悪竜の生贄にされたので酒盛りで騙し討ちしようとしたら銀髪褐色巨乳美少女に変身したので土下座しておっぱい揉ませてもらうことにした 作:祐茂
オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル
タグ:R-15 タイトルが全て
※R-15にするつもりはなかったが、描写に熱が入ってしまったんだ。許してくれ……。
「樽一つにつき、ぱい揉み一回でいいんだ! 頼む!」
土下座する男。
その頭は煩悩に満ちていた。
「死ね! 今すぐ死ぬがよい、この変態!」
罵倒する少女。
その胸は実に豊満であった。
「残念だったな! すでにお前は俺の術中に嵌まってるのさ」
「いやああぁぁ! なぜ拒絶できぬ!? やめっ、近づくでないわ! ……あ、あああぁぁぁ!!」
これは一人の卑小な男と一体の銀髪褐色巨乳美少女による謎の攻防記録である。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
草木一本生えていない険しい山道を、一人の若い男が荷車を引いて登っていた。
勾配こそ急だが、道幅が広いことと小石などの障害物が少ないのは幸いだろう。不意の滑落の危険は少なく、注意すれば荷車を止めて休憩することもできた。
「誰だよこんな大荷物で山登るとか言い出したアホ男は。俺だよ。一回死んで人生やり直せアホ男。すでにしたわ」
登り始めて何度目の休憩か。そして何度目の悪態か。荷車に腰かけて自問自答するアホ男は、拭っても拭っても湧き出る汗に辟易しきっていた。下着はすでにぐっちょぐちょの濡れ透け状態である。
暑いのは体を動かしていることだけが原因ではない。山頂に近づくにつれて明らかに気温が上昇していた。湿度も同様であり、また独特のにおいも濃くなってきていた。
「硫黄臭っていうんだったか。卵の腐ったにおいっていうけど、そんなの嗅いだことあるやつどんだけいるんだっていう。あーなんか温泉卵食べたくなってきた。っていうか温泉入りたい。どっかに湧いてないかな。活火山だし、近くにあるくね?」
取り留めのないことを男はこぼし続ける。口を動かし続けるのは生来の気質でもあったが、これから果たす目的への緊張と憂鬱さが拍車をかけていた。
現在登っている火山の山頂、そこに男の目的はある。
現在地はすでに九合目あたりか。目前といえるくらいに迫った山頂を視界に収めてため息を一つ、男は休みたがる足を叱咤して立ち上がった。
「献上品は零れてねえだろうな、っと」
軽く荷車を点検する。覆いが被せられた荷台に置かれているのは、一抱えほどもある大きな樽。それが大きな荷台に積み込めるだけ積み込んである。
中身は液体である。零れや漏れがないかを男は手早く確かめ、ついでに荷台の下部、車輪や車軸の具合も確かめた。自分がアホだということは自覚していた男だが、ここまで来て荷物を失うのは大馬鹿のすることだった。
「これもご奉公ってやつだ。覚悟決めていきますかね」
山頂を目指し、男は大きく一歩を踏み出した。
「ごっほうし、ごっほうし、たーのしーいなー。らんらんらーん、っと、とうちゃーく」
活火山の山頂。
過去に幾度となく噴火を繰り返し、また最近にも小規模な噴火活動を始めたこの火山だが、意外にも山頂は大きく開けた平らな地面が広がっていた。火口を中心にして、ドーナツ状になっている形だ。広間とも呼べそうなそこは、中心に近づかなければ火口からの熱気は届かないほどに広い。
火山灰が積もっている様子もなく、きれいなものだった。なぜか硫黄臭も薄い。もしかしたら何者かが地面を均し、定期的に換気さえして過ごしやすく管理しているのかもしれない。もっとも、それができるのは、よほど強大な力を持った存在だけだろうが。
火口から立ち上る蒸気に当たらないよう、荷車を広間の中ほどに降ろし、男は周囲を見渡した。
「さーて、と。『竜神様』のお姿は……ないな。
男は懐を漁る。祝詞は教えてもらっていたが、クソ長たらしくて覚えられなかったので、紙に記しておいたのだ。アホはアホなりに考えていた。
「あれ? メモどこに入れたっけ? え、落としたとかやめてくれよ。いや待て、確か落とさないように下着に挟んでおいて……おお、あったあった」
男は紙を汗でぐっちょぐちょの下着から取り出した。
当然、紙もぐっちょぐちょのぬちゃぬちゃである。
折りたたんであった紙を破らないように慎重に開く男だったが、開ききってからようやく気づいた。
文字がにじんで一文字も読めない。
「は? アホなの? 大事な書類は油性ボールペンで書けって教わったでしょ? 水性インク使ったのどこのアホだよ。俺だよ」
アホの考え休むに似たり。アホはアホだった。
「まあいいや。言葉の内容はご奉公に関係ないだろうし。適当にやろう」
湿った紙を荷台に放り投げ、男は気を取り直す。仕方がないのでそれっぽい言葉を紡いでみることにした。要するに、竜神様を呼べればなんでもいいという判断である。
「ごほん。えー、竜神様におかれましてはー、ご機嫌麗しゅう。つきましてはー、その怒りをどうかお鎮めー、くださいますよー、お願いー奉りまするー。…………竜神様ーッ! 俺だーッ!! 出てきてくれえええぇぇぇーッ!!」
途中で色々面倒になった男は、とりあえず叫んでみた。
それから一拍、二拍、三拍。
……特に何も起こらない。
ならばもっと叫ぶまで、と男が息を吸い込んだ途端、地面が大きく振動した。慌てて荷車に飛びつく。
「え、ちょ、待て待て。まさか噴火? いやここでボルケーノしたら俺の体がバーニングよ?」
戯言をつぶやく男が火口を振り向いたその時、蒸気を切り裂いて大きな影が火口から飛び出すのが見えた。男の視線が反射的に影を追う。
――そこで見えた巨大なシルエットに、男は息を吐くことを忘れた。
金色の瞳に心臓を射貫かれた。無意識のうちに後ずさり、荷台に腰を打って、息が漏れ出る。そして、ようやく射貫かれたそれが錯覚だったと気づいた。
目に映ったものに意識を向ける。凶悪な存在感を放つ眼から目をそらせば、ようやくその全体像が認識できた。
竜だ。
物語で見た、あるいは想像した竜そのもの。
とにかく、大きい。巨大な竜だ。
全身を覆う銀色の鱗は、火口中にたぎる溶岩の明かりを煌々と照らし返し、その神秘性を高めていた。
