英雄は勘違いと共に   作:風に逆らう洗濯物

1 / 19
読み専のため、初投稿です。
よろしくお願いします。


第1章 弔いは霧の中で
第一話 はじまりは突然に


 ●

 

 頭が、ぼんやりとする。

 まるで夜、眠りに落ちるように、

 まるで朝、目覚める前のまどろみのように、

 思考がまるで定まらない。

 

 今、俺は目を開けているのだろうか……

 それとも目を閉じているのだろうか……

 

「……。? ……、……」

 

 ……? 

 声が、聞こえる。……どこかで聞いた声だ。

 いや、聞いたこともない声だ。

 わからない……

 

「……か? ……い……ですか?」

 

 どこか懐かしい声だ、

 でも、やっぱり知らない声だ。

 優しげで、でも凛とした綺麗な声……

 この声は何を言っているのだろう。

 

 わからないけど、なんとなく、次は分かる。

 そんな気がした。

 

「生きてますか?」

 

 優しい声に目が醒める……いや、視界が分かるようになる。

 目に入ったのは整った顔、朝顔を思わせる紫色の瞳は細められ、やや眠そうなジト目でこちらを覗き込んでいる。

 あたりは暗く、木々の合間の街灯が俺と彼女を照らしている。

 

「きみ、は?」

 

 見覚えのない顔、見覚えのない景色。

 今は何時だろうか、そして、彼女は誰なのだろうか。

 まだ少しぼんやりとした頭を働かせる。

 

「私? 翔子です、野薙翔子。それよりお兄さん、

 こんな時間にこんな場所で、ぼーっとしてどうしたの?」

 

 野薙翔子、知らない名前だ。

 そして、どうやら遅い時間であるらしい。

 ゆっくり周りを見渡す。

 ほどほどに生えた木々、歩きやすそうな土の道に、道なりに適度に設置されたベンチと電灯。

 淡く青白い光はゆらゆらと周りを浮かび。

 後ろからは静かな川のせせらぎが聞こえ、穏やかな気持ちにさせてくれる。

 

「あー、なんだ、川の音を聞いていた」

 

 特に理由も見つからず、そんなふうに言葉を返す。

 記憶をいくら辿っても検討がつかないのだ。

 昨日は何をしていたのか、

 今日の昼に何を食べたのか、

 そんなことも曖昧で頭の中から出てこない。

 

「ふーん……ねえ、お兄さん、写真。とってもいい?」

 

 突然彼女はそんな事を言い出した。

 薄いピンクのパーカーを少しずらすと、

 えらく丈夫そうなカメラを両手で構え、

 こちらに笑いかけてくる。

 

「……? あぁ」

 

 カシャっとどこか懐かしい音が響く。

 フラッシュもなく、この夜の闇も気にせず、

 淡い光に照らされただけの俺を彼女は真面目な顔をして撮る。

 

「……うん、いいね。お兄さん、儚げな感じがするから、蛍のひかりによく映える」

 

 彼女は満足そうに頷く、

 肩にかかる長い黒髪が軽く揺れ、

 彼女の手元より、満足げな微笑みに目が奪われる。

 

「なぜ、写真を?」

 

 俺が訪ねると彼女はキョトンとした顔で首を傾げる。

 

「なんでって……なんとなく。いい写真になりそうだったから」

 

 わかるでしょ? と言う言葉が聞こえるほどに、

 不思議そうな顔で彼女はこちらを眺める。

 なんとなく、わからないような、わかるような。

 とりあえず頷いてみる。

 

「だよね? んじゃ、お兄さんまたね」

 

 にっこりと笑うと軽く手を振って、

 彼女は小走りで去っていく。

 綺麗な黒髪とフードを靡かせながら、

 まるで風のように。

 

 俺は、それを見送ると、また、静かに目を閉じた。

 言ってみた手前、川の音でも聞いてみよう。

 何か、思い出すかも しれない……。

 

 ────────────────────────────────ー

 

「ねぇ、お兄さん?」

 

