Blue Silver Vampire   作:WaT=Vermillion

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元:pixiv


泣きたい夜

 それはまだ銀次が愛欲の喰魔になって間もない頃、夜、バンエルティア号の甲板で夜風に当たっているベルベットに銀次が近づいた。

「眠れないの?」

「うん……」

 ベルベットの問いに颯爽と返した。

「あんたは眠れるでしょ? だったら――」

「ベルベットはさ、喰魔っていう役割を知った時、どう感じた?」

「唐突な話ね。本当にどうしたの?」

「最近、この右腕が重く感じるんだ……」

「その籠手の……せいじゃないのね」

 銀次は右腕を喰魔の右腕に変えてみせた。

 ベルベットと比べると、人の腕と変わらない大きさだ。

「こいつで喰らった穢れってのが重くて……」

 それを聞いたベルベットが深く息を吸って吐いた。

「あんたねえ……。今まで斬った業魔の数は数えたの?」

「それは――」

「ごめん、あたしが悪かった。そんな数字は聞きたくない」

 銀次のことだ。きっと、今まで討った業魔、いや、聖隷や退魔士の数を数えている。

 そう思って先手を打って銀次の口を封じた。

「俺、これからどうなっちまうんだろうな……」

「……」

 ベルベットはそんな銀次の目を見まいと伏せていた。

 彼女の弟、ライフィセット・クラウが生まれ変わった聖主、カノヌシのこともある。

 カノヌシを殺せば、自分も、銀次も、幼いモアナも、他の喰魔も、そしてライフィセットも……。

 だからこそ、言葉を返せなかった。

 謝るべきだろうか。

 いや――、

「……あんたは、その腕で多くの聖隷たちを救ってきた。シルバもそう……、あたしじゃ救えなかった」

「なんだよ、励ましてくれるのか?」

「誰のせいよ、誰の」

 顔を上げる銀次、しかし、その顔は影に堕ちたままだった。

「ごめん、ありがとうな」

 そう言って銀次も柵に腕を乗せて、海面に顔を向けて夜風に当たり始めた。

 柵に身を寄せたベルベットが離れだした。

「あたしは部屋に戻るわ。あなたも早く寝なさい」

「いや、見張りもあるから、まだ寝れない」

「義理堅いのね」

「俺たちだけじゃなくて、零菜とマリアも乗せてくれたからな。これくらいは軽いよ」

「そう、あなたにとって、あの二人は特別なのね」

 銀次は返事に手間取った。

「……正直言えば、この世界ここに来てくれたのは、嬉しい反面、あいつらに罪を植え付けてしまうんじゃないかって不安がある」

「そう」

「あいつらに申し訳ないけどさ、俺が死んでベルベットたちが助かって、事が解決するなら迷わず選んじゃうな」

「……あたしだって、そうよ。でも、あんたは違う」

「それは、ベルベットだって――」

 ベルベットに振り向こうと、柵から身体を離した瞬間、ギュッと抱きしめられた。

 銀次より大きい、さらに女性の柔らかい感触といい匂いがする。

 これは、まさか……。

「マリア? なのか……?」

 銀次にマリアの温かい感触が伝わる。

 胸が大いに当たっているが、発情より病んだ精神が彼女の腕を手に取らせた。

「どうして……」

「馬鹿……、どうして、そんなこと言うのよ……」

 マリアからの返答は涙に濡れていた。

「じゃ、あとは任せたわよ。マリア」

 ベルベットは知っていたのだ。マリアが気配を消して銀次の背後にいることを。

 いつからいたのだろう。自分の泣き言まで聞かれてしまったのだ。

 恥ずかしさよりも、情けなさが込み上げてくる。

「なんで、黙ってたんだよ……」

「あなたが、泣き言を言わないからでしょ……」

 マリアの抱きしめる腕が弱まった。

 彼女の手を取り、後ろを振り返るとマリアが泣きっ面になっていた。

「お前が泣くことなんて。ないだろ……」

 叩かれる。文句の言えない発言をしたのだから。

 だが、その彼女の手は彼の額を優しく撫でただけだった。

 その行為に銀次は涙が込み上げてくる。

「零菜もわたしも、あなたがいなくなって、泣いたわ……」

 マリアがギュッと銀次と顔を寄せた。

「ごめん、あなたが辛いのになにも返せない。なにもしてあげられない……」

「そんなこと……」

「だけどね」

 マリアが銀次を握る手が温かくなった。

