魔女と弟子の世界周遊記   作:アンドララベリャ

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第十話

目の前の少年がカールと知って、古場が驚いたと同時。カールの頭がゴンッと床に落ちた。

 

「なっ!? カールさん大丈夫ですか!」

 

古場は慌ててカールを抱きかかえる。

額にそっと手を当てると、異常な熱が伝わってきた。

 

「ひどい熱だ………………。」

 

よく見ると、カールの全身は泥まみれで、びしょぬれだった。

 

(そういえば、カールさんの足を払ってしまった時もやけに感触が軽かった…………。)

 

どうやら、カールはひどく衰弱しているらしかった。

 

(っ! 『沐浴の呪文』を………!)

 

古場は何度も魔法を重ね掛けした。

カールの全身を穏やかな緑の光が何度も覆う。

 

そうして、カールの全身の服から泥を拭い去り、ほのかな温もりをもつよう乾かした後、古場はそっとカールをベットの上に横たえた。

上から掛布団をかける。

未だ、カールは苦しげな表情を浮かべていた。

 

古場はバックパックの中から編みかけのセーターをひったくるように取り出すと、ベットの横に寄り添った。

カールの手をゆっくりと握りしめ、『肩代わりの呪文』を唱える。

古場の手の中のセーターは色褪せ、綻び、消え去っていく。

それに代わって、カールの顔はだんだん安らいでいく。

 

暫くすると、カールはかつて古場が出会った通りの年相応の気力を取り戻していた。

先程までの今にも死にそうだった様子が嘘のようだ。

穏やかな寝息が聞こえてくる。

 

その様子を見て、古場は胸をなでおろした。

顔見知りがいきなり倒れるなんて心臓に悪すぎる。

安心した、穏やかな表情で古場はベットに腰かけた。

そのままカールの顔を覗き込む。

 

どうしてカールはこれほどまでに弱っていたのだろうか。

古場は三週間前のあの老婆を思い出さざるを得なかった。

カールは恐らくあの後、その関連で何か危険な目にあったに違いない。

それで、自分ではどうしようもなくなって古場の元にまで助けを求めに来たのではあるまいか。

もしそうだとしたならば、自分はなんと面倒なことに巻き込まれたのだろう。

古場は一人ちょっぴり嘆いた。

 

とても気持ちよさげに寝ているカールはこちらの眠気も誘ってきた。

風雨が暴れ狂う外とは対照的に、室内はろうそくの穏やかなオレンジの光で満たされ、ゆったりとした時間が過ぎていた。

 

大きなあくびを一つする。

カールにベットを占領された今、自分はどこで寝ようか。

そう古場は自問したが、選択肢は一つしかなかった。

この部屋に寝床は一つだけである。

 

無論、この世界に来る前なら躊躇などかけらもしなかったであろう。

男同士で同衾するなど、日常茶飯事とまではいわないが、何ら問題ではなかった。

しかし、体が女性となった今はどうだろう。

少年と寝床を共にするのは、そうではないのにどこかインモラルな感じがしてしまう。

何だか気恥ずかしい気分になりながらも、仕方ないと古場は諦めた。

 

顔を赤らめつつも覚悟を決めて、いそいそとベットに潜り込もうとしたとき。

 

古場の顔が険しくなった。

そのまま上を見上げる。

 

何らかの悪意を持った者が屋根の上にいる。

そう、この世界に来てから身に備わった直感が主張していた。

 

床に無造作に放り投げられていた槍を手に取る。

ろうそくの明かりを消す。

 

カールを起こさないよう気をつけながら、暗闇の室内の中で窓の木戸を静かに開ける。

外は依然として嵐だ。

勢いよく雨が吹き込んでくる。

古場は窓枠に足をかけ、身を乗り出して屋根のへりに手を伸ばすと、曲芸師のように軽やかに屋根の上に飛び乗った。

 

古場がもう片方の手で支えていた木戸は勢い良く閉じる。

 

部屋の中は、静かな暗闇で満たされた。

 

 

 

 

 

 

 

トンッ。

 

軽やかな音を立てて、古場は屋根に着地する。

大雨の中、雨水は屋根の上を河川のように流れていっている。

そうでなくても、屋根の傾斜は激しいのに、古場は黒い瓦の上を難なく駆けていく。

屋根の頂点にたどり着いた古場は、立ち止まると辺りの屋根の上を見渡した。

 