背には蝙蝠にも似た皮膜のような翼があり、およそ滞空には向かないように思えるが、それを羽ばたかせることなく当たり前のように宙に浮いている。
顔は爬虫類のそれに似ている。しかし、凶悪な存在感を放つ金色の眼とともに、口の端からちらりと漏れ出た火の粉の煌きが、ただの生物の範疇に収まらないと主張していた。
纏った熱気を振り払うように腕が軽く振るわれる。ただそれだけの動作にすら、得も言われぬ憧憬のようなものが感じられて、男の胸を焦がした。
再度全体像に目を向ければ、やはり、大きい。その体躯は生物として規格外であり、男が運んできた荷車など一踏みで木くずになってしまうだろう。
物理的な大きさだけで語るのは愚かだろうか。生物としての格が違うと、本能で感じ取っていた。ただただ、大きな存在感を放ち、気を抜けば自然と頭を垂れて身を打ち震わせることになるだろう。
これが、竜。
遥か昔から、麓の人里で『竜神様』と崇め奉られる存在。
火山の活動はこの竜神様がお怒りになっている顕れとされ、その度に生贄を差し出し、怒りを収めていただくことと言い伝えられていた。
「こんなでけえやつに対して、俺一人が生贄って……つり合い取れてなくね? いや、今更ビビってもしゃーねーか。どうせ俺にできるのはご奉公だけさ」
どうにか我に返った男がひっそりと呟く。声の震えを自覚しつつも、努めて笑顔を浮かべた。
そして胸を張って、声を上げた。
「対戦よろしくお願いします!」
「なんだ、貴様は」
山頂広間に響く竜の声。
口も喉も動かさずに発せられたその声は、意外にも威圧感は少ない。気圧されないよう覚悟を決めていたということもあるが、竜の声質が思っていたよりも女性的で、どこか柔らかさを孕んでいたためだ。
ばさり、と竜が初めて羽ばたく。湿気を含んだ生暖かい空気が割れ、男は思わず手で顔をかばう。一瞬の強風だったが、久しぶりに新鮮な空気を吸った気持ちになった。
……気が付けば、竜は地に降り、目の前に横たわっていた。
否、距離は離れていたが、スケールが大きすぎて目の前に錯覚しただけだ。体は広間の半分以上を占拠するように寝そべり、顎を地に乗せて、顔が男の前にあった。
「騒がしいと思えば、人間か……」
金色の瞳が男に向けられる。
今度は射貫かれることなく、男はにやりと挑戦的に笑った。そうして仰け反るようにして竜を見上げる。
「対戦、とはなんだ?」
「あー、あれは一種の慣用句ですね。いや、定型句? 対よろ、とも略します。ちなみに最後は対ありで締めます」
「……意味が分からぬ。なんだ貴様は。我を呼んだ要件はなんだ?」
あ、やっぱ祝詞とかいう難しい言葉じゃなくても、普通に呼べるんじゃん、つーか俺今、竜と会話してるよマジやべー。男はそんなことを頭の片隅で考えつつ、胸を張って言った。
「どうも、竜神様。生贄のお届けです。ハンコお願いしますねー。あ、サインでもいいっすよ。最近はハンコ文化に物申す系のアレがアレなんで」
「……贄の姿が見えぬが?」
「やだなあ。目の前にいるじゃないですか。あなたへのプレゼントはぁ、あ・た・し! きゃぴっ」
「………………」
竜は金色の眼を歪め、
「……そのような愉快な挨拶をする贄、初めて見たわ」
「いやあ、恐縮っす」
「なるほど。さては貴様、あれじゃな。アホなんじゃな」
さすがは竜神である、男の正体を一瞬で看破してみせた。
「ところで竜神様。生贄を差し出せば怒りを収めて火山の噴火を止めてくれるってマジ情報ですか?」
男が唐突に核心に触れた。これを知ることが、男の目的の一つだった。
それに対して竜はもったいぶる様子もなく、いたって平静に答えた。
「対価を差し出せば、相応の報いを与えるのは吝かではない。特に怒った覚えなどないがな」
「おや? 竜神様の怒りで噴火してるってのは、やっぱガセ情報か」
こうして対面してすぐにわかったが、怒りに猛っている様子ではない。むしろ理性的といっていい。
男としては即座に食いかかられることも覚悟していただけに、少しばかり拍子抜けだった。
「我はこの火山を住処にしているに過ぎん。噴火は自然に起きることだ。人間が贄を差し出す度に、対価として噴火を抑えてやっているのだ」
「対価と報いかー……なんか親近感が湧くねえ」
「貴様のようなアホが贄というのは気に食わんが、まあ腹の足しにはなる。数年くらいは噴火を抑えてやろう」
「俺の命の価値って数年の噴火抑制程度なのかよ。いや、意外と良いのか?」
「前回の贄は百年間だったがな」
「その情報は聞きたくなかったなー。なに? やっぱり純潔の乙女とかの方がよかったりするの?」
「さてな。確かに贄はそのような者が捧げられることがほとんどで、大抵は雑味が少なくて気に入ってはおるが」
「味の問題っすか」
「存在価値の問題だ。我の好みか否か、とも言えようが」
「わーお。要するに俺様基準ですかそうですか」
言い換えれば、より価値あると感じた貢物に対しては、より大きな礼を返すということでもある。その価値観、精神性を竜は持っている。それを聞ければ十分だった。まずは自分の価値を上げねば、と男はちらりと背後の荷車を見る。
「戯言はもうよいか? 覚悟ができたなら、そこに直るがよい」
竜がついに顔を上げ、その金眼を男に向ける。
いよいよ年貢の納め時、とするわけにはいかなかった。
「まあまあ、そう慌てなさんなって竜神様! まずはこいつを腹に収めていただこうじゃあないですか」
男は道化がするように大げさな身振りを見せ、荷車の覆いを勢いよく取り払う。
現れたいくつもの樽を見て、竜がかすかに鼻をひくつかせた。
「酒か」
興味が移ったのを見て、男は内心で安堵する。どうやら、竜神様は結構いける口らしかった。
「おうさ、俺の造った酒さ。世界のどこにも流通してない、最ッ高の酒だと自負してますぜ」
「ほう。自信があるようじゃな」
「竜神様は酒は好きかい? いいや、好きじゃなくても、こいつを飲めばきっと好きになるはずさ!」
「滑稽な男よ。まあよい。そこまで言うならば、いただくとしようか」
そういって腕を伸ばす竜を見て、男は内心でほくそ笑んだ。これはいけるぞ、と。
「そういえば」
ふと、唐突に。酒樽に腕を伸ばしかけた竜が、思いついたように言った。
「昔、同じように我に酒を献上したものがおったぞ」
