https://syosetu.org/novel/277231/65.html
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外は快晴。まさに夏の暑さそのものと言った感じで、照りつける太陽は眩しい。出歩くのは億劫だが、約束だから仕方がない。
「さ、準備するか……」
ベッドから体を起こす。今日で8月も終わりか。そんな呟きも部屋に消える。準備を終えると、いつもの部屋を飛び出した。
──────────
呼び鈴を鳴らす。表札に書かれた苗字はそれほど見ることのない珍しさだが、俺からすれば目について仕方がないほどか。暫くして、ドアが開く。
「雄緋、待っていたわ」
「あぁ。出掛ける準備は出来てるんだろ?」
「準備? 何を言っているか分からないけれど。入りなさい」
意味がわからないまま俺は目の前で平静を装う銀髪の少女の後を追う。聞いていた話では、NFOのバトルロワイヤルで一位になったご褒美だなんだで、俺を1日好きにして良い権利だなんだを行使できるとあったはず。そんなものだから俺はてっきりどこか振り回されるのではないかと想定していたのだ。どこへ出掛けるのかとそこそこ期待はしていたはずが、俺の予想は意外な形で裏切られる。
「お邪魔しま……ん?」
案内された友希那の部屋。ローテーブルに積み上げられた本の山、プリントの束。散乱したノートに筆記用具。
「えっと、友希那? ……何これ?」
「宿題よ。終わらないの」
「いやまぁ宿題は見れば分かるけど。……まさかお前?」
「えぇ、何も終わっていないから、手伝ってちょうだい」
「はぁっ?!」
「早く、今日が最終日よ」
「夏休みに勉強なんてしたくないんだよぉっ?!」
……俺の断末魔がこだました。
逃げられないことを悟った俺は友希那の隣に座り、昔懐かしいワークブックを解かされていた。既に俺は大学生。故に高校の範囲の勉強だなんて、専門科目と関連がなければ記憶の隅に追いやられている。そんな俺が役に立つはずがなかった。
「……なんだこれ。見覚え無いんだけど」
「見せなさい。……頑張りなさい」
ところがどっこい。このポンコツ歌姫。俺より使えない。暗記科目なんて、年単位で思い出すことがなければ、全てを思い出すのなんて不可能に近い。俺はそんな状況に絶望していたわけだが、現役高校生の彼女はさらに酷い具合らしい。
「大変ね、終わる未来が見えないわね」
「お前のせいだよな? なんで夏休み最終日まで溜め込んでたんだよ? なぁ?」
「……Roseliaが忙しくて」
「今度紗夜に言っとくわ」
「やめなさい」
無駄口を叩く暇すらまるでなさそうで、一向に机の上の山の高さは減りそうに無い。俺はその現実を直視するのを拒み、空を仰いだ。
「ちょっと。サボっている暇はないわ」
「お前だけには言われたくないからな」
「失礼ね」
「この状況お前のせいってことわかってる?」
元々は楽しいお出かけみたいなものを想像していただけに、予想だにしない勉強会など強制される謂れもない。なんだって他人の宿題に8月の末日を費やさねばならないのか。暑さにもイライラしていたせいか、多分俺の口も悪くなっているのだろう。
「……私だって、こんなつもりは」
「宿題を溜めるやつはみんなそう言うんだよ……」
半ば諦めの境地に達しながら、隣でカリカリとシャーペンを滑らせている友希那を力なく見つめる。多分本人としては必死にはやっているのだろう。こんな状況に追い込まれる前になんとかしてほしかったと言う気持ちは否めないが。
そんな友希那の姿を見てほっぽりだすわけにもいかなかった。俺も乗りかかった船と自分を無理やり納得させて、空欄を埋め続ける。そして、何度目か分からない無意識の溜息が吐き出された途端。
「……ひぐっ」
「えっ?」