向かいの商店の上に、灰色のローブをまとった一団がこちらの様子を窺うように、ただずぶぬれになって佇んでいた。

彼らを見下ろしながら、古場は口を開いた。

 

「何用ですか。」

 

自分でも驚くほど険しい声を発した。

ローブの集団は何も答えない。

ただ、フードの奥から、淀み、奇妙な光を帯びた目を向けてくるだけだ。

 

腕を真横に伸ばし、槍を回す。

 

「もし、何の正当な根拠もなくこちらに危害を加えようというのならば、」

 

槍をパシッと両手で握り、体の前に持ってくる。

 

「容赦はしません。直ちにここから去りなさい。」

 

いまだ、灰色のローブは反応を示さなかった。

 

古場は自分の感情が抜けていくのを感じた。

 

まただ。

自分が自分でなくなるこの感覚。

 

できれば、このような状態に陥ることは避けたかった。

徐々に、自分の中が何かに侵食されている気分がするからだ。

しかし、そうも言ってられない。

今、相手は確実にどんな動機であれこちらに殺意を抱いているのだから。

 

絶対に、こちらからは手を出さないことにする。

相手から攻撃されない限りは相手にしない。

それが古場の定めたルールだった。

 

「最終通告です。ここから去れ。」

 

自身の心の芯が冷たくなっていく。

声にも、こころなしか威圧を伴った冷たさがあった。

 

はじかれたようにローブの一団が動き出す。

懐から杖を取り出すと、多彩な魔法を放ってきた。

 

紫の気味の悪い炎。

黄緑の毒々しい液体。

血のようにどす黒い赤の光線。

 

彼らは、この工房の向かいの商店の屋根にいる。

そして、古場との間には大通りがあった。

 

それを飛び越えるのは無理だと考えたのだろうか、ローブの一団は魔法の打ち合いに持ち込もうとしていた。

 

古場も動く。

あちらから手を出してきたなら、躊躇する必要はない。

 

頭上に手をやり、まばゆい白色の光を放つ槍を作り出す。

そして、自身に向かってくる無数の魔法に向けて放った。

 

例外なく、ローブの集団が放った魔法は撃ち抜かれ、かき消された。

 

残った魔法の槍をローブの一団に差し向ける。

 

あともう少しで着弾するというときになって、古場の心に一抹の違和感がよぎる。

 

(あのローブどこかで見たような……………! カールさんだ! カールさんと同じローブだ!)

 

このボードウィングにおいて、灰色のローブを着る者は魔法学院の生徒だ。

つまり、カールの仲間になる。

そんな彼らがカールを攻撃するというのは一体………………。

 

思えば、彼らの様子はおかしい。

自身の魔法が打ち破られ、命の危険が迫っているというのに、一切の感情の乱れを表に出さない。

彼らは、カールと同じくまだ年端もいかない少年少女のはずだ。

そこまで冷静沈着、無頓着でいられるだろうか。

 

 

 

 

 

 

もしかして、操られていたり………………。

 

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

槍の軌道を無理やりに逸らす。

古場の放った魔法はローブの集団とは見当違いの方向にすっ飛んでいった。

 

彼らはそれを一切気にかけない。

また一糸乱れず全員杖を構え、呪文を唱え始める。

 

(やっぱり様子がおかしい……。ふつう取り乱したり、安心したり、反応が返ってくるはずなのに。)

 

面倒だ。

古場は一人ごちた。

 

もし彼らが操られているのだとしたら、そんな彼らに一生にわたって残るような重傷を負わせたり、ましてやその命をうばうなんてことは言語道断だ。

それは、自身の倫理観が揺らぎつつある古場にとって、なおさら絶対に犯してはならない禁忌である。

 

(かといって手加減するといってもこの人数相手なら一苦労だぞ………………。)

 

無論、相手はこちらの事情などお構いなしだ。

彼らは本気で古場を殺しに来ているのだから。

 

また魔法が放たれる。

再び古場は魔法の槍を作り出した。

 

(このままじゃ千日手も同然だ、くそっ!)

 

 

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