静寂が部屋を満たす。
すべてを話し終えたレジアスと、彼女の決意を聞き届けたゼストはどちらも口を開くことはなかった。
だが、内線の呼び出し音が静寂を切り裂いた。
「私だ。
……あぁ、わかった。
すぐに向かう」
受話器を少々乱暴に置き、レジアスは立ち上がった。
「レジアス……」
「悪いが、お前と話せる時間は終わりだそうだ。
私はこれから地上の指揮を執る」
「そうか……ッ!」
「旦那ッ!」
レジアスが彼の傍を通り過ぎた時、ゼストの身体が大きくふらついた。
何とかデバイスを杖代わりに膝を着いたが、倒れるのを免れた。
「そんな身体では無理はできんだろうな。
オーリス」
「は、はい」
「この馬鹿を医務室に連れていってやれ」
「レジアス……?」
レジアスの言葉に眉を顰めるゼスト。
それもそうだろう。
先ほどまで、彼は彼女たち管理局と敵対行動をとっていた。
そんな彼を拘束するわけでもなく、医務室に連れていくなど普通では考えられなかった。
「お前にはこの騒動の後にたっぷり働いてもらうからな。
こんなところで潰れてもらっては困る」
「しかし……」
ゼストには彼女の言葉に素直に頷くことができなかった。
それも彼が騎士としての精神を持っているからだろう。
だが、レジアスはそんな彼にはお構いなしに彼の腕を掴み彼の身体を引き上げる。
「グダグダ言うな。
今まで私とオーリスを心配させた罰だ。
大人しく医務室で治療を受けろ」
「む、むぅ……」
彼女の、ゼストの妻としての言葉に彼は今度こそ折れるしかなかった。
そんな彼にオーリスは静かに肩を貸す。
「いいかオーリス。
しっかりとつかんでおけ。
今度は逃がさんようにな」
「はい」
オーリスは短く答えて、ゼストとともにその場を後にした。
そんな彼らの後を追ってアギトが飛んでいこうとしたが、彼女の身体をレジアスが掴んだ。
「ちょっと待て、ちんちくりん」
「なにすんだよ……!
てか、ちんちくりんって何だ!!」
「お前にはやってもらうことがある」
アギトは彼女のいうことに心当たりがなく、首を傾げるだけだったが、その直後に司令室に入ってきた人物を見て、彼女の言わんとすることを理解した。
「ご無事でしたか、レジアス中将」
「無事も何も、危害を加えるために来たわけではなかったがな」
レジアスは、来訪者―――シグナムに向けてアギトを放り投げる。
放り投げられたアギトだったが、シグナムにぶつかる前に体制を整えた。
「お前は彼女と一緒にガジェットを落としてもらう。
スカリエッティからの資料によると、お前と彼女の相性は抜群だそうだからな」
「……旦那は、どうなる?」
「アギト……」
「心配するな。
ここの医者は優秀だ。
しっかりと治してくれるだろうよ」
彼女の言葉に渋々ながらも頷き、アギトはシグナムの傍まで飛んでいく。
「来てもらってすぐですまんな、シグナム二尉。
悪いが、そこのちんちくりんに言った通りだ。
ガジェットの排除、頼めるか?」
「了解です。
では、失礼します」
シグナムは、見事といえる敬礼をレジアスに向け、アギトを伴いすぐに司令室を後にする。
そんな彼女たちを見送ったレジアスは一度大きくため息を吐き、言葉を紡いだ。
「それで、お前はどうする?
戦闘機人No.2、ドゥーエ?」
「お気づきになられてましたか」
「当たり前だ。
私を誰だと思っている」
レジアスはそう言いながら振り向く。
その先には、金色の長髪を手で払いながら微笑む美女が立っていた。
「それで、どうします?
私も逮捕しますか?」
「そうだな……。
逮捕はあとだな。
この騒動が終わるまでは、私の補佐を任せる」
試すような笑みを浮かべていたドゥーエは、彼女の言葉を聞いて目を丸くして驚いていた。
「悪いが、管理局は人手不足だ。
優秀な奴を遊ばせる余裕はないのでな」
「はぁ、ドクターとはまた違うタイプの天才ですね、これは……」
ドゥーエの呟きは、誰にも聞かれることはなかった。
「私だ。
今現在を持って、特務一課の任務を変更する。
新たな任務は……」
「聞いたな、これより特務一課は任務を変更。
ゆりかご周辺の掃除に向かう」
「蹴散らせ」
「ハァッ!!」
「てえぃッ!!」
拳と剣、斬撃と打撃。
閃光と爆音がビルを傷つける中、ギンガとディードは互いに紙一重の戦いを続けていた。
ギンガの拳をディードが肘を使って受け流す。
拳を放つという隙を突いたディードの剣がギンガの腕を掠める。
腕を走る痛みに顔を顰めるギンガだったが、即座に彼女の身体を蹴り飛ばす。
「ちっ……!」
「ハァ……ハァ……」
地面に剣を突きさし、勢いを殺したディード。
そんな彼女を見ながら、ギンガは己の身体に違和感を感じていた。
(やっぱり、まだ完調じゃなかったかな……。
でも……)
「ふっ……!」
(負けるわけにはいかないッ!!)