どういうわけだか、隣で静かに宿題をこなし続けていたはずの友希那の方から、さめざめと泣く声が聞こえてきて、驚いた俺はペンを置いた。いつもは澄ました姿を見せることが多い友希那はプルプルと震えながら、小さな声とともに涙を流している。
「えっ、友希那? どうした?」
「……なんでもないわ」
俺が何も言い返せないまま黙っていると、友希那は静かに語り始めた。
「私も……こんなことをするつもりじゃ。雄緋を、無理に……勉強に付き合わせたりなんて……」
「お、おぉ……」
「……自分が情けないの。本当は貴方と、……いっぱいゆっくりと過ごすつもりが」
俯いたままの友希那。その目から零れ落ちた涙が床のカーペットを濡らした。
「……ごめんなさい。こんなことに、巻き込んで、ごめんなさい……」
どうやら、俺も大人気なかったらしい。勉強を疎かにしていた友希那を諌める程度は歳上の立場、必要かもしれないが、それでも友希那のフォローアップもせずに呆れた態度を取るのは愚かだった。
「友希那、俺の方こそ、済まなかった」
「……抱きしめなさい」
「えっ? あぁ……」
「そう……もっと」
突然要求されたハグでも、それを拒絶することなど俺にはできない。友希那は力を込めて、涙を俺の胸元で拭いながら、泣き続けている。泣いているせいか呼吸も荒い。
「もっと、強く抱きしめなさい」
「こうか?」
「そう……」
友希那はそう言ったっきり、話しかけてくることはなかったが、俺の声には強い抱擁で返してくれていた。手に降りかかるシルバーの髪も撫でながら、俺は長い時間友希那のことを抱きしめ続けていた。
どれぐらいの時間が経っただろうか。俺の腕の中で友希那はすやすやと寝息を立てている。その姿を見ていると、俺もだんだんと心が安らいできた。
「ん……眠気が……くっ」
「……ゆう、ひ……」
小さな寝言が聞こえた気がした。
──────────
外は快晴。まさに夏の暑さそのものと言った感じで、照りつける太陽は眩しい。出歩くのは億劫だが、約束だから仕方がない。
「さ、準備するか……」
ベッドから体を起こす。今日で8月も終わりか。そんな呟きも部屋に消える。準備を終えると、いつもの部屋を飛び出した。
──────────
俺が待ち合わせをしていたのは駅前だった。駅前の噴水横のベンチ。指定されたそこに腰掛けて、意外にも姿を見せるのが遅い待ち人を待っていた。
「つめたっ。って、紗夜?」
「お待たせしてすみません」
首筋に感じた冷たい感覚。紗夜の手には水滴のついたペットボトルが握られている。普段の様子からはあまり想像のつかない茶目っけのある振る舞いに心臓が飛び跳ねる。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでも」
「……少し、やってみたかったもので」
俺からの視線に耐えきれなかったのか、紗夜が自白する。そんな風に赤面して答えられてしまっては、俺としても恥ずかしさが募るばかりだ。
「は、早く行きましょうか」
「そうだな。うんうん」
そんな恥ずかしさから目を背けて歩き出す。目的地は聞いてはいないが、街中の方へと紗夜に手を引かれて赴く。さりげなく繋がれていた手の震えと緊張のせいか会話があまりに少なく、俺の視線は右往左往するばかり。紗夜もそれを察したらしい。
「その、遅刻して本当にすみません」
「え、いやいや、本当に良いんだよ。何かあったのか?」
「その……日菜が」
「あぁ……」
多分出掛けようとする姉を無理やり引き止めたのだろう。最近忙しそうで、家で一緒にいられる時間も少なくなったのだろうか。それで日菜も紗夜を必死に、流石あの妹と言うべきか。
「紗夜と一緒に居たいってか……」
「いえ、『雄緋くんと出掛けるのずるい!』と」
「あ、そっち?」
