ティアナがスバルの部屋から去って数時間後、すでに日も沈み空には星が瞬いていた。
そんな夜空のもと、当のスバルは病院の屋上で一人遠くに明るく浮かび上がる地上本部を見つめていた。
(あたしは、あんたのことが大好き)
もちろん、頭の中は昼間のティアナの発言でいっぱいだった。
気になり始めていた異性からの突然の告白。
彼女には休めと言われたスバルだったが、突然の告白によって混乱した頭では休むにも休めなかった。
「夢、じゃないよな……」
そう言いながらスバルは右手で自分の頬を思いっきり引っ張り、痛みを感じた。
頭の中を整理しようと外に出たスバルだったが、静かな病院の屋上ということで整理しようにも、少しでも彼女のことを考えると、先ほどの告白の言葉が思い出される。
「ここにいたか、バカ息子」
「……親父」
そこで、なんとかこの気持ちに整理をつけようとした彼がとった策は、経験者である父を頼ることだった。
「で?
急に連絡よこした理由は何だ?」
冷える夜空の下で、スバルの隣に立つゲンヤは息子にそう尋ねる。
「えっとさ、親父とお袋はさ、なんで知り合ったんだ?」
「いきなりどうした?
なんで俺らのことを聞きたがる?」
「ちょっと気になったから……」
ゲンヤはスバルの様子がいつもとは違うことに気づいたが、あえてそのことは指摘しなかった。
ゲンヤは手摺にもたれかかりながら思い出す様に口を開いた。
「そうだな、あいつとの出会いってのは仕事での付き合いからだったな」
その時、俺はまだ部隊長なんて立場じゃ無くてな、とある部隊との合同捜査のために部隊の代表としてクイントと会ったんだ。
まぁ、最初はこんな別嬪さんが捜査官だなんて信じられなかったさ。
だけどな、合同捜査ッてなだけに一緒に調べものなんかもするようになって、あいつがすごいってのはわかった。
そして、仕事の時だけじゃなくてプライベートでも会うようになった。
その時はわからなかったんだが、その時から俺はあいつに惚れてたんだろうな。
おっと、話が逸れたな。
で、公私問わずに会うようになった俺らだったが、それも仕事の打ち合わせがほとんどだった。
まぁ、たまに食事を一緒にする程度だな。
それで、無事に追ってた事件を解決して俺はあいつとの関係もおしまいだって思った。
しばらく時間が経つと、何をしてもつまらない時間ができた。
なんでかって考えると、たとえ仕事の関係だったとしてもあいつ……、クイントと一緒にいた時間がとても楽しかったからだってわかった。
まぁそこからはあれだ。
俺があいつに告白して今に至るってところだ。
「つまり、どういうこと?」
「誰かを好きになるのに特に理由なんざいらねえってことだ。
俺だってなんであいつのことを好きになったかって聞かれたら、こう答えるな。
『あいつと一緒にいるのが楽しいから』ってな」
ゲンヤは隣に立つスバルの頭に手を置き、笑いながらそう告げた。
「親父は、まだお袋のこと好きなんだな」
「おう、当たり前だ。
俺が愛した女はクイントだけだからな」
「そっか……」
スバルの顔を見たゲンヤは優しい笑みを浮かべながら彼に話しかける。
「まぁ、なんで悩んでたかは聞かないが、答えは自分で出すんだな。
何事も経験だ、経験」
スバルの頭から手をどけてゲンヤはその場を去っていく。
その背中を見ながらスバルは彼女のことを考えていた。
「俺は……」
「メガ姉~、チンク姉はどうなんすか?」
スカリエッティのラボの一室で、ウェンディは隣でパネルを操作しているクアットロに尋ねる。
クアットロは指で眼鏡の位置を直すと、壁に並んでいる生体ポッドの一つに視線を向けながら答える。
「基礎フレームに歪みが見えるからね~。
全部取り換えることになると思うわよ~。
チンクちゃんだけじゃなくて、ノーヴェちゃんの右腕も同じ」
「…………」
クアットロの言葉を聞いたウェンディはチンクの入っているポッドの前に立っているノーヴェを見る。
ノーヴェの背中は見るからに落ち込んでいた。
「にしても、なんでチンク姉やノーヴェのフレームに損傷が?
