英雄は勘違いと共に   作:風に逆らう洗濯物

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大変お待たせしました。第十話になります。
よろしくお願いします。


第十話 鎧の審判者

 ●

 

 羽が宙を舞い、腐肉が地に落ちる。

 スプラッタなその光景を視界から外し、俺達は洋館へ足を進める。

 既に馬岱は屋敷に入り、周囲は静けさを取り戻していた。

 

 ──“なんか静かだね〜”

 

 凛花の言う通り。

 物音の大半を占めていたカラスがいなくなったことで、辺りには静寂が広がっている。

 生き物の気配は無く、周囲に広がる血の池がこの場所の不気味さに拍車を掛けていた。

 宿主のいない蜘蛛の巣は照明を覆い隠し、薄暗い道を弱々しく照らしている。

 

「音がしない……。大輝……手を繋いでいこう」

 

 ……少し怖くなったのだろうか? 

 レッドが少し迷いながらこちらに手を差し出してきた。

 俺は頷いて手を握り、彼女と共に洋館への扉を開いた。

 

 ○

 

 扉をくぐると、そこには一直線の廊下が広がっていた。

 いや、廊下というのは正しくない。

 正しくは回廊。

 大理石の石柱が両脇に並び、それが奥へ奥へと続いている。

 背後には既に扉はなく、大理石の間からは深淵の闇が覗いていた。

 

「外……? いや、これは? 

 なるほど、……結界か」

 

 大輝の言う通り、ここは結界の中だ。

 それも神霊のみが持つことを許される、神域の類だろう。

 あまりに濃厚な魔力量に、心は不調を訴え、身体は歓喜している。

 

「くぅ……んん! ごめん、大輝。警戒は任せるよ」

 

 この分では、繊細な魔力操作など望めない。

 もし、別々に入っていた場合。合流するのも困難になっただろう。

 そんなことを考え、彼を見上げると彼はボクをじっと見つめる。……な、なにかな? 

 

「……いや、何でもない」

 

 なんでもないらしい。

 なんでもないのにジロジロ見るとは、失礼な者だ。うん。

 

 そんな風に和気藹々と進んでいると、石柱に囲まれた広い空間に出る。

 中央には装飾の凝った鎧が鎮座し、その周りを囲む様に緑青色の炎が、松明の上で燃え盛っていた。

 

『咎人達よ、そして強き者よ。何故、この場へと参った』

 

 咎人か、確かに無断で神域へ足を踏み入れたのだ、そうも言われるのもおかしくはない。

 しかし意外だ、コレが『死神』か、もしくは他の存在かは知らないが。

 てっきり無言で襲い掛かってくると思ったのだが。

 隣の彼を見ると、相手を観察するように動きを止めている。

 代わりに話せと言うのだろう。

 濃厚な魔力に若干の胸焼けのようなものを起こしつつ、ボクは口を開く。

 

「ん……ボク達は、雁夜さんを止めに来た」

 

『何故止める』

 

 敵はその言葉を聞くなり即座に疑問を返してくる。

 なるほど、いかにもな反応だ。

 無機質で居て善悪を問う返答。

 つまり、相手は審判者。

 わかりやすく言うなら、神域を守る精霊といった所なのだろう。

 

 であれば、無駄な問答だ。

 どうせ聞き入れる事はない。

 それでも、礼儀として一応答える。

 

「救うために!」

 

 ボクは堂々と答え、過剰な魔力と共に太刀を抜き放つ。

 それは敵の盾に弾かれ、その衝撃が魔力波となってボクを吹き飛ばした。

 同時に緑青の炎が燃え上がり、鎧へと吸い込まれていく。

 

『ならば、我を倒して行くがいい』

 

 不気味に瞬く鋼の装甲、燃え上がる剣と盾。

 ボクは好戦的に笑い、躊躇なく全身を魔力に浸した。

 

 ●

 

【悲報】レッドも戦闘狂だった。

 荘厳な感じのする柱を抜け、松明が円を描く広間にたどり着いた俺達。

 中央に立つ鎧を認識した瞬間。

 どうしようもない悪寒が走り、口を開くことさえ出来なくなった俺を他所に。

 何故かいきなり喧嘩を打ったレッドは、青いはずの瞳を、赤く光らせ駆け出していた。

 

 ……正直何もわからん。

 右へ左へ、残光を残しながら金の線が見えるから、レッドが物凄いスピードで敵の周囲を行ったり来たりしている事はわかるんだが。

 動きも見えず、音も遅れて聞こえるとなれば、早々お手上げである。

 次々襲い掛かる衝撃波に、吹き飛ばされないよう、こっそりブースターを焚くのが、関の山だ。

 

 ──“ダイキさん、ここ怖いよ……”

 

 ……俺も怖い。

 とは言え、少女二人に情けない姿を見せるわけには行かないので、幾分か悪寒がマシになったあたりで周囲を見渡す。

 