日菜の予想外の言いがかり。この程度ももしかすると氷川家ではありふれたやりとりなのかもしれない。
「なので日菜を鎮めてから来たもので」
「日菜を鎮めるのか……流石だな」
「まぁ。今日はその……雄緋さんとデートだと言うと、日菜が白目を剥いて倒れたので」
「えっそれ大丈夫?」
「平常運転です」
普段の氷川家では殺伐としたやり取りが繰り広げられているのかもしれない。日菜はそんなにも頻繁に卒倒じみたことになっているのだろうか。
「と、着きましたね」
「……旅行代理店?」
「えぇ、旅行雑誌を見るのが意外と楽しいと聞いたので」
店の前に設けられたラックには様々な旅先のマップが並べられている。どこも誰でも一度は聞いたことのあるような有名な観光地ばかりだ。色とりどりな表紙はつい手に取りたくなりそうだ。
「先日京都に行ってから、こうして旅先に想いを馳せるのも楽しそうだと思ったんですよ」
「へぇ、花女の修学旅行か。またあのメンバーで行くのか?」
「いえ、今度は2人で行くプランを探そうかと」
「あぁ、日菜とか? 姉妹仲も良くなったなぁ……」
「……はぁ。まぁいいです」
何故かため息をつかれる。あまり触れてはいけない部分に立ち入ってしまったのだろうか。
「……それより、今日はデートですから。折角なので行きたいところを探しましょう」
「あ、紗夜が探すんじゃなくて、俺のってこと?」
「はい。私は……どこでも良いですから」
観光云々のことはあまり考えていなかったものだから、何か行きたいところがありそうな冊子を斜め読みしてみる。旅行も、この間まりなさんとハイキングに行ったばっかりで、お金が飛んだりなんてのもあるのだが、探すだけならタダだろう。
「夏の観光地もまだまだ行き先があるんだな……。
「気になるところなどはありましたか?」
「うーん、海とかも良いなぁ。また行くことになるけど」
「……ちょっと待ってください。
「え?」
隣で雑誌を読んでいたはずの紗夜の鋭い眼光がこちらを見つめている。俺としてはそこまで意識した発言ではなかっただけにその勢いに気圧される。
「まぁ、彩や千聖と……」
「……今度行きましょう」
「え?」
「行きましょう、今度。海でも山でも良いですから」
「え、まぁ良いけど。でも山もこの間」
「誰とですか?!」
「まりなさん?」
「ぐはっ……」
「ちょ、紗夜ー?!」
俺が言い終わるとほぼ同時に意識を失ったかのように後ろに倒れる紗夜。それをなんとか支えようと、俺も紗夜の下に腕を滑り込ませる。しかし、思いの外紗夜の倒れる勢いが良すぎた。
「がっ……うっ……」
情けなくも支えきれずに倒れる俺と紗夜。俺の意識は遠のいていく……。
──────────
外は快晴。まさに夏の暑さそのものと言った感じで、照りつける太陽は眩しい。出歩くのは億劫だが、約束だから仕方がない。
「さ、準備するか……」
ベッドから体を起こす。今日で8月も終わりか。そんな呟きも部屋に消える。準備を終えると、いつもの部屋を飛び出した。
──────────
俺は呼び出された家の前にいた。何をするのかはまだ何も聞いていないが、家に呼び出されたということは何か家の中で出来ることであろうか。見覚えのある家の並びを抜けて、俺は目的地たる家のインターホンを鳴らす。
「おっ、来た来た☆ 上がって!」
「お邪魔します」
1日デートと称して呼び出されたのはリサの家。連れられるがままに部屋の方に通されて、リサは本棚の辺りを見てうんうんと唸っている。
「なぁ、何をするんだ?」
「んー、ちょっと待ってね」
「てっきり外に出掛けるとかそんな感じかと」
「あれ、どこか出掛けたいところとかあった?」
「特にそういうわけじゃないけど、リサが出掛けたいかなとか」
「アハハ、それ以上にやりたいことがあるんだよねぇ」
