Blue Silver Vampire 作:WaT=Vermillion
「妙な卵?」
銀次が訊き返した。
銀次、調、切歌がいるのは、魔界カフェ「ネザーゲート」だ。行きつけの店でもある。
仕事を終わらせ、ゲーム屋に行った帰りに下校途中の調と切歌にばったり遭遇した。
それで、ねだられ、このカフェに入ったのだが、そこで注文の品物を食べている最中に、店員のラミアであるルミアに相談を持ち掛けられた。
ルミアとは、パラドックス事変からの付き合いで、調と切歌よりも長い。
因縁に似た関係ではあるが、特に互いを嫌っているわけではない。
現に、こうやって銀次に相談を持ち掛けているのだ。
「そうよ、今日の朝、ベランダに置いてあったのよ」
「食べなかったのか?」
「まさか、そんな不気味なもの食べると思う?」
「いや、食べるんじゃないかって」
調たちに目配せした。
「だって、蛇って卵を丸呑みするし」
「確かに、市販してあるのはそうするけどさ」
「蛙を丸呑みするって聞くデスよ?」
「あれ、おいしいのよね」
「それでいいのか。ラミアの沽券に関わらないか?」
銀次が呆れながら言った。
「人間だって、魚や肉はともかく、野菜とか、虫とか食べるじゃない?」
「お前から見た人間ってそういう認識だったのかよ……」
ルミアがそういうこと、と答えながら話を戻す。
「とにかく、その卵をさ、持って帰ってくれないかしら?」
唐突なお願いに、
「えッ? いいのか?」
と恰好の付かない返事をしてしまった。
「だって、あたしのうち、ペット禁止なのよ。だからさ……」
今度は色目を使って俺に頼んできた。
「はぁ、わかったわかった。俺が貰うよ」
「ありがと♡ じゃ、持ってくるわね♪」
ルミアは尻尾を翻して、フロアからスタッフルームへと駆けて行った。
一息ついて、チョコレートパフェを食べようとする銀次に向けて視線を刺していく。
「……なにが言いたいんだよ?」
「兄さん、女性の色目に弱いんだから……」
「これ、零菜とマリアに言った方がいいデスかね?」
「変な言い方するなよッ! 特に付き合いと言っても、敵味方だったり、従わせたりした程度だぞッ!」
銀次が声を荒げて否定した。
「ごめんなさい。そこまで必死になるとは思いませんでした」
「からかって悪かったデスよ」
「まあ、いいや……。ココアでも頼もう」
「ところで、デスけど……」
頬にチョコクリームが付いた切歌が訊いてくる。
「卵を貰ったら孵化するんデスか?」
「本当に唐突だが、頬にクリームついてんぞ」
そのクリームを調が拭き取ってあげる。
「そういえば、兄さんって使い魔とか動物とかを使役してますか?」
「俺んちにそんな動物いたか?」
「そういや、いませんでした。でも、魔術に精通しているなら、従えても不思議じゃありませんよね?」
銀次が腕組みをする。
「確かに、その研究は過去にしていたけどな。でも、複雑過ぎるし、現代社会にどう影響及ぼすかわからないからやめたんだよ」
「それで一匹もいないんですか」
「お前ら、『グレムリン』って映画観たよね?」
その発言で、二人は黙り、
「……お兄さんがやらない理由がわかってきたデス……」
「だからさ、厄介事押し付けられそうになってんだよな、俺」
そう愚痴をこぼしていると、卵を持ってきたルミアがやってきた。
しかし、
「ピンクッ!?」
「ダチョウの卵デスかッ!?」
「おい、事前に教えろやッ!!」
三人が感想を述べている間に、その卵は銀次たちのテーブルの真ん中に置かれた。
「そういうことだからさ、これ、どうにかしてね♡」
「いや、待てよッ! なんで俺ッ!?」
「だって、なにかあっても――、んんっ! これ、召喚術の魔道書だから読んどいてね」
「隠しきれてねぇぞ、馬鹿ラミア……ッ!」
銀次が睨むと、ルミアが銀次の会計表を奪った。
「それじゃ、ここはあたしが奢るから、頼むわねッ!」
「待てッ! おいッ!」
食事の代金と引き換えに、厄介事を押し付けられてしまった。
ご丁寧に、召喚術の本まで置いていったのだ。
テーブルの真ん中に大きなピンクの卵。
当然、カフェ中の客がそこに視線が移る。
それを女性の店員から受け取ったとなれば、いらぬ誤解を受けてしまう。
銀次はチョコレートパフェを食べきったら、とっとと店を出ようと思った。
