Blue Silver Vampire 作:WaT=Vermillion
『暁の帝国全域に連絡します。昨日の魔導テロによって多数の水道管が破損しました。これにより、午後1時から全域に渡って、水道管工事を開始致します。国民の方々は今のうちに水の貯えを――』
そんなアナウンスが流れたのはつい今朝のことだった。
国民の多くは大きな容器に水を入れていることであろう。
多くの会社は水の貯えをしっかりしているだろう。
ただでさえ熱帯に存在する暑い国だ。飲料水がないのは命取りになる。
水の貯えができなければ、自販機で高い水に手を出すか、水を持ってる人からぼられるかのどちらかになる。
無論、それまで外に出なければいい。という話が出るだろう。
しかし、厄介なことにこの放送は、終了時刻が伝えられていない。予定すら出ていない。
なので、大概が水の貯えをせざるを得ない。
銀次たちが所属している第七機関研究所は充分以上に貯えがあるのでそんな心配はいらない。
そう、飲料水の心配は……。
所長の銀次がごそごそと倉庫内を荒らしていた。
「これじゃないな……。どこ行ったんだ……?」
「どうしたの? 兄さん」
それを見かけたのが、偶然通りかかった調が思わず訊いた。
そうこの荒れようから、銀次がただならぬ事態に陥っているのではないかと容易に想像できた。
「調……。学校はどうしたんだ?」
「緊急時につき、休校になりました」
「そっか……、賢明な判断だな……」
作り笑いが妙に怖い。相当追い込まれているように見える。
「あの……、なにをお探しに……?」
「悪いが、お前には――」
「関係ない、なんて言わないでください」
調が銀次の横まで歩いてダンボールを探った。
「兄さんが追い込まれているのを見て、わたしは見過ごすなんてできません」
「いや、でも――」
「零菜やマリアほどじゃないけど、役に立てるなら手伝いますから」
「……」
銀次は顔を引きつって黙り込んだ。
しばらくして、重々しい口から言葉が出た。
「簡易トイレ」
「えッ?」
「簡易トイレ」
調は目を丸くした。
しばらくして、銀次の腹からぎゅるるる……とお腹が鳴った。
空腹のものじゃない。
銀次の顔が引きつったのを見て、調は顔を蒼くした。
「まさか、嘘ですよね? 見つけてここでするつもりだったんですか?」
「そうだよッ! 女の子の前で言いたくなかったんだよッ!」
「いや、それ以前にやめてくださいッ! なんてことを考えたんですかッ!」
「だって、断水してんだぞッ! ……なんて叫んだら、やばいのがこんにちはって顔を出してきそうッ!」
「やめてッ! ドクターより軽蔑しますよッ!」
「じゃあ、どこに行けばいいんだぁ……ッ!」
倉庫内で銀次が調と口論している間に尻に力を入れた。決して漏らさないように。
そんなことを言っている間にマイが入ってきた。
「あの、ちょっといいかな?」
「マイ……? どうしたんだ……?」
「マイ、どうして……?」
「いや、声が聞こえちゃって……」
銀次が地面に頭を伏せてきた。
「やばい……。ハローマイワールドしてきちゃう……」
「兄さん、しっかりッ! どうしようッ!」
必死の形相の銀次と、慌てる調に、
「トイレってさ、貯水タンクあったよね?」
マイの言葉に銀次の顔が緩んだ。
「あ」
「あ、って知らなかったんですか?」
「いや、断水だからって……でも、もう……」
銀次が微動だにしない。
マイの顔も蒼くなった。
「調ッ! 銀次を運ぶよッ! 手伝ってッ!」
「うんッ! 兄さん、諦めないでッ!」
調とマイが銀次の両脇を抱え、走り出した。
銀次の足は引きずられた形になったが、
「ありがと……。これなら入り口までは持ちそうだ――」
「喋らないでッ! 肛門に負担がかかるッ!」
「マイッ! それを言わないでッ!」
二人に引きずられて男子トイレに近づいた。
「ほら、もう少しだ――ッ!」
その瞬間、男子トイレから二人の姿が見えた。