丁度目的のものを見つけたらしいリサは棚から一冊の本を持ってベッドに腰掛ける。そしてちょいちょいと手招きして俺を呼び寄せ、俺はリサの隣に座った。
「それなんだ?」
「これね、アタシが最近読んでハマってる小説なんだけど」
「小説とか読んでるのか……意外だな」
「ちょっとそれどういう意味ー? ま、それはさておき、この小説、ちょっとハマりすぎて、雄緋とこの中身を再現したいなって思ったんだよねぇ」
「再現? ファンの鑑だな……」
聞いたことのない小説と作者だったが、リサがそこまで入れ込むということはかなり作り込まれた小説なのだろうか。小説の内容を再現するだなんてあまり聞いたこともない。そんなわけでリサに見せられたページは。
「ここなんだけどね。女の子の彼氏が浮気したと思ってたらそれは女の子の勘違いで、2人の誤解が解けたシーン!」
「なるほ……って、恋愛小説なのか?」
「そうだよ?」
「ってことはまさか……」
俺はニヤニヤするリサに見守られながら、その小説を読み進める。男の子の弁明で女の子の誤解が解けた後は、女の子の家で2人……。
「おい待て、めちゃくちゃ官能的なシーン入ってない?!」
「えー? そんなことなかったと思うけどなー?」
「くっ……。……よし、なら帰るわ」
「えっ? 今日はアタシが雄緋のこと一日中好きにしても良い日なんだよね?」
「常識の範囲内だからな? これをするのは倫理的に問題があるよな?」
俺が逃げようとしたが、すかさずリサは俺の手首をしっかりと握っている。痛さすら感じるレベルの力の込め方で、絶対に逃さないという強い意志を感じる。
「倫理的に? 別に女の子の上に男の子が乗り掛かってるだけでしょ?」
「裸、半裸なんだよ!」
「あっ、脱ごうか? 見たいよね?」
「脱がなくていいから! それが問題だって言ってんの!!」
「……見たいのは否定しないんだ?」
心に宿りし108を退散させるべく俺は頬を叩く。さっき目を通した小説には描写こそ遠回しであれど、どうにもこうにもR-15に指定されそうな、いやそれよりも高い年齢にレーティング指定されそうな状況が描かれている。リサが言わんとしているのはそれを今ここで実践しようだなんていう、一歩間違えれば大事故の行為である。
「とにかく、ロールプレイはしないからな?」
「えー、ベッドの上でアタシが寝転がるから、その上に雄緋が乗り掛かってくれるだけでいいんだよ?」
「
「あっ……。満足できないんだ?」
「違います!!」
俺を揶揄って笑う姿はさながら小悪魔、サキュバスと言ったところか。さりげなくリサも距離を詰めてきているし、いくら俺が理性を保たせるだけとはいえ、暴走されたらたまったものじゃない。
「逆でもいいよ? 雄緋が寝転んで、アタシが馬乗りになるとか」
「もう小説から離れてるよな?」
「えー……。じゃあ壁ドン! 壁ドンされたいなぁ! ダメ?」
「う、まぁ、それぐらいなら」
明らかにアダルティックな連想を催す危険なあそびに比べたらそれの方がよっぽどマシか。そんな風に考えた俺は諦めてリサの要求に従うことにする。壁ドン程度なら恥ずかしさにさえ目を瞑ればどうってことはない。どういうわけか喜んでいるリサはスキップ気味にドアまで駆け寄って背中をドアに預けた。
「雄緋からの壁ドンちょー楽しみ! もちろん小説の通りカッコよく決めてくれるよね?」
「そんな期待されてもな……」
顔に揶揄いの余裕が浮かぶリサをそのままにしておくのは癪だったからか、思ったよりも強めにリサが背中を預けたドアを叩く。その音にビックリしたのかリサは押し黙り、小さく縮こまった。
「『……俺から、離れようとすんなよ』」
呼吸が止まり、時間すら止まったみたいに静かになる。リサは紅潮させたまま固まっていたが、しおらしい笑みを浮かべる。
「……うん。絶対にずっと、雄緋の隣にいさせてね?」
