スーパーファイトの開始が宣言され、会場は一気に盛り上がる。
そんな中、サイタマと妙に仲良くなったニガムシは、壁に向かって顔を向け、何度も深呼吸を繰り返していた。
「フー…フー…深呼吸…深呼吸…。俺は大丈夫…俺なら大丈夫…きっと大丈夫…」
「おいオッサン。そんな所で何やってんだ? 緊張してんの?」
「オッサン言うな!! 自分が老け顔なの気にしてんだから!!」
「してるんだ…」
サイタマ、ちょとだけニガムシが可哀そうになる。
「つーかな! こう見えても俺の歳はチャランコと同じ二十歳なんだよ!!」
「え? マジ?」
てっきり、最低でも20代後半、もしかしたら余裕で30代だと思っていたニガムシが、まさかの年下だったことに本気で驚きが隠せなかった。
「…まぁ…その…なんだ。頑張れ。いつかきっといいことがあるよ」
「適当な慰めは止めろ!! その方が逆に傷つくわ!!」
顔に似合わず心が繊細なニガムシに困惑する。
こんな時にパチュリーがいればと、思わず思ってしまった。
そんな風に二人で話していると、いきなり誰かが割り込んできた。
「おい、お前!」
「「ん?」」
やって来たのはザッコス。
大会最多出場の選手であるが、同時に未だに一度も一回戦を突破出来ていない選手でもある。
「聞いたことが無い流派を名乗っていたが…さては素人だな? そうだろ?」
「え? あー…」
このテの輩には今までに何度も絡まれてきた。
主に一緒にいるパチュリー目的で。
「余り武術を舐めるなよ。今すぐに辞退しろ。さもなくば…」
「さもなくば? なんだよ?」
「容赦なく叩き潰すぞ」
睨みを利かせた一言だが、そんなのはサイタマにとって微風にすらならない。
寧ろ、普通にボケる始末。
「言われてるぞ?」
「どう考えても、お前に向かって言ってるだろ!?」
「え? そうなの?」
相手にすらされないザッコスだったが、まだサイタマの事を格下と思っているのか、その態度は全く崩れない。
「そもそも、帯の結び方だって滅茶苦茶じゃないか。ヒーロー協会所属らしいが、お前のようなヒーローなど聞いたことが無い。精々がC級下位とかなんだろう」
確かに、少し前までC級下位ではあったが、今では立派なB級ヒーローだ。
しかも、もう既にA級昇格へのチケットを入手しているに等しい状態。
だが、それをここで言っても火に油を注ぐだけだと思ったサイタマは、敢えて何も言わずに黙っていることに。
「いいか? ここはな…お前みたいなド素人が遊び出来ていいような場所じゃないんだよ」
「って、確かに帯の結び方が適当だ!? はぁ…仕方のない奴め…」
「お。悪いな」
溜息を吐きながらも、ちゃんと帯を結び直してくれるニガムシ。
彼の人柄の良さが垣間見える瞬間だった。
「このスーパーファイトは異種格闘技大会の頂点に君臨する偉大な大会だ。その出場資格となるチケットは大会委員会がその実力を認める程の名のある団体や個人にのみ配布される物。お前はどこぞの誰かの代理として出場しているらしいが…その実力は怪しいもんだな」
「お…おい貴様! さっきから黙って聞いてれば言いたい放題…! 幾ら何でも、言っていいことと悪いことが…!」
「別にいいよ。俺は気にしてないから。ありがとな。俺の為に怒ってくれて」
「サイタマ…」
ついさっき出会ったばかりとはいえ、それでも嘗ての兄弟弟子であったガロウの暴走を本気で止めようとしてくれているサイタマに対する罵倒の数々に、ニガムシは思わず本気でキレそうになる。
もしサイタマが静止してくれなかったら、この場で殴りかかっていたかもしれない。
「そういや、そっちのお前…ニガムシとか言ったか」
「今度は俺か…なんだ」
「お前を見ていて思い出したよ。確か、流水岩砕拳の創始者であるバングは、今大会の特別審査団の主審になる予定だったのを直前になってドタキャンしたらしいじゃないか。割と普通に問題になってるみたいだぞ」