だが、
「調? 切歌?」
「でも、楽しみ……」
「はい?」
「だって、この中にモンスターがいるんデスよねッ!?」
調と切歌の目が輝いていた。
「孵化すつもりか?」
「「えッ? 孵化しないの(デス)?」」
銀次は困った表情をした。
こうなると、彼女たちの期待通り孵化するしかない。
「いいけど……、グロテスクなモンスターが出ても知らないからな……」
「「わーいッ!」」
こんな軽く受けてしまっていいのだろうか。
嫌な予感をするのは俺だけか。
そう思いながら、天井を見上げていた。
「いやー、助かったわ。零菜、シルバ」
研究所内にカート一杯に運んでいるのは零菜とマリアだ。
シルバは先導して食堂までの道を確認している。
三人がこうしているのは、マリアが大型スーパーマーケットの買い出しに行った際、偶然、零菜とシルバを発見、同乗させたのだ。
家事のしないマリアより、よく食材の目利きをしている零菜がいてくれて助かった。
途中、シルバが迷子になるハプニングがあったが、
「でも、シルバが迷子を導いてあげたのは偉かったよー」
「まあね……」
照れ臭そうに頬を掻くシルバ。それを撫でる零菜。端から見れば、姉弟か親子に見えるだろう。もっとも、聖隷のシルバが見える人間は少ないが。
「あ、マリアおかえり。零菜とシルバもやっほー」
前から、マコトが三人に話しかけてきた。
「マコトさん、どうも」
「どうも」
零菜とシルバが軽く頭を下げる。
「大変そうだね。手伝ってあげる」
「ありがとう、マコト」
マコトも同行していくことになった。
「ところで、変わったことはなかった?」
マリアの質問にマコトは眉を寄せた。
「うーん、ちょっと戦闘訓練がね、今、占拠されてんだよねー」
「それって、誰が?」
「銀次と調ちゃんと切歌ちゃんかな」
「いつも通り、じゃないの?」
マリアが問い詰める。いつもなら修行しているだろうと。
「うん、それがさ。なんか、銀次がピンクの大きな卵を持って来てさ、調ちゃんたちもなんか術式の道具を持たされてたんだよね」
「術式?」
「訊いてみたらさ、卵を孵すって言うんだよ。ちょっと、おかしくない?」
「「「……」」」
マリアたちは黙りながら、カートを押していった。
そして、徐々に速くなっていった。
なんか、すごく嫌な予感がするッ!
もしもの場合は、中止させねばッ!
「調、そこの魔法陣の紙、しわが出ないようにな。切歌、そこの宝石はミリ単位で調整を――」
「わかりました」
「アイサーデスッ!」
戦闘訓練ルームの中央を魔法陣が描かれた紙とその上に所々で宝石が置かれていた。
とうとうここまで来てしまった。
止めるチャンスはいくらでもあった。
それでも、二人は卵を孵したいという願いがひしひしと伝わって断れなかった。
ひよこを孵すんじゃねぇんだぞ。
その言葉を何度呑み込んだことか。
銀次の心中は複雑だ。
おそらく、あの女は中身を知っている。知ってて銀次に渡したのだ。
ペット禁止は本当だろうが、小鳥やハムスターくらいなら誤魔化せるはずだ。
それなのに渡してくるってことは……。
「嫌な予感が臭ってくるぜ……」
そういいながら、魔法陣の中心に卵を乗せていく。
真ん中になっているかどうかを確認しながら微調整している。
なんで真面目にやっているのか、銀次は自分に訴えていた。
だが、作業は着々と進んでいる。調と切歌も真面目に手伝ってくれている。
やるしかないのだ。なにが出るのかはわからないが。
準備は整った。
「今から卵を孵す魔術を行うぞ。離れてろ」
「ワクワク」
「ドキドキ」
「俺もドキドキだよ。なにが出るのかわからんもののな」
二人が期待する顔を見ながら注意をする。
そして、魔法陣が蒼く光り出した。
「おおッ!」
「凄いデスッ!」
(そういえば、二人に本格的な魔術を見せんの、初めてだっけ)
銀次はそう思いながらも、卵を孵す呪文を言い放つ。
「我が声に応えよ、ウン・アンスル・ケン・エオー・ウル・ペオースッ!」
……。
……。
……。
「うーん、やっぱ普通の卵の孵す術じゃダメか」
「兄さん、失敗した?」
「もしかして、孵らないんデスか?」
調と切歌が落胆している。
二人には悪いが、銀次はホッと安心した気がした。
これで、変なのが出てきたら――。
パリ。
おや? ピンクの卵の様子が?
