気が付くと、彼―――スバルは燃え盛る炎に包まれた建物の中にいた。
自分が置かれた状況に一瞬、動揺するが自分の周囲の焔からの熱を感じることで、レスキュー部隊にいたときの感覚が呼び起されすぐさま姿勢を低くして煙を吸い込まないように口元を袖で塞いだ。
「どういうことだ……?」
確かさっきまで地上本部の警備を、と考えたところで彼は重要なことを思い出した。
「そうだ、姉貴は……ッ!」
連絡の取れていないギンガのことを思い出した彼にとって、そこがどこなのかはどうでもよくなった。
すぐにその場から走り出し、彼女を探す。
「姉貴……!
くそ、此処どこなんだよ……ッ!!」
熱さによって噴き出す汗を拭いながらスバルはその場から出るための出口を探す。
熱によって歪んだドアを蹴り飛ばし、その区画から出ると、先ほどまで彼がいた場所よりも広い空間に出た。
広いといっても、その場所もまた炎に包まれ瓦礫によって様々なモノが破壊されていたが、偶然残っていたそれを彼は見つけた。
「どういうことだ……!?」
スバルは自分の目がおかしくなったのかと考えるが、自己診断能力によって彼の目は正常であることは一瞬でわかった。
だが、それでも彼の目の前には信じられないものがあるのは確かだった。
「何がどうなってんだよ……」
そこには、『ミッド臨海空港』の看板が炎に焼かれながらもその存在を示していた。
「とにかくここから離れないと……」
目の前の看板のことは気になるが、このような訳の分からない場所で焼け死ぬつもりはない彼はすぐにその場を離れようとした。
だが、彼がその場から動こうとした時、彼の耳に小さいながらも誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。
「ええぃ、くそ……ッ!」
その場から離れようとしていたスバルだったが、助けを呼ぶ声があるならば彼のとる選択肢は一つだけだった。
すでに煙が充満し始めているその空間の中でたった一つの声を頼りに助けを求める者の元へと向かうのは厳しいものがあった。
「こっちか……ッ」
煙が視界を覆い始めた中、スバルは機械の身体を駆使して目的地へと向かう。
すでに周りは火の海だったが、小さく聞こえる声は確かに近づいていた。
「このッ!」
道を塞いでいる瓦礫を蹴り飛ばし先へと進む。
そして、彼は見つけた。
「大丈夫か……ッ!?」
一人の少年を。
「もう無理だよ……。
助けてくれよ……誰でもいいから……」
蒼い髪と翡翠の瞳を持った少年を。
幼き頃の自分と瓜二つの存在を。
「……どうなってるんだよ」
その存在を目にしたときの彼は、すでにまともに考えることもできなかった。
すぐそばに自分とそっくりな―――否、同じ存在がいることに彼は理解が追い付かなかった。
「とりあえず、この場所から……」
「―――ッ!!」
スバルが左手を彼に伸ばそうとしたとき、目の前の少年は彼の方を向いて怯えはじめた。
「お、おいっ」
「いや、いやだ。
助けて……まだ、死にたくない……」
少年の言葉を聞いたスバルは首を傾げるが、その直後、彼の右手が彼の意志とは関係なしに振り上げられた。
「なっ!?」
右腕だけが勝手に振り上げられ、さらに彼が意図的に使用していなかったISまでも起動していた。
咄嗟にその右手を左手で押さえようとするが、その力は自分の身体とは思えないほどに強力だった。
「やめ、ろ……ッ!」
歯を食いしばり、右手を止めようとするが、右手は少年を潰さんとばかりに力を強くする。
そして……
「助けて……助けてよ、ギン姉ッ!!」
「チンク姉っ!!」
自分を呼ぶ声を聞き、自分に振り下ろされる拳から瞼を閉じたチンクは、いつまでもその衝撃と痛みが襲ってこないことを不思議に思い、目をあけると、彼女のすぐ左に彼の拳があるのに驚く。
今でも高周波振動を起こしている右手は彼女の頭を捉えようとするが、何かに阻まれたかのように動きを止めていた。
「何が……ガッ!?」
何が起こっているのか理解できなかったチンクだが、彼女の首を掴んでいたスバルが彼女の身体を投げ飛ばした。