「よかったぜ。貯水タンクがあって」
「ええ。トイレを造れなんて無茶を言うんですから」
「ハハハ、悪い悪い」
的場とフェルが談笑しながら出てきた。
「あの? 二人とも?」
銀次が顔をひきつらせた。
「あッ、所長……? えッ?」
「なにしてんだ、介護が必要になったのか?」
フェルと的場が首を傾げた。
「実は、かくかくしかじかで……」
マイが説明した途端に、トイレから研究員が通りかかって、「こんにちは」と挨拶をした。
挨拶を返す全員だが、銀次の顔が蒼くなった。
「終わった……」
と、銀次が絶望に浸った。
「えッ、どうしてです?」
フェルが訊き返した。
「ここの男子の個室トイレは三つ……。つまり、お前らが使って、通り過ぎた彼も使った、となると――」
「だとしたら、一つ余ってるぞ?」
「へ?」
的場の言葉に銀次が訊き返す。
「もしかしてですが、僕も使ってると勘違いしてませんか? でしたら、大きな間違いですよ」
「そうそう、付き添ってもらっただけだ」
フェルと的場の言葉に銀次が顔を僅かに明るくした。
「じゃあ、まだ一つは……ッ!?」
「大丈夫だと思いますよ。13時以降に使われた形跡はなさそうでしたし」
「よし、嬢ちゃんたち、あとは俺たちが運ぶから」
銀次の肩を調とマイからフェルと的場に譲られた。
「ありがとう、二人とも」
「助かったよ……」
「かまいませんよ――」
「ごめん、早く運んでくれると――」
「そうだッ! 早く便器に突っ込ませるぞッ!」
「は、はいッ!」
男三人は男子トイレの中へと消えていった。
調とマイは、それを見届けると、深く肩を落とし、膝から崩れ落ちた。
「「あぶなかったぁ~」」
向かいから切歌とマコトが歩いてきた。
「どうしたデスか、調、マイ?」
「二人とも、そんなに疲れてどうしたの?」
「「いや、強力な爆弾テロを防いだところ……」」
「「爆弾ッ!?」」
切歌とマコトは酷く驚いた。
2時間後。
所長室で仕事中の銀次に突然の腹痛が襲い掛かってきた。
「うッ!」
そのうねり声にいち早く反応したのは、隣で仕事をしていたマリアだった。
「どうしたの、銀次ッ!?」
あまりに大袈裟な声を上げてくれるので、銀次は隠すことなく、
「やばい、お腹と尻が大変なことに――ッ!」
「もういいわッ! トイレに……ってまだ断水中だった……」
「……」
銀次の顔がまたも引きつった。
その顔を見てマリアは顔を青ざめた。
「嘘……? そこまで追い詰められてんの?」
銀次の横の異空間からヒュドラが飛び出て、
「いや、もう出そうだよね。マスター」
「……ッ!」
銀次が唇を噛みしめた。
「いやいやいやッ! ここでしないでッ! トイレでしてきてッ! 入口まではわたしが運ぶッ!」
マリアが有無を言わせず銀次をおんぶした。
「いや、それで運ぶの? 便器までもつのかしら?」
ヒュドラの言葉に踊らされるように、マリアは銀次を男子トイレまで突っ走った。彼を便器に突っ込ませるまで。
「まさか、本当に便器まで運ぶとは……」
ヒュドラは男子トイレの外から自分の発言に反省していた。
その後、冷静になり、銀次を便器まで入れてしまったことに後悔しながらトイレから出てきた。
無論、誰もいないことを祈りながら、無駄と知りながらも顔を隠しながら男子トイレから出た。
「あれ、マリア? どうして男子トイレに入ってたの?」
その祈りは通らなかった。神はいないんだ、と恨みもした。零菜とシルバに見られていた。
「えっと、ね? 実は――」
マリアは仕方なく、話すことにした。
それが被害が最小限で済む方法だと信じた。
だが、相手は零菜だ。
いつも銀次を追って男子トイレまで追っていく彼女を注意してきたのだ。
なにを嫌みに言われるのかが怖かった。
「ふうん……。大変だったね……」
しかし、零菜から哀れみの言葉を受けただけに留まった。
マリアは不思議に思った。
なぜ、言われたことを根に持つような子がなぜ文句の一つも言わないのか?