 彼女の声で目が覚める。

 昨日会った、あの少女の声だ……

 あたりは暗く、光が舞い。

 昨日と同じすこし眠そうな瞳が、俺の顔を覗きこむ。

 

「あぁ、何だ?」

 

 まだ眠い気はするが、なんとなく目が冴えてくる。

 今日の俺は何をしていたのだったか……

 確か昼には蕎麦を食べたんだったな……

 

「お兄さんって、いつもここにいるの?」

 

 彼女が不思議そうに問いかける。

 今日もカメラ片手に、小首を傾げながら。

 俺の顔を覗き込む。

 ……いつも、だっただろうか? 

 こんな人も居ない時間に1人、ベンチに座り自然を眺める。

 そんな趣深い人間だっただろうか? 

 

「……わからない、そうだったかもな」

 

 思い至らないものは仕方がない。

 とにかく彼女に返事を返す。

 夜の風は涼しくて、だんだんと眠気を取ってくれる。

 

「そっか……じゃあこんどおすすめの場所教えてね! 

 写真に映えるとこ!」

 

 にっこりと彼女が微笑む。

 淡い街灯に照らされて楽しそうなその顔が見える。

 やっぱり、知らない顔だ、古い友人でもなんでもない。

 なぜ、こんなに楽しそうなのだろう? 

 

「じゃ、またね!」

 

 問いかける間もなく彼女は立ち去る。

 電灯の下で振り返り、大きく手を振って、風のように去っていく。

 昨日と同じ景色だ、これは夢なのだろうか? 

 現実なのだろうか? 

 なんとなく、悩んでみるも答えは出ず。

 ふと目に入った灰色の宝石がついたリストバンドを

 軽く撫でて、俺は再び目を閉じた。

 

 ────────────────────────────────ー

 

 ○

 

 夜を駆ける影が一つ、そしてそれを追う影が数十。

 静かな街並みに靴音や鈍い足音を響かせながら。

 ここ、冬木の川辺公園に足を踏み入れる。

 

「数が……多いかな……」

 

 1つの影。

 金髪の少女は一つ呟くと自らを追いかける多数の影に目を向ける。

 それは、獣だった。

 夜の闇に紛れ10、20と並ぶ針のような鋭い眼光が、ただ一点。

 少女の喉元を狙っている。

 

「獣避けはもう無いし、やるしか無いか」

 

 少女は腰のポーチに手を伸ばし、

 その頼りない手ごたえに顔を顰めてから、

 後ろ手に2本の太刀を引き抜く。

 

 自分にも英雄と呼ばれた自負がある。

 この程度の相手にやられるはずもない。

 

 逆手に構え、片足を後ろへ。

 姿勢をそのまま街灯の照らす背後へと跳ぶ。

 

「よし、来い!」

 

 その合図と共に、影は一斉に少女へと飛びかかった。

 

 ●

 

 甲高い音が響く、夜の静寂に紛れるように。

 荒い物音が鳴る、昼の喧騒を思い出すように。

 

 ここは冬木の川辺公園。

 夜にはホタルが飛び、川のせせらぎが耳を癒す。

 そんな場所だ。

 当然、普段はこんなに物音があるはずもない。

 

 ──文句の一つでも言ってやろう。

 そう思い、寝転んでいた俺は眠い目を擦り。

 ゆっくり体を起こすと、そちらへ目を向けた。

 

「なんだ、あれ? 獣と……女の子?」

 

 そこに居たのは異形の獣。

 おそらく犬のものであろう2対4本の足に加え、

 前脚や胴体にまばらに生えた1対の鎌足。

 身体は鈍色の甲殻に覆われ、まるで獣を素体に、

 昆虫を生み出そうとしたかのような異形が多数存在している。

 

 それに対するは金髪の少女。

 長い金髪は月明かりを弾き、

 深緑に染められた上着がその身体を夜の闇に溶け込ませている。

 少女は二刀の太刀を逆手に構え、相対する獣の群れを睨みつけている。

 

