中世からやってきたウマ娘の男爵とメジロ家の葦毛のお嬢様のお話。

1 / 1
始めましては森の中で

 

 

「ねぇねぇお婆様! 絵本読んで!」

 

 

「あら、マックイーン。またこの絵本? とっても好きなのねぇ……。」

 

 

メジロ家の庭園、午後の暖かい日差しを感じながらのティータイム。お婆様、と呼ばれた彼女はただ流れる時を享受するかのように眺めていた景色から愛孫へ視線を移す。

 

沢山いる孫の中で唯一私の髪色を受け継いでくれた子、メジロマックイーンだ。

 

彼女が両手を抱えながら持ってきた物は少し端の塗装がはがれてしまうほど読み込まれた絵本。とある男爵が主人公になった絵本だ。

 

 

「私も小さいころ大好きだったし、遺伝かしらねぇ……。」

 

 

「そんなことよりお婆様! 早く読んでくださいまし!」

 

 

はいはいと答えながら両手をあげて飛び跳ねる小さい彼女を持ち上げ、膝に乗せる。自身の親から読んでもらっていたものと表紙や絵は変わりながらも内容は全く同じ本を開き読み始める。

 

当主としての仕事もある。そのせいで孫たちとの時間は多く取れないこの身からすれば至高の時間。そして内容も若き頃に現地まで赴いて研究を行っていた彼女について。これほど素晴らしい時間があっただろうか。

 

 

 

 

「むかしむかし、あるところにウマ娘の女の子がいました。」

 

 

「とっても強くて、とっても賢くて、とっても素晴らしい彼女。」

 

 

 

 

『貴族たるもの男爵を見習え』、彼女が亡き後。かなりの時間が過ぎたころに貴族の圧政に耐えかねた民たちが物語に語られる彼女を見てそうあって欲しいと願った言葉。

 

奢らず、圧政を敷かず、民と共にあり、戦時は自分が率先して戦う。

 

多くの物語で彼女が語られ、題材になった。騎士とは、貴族とはこうあれという見本だった。

 

この身は貴族ではないけれど、その生き方は私たちが目指さなければならないもの。

 

 

 

 

「そんな彼女の名前はバロンジェネラル。神様から頂いた名前と同じように、生まれた時から男爵で騎士のウマ娘でした。」

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、あはは。地面が3で敵が7です、ってアニメか漫画でしか見られないと思ってたけど現実で見られるとはねぇ……。」

 

 

年貢の納め時、と言うのだろうか。まぁこの場で隣にいる妹やついてきてくれた部下に話しても前世の日本のことわざだ。どうせ首を傾げられるだけだけ。

 

にしても死んだと思ったら異世界転生! という展開かと思ったらウマ娘世界でしかも中世とか私も面白い人生送りましたよねぇ……。

 

 

 

 

交通事故で死んだ私が次に目を覚ましたのは知らない天井。おそらく西暦1200年代のポーランドの外れ。長年、と言ってもまだ二十代だったからそこまでだが連れ添った肉体とはおさらばして、新しい体はウマ娘。

 

まぁ最初の間は喜んだよ。思ったより文化レベルが低い気がするけど私もアニメやアプリの世界に生まれたんだ! あのキャラクターたちと会えるんだ! と思えば誰だって喜ぶ。成長するにつれてどう考えても今を生きる時代が中世だということに気が付くまでだけど。

 

ありがたいことに家族にも民にも恵まれた。生まれたのは国の中で一番東に位置する男爵家で父も母もいい人だった。妹は私と違って普通の人間だけどかわいいしいい子。屋敷の人もいい人ばっかりだったし町に住む民たちも良識のある人ばかりだった。

 

私が画面の外から眺めていた彼女たちとはどうあがいても会えないけど不満はない現状。このまま第二の生を真っ当しようかと思っていた矢先…………、届いた報告は東からの進行。

 

元居た世界ではおそらくモンゴルのヨーロッパ遠征、その戦争は私から日常を奪い去った。

 

 

 

 

 

 

違う世界の歴史という一種の答えを得ていた私は怯えた。

 

