幼馴染が終末思想のヤバいカルト宗教にハマってしまった件   作:漬け物石

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三話目にしてコンセプトと違う話投稿するとかマ?
でも思いついちゃったんだ……

あと、なんか本作が日間ランキングの上位にいました。
ウッソだろおい……カオ転効果すげえ……応援ありがとうございます(震え声)

感想も非常に多くいただいており、本当にありがとうございます。
ただ予想外の多さに、返信ができておりません……すべて目は通させていただいてるので、許してください。


こぼれ話:【人類悪顕現事件】

 

 これは、半終末より遡ること数年前。

 年の瀬に起きた、とある強大な悪魔との、壮絶な戦いの記録である――

 

 

 

 *

 

 

 

「――あの事件ですか。ええ、よく覚えていますよ」

 

 ガイア連合に所属している現地霊能者の男は、休憩中に新人から投げかけられた質問に、当時を振り返りながら答えた。

 

「大規模、かつ凄惨。あの光景は、とても忘れられるものではありません」

 

 少し噂を聞いただけだが、それほど激しい戦いだったのかという新人の呟きに、霊能者の男は頷く。

 

「率直に言って……大惨事でしたね。私は後にも先にも、あれほど恐ろしい悪魔事件には遭遇したことがありません」

 

 わずかに声を震わせる霊能者の男に、新人はこの先を聞いていいものかどうか躊躇う。

 しかし好奇心には勝てず「詳しい内容を伺っても?」と言ってきた新人に、男は少しだけ悩む素振りを見せるも、結局は話を続けた。

 

「まあ、もう終わった事件ですし、秘匿事項さえ話さなければ問題ないでしょう」

 

 事の起こりは、数年前の年も終わりに近づいた頃。とある強大な悪魔と、それが潜む異界が発見されたことだという。

 

「――その異界の主は、かの有名なソロモン72柱のうちの一柱。一般人でも、少しオカルト知識のある人間なら知っているであろうほどのビッグネームです。その強さは、ガイア連合のレベル基準で29に届いていました」

 

 新人は目を見開いて驚きを示す。年々右肩上がりだったとはいえ、現在よりは霊地の活性化が穏やかだった時期に、それほどの強さの悪魔が出現したとは……

 

「この時点で、我々にとっては絶望を超えた厄災と言えますが……それでも、ガイア連合の方々であればなんとかなる――初めはそう思いました。これと同等、あるいは凌駕する悪魔でさえ、彼らは討伐なり封印なりした実績がありますから」

 

 彼の言い方からして、そう簡単に事は運ばなかったのだろう。

 

「ですが、かの悪魔……というより、それの作った異界の持つ二つの特性が、討伐の難易度を他とは隔絶したモノへと変えていたのです」

 

 一体どのような儀式や術を使ったのか、霊能者の男には未だに分からないが、初期の偵察によって判明したその特性は、他に類を見ないものであったという。

 

「一つ目は、かの悪魔の異界では主以外、一切別の種類の悪魔が出現しません。代わりに、異界の主である悪魔の分霊が次々と生み出されるのです。さすがに主ほどの強さではありませんが、それでも多少のバラつきはあれど最低でもレベル20はあります。しかも、発生の速度も異常なほど早い」

 

 聞かされた内容に思わず驚愕に目を見開く新人。それが本当なら、まさに絶望と言っていい。レベル20と聞けば低く感じるかもしれないが、その強さは一地方を壊滅させて余りあるのだ。それが無数に生み出されるなど、まさしく悪夢でしかない。

 

「二つ目は、生み出された分霊が本体の役目を肩代わりできること。通常、こうした強敵のひしめく異界では戦闘を最低限とし、奥にいる主である悪魔をピンポイントで倒す――いわゆる、斬首戦術と呼べる方法を取ります。ですが、この異界ではそれが通用しない」

 

 初めに聞いたときには耳を疑いましたよ、と現地霊能者の男は乾いた声で笑う。もちろん、聞き間違いかという思いと、間違いであってくれと両方の意味でだ。

 