「わたしは、ううん、わたしたちは、決してあなたを救うことを諦めない。どんな道を通ろうが、絶対よ」

 そう言うマリアの目はすごく真剣だった。

 だからこそ、銀次の目が潤い始めたのだ。

「俺、ずっと知り合いって呼べるの……いなくって……だから……お前らが来て……俺……」

 銀次が涙を流しながら、言葉を紡ごうとするのをマリアは見ていられなかった。

 泣き顔を彼女の胸に押し込め、黙らせる。

 彼女は知っている。

 遠山家に流れる血筋の力のことを。

「ひぐッ、うわぁぁぁぁぁッ!」

 しかし、その力は逆に彼の涙を増やしてしまった。

 これは想定外だった。

 だからといって、彼女は見下げたりしなかった。

「ずっと、強がって……泣く暇なんかなかったのよね。すごいわ……ここまで耐えてくるなんて……」

 いけない。自分まで泣いてしまいそうだ。

 彼の涙を見るのは自分だけでいい。

 そう決心しながら、彼の涙を受け止めた。

 

 甲板からすぐの部屋の入り口に、零菜がいた。

 シルバは寝ているようだ。

 ベルベットが入って早々、訊いてきた。

「銀次が気になるの?」

 零菜が天井へ見上げて、

「気にならないこと、ありませんよ。ずっと傍で見ていたんですから」

「気になって眠れないのね。あなたたちを巻き込んだこと、後悔しているわ」

「勝手ですよ。銀次君、いつも誰かのために身を張って、自分のことなんか、目にくれないで……」

 零菜の目が潤い始めた。

 それに気づいていた、モアナを寝かしつけたエレノアがおろおろとハンカチを取り出した。

「大丈夫ですか? これを使ってください」

「ありがとう、エレノアさん……」

 エレノアから貰ったハンカチで涙を拭きとる。

「どうしたんですか?」

「あの優男が意地を張っているのを見ていたのよ」

「ギンジ、のことですか?」

「他に優男って言葉が合う男がいる?」

「いえ、悪口はどうかと思いますけど……」

「いいんです、エレノアさん。ベルベットさんのいっていること、間違ってませんから」

 そう肯定した零菜の目は赤く腫れながらも、涙は出ていなかった。

「困っている女の子いたら、助けに行っちゃうし、わたし以外の女の子の血吸うし、わたしの想い、全然通じないし」

「レイナ、銀次のことをどこまで好きなのよ?」

「えッ? 結婚したいほどですけど?」

「その割には、言いたいこと、いっぱい言ってますよね?」

「そりゃあ、ずっと見てると出ますよ。文句の十個や二十個は」

 ベルベットとエレノアが引き気味に訊いてみた。

「レイナ、とりあえず文句を何個か言ってみて?」

「そうですね……。スケベだし、女性の胸のサイズをニアピンで当てて来るし、調ちゃんと切歌ちゃん、同世代の子には甘くするのに、わたしにはぞんざいな扱いをしてくるし、部屋の整理してたら、何十ものエロ本があるし……」

「いやいや、待ってくださいッ! 部屋を整理って――ッ!」

「もちろん銀次君の部屋ですよ?」

「なにがもちろんですかッ!? 男の部屋に入るなんてッ!?」

「そんなに嫌がることかしら? アーサー兄さんの部屋を掃除したことならあるけど」

「あなたのは家族だからいいでしょうッ!? レイナとギンジの場合、家族じゃないんですからッ!」

「大丈夫ですよ。強行的に家族になりますんで」

「愛が重い、重すぎますよッ!」

「そうですか?」

 平然と答える零菜に、エレノアは恐怖を覚えた。

 ベルベットは呆れ気味に、

「じゃ、あなたはギンジの涙を見ないの?」

 零菜は首を振って、

「それはわたしには見せてくれませんから」

「じゃあ、あなたはどうするの?」

「わたしはただの元気な幼馴染でいいんです。負い目は見せたくありません」

 その零菜にエレノアは感心した。

「あなたは強いんですね」

「強いって見せつけないと、銀次君はまた無理しますから」

 零菜は笑って二人に見せつけた。

「だから、わたしは銀次君には笑顔を見せつけるんです。なにがあっても」

 ベルベットは銀次と照らし合わせた。

「だったら、そうしてあげて。あなたが元気なら、銀次も元気になっていくだろうから」

「はいッ!」

 零菜は力強く返事をした。

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