Blue Silver Vampire 作:WaT=Vermillion
「ふわぁ~……」
やだ、はしたない。どうやら誰にも見られていないらしいわね。
書類整理だけでもう夜になっちゃった……。
わたしに秘書なんて務まるのかしら。
いや、弱気になるなッ! 気を引き締めるため両頬を叩いた。痛い……。
もう夜だし、調も切歌も零菜も……帰ってるわね。
マイとマコトも今日は休みだし、ラムダとフェルはもう帰ってるわね。
残っているとしたら、カジュンたち研究員数名程度とココノエとテイガーかしらね。
銀次は昼過ぎに出かけてからそのまま事件に巻き込まれているらしいし。
「わたしも帰ろうかな……」
退所しようと出入口に向かっていくと、銀次が入所しているのを確認した。
「あれ? いつの間に……?」
帰ってなかったのね。声ぐらいかけても良かったのに……。
「気を遣わせたかな」
折角なので彼を探してみることにしてみた。
研究員と何度か会って彼の所在地を特定できた。
戦闘訓練ルームにいるらしい。日課の修行かしら?
そういや、銀次が訓練している時は調や切歌、零菜やわたしなどと相手にしてたわね。
だとしたら、相手はテイガーかしら?
そう思っていると、すれ違った研究員からテイガーは改造されているらしいと聞いた。ご愁傷様。
ということは、一人?
そういや、銀次が一人で訓練、いや修行しているところなんて見たことない。
なんだか気になってきたわね。
少し速足で戦闘訓練ルームへと向かう。
「降り注げ、爆炎の雨ッ! バーンストライクッ!」
銀次の声と降り注ぐ火炎弾の爆発が数回聞こえてきた。
魔術の練習? 珍しいわね……。
折角だから、気配を殺して様子を見るか。
「これだと上手くいくんだよなぁ……」
何か不満そうね……。術は発動しているのに。
よし、という声と共に銀次は詠唱を始めた。
「爆炎よッ! バーンストライクッ!」
今度は火炎の弾が一発だけ降って、空中で鎮火していった。
失敗らしいわね。術の詠唱がさっきと違ったかしら。
「う~ん、やっぱ詠唱の短縮は無理か……」
なんだろう。もう少し見ていたい気がする。
幼い頃を思い出させるようなファンタジーに対する高揚感が出てきた。
「天空より降り注げ爆炎の雨よ、焼き尽くせッ! バーンストライクッ!」
大きな火炎弾が五個が床で猛爆発している。
これ、キャロルに勝ってはいないけど劣ってはいないんじゃない?
「ちょっと、調子に乗り過ぎたかな……」
しかし、よく見れば銀次の右腕が真っ赤に燃えていた。
「銀次ッ!?」
「マ、マリアッ!? まだ帰ってなかったのかよッ!?」
わたしに気づくなり、すぐに燃えているであろう右腕を隠した。いや隠してどうするッ!?
「隠している場合ッ!? すぐに鎮火しなさいよッ!」
「あ、見てたのな」
「見てたのな、じゃないッ! 早く消火しないと――ッ!」
「俺が水や氷の魔術を得意としているのを忘れたか?」
そう言って隠した右腕を出した。右腕は確かに燃えてない。焦げてるけど。
「見てるこっちがひやひやしたわ……」
「大袈裟だなぁ。魔術の修行なんてこんなもんだぞ」
「……零菜が心配症になるのもわかるわよ」
炎の魔術で腕を焦がしてるからね。零菜が心配しないわけない。
「最初の頃はそうだったな。だんだん呆れて止めなくなった」
「心配はしてるんじゃないの?」
そう言うと銀次は苦笑いして、かもな、と答えた。
「実際、ダインスレイフの破片を右腕の籠手に移植したからな。おかげで使える魔術も増えてんだよな」
「どういうこと?」
「魔術の触媒に利用してんだよ。ほら、魔法使いが杖や本、宝石なんかを触媒にしているのと同じ感じ」
「それ初耳なんだけど?」
「あッ、言ったのお前が初めてかも。ココノエたちは知っているけど」
なんか複雑な初めてを聞かされたッ!