数秒間見つめあって、俺は完全に自分が何をしたかを理解する。リサは口を一つに結んで、目を閉じた。その瞬間、一気に顔が熱くなって。
「う、うぅ……」
「……え? ちょ、雄緋?! どーしたの?!」
視界が暗くなっていく……。
──────────
外は快晴。まさに夏の暑さそのものと言った感じで、照りつける太陽は眩しい。出歩くのは億劫だが、約束だから仕方がない。
「さ、準備するか……」
ベッドから体を起こす。今日で8月も終わりか。そんな呟きも部屋に消える。準備を終えると、いつもの部屋を飛び出した。
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俺が呼び出されたのは商店街の近くだった。目的地や何をするかなんかは知らされてもいないし、時間通りに着いただけ。そしてそこに辿り着くと、こちらに向かって大きく手を振っている姿が見えた。
「おーい、遅いよー!」
「時間通りだから、許せ」
「それじゃ、早速いこー!」
「うぉっ」
あこの元気さには頭が上がらない。どうやら大学生になってしまった俺の元気は完全に失われたらしい。俺の手を握りしめて意気揚々と駆け出すあこに遅れを取らぬよう走り出す。
「はぁっ、はぁっ……、どこ行こうと、してる?」
「もうちょっとだよ! 早く行かなきゃ売り切れちゃう!」
「売り切れっ……?」
あこがここまで必死になって買い求めるということは、NFO関連のグッズとかだろうか。それともそれ以外のネットゲームの新発売のソフトとか、そんな感じだろうか。それなら向かう場所は家電量販店だとかそんな感じかと思ったが、ここは商店街の近くでそういう大型のお店はあまりない。
「すぐそこだから!」
「すぐ、そこ?」
住宅街を駆け抜けて、いつか見たような街並みを抜けるとそこには古めかしい家屋が。
「って、流星堂じゃないか」
「うんっ!」
磨りガラスの引き戸を開けて入った建物の中のニオイは独特。いわゆる骨董品とかが置いてあるであろうこの流星堂。古めかしいものもたくさん置いてあり、雰囲気をそのままにしたようなニオイだった。
「ここにそんな売り切れそうな商品とかあるのか……?」
「あるもん! 絶対レアだよ!!」
そりゃあ骨董品となればそれなりに希少価値が高いものが紛れているとは思うが、だからこそすぐに売り切れるというようにはならない気がする。少なくとも今ここには俺たち以外のお客さんはいない。
「で、何を買いに来たんだ?」
「これだよ! この杖!」
「は、杖?」
あこが取り出してきたもの。それは杖だった。しかも持ち手の部分には暗い店内の中で怪しく光る紫の親指大の石が埋め込まれていて、杖として使うには些か不安そうなように一部が曲がりくねっている。
「この杖、ものすごくカッコいいでしょ?! 魔法の杖みたい!!」
「まぁ雰囲気は……。というよりロッドみたいな……」
「でっしょー? これが欲しいなと思ってきたんだ!」
「へぇ……。まあ売れてなくて、買えて良かったな?」
「……その、それでゆーひにお願いがあって……」
「ん?」
「……ちょっとだけお金貸してください!!」
「え?」
俺はあこから杖を受け取り、一応申し訳程度につけられたタグを見る。
「ちょ、これ万単位するのか?!」
「お小遣いだけじゃ買えなくて……」
「なるほど……」
財布であることに一抹の寂しさを覚えつつも、さっきの目をキラキラと輝かせたあこの姿がリフレインする。たしかに俺も小さい頃にこんな杖を見れば、間違いなく自分のものにして振りかざしたいとか、そんなふうに考えたはずだ。この杖はそんな厨二心をくすぐる魅力がある。だが、大学生になってみればまず間違いなく無駄遣いをしたと後悔をする代物であるともわかる。それを教えてやるのは歳上の務めか……!
