嫌というほど理解していた。熟知していると言ってもいいほどに。

 だから、逃げるのをやめるわけにもいかない。

 

 

 ──―森林に差し込む日差しが強くなる。

 木々の間隔もだんだんと広くなり、茂みの大きさ、深さも薄くなっている。地面の見える場所が目に見えて増えはじめ、逃げるための道筋が増えていく。草もまばらに、土が露出しているところも多くなっている。

 青年の目に見える薄まる森の景色は内心に僅かな安堵と同時に迫る獣への恐怖をより強くさせる。森の濃さが薄まっているということは、彼女らにとっても足場や道が増えているのと同じ。状況の好転ではなくむしろ悪化を示しているのと同義だ。

 

「よし……!」

 

 だが、それでいい。青年の中で未だ恐怖と警告が鳴りやまないが、理性が断たれたわけではなく、むしろ人間的な部分は喜びすらも見せていた。

 全てはここからだ。ここが勝負所。

 青年は残ったスタミナを使い、ラストスパートをかけた。

 

 

「──────────!!」

 

 

 獣たちが叫ぶ。刹那、背筋から感じる恐怖が一気に跳ね上がり、体温を余すことなく奪い去った感覚に青年は焦燥感を見せた。

 遊びは終わり、獣たちが狩りを始める。彼女らもまたギアを上げて間合いを詰め、獲物である青年を追い詰めていく。左右に動き、背か横からかという選択肢を最後まで残し、青年に「逃げ」ではなく「回避」の選択肢をちらつかせる。逃げではなくかわそうとした瞬間に、自分たちの爪で獲物を突き殺すために。

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!!」

 

 ──―それでいい。

 追い詰められる青年の理性がそう告げる。追いかけてこいと、追い詰めてこいと叫んでいる。焦燥感の中に優越感を見せて笑っている。実際は命の危機で下手をすれば死ぬというのに、作戦通りに動く彼女らに笑みを浮かべている。

 走る青年の顔にはそんな色は一切ないが、青年の本音は今ににやけ顔を作りたくてならない。

 死がそこに迫っているのだから。

 

「…………」

 

 数キロ先に森の終わりが見えてくるが、その手前に木でもなく、茂みでもない何かが立っている。木よりも小さく、茂みよりも細く、たおやかな一本の線を揺らして、それは立っていた。何かに切り倒され、未だ小枝すら見せない木。ガーデンに置かれたコニファー。そのいずれでもない。それどころか、彼らの行く先に立つそれは木々の類、自然のものではない。

 長い髪を揺らす人。彼らへと向かい立ちはだかる人間だ。

 

(見えた……!)

 

 目の前に見える誰かの姿に青年は気づき、今いちど残された力を振り絞り両腕と足へめぐる力を強くする。文字通りのラストスパート、ここで失敗すればすべてが無駄になる。それこそ命はもちろん、ここまで走り続けたという努力も、逃げるのにすべてを尽くした自身の体の疲労すらも。そして、それらを賭すに値すると言える情報(・・)も。

 だから、まだ、死ぬわけにはいかない。ここで終わるわけにもいかない。

 茂みを超え、木々を交わす青年はのどを枯らして息をする。

 

「ああ……」

 

 獣との開きが縮まり、あと数センチで獣の爪につかまれるという距離感を背に感じ青年が走るのはまっすぐ、誰かがいる方向。転換も停止も、まして抵抗もしない。回避すらも考えていない、その距離はどちらも急速に縮まりあと少しというところで青年の数メートル先に立っていた人間が体勢を変える。ただ棒立ちしていた状態から腰をかがめ、両足を肩幅からさらに外へ股を広げる。身をかがませ、少し前へ上半身を落とすと、左腕を腰に、右腕を腹へと近づける。

 左の腰に得物を携え、今まさに抜こうとする抜刀の構え。

 その姿を確認した青年は最後の力と体を動かし、乾いたのどのまま声を弾け出す。

 

 

「あと……まかせ……た……!」

 

 

 最後の茂みを超え、構えの体勢を取る少女(・・)に向かい叫んだ青年は足に力をこめ、踏み出した右足をバネに少女の横ギリギリを通過する。地面を蹴り上げ、強引に方角を変え、さらに元の方向へと戻ろうとしたので体は姿勢を崩し、青年の体は前へと倒れていく。

 その刹那を獣たちは見逃さない。眼前の獲物がようやく隙を見せた。体勢を崩し、倒れ掛かるその姿はこの数秒後に自分たちの爪で引き裂かれる姿を鮮明に思い描けるほどに、鮮やかで、迷いない決断と、確固たる勝機を抱かせた。

 目の前に獲物を護る女がいるが、そんなのは障害にすらならない。なぜなら、と説明のない勝因を抱き、獣たちは青年と少女へととびかかる。

 

 

 

 狩った(勝った)。目の前の獲物を目に勝利に確信し

 

 

 ──―瞬間。獣の視界が斬れた(・・・)

 

 

 

「──────────?」

 

 ──―何が、起こった? 

 勝機を確信して獲物へととびかかった刹那。空中を舞う彼女らの視界がまっすぐ横の線を引かれ、左右へとズレ始める。とびかかって数秒。ほんの一瞬の事だ。

 その間に何があったかと考えるが、彼女らの中では何もない。ただ獲物がいて、勝機を見て、邪魔を通り越し襲い掛かっただけ。問題はない……はずだった。

 

「………………ぅッ」

 

 僅かに息遣いが聞こえた。視界の下側を見ると、そこには彼女らが飛び越え無視した邪魔な女の姿がある。ただの障害。取るに足らないとみていたが、今になって変化に気づく。

 女の体勢が変わっている。今にも飛び出しそうだった構えから、右腕だけを外側へと振り払う形へと変化していた。何かを振り払った、いや、何かを振った。その証拠に、ずれが大きくなる視界には銀色の光が

 

 

「あ──―」

 

 

 とびかかった獣たちはそのままの体勢で動くこともなく青年の左右を通過した。襲い掛かる姿で爪を前にだし掴みかかる状態のまま、動くことなく。まるで彼女らだけ制止したかのようだが、頭だけはチーズをスライスしたかのようにズレていき、真っ二つとなって地面へ。頭は茂みと木の傍に、残る体は青年の十数センチ前に落ちた。

 着地の受け身も取らず動くことすらない獣は、一瞬にして肉塊へとなり果てた。

 

「…………はぁ」

 

 小さく呼吸を整え、地面にへたり込んでいた青年は目の前を通過し堕ちた獣の残骸を見て、しばらくして大きな息を吐く。安堵、恐怖、肉塊という形への嫌悪。様々だが、今はこの瞬間、緊張がほぐれ命のやり取りが終わったことを体へと知らせるものだ、と思いながらしばらく骸を凝視していた。

 

「──―けがはないか」

 

 背中から声が聞こえてくる。今度は恐怖などはなく、むしろ安心感を持つ声色で優しくもしっかりとした声に青年は顔を振り向かせ、ああ、と答える。

 

「大丈夫。ちょっと……疲れたけど」

 

「かなり走ったからな。テリトリーからの抜け出しと対処で無理をさせてしまった。すまない」

 

 青年の言葉に少女もまた顔を振り向かせる。

 長い茶色の髪、澄んだ黒の瞳、少女……というには実りのある体つきだが、筋肉は十二分にあり、しっかりしている。そして、全身を纏う赤と黒の甲冑。自身の半分はある長刀。

 顔つきもよく、年相応ながらの幼さを残しつつも整っているいわゆる美少女、と言えるだろう。

 

 

「だが、あえて言わせてもらおう。もうこんな無理をするんじゃないぞ、マスター」

 

「うん……まぁ……ほどほどにね。ありがとう。箒ちゃん」

 

 そういい、自分へと手を差し伸べる少女……否、サーヴァント(・・・・・・)のセイバー、【篠ノ之箒】の手を取り、マスターこと蒼夜は立ち上がった。

 

 

 

 

 

 ──―事の始まりは謎の特異点の出現からだ。

 人理焼却を回避し、無事に年を越せたカルデアの前に不可思議な特異点が姿を現した。外界から隔絶され、そもそも世界という存在を成立させず、あてどなく次元空間の海を漂う謎の世界の出現。

 かつて似たような例を経験していた彼らはその世界の構造を瞬時に理解すると、その世界、特異点が放ってはおけないものであることを察する。すぐさまカルデアはその特異点の修復、ないし解決を目的に行動を始めるが、この時から彼らの中に言い知れぬ不安が募り始める。

 一つは特異点の内部が解析不能であること。あまりに小さく、その広さはかつての同類(極東魔神戦線)とほぼ同等ないしそれ以下であるとされる。だが、カルデアの事前解析では大気中の成分が問題ないということしかわからず、中がどうなっているのか、どんな場所で何があるのかすら一切わからない。

 二つ目はその特異点の規模(・・)。類似の特異点と同じかそれ以下の広さだと今しがた説明したが、この特異点はもう一つの異質さを持っていた。

 それは特異点が生きている(・・・・・)かのように動いてる(・・・・)のだ。人や生物で言うところの呼吸。息を吸って肺を膨らませ、肺の中の二酸化炭素を吐き出す。まるでそうやって生存しているかのように、この特異点もまた収縮と膨張を繰り返していた。

 そして三つ目に、この特異点が放つ異常な魔力。量だけでなく、その性質も異常そのものでこれが特異点を構成するもの、異常さの原因であるのは明らかだ。幸い、中に入った蒼夜には影響はないものの、彼の行動に多くの制限を与えた。特異点への侵入が彼一人となってしまったこと。現地での召喚の不可能。そして、突入後、カルデアとの通信途絶。これらすべて、この特異点を纏う魔力によるものだと、後に彼の協力者は語った。

 

 

 

 

 

「……さて。君がそうまでして無理をして手に入れた情報。さぞ有益であると思うのだが……なぁ?」

 

 にこやか笑みを作り蒼夜を見る箒だが、その表情は誰が言うまでもなく笑っていない。その逆、怒りに満ちた顔は頂点を通過したどころか一周回ったようで青筋との奇跡のコラボを果たしている。

 当然、そんな顔を見て喜べるわけもない蒼夜は即謝罪。誠意一杯の言葉で頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

「まったく。いくら私がそばに居たとはいえ、あんな無理をされてはフォローもできなくなる! 行くなら行くで伝えるなり、計画をだな……」

 

 ……と、綿密な計画性というものを説く箒に蒼夜は脳裏で「計画……?」と首をかしげる。今のところ、それらしいのを見ても居ないのと、彼女が時折、蒼夜の意見に賛同して無茶をすることがあったので彼女にもまた

 

「……何か言いたそうな顔だな、マスター?」

 

「い、イエ、なにも……」

 

 あまり考えていると勘付かれてしまうと、蒼夜は考えるのを止め苦笑いでその場をごまかす。一応、計画が大切であるというのは互いの共通意識なので、そこは今後直せばいいと、今は後にすべきと考えて頭の隅に置く。蒼夜はすぐに「ところで」と切り出し、話をその無理をしてまで手に入れた情報についてに変えた。

 

「ところで、セイバーは見た? あのエリアの……」

 

「……女王の工場か。まぁ、この特異点では別段不思議ではないのだが……流石にな」

 

 話題を切り替えたことで、箒もそちらの方へシフトし怒りの表情は鳴りを潜める。そのことに内心で安堵した蒼夜だがすぐさま話題に出た場の光景を脳裏で思い浮かべてしまい、真剣なまなざし、ではなく俯き不安と恐怖を見せた表情を浮かべた。

 

「まさか学生寮をハチの巣に見立てて生産を行うとは……恐れ入ったが、同時に反吐が出る。仮にも……いや、私もあそこで寝食を共にしたというのもあるが、あれは……まるで……」

 

「うん……文字通りの……生産工場だ」

 

 そう。今回の特異点、通称【隔絶特異点】は箒の母校であるIS学園そのもの。ただし箒は「そのままではない」と言っており、その証拠に学園の広さがおかしいと指摘。彼女の目測では元の五倍近い広さを現在は有していると思われ、自生している植物も増殖。一部には本来はなかった洞窟や海岸も存在し、文字通りの島へと変貌している。

 蒼夜が逃げていた森林も、元は歩いて数分で対面に出れるが、この特異点では数十分かけてようやく出られるほどの大きさになっている。おそらくは単純に学園という一つのテクスチャを無理やり伸ばした感じなのだろう、と考えられており、各所ではその名残なのか以上な増殖を行った植物、建物などがある。

 

「アイツ……以前ラウラが言っていたな。あそこの女もどき(・・・・)は勝手に繁殖(・・)して、勝手に増殖(・・)すると」

 

「たしか、あの銀色の髪の女の子だよね」

 

「ああ。アイツのエリアだけかと思っていたがああも機械的……いや、奇怪な方法でされるとな……」

 

 思い出した光景が鮮明になってきたのか、蒼夜の顔色が悪くなる。気分が悪いのか、と聞こうとした箒に蒼夜は言わせる間もなく大丈夫、と制す。

 

「似た光景を前にも見たことはあるけど、それよりもその……」

 

「人間離れしている、か?」

 

 蒼夜は少し、顔を震えさせて頷く。彼にとってそれだけショッキングな光景だったのだ。

 が、たいして箒の表情は変わらず、冷たい言葉で返した。

 

「安心しろ。あれは人、いや人類種ではない。人の姿を真似ただけの獣だ」

 

「いや、でも……」

 

「マスターの言いたいことも分かる。人であるから、人の形をしているからこそ、嫌悪感を感じるのだろう。だが、あれは結局は人の形をしているだけの怪物だ」

 

 この隔絶特異点には二種類の生物のみが生息している。

 一つは先ほど蒼夜を襲った獣。四足歩行の怪物という姿をしているが、実はそれは戦闘時における戦闘形態にメタモルフォーゼしたにすぎない。本来の姿は、二足歩行をする雌。

 端的に言うなら人間の女性そのものだ。だが、この特異点における女性はほとんどが二とであって人ではない能力を有している。戦闘形態への変身、思考能力を引き換えにした圧倒的な身体能力と再生能力。生物を食すことで単純に自身の能力を強化する吸収強化。

 そして女性同士による単一、ないしつがいにおける繁殖行為。それによる寸分たがわない同型種(・・・)生産(・・)

 箒の言う通り人間の姿をしているが、その能力や行為は人のそれを明らかに逸脱しており、もはや彼女が言うように「女もどき」としか言えない存在だ。

 

「……こういうのもなんだけど……随分、あっさり言うね」

 

「私も最初こそ嫌悪はしたが、冷静に見てアイツらのやっていることは人の営みじゃあない。変身もできないし、欠損部の再生もできない。単一生殖や同一体の生産なんてもってのほかだ。

 だから、わかった。人類がこの先、どう進化しようとあんな姿にはならない。あれは人の姿をしている獣だとな」

 

 改めて口にされたこの特異点の女たちの生態への反論に蒼夜もそれを受け入れようとするが、それでもあそこまで(・・・・・)人間の姿(・・・・)をしているとどうしても彼女らを人として認識する自分がいる。加えて今回の特異点が特異点なのでそれに付随するかのように様々な不安要素が付いて回るので蒼夜は少しでもそれを解消したいという気持ちから問いを投げた。

 

「それが同級生でも……?」

 

「……あ、ああ……そうか。君はそんなとこまで心配していてくれたのか」

 

 振り絞って出した問いだったが、その問いに面喰ったのか箒は一瞬目を丸くして呆気にとられた。すぐにクスクスと笑いを浮かべる彼女の反応に蒼夜は何かまずかったかと思ったが、その答えは簡単に帰ってくる。

 

「大丈夫だよ、蒼夜。この特異点には女王以外(・・・・)に私が見知った顔はいない。なぜかはわからんし、単にいないだけかは定かじゃないが、本来の学園に居た人間は誰もいない。そこらに居る獣も全員知らない顔だしな」

 

「……本当に?」

 

「君はそういうところには気を遣うんだな。一応、元クラスメイトの顔は全員覚えているし、同学年も大体は覚えている。だが、ここに呼び出されてから一度も会ったことはないんだ。嫌なほどにな」

 

 誰も見知った顔じゃないというのは、この特異点では少しは救いなのだろうと思いかけた蒼夜だが、最後に見せた箒の表情から彼女はその事実に疑問を持っているのを察する。

 そう。誰も見知った顔の敵がいない。それどころか、会えもしない。まるで同じ顔の獣がいることを避けているか、あるいは。

 

「それに学園の奴らは天狗になっている奴も居たりしたが、あそこまで傲慢で強欲で、暴力的な奴らはいなかったはずだ。前に話したろ。仮にも国営で、選ばれたからといって優秀なわけじゃない。選ばれた後でふるい落とされる可能性だって十分あったんだ。……ま、その部分で言えばこういう暴力的風潮はありえなくはないが」

 

「結構、殺伐と……」

 

「してないぞ。言い方が少し悪かったが、ドラマみたいな陰湿さはなかった……はずだ」

 

 歯切れの悪い箒の返事に俯いていた蒼夜の顔は上を向き、笑みをつくる。どうやら箒が見せた真面目に考える姿に彼の気持ちがほぐれたようで、顔色も少し晴れていた。

 が、その顔をまたすぐに落とすかのような話題へと移り、蒼夜の顔はすぐさま険しくなる。

 

「……ただ。あくまでも見知った顔がいないのは女王以外だ。アイツらは……エリアの女王は……意図的に見知った顔が配置されている。私が知る人間がな」

 

「…………やっぱり」

 

「……ああ。最初は偶然だとは思ったんだがな……」

 

 隔絶特異点に存在する第二の生物。それは「女もどき」らを統べる【女王】で、彼女たちだけは例外的に箒も人であるという認識を持っていた。

 女王とは文字通り「女もどき」たちを統率、支配する存在で、この特異点には五人の女王が存在することが既に彼らの調査で判明している。いずれの女王も「女もどき」を統べるに値する力を持っており、同時に彼女らを集団で動かせるだけの権力を有する。その権力はまさに女王で、女王の命令は絶対であることもまたわかったことの一つだ。

 そして、女王はこの特異点の各所にそれぞれの勢力を作り上げており、それぞれが「女もどき」を戦力に学園の各施設を拠点に縄張りを形成。これが五人の女王により各所で生み出され、拮抗していることから箒らは「エリア」と呼称している。

 

「一応、理由付けとしては全員が専用の機体を持っていた、というのがあるが、それなら他にも候補はいた。だけど、あのメンツはな……」

 

 女王の特徴はそれだけではない。一つは会話が可能であること。二つ目に姿が人間で「女もどき」がもつ能力を持っていないということ。

 そして、三つ目に五人の女王は「女もどき」とは違い、箒が嫌というほど知っている者たちその人であるということ。それも、彼女にとっては他人とは思えないほどに同じな性格で、同じ力を強化して有している。まるで自分の事を知ってるかのように話す。

 

「向こうがワザとしている可能性はあるが、その根拠がわからない。それに仮にあいつらと寸分たがわない存在を作ったとしても、アイツらがこうもアッサリ従っていることもな」

 

「前に言ってた共通の利害、か。箒ちゃんは思い当たるのがあるって言ってたけど」

 

「ああ。このメンツなら利害一致の理由はソレだ。が、それを理由たらしめる根拠がわからない。なにせ、それはもう……ないんだからな」

 

 だからこそ、箒は彼女らが今もここに居る理由、勢力を持ち争う理由がわからない。五人の女王──―今は三人だが──―が何故、女王という地位につき、こうして争うのか。そもそも、彼女らがいる理由そのものが。

 

「──―話が逸れたな。女王については今後対策するとしてもだ、今はその女王へとたどり着くための突破方法を探さなければ」

 

 しかし、箒はそれ以上その話題を進めようとはせず、胸の内にでもしまうかのように一拍おいて、本来の話の内容へと戻るよう促す。

 蒼夜も無理にその話題を突こうとはせずに箒の意見に賛成し、それに対する意見や質問を投げていく。

 

「……そうだね。今は次の女王にたどり着くための策を考えよう」

 

「ああ。とはいえ、今ならそう小難しい策を練らずとも女王にたどり着ける気もするがな」

 

「それってどういう……」

 

 得意げに言う箒に、蒼夜は何か策か理由でもあるのか、と淡い期待を寄せる。

 箒もその理由には自信があるようで、今すぐにでも話したいという自慢げな態度で話そうとするが、「それは」と言いかけたところで表情がまた険しくなる。

 蒼夜も、表情の変化を見逃さず意識を周囲へと配り、辺りを見回す。森、草原、海岸とみていくが辺りには彼ら以外は見当たらない。だがそれも今だけで、蒼夜は背筋に走る悪寒を感じ取り森の方角へ目を向ける。

 先ほどの敵、「女もどき」が仲間の様子を見に来た。

 

「ッ……移動するぞ」

 

「ここからならセーフゾーンが近いから、そこで!」

 

 つい先ほど箒が切り裂いた「女もどき」はもう霧散しているだろう。だが、骸が無いとはいえ帰ってこないということに気にならないわけがない。追撃をしてやられたと考え、増援も兼ねた調査班を差し向けるのは当然のことだ。しかも、その場合最初に差し向けた数よりも多めの数を出すのも定石の一つ。

 蒼夜は気配の数までは分からないが、それでも嫌な予感がするのは分かる。

 箒はサーヴァントとなったことで五感もさらに研ぎ澄まされ、気配を察知しおおよそ数えることもできる。その箒が移動を選択したということは、先ほどよりも数は多い。

 

「構わんが走れるのか? 君は先ほどまで全力疾走してたんだぞ」

 

「なんとか。話しがてら休憩できたし、セーフゾーンまでなら走れるよ」

 

 数的な不利だけでなく蒼夜の体力の問題もあったが、今に至るまでにある程度は体力を回復できたようで呼吸も落ち着いている。加えて、彼の言う【セーフゾーン】が近いことも確かで、そこまでの距離をおおよそ測ってもそこまで遠くはない。