「その異界では、たとえ主の悪魔を倒しても、即座に分霊のうちの一体が主の役割を引き継ぎます。しかも、主だった悪魔と同じだけの強さになって。つまり、異界の主である悪魔を倒しても、分霊が一体でも残っていれば、それが新たな主として復活してしまうのです」

 

 もはや新人はあまりの内容に声も出ない。強大な悪魔が無数に生まれ、かつ元凶を討っても止まらない。まさに絶望や災厄という言葉の具現と言えるだろう。

 同時に疑問も生まれる。そんな存在がいたのなら、この国は無数に生まれたその悪魔に呑み込まれていなくてはおかしいのではないかと。

 

「幸い――と言えるのでしょうが、そうならない理由がありました。おそらくはこの特殊な異界を創る上での、何らかの制約だったのでしょうね。その異界には、時間制限があったのですよ」

 

 定められた時が来れば、主が残っていようが、どれほどマグネタイトに余裕があろうが、異界は強制的に消滅する。それが調査で判明したこの特殊な異界の性質であったという。

 

「とはいえ、安心材料には到底なり得ません。たとえ異界が消滅しようが、生み出された悪魔が消えるわけではない。根拠地が無くなったことでマグネタイト不足に陥り、いずれは出現した悪魔は消滅するかもしれませんが、それよりもこの国が壊滅する方が圧倒的に早い」

 

 男の言葉に新人は頷く。となれば――

 

「――異界が消滅するのは、年が明けてすぐ。故に、その前に異界に突入し出来る限りの悪魔を討伐、可能であれば全滅させる。それが、ガイア連合上層部が提示した作戦でした」

 

 後方配置、かつ新人である者にも、それがどれほど困難なものであるかは容易に想像がついた。いくらガイア連合の霊能者たちが猛者揃いとはいえ、あまりにも勝算が少ない様に思えてしまう。実際、今こうしてこの国は無事なのだから、どうにかしたのであろうが……

 

「当時の私は、後方でのサポート要員としてその作戦に参加しました。ガイア連合の方々と比べれば拙いものですが、多少の治癒や呪いを祓う術が使えましたからね」

 

 男が言うには、目標の異界の特殊性と困難さ故か、作戦の為に全国からガイア連合のメンバーが続々と集まってきたという。

 

「集まったのは錚々たる面々でした。異界攻略の中心には、当時からすでに幹部だった者、現在幹部になっている者などを初め、連合員の中でも選りすぐりの者たち。他の参加者もそれより多少劣るとはいえ、名門と言われる家の霊能者でさえ歯牙にもかけない猛者ばかり」

 

 通常であれば、過剰とさえいえる戦力であり、何の問題も感じなかっただろう。だが当時の男は、それでも不安を拭えなかったという。

 

「いかに強者揃いのガイア連合とはいえ、無限と思える数と復活の前に、勝利することができるのか、正直に言えば疑問でした。ですが、もちろん諦めるわけにはいきません。困難ではあれど、この国を守る為にも必ず達成してみせる。微小ではあるが、自分もそのための一助となれるなら、命さえ惜しくはないと……そう、その時は思っていたのですよ」

 

 結果的に、自分の予想は外れたと男は言う――主に、悪い意味で。

 

「……ええ、分かるわけがありません」

 

 男は目を瞑り、苦悶と畏怖に彩られた表情を浮かべる。

 

「これが……後に訪れる地獄の、ほんの入り口でしかなかったなんて……神ならぬ身の自分には、分かろうはずもありませんでした……」

 

 もはや完全に震えを隠せない声で男は語る――自身が目にした、深く、恐ろしく、おぞましい……悪夢のような虐殺を。

 

 

 

 *

 

 

 

 その戦いは、異界の入り口近くにいた悪魔を、爆風と衝撃波が吹き飛ばすことで始まった。

 

「ふん――来たか」

 

 自身の分霊が消滅したことを感じながらも一切動じることなく、異界の主である悪魔は手にした猟銃を弄びつつ鼻をならす。

 ――堕天使バルバトス。ソロモン72柱の魔神の一柱にして、地獄の伯爵もしくは公爵とされる悪魔こそが、この異界の主であった。狩人の姿で現れるという伝承の通りの姿で、背に生えた小さな羽で浮遊しながら、爆発が起きた方を睨む。