 

何が起きるのかを知っていた。いくら元の世界と違うとはいえまだ中世。生温い現代の倫理を求められるほどやさしくない世界。こちらでの生活が二十年を迎える前に父と母を病で亡くしたせいか、私は甘えを持てるほど余裕はなかった。

 

自分の体が血で染まり、両手から血の匂いが落ちなくなったころ。怯えた私のせいで何度も送られてくる偵察部隊をすべて倒してしまった時、相手さんも本腰を入れなければならなくなったのだろう。

 

 

 

 

 

「お、お姉様! 町に! 町に籠りましょう! あの数に太刀打ちできるとはとても……。」

 

 

「やっぱりそうだよね。……こっちが大体200であちらさんが万越え。たぶん二万ぐらいかな?」

 

 

「に、二万! お姉様! 後方で聖騎士様たちが反撃の準備を整えているという情報もあります! ここは戦わずに籠城し、お味方の救援を待つ方が!」

 

 

「無理だよ。」

 

 

「え……」

 

 

「私ら重装の騎士の戦い方はどうしても平原、大きいスペースがいる。それに適した場所は私たちの前じゃなくて後ろが一番。それに聖騎士、神様の教えのために戦う騎士といってもどうしてもお金が絡む。まともな準備なんて全く出来てないだろうさ。どうせ喉元に迫ってくるまでやらないやらない。」

 

 

「そ、そんな……」

 

 

私たちより東にはすでに平らにされた町が多くある。だけど私たちが所属する国家での被害は私たちが最初。対岸の火事として気にしてなかった連中が多い中、纏まった救援が来るとは思えない。

 

私たちは“必要経費”として払われる犠牲に過ぎない。たかが何のうまみのない男爵領一つに動く奴なんているわけがない。

 

 

「クリス、ちょっとおいで……」

 

 

そうやって最後の家族である妹を抱き寄せる。傷だらけの鎧とまっさらな鎧がぶつかる。二人とも鎧のせいで体温は感じられないけど心はさらに近くなったように、暖かくなったように思える。……お別れだ。

 

 

「町のみんなを連れて逃げなさい。私の机に王への手紙がある。それを届ける名目で民と一緒に西に逃げなさい。あいつらはどこまでも追ってくる。お金になる物全部持って、町に火を付けて逃げなさい。」

 

 

「し、しかし!」

 

 

「お姉ちゃんの最期のお願い、聞いてくれる?」

 

 

 

アイツらは基本現地調達だ。これでも貴族だ、後ろにいる民のためにも町には何も残さない方がいい。この時のために、何かあったときのために妹や民のためにできるだけ資金は溜めておいた。情報も届けるし、王への手紙には便宜を払ってもらえるように書いてある。終わりの時間を少しでも先にすることぐらいはできるだろう。

 

顔からポロポロと涙をこぼし、そんな顔を私に見せないように下を向くクリス。私が25で妹が15。早くに親を亡くしたせいで姉役兼母親だった。彼女に私は愛を与えられただろうか? 家族でいられただろうか? もうこの汚れた手では彼女の髪を梳くことも、涙を拭ってあげることもできない。あなたは血は似合わないのだから。

 

 

「……はい。」

 

 

「ありがとう。」

 

 

か細く、私の耳にしか聞こえない小さな声。でもちゃんと答えてくれた。

 

私が右に付けている木彫りの髪飾り。クリスが幼い時に作ってくれた花のもの。それを取り外して彼女の手に握らせる。私の宝物だった、こんなところで失うには惜しい。

 

 

 

 

 

 

 

やるべきこと、残すべきものはもう頼めた。思い残すことはない。

 

 

 

振り返り、ついてきてくれたたった200の戦士たちに声を挙げる。私だけじゃ足止めにならない、一緒に逝ってくれる仲間がいる。……本当に現実って奴はイヤな選択をさせる。

 

 

 

「さてと! 悪いけど年寄り連中はピクニックに付き合ってくれるかい? さすがに一人ではたくさんのお客さんをさばくのは難しいのだけど!」

 

 

 

 