 箒もマスターである彼の体力はある程度認知しており、顔色も悪くないことから問題はないと判断。わかった、と返事をすると同時にその足をセーフゾーンへ向けてけり出す。

 同時に蒼夜も同じ方向へと走り出し、二人はその場からすぐさま離脱した。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 二人の話していたセーフゾーンとは、特異点を統べる女王たちが唯一攻めることのできない、または攻める意味のない場所のことで、どちらの理由かは各々の女王にもよるが、理由が偶然にも重なったことからここでは一種の安全地帯として機能している。

 場所はこの特異点のほぼ中心に位置しており、かつては校舎として使われていたが今ではこの世界の性質から戦略を持つ拠点として見られ、以前の面影、役割を失っている。

 しかし、だからこそこの地は蒼夜らにとって重要な拠点としても機能し、言い換えれば彼らの勢力圏ともいえる場所となっている。

 

「──―よし。追手はないな」

 

「本当に、なんで女王たちはここを襲わないんだ……」

 

 セーフゾーンこと校舎へと逃げ込んだ二人は、その後も校舎内を逃げ回るかのように走り、念入りに追手から逃げることを続ける。しかし、校舎には近づかないのか、一度振り返った箒は校舎の出入り口で立ち止まり、それ以上踏み込もうとしない女もどきの姿を見ると、階段途中の踊り場で少しずつだが速度を落としていく。

 追手はない。それどころか入って来ようともしない彼女らの行動に蒼夜は首をかしげる。

 

「単純に考えるなら中立地を置くことで出方を窺うため、かもな。下手に中立地を取れば守る場所が増えるし、なにより自分たちが築いた防衛や戦力を再構築しなければいけない。その隙に狙われれば、この特異点ではたちまち戦力レースの変動と蹴落としが起きるだろう」

 

 階段を歩く速度を普通の歩きにまで落とした二人はこの校舎でも特に使っている部屋、校舎から外を眺められる食堂へと向かい移動を続ける。

 

「攻めというのは確かに相手への攻撃手段だが、同時にそれは自分たちの無防備な部分を曝け出すことにもなる。特に今の情勢なら無理に出れば残る二つの勢力に食われるのは確実。なら、攻めるよりは守りを固めで相手の出方を窺う、そしてしかるべき時……というのが定石だろう。それに戦略的な価値がないのであれば無理に採る必要もないしな」

 

「牽制と囮ってことか」

 

 階段を上り終えて廊下へと出る。壁には案内板が張られており、一方は食堂へ、もう一方は教室などへと繋がっている。蒼夜は教室へは一度しか行っておらず、この校舎を探索する時にしか入ったことはない。

 

「加えて、女王たちは工場を持っている。無理に生産数を上げて戦線拡大をするよりは誰かが痺れを切らすのを待っているのだろう」

 

「今はカウンター待ちをメインにしている女王が残ってるから、冷戦期に入ってるわけか。それに戦力増強ができるって言ってもすぐさまってわけじゃないし、その間にどっちか、あるいは双方から攻められる……こうして考えると旨味(・・)があまりないんだ」

 

「そうだ。攻めによるメリットがなければいくら攻めても愚策にしかならない。だったら、相手に攻めさせて均衡が崩れる時を狙う……というのが私の想像だ」

 

 最後には少し自信がなかったのか苦笑交じりに言う箒の言葉に蒼夜は笑うことをせずに頷く。軍略と言えるほどの知略がない彼にとっては、こうして敵の戦略を話し合えるというだけでも行動の幅を広げられるので、頼もしいのだ。

 

「緩衝剤代わりってことか。だから女王たちはここを攻めない……」

 

「今は、だがな。今や女王は三人。勢力範囲も変わり、最初の均衡ももはやありはしない。今はどこも戦力を整えて機会をうかがっているだけだ。変わるのなら一瞬だぞ」

 

 今が一番、重要な時であると言いたげな箒の言葉に蒼夜は頷いて答える。彼女の言う通り均衡が崩れた今、それまでの優劣を覆すために動き出そうとするのは当然の事。その逆でそれでも動かない可能性もなくはないが、ここで動くことで勢いをつけることも、何かしらのアドバンテージを得られることもあり得る。

 そして、箒が言うにはこの機会に動くであろう女王を少なくとも一人、心当たりがあるとの事で、蒼夜はその人物についてを問う。

 

「じゃあ、確実に動く女王がいるってことか。箒ちゃんには心当たりが?」

 

「ああ。残っている三人の中で少なくとも、アイツだけは何かしらのアクションを見せるはずだ。他の二人もだが、そいつだけは特に……な」

 

 ──―そうだ。アイツならこの機を逃さない。必ず動く。

 動くであろう女王の名を、彼女が知るその人物の名を口にしようとした時。丁度、二人が食堂へと足を踏み入れるのと重なり、二人の目は広々とした無人の食堂に向けられる。

 刹那。二人は目が合った(・・・・・)。互い以外の、三人目の人物と。

 

 

 

「──―あら。遅かったじゃない」

 

 

 

 一瞬、反応が遅れたマスターは目の前の光景を受け入れるのに数秒はかかったが、その間に彼のサーヴァントは瞬時に彼の前へと立ち、片手を前に出して行く手を遮る。

 サーヴァントも目にする僅かな間に状況を受け入れたが、未だにどうしてなのか、という疑問をぬぐえない。だが、マスターよりも早くに目を向けたことで部屋の異変と視線に気づいた彼女は考える間もなく体を動かし、マスターを護る体勢をとった。

 そして、三人目の来訪者が第一声を発した時には既にマスターを後ろに、セイバーのサーヴァントは臨戦態勢をとっていた。

 

「ッ……!?」

 

「ッ……!! お前、は……」

 

 ようやく思考が追い付き目の前の状況を把握した蒼夜は今現在のあり得ない状況に目を疑わせる。隣に居たサーヴァントが今の今まで気づけなかった。存在を察知することすらできなかったのだ。まるで自然と同化していたかのように気配を消して、声とともにその存在をあらわにする。アサシンのクラスが持つ【気配遮断】にも似たスキル──ーもしかすればソレかもしれない──―か、それともと考えるが今はそれよりもと目の前に居る誰かへと意識を集中させる。

 

「女の子……まさか……!?」

 

「女王だ。三人目の、な」

 

 疑う余地もないことに間髪を入れず答える箒は隠すこともせずに答える。目の前で椅子に腰かけ、テーブルに肘をつけている少女がこの世界における五人の支配者、女王と言われている人物の一人。そして、箒がよく知る人物でもある。

 

「じゃあ……!」

 

「……そうだ。とはいえ、まさかここまで読みが当たるとも思ってなかったがな。思ったよりも単純な思考だったようだな、お前は」

 

 目の前に立つ女王を相手に余裕の態度を見せる箒の表情は本当の余裕の中に不安と驚愕の色を見せている。ここに居ること、そしてマスターが後ろに居ること。この二つが彼女の最大の要因だ。

 それを知ってか知らずか。目の前で座っていた女王はゆっくりと椅子から立ち上がると、太陽の逆光を浴びながらもその姿を二人の前に表す。

 背丈は低く、身長は160あるかないか(・・・・・・)。髪を腰まで伸ばしており、影でも揺れるツインテールがわかるほどだ。服装は中国系の服装だが現代的な服でも誰もが思うあの中国の服、いわゆるチャイナ服というのではない。蒼夜が以前荊軻やナタクから聞いた民族衣、漢民族の衣装と言われているものだ。派手さはないが、それでも質のいい生地を使っているので見ただけでも位の高さを現す。

 

「しかし、なんだその恰好は。あのイギリス女よりはマシ……といいたいが、逆に地味極まりないな、酢豚女」

 

「黙りなさい。あんな見た目だけのヤツと一緒にしないで。アンタにはわからないはずだけど、私は歴史と国を大切にしてるのよ」

 

「──―ハッ、どの口が言う。なぁ? ──―凰鈴音」

 

 

 箒は女王の名を呼ぶと、女王……凰はコツコツと靴音を鳴らしてテーブルの上を歩き、二人へと近づく。歩く速度はゆっくりで一瞬たりとも目を離さない彼女の赤い(・・)目に蒼夜は思わず息を飲み、恐怖で高鳴り叫ぶ心臓を手で押さえる。

 

(すごい威圧感……)

 

 外見は蒼夜とさして変わりのない少女だというのに発するオーラはその何倍もの強さで、肌で感じ取る蒼夜には目の前の少女が巨大な怪物であるかに感じられる。

 これが特異点のせいか。それとも元からなのかは不明だが、どちらにしても彼女のこの圧倒的なオーラを身近で感じてしまうと、恐怖によって息が上がり、焦燥感で視界が小さく、思考が散漫になる。

 

「マスター! 気圧されるな。女王だからといって今更恐れる必要もないだろ」

 

 前に立つセイバーの檄に蒼夜はハッと意識を取り戻し、不意に息を大きく吸い込む。視界は鮮明。思考も焦りこそあるがまだ落ち着いている。考えることすらもできなくなりそうだった自分に対し、さらに前に立つ少女の姿を見て、蒼夜はもう一度心臓をしっかりと握りしめ自分の意思を再確認する。

 大丈夫。セイバーの言葉通り、蒼夜は既に女王を二人倒しているのだ。気圧されはするも今更怯えることもない。

 

「……大丈夫」

 

「それでこそだ。突然のことで焦りはしたが、劣勢ではないんだ。落ち着いて構えろ」

 

 もう一度、深く息を吐き呼吸を整えた蒼夜は目の前に立つ女王へと睨みを利かせる。

 先ほどまでは恐れていた青年が言葉だけで立ち直り、挑もうとする姿を見て凰は「へぇ」とつぶやく。

 

「へなちょこかと思ったけど、案外根性はあるみたいね。その男」

 

「人間、見かけにはよらんということだ。それとお前の目が節穴というのもな」

 

「節穴かどうかは、まだ分からないわよ。なんせ、私の目には威勢だけ馬鹿が二人も映ってるんだもの」

 

 凰の言葉通り、実際のところ蒼夜たちは今威勢、つまり自分たちの自信と勢いだけでモチベーションを保たせているだけで、具体的に彼女に勝てる方法というのを思いついてもいない。それどころか、蒼夜の脳裏では未だ情報のない彼女にどうやって対抗するか、どうやれば勝てるかを考えている最中だ。サーヴァントである箒は何とかなる、という根拠のない理由を持っているが、蒼夜としては確実に活路を見出せる手がかりが欲しい。

 

(彼女の言う通りだ。なんとか気勢は取り戻したけど、俺も箒ちゃんも彼女の能力(・・)を知らない。それもこの距離で……)

 

 女王というだけあって彼女にもまた人ならざる能力が備わっており、その能力は女王によって違う。ただどれも強力なのは確かで、また箒曰く「女王のオリジナルが持っていた機体」が関係しているという。

 箒は凰の事を知っているので、おおよその推測はできるが、蒼夜は凰のことをなにも知らないので対策どころか情報が全くない。完全に手の内がわからない状況だ。

 

「さて覚悟はできてる?」

 

 そんなことを凰がかまうわけもなく、テーブルの端に立つと同時に両手から長い柳葉刀と言われる中国の剣としてイメージされる剣をどこからともなく出す。魔力を用い物質化したようだが、その魔力の密度はかなり高くそれだけでも蒼夜の総魔力の何倍もある。

 あれを喰らってはいけない。在るだけで危険性を感じた蒼夜は直ぐに体を動かせるようにと足を開き、力をこめる。

 そして。

 

「じゃあ、殺そう」

 

 テーブルから前へ落ちていくように倒れる凰。だが、そのまま落ちることなく、片足を地面につけた瞬間にその足の力だけで、さらに跳ねる勢いで二人へと肉薄する。この間、わずか数秒にも満たない出来事を、並の人間ではとらえるどころか反応すらできないが、サーヴァントである箒はその動きを瞬時に読み取り、考えるよりも先に体を動かし、マスターを護るために刀の鯉口を切る。

 

(速いッ……!)

 

 蒼夜が気づき、体を動かそうとした時、目の前で金属同士がぶつかり合う音が甲高く響き渡る。眼前ではセイバーがいつの間にか刀を抜き、細身の刀身で柳葉刀の突きを防ぎ続く第二撃への対応を行っていた。

 

「ッ……!」

 

「ま、だっ……!!?」

 

 一撃目を防がれた凰はすぐさまもう一本の柳葉刀を構え、今度はセイバーへと切りかかるが、一撃目を防いだセイバーはその攻撃を受け流す形で体も動かし、その流れの勢いで体を捻り、同時に凰の顔めがけて蹴り上げを入れた。

 この隙に蒼夜は蹴りとは反対側へと飛び込み、凰から距離を取った。

 

「マスターッ!!」

 

「大丈夫ッ!!」

 

 安否と離れていろという言葉を一緒に叫ぶ箒に、蒼夜は気にするなとばかりに答え同時に半身を捻り二人の戦いの場へと体を向ける。

 魔力パスもあるが、こうして外から見る事で箒のサポートに徹するのだ。

 

「ッ……のッ!!」

 

「いかんか……!」

 

 蹴りを入れられ、体勢を崩す凰だがそれも一瞬で持ち直して、そのまま繋ぎ(・・)で剣をふるい、反撃に転じる。最初の不意打ちで戦闘の流れを持ってこれるとはさすがの帆域も思ってはいなかったようで、ステップを使って距離を取る。

 

「はあっ!!」

 

「せあっ!!」

 

 体勢を整え箒が刀を構えて応戦する。そこからは互いの剣が何度も交わり、室内に甲高い音を何度も響かせる。突き、払い、薙ぎ、ふり下ろす。攻撃を防がれ、かわされたら次。受け流されたら距離を取り、次の攻撃。舞い踊る踊り子が如き動きで、清流を流れる川の水のようにしなやかに、時に鋭い動きで交わる。

 

「速い……でも!」

 

 二刀をふるい、二か所から攻撃をする凰に対し一本の刀と己の反応速度だけを頼りに攻撃を続ける箒。攻撃の激しさで言えば凰が確かに【強い】。だが、それだけが勝敗の決め手になるわけでないのは蒼夜も言われるまでもない。たった一本、それだけで相手を切り伏せた剣豪というのを彼は知り、ともに歩んでいるのだ。

 ゆえに、まるで彼が予想でもしていたかのように続く二人の剣戟にも変化が見え始める。

 

「ッ……!」

 

「ふっ……!」

 

 苦しい表情で攻撃を防ぎ、かわしてわずかな隙を突く箒の攻撃が、平静を装い、攻撃を防ぎ次の一撃を振るう凰を上回り、箒の攻撃が徐々に届き、数を増やしている。

 一撃を防いだと思えば切っ先が肌をかすめ、攻撃をしたはずが逆に攻撃を受けてしまう。それどころか凰の攻撃は防がれる回数がだんだんと減っていき、紙一重でかわされるというのが増えていく。

 

「なん……!?」

 

「しっ……!」

 

 形勢が確実に箒の方へと傾きつたる状況に凰は戸惑いを隠せない。実力は、魔力は、力の差は圧倒的にこちらが上なのに、なぜ。

 その疑問と憤り、そして気のゆるみが僅かな隙となり、箒はそれを逃さなかった。

 

「くっ、そ……」

 

「ッ! そこっ!!」

 

 ほんの一瞬、動きに無駄が見えたことで箒は足払いを攻撃に混ぜて凰の体勢を崩した。不意の足払いに一瞬とはいえ対応できなかった凰は持ちなおすなどできずに地面に尻もちをついてしまう。

 大きな隙を見せた凰を箒は戸惑うこともなく動きを抑えると刀を構え、心臓部を狙う。

 

「ッ…………!!」

 

(これで……!)

 

 刀の先端を凰の心臓の直上に構え、一気に振り下ろす。

 攻撃を防ごうとする凰も腕を動かすが、どうみてもタイミングは箒の方が早い。

 これで、決まる。誰もがそう確信した。

 ────―刹那に箒が吹き飛ばされるまでは

 

 

「がっ……!?」

 

「ッ、セイバー!?」

 

 思わず声を上げた蒼夜は一瞬なにが起こったかと戸惑いを隠せず、吹き飛ばされたセイバーこと箒の姿を捉え、すぐにその逆側を見る。逆側には青い空が広がる外が見える窓があるが、そこをよく見ると窓の一か所に黒い塊……いや、影になっている人影のような獣の姿がある。

 考えるまでもない、女もどき、それも凰の配下のだ。

 

「いつの間に……それにアレは!?」

 

 驚いたのはそれだけではない。女もどきの姿が今まで見たことのない姿形をしているのだ。

 水色の龍のような頭部に飛び出た目玉。細い腕の先につけられた肥大化した両手には鋭い爪。そして、臀部からは尻尾が伸びており、先端は鋭い鋸型となっている。

 今までの女もどきが獣であるなら、現れたのはトカゲに近い。だが、蒼夜のわずかな疑問として足は鋭い爪もなく肥大化もしていない、人型の足で胴体も人間のそれだ。なにより頭部からは一つに束ねられた髪が垂れさがっており、異質さを放っている。まるで龍の頭が被り物で中に人の顔があるのでは、と思えてしまうがわずかに見えた首元の変色と肉質の違いでそれはないと断じる。

 

「ッ……来るのが遅いのよ、グズッ!!」

 

 箒がどけられたことで危機を脱した凰は起き上がると、窓から入ってくる自分の配下へ罵声を浴びせつつ柳葉刀を握り体勢を立て直す。危機を救ってもらったはいいが、それがまさに風前の灯火という状況では狙っていたのかとも言いたくなる。

 箒は先ほどの攻撃で壁に吹き飛ばされ、激痛で上手く立ち上がれないでいる。不意打ちの一撃は思ったよりも重く、防御もままならなかったようで立ち上がるための腕は震えていた。

 

「セイバーッ!!」

 

「ッ……くうっ……!」

 

 マスターの声に箒も力を振り絞って立ち上がるが、そのための動きが自身が思っている以上に悪く、立ち上がろうと筋肉を動かすとそこかしこから悲鳴に似た痛みが走る。

 ただの痛みだ。と自身に言い聞かせ、鞭を打って立ち上がるがそれでも体の激痛は止まらない。ようやく立ち上がっても体の至る所で電撃が走り、力が入りきらない。

 

「……あら。やっぱタフね、お前。ちょっと距離あったけど、アレ喰らって立てるんだ」

 

「なに……」

 

 凰の言葉に反応した箒だが、答えは俯瞰的に見ていた蒼夜が叫んだ。

 

「セイバー、体を!?」

 

「えっ……!?」

 

 直ぐに自分の体へと目を落とすと、そこで箒はようやく自身のダメージを理解する。

 見下ろした自分の体からは数か所が削られたかのように切り裂かれ、そこから鮮血がしたたり落ちている。いずれの個所も肌で止められては居らず、なかには肌だけでなく中の肉を抉っているところもあり、そこからの失血は見た目よりも多い。自分の胴体部だけがかまいたちでも受けたかのようにえぐれている光景に、箒の体は今やっと気づいたのか遅まきの激痛が体中を走り廻る。

 

「がっ──―」

 

 改めて襲い掛かる痛みに箒は膝をつく。あとから全身を駆け巡るダメージが体中にヒビを入れていき、辛うじて形を保っていた肉体の機能に傷を入れていく。胴体を中心に力が入らず、そこから四肢へと送る力もまたわずかになったせいで立つことも危うく、体を支える手も震えが止まらない。

 

「ああ。今更なの。そんな体でって思ってたけど、案外都合のいい機能をしてるのね、サーヴァントって」

 

 刀を杖にしてなんとか立ち上がる箒だが、その隙を逃さず凰は一瞬のうちに箒へと接近。一瞬の隙に命の危機を感じた箒は体を動かしてよける動作を行うも、ダメージによって動きは鈍く先ほどの軽やかさは見る影もない。これを逃すわけもなく、凰の左腕はしなやかに、それでいて素早く箒の首元へと届き、細い首を片手で押さえつける。

 

「ッ、あ……」

 

 箒の喉の奥からタン(・・)とともに空気が吐き出される。だが、呼吸とは違い思い切り空気を吐き出すだけのそれは体内の酸素だけでなく箒自身の意識すらも吐き出させ視界を一瞬だが奪い去る。壁に押さえつけられ、絞られる声にはわずかに鮮血が混じり、絡まる鮮血によって呼吸はさらに詰まってしまう。

 

「かっ……あ……」

 

「ま、とはいえ所詮はそれだけ。疲労を感じない鏡の存在。私たちとは違う、偽物…………ねぇ?」

 

 凰は冷たい笑みを浮かべて呟き、左腕の力を強める。か細く声にならない声を吐き出すことしかできない箒に笑うが、その目は一瞬、蒼夜の方にも向き、彼の存在を確認する。

 

「ここで消えれば、あとはマスターだけ。あっけない。ホント、あっけないわね」

 

 振り向いた女王の顔に合わせ、配下の女もどきも蒼夜へと大きく飛び出た目玉を向ける。箒を消せば次は。彼という存在は凰にとってはその程度にしか見えないが、それも道理だ。蒼夜はマスターだが、戦闘に秀でているわけではない。ほぼからっきしで、できることはサポートだけ。

 ……だからこそ。蒼夜は凰が目を向けた時には右腕を構え、甲部に刻まれた赤い紋章こと令呪を使う体勢を取っていた。

 

「……その手に刻まれている刻印……令呪って言ったかしら。それでこの状況を打開するっていうの?」

 

「……かもね」

 

 鋭い視線を向けられた蒼夜は息を飲みこみ、喉を鳴らす。絞り出した強気の言葉とは裏腹で蒼夜の表情には余裕の欠片もない。

 令呪でこの場を打開できる。そんなことを微塵も考えてなどいない。それは彼だけでなく拘束された箒も同じ。それどころか、辛うじて動いた彼女の目線が「令呪を使うな」と言っており、蒼夜もその目線の意味を理解していた。

 だから。

 

 

(チャンスは……一瞬!)

