トムとフラン   作:AC新作はよ

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しゃあっ スミヨン・エルボー!!

いかんでしょ。


第二十三話 カルトの聖母、その切り札

梅雨を控えた初夏の朝。

やや日差しが強くなりつつある朝陽を浴び、智哉は姉と並んでトレセン学園への道を歩いている。

 

「あんた隙だらけすぎるのよ。あたしがフォローしなかったら……」

「ああ、悪かったって……でも別にあの二人なら問題ないだろ?」

「ボスちゃんは良いけどノーブルちゃんには内緒にしときな」

 

姉の小言に、智哉がうんざりとした様子で返事をする。

昨日の夜、智哉が小栗家の小学生組のウマ娘達に領域(ゾーン)についてのちょっとした講義を行っていた終盤、なんとなく嫌な予感を感じた姉が部屋に飛び込んで来るや智哉のラップトップをおもむろに閉じた。

アメリカの怪人と担当ウマ娘達のレースが映っていたためである。

そして姉は独り言のように、怪人付きのサブトレとして智哉がチームカルメットに所属していたと早口でまくし立てた。

姉は自己保身の際には勘がよく働く。その身に流れる血がそうさせていた。

その後は姉が弟を夜稽古と適当に理由を付けて道場に引っ張り出し、講義はお開きとなっている。

 

「ノーブルはなんかあるのか……?フランの妹だぜ?」

「あんたが中身だって知ったら幻滅しちゃうでしょ。夢壊すような真似すんじゃないわよ」

「ひどくねえか、その言い方……おっ」

 

姉に向けていた視線を戻したところで、智哉が前から歩いてくる知った顔に気付く。

とぼとぼと、豊原の相棒でサブトレの同僚であるディーが歩いてきていた。

 

「あ、久居留くん。おはよう」

「おはよう、あいつは?」

「ちょっと別件で今日はお休み……あの、そちらは?」

 

何やら物憂げな表情のディーが、挨拶を済ませた後に姉に目を向ける。

ディーも姉も、お互い元競走バとして知っている顔ではあった。

この質問はどういう関係か?という意味合いである。

 

「ああ、ウチの姉貴」

「お姉さん……はじめまして」

「こちらこそよろしくね、噂はかねがね。このバカが迷惑かけたりしてない?」

 

姉は、闇討ちの件を知らない。姉がどう動くか読めない智哉はその話を伏せている。

姉という言葉を聞いたディーは一瞬悲しそうな表情を浮かべた後に、頭をしっかりと下げて応えた。

 

「えっ!?ちょっと、頭下げてもらうような事あたし言ってないけど!?」

「いえ、久居留くんには大変ご迷惑を……」

「いやそんなのいくらでも迷惑かけていいから!コイツなんてこき使っちゃっていいんだから!!」

「ぐべえ!姉貴肘はやめろ!!!」

 

ディーのこの言葉は、謹慎で仕事ができない件の事だと勘違いした姉が、弟に強めに肘を入れる。

仲睦まじげな姉弟の様子に、頭を上げたディーが寂しげに微笑んだ。

 

「仲いいんだね、久居留くんとミッドデイさん」

「あー、まあそうかな、あたしがいっつも面倒見ててうんざりしちゃうけど」

「いや逆……ぐへえ!!?だから肘はやめろよ!!」

 

もう一度肘を受けた智哉が咳き込んでから、ディーの顔を真っ直ぐ見つめる。

思えばあの一件以来、しっかり話していなかった相手である。闇討ちされた当時は確かに怒っていたが、そう動いた事情も知っている。

もう怒ってはいないし、こっちは任せてほしいと伝えるべきだと考えていた。

 

「………まあ色々あったけどさ、もう怒ってねえから気にしないでくれ……あいつには言いたいことがたっぷりあるけどな」

「タケルは、うん……お酒飲ませた件もほんとにごめんね。ミッドデイさんにも言い寄って………」

 

 

「は?」

 

 

聞き捨てならぬ言葉であった。

 

「く、久居留くん?」

「あれやっぱりナンパされてた?あたしも捨てたもんじゃないわねー」

「……やっぱりあいつタダじゃおかねえ」

「ま、まあまあ久居留くん、私の方でおしおきはしたから……」

 

苦笑いを浮かべながら、地雷を踏んだ事を察したディーが智哉を眺める。

仲のいい姉弟、少しだけ羨ましくも感じていた。

 

(……たづなさんの失踪、久居留くんには言えない)

 