「ま、見といてくれ。闇の魔術も使えるようになったからな」
「救急箱いる?」
「信用されてねぇな……」
とりあえず、離れてくれ、と手で制してきた。
わたしが距離を取ると、銀次が詠唱を始めた。
「光閉ざした空間に吹き荒れろ、穢れ多き業竜の息吹ッ! ドラゴンブレスッ!」
光が急に弱まり、銀次の影から黒い竜が現れ、黒い炎を一面を焼き払った。
に、してもここの強度強すぎ、焦げた跡すらないんだけど。
「……次は試作中の術だから、そこを動くなよ」
「え、ええ……?」
今度は右手を翳し、全集中し始めた。
「断罪の氷塊、我が敵を屠り給え。降り注ぐ氷河の審判、裁きの雨となれ。フリジット・ジャッジメントッ!」
銀次の周りに光の雨が降り注ぎ、着弾した光が氷の柱となって何個も聳え立っていた。
銀次の目の前には十数もの光が集中し、氷の塊を造り上げた。
最後に氷の塊が華へと形状を変えていった。
素直に氷の柱も氷の華も綺麗と感動した。
光の雨が止んだのを確認しながらわたしは銀次へと近づいていった。
「すごいじゃないッ! そんな術があったなんてッ!」
これなら、結社との戦いで優位に立てる。そう確信したわたしは素直に褒めた。
しかし、銀次は浮かない表情を浮かべて首を振った。
「まだだ……。失敗している……」
「えッ?」
「見ろ、俺の右腕を」
そう言いながらわたしに凍った右腕を見せつけた。
「それって……」
「発動した瞬間に凍り付いた。最初に比べたらマシな方だけど」
「……芯まで凍り付いているの?」
「いや、今回は皮膚だけだ。最初の頃は全身が凍り付いた」
「……最初っていつ?」
「ここに就任してからすぐ」
「……零菜には言ってないの?」
「感づかれない様にはしてる」
話している間に動かせる左腕で術を使って右腕を解凍していった。
まるで、さっきの失敗がなかったことにするように。
このままではいけないわね。
「銀次、今日の術の練習は打ち止めにしなさい」
「いや、あと一回だけ――」
「零菜に言うわよ?」
「……わかったよ」
煮え切らない態度でルームから出る銀次。
そんな彼に少し憤りを感じながらもわたしも続いた。
……零菜には聞かれたくないんだ。
ロビーに着くなり、ソファーに座る銀次。
「はい、あったかいものどうぞ」
わたしは銀次にココアの入ったマグカップを渡した。
「あったかいものどうも」
銀次は受け取ったマグカップの中を覗き込むような動きを見せた。
なんか腹立つ。
「毒なんて入ってないわよ」
「いや、毒かどうかじゃなくて。コーヒーじゃないのかなって……」
そう、銀次はコーヒーが苦手である。
どれくらい苦手かというと――、
普通のコーヒーを用意します。それに、ミルクと砂糖を用意します。
ここで注意なのが、コーヒー一杯に対して、ミルク一杯分、砂糖気持ち多めが必要です。
コーヒーの苦味がなくなるようにミルクでコーヒーの黒を薄茶色にするまで入れます。
これでもか、というくらい砂糖を入れます。
砂糖がない場合は、ガムシロップを用意しましょう。
カフェラテになったコーヒーに対して、三個入れるとちょうどよくなります。
これで、コーヒー嫌いの銀次専用のコーヒーの出来上がりです。
――と、こうまで手を加えないと飲めないのである。
正直めんどくさいので、ココアを渡すようにしている。
飲めないからって残されても困るし。
まあ、たまに克服してもらうために偽装してコーヒーを渡したりはするけど。
ただ今回は紛れもなくココアなので、
「大丈夫よ。なんならわたしのと交換する?」
わたしが持ってるのコーヒーだけど。
「わかったよ。信じますよ」
銀次は恐る恐るマグカップを口に付けた。
ゆっくりと一口を飲むと、ぐいぐい飲むようになった。
半分くらい飲んでやっとマグカップから口を離した。
「……えらく、俺を見るよな。何か入れた?」
「い、いえ、何も入れてないわよ?」
思わず動揺してしまった。
確かに、人が飲んでいるところをまじまじと見るのは悪いと思った。
わたしは誤魔化すように、コーヒーを飲んでいった。
「ま、別にいいんだけどさ。何もないようだし」
「なんかごめんなさい」
「いいよ。変に疑ったのは俺だから」
コーヒーを飲み干したわたしの顔は少し火照っていた。
酒を飲んだわけでもあるまいに。
わたしは気になったことを銀次に訊いた。
「さっきの術の修行って一体何のためのもの?」
「ま、今後のためだ」
「今後?」
「パヴァリア光明結社、それにテルミとか亡国企業とかな」
パヴァリア光明結社。
それはかつてフロンティア事変――わたしがマムと一緒に行ったフロンティア計画を支援していた秘密結社。
わたしと調、切歌にとっては因縁深い組織になるわね。
それに、風鳴事変で訃堂と協力していた亡国企業、ノーブルレッドも目の仇だ。
だが、それ以上に問題と考えるのは――、
「ユウキ=テルミ、厄介な相手ね」
「金恵が器のハザマを刺し貫いたと聞いているが、あの程度で両方が死んだとは思えねぇ」
テルミと言えば、銀次には――。
「そういえば、あなた大丈夫なの?」
「ああ、霜焼けにはなってないから――」
「違う、異世界であなたが喰らった魂の方ッ! アイダの方は?」
アイダは、同じくユウキ=テルミの器として生まれた存在だ。