 

「我が領域に飛び込んでくる勇気は買うが――それは蛮勇というものだ」

 

 バルバトスが手を上げると、周囲の分霊が一斉に異界の入り口へ照準を合わせる。実に百を超える銃口から放たれる攻撃を受ければ、どのような強者であろうともひとたまりもあるまい。

 その時に生じる恐怖と苦痛の感情は、実に甘美な味わいのマグネタイトをもたらしてくれるだろう――そう、バルバトスがほくそ笑んだ次の瞬間。

 

 爆煙を切り裂いて、侵入者たちが飛び込んできた。

 

「――ヒャッハー! 一番乗りだー!」

「マグを、マッカをよこせえええ!」

 

 この時点で、バルバトスは悟った――「あれ、何か思ってた反応と違う」と。

 

 人間たちが、己の異界に決戦を挑んで来るのは予想していた。この場所の性質を考えれば、放置すればするほど彼らにとって脅威が増していくのだから当然だ。偵察のつもりか、ほんの入り口で何体か分霊を倒して撤退していった連中もいたのだから、近々襲撃があることなど容易にわかる。

 だからこそ、多数の分霊を生み出し、迎撃の準備を整えていた。巣穴に飛び込んできた獲物を、確実に葬るために。

 故に、バルバトスが困惑した理由は、人間の集団が無謀にも自らの領域に突入してきたことではない。

 人間どもが士気高揚なことでもない。予想以上に強かったからでもない。

 ――地獄に等しい場所へ飛び込んで来た筈の者たちの表情が、一様に歓喜と期待に彩られていたからだ。

 

 そこに絶望は無い。悲壮感すらも皆無。あるのはただ、ひたすらに歓喜のみ。

 そう、この場に集った転生者たちは、喜び、期待し、希望を抱いていた。――もっと言うならば、飢えていた。

 仮にも人を喰らう悪魔であり、狩人の姿で顕現したバルバトスには分かる。

 あれは獲物を前にした狩人――否、捕食者の眼だと。

 

 

 

 *

 

 

 

 その情報は、ガイア連合の転生者たちに激震をもたらした。

 

 稀に見る特殊かつ脅威度の高い異界と悪魔の存在。放置など出来る筈もなく、攻略のために情報収集に努めていた際、とある事実が判明したのだ。

 偵察を担当した者が悪魔の強さや耐性などを確かめるために何体か倒したところ、レベルに見合わない量のマグネタイトやマッカを手に入れることができた。

 おそらくは、この特殊な悪魔や異界によるものなのだろう。しかもこれだけでなく、スキルカードや式神強化に有用な素材が複数手に入ることも判明。

 これらの情報に加え、異界における分霊の高速発生と主の復活のプロセスを知ったとき、戦闘を得手とするガイア連合の転生者たちは――狂喜した。

 何故か? それはこういった理由によるものだ。

 

 大量のマグネタイトとマッカ、貴重な素材を落す悪魔が数多く存在し。

 ターゲット以外の美味しくない対象は一切存在せず。

 時間制限付きとはいえ、それらが供給され続ける。

 

 ――なら狩りまくるしかないじゃない!!

 

「なんだこれ天国か」

 

 連合員の一人のそんな呟きを耳にした現地霊能者は、絶望のあまり相手の頭がおかしくなったのかと思った。――まあ、そう時間が経たないうちに、自分の頭の方がおかしくなるような光景を目にすることになるのだが、それはさておき。

 

 このようなものを前にした転生者の面々の行動など決まっている。

 

 

 Q. 一体、なにが始まるんです?

 A. 採 集 決 戦 だ !!!!!

 

 

 つまりはそういうことだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 地獄の釜が開いた――目の前の光景を例えるなら、その表現こそが適切だったであろう。

 

「食らいやがれ、【渾身脳天割り】ぃぃぃ!!」

 