「買って?」
「買うわ」
負けた。いやもう、妹とか欲しいなってそう思ったもんな。めちゃくちゃ申し訳なさそうに上目遣いされたらそりゃ買っちゃうよ。借金してでも買っちゃうよ。借金せずとも買えるけども。
「すいません! お勘定お願いします!!」
「……え?! いいの?!」
「欲しいだろ?」
「でも高いし……」
「大学生にとったらこんなの誤差みたいなもんだ、気にするな」
「……ありがとう!」
多少の出費とはいえ、これほど輝かしい笑顔が見れたならまぁよしとしよう。その笑顔、プライスレス。
「ね、ねぇ! ゆーひにお礼がしたい!」
「お礼? 別にそんなの良いんだぞ?」
「あこがしなきゃ気が済まないもん!」
あこの目はなんだかうるうるとしている。そうともなれば、俺も無視することはできないだろう。俺はあこに言われるがままにしゃがんだ。
「……ありがと! ゆーひ!」
「えっ?」
ほっぺたに柔らかい感触。ぽかんとした俺をよそに、あこは顔を赤らめながらも笑っている。俺はそんな温かな光景が暗くなっていくのをぽかんと見ながら、ゆっくりと倒れていった。
──────────
外は快晴。まさに夏の暑さそのものと言った感じで、照りつける太陽は眩しい。出歩くのは億劫だが、約束だから仕方がない。
「さ、準備するか……」
ベッドから体を起こす。今日で8月も終わりか。そんな呟きも部屋に消える。準備を終えると、いつもの部屋を飛び出した。
──────────
「お邪魔します……」
「はい……、上がって、ください」
さっきから萎縮してばかりである。部屋に招き入れてくれたのは、まだ少しおどおどとした様子が見て取れる燐子。1日好きにしていい権利とやらで、まさかの家に呼び出されたというわけだ。
そして、何故萎縮してしまっているのか。単純に部屋の装飾が荘厳なのだ。グランドピアノがあるとは聞いていたが、それだけでも部屋の雰囲気はガラリと変わる。良くある子供部屋のイメージは皆無で、鎮座するピアノの隣にある3面モニターはピアノが織りなす部屋の空気とミスマッチすぎて、異空間のようにすら感じられる。
「あの、どうか、しましたか?」
「……いや、すごい広い部屋だな、と」
「落ち着かないですよね……! ごめんなさい」
そう言ってものすごい勢いで頭を下げた燐子に大慌てで顔を上げさせ、今日はどういう経緯で家に招かれたのかを尋ねる。
「今日は……一緒にこれをしようと」
「これ? ってまさかのモニターがもう一台?」
机の上にデカデカと設置されていたモニターに加えて、さらに新しいモニターが現れる。そういえばノートpcを持ってくるようには言われていたので、どうやら今日はそういうのをするということらしい。
「その……、2人で……NFOしませんか?」
「え? あぁ勿論いいけど」
一応NFO自体は俺もやったことはあるからアカウントはある。燐子やあこのようにやり込んでいるわけではないから、装備なども適当であるし、技術や戦術もまだまだだ。それでも一通りはプレイできるから、レクチャーとかは大丈夫だろう。
「でもNFOやるなら2人で集まらなくっても良かったんじゃ」
「……一緒に、隣でプレイしたいですから……!」
「な、なるほど?」
オンラインゲームなのだから遠隔プレイできるというのに、敢えて隣でプレイをしようとするのはそれなりの意図があるらしい。俺は自分のpcの電源を立ち上げながら、その意図とやらに探りを入れることにした。
「NFOを隣でプレイしたら邪魔にならないのか?」
「いえ……! むしろ雄緋さんが隣にいれば……、それだけで……すごく」
「すごく?」
「その……、ドキドキして……、もっと……くっつきたくなります」