ブルン、ブルンッ!
「「「えッ?」」」
卵にひびが入り、揺れ始める。
「兄さん、これって……ッ!?」
「もしかすると、デスかッ!?」
そのもしか、とは、既に姿を現そうとしていた。
パキパキっと音が鳴り、光が放ち、卵が割れた。
「「「うおッ!?」」」
その光に眩んでしまった。
徐々に視界が戻り、卵をみつめた。
紫がかったピンクの蛇の尻尾、上半身は裸同然の女体、赤みがかったピンクの長い髪とそれを後ろ髪の根元で束ねる黄色のリボン。
それが横になって倒れていた。
「切ちゃんッ!」
「おわわッ! 真っ暗デスッ!?」
調が切歌の目を手で覆った。
「いちゃついている場合かッ!」
銀次がそれに近づき、上半身を起こした。
裸だと思ったら、ブラみたいなものが一応付けていた。それでも、露出度が高いが。
顔も確認したが、美少女の類に入る可愛さだった。
それの目が開くのを銀次は見た。
「おいッ! 大丈夫かッ!?」
「……ん?」
それが可愛い顔を左右に向けて状況を確認する。
「調ッ! いい加減、離すデスッ!」
切歌もようやっとそれの姿を確認した。
「ごめん、切ちゃん。ちょっと格好が恰好なだけに……」
「あのラミアが、卵から孵ったモンスター、デスか?」
「うん、そうみたい……」
銀次が二人に声をかける。
「調、タオルかなにかないか?」
「あッ、はい、ありますけど」
「とりあえず、お前らで巻いといてくれないか?」
銀次の言いたいことはわかる。
上半身裸同然というのは間違いなく、ビキニのような布が胸に張り付いているだけで、あとは肌が露出している。
それに、胸も大きく、露出度も高かった。現に露出した肌が銀次の腕に触れている。
「わかったデスよ」
「じゃあタオルを――」
それは近づいてくる調と切歌を長い尻尾で振り払った。
銀次が肩を強く揺さぶった。胸も揺れたが、なりふり構ってられない。
「なにやってんだ、お前――ッ!」
それの目は銀次を強く睨んでいた。
そして閉じていた口が動く。
「……あなたが呼び出したの?」
それが状況を確認したいようだ。
「もしかして、無理に起こしたから怒ってんのか?」
長い尻尾が銀次の身体に曲げて巻き付こうとした。
「答えて」
銀次は、目の前のそれを刺激してはいけないと察知した。
「ああ。俺が孵した。手伝ったのはそこの女の子たちだ」
言葉を慎重に選んだつもりだが、まずかったかもしれない。
もし、孵したことで怒っているのなら、調と切歌を巻き込むことになる。
「そう……」
「危害は加えないでくれ。起こしたのなら謝る」
「……」
「それでも気が済まないなら、俺が罰を受ける。だから――」
「いいわ。危害は加えないわ。でも――」
「なんだ?」
「アタシの胸、いつまで触ってるの?」
銀次はようやく赤面して自覚する。
慌てて、それを起こしてあげると、距離を取った。
「ご、ごめんッ! わざとじゃなかったんだッ!」
それがまた睨んだかと思いきや、プイとそっぽを向いた。
銀次は嫌われたな、と肩を落とした。
調がそれに近づいてタオルを渡した。
「はい、タオルをどうぞ」
「いらないわ」
「でも……」
「いいの。アタシはこういうものだから」
そして、それはチラッと銀次を見た。
「……あなたの名前は?」
「俺に訊いたのか?」
「呼び起こしたのはあなたでしょ?」
銀次は考えた。
(手順はどうあれ、召喚術は成功した、みたいかな……)
「銀次。遠山銀次。お前の名は?」
それは後ろ髪を掻き分けて答えた。
「ヒュドラよ。訊きたいことがあるけど、いい?」
冷たい口調だった。
心当たりは、ないわけじゃない。
「ヒュドラ……ああ、覚えた。質問はなんだ?」
「アタシをどうやって呼んだの?」
「それは、召喚術を使って……」
「そう……それで、アタシの卵は?」
「お前の、卵?」
銀次が思い返した。
「もしかして、お前が入ってた卵のこと?」
「そうよ」
それはもう……。辺りを見回したが、やはり――。
「お前がそれから割れて出てきて、それっきり――」
「そんな……」
ヒュドラが膝、いや、下半身の尻尾が崩れ落ち、床に伏した。
「あ、あの、デスね……」
「そんなに、重要なもの、だったの?」
「当然よ……だって……」
調と切歌が近づこうとしたところへヒュドラが再び銀次を睨みつけた。
「よくも――ッ!」
銀次は気配を感じて回避を試みるが、遅かった。
ヒュドラが銀次を床に押し倒したからだ。
銀次はイグニッションを発動しようとした。
やられる――ッ!