 予想外の事態に困惑していたバルバトスの分霊に、転生者の一人が得物を力いっぱい振り下ろす。

 頭部に強烈な一撃を受けた分霊はたたらを踏むが、さすがにこれで死ぬほどレベル20を超えるこの悪魔は弱くない。

 戸惑いを一時忘れ、分霊は反撃しようとするが――

 

「【絶命剣】!」

「【両腕落とし】!」

「【爆砕拳】!」

 

 間髪を入れず、群がってきた別の転生者から立て続けに放たれた物理スキルにより、襤褸雑巾のようになって消滅した。

 

「あ゛あ゛ぁぁぁ!! ラストアタック取られたぁぁぁ!!」

「ヒャッハー! マグとマッカ、素材がこんなに! コイツはゴキゲンだぜぇぇぇ!!」

「くそがぁぁぁ!!」

「おいおい、落ち着けよ。獲物はまだまだ腐る程いるんだからよぉ」

「……それもそうか」

 

 もはやマグネタイトの残滓となった悪魔を一顧だにせず、グリン! と首を傾けるようにして周囲の分霊へと向き直る転生者たち。その眼が、ギラリと剣呑な光を放つ。

 その異様な迫力と威圧感に気圧され、バルバトスの分霊たちが一歩下がる。

 それは悪手も悪手だった。バルバトスが感じたように、今の彼らは獲物を前にした捕食者である。そんな連中を相手に、弱気な姿勢を見せればどうなるか――答えは即座に訪れた。

 

「殺せえぇぇぇ!!」

「死ねえぇぇぇ!!」

「マグとマッカと素材をありったけよこせえぇぇ!!」

 

 突入済みの、あるいは続々と入口から異界に突入してきた転生者たちが、周囲の分霊たちに一斉に飛び掛かる。

 その光景はさながら、麦を前にした蝗のごとし。進み、喰らい、貪り尽くす。

 飛び交うスキルや魔法による爆音、焼かれ切れられ殺される悪魔の悲鳴を、祝福の喇叭、開戦の狼煙としながら、ひたすらに獲物を求めて突き進む。

 もはや止まらない。止まるわけがない。止まってなどいられない。

 我が総軍に響き渡れ、妙なる調べ、開戦の号砲よ――ってなもんである。

 

 そこから先は、いわずもがなというやつだ。

 

「くたばれぇぇ! 【ヒートウェイブ】!」

「おおぉぉっ、【暴れまくり】だぁぁ!」

「あの子の為、家族の為! 今、必殺の! 【大切断】んんん!!」

 

 広範囲、あるいは複数を同時に攻撃する物理スキルが飛び交い、バルバトスの分霊を切り刻み、引き裂き――

 

「奴は火炎が弱点だ! 行け、【マハラギオン】!!」

「この為に散財したんだ、元は取らせてもらうぞ! 【アギラオストーン】!」

「こいつも持ってけ、【マハンマ】ァ!」

 

 事前の情報収集で判明していた弱点属性の、あるいは耐性の無い魔法やアイテムが幾多の悪魔を焼き焦がし、粉砕し――

 

「【タルカジャ】! 【タルカジャ】!」

「【スクカジャ】! 【スクカジャ】!」

「俺の切り札を見せてやる! 【突撃の狼煙】だぁぁ!」

 

 後方から飛ぶいくつもの強化・補助魔法が、それらの威力をさらに高める。

 

「お、おのれえぇぇ!! 調子に乗りおって……貴様らこそ死ねぃ! 【刹那五月雨撃ち】!!」

「【ザンマ】!」

「【アローレイン】!」

 

 とはいえ、バルバトスもやられっぱなしではない。前衛にいた分霊たちが攻撃されてる隙を突き、本残りの分霊と本体が一斉にスキルや魔法を放つものの――

 

「マシュマロン、庇って!」

「【ラクカジャ!】」

「【護りの盾】!」

「【マカラカーン】!」

 

 多種多様の防御・補助魔法が展開され、式神が主の盾となり、碌にダメージを与えられない。もちろん、それで防ぎきれない、あるいは間に合わなかったものもいるが、その程度を想定していない筈がない。