「お、おお? それだともっとプレイしづらくなる気が」
「気持ちの、問題です……!」
現にゲーミングのチェアを2つ横に並べ、机の上に無理やりノートpcを置いているせいか、スペースはかなり狭い。何だったらお互いの腕は触れ合いそうな距離だし、燐子はそもそも頭を俺の肩に預け始めている。
「というよりなんで2人でNFOなんだ?」
「その……2人でプレイするイベントが今開催、されていて……」
「2人プレイ? それならあこでいいんじゃ」
「雄緋さんが……いいんです……!」
「な、なるほど。ありがとう……な?」
普段はあまり見ることもない燐子の気迫の困った声に困惑しながらも、取り敢えずNFOを立ち上げた俺。燐子とゲーム上で合流して、イベントが開催されているとかいうダンジョンに潜る。
「ちょっ、敵のレベルが圧倒的に俺より高いんだけど!」
「全部……わたしが……倒します……!」
燐子の魔法でバタバタと倒れていく敵モンスター。情けないことに俺が何も手も出さないまま経験値だけがやたらと溜まる。嬉しいのか嬉しくないのやら。
「雄緋さんは……着いてきてください……!」
「あっ、うん」
「暇だったらその……、ずっとわたしの背中を……」
「背中? 背後警戒?」
「いや……その……。と、とにかくいいです」
後ろからモンスターなんかが迫ってくる様子はない。どうやら本当に目の前で燐子が倒した以外の敵はリスポーンする前に突き進んでいるらしい。
そしてダンジョンもそこそこ進み、いよいよ部屋の雰囲気も変わってきた。燭台に灯された炎の揺らぎや重厚そうな扉。おそらくこの先にあるであろうボスにも臆さずに燐子は突き進んだ。
「……勝ちます!」
そこから先も、燐子の独壇場だった。まさかまさかの、ボス戦でありながらスキルか呪文か何かで完封し、10秒も数えないほどにすぐに終わってしまった。
そして部屋の中央に現れたのはいかにもな宝箱だった。
「このリングが……欲しかったんです……!」
「おお……?」
「能力強化もすごくて、それに婚約指輪みたいで……!」
「確かにめっちゃグラフィックのこだわりも」
画面に映る装備とはいえ、拡大できるモードではものすごく細かな凹凸までデザインされている。
「これで能力強化して……。第2回のNFOバトル企画をやれば雄緋さんが……!」
「え? どうかしたか?」
「なんでも、ありません……! 雄緋さん……もっとやりましょう」
そうして俺は数時間ダンジョンに潜り続けた。時には敵に追われ、その度に燐子から飛んできた火球が敵を包み、俺は何もせずとも経験値が振られていた。そのうち、目が疲れてきたからか伸びをしても瞼が重くなってきた。
「雄緋さん、眠たいんですか……?」
「……うん」
「わたしの……膝でよければ……!」
「ありがた……や……」
そして俺の意識は薄れていった……。
──────────
「……はっ」
なんだかものすごく長い夢を見ていたような気がする。目を覚ました俺がまず目にしたカレンダーには8月の文字が辛うじて残っているのが見える。
「今日は、デート(仮)の日だっけな……」
NFOのバトルロワイヤルの優勝景品とやらで俺の休日がまるまる費やされることになったこの企画。その企画を祝福せんとばかりに夏が盛りを見せている。
外は快晴。まさに夏の暑さそのものと言った感じで、照りつける太陽は眩しい。出歩くのは億劫だが、約束だから仕方がない。
「さ、準備するか……」
ベッドから体を起こす。今日で8月も終わりか。そんな呟きも部屋に消える。準備を終えると、いつもの部屋を飛び出した。
目指すは、バトルロワイヤルの優勝者の元へ。