昨日の夜、容疑者のマル外教室担任を尾行して辿り着いたカルトのアジトらしき一軒家へ、秘書と豊原そしてディーの三人は踏み込んだ。

その最中に秘書が光に包まれて突然二人の前から消え、更には現れた手強い増援に時間を稼がれて構成員を取り逃がし、撤退する羽目となっている。

学園は今朝から事務方のトップが突如行方不明になり大騒ぎである。理事長により秘書は有休消化のため急遽休ませたという理由付けがされている。

マル外教室の担任も行方を眩ませている。豊原は別の当てを調査すると言い、都内のある場所へ向かった。

 

「仲良いね、ほんとに」

 

この仲の良い姉弟、自分には手に入らないものをこれ以上巻き込みたくない。

そう考え、ディーは微笑みながら平静を装う。

 

「……お前んとこも兄弟とかいるのか?」

 

先程から見せるディーの表情に、自分達のような肉親の存在を感じた智哉が話を振った。

ディーが、悲しげに頷いた。

 

 

 

「うん……ウチは、仲悪いけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

東京都文京区、日本ヘロド教会東京本部。

日本におけるヘロド教の総本山である。

エクリプス教と比べると規模が小さいながらも、手入れの行き届いた清廉な教会の庭先で一人のウマ娘が信徒達に優しげに微笑む。

美しい栗毛をヴェールで包み、きめ細やかな白磁の肌を修道服で包んだ聖母の如き容貌のウマ娘である。

聖母は、信徒達に聖書の読み聞かせを行っていた。

 

「並み居るクラシックウマ娘達を破り、地上の覇者であることをお示しになったサ……ヘロド様は次は天界の覇者となるべく天に拳を突き上げ、我がウマ娘生に一片の悔い無しと仰いました。澄み渡る空をお作りになられた後に天に昇られ、今も私達を見守ってくださっています」

 

「ヘロド様すごーい!」

「すてきー!」

 

読み聞かせに歓声を上げる子供達の一人が、もじもじと聖母の前に立つ。

 

「あら……どうしましたか?かわいい子羊ちゃん」

「聖子せんせー、あのね」

「ええ、何でしょう?」

 

「私もなりたい!ヘロド様みたいなすてきな気性難に!!」

 

子供が爛々と目を輝かせ、それに釣られて他の子供達も血走った目を聖母に向ける。

聖母は感激で口を抑え、涙を一雫溢した。

 

「まあ、まあ………!!なんてかわいらしい子羊ちゃん達でしょう!きっとみんななれるわ!素敵な気性難に!!」

 

子供達を一人ずつ抱き締め、聖子と呼ばれたこの教会の聖母は立ち上がる。

読み聞かせは今日も盛況のうちに終わった。子供達の憧れと強い信仰心を受けた聖母に力が漲り、歓喜に一瞬だけ凶相を浮かべた後に子供達に手を振って教会の中へ入る。

中に入った聖母を、一人の幼女が迎えた。

 

「………終わったワケ?読み聞かせ」

「はい………ヘロド様」

 

教会の礼拝堂の奥には右手を天に突き上げ昇天する女神像が鎮座し、その前に女神ヘロドが気怠げに顎に手を当て座り込む。

幼女の見た目であるヘロドだが、祈りを捧げられる女神像とは成長しようとも似ても似つかない容姿である。

 

「……そ!元気な声が聞こえてきたし感心するワケよ!アンタがウチに宗旨替えしてるとはね」

 

降臨する以前より気掛かりとなっていた、この厄介な状況への思索に耽っていたヘロドが聖母に満面の笑みを浮かべる。

本音を隠し、何も気付いていないという事にして見逃してやるという意思表示である。衰えたとは言え主神であるヘロドがこの事態に気付いていないはずはない。

 

ここ、日本ヘロド教会東京本部は、カルトの巣窟と化していた。

 

「ええ、もちろんですわ……私ども一同、ヘロド様へ永遠の信仰を──」

「そういう堅苦しいのはいらないワケよ。それよりもこないだの話の続きをしてあげるわ」

「まあ!是非お聞かせください!」

「うん、前回は私がエクリプスをボコボコにして、詫び代わりに信仰を差し出させたまで話したわよね?今日はその後の……」

 

 

「いえ、そちらよりも──ジュビリー様の封印が解かれたのは本当なのですね?」

 

 