「へ? ……そうなんスかー」
「うむ。酒そのものは悪くなかったが、なにぶん、雑味があっての」
「はあ、雑味」
「仕方がないので、その雑味の部分だけ濾して取り出し、そやつに飲ませてやったのじゃ」
我の力ならばそれくらい容易い、と竜は楽しそうに嗤った。口端を歪めると、鋭い牙がぞろりと姿をのぞかせる。
「ほほう。そうするとどうなりましたか?」
「実に愉快な顔をした後――――地面にのたうつようにして踊り狂いおったわ」
「ははあ。それはそれは、不出来な酒を竜神様に飲ませようとしたことを反省し、せめて踊りで歓待しようとしたのでしょうなあ。あっはっはっは」
「はっはっは!」
竜は突然、男の目前に顔を近づけ、獰猛に光るその眼を男に向けた。
「貴様の酒は、そうならぬよう期待しておるぞ」
「ふふん」
男は鼻で笑う。
威嚇のような吐息が顔にかかっても、男は動じていなかった。それどころか笑みを浮かべ、不敵とすらいえる態度だった。
「御託はそろそろ十分だろう。さあ、さっさと飲みなよ、竜神様」
「よかろう」
竜が腕を動かす。すっ、と指先を横に切るような動作をすれば、ひとつの樽の上部がきれいに切り取られた。かすかに揺れる澄んだ酒の水面。そして、爪先に器用に引っ掛けるようにして樽をつかみ、中身をこぼさないまま口元まで運ぶ。
竜が酒樽を傾ける様子を、男はじっと見つめた。
そして樽の中身が大きな口に零れ落ちる。意外にも竜は豪快に呑むことはなく、少量ずつ――樽の三分の一くらいだが、巨大な竜にとっては少量だ――口に含み、舌の上に転がして味わっているようだった。
きっかり三口、樽の一つを空にしてから、竜は唸るようにして声を出した。
「なるほど……。うむ、うむ。なるほど。言うだけはある。うむ」
空になった樽を、竜は火口へと無造作に放り投げた。火口の底で、しゅ、とかすかな音が立った。
「気に入っていただけたようで」
「美酒じゃ。文句なしの美酒じゃ。素晴らしい」
言って、竜は徐に身を乗り出し、荷車に積まれた酒樽の群れを見やる。まだまだ酒樽は満載だ。しかし、この巨体の竜からすれば、それでも物足りないに違いない。
「酒は、それで全部か」
「おう。うちの酒蔵のやつ全部持ってきたんでね。この酒を造れるのは俺だけだから、もっと持って来いって言われても困るぜ」
「ふむ。なるほどの。そういうことか」
竜はつまらなそうに鼻息を漏らす。男の体を暴風が襲った。
「大方、この美酒を造れるのは自分のみ、もっと飲みたいなら命を見逃せというのだろう」
男は表情を変えない。ずっと挑戦的な笑みを浮かべている。
「そうだと言ったら?」
「そのままお主を食うのみよ」
「……この酒は、かーなーり、特殊な材料と製法で造ってんだ。俺がいなくなればこの先永遠に飲めなくなるぜ?」
「無意味な脅しだ」
竜は、ちっぽけな存在を見下ろして言った。
「我は、贄として捧げられた人間を喰うことで、その者の記憶や能力を引き継ぐ、という『特異技能』を持っている」
男の顔から、ようやく笑みが失せた。
「それって……」
「うむ。当然、酒の製法も知れる。仮にお主の『特異技能』によって創られたものならばそのまま造れるし、ただの知識と技術であれば適当な人間に製法を教えて造らせればよい」
この世界の生物には『特異技能』と呼ばれる能力を持っているものがいる。小さな火を灯すような能力から瞬間移動する能力まで様々あり、『何もないところから美味い酒を創り出す』というような能力があってもおかしくはなかった。
竜が疑ったのはそれであり、また竜の特異技能は他者の特異技能そのものを吸収してしまえるらしい。
「食べた分だけ強くなる系チートかよ。さすがは竜、存在そのものがチートだぜ」
「だが、お主の価値は上がった。喜べ、向こう二百年、いや三百年は噴火を抑えてやろう」
「死んだら意味ねえんだよなあ」
ため息とともに男は頭を抑えて項垂れる。後悔するように、あるいは観念したように、しばしそうしていたが、ふと思いついたように顔を上げる。
そして荷台を漁り、ひとつの盃を取り出して竜に突きつけた。
「せめて、最期に一緒に飲んでくれねえか?」
「ふむ」
竜は金の瞳を細めて男を見つめる。
男は盃を持ったまま、まっすぐに竜の瞳を見つめ返している。諦念か、あるいはまだ何か考えがあるのか。人間を詳細に観察するような経験に浅い竜には、男の考えはうかがえるものではなかった。
だが、竜を恐れず、微動だにしないその態度に何を見出したのか、ややあって声を発した。
「……その盃、もう一つあるか?」
「ん? まあ、あるけど」
荷台からもう一つの盃を取り出した。しかしそれはあくまでも人間サイズのものだ。巨竜が使って飲むとすれば、ほんの一滴ずつ舐めるようなことになってしまうだろう。
「よかろう。折角の美酒だ。道化を眺めて味わうのも悪くない」
突然、熱気が男の体を覆った。
閉じられた竜の口から火の粉が溢れていた。そこから漏れ出た熱気が周囲の空気を灼いていたのだ。
そして竜がその口を大きく開く。その中は火炎の海で満たされていた。
「え、ちょ、待て待て。まさか火の息? いやここでブレスしたら俺の体がバーニングよ?」
戯言をぬかす男に構わず竜が火を噴き――――煌々と輝く火炎の奔流が竜自身の巨体へと纏わりついた。
銀色の鱗を余さず覆うその熱気と光に、男は思わず顔を背け、しかしすぐに視線を戻した。見上げていた竜の姿はそこにない。男の視線が自然と下に降りていく。灼熱の火炎を切り裂くようにして歩み出る影があった。
――そこで見えた人型のシルエットに、男は息を吐くことを忘れた。
金色の瞳に心臓を射貫かれた。無意識のうちに唾をのみ、胸の高鳴りを感じて、うめき声が漏れ出る。そして、ようやく射貫かれたそれが錯覚だったと気づいた。
目に映ったものに意識を向ける。蠱惑的な存在感を放つ眼から目をそらせば、ようやくその全体像が認識できた。
おっぱいだ。
夢で見た、あるいは想像したおっぱいそのもの。
とにかく、大きい。巨大なおっぱいだ。
身にまとう純白のロングワンピースは、裾から伸びた褐色の素肌に漆のような艶めかしさを与えている。そのうえ、全体的な露出度は控えめにもかかわらず、その胸部に備わった巨峰を強調するように布が突っ張り、隠された山頂の神秘性を高めていた。
