Blue Silver Vampire   作:WaT=Vermillion

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バレンタインデー

 今日も眩しい紫外線を浴びて、銀次は研究所に入所する。

 入口には、マリアがタブレット端末を持って待っていた。

「おはよう、マリア」

「おはようございます、所長」

 銀次はいつになく堅苦しい態度を取っている。そこを変に思いながらも、銀次は椅子に座る。

「なんか堅くねぇか? マリア?」

「そ、そうでしょうか?」

「だって、ずっと敬語だし」

「……」

 マリアが口を閉ざし、隠しきれないと、タブレットと身体の間に挟んでいたものを取り出した。それは平べったい長方形の箱を紙で梱包していたものだった。

「……今日が何の日か、わからない?」

「そういえば、今日は二月の十四日……あ、そっか」

 銀次が理解すると、マリアは渡しに入った。

「これ……バレンタインのチョコ……一応、婚約者だし……」

 マリアが照れながらチョコを渡す顔を見て、少し顔を赤くした。

「バレンタインのチョコ、どうも……」

 銀次はチョコを受け取ると、返しの言葉をしどろもどろに言った。

「まずいかな……こういう場所に持ってくるのは……」

「いや、それはないよ。嬉しいよ」

 公私のけじめをつけなきゃいけないのか、戸惑うマリアに手をぶんぶん振って元気づける。

「なら、食べてみてくれる? こういうの作るの初めてで……」

 マリアが今にも泣きだしそうな顔をしながら、見つめてくる。

 意外だ、手作りでくるなんて。

 銀次はその発言を喉の奥に飲み込んでいく。驚いたのは事実だが、それを口にすればこちらの口を聞いてもらえなくなるかもしれない。

「ありがとう。早速頂戴するよ」

 銀次は梱包紙を破いて箱を開ける。トリュフチョコレートが六つもあった。

「い、いただきます」

 トリュフチョコを一つ、一口で食べきっていく。

 味はおいしい。チョコレートの甘さがほんのり舌を包んでくれる。苦みが感じられない、純粋にミルクチョコレートの甘味が引き出されている。最初、堅い殻の部分がソフトキャンディーのように少し硬く、舌で押しつぶすと甘いクリームが舌を支配していく。

「うまいよ。マリア」

「そ、そう……よかった……」

 マリアの緊張が解けたようで、安堵の息を深く吐いた。

「もしかしてだけどさ、高い材料(チョコ)だったりするのか?」

「ま、材料はそうね。一個一個作っていったのは苦労したわ」

「どうして、作る気になったんだ?」

「これでも女よ」

 それが当然だと言わんばかりに、マリアは大きな胸を張った。

「でも、素直にうまいよ。一個一個、食べるのがもったいないくらいな」

「作ったんだから、全部食べなさいよ」

「わかってるって」

 そう呟きながらもう一個を口に入れた。一個を味わって食べきるのに予想以上に時間が懸かる。

「ボリボリ食べちゃってもいいのに……」

「うまいからいいんだ」

 銀次はトリュフチョコを一個ずつ舐め回すように食べていった。

 

 それから時間が過ぎていき、午後になった。陽が傾けかけたころ、仕事を終えた銀次とマリアはロビーにて学校から毎日のように寄ってきていた、零菜、調、切歌が話し合っていた。