しかし、そんな銀次の決意が服に落ちた雫が留まらせた。
ヒュドラが泣いていた。
「どうして……くれるのよ……アタシの……帰るところが……」
そうか。
銀次は理解した。いや、思い出した。
当時、断念した召喚術の勉強でこんなことを習った。
【召喚した魔物(モンスター)の中には、帰るための触媒が必要になるものがいる】
ヒュドラの場合、あの卵がそうなのだ。
それを付け焼刃の知識で、彼女の帰る場所を奪ったのだ。
これの責任は銀次にある。
銀次はそれを強く自覚している。
謝って済む問題ではないのは確かだ。
(俺は、こいつにどうやって詫びればいい?)
しかし、そう思いながらも、ヒュドラの垂れている胸を見て――・
(いやいや、なに考えてんだッ! 俺はッ!)
性的な興奮が起きてしまった。
そこへ、ルームに入ってくる零菜、マリア、シルバ、マコトが来た。
「銀次君ッ!?」
零菜が叫んだ。
彼女たちから見れば、ラミアが銀次を襲っているように見えた。
すかさず、マコトがトンファーを構えて駆け出す。
「銀次、待っててッ! あたしが助けてあげるよッ!」
銀次を助けるために走り出した。しかし、
「邪魔をしないでッ!」
ヒュドラが水の魔法を使ってマコトを壁へと押し返す。
「かはッ!」
全員がヒュドラの能力に驚いた。
今度は零菜とシルバが駆け出した。
「アルジェンテ=ミュン=ソレッ!」
神依をして、シルバと融合する零菜。
一直線に進んでいく。
しかし、ヒュドラの尻尾が零菜の身体を巻き付いた。
「シルバ、神依を解くから、その隙に――ッ!」
『ダメだッ! 離れられないッ!』
零菜とシルバが手を出せなくなった。
マリアも胸のペンダントを取り出し、
「Seilien coffin airget-lamh tron――」
聖詠を唄い、白銀の鎧を纏ってヒュドラに剣を向けて走り出した。
「ちッ、しつこいッ!」
ヒュドラが身体を起こし、右腕にハープを召喚して、抱える。
そして、左手でハープをなぞると、奏でだした。
「ラララ~~~~~、――♪」
ヒュドラが歌を唄い出した。
すると、マリアの動きが鈍くなっていった。
「ラララ~~~~~♪」
ヒュドラは快調に唄い出した。
マリアの容態が悪化する。血反吐を吐き始めた。
銀次は蒼銀の籠手で状態を確認した。
すると、銀次の嫌な読みが当たってしまった。
(フォニックゲインを奪っているのか、こいつッ!?)
もはや唄うAnti-LiNKERそのものだ。
調と切歌が平気なのは、シンフォギアを纏っていないからだ。
さらに、悪いことが判明した。
「コメットキャノンッ!」
マコトが撃ち放った球は、マリアへと向かっていき、直撃する。
「ぐあッ!」
「そんなッ!? なんでッ!?」
マコトはマリアを故意に狙ったわけではない。
ヒュドラの歌で、多少なりとも魅了され、操られたのだ。
近くにいる銀次は黙っていられなかった。
(やめろ、なんて聞いてくれるわけないよな……)
こうなった原因は銀次にある。
(なら、敵意をこっちに集中させることはできるはずだッ!)