 

 その隙を突いて突破する。そう考えていた刹那、凰が言葉を紡ぐ。

 

 

「あ。そ。じゃあ死になさい」

 

 凰の言葉に配下の女もどきが蒼夜と目を合わせた。次の瞬間にはとびかかってくると見た蒼夜は足に力を籠め

 

(ッ—————!!!)

 

 瞬時に左へと跳び上がった。

 そして、彼のいた場所は何かに食われたかのように抉れる音が響き渡った。

 

(抉れ……!?)

 

 間一髪のところで避けた蒼夜は、自分のいた場所が抉られたことに驚愕し、あと少し遅かったらとあり得た可能性を考えてしまうが、それを深く考える時間などはなく、間髪を入れずに凰配下の女もどきがとびかかる。

 

「いっ……!?」

 

「—————!!」

 

 犬がとびかかってくるかに見えるが、蒼夜の目にはそれが犬とは思えない。すぐに敵だと自身に認識させ、開いた大きな口に食われまいと両手で上下のあごを掴み、目と鼻の先で女もどきを食い止める。

 

「こい、つ……!」

 

「結構がんばるわね。ま、どこまでもつか見ものではあるけど」

 

 凰はこのまま女もどきが押し切り、蒼夜を喰らうとみていたのだろう。だが、女もどきが自身の鋭い爪をぎらつかせ彼の顔へ突き刺そうとした刹那、蒼夜はそれを待っていたとばかりに両足を魔術で強化して思い切り女もどきを蹴り飛ばした。

 

「いま……ッ!」

 

 蹴り飛ばされた女もどきは一瞬の不意をつかれて突き飛ばされるが、獣の本能なのか飛ばされ、着地をするころには体勢を立て直しており大したダメージというものは与えるどころか、反撃にもなっていなかった。

 しかし、蒼夜はそれを気にも留めず、蹴り出した次の瞬間には右手を構えて魔力を集め、集束させた黒い魔弾を一発、凰へ向けて発射した。

 

「いけっ!!」

 

 黒い魔弾、それはガンドと言われる魔術で当たれば対象の体調を崩す呪いが付与される。いわゆる病魔の類だが、カルデアで教えられているソレはそれをさらに戦闘向きに発展させており、対象の神経系にも負荷をかける呪いとなっている。

 蒼夜のガンドもその類で当たれば一定時間は気分が悪くなり、サーヴァントでも状態が悪くなる。

 

「こざかしい」

 

 だが、凰はそれを知っていたのか一瞬の蒼夜の反撃を物ともせず、それどころか余裕で見切りガンドを柳葉刀でかき消した。まさに彼女にとって彼のは蚊を手で追い払う程度のことでしかないようで、虚しく霧散したガンドに蒼夜の表情は絶望の色を見せる……かに思われたが

 

「それでいいんだよ……!」

 

 蒼夜の顔は笑っていた。

 次の瞬間にはまた女もどきが攻撃をしたというのに、蒼夜の表情はその時まで笑みを作っていたのだ。まるで、そうしてくれたと喜んでいるかのように。

 その表情を見て、凰は一瞬目を離した箒へと目を向けるが、箒の顔色は変わらない。ただの杞憂、それで終わればよかったが横目で見えたわずかな反射光が凰の背筋を凍らせ、体を動かした。

 

「まさ……!?」

 

 まさか。左腕の先の確かな肉感は箒の首を捉えており、今にも握りつぶすような握力で拘束を続けていた。常人ならすぐに首の肉が握りつぶされ、地面に首から上が落ちるような強さだ。サーヴァントであってもそれほどの握力を受けて簡単に動くこともできないはず。

 

 ──―だが、そんな考えを甘いと言わんばかりに鋼の一刀は振り下ろされ凰の左腕を切り落とした。

 

 肉を引きちぎり、骨を砕き、中に詰められた鮮血が飛び散り辺りを赤く彩る。

 切り離され、支えを失った凰は後ろへと倒れるように下がり、自分の体の一部のはずである左腕の手首から先をその目に焼き付ける。

 肉と骨が露出し、鮮血を噴き出す左手は血の流れが弱まり力が入らなくなったので重力に引かれて地面へと落ちていき、今まで締め付けていたセイバーの首から離れる。

 

「ッ……かはっ、かはっ!」

 

 腕が落ちて拘束が外れた箒は地面に伏し、せき込むと同時に開かれた器官に目一杯の空気を取り込み体の中の淀みを吐き出す。深呼吸にも似た呼吸で空気を取り込むそれは渇きを満たすために水を飲むほどに貪欲で、首を縛られてた間にどれだけ呼吸が難しかったかを物語る。

 呼吸で空気を取り込み、同時に体力を整える箒は近くに(・・・)落ちていた(・・・・・)刀を拾い上げ、未だふらつく足で立ち上がる。

 

「はあ……はあ……」

 

「ッ……なにが……どうして……!?」

 

 腕を落とされはしたが冷静さを保つ凰、体勢を立て直し箒との距離を取ると血の滴る左腕を右手で押さえ、失血を少しでも抑制せんとする。だが、雑巾を絞るのと同じで腕を握ると鮮血が一気に噴き出し、凰の周りを血の海へと変えていく。

 腕が切り落とされたというのに嫌に冷静で悲鳴も上げないことに箒は痛くないのかと素直な意見を脳裏で持つが、女王という規格ゆえなのか痛みどころか腕の喪失による恐怖も感じていないようだ。

 

「どうやって……!?」

 

「ふ、しぎ、か。そう、だろ、うな。私も……自分のやった、ことに驚いている」

 

 少しずつ呼吸が整い、声も通り始めた箒は自分の刀を持つ右手を見つめながらつぶやく。先ほどまでは苦痛の表情を見せていたが、その表情は今はなく替わりに余裕とも喜々ともとれる顔をうかべており

 

「だが、やってみる……ものだな。まさかこうも上手くいくとは思わなかった」

 

 と、刀を構えなおし腰を低くして凰へと顔を上げる。

 

「感謝するよ、酢豚女。おかげでこの体、使い方がだいぶわかってきた」

 

 述べられた感謝の言葉に凰は喜ぶどころか怒りをあらわにし、切り落とされた左腕をそのままに右手に柳葉刀を掴む。もちろん、箒も素直な感謝など言ったつもりは微塵もない。

 

「偽物風情が……!」

 

「その偽物に良いように使われて、腕を切り落とされたんだ。お前も偽物だよッ……!」

 

 刹那。

 今度は箒が先に動き出す。

 地面を蹴りだし、勢いよく飛んで目の前の凰との距離を詰める、わけではなく

 

(狙いは……!)

 

 とっさにサイドステップで横へ飛び、凰の視界から一瞬外れた箒は刀を構え、そして

 

 

「ふうっ……!」

 

 刀を即席の槍代わりにして勢いよく投げた。

 目標はそう。未だ辛うじて生きていた自分のマスター、その彼を襲う女もどきの背へ向けて箒は自身の長刀を放ったのだ。

 蒼夜を襲うのに夢中で攻撃に気づくこともしなかった女もどきは避けることもしないどころか攻撃をされるということにも気づけず、気づいた時にはもうすべてが遅かった。

 

「—————————————!!」

 

 突然、背に冷たい鉄の一刀が突き刺さり、そこから激しい熱と激痛が走る。肉は抉れ、貫かれ神経と骨は中で砕かれて分離する。血管を巡っていた血液はパイプラインが斬られたことで本来の道から脱線し、めぐるはずだった血液ではなく体中に溢れ出し、やがて血肉とともに外界に噴き出た。

 

「うわっ!?」

 

 声にもならない声で叫び、苦痛を訴える女もどきに、蒼夜ははらわた近くに突き刺さり、貫かれた一刀を見て思わず自身も叫ぶ。ただ彼の場合はあと少しで自分も刺さるところだったのでその恐怖の叫びだが。

 

「ッ……なめんじゃぁ……!」

 

「舐めたくもない!」

 

 刀を投げた箒の背に柳葉刀を持った凰が襲い掛かり、低く刀身を走らせ切り上げで箒の死角から攻める。空を切り裂く音は素早く、獲物の首へと向かうが、届くことはなく、たった一本の得物により防がれてしまう。

 箒の腕ではない。彼女が握り、構える一本の長い得物はおそらくは魔力により生成されたもので、その形状は凰も見覚えがある。女性が扱う薙刀だ。

 

「はぁ!?」

 

「せえいっ!!」

 

 薙刀で凰の柳葉刀を受け止め、流れる動作で剣と腕を弾き返し、追い払うかのように凰とともに押し返す。風にでも弾かれてしまったかのように返された凰は、相手の得物と奇襲の失敗を見て一旦距離を取り、体勢を整える。

 

「さすがに殺す気!?」

 

「なわけないだろう。マスターに当たらないように計算はしたさ」

 

「け、計算……」

 

 背を刺され苦しむ女もどきを足で押しのけた蒼夜は箒の背に寄って凰と女もどきの双方を視界におさめて様子を窺う。危機的状況から脱したのでその切っ掛けとなった箒の援護への率直な意見を述べた蒼夜は箒の口から出る似合わない言葉に思わず失笑しそうになるが、そんな事を言っている場合ではないと脳裏で言い訳した蒼夜は箒と同じく間合いを窺う凰へと睨みを利かせる。

 

「薙刀、なんて……!?」

 

「持ってなかった、か。そうだな。以前の私はこれを扱っていなかった」

 

 しかし、箒は器用に薙刀を弄び自身の前で何度も回転させ凰への牽制を行う。

 

「だが、だからといって薙刀を使えない、とは一言も言ってはないが?」

 

 余裕を持った顔で薙刀の切っ先を突きつけるという、先ほどまでは考えられない顔を見せる箒に対し、余裕のあった顔の凰は今は切り落とされた左腕をだらけさせ、そこから鮮血を垂れ流している。止血もしていないので血管から駄々洩れしているが、凰の顔色に悪化は見られず憤りだけを二人へ向けている。

 不快、苛立ち、警戒心。この数分の出来事で凰の箒に対する見方は既にひっくり返った。強さもだがその能力も、凰にとっては裏切りと同義であるらしく、歯ぎしりの中であからさまな舌打ちを放つ。

 

「このまま押し切ろう、マスター。今なら手負いだから押し切れば……!」

 

「……それは、そうだけど……」

 

「迷うことなんてない。前にも言ったはずだ、こいつも私も、女王全員———本物なんていやしないんだ。勝手に思ってるだけの偽物なんだ」

 

 箒の提案に言葉を濁らせる蒼夜は一瞬目を下へそらして俯くが、再び見上げて目の前で対峙する凰の姿を見ると小声で「でも……」とつぶやく。

 それを聞いてか箒はさらに言葉を紡ぐ。

 

「マスター、こいつらは人間ではない。人の皮をかぶり人の姿をして、人の真似事をするだけの奴らだ。……人間じゃないなら、まだ戦いやすいだろう」

 

 ──―違う。そうじゃないんだ。

 箒の言葉に蒼夜は唇を強くかみしめ、血が出そうなほどに硬く閉ざす。吐き出したい言葉を今すぐにでも。

 だが、蒼夜の言葉が出るよりも先にもう一人の声が部屋に響く。

 

「────―腹立たしい」

 

「………………!」

 

「腹立たしい腹立たしい腹立たしい────―腹立たしいぞ、サーヴァント風情が……偽物風情がぁ!!」

 

 鮮血の海で怒りをたぎらせる凰が口を開き、たまりにたまった怒りの熱を吐き出す。怒りとともにあふれ出る膨大な魔力は大きな風となって放出され、辺りに強風を巻き起こす。蒼夜と箒は凰が出す強風に飲まれ、ともに吹き飛ばされそうになるが箒が薙刀を地面に突き刺して支え代わりにすると

 

「うわっ!?」

 

「ッ……つかまれ!」

 

 直ぐに手を伸ばした箒につかまり、蒼夜もなんとか飛ばされずに済み、しっかりと握られた手を頼りに足を踏ん張らせる。

 だが風の根源、膨大な魔力を放出する凰は未だ魔力を纏い、それどころか放出する魔力を段々と強くしているので彼の足では腰を低くして中腰かそれ以下にでもしなければ耐えることができず、今にも飛ばされていきそうだ。

 

「うおお!?」

 

「別に手を離して壁に当ててもいいんだぞ!」

 

「そっちでもいいかもしれな……やっぱ勘弁!」

 

 椅子だけでなくテーブルや食器類が飛び交い壁へとぶつかる音が響く。このままそれらと同じようにというのも箒の足かせにならなくていいのでは、と考えたが鋭利な先端や凶器ともいえる速度で飛ぶ椅子などを見て諦める。

 

「にしても……!」

 

 なんて魔力量だ。これはまるで……で続くセリフが脳裏の中で過るが生憎と比較対象となるものを知らない蒼夜はそこで考えをやめ、目の前で魔力の間欠泉を吐き出す凰を見るが、それを待ってたとでもいうのか凰が叫ぶ。

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

「ッ……!?」

 

 甲高く、大きく、鋭く、低く(・・)

 言葉にもならない声で叫び、吠える凰は蒼夜と同じく腰をかがめ背筋を曲げて前のめりになり獣……いや怪物を思わせる姿勢を取ると、その身を段々と異質なものへ変化させる。爪を鋭く、足と歯にはキバを。腕には鱗が現れていき表面を覆う。

 そして、臀部からは一本の尾が飛び出るように生えると、なんと意思を持つかのように動き、細身を伸ばして自分の配下へと向かい、先端からするどい牙が並ぶ口を開けて

 

「ああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 自分の配下の女もどきに食らいついた。

 

「なっ……!?」

 

「まさか……自分の配下を食おうというのか!?」

 

 凰の尻尾の捕食行為に驚愕を隠せない二人は、呆気にとられた顔をして目の前の暴風の中で起こる無惨な捕食を凝視する。風の影響で未だに動けないのもあるが、目の前で起きている意味不明ともとれる行動の結果を見たいという二人の欲求があり、それを邪魔したくないというのもまた本音だった。

 しかし、それでも仲間を食うという行為を素直に受け入れる二人ではなく表情は次第に嫌悪へと変わっていく。

 

「ああああああああああ、ああああああああああああ!!!」

 

 今まで声にもならない声で吠えていた女もどきだが、凰の尻尾に捕食される今は悲鳴ににた声で叫び、泣き、悶えていた。尻尾はそれでも捕食をやめようとはせず、それどころかついには女もどきの骨をかみ砕き下半身を食い尽くす。上半身だけとなった女もどきは両腕の爪をを地面に食い込ませて逃げようとするが下半身を食われ思うように動けないので、逃げるどころか固定もできない。

 やがてズルズルと尻尾の口の中へ自身の残り半分が食われようとなると、女もどきは最期の悲鳴を上げた。

 

「ああああああああああああ!! ああああああああああああああああああああ!!」

 

 人にも似た声で叫び泣く女もどきに蒼夜の顔も次第に蒼白になるが、それ以上に容赦なく貪り食う凰の尻尾の食いっぷりに目を見張る。目の前にあるのがただの肉であるかのように必死に貪り食うその様は潔さもあるが同時に隠すことのない惨たらしさもあるので、嫌悪を通り越して茫然と眺めてしまう。

 

「………………」

 

 ゆえに、開いた口が塞がらない二人はただ黙って食われる様を見る事しかできず、蒼夜がようやく声を絞り出した時には

 

「あ……」

 

 女もどきの体は既になく、最後に飲み込む一本の爪の先端だけが見えた。

 

 ──―お、ねえちゃん

 

「────―!」

 

 麺類を食べる時のように吸い上げ、飲み込み。生ものを食べる時と同じくよく噛みしめ、かみ砕く。骨をも砕く音を大きく響かせ、血肉を引きちぎる音を立たせて食べる様は獣のそれだが、同時に口を閉じない人が食べている時の咀嚼音そのもので、口の中でかみ砕かれる女もどきとその動きは二人の目を悪い意味で釘付けにした。

 

「この手を……使わせる、なんて……」

 

 尾で配下を食い、魔力の風を弱めた凰は腰を上げると、今までは下がってて見えなかった瞳を見せつけるように見開き二人と目を合わせる。最初の遭遇時よりも細く、鋭く、獰猛な目は人のものだというのに獣を想起させ、奥にある瞳が琥珀色に見えてしまう。……いや、実際、凰の目の色は文字通り変わった。あるいは本来の姿とも。

 

「ああ……ああ、ああ……ホント……腹が立つ……アンタ、相手にコレ使うなんて……ねッ」

 

 ごっくん。

 尾の方で喉が鳴り、食べていた肉を食道へと通す。かみ砕かれた肉塊は見える大きさで食道を膨らませながら通り、一直線に凰の体へと向かう。

 かみ砕かれた自身の配下を《・・・・》食うという行為だけでなく、その配下を自らの身に取り込むということに蒼夜は言葉を失い、ただ見ることしかできない。

 箒も同じく言葉すら発せられないが、それでもこれから先、何が起ころうとも恐れることをしないと自分に言い聞かせ薙刀を握りなおす。

 そして、自分に対し警戒をする二人の姿を見て凰はまた、笑みを作り

 

 

「あ、ああ、あ、あああああっ」

 

 

 臀部から、自分の配下だった肉をその身に取り込んだ。

 その刹那だ。

 

 

「あああ、あああああ、あああああああああああ!!」

 

 

 凰が叫び、体をそり上げると、肉体の各所が盛り上がり、うねり、脈動を始め、そして体が崩れだす。崩壊ではなく、再生。皮をかぶっていた部分がそがれ、落とされたことで隠されていた部位が外界へと現れた。

 背には骨格とともに赤黒い羽が生え、足が細く、大きく、鋭い爪を生やし地面を砕く。両腕も爪は尖り、切り落とされた左腕は瞬く間に再生し右腕と同じ形を作る。肩からは盛り上がりとともに血しぶきが弾け、中から龍……いや、ワイバーンなどのトカゲに近い顔と首が現れ産声を上げる。

 

「いっ……!?」

 

「あああああああああ────―あ、ははは、あああ、はははははは、あああ……」

 

 トカゲの首が血肉を裂いて出てきたことで、ようやく変異を終えたのか、だらんと両腕をだらけさせ背に生えた羽を二人へ曝け出した凰は笑いながら体の各所を動かし、骨を鳴らす。変異することで骨格も変わったのだろう。体の接続部位の各所で小気味のいい音が鳴っている。

 一方で柳葉刀は変異とともに邪魔と判断されたのか地面に墜とされ、代わりに大きな爪が廃りへと突きつけられる。

 

「ホント……腹が立つわ。こんなのに本気出すなんて」

 

「……悪趣味な」

 

 軽蔑の目でつぶやく箒は、こちらを見てくる凰や肩のトカゲではなく、それら全体を目に入れて嫌悪感をあらわにしており、無意識に薙刀を握る手の力を強くする。

 

「あらぁ、よく言うわね。同じようなの、見たんでしょ?」

 

 箒のつぶやきを聞き取った凰が煽りげに言うセリフに蒼夜も眉を寄せてしまう。だが、前に立つ箒と蒼夜の表情は若干だが異なり、蒼夜には嫌悪の色はない。

 

「ああ、見たな。だが、お前よりは拝むのに苦労したぞ、アイツは」

 

「そりゃそうよ。アイツはこの姿を奥の手って思ってそうだけど、私たちにとっては本来の姿。アンタらにとってはようやくスタートラインなのよ?」

 

 本来の姿というのになったからか、凰の表情もまた一転し余裕に満ちている。それだけでなく彼女が纏う魔力も先ほどよりも大きく、より異質さを放っており真に受けているとそれだけで気圧されてしまい、蒼夜だけでなく箒もそれをかわすことなどできない。

 

「そうか。それなら問題はない」

 

「は……?」

 

 だが、それでしり込みをするほど箒も蒼夜も恐れてはおらず、むしろ凰の言葉に状況の好転を感じており、笑みを作る余裕すらある。恐ろしくはあるが、同時にその言葉で彼らの肩への重荷が少しだか軽くなり焦りの色は見えない。

 

「あとはお前を倒すだけ、そう言うことだろう」

 

「……話、聞いてた? それとも単なるバカ?」

 

「お前が今の状況で私らをバカと思えるなら、お前は間抜けだ。能天気にもほどがある」

 

 薙刀を構えて臨戦態勢を取る箒の後ろでは蒼夜が足腰に力を入れて素早く動く構えを取る。箒が戦うと同時に距離を取るためだ。

 凰も二人の姿を捉えてはいるが、その視界の中心、狙いは箒のみで蒼夜には目もくれない。箒の言葉に対する苛立ちもあるが何より一瞬の判断で彼がその程度(・・・・)だと見たのだろう。

 ──―アイツさえ倒せば、後はどうとでも。

 侮蔑の目で見る凰に、箒はわずかに顔を後ろへと向けると蒼夜に向かい頷く。ただそれだけだというのに、蒼夜も長年の相棒とのアイコンタクトであるかのように頷き返す。

 

「その言葉、そのまま返すわ」

 

「さてどうかな? 甘く見ているのは……お前だ」

 

 薙刀を強く握り、凰へ刃を向ける箒は目を凝らして彼女の姿を捉え続ける。間合いは取って、武器も構えている、十分な体勢だが相手は女王であることから油断もできない。

 凰も女王であるというのに余裕の顔を浮かべる箒に警戒しているようで、足を広げ即応戦できるようにしている。両手の爪はわずかに動くだけでも空気を裂く音が聞こえ、その鋭さを物語る。柳葉刀が無くてもその爪と、尾と、肩のトカゲがある。むしろこれからどうしようか、迷っている。

 迷って、迷って、迷ったから、凰の顔は笑っていた。

 

 

(来る……!!)