「おう、お前ら、元気そうだな」

「あ、銀次君、ちょうどよかった」

 零菜がそう言うと、カバンから紙で梱包された箱を渡された。

 この時、銀次は思った。

零菜に渡されてバレンタインの日であることを実感していたのだ。今年はマリアに渡されて実感したから違和感があるのだ。

「零菜、毎年チョコをどうも」

「あれ? 今日はバレンタインか、って言わないの?」

「ああ、今朝マリアから貰ったからな」

「え、あ、そうなんだ……」

 零菜はじろっと目をマリアに向けた。

 マリアは金縛りにあったかのように身を強張らせた。

「で、どうだったの? マリアのチョコは?」

「うまかったぞ。手作りは意外だったけどな」

「ふぅん……手作りだったんだ……」

 マリアを凝視し続ける零菜は、瞬きと同時に銀次に目を向けた。

 ほッ、と胸を撫で下ろすマリア。

「なら、わたしのも食べてよ」

「いいよ」

 銀次は梱包紙を破いて箱の中身を開けていった。あったのは四角形のチョコレートがマリアの三倍詰められていた。去年貰った三倍でもある。

「あのぉ、零菜さん?」

「全部食べてね♪」

「流石にこの量は――」

「食べてね」

 最後に強烈な殺意が感じて来たので、覚悟しながら一個を食べる。

 銀次の口の中で固形物だったチョコがすぐにクリーム状に溶けていき、舌を包んでいく。

 チョコに包まれた舌は、程よい苦味がチョコの甘さを引き立たせる。

「零菜、もしかしてビターチョコか?」

「いつもそうでしょ、銀次君の好みなんだから」

「でも、このチョコって、毎年思ってたんだけど、高いんじゃないのか?」

「大丈夫だよ? スーパーに売ってる板チョコを原料にしてんだから」

「そうなのか……」

 ホワイトデーに大きなお返しをしなくてもいい、と胸を撫で下ろす。

「お返しはキスでも――」

「普通に返せばいいんだな、よかった」

「ちぇッ」

 零菜のキス顔を無視した銀次に対して舌打ちをした。

「しかし、こんなに多いのは……後で食べるよ」

「やだよ、今食べてよ」

「俺の身体が持たん」

 零菜のチョコの箱を蓋して、銀次はしまった。そのしまいようはゲームのキャラクターがアイテムを身体のどこにしまい込んでいるかのようだった。

「そんな雑にしまわないでよ」

「大丈夫だって、食べ物は食べ物で分けられているから」

「ホントにどうなってんの? 銀次君のその収容魔術は?」

「魔界に行けば、こういうことも習うもんさ、無制限ってわけじゃあないけどな」

 零菜がふくれっ面になるのを横目に調と切歌がもじもじとしているのが見られた。

「どうしたの? 二人とも?」

 マリアが聞くと、調と切歌も梱包紙の箱を取り出してきた。

「マリアと兄さんに、贈ろうと思って……」

「アタシもデス。お腹いっぱいじゃなければ、渡したいデスが……」

 銀次とマリアは頷きながら、二人に言った。

「貰っていいなら貰うぞ」

「わたしもよ。二人が作ってくれたものですもの」

 それを聞いた調と切歌はどうぞ、と言って銀次とマリアにチョコを渡した。

「そーいや、調ちゃんと切歌ちゃんのは合作なんだよね?」

「うん、調理実習で習ったから、実戦してみた」

「調と一緒に作ってて、楽しかったデスよ」

 二人が梱包紙を破いて箱の中身を開ける。

 箱の中身はチョコレートのクッキーが三枚入っていた。

「クッキーなのね」

「そうデス。調理実習で習ったものデスから」

「それじゃ、一口いただくぞ」

「召し上がれ」

 マリアと銀次はガブリと一口。クッキーの堅さは歯で砕けていく。噛めば噛むほど、チョコの味がしてくる……。

 この味は……。

「もしかしてだが、イチゴチョコを使っているのか?」

「そうデスよ。よく気がついたデスね」

「まぁ、舌が馬鹿じゃないからな」

「まずかったでしょうか?」

「いや、うまいぞ」

 イチゴとチョコのお互いを邪魔しない組み合わせが、両方の良さを引き出してくれる。

 もう一口、さらに一口。欲しくなってしまう代物だ。

 銀次もマリアも気づけば、箱の中身を空にしてしまった。

「うまかった。ごちそうさま」

「わたしも同じよ。ありがとうね」

「「おそまつさまでした(デス)」」

 二人のチョコクッキーが食べたりなかったな、と思う反面、舌に残る味わいが充分な満足感を得させてくれる。

 じーーッ

 零菜が、わたしのは? という目で銀次を見つめてくる。いや、目に光がないんだけど。

「食べる。食べるから……そんな見つめんなよ……」

 そんな中、フェルがロビーに顔を出してきた。

 まるで様子を窺っているみたいだ。

