今日が休みで良かったです。
そういえば、ようやく代理を手に入れました。
ほっとしますね。
「セイちゃん、ここは腕を真っ直ぐ前に突き出して。あ、もっと大袈裟でいいよ」
「こう……かな」
「そうそう! すっごくイイよ! セイちゃんのトレーナーもそう思うでしょ?」
「うむ、良きかな良きかな」
トウカイテイオーとのダンスレッスンが始まってからというもの、スカイのダンスはみるみるうちに上達した。
上手くなるなら教えてもらうのが1番だね。
「おやおや? もしかしてトレーナーさん。セイちゃんの可愛さに思わず照れちゃいましたか?」
「照れはしないかな。あ、照り焼きチキン食いたくなってきたな」
「そうですか……」
「あ……おい今照り焼きチキン馬鹿にしたろ。いいか、マックは馬鹿にしても良いけどな、照り焼きチキンだけは馬鹿にしたら許さねぇからな」
「自分って言わないあたり自己中心的ですね」
俺が自己中だぁ? 一理あるな。
「あれ、テイオーも照り焼きチキン馬鹿にしたろ」
「ボクを巻き込まないでよ!!」
いや、なんか雰囲気でなんか感じたからさ。どちらかというと照り焼きチキンより俺をバカにしてた気がする。それはな、マジで許さんぞ。
「それにしても、セイちゃんのトレーナーはなんでパソコンばっかり弄ってるの? 他のトレーナーは皆付きっきりで指導してるのに」
「お、知りたいか。実はだな、スカイが自分だけの意思で練習する。自分で試行錯誤をする。これをする為に敢えて見ないってことをしてるんだ」
「え? でも、みんな自主練してるよ? そんなことしなくたって……」
「いや、これが大事なんだ。トレーナーは道をそれないように正しい道をある程度示してあげるのが仕事。その後は自分でその道を進まないといけない。その道をそれないようにするのがどれだけ難しいのかは、去っていくウマ娘が圧倒的に多いっていう事実が示している」
だが、ただトレーナーが示した道を進むだけでいい訳でもない。そういった不安定なところを、如何にして進まなくてはいけないのか。
そして、進むにつれて自分が本当に上手くなれるのか速くなれるのか不安になる時だって来る。それさえも押し潰して進むというのは、並大抵じゃできない。
「だから、俺はここにいるけどいないっていう立ち位置で、本当にマズイと思ったら道を外れないようにルートを見つめ直す。それだけの事だよ」
トウカイテイオーは何やら感心しているようだった。
「ふーん。トレーナーってそんなことまで考えてたんだ。てっきり、サボってるだけなのかと思ってた」
「ふっ。まあ、これこそトレーナーのなすべきこと「――っていう口実を作って遅れに遅れた仕事をせかせかやってるんだよ。トレーナーさん、あまり変なこと教えちゃダメですよー」……うむ」
なんでだよ。これについてはスカイもなるほど確かにって納得してたじゃねぇか。何をそんな否定する必要がある。
「……なんか、セイちゃんのトレーナーが詐欺師に見えてきた」
「やめろ、そんな噂流れたら仕事が無くなる」
口は災いの元って話を聞かなかったのか? それが見知らぬウマ娘Aに聞かれて噂が拡がってたづなさんの耳に拾われてみろ。島流しだぞ。
どこに流されるかって……? どこだろ、江ノ島とか?