銀次はある決断をした。
後で非難を受けるのを覚悟して行動したッ!
「やめてくれッ!」
むにゅ。
銀次は左手でヒュドラの右胸を触った。
もう一度。
銀次は左手でヒュドラの右胸を触った。
その様子は全員が見ていた。
銀次は柔らかな触感を確かめた。
「な……ッ!?」
ヒュドラが驚きで頬を紅潮させ、目を丸くした。
ヒュドラが巻き付いた零菜は解かれ、ハープを落とし、唄うことをやめた。
ヒュドラは自由になった右手で銀次の頬をビンタした。
銀次は鼻血を垂らしながら、ヒュドラの目を真っ直ぐ見た。
「ヒュドラ、お前の敵は俺だけだ。そうだろ?」
ヒュドラの睨む目は銀次に向けた。
「あなた、あんなことしといて、ただで済むと思ってるの?」
「思ってねぇよ。好きにしろ」
ヒュドラは唇を舌で舐め始めた。
銀次はなんの恐怖も畏怖も感じなかった。
だからこそ、甘んじてヒュドラの好きにさせようと言うのだ。
首を絞められようが、殺されようが。
「銀次君ッ!」
「「銀次ッ!」」
「兄さんッ!」
「お兄さんッ!」
全員が銀次を心配する声を上げる。
しかし、ヒュドラはそのまま銀次を押し倒し――、
そのまま銀次の胸で泣き始めた。
こうなっていくことは、銀次は予想していたかもしれない。
召喚主を殺したところで、ヒュドラにメリットがあるとは思えない。それに――、
(もしかしたら、彼女はこのまま消えていくのではないのか)
そう考えた銀次は、なにか手はないのかと考える。
――お困りのようだな、銀次ぃ?――
(アイダッ!?)
意識の奥底で眠っているはずのアイダが銀次に呼びかけた。
銀次は意図的に意識を闇に落とした。
銀次は自分の記憶、自分の心が映る場所にいた。
銀次は夢の中とも、深層心理の中とも。自分の精神世界とも呼べる空間でアイダを見つけた。
「なんで、俺に呼びかけたんだ?」
「てめぇがくだらねぇことで悩んでるからだろうが」
アイダは相変わらず口が悪い。
「くだらないって、俺のせいでこうなったんだろうが」
「そんなんで、命差し出してんじゃねぇ。俺との約束を忘れたのか?」
異世界事変の終わり、アイダが最期まで願っていたもの。
ユウキ=テルミとハザマを完全に消すこと。
彼が失敗作と言われた無念を晴らすための願いを銀次に魂を喰われることで共に果たそうと誓ったのだ。
こうして、魂だけになってもこの場に存在しているのだ。
「まさか、殺せって言うんじゃねぇだろうなッ!?」
アイダはハッと馬鹿にした。
「それができねぇから困ってるんだろぉ? 甘ちゃんがよぉ」
「甘くて悪いかッ!」
銀次の反論にアイダはニィッと口の端を上げた。
「ならよぉ、これを使え」
アイダが手にしたのは銀次が召喚術の本を解読していた記憶だ。
銀次は目を丸くしながら受け取った。
「アイダ……」
「テメェに死なれちゃ困るんでなぁ。それであの女救ってこい」
銀次は記憶を受け取り、魂内に染み込ませる。
「アイダ、あり――ッ!」
そこで、銀次の意識は戻された。
一人残った、アイダは頬を搔いた。
「なにやってんだろうなぁ、俺はよぉ……」
アイダは一人の時間をまた過ごすことになった。
銀次は現実に意識を取り戻した。
未だに自分の胸で泣いているヒュドラがいる。
彼女の居場所を壊したのなら、作り直せばいい。
銀次はアイダから受け取った記憶から召喚術を使ってみる。
それでも、銀次は半端な術者。
それが可能なのは、わからない。
それでも口ずさんだ。
「我が名は遠山銀次。帰る所なき汝よ、我が身に宿り給え――ッ!」
銀次の右手が蒼く光る。
ヒュドラの身体も蒼く光る。
「あなた、今、なにをしているの?」
「汝の真名はジェダ=クバクッ!」
銀次が唱え終えると、ヒュドラの身体が蒼い光となって銀次の身体と同化する。
「……ふう、これでなんとか……」
銀次は起き上がり、立ち上がった。
心配していた調と切歌が駆けつけてくる。
「兄さん、今のは……?」
「どうやら、あの卵自体があいつの居場所みたいだったでな。だから、俺の身体を触媒にした」
「それって、ラミアをお兄さんが使役していることになっているんデスか?」
「まぁ、一時的にな。この後に別の触媒探して移せばいいだけだ」
銀次は頭を掻いて考えた。
(触媒、なぁ……。あの卵のこと、よく調べずに壊しちゃったからなぁ。代わりの触媒を見つけてあげられるか?)
