よろしくお願いします。
第一話 はじまりは突然に
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頭が、ぼんやりとする。
まるで夜、眠りに落ちるように、
まるで朝、目覚める前のまどろみのように、
思考がまるで定まらない。
今、俺は目を開けているのだろうか……
それとも目を閉じているのだろうか……
「……。? ……、……」
……?
声が、聞こえる。……どこかで聞いた声だ。
いや、聞いたこともない声だ。
わからない……
「……か? ……い……ですか?」
どこか懐かしい声だ、
でも、やっぱり知らない声だ。
優しげで、でも凛とした綺麗な声……
この声は何を言っているのだろう。
わからないけど、なんとなく、次は分かる。
そんな気がした。
「生きてますか?」
優しい声に目が醒める……いや、視界が分かるようになる。
目に入ったのは整った顔、朝顔を思わせる紫色の瞳は細められ、やや眠そうなジト目でこちらを覗き込んでいる。
あたりは暗く、木々の合間の街灯が俺と彼女を照らしている。
「きみ、は?」
見覚えのない顔、見覚えのない景色。
今は何時だろうか、そして、彼女は誰なのだろうか。
まだ少しぼんやりとした頭を働かせる。
「私? 翔子です、野薙翔子。それよりお兄さん、
こんな時間にこんな場所で、ぼーっとしてどうしたの?」
野薙翔子、知らない名前だ。
そして、どうやら遅い時間であるらしい。
ゆっくり周りを見渡す。
ほどほどに生えた木々、歩きやすそうな土の道に、道なりに適度に設置されたベンチと電灯。
淡く青白い光はゆらゆらと周りを浮かび。
後ろからは静かな川のせせらぎが聞こえ、穏やかな気持ちにさせてくれる。
「あー、なんだ、川の音を聞いていた」
特に理由も見つからず、そんなふうに言葉を返す。
記憶をいくら辿っても検討がつかないのだ。
昨日は何をしていたのか、
今日の昼に何を食べたのか、
そんなことも曖昧で頭の中から出てこない。
「ふーん……ねえ、お兄さん、写真。とってもいい?」
突然彼女はそんな事を言い出した。
薄いピンクのパーカーを少しずらすと、
えらく丈夫そうなカメラを両手で構え、
こちらに笑いかけてくる。
「……? あぁ」
カシャっとどこか懐かしい音が響く。
フラッシュもなく、この夜の闇も気にせず、
淡い光に照らされただけの俺を彼女は真面目な顔をして撮る。
「……うん、いいね。お兄さん、儚げな感じがするから、蛍のひかりによく映える」
彼女は満足そうに頷く、
肩にかかる長い黒髪が軽く揺れ、
彼女の手元より、満足げな微笑みに目が奪われる。
「なぜ、写真を?」
俺が訪ねると彼女はキョトンとした顔で首を傾げる。
「なんでって……なんとなく。いい写真になりそうだったから」
わかるでしょ? と言う言葉が聞こえるほどに、
不思議そうな顔で彼女はこちらを眺める。
なんとなく、わからないような、わかるような。
とりあえず頷いてみる。
「だよね? んじゃ、お兄さんまたね」
にっこりと笑うと軽く手を振って、
彼女は小走りで去っていく。
綺麗な黒髪とフードを靡かせながら、
まるで風のように。
俺は、それを見送ると、また、静かに目を閉じた。
言ってみた手前、川の音でも聞いてみよう。
何か、思い出すかも しれない……。
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「ねぇ、お兄さん?」
彼女の声で目が覚める。
昨日会った、あの少女の声だ……
あたりは暗く、光が舞い。
昨日と同じすこし眠そうな瞳が、俺の顔を覗きこむ。
「あぁ、何だ?」
まだ眠い気はするが、なんとなく目が冴えてくる。
今日の俺は何をしていたのだったか……
確か昼には蕎麦を食べたんだったな……
「お兄さんって、いつもここにいるの?」
彼女が不思議そうに問いかける。
今日もカメラ片手に、小首を傾げながら。
俺の顔を覗き込む。
……いつも、だっただろうか?
こんな人も居ない時間に1人、ベンチに座り自然を眺める。
そんな趣深い人間だっただろうか?
「……わからない、そうだったかもな」
思い至らないものは仕方がない。
とにかく彼女に返事を返す。
夜の風は涼しくて、だんだんと眠気を取ってくれる。
「そっか……じゃあこんどおすすめの場所教えてね!
写真に映えるとこ!」
にっこりと彼女が微笑む。
淡い街灯に照らされて楽しそうなその顔が見える。
やっぱり、知らない顔だ、古い友人でもなんでもない。
なぜ、こんなに楽しそうなのだろう?
「じゃ、またね!」
問いかける間もなく彼女は立ち去る。
電灯の下で振り返り、大きく手を振って、風のように去っていく。
昨日と同じ景色だ、これは夢なのだろうか?
現実なのだろうか?