小柄な彼女の身体は左手一本で投げられ、それをノーヴェが身体で受け止めた。
「チンク姉っ!!」
「助かった、ノーヴェ。
だが、何が……?」
チンクは自分を受け止めたノーヴェにお礼を言うが、その視線は今もまだ壁に向けて拳を向けているスバルを捉えていた。
「うぅ……うぁぁぁああぁっぁぁあぁぁぁぁッ!!!」
次の瞬間、スバルは悲鳴にも聞こえる声を上げながらその拳を壁に叩き付けはじめた。
何度も何度も、何度も何度も何度も、何度も何度も何度も何度も叩き付ける。
右腕に装着されたリボルバーナックルが許容ダメージを超え、解除され、左手のバリアジャケットが破け、血が流れても壁を殴るのを止めなかった。
その様子を見ていたチンクとノーヴェは彼の様子が先ほどとは別の意味でおかしいことに気づいていたが、そのあまりにもの悲壮な叫びを上げながら壁を殴り続ける彼から目を背けた。
「―――――――――――ッ!!」
やがて、両手がボロボロになるまで壁を殴り続けていたスバルは、壁に思いっきり頭を打ち付けて、その動きを止めた。
その瞳には、先ほどまでの怒りの焔はなく、光を失った目からは一筋の涙が流れていた。
「チンク姉……」
「行くぞ、ノーヴェ。
すでに彼の仲間がこちらに近づいている。
早く離れないとまずい」
「……わかった」
チンクにそう言われたノーヴェは彼女の身体に肩を貸して立ち上がる。
その時、彼女は、立ったまま機能を停止したスバルの姿を振り向いて見るが、すぐにその顔を前に向けてその場から走り去っていった。
その時、彼女の目に涙が浮かんでいたことに、チンクは気が付かなかった。
「スバル……ッ!」
チンクとノーヴェがその場から去った数分後、その区画に飛び込んできたティアナとなのははその変わり果てたスバルとギンガの姿に言葉を失った。
右腕を潰され、頭から血を流しているギンガ、身体中から血を流し、破れた皮膚の中から機械の身体を覗かせているスバル。
そんな二人の姿に呆然となったティアナだったが、なのははすぐに彼らの傍によって安否を確認する。
「ティアナ、二人とも大丈夫。
すぐに連絡を」
「は、はいッ!」
なのはにそう指示されたティアナはすぐさま地上本部の医療班へと通信を繋げてケガ人がいることを告げた。
長い夜は終わりを告げた。
「礼を言うよ、騎士ゼスト。
ドゥーエのことを救ってくれたこと、感謝する」
スカリエッティは、ドゥーエが入った生体ポッドの前でゼストに頭を下げる。
そんな彼の姿に驚きの表情を浮かべるアギトだったが、ゼストは静かに答える。
「今回は一人の父親としての頼みを聞いただけだ。
あの時のお前は信じられると俺が思ったからそうしただけのこと」
「ありがとう……」
ゼストの言葉を聞きながら、スカリエッティは娘の命を助けてくれた彼に感謝し続けた。
『うぅ……うぁぁぁああぁっぁぁあぁぁぁぁッ!!!』
鮮明に思いだせる彼の叫び。
それをノーヴェは一人、ラボの外で彼の最後の姿を思い出していた。
スバルをあんな姿にしたのは自分だ。
彼への思いを断ち切り、何も告げずに彼を裏切った自分が、スバルを壊しかけた。
彼は大切な者が、傷つけられた痛みと、裏切られた痛みを同時に受けた。
スバルをそんな風に苦しめたのは自分だ。
「あぁ……あぁぁぁァァァッぁッ……!」
闇に染まった森の中で、彼女は一人自分の行いを悔い続けた。
ノーヴェルート第八話でした。
冒頭の燃え盛る場所はアニメと同じ空港における火災です。
少年スバルがスバルのことをおびえた目で見ていたのは、スバルが丁度倒れてくる像の役目というか、そう言う場所にいたからです。
スバルが機能を停止する理由としては補足ですが、姉に助けを求める過去の自分の声と姉の名前を呼ぶノーヴェの声が彼の意識を刺激したからということです。
ご都合主義と言われればそれまでですけど。
壁を殴って機能を停止するのは、ターミネーター3を見て思いつきました。
あれ、映画館で見た時、かなり印象に残った場面だったので入れたいと思っていました。
さて、次回は諸事情により少し遅れます。
それでは、また次回!