 

「はは! 確かに! これほど楽しそうなお出かけは他にありませんな! 若い者に任せるのは惜しい仕事だ!」

 

私の初陣、交易路に住み着いた盗賊の討伐についてきてくれた奴が声を挙げた。

 

「確かに! 奴らも酒ぐらい飲むでしょうしな! 酔っぱらい私たちがどうにかしませんと!」

 

今日のために着たこともない鎧に身を包んだ酒場のマスターがそう叫ぶ。

 

「然り然り! こういう遊びは私ら大の男連中がやる物ですからな!」

 

 

しわがれた誰かの声が響き、男連中の中から笑い声が漏れ出る。それと対照的に若い奴らやウマ娘たちはは歯を食いしばり下を向く。……すまないね。

 

 

「おいおい! 私は女だぞ~!」

 

「ははは! 姫! その肩幅で仰っても説得力がありませんぞ!」

 

 

 

私のワガママに付き合ってくれる民たち。男性で、この時代では高齢にあたる30、40代の奴らだ。若い連中とウマ娘は逃げるときの輸送に不可欠。絶対に返さないといけない。

 

近くに居た数年前に兵士として雇用した若い奴と、家族のためにサイズの合わない鎧を着て真新しい槍を握りしめたウマ娘にクリスを頼む。時間は私たちが稼ぐから、ね。

 

 

 

 

 

「さ、人生最後の大一番だ。派手に行くとしますかね。」

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「そ、それで! バロン様はどうなったのですか!」

 

 

「もう、マックイーン。あなた何度も読んでいるのだから知っているでしょう?」

 

 

「で、ですが今日こそは結末が変わっているかもしれません! お婆様! 次のページを早く!」

 

 

 

そうせかすマックイーンに笑いながら次のページをめくる。しかしながら彼女の思いと反し、そこに描かれるのはお墓の絵。少々その先は子供向けではないのでぼかされているが、彼女は町の皆を逃がすために戦い、そして死んでしまった。

 

民のために生き、民のために死んでしまった彼女の生き方に惹かれているのか、バロンジェネラルのことが大好きな彼女はがっくりしている。まぁ私もできることなら生きていた欲しかったと思う側だから気持ちはすごく解るのだけれども。

 

 

 

彼女のその後はまるで死神のような戦いぶりだったと伝わっている。東側の資料では全軍の約一割、数にして約2000が彼女によって倒されたとされている。ともに戦った仲間も徐々に減っていき、彼女の最期の一刻は体中に矢が突き刺さったまま息絶えるまで槍を振るっていたそうだ。

 

この侵攻で戦った西側の軍で負傷した人数よりも彼女に倒された人数の方が多いと言えばその活躍ぶりも解るだろう。実際、彼女が戦った軍の指揮官が唯一賞賛を送り、男爵たちの文化に乗っ取って慰霊碑をたてたぐらいだ。

 

 

 

「バロン様がまた死んでしまいましたわ! 意地悪ですわこの絵本!」

 

 

そうやってぷりぷり怒りながら私の膝から降りるマックイーン、このやり取りもいつものことだ。

 

 

「お婆様! 少し気晴らしに森に行ってきますわ!」

 

 

「はいはい、敷地の外にはいかないようにね。」

 

 

 

彼女は自分の気持ちを整理するためによく敷地内の森に出向く。何度も行っているし私が付いて行かなくても大丈夫だろう。害獣が入り込まないように毎日見回りをさせているし……。

 

 

 

「御当主様。わたくしがついていきましょうか?」

 

 

「……えぇ、バレないようについていってあげてください。」

 

 

私の心配をくみ取ってくれた執事がそう言ってくれる。私もそろそろ休憩を切り上げて仕事に戻らないといけない時間だ。長年付き添ってくれた彼だから安心できる。

 

 

「かしこまりました。……それとご安心ください。シャッターチャンスは逃しませんので。」

 

 

ホント私のことをよく解ってる執事だこと。おかげさまで執務室に飾る孫の写真が増えるではないですか!

