クラウス・フォン・ヴィクトワールの人生は、波乱に満ちている。
彼は帝国暦666年に、ゲルマニウム帝国のヴィクトワール公爵の四男として生まれた。
既に後継者には長男も次男も居たが、広大な領地を治めるヴィクトワール家において血の分けた家族ほど、信用の出来る管理者はいない。
クラウスも四男であっても、どこかの領地を割り当てあられ、平穏な生活を送るはず
そう、クラウスの未来はある日突然、見通せぬ闇へと堕ちたのだ。
帝国暦672年。
クラウスが6歳の誕生日を迎えたその日に、ゲルマニウム帝国に激震が走る。
第25代皇帝、ヨーゼフ・アウグスト・ゲルマニウムの暗殺計画が露呈したのだ。
その首謀者としてミハエル・フォン・ヴィクトワール、つまりはクラウスの父が捕らえられた。
そして、皇帝は激怒のままに即日斬首。
ミハエルには反論する時間すら与えられなかったという。
翌日には、妻、長男、次男、三男がミハエルに続くように斬首された。
これもまた、あまりにも速い速度で、三男に至っては事件の知らせを受けながら、首を落とされたという逸話すらある。
そして、当然。クラウスにも断罪の刃が向かった。
しかし、6歳というあまりにも幼い年齢に、皇后カトリーナが憐れみをかけた。
流石に幼子まで殺すのは忍びないと。
皇帝ヨーゼフもこれに了承し、クラウスを帝国領の辺境の教会に幽閉することで罰とした。
もちろん、刑期はその一生涯に渡るものとした。
クラウスの人生をどん底に落とした、この暗殺計画であるが当時は力を持ち、皇位簒奪を狙ったヴィクトワール家の暴走と言われた。
だが、この暗殺計画は明確に冤罪だった。
帝国暦690年に、全てはヴィクトワール家の地位を落とすために、侯爵達が仕込んだ罠だったのだと明かされたのである。
さらに酷いことに、皇帝ヨーゼフは全てを知った上で、中央集権化を推し進めるため。
また、ヴィクトワール家の財産を没収するために、反論の機会すら与えずに迅速な処刑を行ったというのだ。
この出来事は、明確にゲルマニウム帝国崩壊の引き金と言われている。
後の世で、皇帝ヨーゼフに『愚かなるヨーゼフ』という仇名がつけられる由来でもある。
さて、ここまで話してきたが、何故ヴィクトワール家を追い落とした奸計が明らかになったのか、不思議に思わないだろうか?
侯爵達が話すわけもなく、皇帝も全てを分かった上での行動。
これを明らかにしようと思う者など、帝国には1人しかいない。
そう。他ならぬ、クラウス・フォン・ヴィクトワール、その人である。
彼は、家族の無念を晴らすべく、彼らの罪を白日の下に晒して復讐を成し遂げてみせた。
面従腹背を貫き、最後の止めを刺すその瞬間まで、皇帝の忠実な臣下として信頼を勝ち取り、最後には本当に皇位を簒奪して見せたのだ。
誰もが羨む地位に生まれ、その全てを謀略で奪われながら、それでも諦めずに皇帝まで成り上がった稀代の復讐者。
断罪の申し子、クラウス・フォン・ヴィクトワール。
そんな彼が一体どのようにして、幽閉された身から自由を掴み、そして家族の仇を取り、帝位すら奪い取ったのか。
この本では、クラウスの人生を様々な歴史書や回顧録を元に書き記していく。
「やっべー……俺の人生詰んだわ」
俺ことクラウス・フォン・ヴィクトワールは転生者だ。
現代日本での知識がある、良くある転生を経験したのだろう。
転生先は、貴族の公爵の家。
金髪青眼の美少年となれば、この時点で人生上がりものなのだが、状況が状況だ。
全くもって喜べない。
「コンビニバイトから、貴族様に格上げかと思ったら囚人とか……むしろ格落ちしてんじゃねぇか、ハハハ」
俺は乾いた笑い声を上げながら、ボロボロの部屋と衣服を見つめる。