「な…なに!? バング先生が!? そうだったのか…」
場合によっては、この場でバングと鉢合わせになっていた可能性もあったかと思うと、途端に背筋が伸びてしまうニガムシ。
それだけ、バングと言う存在は彼の中で大きい存在なのだろう。
「武術界の至宝とか、最高峰とか呼ばれていた男も、老いにだけは勝てなかったってことか。クックックッ…」
「なんだと…!?」
「しかも、今は道場も武術大会も放置してヒーロー活動にご執心らしいじゃないか。ご立派なもんだ」
「くっそ~…! い…言わせておけばぁ~…!」
更に調子に乗り出したザッコスに、流石に堪忍袋の緒が切れそうになるが、そこでもまたサイタマが彼を止めてくれた。
「別にいいじゃねぇか。何も知らない奴には好きなだけ言わせておけば」
「な…何!?」
「俺は過去に何回か、あの爺さんと一緒に戦ったことがある。だから知ってる。あの爺さんは強いよ。本当に…滅茶苦茶に強い」
サイタマの脳裏に焼き付いた鮮烈なる光景。
見た目は、どこにでもいる普通の老人。
だが、その実態は並の怪人程度ならば万の束であっても簡単に一蹴出来る程の、化け物級の最強超人。
「今思えば…あの時が初めてだったな。全身の産毛が逆立つような…そんな感覚を覚えたのは」
「サ…サイタマ…お前…そんなにもバング先生の事を慕って…!」
今までの屈辱なんて一発で吹き飛ぶほどの感動。
思わずサイタマの事を抱きしめそうになったが、流石にそれは色んな意味でアウトなので止めておいたニガムシだった。
「それにさ、ここには口喧嘩をしに来たワケじゃない。叩き潰してくれるって言うんなら、今からそれを楽しみにしておくぜ」
「良い度胸だ…! ならば遠慮なく…」
「つっても、あんまし強くなさそうだけど」
「ちょ…! そう言うのは例え思ってても口には出さないのがお約束だぞ!?」
「なっ!?」
と言いつつも、心の中じゃ『もっと言ってやれ!』と思っていたりする。
「フッ…フフフ…! 今から試合が楽しみだぜ…! 文字通り、お前の事をボッコボコにしてやる…!」
「そか。んじゃ、また後でな」
それだけを言い残し、サイタマはどこかへと去っていった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
一方その頃。
街中にてバングは、実の兄であり超一流の武道家でもあるボンブと一緒にガロウの捜索を続けていた。
「おいバング。本当にA級ヒーロー達を見張っていればガロウが出現するのか?」
未だにこれといった手掛かりは掴めていない。
最後の足取りは、ガロウがタンクトップマスター達と戦った時だ。
「もしかして、また例の武術大会にでも出場しているんじゃ…って、おいバング。聞いとるのか?」
返事が無い事を怪訝に思ったボンブは、思わず振り返る。
すると、バングは自分のスマホで誰かと話しをしていた。
「そうか…あぁ…分かった。すまんの…では、また」
通話を切ってから大きな溜息。
「どうした? 誰と話してたんだ?」
「ヒーロー協会じゃ」
「ヒーロー協会? 何か新しい情報が?」
「いや…そうじゃない」
昼飯のおにぎりを食べながら、思わず頭を押さえるバング。
「どうやら、パチュリーちゃんやサイタマ君達も本格的にガロウ対策に乗り出し始めたと言うことじゃ」
「パチュリーにサイタマと言やぁ…前にお前が話してた連中の事か?」
「あぁ…そうじゃ。今後のヒーロー業界に新しい旋風を巻き起こしてくれると同時に、この世界の希望となり得るかもしれない若者達じゃよ」
「お前がそこまで言うとはな…。機会があれば、俺も一度会ってみたいもんだ」
「この一件が終われば会えるじゃろう。きっと、お兄ちゃんも気に入る筈じゃ」
「…そうか。そいつは今後の楽しみが増えたな。なら、とっととガロウの奴を見つけて…」
そう言いながら振り返ると、ボンブは大きく目を見開いた。