 

 

 二人の心がシンクロし足を踏ん張らせた──―刹那。凰の姿が消えた。

 

「ッ…………!!」

 

 薙刀を鎌え正面へ顔を向けていた箒は一瞬だが視界から消えた凰の姿を探そうとするが、その暇も心配もなく目線を上げると、そこには目と鼻の先まで接近した凰が爪を構え飛び込んできていた。

 今までとは違う速さの奇襲に、横へ飛び距離を取ろうとしていた蒼夜はわずかに横目で見えた光景に目を疑い、思わず応戦するサーヴァントの名を叫ぼうとした。だが、代わりに先に帰ってきたのは爪と柄がぶつかり合う甲高い音で、距離を取り転がって体勢を整えた蒼夜は戦闘の方へ振り返る。

 つばぜり合いは終わり、箒は薙刀で爪を受け流すが、それと同時に薙刀を持つ右腕に激痛を感じ、目線を落とすと自分の腕から一直線の線とともに鮮血が噴き出す。いつ。どうやって。防いだはずの攻撃を受けてしまったという事実に困惑を隠せない箒だが、そんなことを考えている時間はない。素早くステップを踏んで距離を取り、薙刀の刃が届く間合いに入ると同時に長い薙刀を振るい反撃へ転じる。

 

「ふっ……!」

 

「ッ!」

 

 すぐに反撃が来るとわかっていた凰は一撃を片手で防ぎ、箒の懐をがら空きにさせる。薙刀という扱いの難しい武器であること、攻撃範囲が刀よりも少ないことがこの瞬間の箒の命取りだ。

 

「ッ……!!」

 

「トロい」

 

 一瞬聞こえた凰の言葉に、素早く薙刀を持つ手を離した箒は魔力を脚に集めて瞬間的なブースター代わりにして凰の間合いから離れる。次の瞬間には彼女に居た場所へ肩と尾の攻撃が襲い、地面を破壊する。あとコンマ数秒遅ければという状況に内心ではホッとする箒だが、状況は一気に劣勢となる。

 それを見逃すまいと、凰が振り向く間に彼女の尾が箒へと襲い掛かり、強烈なタックルをみぞおちへと打ちこむ。

 

「トロいって言ってんのよ!」

 

「うっ……!?」

 

 回避中でさらにかわすこともできなかった箒はモロにその一撃を喰らってしまい、強烈な一撃の痛みを腹から全身へと駆け巡らせ、動けない体を窓際の壁まで吹き飛ばされる。幸い、ぶつかる場所には固定式の半円形のソファがあったのでダメージは幾分柔らかくなるも、打ち付けられた痛みが背筋から全身を襲い脳を揺さぶる。

 

「あっ……」

 

「やばい!」

 

 ソファに打ち付けられ守ることのできない箒に蒼夜はとっさに右手を構え、魔力を集める。先ほどと同じくガンドで牽制ないし囮にしようと考えていたが、その考えは甘く、彼の目の前には突進した尾がそのまま薙ぎ払いの要領でこちらへと向かう姿があり、そちらへの危機感が先に勝った。

 

「うわっ!?」

 

「邪魔よ。アンタ如きが介入できると──―」

 

 凰が一瞬、箒から目を離して蒼夜へと罵倒を投げる。その一瞬を箒は見逃さずソファから抜け出して再び魔力で薙刀を形成しようとするが、凰の横目は既に再度箒の姿を捉えており、両肩のトカゲが襲い掛かる。

 

「ッ……!!」

 

 トカゲの攻撃をかわして距離を取るが、箒の姿を捉える凰がさらに追撃を入れて体勢の立て直しを阻み、戦闘の流れを自分へと向けさせる。肩のトカゲも合間あいまで攻撃を入れてくるので箒もかわすだけで手一杯で反撃も脱出もできない。それどころか、攻撃が激しさを増してかわしても他の攻撃を受けてかすめてでダメージを受けてしまい、箒の体には傷が増えていく。

 

「くぅ……!!」

 

「遅いのよっ!」

 

「ッ、しまっ──―」

 

 かわすことで手一杯だった箒は不意の蹴りで飛ばされ、窓際のソファの上を転がる。蹴りの勢いがそこまでなかったのか窓からという最悪のケースは免れたものの、それでも激痛と方向感覚の麻痺が起きてしまい、一瞬自分がどの方向へ向いているか分からなくなる。

 

「があ……あ……」

 

「そのまま落ちなさいよ!」

 

 追撃の攻撃をトカゲと尾に行わせる凰に、箒はなんとか周囲を確認し方向を再認識すると、もう一度魔力で脚を強化して距離を離そうとする。

 しかし、長い尾の追撃だけは逃れられず、正面から巨大なキバをむき出しにして襲い掛かってくる。

 

「ッ……!!」

 

 回避が間に合わない箒に、尾の牙が襲う。

 脚がついていない、回避ができない。空中でなら。空中では。

 勝機と見た凰は尾の口に確かな加えた感触を感じとると、迷うことなく顎を上げて口を閉ざせた。尾がかみついた箒をかみ砕くため、忌まわしい女をかみ殺すために。

 だが。

 

「セイバー!?」

 

「あはっ! これで終わり……ッ!?」

 

 ()をくわえてかみ砕く。ただそれだけのはずが、すぐにできない。それどころか尾の先端、口の感覚が妙に歯切れが悪い。いや、それどころか嚙み切れない。まるで今、尾は口いっぱいに何かを食べていて、それが肉厚で噛み切れない大きさであるかのようだが、口にくわえているのは口いっぱいの大きいものでも──―全体的に──―肉厚のものでもない。

 

「うっ……くうっ……!」

 

「こんのぉ……!」

 

 くわえていた獲物、いや餌は食われまいとうめき声をあげているのが聞こえ、硬くなってしまった口で何が起きているかを凰は察する。あっさりと食えたはず、かみ砕いて五臓六腑をまき散らし血の滴る肉を喰らえたはずが、それを拒む。

 餌となる少女が食べられまいと抵抗している。間一髪のところで箒が歯をつかみ、閉じられるのを防いでいたのだ。

 

「しっぶとい!!」

 

「悪い、なっ!!」

 

 力づくで閉じようとする口に箒は両手両足で歯を掴み防いでいたが、すぐに長くは続かないと察して脱出を図る。と言っても後ろへと跳ぶだけなのだが、そのまますれば確実に次の攻撃が行われるので、箒はタイミングを見計らい、後ろへと跳ぶのと同時に両手で上の歯を少し奥へと押し込み、上下がかみ合わないようにする。鋭く揃った歯はしっかりかみ合わずともガチンと音を立ててぶつかり合うが、本来収まるべき場所に収まらないせいで上の歯がわずかに深く入り込み、口の下側の肉を抉り、そのまま舌をも噛みちぎってしまう。

 

「いぎあっっ!?」

 

 尾の口とはいえ、自分の体の一部で神経が通っているのでその痛みに変わりはなく、それも口の肉を抉り、さらには舌すらも噛みちぎってしまったというのは激痛以外のなにでもない。瞬時に襲い掛かる痛みに凰は激痛の声を上げた。

 

「マス──―」

 

「ッ……こんのぉ!!」

 

「ちい……!」

 

 舌を噛み切った痛みが全身を駆け巡り、脳への電気信号を送る。実際は自分の口を舌をやったわけではないが、それでもこの痛みは、この苦痛は実際に感じているものだ。凰にとっては体の一部、自分の口も同じなのでそれを嚙み切ってしまった、嚙み切るようなことをさせられたという感情が沸き起こり、凰の思考を怒りの炎で燃え上がらせる。

 箒は尾の攻撃を回避してマスターへ呼びかけようとするが、凰がそれを許さず、両腕の爪で切り裂かんと襲い掛かってくる。

 

「あああああ!!」

 

「ッ……!!」

 

 肥大化した爪の切り裂きを避けて、何とか間合いを保つ箒。だが、また攻撃を回避したというのに箒の腕や肩、あばらなどから一本の線が引かれ鮮血がはじけ飛ぶ。

 

「うっ……!?」

 

「無駄ぁ!!」

 

 爪による攻撃を何度も何度も紙一重で回避し、触れないようにと気を付けている。だというのに攻撃が当たったかのように体は切り裂かれ、血しぶきを上げている。

 箒はもう一度、魔力を脚に集めて大きく後ろへと跳んだが、逃すはずもなく凰が追撃を行うので振り切れず仕切り直し(・・・・・)もできない。しかも攻撃をかわしたはずが、あたかも喰らってしまったかのように切り裂かれ、箒のダメージは増える一方だ。

 

「っ……!? くそっ!」

 

 かわすのに手一杯で考える暇もない箒は自分が攻撃をかわしてもダメージを受ける理由を突き止められず、次第に苛立ちを募らせる。

 

(攻撃をかわしているのに傷がつく……時間差? それとも当たり判定?)

 

 二人の戦闘を外側から見つつ辺りを見回し移動する蒼夜は、箒が苦戦し傷ついている光景を見て、何か理由があると頭を働かせているが攻撃のモーションに違和感はなく目で追えないところもあり、猛烈極まりない攻撃だということだけしかわからず眉間にしわを寄せる。

 

(ダメだ、このまま見てるだけじゃわからないしラチがあかない。なんとか……)

 

 傍観しているだけでは意味がないと辺りを見回して自分にできること、何か打開策に使えるものがないかを横目で探す。ガンドはさっきの一撃で弾切れ。再度使用するにも準備が必要で、なにより今着ている礼装(カルデア制服)はガンドの使用に適したものではない。魔術の腕が素人以下である蒼夜にとってはその都度、戦闘や使用する魔術に適した礼装を纏わなければならず、そうしなければ戦闘支援に大きな悪影響を及ぼす。

 

(ガンドは……ダメだ。時間がかかりすぎる。回復ももうしばらくは時間がいるし、おそらく回避も気休めにしかならない)

 

 手持ちの魔術(スキル)による支援を考えるも先の戦闘で使っているのでどれも再使用するまでの魔力集束に時間がかかり、それ以前に仮に使えても箒の状況が好転するかとなれば、その望みは薄い。

 そして、支援すら無意味であると証明するかのように凰によって強風が巻き起こされる。

 

「ッ……!!」

 

 とつぜんの強風に構えてもいなかった蒼夜は風に押されてしまい、踏ん張りもできずに地面に座り込むように倒れてしまう。

 その刹那、蒼夜の頭上をまた強風が通過していき、さらには窓側の壁が轟音とともに抉られ窓が滅茶苦茶に割られる。後ろで起きた大惨事に蒼夜は何事かと思いつつ身を護り、降り注ぐ小さな瓦礫やガラスの破片が終わると、後ろの惨状を確認し何が起きたのかもう一度二人の戦闘へと目を向ける。

 

「っく……!」

 

「おらおらおらぁ!!」

 

 攻めの術を持たない箒が攻撃を回避したが、その攻撃は箒の体を切り裂きさらにはその後ろに居た蒼夜にめがけて飛んで行った。一瞬の出来事でしかも回避するしか余裕のない箒はマスターに向けて叫ぶこともできず、彼の反応と運を信じるしかなかったが、危機察知能力はあったようで蒼夜は地面にへたり込んで攻撃を回避しており、その様子を見てホッと胸をなでおろした。それもつかの間で、直後に凰の攻撃が飛んできて箒の頬をかすめる。

 

「余所見してんじゃあ……!」

 

「っ……!!」

 

 依然として劣勢であることには変わりなく、箒の体の傷は動くたびに増えていく。反撃の手段を持ち合わせない箒は回避一手で、その回避も次第に追い付かれ始め爪が肌をかすめている。

 

「うっ!」

 

 それだけでなく、肩のトカゲ、尾の存在がさらに箒の攻めの意識を潰し守るしかないと思わせてしまう。

 このままではいずれは凰が自分を捉え大打撃を受けてしまう。なんとか、と。

 

「そこぉ!」

 

「しまっ……」

 

 その思考が箒の体の反応、動きを鈍らせ全てを遅らせてしまった。

 側面から尾が素早く懐へと潜り込み、箒のはらわたを目掛け頭突きをする。人間の頭一つ分の大きさの頭突きが無防備な横っ腹へ勢いよく突っ込むのは、真横から鉄骨がくるのと同義で、範囲は小さいものの硬い頭の一撃をモロで食らえば

 

「があ────―」

 

 いくら強靭な骨と言えど大きな亀裂の音とともにもろくも崩れ去る。箒のあばら骨は耐えることもなく折られ、衝撃は緩和されることもなく内蔵へと伝わる。緩和されていない直の攻撃に内蔵が耐えれるはずもなく、瞬時に体の中は悲鳴を上げ泣き叫ぶ。

 

「セイバァ!!」

 

 蒼夜の声も虚しく、箒は突き飛ばされソファの中へと突き飛ばされる。最初の時よりも強く、深くめり込まれた箒の体はソファのクッションを突き破り向こう側の基礎の部分にまでおよび、ようやく止まる。そのころには箒の意識はシェイクされた頭によって渦の中へと落とされ、吐き気と激痛、平衡感覚の麻痺が現実世界との繋がりを断たせる。

 最後には上下も左右も前後も分からない空間を目にして、箒の視界は暗黒へと落ちていく。

 

「あ──―」

 

 サーヴァントといえど肉体は生前の能力(ステータス)を参考にしている。その英霊の最盛期や重要な時期、特殊な条件や状況によりステータスは変動するが、全ての基礎となるのはやはり最盛期の肉体だ。

 ゆえに。いくらサーヴァントであろうと

 

「……ふう。やっと捕まえた。……いや違うか。潰せた、ね」

 

 ソファの向こう側に押し付けられた箒の体がビクビクと痙攣していたが、やがてその震えが小さくなり動かなくなる。

 動くこともなくなったソレ(・・)を見て凰は頭突きをした尾を背後へと動かし、打ち付けられたのを確認するとゆっくりと全身の力を抜いて体内にたまった空気を吐き出す。

 だが警戒心と殺気だけは完全に引っ込めず、蒼夜を脅すには十分なだけを醸しだして彼の方へと顔を動かす。

 

「サーヴァントって言っても所詮この程度なのよ。アタシたちと違ってね」

 

「…………」

 

 凰の目が蒼夜を捉え、肩のトカゲと尾が呼応するかのように同じく顔を向けてくる。

 攻撃の余波でしゃがんでいた蒼夜は今しがた立ち上がり、腰を低くしてすぐに動けるように構える。攻撃されても回避できるように、少しでも時間を稼げるように。

 自らを犠牲にしてでも時間を稼ぎ、勝機を見出そうと考えている蒼夜の姿に凰は問う。

 

「で、手駒がこうなったってのに、アンタまだ戦う気……いや、諦めないの?」

 

「……諦める理由がないんでね」

 

「理由がないって……阿呆なの? 唯一の手駒であるサーヴァントはこのありさま。アンタの力なんてそこらの女以下。そんなアンタがアタシに勝てるっていうの?」

 

「それは無理だ。というか無駄……ともいえる。きみに正面から挑んでも秒殺されるのがオチだってわかる」

 

「……だったらわかるでしょ。無理。無駄。無謀。無策。アンタがやろうとしてるのはまさしくソレよ」

 

 呆れて溜息が出る凰に蒼夜は少し、表情を和らげる。余裕の現われ、それは凰だけのものかと思われたが蒼夜もこの状況でまだあきらめておらず、それどころか凰の言葉に反論できるだけの気をまだ持っている。

 

「──―でも無意味じゃない。意味があるのなら、やるまでだ」

 

 諦めというのを考えていない蒼夜の表情に、凰が不快を抱き吐き捨てる。

 可能性があるなら試す。言いたいことは分かるが、その言葉が、その表情があまりに清廉で勇ましい空想の人物が抱く意思そのものだったので、顔を見合わせた瞬間に凰の中の奥底から憤りと不愉快さが吐き気となって湧きあがり、タンとともに外へと吐き出される。

 彼女から見て蒼夜の表情は夢見る子ども同然で、希望に満ちた顔に苛立ちしか感じない。

 

「……なに、寝言いってんの。阿保とか馬鹿じゃなくてガキだったの。かっこつけなら他所でやれよ」

 

「……傍から見ればそう見えるんだろう。でも、俺はそう信じてきた。無謀でも無策でも、無茶でも。そこに意味があるなら。可能性があるなら挑む」

 

「夢物語もたいがいにしろよ。そんな理想を抱いて、現実も見なくなったか。お前の負けなんだよ」

 

 苛立ちと不快感が凰の余裕さを奪い、言葉遣いを変えて蒼夜に直接の圧力を加える。蒼夜の言葉が相当頭に来たようで、暴言ともいえる言葉を吐く凰の顔は露骨な嫌悪と憎悪を出しており、隠すことのない顔の鋭い目は今にも彼を屠らんと睨みを利かせる。

 

 ──―だが。所詮はそのくらいだ。

 蒼夜の表情はむしろ本性を見せた凰を見て笑みを浮かべており、返って彼の中に余裕さとわずかな希望をわかせる。

 これで時間を稼ぎ、どうにか対策を講じれる。凰のその表情こそ、彼女の反応こそが蒼夜が望む反応だ。

 

(さて。こっちに引き付けられたのはいいけど、どうするか……)

 

 蒼夜は今も思考をフル回転させて対策を練っている最中だ。先ほどの戦闘で凰の高い戦闘能力はわかったが、問題はそれに付随する能力。それがわからなければいくら尾や肩のトカゲをかわしても逃げきれない。

 凰の力もオリジナル(・・・・・)も分からない彼にとっては攻撃の原理がわからず、それによる対抗策など先の話だ。だが、蒼夜はこの状況で、この場においてその答えを見つけなければいけない。

 

(接近されればすぐにやられるのは目に見えてる。ガンドも避けられるだろうし、コレといって対抗できる手段もない。手詰まり……ってわけでもないけど、どうするか)

 

 右手を強く握り、体中を巡る血液を総動員して脳を働かせる蒼夜。

 立ちはだかる凰は今にも襲い掛かりそうで、下手な動きをすれば命の灯火が瞬時に消えてしまいそうだ。挑発をしたことで怒りの頂点に達しており、この緊張状態が長く続くとは蒼夜も思っていない。

 とはいえ、この状況を打開する策があるかと言われればソレもなくまさに風前の灯火だ。

 その炎が揺らめき、消えるのかと思った刹那。蒼夜の視界の半分を白い光が覆い、まばゆい光に蒼夜は目を細める。

 

(あれは……)

 

 視界外からの光に一瞬なにかと警戒心を強めたが、光がすぐに弱まりその方へと目を少しずらすと、そこには自分を助けるために箒が投げた刀が突き刺さっていた。凰の配下を倒し、自分を助けるために投げた刀が凰に女もどきを吸収する時に難を逃れたようで、瓦礫に突き刺さる刀身に陽の光が反射したらしい。

 

(セイバー……箒の刀。……なら)

 

 刀を見て、蒼夜の中に何かがうまれる。今までは無かった、考える事のできなかった考えが浮かび蒼夜の中で強く推され、彼の体を動かす。

 本能。いや、本心だ。

 蒼夜の中に浮かんだアイディアを否定するもの彼の中にはなく、止められない体は「よし、やろう」と脳に伝達する前に動き出す。

 

「それは、どうかなッ……!」

 

 蒼夜が動き出し、それと同時に凰が地面を蹴り、蒼夜へ向かい一直線に飛んでいく。僅か一秒と満たない間に間合いを詰められ、目に見えた命の危機に瀕しながらも諦めずに刀の刺さった地面へと向かい、迷うこともなく刀を手にする。

 

(無駄なことを)

 

 刀を使って抵抗するつもりか。

 魔力を脚に込めての簡易的な筋力強化。箒と同じ方法で対抗手段を手にした蒼夜に一笑もできない凰は鋭い爪を立てて突き刺そうとする。スピードに乗り、勢いのある爪の一撃であれば生身同然の蒼夜にとってはどこを刺しても瀕死は免れない。実際、凰もどこへ刺すという明確な考えはない。ただ目の前で無駄にあがく獲物に対し、捕食者の一撃を振りかざすだけ。

 

「ッ…………!!」

 

 突き刺された刀が一気に引き抜かれ蒼夜の手に渡る。刀を強く握りしめた蒼夜はそのまま切りかかる……ことはなく、瞬時に逆手に持って刀を凰へ向け勢いよく投げつけた。

 

「────―は?」

 

 投げる? 刀を? 