 

「すぐに治します! 【メディア】!」

「この程度、【ディアラマ】!」

 

 仲間が傷を負うやいなや、回復魔法が連続で飛び、すぐさま態勢を立て直す。

 そして攻撃の隙を、熟練の転生者たちが逃すこともまた有り得ず――

 

「フンッ!」

 

 筋骨隆々の白いスーツを着た巨漢が、丸太のような腕を振るって分霊を粉砕し、

 

「くたばりやがれ!」

 

 その式神である鎧を纏った金髪の少女が、雷を伴う斬撃で切り捨てる。

 

「隙だらけだ」

 

 かと思えば、コートに帽子を身に付けた転生者が、左手に持つパイプ型散弾銃から放った銃撃で悪魔のバランスを崩し、すかさず貫き手による致命の一撃を叩き込み、内臓を引き摺り出す。

 

「パラスちゃん、ユキハミちゃん、ゴー!」

「弟子、おめぇはアガシオンと一緒に後ろで援護に徹してろ。間違っても前に出るなよ」

「はい、師匠!」

 

 転生者が、その仲間が、あるいは式神が、使い魔が。一体の分霊に対し複数で対処し、レベル差を数と補助、アイテムで埋めていく。

 

 また、この場に集まっているのは通常の異能者たちだけではない。

 

「オラオラオラー! 裁くのは、俺のペルソナだァ!」

「ペルソナ――タナトス! か~ら~の! 【空間殺法】!」

「……何で自分はここにいるんだろうか……?」

「【宝探し】と【カードハント】持ちのペルソナ使いが、この場に呼ばれないわけがないだろう? さあ、死なないように気を付けつつドロップを回収しようか。大丈夫、ちゃんと守るからね」

「ウッス……」

 

 普段はタルタロスやメメントス、マヨナカテレビなど、シャドウが蔓延る特殊な異界を主戦場としているペルソナ使いたちも、この美味しすぎる狩場を放置などはしなかった。

 音速で行動できる者も珍しくないが故の、圧倒的な殲滅速度で分霊を蹂躙していく。

 

「ば、馬鹿な……ッ!」

 

 溶けていく。己の牙城が、準備に準備を重ねた、絶対的な筈の軍勢が。

 

「なぜ……なぜ……ッ!」

 

 バルバトスは困惑していた。敵対者たちの鬼気迫る様子にではない。

 己とその分霊がこうも押され、倒され続けている現状に対してだ。

 

「なぜ、こうも一方的に……ッ!」

 

 ――それは事前準備、そして情報量の差だった。

 

 バルバドスは確かに強力な悪魔であり、それが数の力を行使してくるのは紛れもない脅威だ。また同一の悪魔である為、連携も別々の悪魔が群れたものとは比べ物にならない。

 しかし、同一の悪魔であるが故に、無数のバルバドスたちが持っているスキルや耐性はほぼ共通している。その為、それらを把握されてしまえば、対処され封殺されてしまうのである。

 

 翻って、集まった転生者たちの多種多様なスキルや魔法を、バルバトスは把握しきれないし、よしんば把握できたとしても完全な対処など出来ない。――彼は所詮は単一の存在であり、行使できる能力や手段が限られているがゆえに。

 

 ガイア連合の有する情報の多さと周知、そして生産力によるアイテムや装備。人間なら誰もが持つ【力】によって、バルバトスは蹂躙されているのだ。

 

「お、おのれ……だがッ!」

 

 己を奮い立たせるように叫びながら、マグネタイトを集中。異界の機能により、新たな分霊が次々と生み出される。

 殲滅速度以上の援軍を投入し、数の力で圧殺しようとする――が。

 

「お替りが来たぞおおぉぉ!!」

「おっしゃあ、入れ食いだあぁぁ!!」

「もっと……もっと……もっとよこせバルバトス!」

 

 そんなもの、この場に集った転生者たちにとってはご褒美でしかない。

 新たな犠牲者の追加投入に、彼らは沸いた。

 