「どうしたんですか?」

「今日、バレンタインだぞ」

 よく見たら、目にクマができている。もしや、と思い、銀次が尋ねた。

「お前、なに造ってた」

 いえいえ、と手を振って、

「フェルケルの整備をしていたんです。そしたら、気づけば、こんな時間まで……」

 フェルが倒れそうなところへシルバが支える。流石に、シルバだけで支えるのは限度があるので、調と切歌が起こしてく。

「すみません……お手を煩わせて……」

「いいわよ。でもちゃんと休まなきゃダメよ」

「わかりました……マリアさん……」

 調たちがゆっくりとフェルをソファーに座らせる。

「すみません……」

「いいよ」

「今度、ゲーム機の修理をお願いするデスよ」

「ハハハ、わかりました……」

 すると、箱を持ったラムダがロビーに顔を出し、フェルを見つける。

「あ、フェル」

「ラムダ……どうも……」

 すると、お腹の音が鳴る音が聞こえる。すると、フェルの顔が赤くなった。

「……やっぱり、ご飯抜いてたんだ」

「ごめんなさい……」

「でも、ちょうどよかった」

 ラムダがフェルに箱を手渡す。

「バレンタインだから、これ食べて元気出して」

「バ、バレンタインチョコを僕にッ!?」

 さっきまでの不調が嘘のように大声を上げる。

「うん……ダメかな?」

「いえ、とんでもないッ! 戴けるならッ!」

 フェルが梱包紙を破いて箱を開けていく。さっきまでの不調が嘘のようだ。

 箱の中には、カブトムシを模ったチョコが三個入ってた。

「うわッ! チョコでこんなもん作りやがってッ!」

「いいじゃない。案外、可愛いところあるのね」

「結構繊細に作られてる……」

 銀次が引いているのに対し、その出来栄えに感動するマリアと調。

 フェルは形を気にせず、そのまま一口で食べきった。

「うまいです。中が柔らかくておいしい」

「よかった。うまくできたんだ」

 フェルが喜んで食べていると、ラムダが喜んで胸を撫で下ろした。

「あれ? 味見しなかったの?」

「うん、食材が少なかったから。一個しか素材が食べられなかった」

「高級食材だったんだ?」

「そうでもないよ?」

「じゃあ、バレンタインに必死デスね……」

「いや、そうじゃないよ?」

 零菜、シルバ、切歌の質問からいったいどんな食材を用いたのかわからなかった。

 気づけば、フェルは箱の中身を全部食べ切っていた。

「おいしいです。ありがとうございます」

「いいよ。喜んでくれたなら」

 フェルが食べながら感謝しているのを見て、嬉しそうに喜ぶラムダ。

「ちょっと、食べながら喋らないの。汚いわよ」

「ご、ごめん――」

「いいから食べて、て……」

 もぐもぐ

 ゾゾッ

 幸せそうに食べるフェルに対して、口の中を見たシルバにあることが脳裏によぎった。

「……ねえ、ラムダ」

「どうしたの? シルバ?」

「あの食材、なんだったの?」

「……今は言わない方が――」

 ごくん

 フェルが食べ終えたのを確認すると、質問を返した。

「どうして聞いたの?」

「さっき、フェルが食べたチョコの断片に……虫のようなものが……」

「へ?」

『えッ?』

 シルバの言葉にほぼ全員が固まった。

 銀次が青ざめるのは当然だが、他のみんなも青ざめていった。

「形でごまかせると思ったんだけど……」

 ラムダの言葉でさらに青ざめていた。

「ちょっと待って。嘘でしょ……」

「いやいや、そんなわけないよ」

「そんなことあるはずない」

「それはいくらなんでも、デスよ?」

 女子全員が各々自分の考えを否定していく中、

「お前、カブトムシ入れた?」

 銀次が恐る恐る聞いた。

「勘がいいね、みんな」

 全員の顔からさらに血の気が引いた。

 フェル以外は。

「でも、柔らかかったですよ?」

「幼虫を使ったからね。柔らかいのはそれだよ」

 フェルは一切引かなかった。

「えッ? フェル君? どういうこと?」

 零菜が聞いてきた。なぜ平然としていられるのか。

「あれ? そういや言ってませんでしたっけ? 僕、ラムダから昆虫食を貰っているんですよ」

『え?』

 虫嫌いな銀次を筆頭に全員がドン引きしてフェルから離れだした。

「なんで……そんなことを……?」

「いや、普通に売っていたからイケるかなって」

 調が聞き出すと、ラムダが悪びれもせず答えた。

「虫の世話しているんでしょ? そんなことを……」

「部屋には持って来ていないよ。この研究所内で食べたりしてるから」

 シルバが涙目で訴えてきた。彼は彼なりにラムダの部屋で世話を手伝ったりしていた。