 せっかく手にした唯一の対抗手段。僅か数秒と満たない間とはいえ、この自分と戦えるたった一つの手段を、こいつは迷うことなく投げつけてきた。

 無論、それが手段としてないことはないのだが、策で言えば愚策中の愚策。わずかな時間、命を繋げることのできるチャンスを棒に振った。

 こいつは刀とともに自分の命を投げ出したのだ。

 

(ホント……こいつ……)

 

 もういい。偽善とも、蛮勇ともとれる無駄な行為は終わった。

 蒼夜の大暴投は凰に当たることはなく、至近距離の投擲を余裕の反応でかわして顔の横を通過する。魔力による強化で投擲スピードも速く、並の人間では見えない速さだが女王である凰の前には普通の玉の速さに等しい。凰の目の前に投げられた刀は真横を通過し、やがて凰の視界から消え去る。消え去った刀にもう用も価値もなく、邪魔がなくなり、獲物へのとどめの一撃を放つ。

 

 

「もう終われよ」

 

 凰がそう言い放った刹那。

 

「…………ああ。終わらせようか」

 

 蒼夜の不敵な笑みが見え、同時に彼の利き手であろう右手がわずかにだが赤く輝く。

 一々細かいことを気にしない凰の性格上、そこにあったものに気にも留めなかったが、この時ばかりは、もう少し観察しておけばと僅かだが後悔の念が沸いた。このタイミングで、この局面で。迷うこともなくコレを使うとは。

 

「ただし、俺とじゃないけどね」

 

 右手の赤い痣。それは令呪と言われる魔力エンチャントで、使用すれば膨大な魔力を得られる。これをサーヴァントの宝具にあてることもあれば、魔法にも似た転送、自身に対するエンチャントなどにもできる。

 

 ──―まさか

 

 そう。要はただの膨大な魔力。魔術におけるすべての素材だ。使うのは自由。変化も自由。ゆえに増強、防御、支援に使うこともあれば、それ以外にも使うこともできる。

 

「はあああああっ!!」

 

 凰の爪が蒼夜の腸に到達し、肌を抉って肉をかき回そうとした瞬間。全身に重い鉛のような感覚がのしかかり凰の体すべての動きを止める。全身に大きく太い、重い鎖でも巻き付かれたかのように一瞬すべての動きを縛られ、動けなくなったが、その次の瞬間には激痛とともに解放される。

 

 ──―尻尾の先の感覚が消えた。

 同時に想像絶する痛みとともに喪失感と空気に触れたことによる爽快感が感じられ、痛みの中に感じるわずかな虚無感が凰の思考をかき乱す。あまりの痛みと喪失感で凰の体勢は前触れもなく一気に崩れていき、いつしか目の前に居たはずの蒼夜が横にいて、体は前へと倒れ込んだ。

 

「ッ────―!」

 

 だが、苦痛を力みで強引に抑え、痛みに耐えた凰はそのまま地面に倒れずに腕を支えと衝撃を受け止めるためのストッパー代わりにして踏ん張りを利かせると、次第に全身へと巡った痛みに苦悶の声を上げる。

 

「ッ……う、ああ……!」

 

 尾を斬られ、痛みにもだえる凰を横目に標的にされていた蒼夜はすぐさま離れると、凰の痛みの原因である斬られた尾がある方へと駆けだす。

 

「……女王、というだけあって尾もしぶといな。まだ動くか」

 

 目の前に落ちている凰の尾は斬られて分離されたというのに、こちらもまた苦しみ悶えるかのように必死に動き、暴れている。トカゲのしっぽが切られてもしばらくは動いているのと同じで、生命力を感じられるが同時にまだ生きているという恐怖を蒼夜は素直に感じた。

 そんな彼の感情を読んでなのか、彼が尾に近づくといい加減見ているのも嫌になったのか、とどめの一刺しを尾の頭にめがけ突き刺した。

 

「が、再生はしないようだな。流石に中身までは爬虫類になってなかったというわけだ」

 

 尾の頭へと一刀を突き刺した箒は、やがて動きは小さくなり死に絶えていく尾の様子を眺めながら独り言をつぶやく。

 切り離された痛みでしばらくはしゃべることはおろか、立つこともできない凰は膝をついた状態で後ろへと振り返り、自分の一部だった尾から刀を抜く箒の姿を見て目を疑う。

 先ほどの一撃、渾身の攻撃を受けて気を失っていた、ダメージを受けていたはずの箒がまるで今までのことがすべてなかったかのように無傷の姿で立っており、横目で自分と駆けよるマスターを見ていた。

 

「マスター、君は……まぁいい。今回は私の責だ」

 

「ううん。俺も反応遅れたし、ちゃんとフォローできなかった。あいこだよ」

 

「令呪一画を使って、か? それは嫌味と受け取るが──―」

 

 和気藹々と話す二人に凰は今しがたあったなぜという疑問が、すぐに晴らされる。いやそれどころか、それを平気で話す二人の余裕が凰には気に食わない。この状況で、この状態が、彼ら二人にとっては勝ったも同然、という状況なんだ。と言っているように見えるのだから。

 

「というより、君も無理をする。自分を囮にするなんて、マスターがしていい事ではないとあれほど……」

 

「ごめん……でも、あの場合はああでもしないとまた逆戻りだったから……」

 

 全ては彼らの思惑通りだった。

 刀を失い、薙刀で応戦するところまでは確かに拮抗はしていたのだろう。だが、武器をすべて失い、防戦となった時。優勢だと思っていた状況はむしろ彼らの作戦の内、修正範囲内だったのだろう。

 その証拠に蒼夜は迷わず自分を囮にして”自身”の気を引かせ、抵抗すると思っていたのをギリギリまで思わせて刀という重要な武器をその証拠として見せ続けていた。しかし、結局はそれも思惑の内。自分を囮に、箒の体勢を立て直せるギリギリの範囲を形成させその瞬間に刀を投擲。令呪で箒を回復させ、同時に戦線復帰させるための武器を与えて反撃へと転じた。

 

「ッ……狙って……いたの!? この、状況を……!」

 

「……どうだろう。でも、刀と令呪については考えてた。投げると同時に使えば、筋力強化だって思わせれるし」

 

 痛みで動くことのできない凰が声を振り絞って蒼夜へと問う。

 彼の言う通り、令呪を投擲と同時に使えば反撃への布石であると想像できる。実際、凰も令呪の使用を見て、攻撃か防御だと思っていたが実際はどちらでもなく反撃のための支援。サーヴァントである箒の回復のために使用したのだ。

 それが意外かそうでないかで言えば、別段ありえなくない。令呪はただの膨大な魔力なので攻撃、防御の他にも別のことに使える。この膨大な魔力を使った治癒も当然、可能だ。

 

(でも、あり得ないでしょ……!)

 

 とはいえ、あの瞬間。凰からまさに攻撃を受けるという瞬間に、刀を渡して同時に令呪を回復させる。などという考えが思いつくだろうか。

 普通なら避ける、守る、恐怖し動けなくなるといった自身の身を護るための防衛反応か恐怖心に屈した絶望感による諦めかのどちらかのハズだ。

 

(あんな状況で……!)

 

 だが。蒼夜はそのどれでもなかった。

 己の身の危険を顧みず、命の危機にすら晒し、わずかに可能性のある最善(最悪)の方法を見つけ出し、そこに自分のすべてをかけて投資し、実行する。

 一歩間違えれば自殺願望と同じ、自分の命すらも投げうるかもしれない危険極まりない行為を彼は平然とやってのけたのだ。

 ──―これを

 

 

「う……そ…………なん、なのよ……お前……」

 

 

 これを異常と言わずしてなんというだろう。

 この判断に、それを実行した彼に、そして平然と答えるその男、蒼夜の化けの皮がはがれたように見え、痛みすらも退くほどの恐怖を感じた。

 それは彼の隣に立つサーヴァントも口には出さなかったが同じだった。

 

「ッ……あぐっ……」

 

「……尻尾とはいえ肉体の一部だ。さっき切り落とした腕といい、再生にはよほどの体力と魔力が必要なはずだ。いくら宝具級の攻撃をしなかったとはいえ、それを瞬時にできるとは思えんが?」

 

 刀を構えた箒がゆっくり一歩ずつ、凰へと近づく。

 利き手に得物を携えた箒の顔は令呪によって回復したからか無表情を装っており、足音を大きく、それでいて歩幅は狭く即時応戦できるように姿勢を崩さないでいる。それでいてマスターである蒼夜の前に立ち、彼を護る形で近づいているので、凰にとっては厄介な間合いでしかない。

 

「──―それとも、元々なかった部位なだけに再生ができない、か?」

 

「ッ……なっめんじゃ……!」

 

「だが、この特異点ができて本気でぶつかったことなど五回とあるまい。……ラウラから、アイツからある程度の話は聞いた。この特異点の事。お前たち女王のこと。お前たちが決めていたテリトリーのこと」

 

 箒が足を止める。だが、目は背けない。

 

「この特異点ができた時、同時に五人(・・)の女王が産まれた。いや、生み出された、か。それはこの特異点を生み出したアイツ(・・・)が目的のために作った装置。ここまではお前も、他の連中も分かっていることだ。が。そこにいくつかの問題点があった」

 

 ──―それは彼女たちが滅多に本気を出さなかったこと。

 蒼夜と箒は今の凰の姿こそがこの特異点における彼女らの本気でると仮定している。それは箒曰く「オリジナルが使っていたヤツ(・・)の能力を順当に強化したもの」だからで、そこからの変化や進化はまず考えにくい、という。

 とはいえそれでも強力であることには変わりなく、加えて彼女らの変異した姿の力量は神霊のサーヴァントに匹敵する。ラウラという少女との戦いでは熾烈を極め、彼女の拠点はたった数騎(・・)のサーヴァントの戦闘により崩壊し、周囲にも被害が出た。

 その圧倒的な力と能力は彼らに鮮明な記憶を植え付け、女王の脅威を知らしめた。……が、同時に一つの疑問、あるいは勝ち筋を見せることにも。

 

「私たちのことだ、一度は本気でやり合ったんだろう。だが、それだけ。仮にその後があったとしても、大将であるお前らがそうホイホイと前線で戦うわけがない。……そうではない、と言われたがな。

 が、それでも前提は覆らない。お前たちは女王という立場上。そしてここで生み出された(女もどき)の性質上、動くことに制約があった。

 だから自分の本気を推し量れず、こうして苦戦している」

 

 結論を言うなら、凰は自らの本気の姿における実力を把握していないということ。

 これは戦いにおいては致命的にほかならず、自分の力の上限すらも分かっていないというのは慢心以前の問題だ。戦いの中で自分の力の上限、限度を把握しておくことは今後の成長だけでなく現在の戦闘の組み立てに置いても重要なこと。

 とはいえ、凰が本当に上限を知らないのか、ということには蒼夜は疑問を持っており「もしかすれば」という可能性も脳裏では考えていた。が、尾の再生ができず、さらに言葉を紡ぐ箒の考えに彼も納得を得てしまう。

 

「一度や二度の戦闘で上限を図れる、そんなことができるのは本物の天才かバカのどちらかだ。それに、女王という立場。そして役職からお前らは直ぐに手駒を確保できるとも考えれた。それは自分の立場を盤石にするだけじゃなく、その後も考慮して、だろう」

 

 だが、ゆっくりと近づいてくる箒の言葉に選択肢というものはなく、そうであるという絶対的な自信を持って口にしている。「こうであるに違いない」ではなく「こうである」という断固たる意思。確証ではなく確定。

 なぜそこまで言い切れるかは、無論本人の胸中にのみあるわけだが。

 

「そして、お前らが必要なのは魔力。すべてのリソースだ。開戦してからではロクなリソースが得られないから時間をかけ、その結果今度は機会をうかがってでしか魔力を集められなくなった。小競り合いでも手に入れているのだろうが、所詮はたかがしれている。お前たちが欲しいのは……おおよそサーヴァント一騎分の魔力。そして霊基」

 

 膠着状態となり、戦況にも変化が訪れなくなった。散発する小競り合いと際限のない戦力拡大は停滞を意味しており、いくら集まるものがあっても消費に使われて差し引き無しであれば意味もない。

 ゆえに、そこに何であれ動かす(・・・)切っ掛けが必要だった。

 

「既に二騎。おそらくお前を含めての三騎で起動……という手筈なのだろう。アイツ、隠し事は苦手だからな。それにもとよりしゃべるのが(・・・・・・)苦手(・・)というタイプだ。うっすらと感じさせるが、確証はないという程度に仕向けた……といったところか」

 

 物言いがあまりに自信ありきだが、まるで答えを知っているような言い方は蒼夜もすぐに違和感となって感じ取れた。だが、その違和感も無意識に出てきた彼の記憶と情報が納得へと導き、蒼夜の表情をさらに曇らせた。

 

「だが、それを知ってお前たちは示し合わせたかのように行動を起こした──―いや、起こさなくなった、か。戦端を開き、女王を倒せば霊基と魔力が手に入るが一方で願望が叶う保証もない。そう思った私たちは途端に怖くなった。このままアイツの手のひらで踊って果たして願いは叶うのか」

 

 結果。女王たちは最初こそ本気で戦ったが、その後は各自が生き残れる確証を得るためまたは抜け道を探るために休戦にした。実際は冷戦状態で小競り合いが続けられたがそれは戦いという数には入らない。

 諜報戦にシフトしたことで古来よりの物理的な戦闘というのがめっきりなくなり、彼女らは結果として「自分たちは強大な力を手にした……かもしれない」という状態になってしまった。

 

「手駒だなんだと言ってくれたが、お前も立派な駒じゃないか」

 

 不確かな状態であるという確実な事実を突きつけられ、凰は気が付けばしゃべらなくなっていた。わずかに荒い呼吸が聞こえるが声のうちには入らず沈黙でしかなく、正論を言い負かされたせいか言葉の欠片すら帰ってこない。

 図星だったからか、と僅かに同情を隠せない蒼夜だが、二人の間にいる箒は沈黙した凰に刀を構え、戦闘の意思を見せる。

 

「それも、お前の願いすらも弄ばれている最悪の──―」

 

 次の言葉を言いかけた刹那

 

「あああああああああああああああ!!」

 

 怒号が飛ぶ。それは目の前で膝をつき、二人に屈したと思われた凰が発した自らへの怒りの声。自分の不甲斐なさに対する怒り、目の前の二人の作戦により負かされたことへの苛立ち。さも余裕気に自分の背に立つ二人への憤り。

 溜まりにたまった怒りのエネルギーは一気に爆発し、腹の底からの大声となって吐き出される。

 そして、凰は自らの体を覆う怒りの感情に任せ拳を地面へとたたきつけた。

 

「……ええ、そうよ。その通りよ」

 

 怒号の後、嵐の後のようにポツリと声を漏らす。

 

「私たちが戦争しても……最後の一人になっても願いが叶う保証はない」

 

 ──―それに気づいたのは実はこの世界にきてすぐの事だ。

 異界化した学園の中、黒幕の存在により呼び出された──―というべき──―五人は最初にこう言われた。

 

 ──―この五人の中で最後に生き残った人に、願いを叶える権利を与えます。

 

 最初こそ、なんのことだと言葉を素直に受け入れなかったが次第に感じられた違和感とその言葉の意味を理解した五人は得た力で争いを起こした。女王という存在が持つ力で、地位が持つ統率力で、配下が持つ能力で。

 それはまさに戦争。自分たちが一国の主となって多くの配下を率い争うのはまさに国同士の争いだった。

 なぜこんな事をするのか。なぜ自分たちなのか。この争いに意味があるのか。そんなことは些末でただ目の前に邪魔をする者たちを倒したくてならなかった。

 だが、それも数日が経過するとふと(・・)した切っ掛けで考えしまい、萎えた。

 ──―本当に最後の一人の願いは叶うのか? 

 

「それどころか、最後の一人なんて、ホントは残り物なんだって気が付いたのよ」

 

「残り、もの……」

 

 凰の言葉に蒼夜も無意識に言葉を反復させる。

 

「これはアレの再現。最後の一人になるように仕組んだのは私たちに悟らせないため。一人だけなら……アイツ一人でどうにでもなるから」

 

 つじつまが合い、思考がめぐる。すべての出来事が繋がり、答えとなる。

 それを知った時、理解したときには既に彼女らの前に黒幕の姿はなかった。残ったのは黒幕が残した嘘と、そこから浮かび上がった真実だけで、その時には凰たち女王に選択肢は残っていなかった。

 

「最後の一人すらも……誰も生き残ることができないって気づいた時には怒り狂った。悲しみもした。そして絶望したわ。どうやっても生き残れない。誰も生き残らず、アイツの思うが儘ってね」

 

 だから醜く生き残ることとした。争うことをせず、干渉もせず、復讐の機会をと惰眠を貪りいたずらに増やすことしかしない。

 少なくと、そうすれば時間は稼げる。戦力を整えられる。

 いつかは訪れるであろう変化を待つことになるが、黒幕の計画を引き延ばすことができる。

 だから、彼女たちは生き残ることを選んだ。

 ……そんな時だった。

 

「──―でもね。お前が現れた。お前が、出てきて、動かしてくれた。私たちの絶望を」

 

 振り向いた顔は狂気に満ちた笑みだった。人の顔をしているが人の気配を持っておらず、瞳を合わせれば奥底に見えるどす黒い何かを認識してしまう。

 一瞬でそれだけの情報量が一気に蒼夜の中へと飛び込み、彼の精神を砕こうとする。今まで彼女が纏っていた仮面か何かが剥がれ落ちて、奥にいた何かが見えた瞬間。言い知れぬ恐怖に戦慄し、蒼夜は絶句するしかなかった。

 

「お前という存在によってアイツが死んだって聞いて、すぐに察したわ。この世界のことも、アイツのやったことも。そして、その意味も」

 

「…………」

 

 欠損の個所の傷は未だ回復していない。だというのに、蒼夜の目にはそれが本来の姿とも、本気の姿とも見える。

 

「お前がいれば(死ねば)、私たちの誰かは生き残る。そういうことでしょ?」

 

 ──―いいや、そうなってしまった。かしら? 

 その後に紡がれる言葉を言うことなくゆっくりと、それでいて不規則に動きながら凰は二人の方へと振り返る。たったそれだけだというのに、蒼夜は先ほどよりも恐怖を強く感じ全身の力みを強くしてしまう。

 

「お前が後に来たか先に来たかはどうでもいい。でも、お前(セイバー)が現れたことで本来【五人】って決まっている枠組みで、お前は【六人目】になってしまった。

 アイツがせっかくアタシたちを従えさせ、反抗できなくさせるために最低限の数に絞っていたのに、アンタが現れて計画をぶっ壊した」

 

 箒や凰の言う通り、五人の女王の脱落というのが黒幕の目的であるなら、という前提が必要だが、本来は凰を含めた五人の女王に競わせ、戦わせ最後の一人を勝者、というていで勝ち残らせて最後には残った女王を倒す。若干手間のいることだが、戦いの後であるなら黒幕の力でも十分女王を倒すこともできる。これが当初の算段だった。

 だが、その後にサーヴァントである箒が召喚されたことで計画が一気に破綻した。

 本来、女王五人———おそらくサーヴァント級の霊基と魔力———で事足りて、なおかつ後始末も最低限の危険ですんだはずが生贄になれる存在がもう一人増えてしまい、一人の余裕が生まれてしまった。

 

「最初はさ、お前が生き返っただサーヴァントになっただって言われて何そのズルって思ったの。でも、後々アイツの計画を考えたらアンタが救いの手に思えたの。不本意だけどね」

 

 寝ていた肩のトカゲが目を覚まして首を持ち上げる。

 同時に凰は両手の爪を大きく開き、キチキチと爪を鳴らす。

 

「お前のおかげなのよ。この戦況も。アタシらが動けたのも、アイツがまた動くこととなったのも。ホンット、感謝してるわ」

 

「…………」

 

 必死に抑え込むが噴火の寸前なのか、湧きあがる感情をこらえさせて抑えが効かず前後左右にふらつき安定しない足取りは、まるで酔いどれの千鳥足だ。それを彼女の理性とも、本能ともとれるものがギリギリ姿勢を安定させており、不安定な動きは恐怖心を掻き立てる。

 

「おかげでアイツの計画が狂った。おかげで私たちに希望が見えた。おかげで……私の願いが叶う」

 

 顔を地面へと俯かせたが刹那には後ろ髪を引っ張られるかのように顔をのけぞらせ、そこへ自らの爪を押し当てる。少しでも動けば肌が切り裂かれそうだが、爪は凰の顔に食いついているのか動くことはなく、やがてそのまま顔を正面へと向ける。

 そして、こらえることはもうできないようで凰の笑い声が小さく、確実に大きくなっていき漏れ始める。

 

「う……うふふ……あははははは……あっははははははぁ!! 

 アタシたちを生かしてくれてありがとうね、バァカッ!!」

 

 顔に食い込んでいた爪が離れ、凰の狂った笑顔と笑い声が弾け出す。

 止まらない甲高い声を響かせて喜々として笑う顔は、彼女の中の感情を一気に解き放ち、部屋全体に声を行きわたらせるが、笑い声から感じられるのは歓喜ではない。いや、歓喜ではあるがその喜びは凰だけのもので蒼夜からすればあざけ笑うのと同じで、人を蹴落とし利用したことへの感謝という事実への怒りと戸惑いしかない。

 

「おかげで! アタシは! 生き残れる! このくだらない戦争を勝ち残れるのよぉ!!」

 

 自分たちの行動が無意味で無駄で、ただただ時間を浪費するだけのものだったのが意味を得た。道を得たのだ。

 これを笑わずにはいられない。感謝せずにいられない。喜ばずしてどうする。

 本音を言わずしてどうする。

 ────だって、これが真実で事実で本当のことなんだから。

 だが。

 

「……言いたのはそれだけか?」

 

「…………は?」

 

 目の前に立つ女の顔は変わらなかった。それどころか冷淡に言葉を返し「ああそうか」とでも言いたげな顔はまるでわざわざ聞いてやったんだ、とでも言いたげでその証拠に箒は溜息をつく。

 

「今更なにを言うのかと思えば……私がイレギュラーなことは私自身がよく知っているし、今も以前もアイツに利用されていたのは十分わかっていた。お前と同じでな。

 そして、私の出現でお前らに可能性が産まれたのも、アイツが行動を起こしたのも既に承知のこと。現に私と彼はこうして動いている」

 

 息継ぎをすることなく語る箒のそれは、凰が言ったことをすべて肯定するだけでなく周知の事実であるというのをわざわざ言ったという言い方でまるで凰の言ったこと全てを反復させたかのようだが、それをさらに肯定し、しかも「知っていた」というのは言い方だけでも凰の眉間にしわを作るのは容易なことだった。

 

「……なんだ。まさか何も知らずに行動していたとでも思っていたのか? お前ともあろうものがそこまで浅慮とはな」

 

 鼻を鳴らし、箒がさらに言葉を紡ぐ。

 

「私が召喚された時点で誰かが勝ち残れるということになるのは分かっていた。一応、私にも女王であったという自覚はあるからな。前提が五人であるならという条件付きでも、それは誰かが勝ちに行ける。……であるなら私たちも動かないわけがない」

 

 特異点修正という意味でも蒼夜が動かないわけにはいかない。

 そのため蒼夜は理由がどうであれ状況がなんであれ動く必要があった。それが今回は偶然、箒というサーヴァントと出会い彼女と契約を結んだ。

 箒も単独で動くよりは誰かと行動をすることで単独ではできないことができると判断し、彼との契約を呑んだのだ。女王たちとの戦いを勝ち抜くために。

 

「別に私が勝ってはいけない、というルールはないからな。だから、勝ちに行かせてもらっている」

 

 余裕気な顔を浮かべる箒に凰は震えた声を漏らす。

 

「──―なにが、言いたいのよ」

 

「なに。いまさら言う必要のない事だ。ということだ。この戦いのことも、誰かが生き残れるということも。

 ……もっとも。誰が生き残るか、というのは言う必要がありそうだがな」

 

 箒の言葉に凰の顔はどんどん暗く、怒気の纏ったものへと戻っていく。

 

「ッ……キサ……」

 

「女王となったことで力を得た。だから私に勝てる。そう思えている時点でお前は間違っているんだ。力があるからといってそれが絶対の勝利ではないのは分かっているだろうに」

 

 当たり前のことを言わせるな、と手を煩わせているかのような言い方に凰の顔に青筋が浮かび上がる。

 凰にとってそれを知っていることが別段特別であるわけではない。その事実は彼女にとって希望であり可能性だ。人が僅かな可能性に託したり、希望に縋るのと同じ。

 ゆえに箒は一言、言い放った。

 

「だから。お前は結局、私には勝てない」

 

 どこかで、何かがキレる音がした。

 

(ッ…………!)