「家族を守るためにも、マッカも素材も足らないんだよ! さっきレベルアップで覚えたばかりの技を食らえ、【利剣乱舞】!」

 

 自前でヒートライザでも使ったかのように奮起した転生者が、連続で斬撃を繰り出し。

 

「お前のことが好きだったんだよ(マッカとマグネタイトと素材的な意味で)! だから死ね、【会心波】!」

 

 支離滅裂なことを言いながら別の転生者が衝撃波を放ち。

 

「みんな、火炎無効装備は持ったな! いくぞおぉぉ! 【焦熱の狂宴】!!」

 

 敵味方関係なく、広範囲に獄炎を発生させる魔法が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 多種多様な剣技や武技、魔法が洪水のように降り注ぐ。それによって大気は裂かれ、地は砕け、あらゆるものが吹き飛んでいく。

 その光景はさながら怒りの日であり、終末の時であり、天地万物は灰塵と化し、ダビデとシビラの予言のごとくに砕け散るかと思われるほどであった。

 

「ぐっ、が……そ、それでも……!」

 

 バルバトスは無意味どころか相手を喜ばせるだけだと分かっていても、分霊を生み出し続ける。

 それ以外に出来ることが無かったと言うのもあるが、目の前の連中が悪魔よりも体力・魔力共に劣った人間であるのは事実。地の利がこちらにある以上、持久戦に持ち込めばいずれは力尽きる。

 そう考えてのものだったが――

 

「あ、物理スキル撃ちすぎてそろそろ体力ヤバいわ。【宝玉】っと」

「――え?」

「こっちも魔力が少なくなってきたな。【チャクラポット】だ」

「まず、ちょっと調子に乗りすぎた。体力も魔力もやばーい……」

「私、【ソーマ】持ってるよ。はい」

「今回はショタおじが全面的に支援を決めたから、アイテムはほぼ経費で落ちるのがいいよねー」

「さっすがぁ! ショタおじは話が分かる!」

 

 その希望も、あっさりと摘み取られた。

 この期に及んでまだ、バルバトスは理解していなかったのだ。ガチで攻略を決めた連中が、この程度の備えをしていない筈がないのだと。

 

 ――後はもう、語ることはない。

 

「小細工なんぞ使ってんじゃねぇぇ!」

「物理か魔法か、死に方はどちらがいいか選べぇぇぃ!」

「今日の俺は紳士的だ。運がよかったな」

「どの口が言うのか」

 

 相手の動きと対処に慣れてしまえば、それはもう草刈りと変わらず。

 

「き、貴様ら、これで勝ったと――ぎゃぺっ!」

「断末魔が長い! 黙って早く死ね!」

「死なないとドロップ出てこないんですからとっと消えましょうね。役目でしょホラホラ!」

 

 もはやただの作業、ひたすら効率だけを求めながら殺すという、ある意味で悪魔以上の悪辣さを見せ付けながら、人にとって脅威である筈の悪魔を倒し続ける。

 悪魔を殺して平気なのって? うるさい、そんなことより素材だ! マッカとマグネタイトも忘れずに!

 

「バルバトス、ナグルノ、タノシイ! タノシイ!!」

「マッカタクサン! ソザイタクサン! ウレシイ! ウレシイ!!」

「mzs=de! mzsa)$q@e! mzs、mzs、mzs&&&&&&&!!」

 

 挙句の果てには、興奮しすぎて言語すらバグってる連中もいる始末。

 なんだこれ地獄か? ――ある意味魔界(地獄)だったわ、異界(ここ)

 

『う、あっ、あ……あぁぁ……』

 

 目の前のすべてを蹂躙し、虐殺し、スナック感覚で消し飛ばしながら突進してくる転生者たち。

 バルバトスと分霊たちは、それを前に――

 

『う、う、う……うああああぁぁぁ!!』

 

 恐怖と絶望の叫び声を響き渡らせ――直後に、それごと転生者たちの攻撃に飲み込まれた。

 

 

 

 *

 

 

 

 日付が変わる。

 悪魔の居城は崩れ、その主であった恐怖の具現たる悪魔も、幻のように消え失せていく。

 