なんとなく、悩んでみるも答えは出ず。
ふと目に入った灰色の宝石がついたリストバンドを
軽く撫でて、俺は再び目を閉じた。
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○
夜を駆ける影が一つ、そしてそれを追う影が数十。
静かな街並みに靴音や鈍い足音を響かせながら。
ここ、冬木の川辺公園に足を踏み入れる。
「数が……多いかな……」
1つの影。
金髪の少女は一つ呟くと自らを追いかける多数の影に目を向ける。
それは、獣だった。
夜の闇に紛れ10、20と並ぶ針のような鋭い眼光が、ただ一点。
少女の喉元を狙っている。
「獣避けはもう無いし、やるしか無いか」
少女は腰のポーチに手を伸ばし、
その頼りない手ごたえに顔を顰めてから、
後ろ手に2本の太刀を引き抜く。
自分にも英雄と呼ばれた自負がある。
この程度の相手にやられるはずもない。
逆手に構え、片足を後ろへ。
姿勢をそのまま街灯の照らす背後へと跳ぶ。
「よし、来い!」
その合図と共に、影は一斉に少女へと飛びかかった。
●
甲高い音が響く、夜の静寂に紛れるように。
荒い物音が鳴る、昼の喧騒を思い出すように。
ここは冬木の川辺公園。
夜にはホタルが飛び、川のせせらぎが耳を癒す。
そんな場所だ。
当然、普段はこんなに物音があるはずもない。
──文句の一つでも言ってやろう。
そう思い、寝転んでいた俺は眠い目を擦り。
ゆっくり体を起こすと、そちらへ目を向けた。
「なんだ、あれ? 獣と……女の子?」
そこに居たのは異形の獣。
おそらく犬のものであろう2対4本の足に加え、
前脚や胴体にまばらに生えた1対の鎌足。
身体は鈍色の甲殻に覆われ、まるで獣を素体に、
昆虫を生み出そうとしたかのような異形が多数存在している。
それに対するは金髪の少女。
長い金髪は月明かりを弾き、
深緑に染められた上着がその身体を夜の闇に溶け込ませている。
少女は二刀の太刀を逆手に構え、相対する獣の群れを睨みつけている。
そんな異常な光景を、ぼんやりと眺める。
腰が抜けた訳でも、恐れを抱いた訳でもなく。
ただ風景でも眺めるように。
『グゥァァ!』
「甘いよ!」
そうしている間にも少女は獣と戦い、
鋭い爪を紙一重でかわしながらも1匹ずつ確実に、
その首を切り落としていく。
一才の油断なく電灯に背を預け、構えをとる少女を見て。
──俺は再び目を閉じた。
当然だ。現実にあんなもの、いるはずも無い。
であれば夢。
次、目を開ければ何時もの景色が見えるはず……
そうして再び眠りへ戻ろうとして……背筋が凍った。
動物の第六感というやつだろうか。
ヒヤリとした不気味な感覚に思わず、
少女達とは別の方向に視線を走らせる。
『ォォオォ…。……ォオォ…。』
影が写った。
ドラゴンのように巨大で、
それでいてやせ細った不気味な影が。
影は遠くの大通りから、ゆっくりと、
霧をその身に纏いながら足をすすめている。
悪寒がした、アレには敵わないと、
アレは全てを狩る者だと。
はっきりとした恐怖が目を覚ます。
あれだけぼんやりとしていた意識が、無理矢理に覚醒する。
「まだ、余裕‼︎」
少女に目を向ける、彼女は未だに獣と戦っている。
あの存在には気づかずに、
ただその身を襲う小さな脅威を跳ね除けている。
「ッ…!」
無意識のうちにその足を踏み出していた。
戦い方なんて何も知らない。
あんな化け物を見た事もない。
ましてやあの少女は、一見して力もある。
それなのに駆け出していた。
──……見捨てられない。
やさしさとも言うべき弱さがその力を、言葉をこの身に宿す。
口から言葉が紡がれる。
まるで親しい友人を呼ぶように。
まるで忘れていた物を思い出すかのように。
自然とそのパスワードを発していた。
「……ウイング……セットアップ!」
『──―Ready、マスター、ご武運を!』
灰色の宝石が点滅し、そんな幻聴が聞こえた気がした。
駆け出しながら光に包まれ、その身体が装甲に覆われる。
ところどころに古傷のついた流線型の鋼の装甲。
その背には巨大なブースターが鎮座し、
スラスターからは灰色の炎が轟轟と燃え盛っている。
変身とも言うべき不思議な現象が、
灰色のリストバンドを中心に彼を戦士へと作り替えていた。
一瞬、灰色の炎がその激しさを増す。
同時にその身を打ち据える衝撃が二つ。
遅れて聞こえる破裂音。少女の視界から二匹の獣が消え、
視界の隅に白銀の軌跡が映り込む。
鎧を纏った戦士はその勢いを殺さず進路を変える、
目指すは最も明るい街灯の下。
「そこの金髪少女! 捕まれ!」
声を上げ、手を伸ばす。
驚いた顔をした少女は一度頷き、獣の顔を足場に大きく跳躍。
彼が伸ばした手を強く握った。
軋む右腕。人1人分の重さと空気の抵抗はあまりに重く、
バイザーがなければその顔は苦痛に歪んでいただろう。
しかし戦士はその痛みごと少女を抱え、そのまま上空へと舞い上がった。
まずはお読みくださった皆様に感謝を。
第1話。いかがだったでしょうか。
この話で、さっそくオマージュ要素が出てきましたね。
『勘違い』好きなら、きっとご存知なのではないでしょうか。
そんな偉大な作品を初作でオマージュしようなどとは、おこがましい話ですが、活かしきって見せましょうとも!
それでは次回もお楽しみに!
追伸、表現描写改善の為、コメントなどお待ちしております。