 

 刹那。目の前にいた凰の姿が消える。

 だがコンマ数秒の間にその姿は箒に捕捉され、さらに次の瞬間には刀と爪によるつばぜり合いが起こっていた。

 僅か一秒にも満たないこの瞬間を蒼夜は一瞬どこでと辺りを見回したが、音で気が付いた時には戦闘が始まっていた。

 

「ッ……セイ──―」

 

「問題……ない!」

 

 長刀で爪をはじき返し、間合いを作った箒はすぐに反撃に転じた凰の攻撃に対し足技で牽制し刀による攻撃の隙を伺う。長刀は長い分、リーチは眺めだが長さによる取り回しの悪さがあるので、それを隠すためと補いとして箒はかつてはしなかった足技を多用する。

 

「チッ……足癖悪いのよッ!」

 

 回し蹴りの空振りを見て、吐き捨てる凰はそこから刀の攻撃が来ると判断してもう一度さがり、攻撃に備えつつ自身も牽制のために肩のトカゲを動かして箒に刀を振らせまいと牽制する。

 だが、それがかえって箒の刀に伝わる力を強めさせ、回し蹴りの回転を利用した長刀の一閃が二体のトカゲを横なぎに切り裂いた。

 

「お前は諦めが悪いッ!!」

 

 回し蹴りでおきた回転を原動力に体を捻り、さらに回転の勢いを刀に乗せたことで二体のトカゲを切り裂くときの一撃の重さは通常の倍近くになり、まるで紙を斬るかのように二体のトカゲは硬い皮膚を活かすこともなく鼻先から真っ二つにされる。

 

「ッ────―!!!」

 

「ほう。今度は叫ばなかったか」

 

 大振りの一振りで肩から生えていたトカゲが切られると、その喪失感と痛みが瞬時に凰の神経を伝い、体から脳へと伝わる。先ほどは尾が切られたことで激痛に苦しんだが、今回は肩という比較的力を入れるところだったからか、苦悶の声は出さなかった。

 

「なめ……!」

 

「ッ……!」

 

 トカゲの頭があったところからは鮮血がしぶきを上げて飛び散り、姿勢を制御することもできずにぐったりと横へ倒れていく。こうなれば肩から伸びているのは邪魔な肉片であるということで、凰は直ぐに動き始め再度肉薄する。

 また攻めてくることは分かっていたが、こうも考えナシかと呆れかけていた箒。

 だが凰も無策ではないようで、爪と刀をぶつかり合わせた瞬間に

 

「がっ……ああっ!!」

 

 瞬時に片方の腕で刀を受け止め、フリーのもう片方の腕でさらにもう一撃。

 箒が見え透いた攻撃だと片方の腕の動きを注意深く見ていたが、その予想は刹那に外れてしまう。凰のもう片方の腕は自分の肩の上で邪魔になったトカゲの首を掴み、痛みで力が入りきらなくなる前に全力で握りしめて首元から握りつぶした。

 

(しまっ……!)

 

 とっさに意図に気づき目を閉じようとするが、箒の瞼よりも先に鮮血と肉片が顔へと飛び散り、わずかな血は箒の目のなかへと入り込んでしまう。

 目のなかに入り込んだ異物とその衝撃で反射的に箒は目を閉じてしまい、わずか数秒の間、なにも見えなくなってしまう。

 

「マズい……!」

 

 痛みと引き換えに得たこのチャンスを凰も逃すわけがなく、首を潰した方の腕を薙ぎ払うように振るい、箒の守りを崩す。

 視界が真っ暗で反応が遅れた箒は振り払われた瞬間に自分の守りが消えたことに気づき、焦りを見せる。凰にはまだ、自分の刀を足止めしていた方の腕が残っている。

 迫りくる見えない攻撃に箒は死の恐怖を感じた。

 

「終わりッ……!」

 

「なわけないでしょ!!」

 

 鋭い爪の一刺しが箒へと襲い掛かるが、突如聞こえてきた第三者の声が聞こえてくる。

 誰の声か──―だったか──―と考える間もなく、戦いに割って入った声の主、蒼夜はガンドの時と同じく右手を掲げ、箒へと魔術を放つ。今度は直接的な攻撃系の魔術ではない。放たれたのは青白い光に包まれた回路のようなもので、それが瞬時に箒の体へと入り込むと、術式は自動的に作動する。

 

「うわっ!?」

 

「は!?」

 

 術式が当たった瞬間、箒の体は本人の意思とは関係なく動き、反応速度よりも先に条件反射じみた速さで攻撃を紙一重にかわす。

 かすりもしないどころか余裕の回避ともいえる動きに、当たると確信していた凰だけでなく、当てられる側である箒ですら驚きを隠せない。

 このタイミングで回避するのか。なぜ避けれたのか。

 答えは第三者……蒼夜にある。

 

「うっ……!」

 

 凰の爪をスケートの回転のように体を捻り攻撃をよけると、同時に足技で蹴りを入れて凰の不意を突き彼女を蹴り飛ばす。

 反則じみた行動だが本能の部分ではここが好機であるとわかっていたようで、体もそれに合わせ足をのばしていた。

 反撃がくると思ってもなかった凰は不意の反撃に守ることもできず、壁にまで飛ばされると激痛と衝撃による意識の混濁で視界が歪む。

 

「ッ……マスター!?」

 

「大丈夫!?」

 

 凰を蹴り飛ばした直後にマスターの方へと振り返ると、右手を伸ばし、何かを打ち出す構えをしていた蒼夜があり、その状態のままで安否を確かめてくる。彼が何かをしたというのは確かだが後ろにいた彼が何をしたのかは箒にはわからない。

 

「回避が間に合ってよかった……!」

 

 ただ彼が何らかの魔術で自分をサポートしたというのは理解しており、それが回避であるというのを彼の言葉から察した。

【緊急回避】と言われるそれは対象の神経系に直接作用し、術式が脳の代理を一時的に勤めて肉体を操作するというもの。獣の本能などのように危機察知能力と防衛本能を刺激し、脳の判断と反応よりも早く確実に反応して対象を回避させる。

 

「ッ……お前……!」

 

 打ち付けられた壁に手をつき立ち上がる凰は蹴りと壁への激突で未だ頭がシェイクされたように感覚が安定せず視界も歪んでいたが、それでも自分の邪魔をした男の姿を目にし、鋭く冷たい視線を送る。

 邪魔をするな、と言いたい凰だが、蒼夜もサーヴァントである箒を守らなければいけないということから退くわけにもいかない。

 

「こんのぉ……邪魔すんなぁ!!」

 

 衝撃の影響で思考が纏まらず、加えて劣勢に立たされているのを感じ始めていた凰は半ば思ってもない事を口にしつつ立て直しをしきれてないままに再度蒼夜を狙う。

 当然、それをさせまいと箒が応戦、反撃するのだが

 

「そこ、動くなよ!」

 

「えっ……」

 

 蒼夜がなんで、と言おうとした刹那。襲い掛かる凰の前に箒が立ちはだかった。

 蹴り飛ばしと戦闘での巻き添えがないようにマスターとはある程度の距離を取っていたが、彼女はその間合いを一気につめて蒼夜の前に立ち、凰の攻撃を刀で防ぐ。まるで瞬間移動でもしたのか、蒼夜が気づくころには箒は彼の視界に居て、凰との戦闘を再開していた。

 

「はぁ!?」

 

 いつの間に現れたのか、目の前に現れ応戦してくるので凰が思わず声を出して叫び、攻撃を鈍らせる。

 

「ふっ!」

 

「ッ……ちい!」

 

 突然の出現に戸惑いを隠せなかったが、それもすぐに関係ないと自身の中で一蹴して、凰は両手の爪を振るい、箒に攻撃を繰り返す。

 一方の箒は刀と鞘を巧みに振るい、爪の攻撃を防ぎ、はじき返す。刀で爪とぶつかり合うこともあれば、迫りくる攻撃を鞘で弾く。一見、危なく見えるその攻防は彼女が蒼夜と凰の間に入った瞬間から行われるが、薙刀を使うよりも安定しており、それどころか凰を押し返し蒼夜との距離を広げていく。

 

「ッ……くぅ……!」

 

 令呪による回復。それだけで箒との力量差が生じ、こうも押されることに苛立ちを隠せない。サーヴァントであるため、魔力を消費すれば回復はする。それは道理だが、だからといって実力が縮むことなどあり得るはずがない。

 

「はあっ!!」

 

 大振りで振り払い、距離を取る。このままではまたどこかしらを斬られてしまうと、本能のような無意識が働き体を動かした。

 

「ふうっ……!」

 

 距離を置いた。つまりはコッチに警戒しているということだ。

 攻撃の間合い、防御の速さ、どこから来るかもわからない無軌道さ。手の攻撃とその延長線上にあるものの攻撃とでは長所と短所は異なる。

 刀という武器のリーチの長さは爪の攻撃だけしか攻め手のない凰にとっては脅威だ。本来、それを補うために触手ともいえるトカゲや尾があったのだろう。が、今はどちらも切り落とされ邪魔な肉塊となっている。

 

(攻めるなら……!)

 

 もう凰には手は残されていない。距離をとり反撃の機会をうかがう姿に箒は好機を見て攻め立てる。引き離された距離をまた瞬歩でつめていき、反撃の隙はおろか体勢を立て直す機会すら与えない。

 

「ッ……!!」

 

 猛撃を繰り返す箒に次第に凰の方が焦りを見せていき、攻め手だったはずが守りへと転じていく。箒の勢いが凰を上回ったというのもあるのだろうが、ここまでに攻撃手段を削られてしまったというのも響いている。

 

「んのぉ!!」

 

 だが、それがなんだ。

 武器が爪だけだから負けると? 

 もう勝ち目はないと? 

 ……冗談じゃない。

 アイツのために。その為に、ここまで来たんだ。

 こんなところで。こいつに

 

「どうした! お前の力はその程度か、酢豚女ッ!!」

 

「ッ……ふっざけんなあああああああああああ!!」

 

 凰の怒りに呼応し尾が脈打つと、血管が浮かび上がり、血肉が盛り上がる。斬られた部分から絞り出される肉片はやがて一つの形へと変わり、姿を現した。

 

「ッ、再生し──―!!」

 

 次の瞬間。再生した尾が再び動き出し、箒へと向かい突進する。元に戻ったばかりだというのに動きは先ほどと同じく素早く、地面すれすれを走り頭を殴りつけてきた尾に箒は一瞬驚くが、すぐに体が反応して受け身の体勢を取り、ダメージを抑える。

 

「セイバァ!!」

 

「くっ……!!」

 

 マスターの声に、刀を振るい爪を弾くが先ほどよりも攻撃は重く、踏ん張りを利かせた足が後ろへと押される。尾の攻撃が凰の体勢を立て直す時間を作ったようで、わずかに顔色が戻ったことに気づく。

 このままでは良くて泥仕合。最悪はまた劣勢に立たされる。

 幸い、凰も一時的な立て直しではすぐにまた覆されると判断したようでヒット&ウェイで距離を取る。

 間合いができたことを素直に喜べない箒は胸の内で決断を下す。

 

(……このままでは、また……なら。マスターには後で説明をするしかない)

 

 ──―そのマスターもこの場での使用は仕方ない。

 後にそう語るが、今は彼の顔も見る事のできない箒は呼吸を整え、自分に最後の確認を行うと──―刀を鞘へと納めた。

 

「……は?」

 

 目の前で行う彼女の行為に凰は思わず声を漏らす。

 武器をしまう。それが何を意味するのか。

 自らの考えを脳が示す、それよりも先に箒が行動を起こした。

 

「────―宝具、装填」

 

 腰をかがめて前のめりの体勢を取り、納刀した刀の柄に届くかいなかという近さで反対側の手を伸ばし、鞘を刺す左腰と鯉口に左手を添える。

 居合の構え。納刀した刀を瞬時に抜くことで素早い抜刀とそれによる一撃必殺を喰らわせる。最速、最短の一撃。

 箒はその構えを取ると同時に自分の中の魔力を開放し、そのすべてを刀へと集束させる。サーヴァントが持つ膨大な魔力リソースを一手に集約させ、行うことなど一つだ。

 

「この一刀、防げると思うな」

 

 宝具。

 サーヴァントの必殺技にして、その英霊が持つ逸話、武具を形としたもの。

 その英霊の象徴たる力。

 発動には膨大な魔力を要するが、その威力は強力。たとえ知名度の低いサーヴァントであろうとも、相手には致命傷になりかねない。

 

「宝具……!」

 

 魔力を集め、居合の構えを取る箒の姿に凰の背筋に寒気が走る。膨大な魔力という圧力。構えを取る相手への警戒心。見たことのない攻撃への恐怖。そして、仮説による威力の危機感。

 目の前で今まさに宝具を発動せんとしているセイバーに、凰はこれから何が起こるのか、その攻撃とは何なのか。この先に待つわからない恐怖に全身を力ませる。

 

季刀(きとう)、開帳。極凍の光を、この一刀に」

 

 刹那、箒の刀を中心に魔力の結界、否、空間が広がる。

 極限まで魔力を圧縮したことで限定的な魔力の結界が形成され、一刀を中心に場が形成されたのだ。薄く白い膜が刀を中心に広がり、辺りを霧のように覆い包むことでそれが彼女の場となり、射程距離(・・・・)になる。

 

(———何。この、靄……雪?)

 

 魔力の膜はやがて内部の環境をも変化させ、薄いもやを発生させるだけでなく気温すらも変えていき、箒の周囲を雪景色にしていく。まるで箒の周りだけが冬の世界であるかのようで次第に息も冷たく、吐息が白くなる。

 凰の肌に冷たい空気があたり、背筋に寒気が走る。体の末端が冷たさに堪えて震え始め神経を通して内部にまで伝わる。

 身震いを感じた凰はこれが幻覚ではない実際の冷たさであることをようやく察し、同時に驚愕した。

 たった一刀。その宝具を起動しただけで周囲の環境を変えたのだ。

 

(雪なんて……まさか……)

 

 刀への魔力充填だけで周囲の気温を変える宝具の発動に凰は危機感を強める。

 宝具という一撃を放つために変換されるはずのリソースが、そのまま環境にも影響を与えるものへと変化しているのだ。それだけでこの一撃がどれだけ異常なのか、言うまでもない。

 

(宝具……居合……だったらッ……!)

 

 先に動いたのは警戒をしていたはずの凰だ。

 相手の宝具という脅威と、その宝具の正体が不明という不安さから一度は攻撃をためらい、逃げることを考えた。だが相手の宝具が居合であるということから、凰の中に攻めの選択肢が脳裏に割って入った。

 居合は刀を納刀ないしは抜刀せずに鞘に納めた状態から放つ一撃で、リーチのある相手に対し中距離で迎撃するのが基本動作だ。そのため距離をとり、射程外に居ればまず迎撃されることはない。

 

(そうよ。このまま逃げたってよかった。でもアイツはそれを読んでる。だから──―)

 

 強引だが自ら攻めて間合いを詰め、居合の射程で斬るということをする。凰からみても箒がそんなことをする可能性はおおいに考えられ、彼女の前で「逃げ」「回避」はほぼ不可能であることを感じさせる。もっとも、その時は居合の威力も多少なり落ちるだろうが、それでも宝具であることを考えれば致命傷は避けられない。

 

(攻めて……先につぶす気か!)

 

 二人の戦闘を外から見ていた蒼夜も凰の行動に理解はあった。

 彼女は逃げることも避けることもできないのであれば、攻めて攻撃を潰すか、迎え撃つかを考えているのだ。

 箒が無理矢理に間合いを詰めてくると考えて、それが回避不能だとわかると残された宝具への対応は「防御」か「それより先に潰す」あるいは「迎え撃つ」しかないが、迎え撃つと言っても凰にはもう宝具に対抗できる手段はない。再生で魔力を使いすぎてしまい、さらに魔力を練る時間もなかった。

 であれば、残された選択肢は

 

(最速で……潰すッ!!)

 

 防御は迎撃以上に助かる確率はない。ゆえに凰は全力で、最速で、最短で箒の宝具を潰す。

 

(足は強化した! 距離もそんなに遠くない! 居合の宝具ならチャージには時間が必要なはず! その前に!!)

 

 脚力を強化し、蹴り出す瞬間の勢いを爆発的に上げて加速する。ロケットダッシュそのものと言える加速は一秒という光速の世界を見せ、傍から見れば瞬間移動のごとき勢いで間合いを詰める。

 いつの間にか二人の間合いは目と鼻の先にまで詰まっており、わずかに腕を振れば触れるだろうという距離になった。この間合いなら、居合をするよりも先に凰の攻撃が箒へと当たる。一撃必殺の宝具が放たれる前に箒を倒せる。

 

「もらっ──―」

 

 貰った。

 間合いを詰め、爪を構えて突きつける凰はそう言いかけながらも腕の動きを緩めずに一直線に箒の頭めがけて打ち込む。人の手の何倍もの大きさの爪を頭部で受ければ彼女の致命傷は避けられない。自分が致命傷を受けるはずが相手が受けるという状況に凰は勝利を確信した。

 ──―箒の刀の刀身が見えるまでは

 

「光──―」

 

 刹那。

 箒の刀の鯉口からまばゆい光があふれ出る。光は太陽よりも強く、そして眩く輝き一瞬にしてすべてを白く塗りつぶした。世界の色を否定するかのように、世界のすべてを光で照らすように包み込む光に飲まれ、凰の視界は色が薄くなり、そして白に染まる。

 

(これ……刀?)

 

 刀の刀身からこれだけの光が発せられているのか? 