「ああ……これで、やっと――」

 

 だと言うのに、天に現れた月に照らされるバルバトスの顔は穏やかだった。

 それは悪魔に似つかわしくない、長年の苦行から解放されたような澄み切った表情で。

 彼は安心したように薄れ、あっさりと消滅した。

 

 完全無欠の勝利。犠牲者は戦ったものにも民間人にも一人もおらず、転生者たちは現実へと帰還する。

 しかし、彼らの表情は一様に晴れない。その口から出たのは勝利を祝う歓声ではなく――

 

「ちょっと待てぇぇ! まだ逝くな! 逝くんじゃない! ……逝くなって言ってるだろコラァ!!」

「逃げるなァァ! (マッカと素材を提供するという)責任から逃げるなァァ!」

「俺たちを満足させたいなら、この三倍は持ってこいと言うのだ! というか、持ってきてください! なんでもしますから!」

「殺したかっただけで、死んでほしくなかった……ッ!」

 

 ――嘆きと怨嗟の叫びであった。

 

「バルバトスさんが……オレが休憩で眠っているうちにバルバトスさんが……おのれ人類!」

「っていうか、おまえ倒しすぎなんだよ! ちょっとは譲れ!」

「ふざけんな、弱いお前が悪いんだろ!?」

「ンだとコラァ!」

 

 

 これが人の夢、人の望み、人の業。

 他者より強く、他者より先へ、他者より上へ。

 競い、妬み、憎んで、その身を喰い合う――

 

 人間の悪性、普遍かつ根源的な罪業を具現化したような彼らの姿を見た現地霊能者によって、一連の悪魔事件はこう呼ばれることになる。

 

 

 

 【 人 類 悪 顕 現 事 件 】と――

 

 

 

 *

 

 

 

「――以上が、事件の顛末です」

 

 語り終えた現地霊能者の男が、重い重い溜息を吐き出す。

 聞いていた新人は、もはや言葉も無かった――いろんな意味で。

 

「彼らの姿を見て思いましたよ。人の業とはかくも深く、醜く、恐ろしいものなのか――と」

 

 乾いた笑いを漏らす男は、疲れ切ったような声だった。

 

「あの光景を見て、心底理解させられました。ガイア連合の方々は、私達とは悪魔に対するスタンスや考え方が、もう根本的に違うんだな、って……」

 

 新人も同感だった。彼らにとって悪魔とは、もしかしてマグネタイトやマッカ、素材の供給元くらいの認識ではないのだろうか?

 

「信じられますか? 観測していた者の話では、あの時は最大で一秒間に44体が討伐されていたんですよ?」

 

 聞きたくなかった、そんな事実。

 

「というか、本当に何だったんでしょうね、アレ……正直なところ、アバドンの特殊な分霊が顕現したと言われても納得できる光景だったんですが」

 

 半分くらいは本気の声音で言う男に力なく頷きを返しながら、新人の内心は次の言葉でいっぱいだった。

 

 

 ――ガイア連合の上位陣こっわ……絶対に近づかないでおこう。 

 

 

 

 *

 

 

 

 ――異界攻略より日が明けて、一月一日。

 とある転生者の自宅にて。

 

「…………」

「……ごめん」

「……一緒に年越しするって言ったのに……」

「はい……」

「おソバも作って待ってたのに……」

「本当にごめんなさい……ッ」

「…………(シュッ、シュッ)」

「あの、お姉さま……? 謝りますので、無言でシャドーボクシングはやめてほしいかなって……」

「…………ッ(股間への蹴り上げの素振りが追加される)」

「マジすんませんでしたァ!」

「…………初詣は絶対に一緒に行くからね?」

「もちろんです!」

 

 




 一般人から見たガイア連合の人間はアレだが、現地霊能者から見てもやっぱりアレ、という話。

 なお副題は『たった一人の採集(される)決戦! 誰がやらなくとも俺らがやる!』でお願いします。

【追記】
 やっべ、肝心の言葉入れ忘れてた。なので、いろいろ修正しました。

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