よろしくお願いします。
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「ありがとう、助かったよ」
大きな橋を越え、獣たちが見えなくなった頃。
慣れない言葉に、頬を掻きながら少女が感謝を口にする。
時刻は11時過ぎ、鳥は巣に戻り、
乗り物の光すらも珍しくなる時間だ。
そんな時間だからか、彼の後ろで燃え盛る炎と轟音はよく目立つ。
それに、この鎧の燃料がいつ無くなるとも分からない。節約はした方がいいだろう。
「そろそろ降りよう、あっちにいい感じの林があるみたい」
目を向ければ、小さな噴水に大きな広場。
どうやら遠くに見える灯台を目安に、この町2つ目の公園。
『海鳴公園』へと飛んできたらしい。
これ幸いにと公園の一角を指差し、林の影に2人でゆっくりと降り立つ。
「……けがは? 手当は?」
降り立つなり、鎧の彼は低い落ち着いた声で、
無愛想にもこちらの心配をしてくる。
やはり、気づいていたのだろう。
──そう、あの一瞬。
ボクは疲労が溜まったのか、それとも他の原因があったのか。
回避の瞬間、足を挫いてしまったのだ。
幸い長引く傷でもなく、彼に運ばれる最中にはもう良くなっていたが、あの時点では致命傷だった。
……彼の助けがなければ、あの鈍く光る大鎌にこの身を切り裂かれていただろう。
それはつまり、全身鉄鎧の彼とは異なり死に繋がるのだ。
「あははは! 君はやさしいね。
大丈夫、これくらいなら直ぐに治るよ」
あえて大きな声で笑う。
確かに黒いインナーは破れ、紙で切った程度の切り傷が四肢に残ってはいる。
しかし革の防具は健在で、出血の続くような傷もない。
──あなたのおかげで命を拾うことができたのだ。
その事を言外に伝えるべく、あえて笑ってみせる。それが伝わったのか、鎧の彼は一つ頷いてくれた。
「君、傭兵かな? 炎で空を飛ぶなんて珍しいね」
ボクの地元では珍しい、装甲重視の金属鎧。
それを身につけ、魔法による浮遊ではなく、ドラゴンのブレスと見間違えるような業火で宙を駆ける。
そんな戦い方は本当なら自殺行為だし、珍しい所の話じゃない。
「…。」
興味本意の質問だったのだが、鎧姿の彼は腕や背中の装甲を再確認すると、考え込むように首を傾げ、黙り込んでしまう。
機密か何かだったのだろうか……
●
……傭兵???
現実味のない出来事に内心テンパりながら、少女の怪我を確認し、
一安心。
突然かけられた言葉に思考が停止する。
俺は昨日もバイトで日銭を稼ぎ、コンビニで昼食を買うタダのフリーターなんだが…
当然。心当たりは無く、『どうしてそうなった!?』と問い返そうとして、ふと気がつく。
──この鎧を見て言っているのだろうか。
確かにブースターを使い飛行する全身鎧とか言うオーバーテクノロジー、そんな物を見れば国の特殊戦力とか、SFに出てくる傭兵企業の武装兵器だとかそんなありもしなさそうなものを考えてもしかたない。
しかし、俺はそんなものではない。
……そんなものではないが。
少女を見る。
年齢通り華奢な体。
あの危険極まりなさそうな獣に囲まれ、無傷に近い状態でやり過ごせるとは到底思えない。
そんな小さな体で戦っているのだ、裏に秘密組織だなんだ。と物騒な話が隠れててもおかしくはない。
そう思い、適当に誤魔化す。
「……俺からすれば、そっちの格好の方が珍しい」
俺が訳知り顔で返すと少女は「そうかな?」と首を傾げ、自分の格好を確かめる。
肩にかかる程度の金髪を大雑把にくくり、黒いインナーと緑のジャケットにショートパンツ。
足が見えるのは防御力的にどうなんだ? と思わなくも無いが、年季の入った胸当てや肘当てを見る限り、何か意図があるのだろう。
年は中学生くらいか、正面に立っていても全く威圧感は感じない。
むしろ、そんな幼さで鎧を纏い剣を振うなんて……いつから日本はそんな国になったんだ。と、恐らく見当違いな事を思うばかり。
そもそもさっきの化け物や獣はなんだったのか。今更になってそんなことが気になってくる。
「さっきのあれは?」
やめておけばいいのに、好奇心からかそんな事を口にする。
もし、何かの研究所から逃げ出した。とか、自分は気づかないうちに異世界に来ていた。とか、であればどうするつもりなのか。
自分の手に負えないのは間違いない。
もっとも、空から見た感じ。
ここが住みなれた冬木の街である事は間違いないようだが。
少女は不思議そうに首を傾げた。
「さっきの魔物の事?」
「困るよね、毎晩襲われるよ?」と当たり前のように語る少女。
少し眩暈がした。
魔物といえば、ゲームなどに出てくる力を持った獣の総称である。
当然現実に現れるようなものじゃない。
そんなものが毎晩出てくるのであれば、俺はもう挽肉にでもなっているに違いない。
ところどころで出てくるファンタジーの世界はなんなのか。
一周回って笑えてくる。
だが、少なくとも少女視点では、現地生物と言う事になるらしい。
「そうか……あの化け物は何かわかるか?」
「化け物?」
少女は首を傾げる。
どうしてか、この実力者であろう少女は気づいていなかったらしい。霧の向こうから獲物を狙うあの飢えた獣を……
正直思い出したくも無い不気味さなんだが、この反応を見るにアレは少女絡みではないのだろう。
一安心だ。
アレはファンタジーと言うより、妖怪だとかそっち方面の不気味さだったしな。と、訳の分からない事を考え。
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
──話題を切り捨てる。
恐らくアレはろくな者じゃない。
もしアレを狙っているなら、止めようと思ったが、この感じだと獣の方もただ襲われたのを退けていただけらしいし。
この少女も知らない方がいいだろう。
「ふーん、了解。ところで君はこれからどうするの?」
これから、と聞いて少し真面目に考える。
財布の中には1万円札が少々。
贅沢をしなければ部屋も借りれるだろう。
……ただし、そのためにはあの化け物がいる大通りまで戻らないといけないが。
そもそも化け物はあの1体だけなのだろうか?