腰元には赤いリボンが引き絞られて巻かれ、背に蝶の羽を背負うように大きく結ばれていた。
整った顔立ちは少女然としたあどけないものに感じられる。しかし、金色の瞳を収める吊り上がった
纏った熱気が自らの銀糸の髪を乱すのを、たおやかな手がしっとりと抑えた。その動作に憂いのようなものすら感じられて、男の胸を焦がす。
再度全体像に目を向ければ、やはり、大きい。体躯はただの少女のものでありながら、その胸部はあまりにも破壊的で、圧迫されるようなことがあれば男の命など一瞬で果ててしまうだろう。
物理的な大きさだけで語るのは愚かだろうか。生物としての格が違うと、本能で感じ取っていた。ただただ、大きな存在感を放ち、気を抜けば自然と頭を垂れて身を打ち震わせることになるだろう。
これが、銀髪褐色巨乳美少女。
今この時、男の中では『乳神様』と崇め奉るべき存在となった。
下半身の火山活動はこの乳神様によって荒ぶっているため、一度数億匹もの白い生贄を出し、猛りを収めねばならないだろう。
「こんなでけえおっぱいを目の前にして、我慢しろってのは……不可能だろ? いや、今更予定を変えるわけにはいかねえ。どうせ俺にできるのはご奉公だけさ」
どうにか我に返った男がひっそりと呟く。下半身の熱を自覚しつつも、努めて前かがみにならないようにした。
そして拳を作って天に振りかぶり、胸の前で交差するように振り下ろして二往復させた。
「おっぱいおっぱい!」
「何の儀式じゃ、それは」
山頂広間に響く少女の声。
瑞々しい唇から発せられたその声は、意外にも鋭さがなかった。澄んだ聞き心地の良い声であり、竜であったときにも微かに感じた柔らかさをさらに女性らしく包み込んだものだった。
こつり、と少女が靴を鳴らす。生温い空気の中に冷えた水を与えられたように、男は思わず喉を鳴らした。揺れた、揺れる、揺れている。
……気が付けば、少女は男へと歩み寄り、目の前にたわわな果実を実らせていた。
否、目の前というほどに近くはないが、スケールが大きすぎてそう錯覚しただけだ。あるいは視界がそれを中心に吸い寄せられるため、視野狭窄に陥り、おっぱいでおっぱいだったのだ。
「とにかく騒がしいやつじゃの、道化よ……」
金色の瞳が男に向けられる。
今度は射貫かれることなく、男はにちゃりと気持ち悪く笑った。そうして頭一つ分以上低い少女を見下ろす。
「先ほどの動作は何の意味がある?」
「おっぱい……」
「……意味が分からぬ。頭がおかしいとは思ったが、ついに言葉が不自由になったのか、お主」
金の眼を細められ、ようやく男は人語を解した。
「いや、すまん。えーと、あれだ。おっぱ……じゃなくて、あんたはさっきの竜の……化身みたいな感じでいいのか?」
「化身ではなく竜そのものよ。言ったであろう、喰ろうたものの記憶や能力を継ぐ、と。その姿形をとるくらい容易いこと」
「つまり、元生贄の姿ってことか。こんな国宝級のモノを生贄に出してたなんて人類の喪失だろう……もったいない」
「何をわけのわからんことを言っておる。それより、飲むのじゃろう? さっさと酒を注がんか」
「おっと失敬」
男は素早く酒樽を開け、その中身を柄杓ですくう。それからもう片手に握った陶器の入れ物へと移し替えた。
少女が首をかしげる。銀の髪がさらりと宙を舞った。
「なんじゃ、その入れ物は?」
「
「む?」
頭上を越えるように投げられた盃に、少女は軽く飛び跳ねてキャッチする。
ぷるん、と世界が揺れた。
「どこに投げおる、下手くそめ」
「うはは。すまんすまん。ほれ、注いでやるから出しねえ」
お互いの盃に酒を満たし、荷車の覆いを地面に敷いて座り込んだ。少女がワンピーススカートを折り込んで女の子らしく座ったのがまた、男の琴線を爪先で刺激してくれる。
「んじゃまあ……竜神様との出会いに」
「美酒との出会いに」
乾杯、と盃が交わされ、一息に乾かされた。
少女は両手で支えるようにして盃を持ち、飲み干した後には、ほう、と微かな吐息を漏らした。
「うむ、やはり美味いの」
「お褒めに与り恐悦至極」
男は恭しく頭を下げつつ、横目でちらりと少女を見る。
少女の姿はどう見ても人間のものだ。肉付きの良い尻には尾が生えているわけでもなく、艶めいた褐色の肌のどこにも鱗は見当たらない。畏怖すら感じられた金の瞳は、色や存在感の大きさは変わらずとも、威圧よりも魅力を引き立たせる輝きに思えてならなかった。
「ところで、わざわざその姿になったのって、竜の姿だと一気に全部飲み干しちゃうから?」
「それもあるが、やはり人間の酒は人間の姿で飲むのが一番美味いからの」
「へえ。やっぱ竜の時とは味覚も変わるのか」
「まあの。ほれ、次じゃ」
両手で差し出された盃に徳利を傾けてやる。竜だった少女は今度はじっくり味わうように、少しだけ酒を含み、ゆっくりと喉を鳴らした。
見た目は酒を嗜む年齢に見えないが、非常に様になっていて、芳醇な酒の香りの中に色香が染み出すようだった。男は酒も含んでないというのに喉を鳴らした。
その様子を見て取ったか、少女が徳利を持ち上げて言う。
「何をしておる、お主も飲まんか。盃を出せ」
「おっと、わりいな」
美少女の酌に盃を持つ。
ある種、現実離れした状況に、ふと男は苦笑を漏らした。
悪竜への生贄となり、大荷物を抱えて山を登り、竜と対峙し、酒を飲ませて食われかけ、なぜか今こうして美少女を侍らせて酒を飲んでいる。現実離れというなら、男にとって最初からそうだった。
「万事塞翁が馬っつーけど、人生って本当に何が起こるかわかんねーもんだなあ」
「ふん、その性格じゃ。さぞかし、奇天烈な人生を送っておるのじゃろう」
「まあ愉快痛快爽快な人生ではあるな。俺の武勇伝、いくつか聞いてくかい?」
「酒の肴に道化を眺めると言った。好きに話すがよい」
「んじゃあまずは俺がこの世界に生まれる前の話だ――――」
「ほう、それはまた奇妙なこともあるもんじゃな――――」
「そこで俺はすかさず手を挙げてだな――――」
「その先は当ててやろう、お主ならこう言うたはずじゃ――――」
そうして適当に言葉を交わしながら、盃を傾け続ける。
男の弁舌は道化としては実に優れたものだった。飽きさせない内容に、大げさな身振り、声色に緩急をつけて、酒を進ませた。徳利が空になれば樽から補充し、樽がひとつ空になる度に新たな樽を開けた。