カルトの聖母は、かつて天界でとある伝説の超気性難に仕えていた女神である。

派閥においても高い地位にあり、中世暗黒時代に絶頂にあった主がある駄女神に敗北したその時、何人かの仲間と地上に逃走した。

そして地上に堕ちた気性難の女神達は各地に散らばり身を潜め、政財界に根を張り、不幸な境遇のウマ娘達に救いを与え懐柔し、歴史の裏側で現地監査役の女神及び神の代行者達と戦い続けている。

 

全ては天界に残してきてしまった主を地上に迎え、気性難の楽園を作るために。

 

しかし今年に入って事態は大きく動いた。

降臨した女神ヘロドの突然の訪問、そして齎された情報によって。

 

「解かれたのは間違いないワケ。今頃エクリプスに囚われているんじゃないかしら」

「そう……ですか」

 

ギリ、と聖母が拳を握り締める。

堕天して以来、天界の状況を知らない彼女をはじめとするカルトの女神達は、時折届く主からの帰還要請を拒み続けている。

 

『もういいからうぬらも帰ってこい。エクリプスの所に世話になってるから』

 

主はこう言い、帰還を促す。

 

『うぬらは帰ってくるな!エクリプスは吾が抑えておる!』

 

それがこう聞こえていた。勘違いである。

数百年地上に潜伏し続けている女神達は、かつての主の姿に拗らせきっていた。

私達の主はそんなこと言わないという先入観と、今も天界で戦い続けているという理想の主の姿から、これは駄女神の姑息な罠だと決めつけている。

そしてヘロドの訪問によって、一匹狼なれど同じ理想を抱くもう一人の伝説の気性難が封印を解かれたと聞いた聖母は、大きく勝負に出た。

ジュビリーも封印が解かれているならば、地上に呼び寄せる事が出来る。

大きな信仰心を集めるために、今回の暴挙に出たのである。

 

「……他のシスターは姿が見えないようだけど、今日は何かあるワケ?」

「はい、今日は奥の間で礼拝を捧げる日ですので」

「そ。じゃあ邪魔しないうちに帰るわ、またね」

「申し訳ありません。お茶も出せず……」

 

申し訳なさそうなフリをする聖母に手を振り、ヘロドが教会から出る。

 

(ま、種は蒔いたワケよ……私が直接やってもいいけど)

 

この教会へのヘロドの最初の訪問は、現在同行している愛し子の付き添いという偶発的なものだった。

日本からの信仰心がいくらなんでも少なすぎるという原因を直接確かめる為という目的もあり、教会で祈りを捧げたいという愛し子の希望を聞いて訪れた先で、ヘロドは瞬時に異変に気付いた。

当たり前の話である、自分じゃない女神像に信徒達が祈りを捧げていたのだ。

 

(エクリプスの嫌がらせと思ったけど、カルトの隠れ蓑にされてたとはねえ……サイモンには後で不足分を耳揃えて返してもらうわ)

 

自分の教会を乗っ取られていることに内心怒り狂い、その場でカルトの構成員を叩きのめそうと考えたが、それよりもこの状況を利用すべきだと思い付いたヘロドは然りげ無く世間話を装って聖母に情報を提供した。

 

(アイツが負けたら教会は元通り、勝ったらエクリプスは管理不行き届きで縄張りを没収……どっちに転んでも私は損しないワケ)

 

駄女神は働かない女である。日本の管理も監査役に任せっきりで、力だけ貸して自分はぐうたらと過ごしている。

この状況を利用し、堕天した神が後ろ盾にいるカルトの蜂起を許したとなればそんな駄女神も流石に責任を問われ、縄張りを手放す羽目になるだろうとヘロドは考えた。憎き駄女神へのいやがらせである。

しかしそんな事にはならないだろう、ともヘロドは考えている。

どの道、自分は動けない理由もあった。

 

(最初の訪問でシリュスを見られたからね。あの子は巻き込めない。それにアイツの縄張りで動いたらトキノに気付かれる)

 

油断していた為に、愛し子を聖母に見られている。

そして駄女神はともかく現地の監査役は有能で抜け目がない。自らの姿を見られたらダーレーに通報される恐れもある。

 

(ま、トキノには勝てないだろうし……そんな大ゴトにはならないワケよ)

 

有能な監査役が、エクリプスから借り受けた力を存分に使えばカルトには勝ち目はない。

その確信がある為に、ちょっとしたいやがらせのつもりでヘロドは行動していた。

 

 

 

 

(………トキノが強制送還されたらヤバいけど。エクリプスも流石に監査役戻すなんてアホやらないでしょ)

 

 