一瞬でギンガを自分の間合いに捉えたディードは、両手の剣を横に振るった。
その一撃は、ギンガの意識を刈り取るほどの威力を秘めた必殺の一撃。
「な……ッ!?」
だが、その一撃はギンガには届かなかった。
横薙ぎに振るわれた剣は、ギンガの肘と膝に挟まれ、砕け散っていた。
戦闘機人としての、反射があればこその芸当だった。
「ごめんね、少し痛いかもッ!!」
『Knuckle Bunker』
ギンガの左腕のナックルから二発の薬莢が装填される。
距離を取ろうとしたディードの左腕を右手で掴み、動きを止める。
そして、魔力を纏った、一撃が放たれた。
「ハァ……ハァ……」
ギンガは、ちょうど反対側の壁に叩き付けられたディードが、起き上がらないのを確認して大きく息を吐いた。
ここ一番の大勝負に勝った。
その事実が、彼女からある一つのことを忘れさせていた。
そう、彼女の相手は、一人ではないということを。
『マスターッ!!』
「―――ッ!?」
緊張の糸が切れていたギンガは、ブリッツキャリバーからの警告に一瞬遅れて反応する。
そんな彼女の視界に映ったのは、緑色のエネルギー弾だった。
「クッ……!!」
エネルギー弾が爆発する直前にその場を飛び去ったギンガだったが、エネルギー弾は続々と彼女に迫ってくる。
そして、そのうちの一つが、痛んだビルの柱を吹き飛ばした。
それは必然だった。
先ほどまでの戦いで、彼女のいるフロアはいつ崩れてもおかしくない状態だった。
そんな中、柱の一つが砕かれたことで天井が崩落しギンガの左腕と脚を鉄筋が挟み込むのも必然だった。
「……ッ!」
「ようやく捉えた」
何とか鉄筋をどかそうともがくギンガだったが、そんな彼女の目の前にエネルギーを手のひらに集中させたオットーが舞い降りてくる。
「これで、終わりにする。
ディードも助けないといけないし……」
オットーの手から閃光が放たれる。
だが、その閃光はギンガの右手に弾かれた。
「な……ッ」
「ねぇ、貴女。
オットーって言ったかしら?」
オットーは即座にエネルギーを収束させるが、それよりも早く、ギンガの右手が彼女の方に向けられる。
「こんなこと、聞いたことないかな?」
オットーは、向けられた右手からの反応を捉えた。
だが、同時にありえないという思いも抱いた。
そのエネルギー反応は、どこまでも自分の
「できる女ってのはね……。
隠し玉持ってるのよ……ッ!」
そして、オットーの顎を撃ち抜いた。
「痛ぅ……!」
オットーの意識を刈り取ったことを確認することすらも忘れて、ギンガは何とか抜け出した左手で右肩を押さえる。
押さえた右肩からは火花が上がっており、周囲に焦げくさい臭いを撒き散らしていた。
「やっぱり、ちょっと無理があったかな……ッ!」
そう、彼女がオットーに向けて行ったエネルギー放射は、本来の使い道にはないものだった。
そして、本来の使用方法にないものを使った場合のモノの末路は決まっている。
「この腕も、もうダメかな……?」
申し訳なさそうにギンガは呟く。
だが、彼女の表情は次の瞬間、凍り付いた。
彼女のいるビルが崩れ始めたのだった。
今まで周囲に結界を張っていたオットーが意識を失ったために、結界が消え去り、ビルの崩壊が始まったのだった。
「ク……ッのぉ……!」
片手で鉄筋を持ち上げ何とか抜け出そうとするが、鉄筋はビクともしない。
そして、彼女の丁度真上の天井が崩れた。
(ッ……!!)
崩れてきた天井、ギンガにはそれがゆっくりと映っていた。
頭を左手で庇おうと、掲げる。
(アレ……?)