 あるのは蛇が幾重も掘られた不気味な石柱。

 そして闇だけである。

 出口は何処なのかまったく分からない。

 ……レッドは放って置いて探索でもしよう

 そう思い、一歩踏み出した所で目の前を何かが通り過ぎる。

 

「ヒェ……」

 

 隣の柱に突き刺さるソレは、緑青に輝く金属片であった。

 俺が咄嗟に柱に隠れたのは言うまでもない。

 

 ○

 

 胴を狙い、頭を狙い、右へ。左へ。

 敵を斬りつけ、突き、叩き。

 鎧の弱点を探しながら、考える。

 実体の存在しないものを狩る方法は意外と少ない。

 

 一つ目は聖なる神秘に頼る事。

 コレは最も一般的で、最も有効な手だ。

 聖水や神官による祈りなど方法は様々であるが、共通して言える事は神やそれに準ずる者に頼っている事が挙げられる。

 そのため、神域に住む精霊に効果が期待できるかと言えば疑問が残る。

 

 二つ目は膨大な魔力をぶつけ、存在を希薄化させる事。

 コレも一般的で魔法使いなどがよく使う方法だ。

 とは言え、これはボクには無理だ。他の方法を使うしかない。

 

 となればボクが取れる方法は、三つ目。

 ──依代を破壊する事。

 これしかない。

 しかし、先程から試している通り、傷は付けども壊れる様子もない。

 なるほど……諦めるべきなのだろう。

 

 ボクは、笑みを深めて一つ呟く。

「極めて高い斬撃への耐性、そして、実体が無いからこそ怯む事がない」

 

 自嘲気味なボクの言葉に、何かを感じたらしい。

 敵が、その剣を、盾を降ろし、口にする。

 

『故に、汝の勝ち目はない』

 

 そんな敵を見て、ボクは二刀へ意識して魔力を送る。

 敗北を避けるための加護では無く、勝利を掴むための実体へと。

 変化するのは先の鋭いだけの鈍刀、美しさある刃文はなく、ただ頑強実直なだけの鉄塊である。

 

「所で。ノコギリがなぜ切れるか知っているかな?」

 

 太刀を逆手に、その鋒にのみ加護を宿す。

 

『幾重もの刃で切り裂く故だろう?』

 

 その言葉に笑い、一直線に敵へと駆ける。

 敵は変わらず、腕を下げこちらを憐れむ様に見下ろしている。

 ボクはそんな敵の胸に、十字に刀を振り下ろした。

 

 ──ギィィイイと不快な金切り音。

 ボクの脇を、緑青の破片が飛んでいき。

 遠く、柱に突き刺さる。

 

「違うよ。複数の刃で、削ぎ落としているからさ」

 

『馬鹿……な』

 

 目の前の鎧から、僅かに溢れ出る緑青の炎。

 その奥に輝く闇色の魂に、ボクは祝福の宿る一刀を振り降ろした。

 

 ●

 

 遠くでガシャンと音がする。

 柱の陰からひょいと顔を覗かせると、緑青の炎の中心に倒れる鎧。さらにソレを見下ろすレッドの姿が見える。

 ……激戦の予感に柱に隠れたら、戦いは終わってた件について。

 安堵感から息を吐く。

 

「終わったか?」

 

 俺の言葉にレッドが振り向く。

 振り返った少女の顔は上気し、若干視点も合ってない様に見える。

 

「んふふー、いえーい!」

 

 かわいい……じゃなかった。何かおかしい! 

 

 ──“ダイキさん! 炎が! ”

 

 凛花に言われ、足元を見る。

 熱さは無く、何の力も持たない様な気がしていたソレは、吸い込まれる様に少女に集まっていた。

 ……え、どうすりゃいいの? これ……

 

「んぅ……ねぇ、大輝?」

 

 少女が流し目でこちらを見る。

 その目は赤く、普段の理性のカケラも感じられ無い。

 そんな艶のある少女に、若干ドギマギしながら俺は返事をする。

 

「どうした」

 

 俺の返答に嬉しそうに微笑むと、手にしていた小刀を腰に戻し、足元に投げ捨てた二刀を拾い上げる。

 

「ふふ…。イクよ?」

 

 瞬間、凄まじい死の予感を感じ、思わず呪文を口にする。

 

「フォーカス・ブーストッ‼︎」

『──―ready,〝Focus Boost〟』

 

 俺とレッドは錐揉み回転しながら、松明の中心に現れた扉へ突っ込んで行った。




第十話いかがだったでしょうか?
作者は戦闘描写が、相変わらず短めになってしまい若干の勿体無さを感じております。
いつか上手く書けると良いのですが…

また、週一投稿になってしまい申し訳ないです。
なんとか書き貯めたい所ですが難しく、どうにかやっております。
そんな状態ですから、思い出したように開く程度でも構いません。
是非、完結までお付き合いくださいませ。

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