自分が転生者であるという自覚をしたのは、ついこの前のことだ。
そう、自分以外の家族全員が処刑された日だ。
目の前で、母や兄達の首が刎ねられるのを見たのだ。
そりゃ、幼子なら滅茶苦茶ショックを受けて、前世ぐらい思い出すだろう。
まあ、もしかするとショックで二重人格になっただけかもしれないが。
何にせよ、左団扇の生活はもう望めないということだけは分かる。
「ただ、まあ……生きてるだけマシか。一族郎党族滅の勢いだったからな。皇后様には、感謝しないとな」
しかし、生きているだけ儲けものだ。
メンタルが見た目通りの幼子だったら、まさに天から地に落ちた状況に耐えられなかっただろう。
だが、前世の俺は底辺。
正社員にもならずに、コンビニバイトで生活に必要な最低限の金だけ稼いで、生きる日々。
食費は1日350円。
教会の貧乏暮らしにもある程度、耐えられるってもんだ。
「しっかし……これからどうすっかな」
取り敢えず、今の所は最低限の命の保証はある。
だが、逆に言えば最低限しかない。
下手に逃げ出そうとしたりしたら、敵意ありと見られて、あの世の家族の下にご案内されるだろう。
どう考えても、大人しくしておくのが一番だ。
「まあ、諦めて大人しくしておくか」
結論。
余計なことはせずに大人しくする。
どうせ、前世でも忙しなく動いていたわけでもない。
毎日、適当にダラダラと過ごしていただけだ。
退屈な日々には慣れている。
文化レベルは下がったが、文句は言えない。
「クラウス、少しよろしいでしょうか?」
コンコンと部屋をノックする音がする。
そして、聞こえるのはピシリとした女性の声。
「ああ、大丈夫だよ、イーダ」
扉が開き、修道服を着た妙齢の赤髪の女性が入ってくる。
名前はイーダ・グナウゼン。
この教会のシスターだ。
「クラウス、年上には敬語を使いなさい。あなたは以前のような立場ではないのですよ?」
「……申し訳ありません、シスター・イーダ。以後、気をつけます」
「よろしい。ここでは、あなたを悪い意味でも、良い意味でも特別扱いすることはありません。他の者達と同じ扱いをします」
イーダの厳しい声に俺は頭を下げる。
俺は皇帝の暗殺計画を企てた一族の末子。
それを考えれば、平民と同じ扱いということすら、破格の扱いなのだろう。
酷ければ族滅どころか、関係者の家族まで消されかねないのだから。
「感謝します、シスター・イーダ。ここで神に祈り、愚かな父母の恥をそそげるように、日々精進していきます」
「……言ったはずです、悪い意味でも特別扱いする気はないと。ここでは、あなたの家族の罪を必要以上に意識することはありません」
少し気を使ったような物言いだが、俺にとっては事実だ。
今の地位で満足しておけば、これからも子孫が繁栄出来たというのに、何を無駄な野心を出しているのだ、あのバカ親父は。
おかげで、一つ上の12歳の三男の兄まで斬首だ。
俺だって、危なかったのだから、ぶっちゃけ父親には恨み骨髄である。
家族の情? 転生した記憶のせいで、そこまで情が湧いてこないんだよ。
なんか、死んだという感じだ。
「いいえ、シスター・イーダ。皇帝陛下へと働いてしまった狼藉は、決して許されることのない罪です。父も母も、連座されて当然の悪党であった兄達も、今頃は地獄の業火で、己の罪深さを噛みしめておることでしょう。陛下のご温情で生かしていただけた私は、せめて、この世で皇帝陛下の更なるご健勝を祈っておくのが筋というもの。どうか、この卑しい身が陛下のために祈ることをお許しください」
俺は全力で媚びを売るように、頭を下げて謝る。
イーダは割と良い人っぽいが、油断はできない。