 そんな異常な光景を、ぼんやりと眺める。

 腰が抜けた訳でも、恐れを抱いた訳でもなく。

 ただ風景でも眺めるように。

 

 『グゥァァ!』

 

 「甘いよ!」

 

 そうしている間にも少女は獣と戦い、

 鋭い爪を紙一重でかわしながらも1匹ずつ確実に、

 その首を切り落としていく。

 一才の油断なく電灯に背を預け、構えをとる少女を見て。

 

 ──俺は再び目を閉じた。

 当然だ。現実にあんなもの、いるはずも無い。

 であれば夢。

 次、目を開ければ何時もの景色が見えるはず……

 

 そうして再び眠りへ戻ろうとして……背筋が凍った。

 動物の第六感というやつだろうか。

 ヒヤリとした不気味な感覚に思わず、

 少女達とは別の方向に視線を走らせる。

 

 『ォォオォ…。……ォオォ…。』

 

 影が写った。

 ドラゴンのように巨大で、

 それでいてやせ細った不気味な影が。

 影は遠くの大通りから、ゆっくりと、

 霧をその身に纏いながら足をすすめている。

 

 悪寒がした、アレには敵わないと、

 アレは全てを狩る者だと。

 はっきりとした恐怖が目を覚ます。

 あれだけぼんやりとしていた意識が、無理矢理に覚醒する。

 

 「まだ、余裕‼︎」

 

 少女に目を向ける、彼女は未だに獣と戦っている。

 あの存在には気づかずに、

 ただその身を襲う小さな脅威を跳ね除けている。

 

 「ッ…!」

 

 無意識のうちにその足を踏み出していた。

 戦い方なんて何も知らない。

 あんな化け物を見た事もない。

 ましてやあの少女は、一見して力もある。

 それなのに駆け出していた。

 

 ──……見捨てられない。

 

 やさしさとも言うべき弱さがその力を、言葉をこの身に宿す。

 口から言葉が紡がれる。

 まるで親しい友人を呼ぶように。

 まるで忘れていた物を思い出すかのように。

 自然とそのパスワードを発していた。

 

「……ウイング……セットアップ!」

 

『──―Ready、マスター、ご武運を!』

 灰色の宝石が点滅し、そんな幻聴が聞こえた気がした。

 

 

 駆け出しながら光に包まれ、その身体が装甲に覆われる。

 ところどころに古傷のついた流線型の鋼の装甲。

 その背には巨大なブースターが鎮座し、

 スラスターからは灰色の炎が轟轟と燃え盛っている。

 変身とも言うべき不思議な現象が、

 灰色のリストバンドを中心に彼を戦士へと作り替えていた。

 

 一瞬、灰色の炎がその激しさを増す。

 同時にその身を打ち据える衝撃が二つ。

 遅れて聞こえる破裂音。少女の視界から二匹の獣が消え、

 視界の隅に白銀の軌跡が映り込む。

 

 鎧を纏った戦士はその勢いを殺さず進路を変える、

 目指すは最も明るい街灯の下。

 

「そこの金髪少女! 捕まれ!」

 

 声を上げ、手を伸ばす。

 驚いた顔をした少女は一度頷き、獣の顔を足場に大きく跳躍。

 彼が伸ばした手を強く握った。

 

 軋む右腕。人1人分の重さと空気の抵抗はあまりに重く、

 バイザーがなければその顔は苦痛に歪んでいただろう。

 しかし戦士はその痛みごと少女を抱え、そのまま上空へと舞い上がった。

 




まずはお読みくださった皆様に感謝を。
 第1話。いかがだったでしょうか。
この話で、さっそくオマージュ要素が出てきましたね。
『勘違い』好きなら、きっとご存知なのではないでしょうか。
そんな偉大な作品を初作でオマージュしようなどとは、おこがましい話ですが、活かしきって見せましょうとも!
それでは次回もお楽しみに!

追伸、表現描写改善の為、コメントなどお待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。