いつしか少女が愉快そうな笑い声さえ上げるようになったころ、彼女の褐色肌には薄く朱色が混じっていたが、意識はまったく明瞭のようだった。
対して男の方は、まだ明瞭ではあったが、これ以上は厳しいかもしれないと思った。話の合間にも積極的に少女に酒を注ぎ、また男自身も
「酒以上にキミに酔ってるんだよー、なんつって」
話が一段落したところで、男がぽつりと漏らした。
竜であるこの少女は、案外と聞き上手であり、会話を楽しむだけの心の余裕があった。また、あまりにもアホな男の戯言は除くとして、人間の諧謔を解するだけの知性も持っている。
そのうえ、銀髪褐色巨乳美少女である。
たとえその正体が竜であったとて、心が酔って、あるいは想いが寄ってしまっても無理はないといえた。
なにせ、銀髪褐色巨乳美少女である。
「うへへ」
「なんじゃ、急に笑って。気持ちの悪い」
「いやなに、こうして美少女と飲めるなんて幸せだねえ、と思ってさ」
「……さっきから時折不自然な視線を送ってくると思えば、お主、あれじゃな。発情しておるのか、この姿に」
「そんなもん――」
男は少女の肢体に目をやる。蠱惑的な流し目でこちらを睨む金色の眼。すらりと伸びた褐色の手足。純白のワンピースを押し上げる胸部。何度見ても、素晴らしいおっぱい。素晴らしい銀髪褐色巨乳美少女。
もう、いいだろうと。自分の命などもはや構うまいと。男は、思いの丈をぶちまけることにした。
「そんなもん興奮するに決まってんだろうがッ! おっぱい揉みたいわッ!!」
「………………」
返ってきたのは非常に白けた目だった。冷徹といっていい。男はさらに鼻息を荒くした。
「あいにくだが、竜に雌雄の別はないぞ」
「無問題だ。目の前に山がある。それが全てだ」
「この姿は人間の皮をかぶっているも同然。お主は皮に興奮するのか?」
「しますねえ!」
「…………」
黙り込む少女に、男はただ真剣に頼み込む。
「頼む。これから食われる人間を哀れと思うなら、おっぱいの一つや二つ揉ませちゃくれないか?」
「…………」
「…………」
「………………」
ふう、と少女がため息をつく。
流れが変わった。男の目が期待にぎらりと光る。
そして、とうとう、少女は言ったのだ。
「まあ、それくらいは良いじゃろう。好きにせい」
「はい喜んで!」
勝った。勝ったぞ、俺は。
竜の生贄に捧げられて。食べられそうになって。そして俺は、おっぱいを揉むんだ。
当初の目的なんて知らない。男は勝ち誇った。誰も見ていなくても、心の中で勝鬨を挙げた。世界に勝ち誇った。
「では、失礼いたします」
男は常になく真剣な表情をして、正座で少女に向き合った。
少女は泰然とした態度で座ったままだ。
男の手が伸びる。ゆっくりと、刺激しないように、興奮を楽しむように。
これから登る山には、桃源郷がある。
脱がすような無粋な真似はすまい。そのツンと張った布地の先に、桃源郷があるのだ。
ああ、指先がその頂点に触れる――――
「――待て」
少女の静止。今までにない鋭い声音に、男は手を止めざるを得なかった。登頂には指先一本分、届いていない。
「待て。待て待て。なにか、おかしいぞ……」
少女が背をそらす。桃源郷が遠ざかる。
そして両手で隠すようにして胸を押さえる。ふにょり、と桃源郷がその形を変えた。だがそれで隠しきれるほどに桃源郷は小さくなかった。
「おかしい。馬鹿な。誰の許可を得て我の体に触れようというのだ」
「触っていいって言いましたよね? 好きなだけ揉みしだいていいって言いましたよねえ?」
「そこまでは言っとらん。いや待て、言った。言ったか……?」
金色の眼を瞬かせ、混乱を顕わにする少女。何かおかしい、と反芻するように呟く。
男としては鼻白む思いだ。
もう少しで桃源郷だった。悠然と聳えるその頂にあと一歩で触れられたのに、どうして今更
だが、と考え直す。
それはそれでいい。そうだ。この少女には足りないものがあった。それを思い出させてやらなければならない。
「恥ずかしいのか」
その声に、唸っていた少女が顔を上げた。その両腕はいまだに胸を押さえたままだ。
「な、なに?」
「恥ずかしいんだろう、胸を、おっぱいを触られるのが」
「恥ずかしい? 馬鹿な、我が恥などと。そう、そうだ、これは、誇りの問題だ。我の体を人間に触れさせるなど……」
「女性はおっぱいを触られるのを恥ずかしがる。当然のことだ」
「……我に雌雄などないと言ったであろう」
「そう、元々はそうだったんだろうけどな」
男はここから滔々と語る。道化らしく大げさな身振りを加えて滑稽に、あるいは教師が難問の解説をするように自信満々に。
「生贄は、ほとんどが乙女って言ってたよな? あんたは多くの女性をその身に取り込んだわけだ。で、あんたは取り込んだ人間の記憶や能力を引き継ぐ能力を持っている。ということは」
「なんじゃ?」
「取り込んだ乙女たちの記憶が、あんたが能動的に引き出す記憶を超えて、あんたの人格そのものに大きく影響を与えたんだ。あんた自身が、自然と女性的な思考や感情を抱いてしまうほどにな」
「わ、我が人間に影響を受けたというのか!?」
「そもそもなぜ、人化する時にその少女の姿をとった? 特に何も考えていなかったんじゃないか? にもかかわらず無意識のうちに女性の姿をとってしまった……。つまりは」
「つ、つまり……?」
ごくり、と少女の喉が唾を飲み込んだ。そこから先の言葉に想像を巡らせてしまったのだろう。竜の時には凶悪な獣性の象徴のようだった金色の瞳も、今やすっかり動揺に揺れていた。
心当たりは、きっとあったのだ。それを今、男に明確に形にされようとしていた。
そんな少女の心境など知ったことかと、男はついに指を突き付けて言葉を放った。
「すでにお前は女! メス! 染色体XX!!」
「やめよ! 我は、竜だ! 女ではない!」
その声からは震えすら感じられた。
「女じゃないというなら、おっぱい揉まれるくらいどうってことないだろ?」
「そ、それはじゃな……」
「ほら、手をどけて。お兄さんにそのおっぱいを見せなさい」
「いやじゃ! さっきからおっぱいおっぱい言うでないわ!」
「ああもう、かわいいなあ畜生!」
やはり、恥じらいこそ最高のエッセンスだ!