「お…おいバング! 俺達がマークしていたA級ヒーローが何者かに襲撃されとるぞ!?」
「何!? 遂にガロウが現れおったか!? 急ぐぞ、お兄ちゃん!!」
「おう!!」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
急いで現場に駆け付けた最強武闘家兄弟が見たのは、一人の怪人によってA級ヒーロー『スマイルマン』が吹き飛ばされている姿だった。
「う…うわぁぁぁ!? か…怪人が出たぞぉぉぉ!!」
人々の悲鳴が木霊する中、口の端から流れる血を拭いながら、スマイルマンは何とか立ち上がる。
(いきなり出現したと思ったら、いきなり攻撃された…。流石に、これは笑えない…)
「カッカッカッカッ…ほんの挨拶代わりに、この街はこの怪人『拳闘魔人』様が破壊しつくしてやろう」
怪人らしく自己紹介をする拳闘魔人を見て、思わず大きな溜息を吐く二人。
「…全然ガロウじゃなかったな。スマン」
「いいってことよ。それよりも、ボンブお兄ちゃんは少し下がっててくれ」
「…分かった」
弟のイラつきを誰よりも理解しているボンブは、敢えてここは大人しく従って後方に下がることに。
怒りに震える狼には決して近づいてはいけない。
その事を兄であるボンブは誰よりも知っていた。
「あ!? シルバーファングさん!? 丁度良かった…。あいつは思ってるよりも手強いです。ここは一緒に…」
「いや…その必要はない。君は下がっていなさい」
「え? いや…でも…」
一人で黙々と歩いていくバングに動揺を隠せないスマイルマンであったが、彼がすぐ近くを通り過ぎた時にハッキリと感じたプレッシャーに気圧され、その場に立ち尽くしてしまう。
(なんだ今の…思わず全身から冷や汗が出たぞ…)
全てのヒーロー達の頂点に君臨している『S級ヒーロー』。
更に、そのランキングで『第3位』という驚くべき地位にいる存在。
実質的にヒーロー界で最強の武闘家でもある彼の本気の一端を…これから垣間見ることとなる。
「んあ!? カカカッ! お前の顔…見たことがあるぞ! 確かS級ヒーローだな!? 知っているぞ! 確か、高名な武術家でもあると言う…」
「…そうか」
怪人が大声で叫ぶが、その程度では彼は怯まない。
「俺も人間時代に格闘技を極めたが、ルールに縛られた試合だけでは物足りなかった! この力で思う存分に大暴れしたい衝動に駆られ、その勢いで怪人化をした!!」
「…………」
遂には無言になるバング。
それでも怪人の勢いは止まらない。
「遂には人間すらも超えてパワーアップをした、この俺は最強にして無敵の存在だ!! それでもまだ俺に向かってくる気か!? ジジイィ!!?」
四本に増えた、その巨腕の拳の一つがバングに迫る。
しかし、彼は微塵も動じない。
「S級の首を持ち帰ることが出来れば、この俺も『怪人協会』の連中から一目置かれるに違いn…ガペェッ!?」
彼が最後まで言葉を発することはなかった。
バングの怒涛の勢いで放たれた流水岩砕拳によって倒されてしまったから。
攻撃の最中、地に倒れることすら叶わず、拳闘魔人の全身は粉々に砕かれる。
その間もバングは終始…無言だった。
「終わった。早くガロウを探そう。奴が
「あぁ…そうだな」
バングの勢いに押され、ボンブは彼に並ぶ形でこの場から去ることに。
残されたのは、余りにも突然過ぎる出来事に呆然としていたスマイルマンだけだった。
(文字通り…一瞬で片付けてしまった…。相変わらず…恐怖すら覚える強さだな…)
彼が自分たちの味方で本当に良かったと、改めて実感するスマイルマンだった。
「そういや…この怪人は一体どこからやって来たんだ? 倒される寸前に、何か重要そうなことを言っていたような気が…」
その疑問に答えてくれる者は、もうこの場には存在しない。
結局、まだまだ謎は深まるばかりなのだった。