 目の前の世界が白一色となったことに凰は信じられなかった。刀の刀身にいくら魔力を集めたとはいえ、それを光へと変換してこれだけの光量を発しているのだ。宝具だからといっても限度があるだろう。

 とはいえ、だからそれを考えて何になるというのが彼女のこのコンマ数秒の思考の結論だ。あと数センチで攻撃は届く。それで終わりなのだから。

 

「我が一刀は白夜の如く。

 世を照らし、沈むこと無き日輪の煌めき」

 

 だが、その刹那に凰の耳へと箒の声が聞こえた。

 わずかな間のことで何を言っているのか凰にはすべては聞き取れなかったが、それを今さらちゃんと聞こうとは思えない。

 だって、もう終わるのだから。

 

「いざ、その一端をここに──―ッ!!」

 

 そう。凰の命が。

 

「──────絶刀・白夜の舞」

 

 光が熱を持ち、白の世界にぬくもりを与える。それは箒の宝具を正面から受けていない蒼夜だからこそ感じられた温度感覚だったが、同時に顔にだけはその本来の熱量が伝わっていた。

 砂漠、いや、火山。それだけの熱を常に発する場所に近づいている時の熱さ。

 果たして、これが正面である時はどれだけのものだろうか。

 少なくとも、蒼夜はそんな機会はあって欲しくないと願い、反射的に瞑った目をさらに強く閉ざした。

 

 ──―そして正面では、彼の肌が感じた熱よりも強大な熱が凰の体を襲った。

 

「あ────────────────────」

 

 最初に大きく、甲高い声が聞こえた。金切声のような声だ。

 しかし声は直ぐにかき消される。刀から放たれた、否。刀とともに放たれた光刃が声すらも光の中へとかき消していったのだ。

 声も、存在も許さない光が凰の声をその肉体を光の刃とともに切り裂いた。

 

 光が集束していく。

 だが、今度は光は強くなるのではなく弱くなっていき、世界を元の色とりどりの色彩へと戻し、影を生み出した。

 熱は弱くなり、空気の温度は下がっていく。やがて人肌と大差のない温度にまで下がると、わずかな湿気と鉄分のニオイが鼻をくすぐった。

 

「──―血、のニオイ」

 

 何度も鼻にしたことのあるニオイに思わずつぶやく蒼夜は、光が弱まる中であの一瞬で何が起こったかを考えるが、それを導き出すよりも前に答えが現れる。

 

「あ、が、あ……あ」

 

 

 最初に目に飛び込んできたのは抉られた凰の(はらわた)で、中身は全て黒焦げになるまで焼き尽くされていた。そして、そこから全体へと視界を広げていくと、次に光刃で斬られ砕かれた爪と、焼かれた髪が見えて宝具の威力を物語る。

 それらの傷は箒から見て左から右へとなぞられて凰の肌を血肉の赤色から焼け焦げた黒へと変えている。瞬間的に焼かれた血肉からは焦げたニオイが漂っており、鼻の奥をくすぶる。

 

「ッ……!」

 

 だが。それではダメだ。

 想像を絶する痛みに凰は開いた口が塞がらないどころか呼吸すらもままならない。内蔵が焼かれ、焦がされたことで同時に喉も焼かれ、肺も今は黒煙が舞っている。

 生きていることが不思議なぐらいだが、そこは彼女が女王という規格外の人間……のような生き物だからだろうか。

 

「致命傷……」

 

「だが、まだだ!」

 

 まだ終わってないと箒が蒼夜を制し、振り切ったばかりの刀をもう一度自身の正面に構える。

 目の前では凰が顎を動かして口を閉じ、鋭いまなざしで二人を見る。

 まだ、凰は生きている。

 

「宝具を受けて!? まさか……」

 

 威力が不十分だったのか。そう言い切る前に箒が答える。

 

「こいつの体を斬る瞬間、何かにぶつかった感じがあった。……ああ。おそらくはこいつの尾だ。尾の攻撃だ」

 

 よく見れば凰の再生した尾は口の下半分を残して焼き尽くされている。宝具を受ける際に凰が最後の守りとして空気弾を放ち、即席の盾としたのだ。

 

「妙な手ごたえだったが……生き意地の汚い!」

 

(ッ……よく、言うわ、よ)

 

 だが。それでもコレなのだ。箒の宝具、それも超至近距離での一撃を凰はとっさの反射で防いだ。高密度に圧縮された空気が守りとなったが、それを箒の宝具、刀の一閃は物ともせずに切り裂き、凰の臓物へと届いた。強化された凰の肉体も、空気すらも。守りの一切を無効化したのだ。

 

(首の皮一枚……つないだ、けど……これ、まる、で)

 

 これはまるで、|アレ【・・】ではないか。

 焼け焦げた腹からのニオイが食道と外から入り、凰の呼吸をさらに困難にさせる。むせかえる凰はせき込むだけでも体に苦痛が走り、中から鮮血が飛び散る。

 

「まさ、か。あ、んた」

 

「…………」

 

 目を大きく見開き、声を絞り出す。かすれて今にも途切れそうな声は何か確信をもって繋ぎ止められており、凰がこれだけは聞きたいという意思を蒼夜にも感じさせた。

 

「今更、それを確証してどうする。あの時から私の意思はなんら変わってない」

 

「…………ッ!」

 

 凰の言いたいことに箒は刀を鞘へと納める事で答える。

 

「……ああ。私からすれば「あの時」なのかは定かじゃない。でも、あの出来事が私の骨子になっているのは確かだし、私たらしめている。

 そして、私自身の意志でもある」

 

 勝敗は決した。

 箒は戦う意思をおさめて独り言のようにつぶやき始める。

 

「お前たちが女王となってまで叶えたい願望。それは微細な差はあるものの、願いは同じだ。

 でもな、私は……そうじゃない。そうすることが正しいとは思えないし、仮にそれを叶えたとしても、多分、篠ノ之箒は喜びもしないだろう。

 だって、見てしまったんだ。知ってしまったんだ。

 もう、アイツがいないことに」

 

 女王たちの願望は、全員がほぼ同じ願いなのは蒼夜も聞いていたが、それが何なのかは彼も箒からは聞かされていない。

 だが、時折彼女との話に出てくるある人物の名前もしくは存在をほのめかすと、少女の顔が悲しく見えたのは覚えている。

 つまり。女王たちの願い。そして、彼女の願いは

 

「それ、で、も…………だとし、ても…………!!」

 

「だからこそ。死者を蘇らせることはしてはならない。

 

 

 ────―だから、私はアイツを。一夏を殺すんだ」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 校舎から一歩、外へ出ると風が蒼夜の顔の頬をなでる。

 柔らかく、温かくも、まして冷たくもない風は顔だけでなく背筋へも通るが、背を指でなぞる程度の風が当たった瞬間、蒼夜の体が身震いをする。少し寒気がするのは汗ばんだ体のせいか、と思い体に力を入れた。

 

「出られた……か」

 

「ああ。追手はなかったな」

 

 後ろからセイバーの声が聞こえてくるので振り返る。

 先ほどまで戦いのあった校舎から僅かに煙たさがあったので顔を上げると、食堂であった場所が壊れ、砂埃が風に舞って外へと出ていた。

 清潔感と最新機能に溢れた学び舎は、たった二人の戦闘で無惨にも一部が壊され、整った壁のラインに不規則なヒビを入れることとなった。

 

「あんな戦いの後だし、彼女の兵が来ると思ってたけど……結局、何も来なかったね」

 

「アイツが単独で行動していたということだろうな。いや、一体の側近……を連れてか」

 

「あまり集団行動とか苦手なタイプだったの?」

 

「いや。むしろ友人を作りやすいタイプだったが、リーダーシップという点ではさほどだ」

 

 箒が周囲の気配を探りつつ蒼夜の言葉に答える。

 拠点代わりとして使用していた校舎が破壊され、女王である凰の身に何かがあったのだ。蒼夜の言葉通り本来なら彼女の配下が来るなり、他の勢力の兵が来るなりしてもおかしくはない。

 だが、蒼夜たちが女王凰との戦闘後、すでに約一時間が経過しているというのに誰も現れず、何も起こらなかったということに蒼夜は不信感を抱く。

 

「おそらくは偵察か挟撃か。あるいは私たちの行動を読んでか。まぁいずれにしてももう終わったことだ」

 

 凰になんの思惑があったかは今更聞くこともできない。戦いも終わり、女王ももういないのだ。

 あるのは戦闘の跡地となった校舎だけで、すぐに敵が来るという判断から二人はこの場を放棄してまた移動を始めた。

 

「急いでこの場を離れよう。今はいないとはいえ、あれだけ派手に戦ったんだ。マスターの言う通り、他の女王の兵なり、アイツの兵が来る可能性がある」

 

「ん…………そうだね」

 

 促された蒼夜は小さく頷くと、風と共に舞い上がる煙をしばらく眺めていたが、やがて小さく息をつき一区切りを入れると目の前に広がる、かつては整備されていた校庭へと歩き出す。

 その彼の表情と仕草に哀しさを感じたのか、箒が話を切り出す。

 

「……確かに。ここはかつては学び舎だった。この学園の。私たちの。いろんな思い出のある場所だ。

 でも、それは特異点化する前の話であって、今はここは単なる安全地帯……だった場所だ」

 

「……辛くはない?」

 

「辛いかそうでないかで言えば……うん。辛さはある。でも、いつまでもそうは言ってられないさ。……中の方々はそうも言ってられないが」

 

「あー……あの二人か。今も何か言ってるの?」

 

「ああ……やれ「今が攻め時です」「やられたらやり返すのが関東勢の武士です」とな……いや、私も賛成だがもう少し準備をですね……」

 

 歩きながら独り言を言いだす箒を、蒼夜は苦笑いで返す。

 彼女が変になったり、元より変なのではなく、箒がサーヴァントたらしめる要因である【憑依した英霊】が彼女の中でしゃべっているからだ。

 疑似サーヴァントと言われるそれは、ベースとなる英霊、神霊が何らかの理由で現界できない際に特殊な方法で召喚されるというもので、カルデアでは諸葛亮孔明などが該当する。

 実際はその他にも憑依先や憑依する英霊にも条件が必要なのだが、今回が割愛させる。

 斯くにもそういった条件を満たすことで召喚が可能なのが疑似サーヴァントで、箒もまた召喚されるために二騎———と一騎の一部———をその身に憑依させて現界している。しかも、また特殊なパターンで憑依した英霊と憑依元の人格が一つの体に同居している。

 

「わかっています。でも今は体勢を……いや、逃げるのではなく……! え、このまま次の女王の所へ!? いけないですよ! 行けば今度こそ確実に死に…………そこはご配慮を!?」

 

 つまり、今の箒はある意味で三つの人格を持つ状態で、その中でせめぎ合いとまではいかない大討論会が開かれているのだ。

 

「すぐに女王の所へ行きたいのは分かるけど、まずは合流しないと……それからでも遅くはないですよ」

 

「……そう言うことです。お二人も攻め時は分かっている……ああ……はあ……」

 

 蒼夜も口添えをして箒を援護するが、どうにも憑依した英霊二騎は物申すことが多いらしく、彼女の横顔から上司の説教を受ける部下の顔に見えてしまう。

 そのせいで箒の足取りは話を聞いているのとその内容のせいで普段よりも遅く、校舎から全く離れられずにいる。

 

「……マスター、すまない。お二人がこの混乱に乗じて次の女王を攻めると言い出して聞かない……というか体の主導権を奪おうとしてるんだが」

 

「えー……せめて合流してからでも遅くは……」

 

 憑依した英霊が箒の体を動かそうとしているのか、焦りが見え始め言葉も次第に説明じみたものになる。

 

「あの酢豚の軍勢が指揮官不在で総崩れを起こすのは時間の問題だ。アイツらはある程度の命令はこなせるが、複雑なものは無理で、そのくせ時間には過敏だ。時間が経過すれば違和感に気づき、やっと自分たちの女王が死んだことに気が付く」

 

「ってことは、それまでは命令に従って戦えるってことか」

 

「だが相手は女王のいる戦力だ。女王あるなしで戦力に大きな差が出るのは君も知ってるはずだ」

 

 ようやく二人での会話で意識が集中したようで、歩調が戻り始めた箒は蒼夜と横に並んで歩きだし校舎から離れていく。意識も内側ではなく外側の周囲へと向けられ、気配を探るために目は時折右へ左へと動いている。

 

「しばらくは混乱が続くだろう。その間にこちらが動いて準備を整えないと」

 

「あとの二人が勘付く可能性もあるし、もう少し走った方がいいかな?」

 

「いや、向こうが勘付くのは賛成だが、早く動くのは早計だろう。早すぎず、かといって遅すぎず。今のうちにこの地が中立である間に移動しよう」

 

 急かすことをせずに移動を促し、中立地であった校舎から離れていく。

 今までは五つの勢力に別れて、その中にある緩衝剤的な場所であったために安全地帯にもなり、セーフゾーンと言われていたが、実際はセーフゾーンも単なる中立地であっただけということ。均衡が崩れた今、放置する理由もないが、かといって攻める理由もない。が、結局はそのままにはしないだろう、というのが二人の考えだ。

 

「これで残る女王は二人か……」

 

「あとはドリル女とシャルロットの二人。前者は問題ないとして、問題は後者だな……」

 

「ドリルって……」

 

「文字通りだ。ドリルヘア。君が「お嬢様」と言われれば真っ先に思い浮かべる髪型だ」

 

 ……とはいえ、そのヘアスタイルも若干の差があるので「これだ」と言えるものがわからないのだが

 と言いたいが、おおよその予想でも問題はない話なので蒼夜も多分こんな感じなんだろうな、と脳裏で考えつつ話題を繋いでいく。

 

「強い……のかな?」

 

「たいして強くはない。……人間の時は、だが。女王である今のアイツの強さは私にもわからない」

 

「……隠してるってこと?」

 

「とも思えるが、さっきも言ったが全力でやったのは最初の一度きり。その後はしてない……ハズだ」

 

「そうか……沖田たち、見つけてるといいね」

 

 無理に期待することも、かといって失望もなく、蒼夜は仕方がないと話を区切ると、その後しばらくは無言のまま廃墟同然の道を歩くが、また彼の口が開き今度は箒へと問いを投げた。

 

「……箒ちゃん。訊いてもいいかな」

 

「……答えないかもしれないが。なんだ?」

 

「……怖くない?」

 

「何がだ?」

 

「友達を、斬ることに」

 

 勇気をもって切り出したはずの問いだった。だけど。

 蒼夜の口は、意思はその時になって揺らぎ、迷いをもってしまい口を固くして言葉を渋らせる。それでも蒼夜は必死に声を振り絞り、箒へと問いかける。

 

「……最初にも言ったはずだ。あれは私が知るヤツの皮をかぶった何か。あれを知り合いとも……まして元のヤツらを友達と思ったことはない」

 

 何を今さらと、あっさりと返す。

 彼女にとっては愚問らしく、小さく笑って答えるが、その答えが

 

「──―本当に?」

 

「────―」

 

 今度は迷いはなかった。箒の返答に僅かにあった揺らぎが消えて、蒼夜は目を逸らすことをせずに箒へとまた問いを投げる。

 その言葉に、箒は蒼夜の方へ顔を向けた。真剣なまなざしだ。

 目を合わせた箒は彼の瞳に吸い込まれそうになり、思考の海へ陥ろうとした意識を保たせる。いつの間にか、憑依している英霊からの声は聞こえなくなっていた。

 

「…………」

 

 ──―確かに。以前の私であれば、躊躇しただろう。

 歩みを止めて一瞬、校舎へと振り返ろうとするが視界の端に映る、といったあたりで首を止めて物思いに耽る。

 

「…………」

 

「箒ちゃん?」

 

「ん……」

 

 前を歩くマスターの声に小さく返事を返すと後ろへと振り向こうとした首を前へと向けて背を追う。

 

「ああ……まぁ……」

 

 迷いがないと言われれば嘘になる。むしろ、迷いは増えるばかりだ。

 女王という存在。割り当てられた顔見知り。人の姿をしていたものたち。

 そして黒幕の存在と。その悉くが──―女もどきは、そうではないと思いたいが──―自分の知る者であるということに少なからぬ衝撃はあった。そして、なぜ。なんでという疑問も未だ存在する。

 だが、向こうはそんな疑問に答えてくれない。

 

(覚悟は決めた、ハズだった。でもまだ……)

 

 全てを納得したわけではなく、まして理解などできない。それは生前も、今も同じ。

 僅かな違いとして、今は明確に彼女を止めたいという意志がある。その為にサーヴァントの力を振るうという覚悟もある。

 だが。それはあくまでも切っ掛けにすぎず、過程のことは考慮されていない。

 目の前にはかつて自分と当たり前のようにいた者たちがいる。関わりがあった者たちがいた。そして、これからも自分の知る者たちが現れる。

 そんな彼女らを切り伏せることができるのか。

 果たして、自分は本当に彼を斬れるのだろうか。

 

「──―やって、見せる。アイツらは、あんなことはしないし、できるわけがない。

 ああ。あれは姿かたちが似ているだけの偽物だ。本当の、本物のアイツらは」

 

 色のない声をのどの奥から絞り出す。

 あること無いことを交えた言葉が、意識的と無意識を織り交ぜて吐き出された

 その瞬間だ。

 

「待って」

 

 ただ一言。蒼夜がそう言って箒の言葉を遮る。

 箒が彼の方へ顔を向けると、同じく顔だけを振り向かせて、まるで待てと手を出して口を止めているように見えた。

 

「……ごめん。訊きたいと思ってはいた。でも。同時に訊いていいのかって思ってもいたんだ。女王っていう存在になったとはいえ、箒ちゃんの友達に、箒ちゃんは挑めるのかって。

 でも。今更で、ようやくで、こんな時に訊くのは本当に愚問なんだって」

 

 俯き目を逸らした蒼夜が独り言のようにつぶやき、自分の思うことをつらつらと言い始める。

 

「今までもそんな場面に何度も直面してきた。見知った顔と、分かり合えた相手と。剣を交える場面を。

 だから、今回のこの特異点でもそうなったって知った時、思ったんだ。

 無理に戦う必要があるのか。箒ちゃんが、大切な相手を斬る必要があるのかって」

 

「……答えは出てる」

 

「うん。偽物だってことでしょ。それは、わかる。思い込みとか、自分だけの考えじゃない。確信なんだって」

 

 箒いわく。女王の性格は確かにベースである彼女らの性格に間違いはない。だが、若干の違いがあり、その違いというのが女王への変異によって歪んだものではなく、どこか他人が思う彼女らへの印象や見方が前面に押し出された性格だという。

 

「……今となってはアイツが黒幕であるということがわかった時点で納得はしている。だから、私としては……」

 

「少し気が楽になった?」

 

 箒が頷く。だが、それに蒼夜がすかさず反論する。

 

「それでもセイバーの、箒ちゃんが知る人間だ。似ているだけで本物でなくても、知っていて、覚えている人。関わりがある人たち……でしょ」

 

「……まあ……そう、だが」

 

「それがこの特異点では敵である。それを受け入れられなかったり、受け入れにくいっていう気持ちはわかる。だって、敵でない時を知っているんだから。箒ちゃんの思う、本物のみんなと作った思い出があるって」

 

 だからといって簡単に否定するというのも、それはそれで違う。

 姿が同じで、性格も似ていて、思い出もある。歪みはあっても覚えている。

 彼女たちは間違いなく箒が知る彼女らだ。だが、同時にそんなことをしない。言わないという事実もあるので偽物ともいえる。

 本物であり偽物でもあるという事実。

 箒は生前の記憶を根拠に偽物であると断じた。

 蒼夜は、それを良しとはしなかった。

 

「本物であるか、偽物であるかは俺にはわからない。

 ただ、これだけは言える。偽物だから、偽りだからってわけじゃない。人間じゃないからってわけでもないんだ。そこに生きて、そこに居る。例えどんな存在であっても、そこにちゃんと存在しているんだ。だから、人じゃないからって、偽物だからってそんなこと言わないで」

 

 偽物であるか。逆に本物であるか。それは箒の考え方一つだ。

 蒼夜はその判断を信じ、時には意見する。でも、最後には箒の意志を尊重するだろう。

 その時、彼女がどんな決断をして、どんな決意をするか。他人ごとにも思えるが、同時に蒼夜は彼女の道を妨げようとはしない。

 答えは、これから分かっていくのだから。

 

「──―ああ」

 

 蒼夜の言葉に弱く、小さく答えると箒はまた正面を向いて歩きだす。声色は低く、哀しげにも聞こえたが、不快や不安、哀しさは彼女の背からは感じられない。

 蒼夜の目には心持が少し軽くなった彼女の背が見えた。

 

「急ごう。沖田たちが待っている」

 

「……うん」

 

 少女の背を追って、蒼夜が歩き出す。遅れを取り戻すために早歩きで道を進み、また彼女の顔を見れるまでの位置を並歩する。

 それを待っていたのか、箒がまた口を開く。

 

「マスター。……いや。天宮。お前の言う通りだ。偽物だからって、本物と同じ扱いにしてしまうこともない。君の言う通り割り切ることが、全てではないんだからな」

 

 表情に余裕が見え、箒はさらに言葉を紡ぐ。

 

「でも、これだけは言える。やっぱり、アイツらはあんなことはしないし、言わない。

 分別とか、倫理とか。そういうわけじゃない。

 ただアイツらはそんなことを言わないし、やらない。たとえあいつらが女王になっても、最後の一線で踏みとどまる」

 

「たとえ、願いのためでも?」

 

「ああ。そこの図太さは私も同じだ。だから言える。他の方法を探して、諦めずに戦う。この特異点の、アイツの意思に抗うさ」

 

「……強いんだね、みんな」

 

「そうさ。女は強い。特に大切な男のためならな」

 

 俯いて地の底を見ていた箒の目線があがり、前へ向けられる。晴れやかとまではいかないが、箒の気分は晴れたようで歩き進む速度も快速だ。

 その表情だけで蒼夜はホッと胸をなでおろして安堵の息をつく。自分の失言もあるが、箒が自分の知る人間、友人に対して剣を向けられるかというのを再度確認したくはあったのだ。

 蒼夜が箒に対してこういった質問をしたのは今更ではない。彼女が最初に相手にした女王ラウラの時にも問いかけはしたが、戦闘の最中でしかも結果的に箒の回答ははぐらかされたようなものだった。その後も休む暇もなかったので、二度目の戦闘である今回の凰との戦闘の後にようやく話を切り出すことができたのだ。

 

「……ああ。そうさ。女は強いぞ。男のため。愛のためならば、女は修羅にも悪魔にもなる」

 

「──―彼女も?」

 

 蒼夜の問いに今度はすぐに頷いて返答する。

 

「言うまでもない。たった一人の男への愛。それだけで、アイツはこの世界を生み出し、女王を作り、そして今、世界を滅ぼうとしている」

 

 まさに狂気。いや、愛ゆえの執念。

 これには箒もただ恐れるほかない。

 一人の男のために、世界(祭壇)を生み出した。生贄(守り手)を生み出した。

 そして、それらの準備が整った時、黒幕である少女は自分の世界を滅ぼそうとしている。

 荒唐無稽さと狂気が合わさったこの行いに、蒼夜は改めて思い知らされる。

 

「気を抜くなよ、マスター。今のアイツは……本当に強いぞ」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 ──―白い空間が無限に広がる。

 何もない。真っ白で他の色すら存在しない無の世界。地平もなく、空と大地の境界線もなく。四隅などの形もない。

 在るのはただ無限に続く白の世界。果てしない白だけの世界だ。

 

「これで三人。あと二人か」

 

 しかし。何もないはずの無の世界に声が一つ、木霊する。

 他には誰もいない。それどころか本来誰もいるはずがないのに、声が聞こえてくる。

 

「抑止力のことだから転んでもただでは起きないと思ってたけど、まさか再利用(・・・)なんてね。リソースの活用法は向こうが上手か」

 

 白一色の空間に僅かな淀み、いや変化が見える。何もない世界に響く声は独り言を続け、無の世界に自身という確かな存在を証明し続ける。

 

「と、いっても抑止力の介入は想定内だし、あのままただではって思ってなかったよ。うん。……その証拠に、抑止力は二騎も送り込んできたし。

 あ、いや。違うのか。一騎だけだったのをもう一騎がついてきたんだ」

 

 やがて白の世界の中に一つの形が産まれる。世界の始まりのように、ぽつりと現れたそれはあまりにも小さく、見逃せばまた白の世界に埋もれそうな大きさだ。

 しかも世界に溶け込もうとしているのか、纏う服は白一色の着物で、わずかな輪郭だけがそれの形を証明している。それも婚礼の和服礼装もかくやの潔白さで模様の線が見える程度だ。