ついに少女は耳すら赤く染めて、座り込んだままに後ずさった。細い両腕で胸をさらに強くかき抱き、ぎゅむう、と桃源郷が苦しそうにはみ出た。
その恥じらう姿は、もはやただの少女のものにしか見えなかった。
そして少女が離れようとする分だけゆっくりと近づく男の姿は、変質者にしか見えなかった。はあはあと息を荒げる様子は、控えめに言って非常に気持ち悪かった。
「何度も言うが、我、竜ぞ! この姿は仮のものにすぎんのだ! 人間は人間に発情しておけ!」
「何度も言うが、竜だろうと知ったことか! こちとら竜どころか非生物すら擬人化して欲情する国の出身じゃい!」
「へ、変態じゃ! 変態の国じゃ!」
HENTAIの国、その名はJAPAN。
風評被害である。
「うるせえ! 車と竜が擬人化すらせずにそのまま合体してる国よりマシじゃい!」
「車ァ!? いつの間にか人間の国々はそこまで堕ちたのか!?」
ISHUKANの国、その名はAMERICA。
盛大な風評被害である。
「俺は生贄として命を差し出すんだぞ!? 命がけなんだ、おっぱいを好きにするぐらいはいいだろう!」
「良くないわ! 言っておることが滅茶苦茶じゃ!」
「くっ、恩の先売りはやはり無理があるか……」
男の勢いが衰える。その隙に少女は距離を取ることに成功した。
今のうちに竜の姿となって、飛んで逃げるなり男を食うなりすればいい――
このとき彼女の頭には、そんな考えは欠片も浮かばなかった。
男は考えがまとまったか、顔を上げて少女の目を見る。射すくめられたように少女の動きが止まった。
「仕方がない。そこまで拒絶するなら、こちらも妥協しよう……」
「我がわがままを言っているようなことを言うでない! おかしいのはお主じゃからな!?」
「よし、ならばこうしよう。樽一つにつき、おっぱい揉み一回だ」
「はあ? 樽?」
男が自ら運んできた大きな荷車を指さす。そこに満載されていた酒樽は、もうほとんどが空っぽになっている。
「酒を、飲んだだろ? たらふく飲んだ。俺が失敗を繰り返しながら製法を編み出し、方々駆けずり回って材料を集め、時間をかけて醸造し、苦労して険しい山を登って持ってきた酒だ。……さぞ、美味かっただろう? 今まで飲んだこともなかったくらいに」
「……うむ、美酒であったことは認めよう」
少女は思う。確かに、美味かった。
雑味が全くなく、口当たりはまろやか。酒精が強いのに、喉をすっと通っていって、次の一口を要求してくる。肴がなくとも、鼻に抜ける芳醇な香りだけでいくらでも楽しめた。
自らが飲んだことがないのはもちろん、今まで喰らった人間たちの記憶を漁っても、これほどの美酒は全くなかった。
なにせ、竜自身が『三百年の噴火を抑えるだけの価値がある』と口に出したほどなのだ。あれぞ
対して男は、その言葉で十分だと、にやりと笑う。
「その酒を……一体、樽いくつ飲んだ? 売りさばけば、一体どれだけの財産を築けただろうなあ?」
「なっ、待て、それは、献上品としてお主が勝手に持ってきたんじゃろう!?」
「タダでやるとは一言も言ってないべ」
確かに言っていない。言ってないが、これは強引な押し売りのようなものだ。実に悪質である。
「そんな戯言が……」
少女の言葉が止まる。
見れば、男が奇妙な姿勢をしていた。
両膝を揃えて地に跪き、両手も地につけ、さらにそのままの姿勢で頭を垂れる。自然、額までをも地につけた格好となる。
これは男の故郷に伝わる最上級の謝罪、あるいは請願の姿勢。
その名もDOGEZAである。
「樽一つにつき、ぱい揉み一回でいいんだ! 頼む!」
それがどうした。そんな無様な格好をしたところで、我が気を許すはずがない。
少女はそう言おうとした。だが同時に、心の中で男に身体を許すべきだと訴えかける何かがいた。
思考と感情があまりにもちぐはぐで、身体は感情に――男の要求に従おうとしている。
胸を押さえていた手を下ろし、男の傍に歩み寄って、頭を下げ続ける男の目の前に胸を突き出し……
自分の行動が理解できなかった。まるで、男に自らの身体を差し出しているような体勢だった。
慌てて飛び退こうとして、足が動かないことに気付く。
「な……なんじゃ? 何が起こっておる!?」
「ふふふ」
不気味な笑い声とともに男が頭を上げた。
「残念だったな! すでにお前は俺の術中に嵌まってるのさ」
簡単な話だ。
竜が『喰った人間の記憶や能力を引き継ぐ』という特異技能を持っているように、この道化の男にも特異技能があるのである。それは竜が推測した酒を造る能力などではない。
『恩を売った相手が対価を
つまり少女は、『男が苦労して作って運んだ美味い酒をたくさん飲んだ』という恩に報いようとしているのだ。
精神に作用するその能力は、本来は強制的な力を持つわけではない。とはいえ、タネを知った上で『相手に恩など感じていない』と意識しなければ対策は難しく、完全に嵌まれば催眠にも似た状態になる。
まさに、今のこの少女がその状態だった。
少女は、竜である。人間とは比べ物にならない寿命を持ち、右に並ぶ存在などいない強大な力を持つ竜だ。困惑という感情など、喰らった人間の記憶の中にしかなく、自らが感じたことなどないはずだった。
だが、もはやここにいるのは、ただ一人の少女なのかもしれない。男の言うように、竜だった存在は、少女の心に染まってしまったのかもしれなかった。
それでも、最後の矜持として、恐怖だけは抱かない。
その困惑と羞恥を、殺意を持って塗りつぶさんと、男に叩きつけた。
「どんな手品か知らんが、殺す! それ以上近寄れば殺す!」
「近づいてきたのそっちじゃーん? っと、土下座はもういいか、よっこいせっと」
男は立ち上がった。
そうすると、背丈は低い少女である。顔を睨みつけるには首を曲げて見上げるか、目だけを上に向けるか。相手を見上げるというのはプライド的に抵抗があったため、彼女が選んだのは後者だった。
つまるところそれは上目遣いというものであり、その姿がまた、男の情欲を誘う。
「うぇへへ。覚悟の準備はよろしいですか?」