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「もう! やっぱりあの絵本は意地悪ですわ!」

 

 

 

私! メジロマックイーンっといいます! 今不機嫌です!

 

私の大好きな男爵様! バロンジェネラル様が死んじゃう絵本なんて大嫌いですわ!

 

 

 

「むぅ!」

 

 

 

ほっぺたを膨らませながらぷりぷり怒る彼女はメジロ家の御令嬢。小さいながらも自身が怒っている姿を他人に見られるのはよくないと考える彼女は気分がすぐれない時はよくお屋敷の中にある森まで走りに来る。

 

彼女が大好きな男爵様。短く整えられた海のような藍。エメラルドのようにキレイな緑の瞳。そして何よりもとっても大きい体。同世代の子供たちから見て小柄で、珍しい髪色を持つ彼女が憧れるのも仕方ないのかもしれない。

 

 

 

「…………あれ、何でしょうこの匂い?」

 

 

 

彼女だけがいる森の中。これまで感じていた森と土の香りの中に嗅いだことのない変なにおいを感じ取る。何故か肌に纏わりつく、いやに匂い。

 

 

 

「たぶんこちらの方から……。」

 

 

 

人によっては一生嗅ぐことないにおい、濃厚な死のニオイはマックイーンを引き付けた。

 

 

 

 

整備された道から外れ、森の木々の間を抜けていく。一歩一歩歩を進めるごとに強くなってくるにおい。一瞬、引き返そうかと思った彼女であったがここまで来てしまったのならばこのにおいの元まで行ってしまった方がいいと考え直す。森に変なことが起きていてそれを報告すればお婆様は褒めてくれるだろうし、そもそもこのにおいの原因が何かわからなくてもやもやするのはイヤだった。

 

 

 

そして、木と木の隙間で日差しが入ってくる開けた場所に辿りつく。

 

 

 

 

 

 

そこにいたのは真っ赤に染まった鎧のウマ娘だった。

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

どれだけ槍を振るっただろうか。

 

 

100にすら満たない私たちが万の敵を足止めするためには敵本陣への突撃。敵指揮官の首を取りに行くことで軍全体に混乱をもたらすぐらいしか思いつかなかった。首狩り戦法の劣化版と言ってもいい。

 

後ろを振り返る暇なんてなかった。ただ前に進み続けるしかなかった。

 

相手は弓を主体とする軍隊だ。敵軍に接触する前に後ろから聞こえる息遣いは半分も残っていなかった。私が槍を振るう頃には両手で数えられるぐらい。一歩一歩進むごとに後ろを守ってくれる気配は消えていった。

 

 

だから、進むしかなかった。

 

 

相手だって人だ、家族がいたはずだ。愛すべき人もいたはずだ。

 

 

でも、私だって守るべき人たちがいた。家族だっていた。

 

 

そこに恨みなんてない。ただ両者ともに生き残るためだけの戦い。

 

 

ただ、無意識に槍を振るい、何本も矢を撃たれた。途中からはもう意識なんかなかった。

 

 

 

最後に、幼少期に一度だけ走ったあの平原の味がしたことだけは覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ょ…………」

 

 

 

死んだ、のだろうね。体も限界だったし、血も流しすぎた。それに倒れた私をそのままにしておくほどあいつらはやさしくはないだろう。

 

 

 

「…い………ょ……」

 

 

 

クリスは、妹は無事だろうか。民たちは無事に逃げ出せただろうか。ほんの数秒が金よりも重い。私はそれを作りだせたのだろうか。終わった身であるが、考えることはそればかりだ。

 

 

 

「お……………さ…」

 

 

 

にしても、さっきから何かうるさいな。こっちは二度目の死だが初めての死後の世界。一度目の死の後に行かなかったのは詫びるから少しは静かにしてくれないだろうか。

 

 

 

「起きてください! バロン様!」

 

 

 

 

 

その、必死な声で目を覚ます。

 

 

視線の先には泣きながら私の名前を呼ぶ葦毛の少女の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このお話は、過去の時代からやってきたウマ娘の男爵と彼女に憧れていた小さなお嬢様のお話である。

 

 

 

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。