 

「連鎖召喚。まさか抑止力の召喚に因果だけで結びついて召喚されるなんて……こっちが予想外だったなぁ」

 

 白の和服礼装に身を包み、世界に溶けこむ一人の少女はそう言って深いため息を吐く。

 すると吐く息によってなのか、少女の形がさらに色濃くなり始め礼装以外にも体の輪郭、髪の色、肌の色、瞳の色が見え始める。

 世界と一体化でもしていたのか、見えなくなっていた少女が見え始めると少女の周りに世界(・・)が浮き上がる。

 

「……まぁいいか。もう一騎はさして問題じゃないし。問題は、彼と一緒に行動しているセイバー。あの子は……厄介だな

 ──―ねぇ。そう思うでしょ?」

 

 少女は誰かにそう問いかけるが、返事は帰ってこない。

 その世界には彼女しか生きている存在はいないのだ。

 たった一人で、独り言のようにも思えるが、少女は自分だけに言っているわけではない。会話として相手へ言葉を投げかけているのだ。

 

「あと二人。そろそろコッチも手を出さないと、このままは危ないかな」

 

 少女の独り言に、何か(・・)が答える。

 海の底から湧きあがる空気がゴポンと音を立てて泡を作り、海面へと向かっていくが、彼女の周りには海どころか水辺は一つも存在しない。いや、それどころか水気のあるものなど何一つない。

 だが、彼女の目の前では確かに泡が立って音を発した。

 

「とはいえ、後の二人もねぇ……あの子も嫌らしいことをしてくれる」

 

 また泡が立ち、水中の中をふわふわと上がっていく。少女の目の前では気泡が産まれては上へと昇る光景が何度も繰り返され、その都度少女は目の前から目が離せなくなる。

 気泡が立ち、浮いては消えてを繰り返すのが少女の目の前にある装置の中で行われているからだ。

 

「でもま、できないわけじゃないし。あの二人でなんとかしてみるか」

 

 あっけらかんとした物言いで言う少女は、そう言うと装置へと手を伸ばしガラスのケースに指の先を当てて、なぞるように滑らせていく。ゆっくりと、しがみつくように滑るが途中から少女の指はガラスケースではなく紙の上を走り、肌から脳へと伝える刺激を変える。

 透明のガラスの向こう側の赤黒い世界を見せないようにするためか、はがされないように張られた紙にはびっしりと紋様が描かれており、いわゆる呪符の類が装置のあちらこちらに張られ、まるで封印でもしているかのようなおどろおどろしい光景を見せつける。呪符はガラスケースの周りだけではなく装置の至る所に張られており、その数と範囲の広さはまるで装置の中身を封じているかのよう。

 

「待っててね、一夏。きっと私がアナタを……」

 

 ……実際、その通りなのだろう。なにせ、装置は汚染された聖杯の泥をかぶりほとんどを埋め尽くされているのだ。

 それが決して人が踏み入ってはならない領域であることは確かで、それを封じ、制御しようという少女の思惑も見て取れる。

 

 ──―あと少しで、願いは叶う。

 

 憎悪と悲しみ。そして、希望への狂気が少女の顔に現れる。眼の下にはクマを作り、かつては大きく開いていた瞼も今はわずかに開いている程度だ。半開きの瞼の奥にはぎらついた鋭い瞳がのぞかせており泥にまみれた装置の様子を眺めている。

 膨大な禍々しい魔力によって覆われ、肉体を構築されるのは少女たち(・・・・)が愛した一人の青年。目覚めることのない彼を少女は禁忌ともいえるやり方で蘇らせようとしている。

 

 ──―それでいいのだ。たとえどんな姿形でも、彼は彼。もう一度戻ってきてくれる、彼なのだから。

 

 それがこの特異点の黒幕、更識簪の願いだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ──―黒い空間が広がる。

 何もない。黒に覆われ、全てを闇に飲み込まれた終わりの世界。

 光もなく。形もなく。音もなく。位置もなく。存在も、生もない。在るのはただすべてが終わった黒い世界だ。

 

 ──―ここは、どこだ? 

 

 気が付いてすぐに世界が無であることを理解できずただ必死に目を見開こうとした。それが少女が最初に行った動作で、それから自分の目が見開いて、目の前の世界すべてが真っ黒であるということを自覚するのにある程度の時間を要した。

 

 ──―なにも、ないのか? 

 

 それを自覚した時、少女は確かな体の感覚を頼りに自分の手を目の前に持ってくるが、自分の手すら闇に飲まれて見えなくなっていた。手を振っても、握っても、感覚だけが帰ってきて姿かたちを捉えることはできない。少女が現状を把握し、受け入れるのには十分な行動で、光すら存在しないこの世界に、しばらく言葉を失い沈黙するとポツリと声を漏らした。

 

 ──―そう、か。これが

 

 これが、死か。

 何もない。無の海の中を揺蕩うというのをようやく意識し始めた少女は自身が生命としての終わりを迎えたことを自覚し、そこが死後の世界であると認識する。

 命の終わり。すべての終着点がこんなにも何もない、空虚で虚無で、存在というものを一切感じられないのだということに少女の中では逆に関心すら覚える。生命の死。その果てに行きつくのは、天国でも地獄でもない、無だということをここにきて初めて知った。

 

 ──―そうか……きっと、あの時……

 

 少女の意識は思いのほか冷静で、自分が死んでしまったということを理解すると、自分がなぜこうなってしまったのかを思い返し、状況の把握を始める。

 自身が死してしまったというのに、ここまでも冷静で落ち着きがあるというのは常人ではあまり考えられないだろう。死という事実に驚きも恐怖もない。それどころか死を自覚できるか否か。ここが死後の世界であるか。それを自覚し、確信しようにも自分という意識以外はなにもなく、ただ虚無だけがそこにあるのだ。

 

 ──―思いのほか、あっさりと死んだものだな。

 

 だというのに、少女は自分が死んだこと。どうして死んだのかを冷静に把握し、それを受け入れていた。

 視界がすべて虚空で他に考えることもなく、それ以外の可能性が思い当たらない、というのもあるが少女が思い返す中で自分の最後の行動がそれをさらに決定づけさせた。

 

 ──―ああ。本当に、あっけない。

 

 自分の最期の行動の結果、簡単にも死んでしまったという事実に少女はただただ受け入れ、そして一笑した。

 人の最期。それはこんなにもあっけなく、そして何も起きはしないのだと。

 

 ──―本当に。終わったんだな

 

 なにもかも。自分という存在の一生が、あんなにも鮮烈に、理不尽に、情熱的に、そして必死に走り抜けた自分の時間が。終わりを告げて、もう何もないのだとうことに。

 

 ──―…………。

 

 沈黙する。

 だが不思議と少女の中に悲しみは湧きあがってこなかった。

 かわりに後悔と不安があった。

 

 ──―どうなったんだろうな。あの戦いは

 

 あれで本当によかったのだろうか。

 あれで、あの後。戦いは終わったのだろうか。

 後悔を埋め尽くすほどの不安と焦りが沸き上がるが、もう少女に戦いの結末を知り手段はない。生の世界で起きたことは、生きている人間にしかわからないのだ。

 ただ。それだけが少女の心残りだった。

 

 ──―……考えるだけ無駄か。もう、私は死んでいるんだ

 

 生者のことは生者が考えるべきだという意思が、少女の脳裏をよぎりわずかに湧きあがった心残りを一蹴する。自分が死んだという事実が、無意識のうちに彼女の背にのしかかり考える気力、生きていた世界への思いを薄くしていく。

 それはやがて少女の存在、生の世界の時の魂の形、色を闇へと溶かしていくことへと繋がり、次第に少女の感覚は薄く、微睡みにも似た感覚が襲ってくる。

 目を閉じれば最後。もう二度と、目覚めることはないだろう。

 その時だ。

 

 ──―…………? 

 

 何もない、すべてが無の世界に、一筋の光が産まれる。

 

 ──―あれは? 

 

 無だけの世界、終末の場のはずが、一筋の光によって僅かだが生命の息吹を巻き起こす。

 

 ──―光? まさか……

 

 あれはあの世か? 少女の考えに答えるわけもなくただ零れ落ちてきたかのように光を放つ。

 何もない世界にぽつんと現れたその光は、少女の魂の形を思い出させるだけでなく、忘れかけていたぬくもりを感じさせる。

 やがて、光は在るはずのない少女の手を、体を照らし、光で包み込む。

 

 ──―光が……!? 

 

 突然、目の前が真っ白に染まり、まばゆい光に少女の目は思わず瞼を閉ざす。反射的に目をつむり、また目の前が暗くなるが、今度は自分の目で閉ざしたので闇に覆われることはなく、わずかに瞼の向こう側が光り輝く。

 光が弱まり瞼の中が暗くなると、少女は恐る恐る瞼を開き白一色の世界を目にする……はずだった。

 

 ──―なに、が……

 

 少女が目を開けた瞬間、広がっていたのは真っ白な世界ではなく、黒い世界に僅かだが藍色や朱色が混じり、そこかしこには闇の中で大小さまざまな光が瞬く世界。

 端的に言えば宇宙ともいえる世界が目の前には広がっていた。

 

 ──―ここ、は? 

 

 改めて自分が一体どこにいるのか。この状況はなんなのか、訳が分からなくなる少女は目の前に広がる宇宙をただじっと眺めていた。

 光る星々。漂う気体。それだけでもここが宇宙であるという想像、連想は容易で、そこから自分が本当に生きているのか。ここは宇宙なのかという疑問が浮かび上がってくる。

 最初に解決した問題は、その大前提。ここが宇宙であるか、という疑問だった。

 

 ──―違う

 

 宇宙を眺めていた少女の肌を優しく風が撫でていく。空気がない宇宙で風が巻き起こるのはあり得ないことだ。

 それだけで少女はここが宇宙に似せたどこか、であることを理解する。

 すると、それを待っていたかのように、少女の前にあの光が現れる。

 

 ──―お前は

 

「……どうやら自我はあるようですね。そうでなければここまで呼んだ甲斐というものがありません」

 

 光は少女の前にまで近づくと少女の体を照らし、今まで見えなかった姿形を浮かび上がらせる。

 強い光に目が細くなると思われたが、少女の目は目の前の優しい光を妨げることをせずに凝視する。なにせ、そこからもう聞くこともないだろう声が聞こえてきたのだ。

 

「とはいえ、先ほどまで自我を失いかけていた様子。念のためにお聞きしますが、貴方は自分が何者か、わかりますか?」

 

 光からの言葉に最初は少女も戸惑いを隠せなかったが、少女の自我はまだ冷静さを保っていたらしく、投げかけられた言葉に少女は自分というものを再認識していた。

 自分が誰か、名前は、性別は、愛称は、どんな性格か、そんな姿か。考え始めると、黒く塗られていた少女の体がみるみると色を取り戻していく。

 

 ──―私は……

 

 自分が何者か。その問いに、自分という色を取り戻した少女……篠ノ之箒は答える。

 

「私は、篠ノ之箒……ああ。それで間違いない。私はそう呼ばれていた人間だ」

 

「……ふむ。言いたいことはありますが、ひとまずは問題なさそうですね」

 

「問題……? いや、それよりも……」

 

 自分を取り戻した箒は、目の前で光る光に対し思う疑問を投げかけようとするが、それよりも先に光の方が話を進める。

 

「本来であればもう少し吟味したいところでしたが……仕方ありません。なにせ貴方も私も、もう時間が残されていない。多少の齟齬はお互い我慢しましょう」

 

「時間って……どういうことだ? お前は……」

 

「説明の時間も惜しいのです。詳しいことは私が憑依した後で説明します。でなければ、貴方や私がいたあの世界が……」

 

「……? 待ってくれ。事情の説明を後回しにして納得もできるか。第一、お前は一体なんだ。憑依だなんて……」

 

 まるで幽霊かなにかじゃないか。

 語られる話の内容を聞いて次第に目の前にいる光が恐ろしく思えた箒は受け身の形で光から離れようとするが、光からは離れられず、動くこともできない箒は受け身のポーズしかとれない。

 それを見てなのか、光はしばらく沈黙すると箒でも聞こえる溜息をつき、沈黙ののちにまた話を始める。

 

「むう……仕方ありません。本当は時間が惜しいのですが……」

 

「説明、してくれるのか」

 

「多少強引にでも憑依を始めま──―」

 

 ……あ。ダメだ。

 話を全く聞かないどころか話の点がズレにズレていることに絶望しか感じない箒は思わずため息をつく。

 話を聞いている風を装っているが、結局は自分の事しか考えていない。

 話を聞かないこの状況では、もう何を言っても無駄か。と訳の分からないままに自分の魂やら体やらが使われることに不快感と絶望感を持っていた箒だが

 

「──―お待ちなさい。急く気持ちはわかりますが、それではできることもできませんよ」

 

 声がまた聞こえてくる。しかも、今度は別の声で年齢もだいぶ異なり、その声だけでこの場に自分以外に二人いる事となる。

 今までのが箒と同い年か少し年上だとすれば、聞こえてきた新しい声は初老の女性。しかも声はしっかりとしていて色濃く輝く瞳と衰えを見せない顔を想像させる。

 とはいえ、箒にはあくまでもそう思わせるというだけで実際のところは顔も姿も分からない。また彼女の目の前に光が現れただけだ。

 

「……ですが」

 

「貴方が人の世のために動こうとするのはいいことですが、今の貴方は一人の人間。かつての立場とは大きくことなるのです。そして、目の前にいるのは縁ありし者とはいえ、対等な相手。であれば、例え時間をかけてでも相手を納得させねば、話は進みませんよ」

 

 もう一つの光……初老の女性が少女を諭し、強引な憑依から箒を守る。

 これには箒も目の前で何が起きているのかさっぱりで、なぜ光が増えたのか。どうして守ってくれたかなどわからない事だらけだった。

 

「そう。まずはこの状況についてお話しませんと……そうでしょう。お嬢さん」

 

「え……あ……」

 

「我が孫が急かせて申し訳ありません。この子、今までの戦いを見て加わらねばといって聞かないのですよ」

 

 まるで祖母が孫のはしゃぎようを見て制しつつも嬉しく見ている。そんな姿を想起させるが、目の前の光景に変わりようはない。

 箒も「はあ……」としか答えられず、ただ流されるばかりだ。

 

「かくいう私もその一人。英雄豪傑の末席に位置するあまり名の通らない女ですが、この度、孫の出陣に顔を見せに来ました。

 そして、貴方への説明。それも兼ねて」

 

「……それは、どうも?」

 

「ふふ……さて。時間が惜しいのも事実ですが、まず貴方の持つ疑問からお答えしていきましょうか」

 

 初老の女性がそう言ってまた言葉を紡ぐ。どうやら箒の置かれた状況を理解しているらしく、箒はやっと話が分かる人物……というか光に出会えたと安堵する。

 

「まず。貴方が思ってるように、貴方はすでに死んでいます。ここはいわゆ死後の世界……冥府ですね」

 

「ッ……」

 

「どうやって死んだかはさておくとして、それは紛れもない事実。私らもその一人なのです」

 

 ……ということは、お前たちは人魂か? 

 言いたくなる箒は言葉を飲み込み、話を聞く。

 

「ですが、貴方は厳密には死んではおりません。いえ、死んでいるのですが、まだ完全ではない……でしょうか」

 

「つまり……私は今、完全に死ぬ一歩手前というのか?」

 

「ええ。貴方が完全に死んでないのには、この子が呼び止めたから。貴方が呼び止められた理由は……わかってますね?」

 

 憑依するためだというのは分かっている。だが、その根本である「なぜ憑依しなければならないか」が疑問だった箒は、落ち着き始めた思考を回転させ問いを投げる。

 

「なぜ憑依なんだ? 私の体を使って、何をしようというんだ?」

 

「何を……と言われても、やることは悪事ではありません。人の世のため。ひいては……貴方の世界のためです」

 

「……どういうことだ?」

 

 箒が投げた疑問に最初に現れた少女の声が答える。

 

「貴方の世界で起きた聖杯戦争(・・・・)なる戦い。あの後に、あの世界を揺るがす事件が起きているのです」

 

「ッ……!」

 

 聖杯戦争。

 その言葉に箒は目を見開き、大きく口を開けた。言葉は出ない。出ようとしても喉の奥でつっかえてしまい、出そうにも出せない。それだけの疑問、驚愕、憤り、戸惑い、そして不安が彼女の中に募った。

 

「貴方はあの後、何が起きたかをご存じないようなので説明しますと、聖杯戦争の勝者が願ったことがどうやら聖杯の力で肥大化してしまったようで、異界(特異点)を作り上げたのです。しかも、そこでは彼女の願望が暴走して魑魅魍魎が跋扈しているとのこと。人の姿であっても人ならざる物の怪がいるとか」

 

「な……」

 

 少女の声に箒は絶句する。

 それどころか落ち着きを取り戻しかけていた頭がまた真っ白になってしまい、宙に浮いていた意識が地の底へと叩き落された。

 それはつまり自分が参加した聖杯戦争が《  》した。ということ。

 そして、それによって最悪の結末となってしまったこと。箒にとってその後の事よりも、先に聞かされた聖杯戦争の勝敗こそが重要であり、もっとも知りたい真実だ。

 

「まさに人外魔境。しかも、ここで生まれる物の怪は人の世に害をなすというではありませんか。そして、異界で生まれた物の怪はやがて人の世を犯す」

 

「それを止めるためにこの子は立ちました。人の世……人理を救わんとするために。……ですが、我らは英霊にも満たない者。加えて異界の生じた時代では我らの名は霞む程。このままでは我らもこの事態を止めることはできません」

 

 しかし、他の誰かに任せるというのも実はできない。それどころか他にいるのかという疑問も彼女らにはあった。

 そして、何よりこの事態に英霊が召喚されるのかという疑問があった。

 

「そこで私は貴方のお力をお借りしたいのです、篠ノ之箒」

 

「……憑依、か?」

 

「ええ。憑依すれば人の肉体による現界が可能で、本来幻霊、英霊足りえない存在でも召喚されるのです。その為には聖杯戦争に(えにし)のある貴方の力が必要、ということです」

 

 ……話はおおよそ理解した。

 箒の頭の中で状況の整理が行われ、彼女らの話の信ぴょう性の精査がされた。

 結論から言えば彼女らの言葉に信じるに足る要素はあった。箒にとって自分が経験した聖杯戦争はそれほどにまで苛烈なものだったのだ。

 そして、その戦いとそれによる原因、過程、結果を考えれば答えは一つ。

 だが。それよりも先に箒は一つ、疑問を投げる。

 

「アナタは一体……何者だ?」

 

 その問いに、少女は改まった物言いで答えた。

 

 

「──―私は、甲斐姫。成田氏長が娘の甲斐姫だ」

 

「その祖母、妙印尼と申します」

 

 

 その答えに、箒はしばらく固まったのち、小さく口を開いた。

 

「……へ?」

 

 そこから先は、他愛なくもすべて必要に満ちた時間。彼女がこの特異点に行くにあたり、知るべきこと、知らさなければいけないことの時間。

 そして、彼女が自らの魂と体を依り代にした憑依サーヴァントとなった瞬間。

 

 これは、篠ノ之箒が願いを求める物語。

 その始まりの瞬間である。

 

  

  

 




おまけ

今回の簡単なキャラ集

マスター(蒼夜)
FGOのマスターその人。ただオリジナルの性格を投影しきれないのと外伝特異点の設定上、彼の方がいいかなと思い今回は「蒼夜」名義にしました。……とはいえ、GATE世界とは違いあまり腹黒さはない……ハズ。
ガンドを使用しましたが、礼装はカルデア制服。礼装はそれぞれ魔術のバックアップも兼ねており、特定の魔術を扱いやすくします。なので蒼夜は別に戦闘服じゃなくてもガンドとかは使えるけどインターバルがくそ長い(具体的には20ターン)としてます。
余談ですが外見的な年齢は蒼夜が上です。


セイバー(篠ノ之箒)
今回の味方の野良(?)サーヴァント。作中の通り元は女王だったが討伐後にサーヴァントとして現れます。女王時は敵対しており高圧的かつ話も聞かない元の性格が過激化した感じでしたが、サーヴァントとなったことで落ち着いており、サーヴァントらしい頼もしさを持っています。
ちなみに互いの呼び方は「マスター・君・蒼夜(箒から)」「セイバー・箒ちゃん(蒼夜から)」でちゃん付けは蒼夜のふとした失言がきっかけ。でも事態が事態なので突っ込むのを半ばあきらめてる。
武器は長刀一本だけでしたが召喚時のあれこれで薙刀が使えます。二刀流じゃないのもこれが理由です。
外見のイメージはISスーツをベースにした鎧直垂に紅椿を模した甲冑を左腕部や脚部を中心に着込んでいる感じ。動きにくいのと胸がキツイので軽装気味。
スキル「縮地」「???」「???」


女王・凰鈴音
作中のIS学園に存在する五つ(作中では三つに減少)の勢力圏のうちの一つを支配する人物。外見、顔は鈴ですが中身は過激、能力も過激。ぶっちゃけ、人間やめてるんじゃなくて人間じゃない。というか実は……
五つの女王の中で精力的に活動している方で作中もその一環。
人間態では柳葉刀をメインにした二刀流。変化すると爪や肩のトカゲ、尾による格闘戦。さらに各所から空気の圧縮弾を放つなど、乗機「甲龍」を元にしたものを使う。
ちなみに女王と言いますが、別に卵産んだりとかはしません。あくまでも「優れた知性と力のある存在」が女王と呼ばれます。とはいえ、黒幕である彼女によって意図的に作られてますし、もどきが女王になるということも基本ありません。
人間だけど人間じゃない、がコンセプトです。
ちなみに人選理由は一番感情を出しやすいだろうな、と思ったのが鈴だったというわけです。シャルだと少し奥手気味ですので。

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