殴られるぐらいじゃ歪むようなものじゃないよね?」
「
彼の四肢に直接触れたところから振動波を流し込まれたら一発でお釈迦になる代物ね~」
「まさに一撃必殺か」
クアットロとともにチンクのポッドの制御を行っていたセインはポツリと呟く。
「でも、そんなもの喰らってなんでフレームが歪むだけでスンだッすか?
普通なら……」
「普通なら触れたところを中心に様々な破損が起きるわよね~。
歪みだけじゃなくて、破断、膨張、エトセトラ、エトセトラ。
今回は運が良かったって言うしかないわよ~」
「運?」
「そう、たぶんそれが彼にとっての最後の一線だったんじゃないかしらね~。
スバル・ナカジマは、自分や姉であるギンガ・ナカジマを人間としてみている。
なら、同じような存在である私たちも人間として認識していると思うわよ~。
で、管理局員として、人として、人殺しはね」
クアットロの真剣な表情を見たセインとウェンディは驚きの表情を浮かべる。
そんな時、不意に一つのモニターが浮かび上がった。
『クアットロ、ドクターがお呼びよ』
「あ、は~い!
セインちゃん、チンクちゃんの様子見ておいてね~」
「はいよ~」
「そいじゃ、行くっすね~。
ノーヴェはどうするっすか?」
「あたしは、いい……。
しばらくここにいる」
ノーヴェはウェンディの方を見らずにそう答える。
相方の返事を聞いたウェンディは、そうっすか、と頭を掻きながらその場を後にした。
「あたしは―――ッ!」
「およ」
ノーヴェたちと別れたウェンディは少し先に立つその少女を見つけて声を上げた。
「ルーお嬢様!」
「……ウェンディ」
「およ、あたしのことご存じでしたっすか!?」
ウェンディは初対面であるその少女―――ルーテシアが自分のことを知ってたことに驚いた。
「ドクターが話してた。
皆、自慢の娘だって。
三時間ぐらい、話につき合わされた」
「あ、あはは。
お疲れ様っす」
ルーテシアからの言葉を聞いたウェンディは引き攣った笑みを浮かべながらそう答えた。
よく見ると、ルーテシアの顔に疲れが見えた。
そんな彼女から目を外し、ルーテシアの視線の先を追う。
そこには多くの生体ポッドが並んでおり、その中にルーテシアをそのまま成長させたような姿の女性が入っていた。
「これ、お嬢様のお母さんっすよね?」
「うん、今はまだ眠ってる。
ドクターの話だと、あと少ししたら目覚めるからって」
「一ついいっすか?」
「なに……?」
ウェンディは生体ポッドからルーテシアに視線を移し、一つの問いを投げかけた。
「お嬢様は何でドクターの手伝いをしてくれるッすか?」
「この人たちを助けてくれたから。
この人だけ生きてても、この人が目覚めたときほかの人がいなかったら寂しいだろうから……。
それで、この人たちを助けてくれたドクターには感謝してる……。
だからドクターの手助けをする」
ルーテシアは少し視線を逸らし、ほかの生体ポッドに目をやる。
そこには多くのポッドが稼働しており、そのすべてに人が入って眠りについていた。
「そうっすか。
ありがとうございますっす」
「……あたしはもう行くから。
ウェンディは、どうするの?」
「そうっすね~。
しばらくここにいるッすよ」
ルーテシアはウェンディに向かって「じゃあ、また」と言うと、転移魔法でどこかに行ってしまった。
ウェンディは一人になったその空間で一人壁に視線を向ける。
「ルーお嬢様のお母さん、メガーヌ・アルビーノ。
そして、あの三人のオリジナルっすか。
これも運命ってやつっすかね~」
彼女の独り言はだれにも聞かれることなく、小さく消えていった。
「本当にいいのかい、ギンガ君?」
「はい」
「しかし、お父さんや、スバル君にも言わないというのは……」
「お願いします、サカキ博士」
「……今の君は、平均台の上で水一杯のバケツを両手に持って振り回しているようなものだ。
限りなく奇跡に近いバランスで何とか保っているんだよ。
それこそ、いつその水がこぼれ、台から落ちるかもわからないような」
「…………」
「機械的な部分と生態的な部分。
そのバランスが少しずつズレ、そしていずれは……」
「生きることもままならないことになるとしても、かい?」