もし、似た様なやつが複数居るとしたら……?
もし、ここが姿形の似ているだけの異世界だったら……?
そこまで考えて俺は考えるのをやめた。
……現状はこの少女と居るのが一番安全である。
○
あれは? と聞かれてつい、魔物の話などしてしまった。
彼の様な、地元の傭兵が知らないはずも無いのに。恐らく、口下手な彼は化け物とやらの事を聞きたかったに違いない。
実力者の彼でも恐れるほどの存在か……
思わず思考に潜ってしまう。
……やはり、ソレを退治しにいくのだろうか?
若干の不安に彼の方を向くと彼は頷き、一つ言葉を発した。
「せっかくだ、君の護衛でもしよう」
──意外な申し出だった。
思わず、差し出された彼の右手を両手で握りしめてしまう。
彼の手は鎧を着けている分重く、硬かったが。
それが余計に何処か不安だったボクに安心感を与えてくれる。
「本当!? 助かるよ! 実はボク、ここに来たばっかでわからないことばかりなんだ。地元では2つ名で呼ばれたりするけど、ボクよりすごい人なんて山ほどいて、魔物退治だってやっぱり皆んなのおかげで! …………。
とにかく! 君みたいな凄腕の傭兵がいれば百人力だね!」
──言葉が雪崩の様に飛び出していく。
まだ、彼の素性がわかったわけでもないのに、うかつにも自分語りまでしてしまう。
転移の罠らしき光に包まれてはや3日、あの魔物に襲われながらも、騙し騙しやって来たのだ。
正直なところ1人でこの町を調べるのは限界だった。
「それじゃ、自己紹介しなくちゃね! ボクはレッド・ロータス。レッドでいいよ!」
ボクは満面の笑みで彼に笑いかける。
鎧姿の彼は表情が見えないものの、ケガを心配してくれるような優しい性格だ。
変に気を使って真面目な顔をし続けては困らせてしまうだろう。
それにどんな人なのか気になるのも事実。
あわよくば警戒を解いて顔を見せてくれないかなぁ……
なんて少し思う。
「……大輝だ。中村大輝」
大輝が力強く言い切る。
ナカムラ・ダイキ。彼らしい力強い名前だ。
忘れないように心の中にメモを残し、ボクは「よろしくね!」と返す。
……しかし、ファミリーネームが先にくるとは珍しい。
やはりここは地元から相当離れている、
もしくは国すらも違うに違いない。
「あぁ……」と返事を返してくれるダイキは何処か上の空な様子。
恐らく、これからの事を考えてくれているのだろう。
その静かに、次の目標に向かっていく姿は傭兵らしく好感が持てるが、目標を獣の殲滅とかにされてはたまらない。とボクは口を開く。
「じゃあ、早速なんだけど、この辺で特別な力について詳しいところ知らない? カミカクシとか、転移とか」
こんな事を言ってしまえば、別の場所から来たと言っている様なものだが今更だろう。
それに実際、別の場所から来たのだ。
このニホンと言う場所。不思議な事に言葉は通じているが、文字も文化も違い、そもそも隣接する国がない島国らしい。
当然ボクは船に乗った覚えも無ければ。ニホンと言う国に聞き覚えもない。
キカイってものもよくわからないし。
とにかくわからないことだらけだ。
「山に寺がある。神隠しはわからないが、ヒントにはなるだろう」
寺……って言うのは地元でも聞いたことがある。
確か神様を祀る神殿の一種だったはずだ。
そう言う場所であれば、魔力など不思議な力もたまりやすいと聞く。彼の言う通り、何か手がかりがあるに違いない。
「お寺かぁ……うん、そこに行ってみよう」
目的地を決めたボクらは歩き出す。
まずは桐生寺、この町随一の心霊スポットと名高い山奥の寺だ。
第二話、いかがだったでしょうか。
今回は、主人公パーティの自己紹介になります。
そしてオマージュ要素は物語の舞台、冬木。
と、言っても全てが同じではありません。
水辺には公園があったり、中央には巨大な図書館があったりと相違点がたくさんあります。
聖杯戦争の地、冬木に類似した土地。これがどんな意味を持つのか…
是非考察してみてくださいね。
それでは、次話をお楽しみに!