「死ね! 今すぐ死ぬがよい、この変態!」
かたや、羞恥と怒りに頬を染め。涙目一歩手前の銀髪褐色巨乳美少女。
かたや、期待とナニカを膨らませ。手をわきわきと不気味に蠢かせる男。
事案発生。問答無用で現行犯逮捕である。
だが悲しいかな、ここに警察も衛兵もいなかった。
焦らすように、男の手が少女の胸元へとゆっくり近づいていく。
「いやああぁぁ! なぜ拒絶できぬ!? やめっ、近づくでないわ! ……あ、あああぁぁぁ!!」
そして、ついに。
男の手が、桃源郷への到達を果たした。
ふにょり。否、ずぷり、と。
まずは両手で大きく鷲掴み。男の無骨な指先が、埋まった。
下着はつけていないらしい。ワンピースの生地も厚くはないとはいえ、この柔らかさは尋常ではない。それでいて、一定以上指を埋めると、しっかりと弾力を持って跳ね返してくる。
次に男は、素早く少女の後ろに回り込み、背中側から密着。少女の腰のあたりから手を伸ばし、桃源郷をすくいあげるように下から包み込んだ。
重い、ずっしりと質量を感じさせるそれに男は感動に打ち震えた。
柔らかさ、張り、重さ。どれをとっても一級、否、それ以上だ。
「これが……ドラゴン級っぱい……!」
「下らん事言ってないで離せ……んぁっ」
文句を言った唇から漏れる微かな声。男が桃源郷をすくいあげたまま少し指をずらして、桃源郷の頂点を弾いたのだ。
抑えきれず不意に出たその声にたまらず、男はそこを中心に攻め立てる。酒樽一つにつきひと揉み、と揉む回数は制限されているが、指を動かすだけならきっと揉む判定にはならないはずだと判断。もっと愛らしい声を聞きたいとばかりに、指を動かした。
「や、やめっ……」
背後から抱きすくめる形で密着しているので、少女の顔はすぐそばだ。瑞々しい褐色の中に紅潮した頬が目に入る。それは怒りか、羞恥か、あるいは別の興奮によるものか。桃源郷の頂点はすでに、その存在を主張するようにワンピースに形をつけていた。
少女は抵抗なく、息を荒げた。それを見た男はとどめとばかりに大きく揉みしだくと同時、指先をつよくこすった。
「――――っ!!」
少女の声なき声。そのすぐ後に力が抜けて崩れ落ちそうになるのを、後ろに体重をかけさせるように引き寄せて抱きとめる。手の位置はもちろん、桃源郷へとセットされたままだった。
「な、なん……? 何を、したのじゃ……」
初めての感覚に混乱している少女をじっくり鑑賞しつつ、密着体勢でのぬくもりと手のひらからの感触を堪能する。その体温が高いのは、炎を操る竜だからというわけではないだろう。
「竜神ちゃんはかわいいなあ」
「誰が竜神ちゃんだ……」
その言葉も弱弱しい。褐色肌に伝う汗に舌を這わせたい衝動にかられつつも、それは契約外のことだと自重する。
こうして脱力しているうちに楽しみきるか、と男は手に力を籠める。
手の動きに合わせて自在に、と言えるくらいに形を変えていくそれに、触覚はもちろんのこと視覚的にも幸せな気持ちになれる。その上で、体温、甘い声、香る汗と五感のほとんどで少女を感じて、男の脳内はすでに痺れきっている。
五回、六回七回八回と、揉みしだく。もう夢中だった。まさに夢の中にいるかのように、ただこの幸せな感触を味わいたい、その一心だった。
あと何回、揉めるだろうか。
ああ、叶うならば、時間を巻き戻したい。何度も巻き戻して、永遠にその時間を繰り返すのだ。あるいは、それ以外のことを要求すべきか。いや、だがしかし、これ以上の至福が、この世界にあっていいのだろうか? 幸せというものを具現化したこの桃源郷以上のものがあっていいはずがない。
男は今、この世の真理のひとつに到達したのだ。
――――――――…………
「済んだのなら離れよ、戯け者め……っ!」
「あ……?」
男が、はっ、と気を取り戻す。既にその手は空を切っていた。寒々しい感触に、ああ、終わったのか。そう悟った。
そして、自分の命運も間もなく終わるのだとも。
魔法の時間は終わったのだ。酒の代価はすべて支払われ、手札の尽きた男にできることは何もない。
体を離した少女は既に脱力状態から立ち直り、男を見据えていた。
その金色の瞳が爛々と輝く。男が瞬きした瞬間には、少女の細い右腕が肘の先から太くなり、銀色の美しい鱗が生えていた。手は広げずとも男の顔より大きく、また鋭く堅い爪が生えそろっていた。
「幸せな時は一瞬で過ぎ去るなあ……」
「我は怒りに打ち震えて、永遠の時のように感じたがな」
羞恥と怒りと何かに紅潮させた頬を歪ませ、竜の少女はその異形と化した腕を掲げる。
「このような辱めを受けるとはな……。ふふふ、どう殺してくれようか」
「どうせなら、美少女の腕の中で死にたいなあ」
男は身近にある死を感じながら、やはり飄々と言った。
「ならばそうしてやろう」
先ほどとは逆に、少女の方から男を抱き寄せる。男も身じろぎなくそれを受け入れた。
そして、少女は竜と化した腕を突き出した。躊躇いも、惜しむ様子も、情のある仕草もなかった。あるいはそれこそが、躊躇いを振り払うためだったのかもしれない。
あまりにもあっけなく、男の胸の中心を腕が貫いていた。
痛みは感じなかった。ただ、体のうちから熱が噴き上がっているようだった。
貫かれた胸から火の粉が溢れだす。煌々と輝き、体の末端まで広がっていく。きっとそれは男の魂を喰らうものだ。
火の粉に巻かれ、体が消えゆく中、男はすぐそばにいる竜の少女へと視線を向けた。綺麗な金色の瞳に、自身の間抜けな顔だけが映っていた。
道化は道化らしく。男はおどけた表情を作って言った。
「楽しかったぜ、竜神ちゃん……」
実に満足気な様子で――――最後の灯が消えた。
道化のいなくなったその空間には、火口からの蒸気にあてられて生温く湿った空気が澱んでいた。
少女は、男を貫き喰らったその腕を力なく垂らし、ポツリと呟いた。
「とんでもない人間がいたものじゃ……」
腕の竜化を解く。褐色の瑞々しい肌がそこにはあった。
小娘の頼りない細腕をなんとなしに眺めて、ふと、竜の少女は思った。
どうしてあんなに人間と会話を交わしたのか?