俺が反抗的な態度を少しでも見せれば、皇帝へ密告してそれを理由に殺しかねない。
今はとにかく、反省の意思と無抵抗のアピールをするしかないのだ。
「……分かりました。神に何を祈るかは、あなたの自由です、クラウス」
「感謝します、シスター・イーダ。この身に流れる、恥ずべき血をそそぐ機会を与えて頂けて」
「では、ここでの生活について改めて説明しますので、ついてきなさい」
「はい、かしこまりました」
諦めたような、どこか悲しむような表情を見せる、イーダ。
ふう、どうやら俺の全力の猫かぶりが、功をそうしたようだぜ。
とにかく、まずは生き残るために全力を注いでいくとしよう。
イーダ・グナウゼンの回顧録には、クラウスについてこう記されている。
『クラウスは幼いながらも、己の立場を理解していた非常に忍耐強い子であった』
6歳という年齢で、何が起きたのかを正確に把握して、己の身の振り方を理解していた。
本来であれば、自分で服を着る必要すらない立場からの転落だというのに、彼は文句一つも零さなかった。
質素な食事も、ボロの衣服も、貴族ではすることのない肉体労働も。
彼は驚く素振りすら見せずに行っていった。
まだ幼いとはいえ、それまでの地位と尊厳を破壊する行為に、何も思わなかった訳がない。
だが、クラウスはその程度のことは、当たり前とでも言うような態度で受け入れた。
故にイーダは、驚くべき忍耐力だったと記したのだろう。
しかし、後世の我々からすれば、真に驚くべき忍耐力だったのは、無実の罪で殺された家族への想いを耐え忍んだことと言うほかない。
何故なら、彼は数年に渡り教会で暮らしたが、そこで生活を共にした誰もがクラウスが、家族を擁護する言葉を聞いたことはないと述べているのだ。
『愚かな父母』
『兄達も連座されて当然の悪党』
『この身に流れる、恥ずべき血』
クラウスは独り言ですら、常に彼の家族の罪を非難していたと記録に残っている。
時折、侯爵達の手の者が身分を隠して、様子を見に来ることがあったが、家族について聞かれれば、必ず罪深き者と乏して見せた。
その姿に、侯爵達は彼が本当に何も知らない子供だと判断し、警戒を緩めた。
だが、誰もが知るように、クラウスは全ての罪を白日の下に照らし出し、復讐を成し遂げた男である。
彼が冤罪を明らかにし、家族の無念を果たしたのは帝国暦690年。
つまりは、実に18年物の間、復讐心を片時も忘れることなく隠し通して見せたのだ。
イーダの語るように、非常に忍耐強い男だったと言うほかない。
そして、クラウスが復讐を成し遂げ、帝位を簒奪したことを考えれば、教会での暮らしでの卑屈なまでの態度は、面従腹背の類だったのだろう。
彼が一体、いつどこで、自らの家族が罠にかけられたと、気づいたのかは分からない。
だが、ハッキリしていることは、彼は自らの命が薄氷の上にあることを理解していたことだ。
そして、それを理解して、いつか帝国の表舞台に返り咲くために、静かに牙を研いでいたのだろう。
こうした出来事から、東洋における『
これは、ヴィクトワール朝の第5代皇帝のアインハルトが、『ユーロシア三帝戦』において、敗走した時に『この程度の敗北、太祖クラウス様の服従の日々に比べれば、大したことはない。必ず、やり返す』と言ったことが元になったとされる。
さて、この話もまた面白いのだが、ここはクラウスの人生を語るべき舞台なので、割愛させていただく。
とにかく、こうした出来事から、クラウス・フォン・ヴィクトワールは、世界で最も有名な面従腹背の復讐者として、現在まで語られるようになっていくのである。
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