銀次は悩んで顎に手を当てた。
「あの、銀次君……?」
「今のって、なに?」
零菜とマリアが銀次に近づく。
「えっと、召喚の契約を……」
銀次は口ごもった。
すると、銀次の右手が光り、
「よいしょ、と」
銀次の身体からヒュドラが飛び出した。
突然のことに全員が驚いた。
「どうして出てきた? まだ触媒を……」
「触媒? もしかして、アタシの卵の代わりを探してくれるの?」
ヒュドラが冷たい視線で銀次を見つめながらも驚いていた。
「そうだ。だから――」
「無理ね。あれより頑丈なものなんて――」
銀次の顔を見たヒュドラの言葉が止まった。
そこで切歌が割って入った。
「ヒュドラって、あの卵から生まれたんデスか?」
「いえ、正確には卵から召喚するのが正しい起こし方よ」
「まるで、エッグモンスター、デスね……」
「その呼び名で合ってるわよ。言っても、もう卵がないからただの召喚獣だけどね」
「あッ……」
切歌が言葉を詰まらせた。
しかし、ヒュドラの顔が明るくなった。
「でも、まあ、悪くないかもね」
「ヒュドラ?」
ヒュドラが色っぽい目をし、舌なめずりして銀次の頬に手を当てる。
「あなた、案外カッコいい顔して、可愛いもの♡ アタシのご主人様としては上玉ね♡」
「あのぉ、ヒュドラ?」
唇から舌を出したままニィっと口角を上げる。
「ねぇ、マスター♡」
ヒュドラが銀次を抱きしめ始めた。
押し付けられて潰れた大きな胸が銀次を興奮させかけた。
「えッ? ヒュドラ? 話が見えてしまったんだが?」
「このままでいいわ♡ あなたの中にいる方がよさそうだもの♡」
「はぁ……」
その発言に、零菜とマリアが激昂する。
「ちょっと、銀次君ッ!」
「なに、納得しかけているのよッ!」
ヒュドラは銀次に詰め寄る二人に対して、ベーっと舌を出して尻尾を使い強く抱きしめてみせた。
「「わあぁぁぁぁぁッ!」」
悲鳴を上げる二人。しかし、
「ぎゃあぁぁぁぁぁッ!!」
もっと高い悲鳴を上げていたのは銀次だった。
背骨が、腰がバキバキと軋んでいる。
「ヒュドラ、頼むッ! やめ――ッ!」
「えー? ぎゅうとして気持ちいいでしょう♡」
「されるってか、殺しにきてるからッ! やめろぉぉぉぉぉッ!」
「そう? じゃあ、離してあげる」
ようやっと銀次は解放される。折れてはいないだろうが、ヒビは入っているかもしれない。
これほど回復の魔術を習って正解だったと感じたことはない。
「お前なぁ……。俺を殺す気か?」
「まさか、吸血鬼だから加減したまでよ」
ヒュドラの発言に眉を寄せた。
「うん? 俺が吸血鬼だっていったか?」
「かつて使役されたことがあるのよ。もっとも、あなたは例外の部類に入ってそうだけど」
こうまで当てられるとは……。
「お前、本当に召喚獣なのか?」
「そうよ。アタシは水蛇のヒュドラとして、多くの人に召喚されたのよ」
ヒュドラはそう言って、えっへんと大きな胸を揺らして威張った。
「この世界の者じゃないってことか」
「ええ。少なくとも、知っている世界じゃないわね」
銀次は多く、というのは多分、多くの異世界のことを指しているのだろう、と分析した。
「実績はあるってことか」
「ええ、召喚獣としてこれ以上の逸材はいないと思うけど?」
「でも、タネがわかったら、防がれるよな?」
「それは……」
ヒュドラが言い淀んでいる。よほど、銀次から離れたくないのだろう。
銀次が耐えかねて、訊いてみる。
「まあ、そこは努力してもらえば文句はないけど、それなら守れるか?」
「アタシが努力すれば……」
「嫌なら、他の触媒に移すけど、どうす――」
「するッ! しますからッ! どうか、あなたの召喚獣で居させてッ!」
