その孤独ながらも勇ましい姿に、憧れや恋心のようなものを抱いた方も多いでしょう。
これはあのフネの物語ですが、同時にあのフネのルーツを探す旅の始まりです。
誰もが憧れるあのフネは果たして、後の時代にどのように映っていたのか。
私からはなんとも言えません。当時は生きてはいないでしょうから
人類が滅びるかどうかの瀬戸際というのは、長い歴史の上で数えきれないほどあった。
環境の激変や、ソレに伴う飢饉や伝染病の蔓延、国家同士の戦争もそうだ。時には全地球を滅ぼしかねない危機を招くことも世界大戦以降ままあった。
しかし、人類は結局滅びなかった。しぶとく生き残ろうとしたというのもあるが、実際のところはただの偶然で、本当に滅んでもなにも不思議はなかった。
全人類は楽観していたのだ。つぎがあっても大丈夫。今度も大丈夫。どうせ大したことにはならないと。
そんな人類にとって、地球というエデンは些か小さく、もっと大きく果てしない世界へと、いつしか憧れを持つようになった。
そう、宇宙だ。
何億何千億何兆だとかでは表せないほどに果てしなく広大な最期のフロンティア。
ここへ飛び出してからは流石に勝手が変わってきた。
まず、旧来の兵器とは比べ物にならない高威力なレーザー砲やビーム砲、ミサイルなど、新たな兵器や戦術、概念、全てが未体験だった。
俗にいう、遊星爆弾もその一つだ。
火星独立戦争ともよばれる第一次内惑星戦争で初めて使用されたこの兵器は不定期かつ、かなりの数が地球に飛来し、人類はその誕生以来初めて地球外からの脅威を認識した。
思えば始まりだった。二度にわたる内惑星戦争の直後、軍は神経質だった。確実に来るとされた異星人の侵略に怯え、戦争が終わってからも異常なほどの軍備を用意していた。
まだその時はこない。人類はまたしても楽観していたが、その時は意外にすぐきた。
2191年。異星人国家ガミラスと遭遇し、これと戦争状態へ突入する。
その後10年間、人類は真の意味で滅びの危機に瀕した。
人類がこれほどまでに追いやられ、死滅を覚悟したのは有史以来初めてだろう。
この接触があった2191年を異星人元年とする学者もいる。
さてしかし、人類はまたしても滅びることはなかった。
今度は楽観したからでも、時の趨勢を見守っていたわけでもない。それは紛れもない奇跡だった。
イスカンダルから差し伸べられた救いの手に、当初は疑いの眼差しを向けるものも多かった。
地球には時間がない。少しでも望みがあるならそれに賭けよう。どうせ終わる星だ。
またしても楽観したような、あきらめたような、そんな物言いが多かった。
しかし、人類は負けなかった。綺麗事だけでは描ききれないことも多々あった……いや、それくらいしかなかった。
だれもみたことのない壮大な計画は残された人類に僅かでも、ほんの僅かでも希望を残せるならと、世界中が出来る限りの協力を行った。
そして、彼女が完成した。思えば全て奇跡の連続だった。本当にあのフネを見届けたのが夢のようだった。果たしてずっと白昼夢を見ているようだ。そんな声をそこかしこで聞く。
「無理もあるまい、あんな体験をしたのはあとにも先にも我らだけだろう」
そう話す老人もいた。
やはりガミラス襲来後の地球の歴史はまるででたらめだ。
それからたった10年そこらで銀河に類を見ない大大大軍事力を誇る宇宙大国に変貌し、街も人も暮らしも何もかもがまるっきり変わったのだ。
地球そのものが変わったので、無理もないだろうが。
信じがたいことだが、全て歴史が証明するところで、事実だ。それは何者も変えることはできまい。
それあってこその我らの生命、暮らしがある。
だが、やはり実感は湧かない。今でも重力の束縛を脱し、広い宇宙へ旅立つフネは数知れず。
しかし何度宇宙へ行っても実感はやはり湧かない。
こんな広大で、行く宛もないような宇宙をたった一艦で踏破した孤独なフネがいようとは。
宇宙往来技術が発展した現在でも危険に変わりないのが宇宙なのに、なぜあのフネは迷わず進み、そして帰ってきたのか。
すべて伝説で作り話とでも言って貰えればその方を信じよう。それくらい無茶で有り得ないし、ナンセンスだ。
でも、そのフネは確かに実在した。その意思は引き継がれ、誰もが覚えてる。
私は、そのフネの何たるかを知りたい。あのフネが走った航路を辿ればなにかわかるかもしれない。
人類の歴史の流れを急変させ、丸ごと破壊し、作り替え、後のすべての人類の礎となったフネ。
『宇宙戦艦ヤマト』その初代は果たして、どのようにして歴史を作ったのか。
その追憶の航海を辿る。
これは旅の始まりで、終着点だ。
西暦2340年3月19日。初代ヤマト沈没より100年。