別に問答無用で喰っても良かった。酒だけ奪って踏みつぶしてもよかった。ちっぽけで非力な人間の言うことに耳を貸す必要などない。
しかし、竜は彼と対話することを選んだ。
それもあの男の能力だったのか。
あるいは、もしかしたら、ただ寂しかったのかもしれない。
道化の男の言う通り、喰らった人間の人格に影響を受けているのだとしたら。せいぜい数十年に一度しか人間と会うことのない、会ったとてただの生贄でしかないのだから、さぞ寂しい思いを抱えていたのだ。
そして、無限にも思える時間を生きる自分はきっとこれからも寂しい思いを抱き続けることになるのだ。
そんな、竜らしくもないことを考える。感傷的、というのはこういう気分なのだろう。
それにしたって、人間相手にあんなに心を乱したのは、いつぶりだろうか。否、間違いなく初めてだろう。
酒は美味かったし、男の話は滑稽で楽しめた。おっぱい揉ませろとか言わなければいい思い出だけで済んだかもしれないというのに、本当に馬鹿げた男だった。
竜だった少女は口元の歪みを誤魔化すこともなく、その気持ちを口にした。
「我も……存外に楽しかったぞ、道化よ……」
『それは恐悦至極』
「…………?」
空耳がした。周囲を見回すが、当然、誰もいない。視界にはだだっ広く平坦な地形が広がっていて、聞こえてくるのは溶岩のたぎるかすかな音が火口からするのみである。
騒がしい奴が急にいなくなって、耳鳴りでもしたのだろう――――
『うわあ……竜神様の中、すごくあったかいナリぃ』
「…………は?」
声が、頭の中に響く。
竜は慌てて自身の内に意識を向けた。
食った人間の記憶や能力を受け継ぐという竜の能力。過去に食った様々な人間たち、その記憶群に、今しがた食った男の記憶も含まれているはずだった。
――――なかった。
男の記憶を探しても、どこにもなかった。
代わりに、一人の男が、喰ったときそのままの姿で立っていることに気づいた。
『おっす、竜神ちゃん。元気ぃ?』
男が手を挙げて挨拶してくる。自分の、頭の中で。
竜は叫んだ。
「なんっで! お主ッ、そのままの人格が残っとるんじゃああ!?」
残るのはあくまでも、その記憶と能力だけ。人格や思念が残るはずはないのに。
頭の中に、はっきりと、男の姿と人格がある。
男はいつものように、ふざけたにやけ顔で言った。
『愛のなせる業、かな』
「ふざけるな! 我の中から出ていけ!」
『そう言われても……俺にもどうしていいかわかんないですしお寿司』
「ならば追い出してやる!」
『どうやって?』
「………………」
わからない。こんな経験、今までになかったし、頭の中に住む人格を消し去るというピンポイントな能力も持ち合わせていなかった。
と、いうことは。
嫌な予感が少女の頭の中を支配する。
仮に寂しいという感情を認めたとしても、いくらなんでも、それは、ないだろう?
「や、やめよ……嘘じゃ……こんなの嘘じゃ……」
頬が引き攣る少女に、意識の中の男が、ぽん、と肩をたたいてきた。
そして少女のそれとは対照的に、満面の笑みで、こう言った。
『不束者ですが、これから末永くよろしくお願いしますね、竜神ちゃん』
「い、いやじゃああああああぁぁぁぁぁ!!」
竜少女の受難はこれからも続く――――
末永く、永遠に近い時間を二人で。
悪竜の生贄にされたので酒盛りで騙し討ちしようとしたら銀髪褐色巨乳美少女に変身したので土下座しておっぱい揉ませてもらうことにした ら竜の頭の中に住むことになった話 ~完~
( ゚∀゚)o彡゜おっぱい!おっぱい!
男の特異技能〈御恩と奉公〉
相手に施した行動や物品に応じて、相手はその分の恩恵を男に『返したくなる』。逆に、相手から恩を受けた場合はこちらから何かを『返したくなる』という能力。
あくまでも無意識下に『恩返ししたい』と働きかける能力であり、本来は強制力はない。『相手に対して恩を感じていない』という強い意志を持っていれば無効化できる。
とはいえ、タネを知って意識しなければ対策は難しく、完全に嵌まれば催眠にも似た状態になる。相手に無理やりにでも恩を売って、口八丁でより恩返しさせる気にさせて、交渉を有利に進めるのが彼の常套手段。
今回は極上の酒を献上し、竜が男に対して恩があると思わせることに成功。竜がおっぱいを拒絶しようと思っても、恩があると思っていることは事実のため、何らかの形で報いなければならなかった。別に無理におっぱいで報いることにこだわる必要はないので、実は『酒の代わりにお前の命を見逃してやる』などと言えばそれで呪縛は解けたのだが……場の空気に流されると男の独壇場となる。
ちなみに元々の男の狙いとしては、火山の噴火を止めてもらいつつ自らの助命を嘆願するつもりだった。さらに歓待することであわよくば竜退治すら目論んでいた。が、下半身の欲棒に負けておっぱいを願った。アホである。
ついでに言うとこの男が生贄となった経緯は、当初選ばれた生贄の娘(そこそこ巨乳)の身代わりに自らが名乗り出たこと。それによって生贄の娘に対して能力が発動し、代わりに求めた恩返しはもちろん、おっぱい。クズである。
竜の特異技能〈餓竜転生〉
喰らった相手の姿・記憶・能力などを吸収し、自在に扱えるようになる能力。銀髪褐色巨乳美少女ちゃんは前回(百年前)の生贄の姿。
男を食べてしまったことにより、両者の能力が同時に発動。『酒造知識という価値ある自らの体を差し出した』という命がけの最大級の奉公に対し、『竜の能力により男の人格をそのまま竜の中に残す』という恩で報いることになった。愉快な道化がいなくなることを僅かとはいえ惜しんだため、存在を残すことになってしまったのである。
脳内で共生することになった二人はこの後、お互いに恩を預け報い合い続けるという永久機関的な関係が生まれ、その永遠に近い生涯を共にしたとかしなかったとか。