死を覚悟したギンガだったが、いつまでたっても、天井が落ちてこないのを不思議に思い、瞑っていた瞼をゆっくりと開いた。
「間に合ったようだな」
そこには立派な褐色の筋肉があった。
天井を受け止め、彼女を救ったのは、立派な犬耳を持った男―――ザフィーラだった。
「ザフィーラさん……?」
「あぁ、間一髪といったところだったな」
ギンガの脚を挟んでいる鉄筋を持ち上げ、彼女を救い出したザフィーラは周囲の状況を確認する。
「これは、すぐに出ないとまずいな。
シャマル、戦闘機人とギンガの回収を頼む」
『わかったわ、座標の特定に少しかかるから、それだけ持ちこたえて』
「承知した」
念話での指示を受けたザフィーラは腕を交差させて、床に叩き付ける。
「縛れ、鋼の軛ッ!!」
彼の声とともに床や壁から拘束条が崩れかけていたビルを受け止める。
だが、すでに限界を超えていたため、揺れは少しずつ激しくなっていた。
「シャマルッ!」
『了解ッ!』
ギンガたちはその場から転送される。
彼女たちが去った直後、ビルは跡形もなく崩れ去った。
ガジェットの動きが変わった。
その報告を受けたキョウは、周りの魔導師を下がらせ、一人で周囲のガジェットを撃ち落していた。
しかし、ゆりかごも一人でかなりの数のガジェットを落としているキョウを外における最大級の脅威だと認識したのか、彼の周囲には彼が撃墜した以上の数のガジェットが集結していた。
「シュートッ!!」
今もまた、キョウの構えた杖の先から放たれた誘導弾が次々にガジェットのコアを的確に撃ち抜く。
それでも、ガジェットはひるむことなく彼に向けてレーザーやミサイルの嵐を放つ。
「くそッ、数が多すぎる……ッ!」
『警告、六時方向、敵機三十』
迫りくるレーザーの雨を隙間を縫うように回避し、ミサイルの嵐を砲撃で風穴を開けることで抜け出す。
だが、敵の攻撃を回避した彼の行動を予測したガジェットが即座に彼の背後から攻撃を仕掛けようとする。
「チィ……!」
振り向く暇がないと直感で感じたキョウは、左手の杖を脇に差し込み後ろへ砲撃を放とうとする。
「サイス」
『コピー、バルディッシュ』
だが、彼が砲撃を放つよりも先に、真紅の刃がガジェットを切り裂いた。
「教官生活で鈍ったか、キョウ・カーン」
「誰が鈍ったって、イングレット・ミルズ」
真紅の鎌を持って彼の前に現れたのは、特務一課の部隊長であり、訓練校時代の彼のパートナーであったイングレット・ミルズだった。
キョウはミルズの言葉に頬を引き攣らせながらデバイスを肩に担ぐ。
「お前だ。
訓練校時代のお前ならこの程度、どうということはなかっただろう」
「言ってくれるなぁ……おい。
だったら、此処で勝負つけるとするか?」
「いいだろう。
お前との勝負は訓練校時代には決着がつかなかったからな。
ここで白黒つけるか」
互いにガジェットの警戒をしながらも、二人は久しぶりに会えたパートナーとの会話を楽しんでいた。
「負けた方は奢りだ」
「いいだろう。
どちらが多く潰すか、でいいな」
「おう」
二人は合図も無しに互いの背後にいる敵に突っ込んだ。
そして、彼らの前に立ちはだかるものはすべて叩き落され、切り裂かれ、撃ちぬかれた。
今の彼らにとって敵はこの場所にはいなかった。
そんな彼らの活躍を遠目に見て、はやては頬を引き攣らせていた。
「あれ、が特務一課かぁ……。
なんや、皆化け物みたいに強いやないか……。
歩くロストロギアが敵わんって思うのはどうかと思うで……」
彼女の目の前には次々にガジェットを落としていく特務一課の隊員の姿があった。
彼らの参戦によって、戦域からガジェットが抜け出すことはなくなった。
だが、それでもゆりかごから放出されるガジェットの数の方が多く、彼らがいてようやく膠着状態に持ち込んだといったところだ。
「これは、やっぱり中から潰さんとあかんな。
行こうか、リイン」
「はいですッ!」
はやての言葉に、つい先ほど辿り着いたリインが頷く。
「「ユニゾン・インッ!!」」
はやての中にリインが溶け込む。
茶色だったはやての髪は白く染まり、瞳も青色に変わっていく。
『魔力安定してます。
行けますよ!!』
「了解や。
ロングアーチ00、これよりゆりかご内部に突入するでッ!!」
最後の夜天の主が、飛び立つ。
戦いは終局へと向かいだした。
阻止限界点まで残り――――一時間二十五分
一言。
ギンガの右手からエネルギー放射は『アイアンマン3』を見て必ずやりたいと思ってました。
彼女の場合、アイアンウーマンになりますけど(笑)