必死に縋り付いてきたあたり、よほど銀次が気に入ったのだろう。
それに、触媒の卵を壊した責任が銀次にある。
「わかった。じゃあ、使い魔としての正式な契約を結ぼう」
「やったーッ!」
喜んで大きな胸を揺らして跳ねている。
零菜とマリアが睨んでいるが、銀次は気にしないように目を伏せた。
マコトが後ろから訊いてきた。
「正式な契約ってどうすんのさ? さっきのは仮ってこと?」
「うん。でも、ほぼ正式な契約は済ませたから、あとは――」
銀次の右手の甲に魔法陣が現れた。
「これにキスしてもらえばいいだけだから」
ヒュドラは右手の甲の魔法陣を見つめていた。
「これにキスを?」
「引き返すなら今だぞ」
「いえ、やるわ」
ヒュドラは迷うことなく、銀次の右手を手に取り、顔を近づけて、キスをした。
魔法陣が消え、ヒュドラの身体が光り出した。
「契約成立だな――」
その瞬間、ヒュドラが銀次の頬に向けてキスをした。
「よろしくね、マスター♡」
そして、ヒュドラの身体が消え、銀次の中へと入っていく。
「よし、ひとまずは一件落着だな」
ヒュドラが望んで自分の身体を触媒に選んだのだ。
銀次の手間が省けて助かるくらいか。
……最後にキスされたのは予想外で気恥ずかしかったが。
「終わった?」
零菜が訊いてきた。
「……終わったよ」
銀次は後ずさりながら答える。
「ちょっといいかしら?」
マリアが銀次に近づいていく。
生命の危機を察知した銀次は180度回転し、歩き始めた。それも速く。
「逃がすかぁッ!!」
「待ちなさいッ!!」
零菜とマリアが追い始めた。
銀次はすぐに歩きから走りへと移行する。
距離は一向に離れるばかりだ。
しかし、零菜が槍の黄金を構えて、
「届けえぇぇぇぇぇッ!!」
投げて銀次の足を斬った。
「おまッ! それ、俺を殺す気かッ!」
派手に転びながら零菜に訊いた。
零菜は答えない。
銀次はマリアに目を移すが、彼女もシンフォギアを解いていない。
「詳しい話、訊かせてもらいましょうか」
二人の目は笑っていない、躊躇もない。
銀次がこれから起こる恐ろしいことが思いついてしまった。
すると、銀次の右手が光り、
「ちょっと、やめなさいよッ! アタシのマスターになにする気ッ!?」
ヒュドラが盾として出てきた。
正直、状況が悪化するだけなので、出てきてほしくなかった。
凛としたヒュドラの顔に、零菜とマリアが後ずさるが、
「どいてよ、これでもわたしたち婚約者なんだから」
零菜の発言にキョトンとしたヒュドラが、
「婚約者って、マスターの?」
「そうよ。一応だけど、そうなっているの」
マリアが答えた。
ヒュドラが慌てて、
「ご、ごめんなさい……」
零菜とマリアがキョトンとした。
「い、いいんだよ、わかれば……」
「物分かりが良くて助かるわ……」
しかし、ヒュドラは、
「だったらさ……」
倒れている銀次を抱きしめながら、
「アタシをマスターのペットだと思って♡ それ以上のことはしないからさ♡」
銀次に甘えだした。
触れる肌と肌、押し潰してくる胸。
不覚にも、銀次は鼻の下を伸ばしてしまった。
その銀次の様子に、零菜とマリアの火に油を注いでしまった。
「「銀次(君)~~?」」
銀次はこの状況を覆せないと天を仰いだ。
「勘弁してくれ……」
その様子を見ていたシルバとマコト、調と切歌は、
「穢れてないけど、零菜の怒りが伝わるよ……」
「あたしもだよ。銀次の自業自得だろうけどさ」
「これじゃ、召喚獣というより……」
「愛人との修羅場、デスよ……」
達観していた。
こうして、銀次は初めての召喚獣、ヒュドラを手に入れた。