「もしかして、昨日の刺身が原因なんじゃ……」
シルバから出た言葉を零菜が口ごと抑えた。
「シルバ。お口チャックー」
その手をマリアが引っ張り上げ、シルバの口を解放させる。
「シルバ。続けて頂戴」
シルバはマリアに言われて事の真相を話した。
「実は昨日、零菜が銀次に鉄火丼を差し出したんだよね。でも、その刺身、零菜が一週間前にセールで買ったものだから……」
「そんで、アタシが調べたら、期限が一週間前に切れてたってわけ」
ついてきたヒュドラまで話し続けた。
「あッ、ヒュドラまでッ! 余計なことを……ッ!」
「あなたが全ての元凶ねッ!」
マリアが怒り、零菜の頭を掴んだ。
「いやぁですねぇ……古城君に振る舞った時は大丈夫だったから……」
「ちょっと待ちなさい」
マリアが携帯端末を取り出し、通話をかけた。
「もしもし、――。実はですね。――で、はい。はい。実は――。えッ? そうなんですか? わかりました。やっておきます。失礼しました」
僅かに聞こえる声から誰と会話しているのかを予想していた零菜とシルバとヒュドラ。
マリアがすぐに戻ってきた。すごい笑顔だった。
「これ、あなたのママに頼まれたことなんだけどね」
「な、なにかなぁ……?」
すごい勢いで零菜の頭にチョップをした。
「いったぁぁぁぁぁッ!」
「全然大丈夫じゃなかったじゃないッ! 会議中にとんでもないことになったって聞いたわよッ!」
「嘘ッ!? 大丈夫じゃなかったのッ!?」
「むしろ、色々国家的にピンチになったって聞いたわッ!」
「そんな大事だったのッ!?」
「「あぁ……」」
シルバとヒュドラが頭を抱えた。
そこへ、フェルが通りかかった。
「あの、四人とも、通路の向こうまで聞こえましたよ……」
「ごめんなさい」
「ごめんごめん」
シルバとヒュドラが謝る。
二人より大人な対応をしていた。
「いえいえ、いいんです。それより、所長は……」
「まだ中よ……」
「大丈夫でしょうか……。貯水タンクはないのに……」
「多分大丈夫じゃない? 銀次君、水の魔術が使えるから……」
「そんな術の使い方が……」
フェルが感心していると、男子トイレから銀次が出てきた。
「大丈夫? 銀次?」
「もうお腹下ってない?」
「ありがと、シルバ、ヒュドラ……それに、マリアも……恥をかかせたな……」
マリアに目線を合わせつつも、どこか気まずそうにしていた。
「いや、いいのよ。所長の沽券にも関わるし、なにより……その現場に立ち会いたくなったから」
「本当にごめん……」
「それに、あなたへ謝らせたい人がいるんだけど」
マリアが零菜に肩を置く。
「あの、昨日の刺身、期限切れてて出しちゃったんだッ! ごめんなさいッ!」
銀次は素直に受け止め、
「今度からは気をつけてくれればいいよ。海鮮類はしばらくいいかな……」
そのしおらしい返事で許す銀次に違和感を覚えたマリアは首を傾げた。
「おかしいわね……。いつもなら、零菜を叩いていたじゃない」
「……それどころじゃないんだ、今は……」
「えッ?」
マリアは目を丸くした。
それどころじゃない事態とは、一体?
「フェル、スッポン持ってたよな?」
「ラバーカップのことですか? なんで、それを訊くんですか?」
「……」
「あの、まさか……」
「借りるぞッ!」
開発室へ走る銀次。
それを追っていくシルバ。
「待ってくださいッ! そんなこと許しませんッ!」
「所長命令だッ! 非常時だッ! 洗って返すからッ!」
「いえ、やめてくださいってばッ!」
その二人を眺めていた四人は、顔を見合わせた。
その中で、唯一男子のシルバに焦点を合わせた。
シルバが男子トイレの中へ入った。
そして十秒もしないうちに出てきた。
「やっぱりッ! 想像通りだったよッ!」
「よし、知らんぷりして退散しましょう」
「「「賛成ッ!」」」
その30分後。
断水工事が終わったという連絡が国中に伝わった。
「もしもし、ラウラ少佐」
『フェル。姉さんと呼べ、と言ったはずだぞ。どうした?』
「実は、新しいラバーカップの補充をお願いしたいのですが……」
『別にかまわないが、そちらに予備があるのではないか?』
「いえ、それらをトイレに使われてしまって、そのまま清掃用具に……」
『……わかった。予備分も合わせて補充するように打診しておく」
「ありがとうございます。姉さん……」