 ラムダもラムダで虫の前で虫を食べる、という残虐なことをしていないと答えた。

「なんで、昆虫食を?」

「興味があったのと、フェルに栄養が与えられるから」

 零菜の質問を淡々と答える。

「栄養? それなら、食事で取れれば」

「軍の携帯食とかレトルトじゃ、ダメなんデスか?」

「ううん、ダメ。タンパク質が取れないから」

 調と切歌が言ったのを突っぱねる。

「お前ら、もうここで昆虫食を食べるなよ」

「それは職権乱用でしょ? 断る」

 銀次の所長命令を拒否してきた。なんだ、今回のラムダは強いぞ。

「……だったら、わたしたちのいないところで食べて。譲歩案よ」

「……それなら」

 マリアのおかげでひとまずはこっちにかかることはなくなった。

 ラムダも渋々と承諾してくれた。

「ここにいたのか、銀次、フェル」

 ココノエがロビーに顔を出してきた。

「どうした? ココノエ?」

「なにかあったんですか? ドクター?」

 フェルはココノエをドクターと呼んでいる。このマッドコンビがなにかを造りだした時はよう注意している。

 そんなココノエが、フェルだけでなく銀次まで呼び出している。この二人の共通点は――。

「お前ら男子にプレゼントだ」

 テーブルに電気が走り、そこに爆発音と共に物が転移される。

 煙が消えると、テーブルの上に大量のバレンタインチョコが置かれていた。

「なんなんだッ!? この量はッ!?」

「ほら、今日はバレンタインデーだろ?」

「知ってますよッ! ですけど、この量はなんなんですかッ!?」

「ここにいる女性共が、お前ら宛てに渡してほしい、と頼まれてな。一回一回貰って渡すのが面倒だから、一か所に集めさせてここまで転移させた」

 ココノエの面倒だから転移させた、という発言がもはや、当たり前になっていた。

「ちなみにだが、シルバへのお供え物としてチョコを貰ってはあるぞ」

「ホントに?」

「ああ、この袋がそうだ」

「わあ、ありがとう」

 そこは袋かい、と銀次はツッコみそうになったが、シルバがチョコレートを物色し始めた。

「銀次さん、このチョコの山、どうやら僕とあなたのがごちゃ混ぜになってますよ」

「マジでか……なんでそこは仕分けなかったんだよ、ココノエ?」

「悪い、そこまで面倒なのは断った」

 転移させといてのうのうと……ココノエに文句を言ったって仕方がない。

「仕分けるしかないか……これとこれフェル宛てだぞ」

「こちらの三つ、銀次さんのですよ」

 仕分けする前段階から気づいていたが、量が多い。

「これは俺の、これも、これも、これはフェルの、これは俺の……」

「これは銀次さん宛て、これも、これは僕の、これは銀次さんの……」

 銀次とフェルは黙々と仕分け作業を続けていた。

「銀次さん、これ段ボール……」

「おう、サンキュー……」

 銀次とフェルは段ボールを組み立て、自分の取り分のチョコを箱に入れ始めた。

 それなら、それだけなら、銀次とフェルは年頃の男子らしく喜んでいただろう。

「ねえ、銀次、フェル……零菜たちが怖いんだけど――」

「わかってる、わかってるから……」

「教えてもらわなくてもいいですから……」

 シルバの言う通り、さっきから女子が黙って銀次とフェルの作業を見つめていた。

 どんな意図があるかわからない。それを聞く勇気もない。

 銀次とフェルは黙ってチョコを仕分けするしかないのだ。

 アイコンタクトで、互いに意思の疎通を図る。

(ねえ、俺の後ろどうなってんだ?)

(とても、声が掛けづらいですッ! ラムダはどんな目をしているのですかッ!?)

(普通に見つめているだけだが、むしろ視線が揺らいでない分、怖すぎるッ!)

(怖いのはそっちも同じですッ! 零菜さんもマリアさんも目に光が宿っていませんッ!)

(調と切歌、に声を掛けたら、マリアが絡んでくるうううッ!)

(この作業、いつまで続けば、いえ、いつまで持つんでしょうか?)

(この段ボールに入れたチョコの分だけ、気が重くなるんだろうな……)

(一か月後のホワイトデー、どうしましょう?)

(ホント、どうすりゃいいんだ……)

 チョコの仕分けは続いていく、減っていくチョコの山が消えた時、銀次とフェルはいったいどういう顔すればいいんだろうか?

((本当に、どうすりゃいいんだろ……))

 袋を開けて、詰められた多くのチョコに喜ぶシルバが羨ましかった。

 気まずい空気のまま、仕分けていくのであった。銀次は天を仰いだ。

 勘弁してくれ……。

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