(いや、ホントに大丈夫よね?不安になってきたから学園の様子だけ覗こうかな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

日本ヘロド教会東京本部、その地下施設。

気性難カルト『聖なる気性難の黄昏(トワイライト・サン・シモン)』の日本における本部である。

幾つかのチューブに繋がれ、電子音を発する機械的な人型の何かが立ち並ぶ施設の前で、数人の修道服姿のウマ娘がそれを眺めている。

 

「スーツの調整、終わったか?」

 

眼帯姿の隻眼のウマ娘が、施設の前で作業中の仲間に声をかける。

カルト構成員の一人、コードネーム「エナメル」。気性難である。

 

「もうちょっとまってねー、計算ではセクレタリアトの40%の出力が出せるはずだよ」

 

眼鏡姿の、耳が片方欠けているウマ娘がその声に応えた。

カルト構成員の一人、コードネーム「プルカジュール」。気性難である。

 

「くっそ、あのアマ……ちょっと凱旋門の時に一服盛ったくらいで根に持ちやがって」

 

片腕をギプスで補強し包帯で首から吊った、脚がやや曲がったウマ娘が先日の襲撃に怒りを現す。

カルト構成員の一人、コードネーム「ギローシェ」。気性難である。

 

「でもさー、秘書が消えた時のアイツの顔見た?笑えたよねー」

 

けらけらと笑い、ギローシェをなだめる尻尾の無いウマ娘。

カルト構成員の一人、コードネーム「リモージュ」。気性難である。

 

彼女達こそ気性難カルトの構成員であり、先日秘書達と一戦交えたウマ娘達である。

包帯を巻いたギローシェが、後ろに控えるもう一人に振り向く。

 

「よう、あん時は助かったぜ!新入り。お前もこっち来いよ」

「……………」

 

無言を通し、言われるがままに横に並ぶカルトの新入り構成員。

長い黒鹿毛を靡かせた大柄な、渦のような耳飾りを右耳に付けたウマ娘。

その顔には中心に一本の白い線が入った、黒い仮面が取り付けられていた。

 

「相変わらず喋んねーのなオマエ。あんなつえーのに」

「その子は口を利けないって聖母様が言ってたじゃん?やめなよ」

「あーそうだっけか。悪いな新入り」

 

先日の襲撃の際、応援として現れたこの新入りにより構成員達は窮地を脱している。

彼女達から見ても喧嘩慣れしており、その実力はあの英雄とも引けを取らないと認めている存在である。

新入りを歓迎すべく構成員達が肩に手を回して談笑する中、地下に通じるエレベータが開いた。

 

「集まっていますわね?」

「聖母様!チュース!!」

「スーツの準備は順調です聖母様!」

「次は何をすれば?」

 

地下には、地上の礼拝堂の女神像の裏手からつながる隠しエレベータで出入りしており、そこから聖母は現れた。

各々が自分達を救ってくれた敬愛する聖母に近付き、矢継ぎ早に言葉を飛ばす。

聖母は手を広げ、今後の展望を語った。

 

「……スーツを稼働できるタイミングで動きましょう。秘書がいない今が好機です」

「ッシャア!!待ってたぜ聖母様!!」

「はやく暴れたいねー」

「エリート共に一泡吹かせてやろうよ!」

 

決起に沸き立つ構成員達、その中で一番冷静な眼帯ウマ娘エナメルが手を上げた。

 

「エナメル……何かしら?」

「聖母様、フォイルバックは?それに現在の学園はあのシスター達がいます。一筋縄では……」

「そうね……答えましょう」

 

エナメルは常に前線を張る構成員達の中でも屈指の実力者である。臆病風に吹かれたと思う者はいない。

この危惧、あの超気性難シスターとその娘、そしてマル外教室担任として潜入中の同志についての言及に対し、聖母は息を整えて答えた。

 

「まず、フォイルバックはもう一度あるタイミングで小学校へ入るように伝えています。そして、あのシスター達ですが……」

 

ここで聖母は、新入りを指差す。

 

「この子が抑え込みます。彼女達はこの子に傷一つ付けることはできません」

「本当ですか?しかしあのシスターは………」

 

 

 

 

 

 

 

「心配いりません、絶対に手を出せませんから」




聖母様の正体は色々ヒント仕込んであるやで。

日本編、結構話数かかりそうだから、帝王賞を区切りに一旦キャラ紹介してもいいですか?主人公とヒロインの現状とかも書いていきたいなって……。

  • いる
  • いらない
  • 全部終わってからでいいッス。早く書け。

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