いや、あそこ陸続きだな。帰れるわ。
「む、もうこんな時間か。そろそろ席外すわ」
「トレーナーさん、今日なにかあるんですか?」
「なんか、知り合いが教室開くけど1人風邪で休んだから代わりに出てくれだと」
「教室……つまり未来のトレーナーの為のトレーナー教室ということですね? まだ若いのに、話題のお人は大変ですなー。セイちゃん、妬けちゃいますよ?」
「は? ちげぇよ、野球教室だよ。デビュー戦勝たせただけの新人トレーナーがそんなことするわけないだろ」
「え?」
「え?」
なんだ、スカイのやつ勘違いがすぎるぞ。ろくなトレーナーの知識もないやつがトレーナー教室にわざわざ呼ばれるわけがなかろう。
俺の取り柄といえば1に野球が好き2に野球が好き3も野球が好きの野球バカくらいだ。そうなると必然的に何ができるかも絞られるってもんだ。
「俺がトレーナー……? ふざけんなよ、それは前提から間違ってる」
「「いやいや大前提だよ(ですよ)」」
「ふむ……困ったもんだな」
まあ、これについては議論したところでしょうがない。別に信じてくれなかったからなんだという訳でもないし、あと代役が遅刻なんてのも良くないし話を切り上げよう。
「まあ、そういうこった。トウカイテイオー、あとは任せた」
「え? あ、うん。任された、よー……」
◇◇◇◇
バタン。
扉が強くしまって、私とテイオーちゃんだけが残った。
トレーナーさん、まだ勤務時間内ですよね。野球教室って、絶対トレセン学園関係ないですよね。
サボりじゃないですか。
「……セイちゃん、色々大変なんだね」
「大変だね。私とトレーナーさんだけしか居ないけど、毎日が動物園みたいでさ。でも、トレーニングはちゃんとしてるんだけどね」
いや、でも何処のチームもやってないようなことを個人でやってるっていうところを考えるに、トレーニングも普通じゃないのかもしれない。
「そうなんだ。大変そーって思うけど、セイちゃんは楽しそうにしてるもんね」
「またまたー。トレーナーさんと一緒にいて楽しいなんてないない。最近、他のトレーナーさんに助けて貰って残業が減ってさ。ちゃんの練習見るのかなーと思ったら、今度はもっと早く帰ってやるみたいなこと言い出すし……」
「あはは! やっぱり楽しそうだよ。ていうか、トレーナーさんすっごいセイちゃんそっくりなんだね」
「むぅ……。セイちゃんはあんな突拍子もない発言をするおバ鹿じゃないです」
あんな口を開けば野球野球言ってるだけの訳分からない人と私が一緒……? 冗談にしてはキツい。
私をそんな奇人変人に仕立てあげないで欲しい。私はあくまでも平凡なお人。特に、今回に関しては『良い意味』での平凡。
「そうなのかなー……」
そうなんです。
「そういえば、セイちゃんって転入生の話は聞いた?」
テイオーちゃんがふと思い出したように言った。
「転入生?」
「そうそう。カイチョーが言ってたんだけど、転入生が来るんだって。すっごい遠くから来たって話で、学年はセイちゃんと同じみたい」
「へぇ〜……」
転入生自体はさほど珍しい訳では無い。単純な家庭の事情とは別で、レースの才能を見込まれて度々地方からウマ娘がやってくる。
とはいえ、その人達が活躍しているかといえば皆が皆活躍する訳では無い。
トレーナーさんに担当してもらってからは何となく言い難くなってきた言葉だけど……才能があって、しかもその才能を持った人のほんのひと握りがレースで名前を残す。
特に、そういう才能があって転入してくるなんて時は必ずと言っていいほど耳に入ってくる。今回は私も知らなかったし、特に誰かの息がかかっているだとか、そういうことは無いんだと思う。
というより、これ以上私の代で才能に溢れる人が増えるのは困る。グラスちゃんにキングにエル。
エルは目標的にに私と被ることは少ないだろうとはいえ、それでも強力なライバルがいることには変わりがない。
これで、また日本代表するみたいなウマ娘が来たら……私が割って入る穴は無くなってしまう。
でも……もしそれでとんでもないどんでん返しが待っていたら……もし私がそれをしたら……。
なんて思うと、楽しみで仕方がなかったり?
「あ、セイちゃん携帯鳴ってるよ」
「ほんとだ」
ついさっき野球教室に行こうとしていたおバ鹿さんからだった。
「どうかしましたか?」
『ごめん、俺1週間休み取るわ。練習メニューとかはファイル作っておくから、桐生院さんに任せておくね』
「へ?」
『んじゃ』
ピロリン。
トレーナーさんは一方的に伝えたいことだけ伝えて電話を切った。
反論されるのを知ってて面倒だから敢えて遮っているのが見え見えだ。
正直、それは無いと思うんですよ。
「トレーナーはなんて?」
「1週間休みまーすって」
「突然だね……次のレースは大丈夫なの?」
「2週間後」
つまり、トレーナーさんは最後の1週間だけいるわけだ。
「え、えぇぇぇぇぇぇ!?」
テイオーちゃんは驚いてるけど、私は特に驚くことは無い。
トレーナーさんはいつも通りだ。すぐどっか行く、そしてすぐやらかす。デリカシーがない。
デリカシーがないから……だから、そういう部分は私がサポートしてあげないと。
そうじゃないと……今は冗談で済むかもしれないけど、そのうちことが大きくなったら、本当に冗談じゃ済まなくなる。
1週間、なんで休むのかは分からない。
でも……お願いだから絶対変なことだけはしないで下さいよ。私、それだけは信じてますから。
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