ハザマを採用したことにより、窯へと廃棄されたアイダは、異世界で虎視眈々とテルミたちの復讐を待っていた。
そして、聖主の一柱を取り込み、わたしたちの世界への侵攻を目論んだが、銀次の手で止められた。
銀次はアイダの碧の魔道書の身体と共に魂を喰らった。
その影響が出てないか心配になった。
「今更すぎない?」
「いや、魂がもう一つあなたにあるから」
「あいつが俺を取り込む力はないよ。今、眠っているところだからな」
「そんなことまでわかるの?」
「ああ、なんていうか育成ゲームのペットみたいな感じ」
「結構な強敵だった気がするのだけれど? もし、弱みに付け込まれたら」
「それには心配及ばんだろ?」
銀次がジャケットのポケットから薬を取り出した。
「お前の仕事が増えないようにココノエから受け取ったんだよ」
銀次が握っているのは精神科で出す種類の薬だ。
所長就任から、銀次はこの研究所で、精神治療を行っている。
精神的な弱さを受け止め、精神疾患を受け止めている。
いつも薬はわたしか零菜が渡しているのだが、今日はわたしに声をかけずにココノエから受け取っていた。
「それについてはごめんなさい。明日からはちゃんと渡すから」
「いや、でも――」
「わたしの、いえ、わたしたちの役目なのだから、ちゃんとしておきたいの」
「……わかったよ。声かけるようにはする」
「わかったわ。わたしからも声をかけるわね」
「ああ、ありがとう。できれば水を持って来てくれないか?」
「お安い御用よ」
わたしはコップを取り出し、それに冷水を入れる。
霜焼けはないと言っていたし大丈夫でしょ。
「はい」
「ありがとう」
銀次は水を受け取ると薬を服用し、水に流し込んだ。
あ、しまった……。
「晩御飯食べた?」
「あッ!」
「「……」」
銀次の薬の服用は一日一回、晩御飯の後で服用するのだ。
「……ごめん、不注意だったよ」
「……お腹空かない?」
「いい、我慢する……」
「ごめんなさい……」
ミスをしてしまった。
あれから一時間、銀次が中々帰ろうとしないので訊いてみた。
「帰らないの?」
「元から今日はここで泊まっていくつもりだったんだ」
「それって、術の修行をするために?」
「そうだ。だが、誰かさんに止められたから大人しく魔導書を読むことにしたんだ」
「止めてもしょうがない状態だったでしょ?」
「あれくらいは軽傷なのにな」
「見てるこっちがはらはらするから」
「はいはい、悪かったよ」
そう言いながら読書している銀次がページをめくった。
魔導書が魔界の文字で書かれているため、わたしじゃ読めない。
「……それって、わたしと出会う前に手にした本?」
「そうだけど」
「それ、何が書かれているの?」
「魔導書って言ったはずだけどな」
「じゃ、さっきの術も?」
「バーンストライクはこの本に載ってたものだ。元の威力が高いから、なんとか詠唱を短縮しようとしたんだけど……」
「湿気で咲かなかった花火のようだったわね」
「逆に威力を上げようとしたら腕が燃えたしな」
「大人しく普通に詠唱しとけってことじゃないの?」
「まぁ、基本は大事だしなぁ……」
またページをめくった。
「ドラゴンブレスとフリジット・ジャッジメントは俺のオリジナルだ」
「それって銀翼の胸から篭手にダインスレイフを移植してから創作したの?」
「まぁな。腕に触媒があると、魔術の制御がしやすい。それに、呪いの剣だけあって、闇に素養がない俺でも扱えるようになったのは大きい」
「なんか呪われそうじゃないの? 一応聖遺物ではあるけど」
「シンフォギアのイグナイトも危ないもんだろ」
「あなただってイグナイト使えるでしょ。しかも部分展開できてわたしたちより器用に扱ってるし」
「右腕が喰魔に侵食されている頃と比べたらまだ軽い」
「ホント、呆れちゃうわね……」
本の半分で閉じて違う本を読み始めた。
わたしは銀次が読み終えた本を読んでみた。
ダメだ。文字がさっぱり読めない。
しかし、さぱらん、というほどではない。
わかりやすく絵が描かれてあった。
「あれ、お前……読めたっけ?」
「いいえ、絵を見てるだけよ」
「異国語に翻訳したラノベを読む感じか」
「いや、違うでしょ?」
そう言いながら二人揃ってページをめくった。
「まぁ、俺も全部は扱えるわけじゃないしな」
「なら、零菜は?」
「うん? 零菜はちょっと違うだろ」
「そうなの? あなたが彼女の眷属なら大きな魔力が秘められているから――」
「そう単純じゃねぇの。あいつの場合、第四真祖の娘だから、馬鹿にならない魔力を持っているんだよ」
「もしかして、試した?」
「軽い雷の魔術を唱えさせたら、大きい落雷によって北地区一帯が停電した」
「……致命的ね」
それで怒られる銀次と零菜が目に浮かぶ。
「だから、あいつがシルバの器になれたのが不思議でな。確かに霊力はあるが、負の生命力をもっているからな」
「あなたが特殊な様に、彼女も特殊な吸血鬼ってことじゃない? ほら、母親の雪菜さんって霊力高いし」
「確かにそうだけどさ……。神依まで使いこなすとは思わなんだ」
「そういや、マギルゥも驚いてたわね」
「あいつの心の芯から驚いた顔初めて見たんだよな」
「特等だったっけ? それってすごいことなのよね?」
「そうだな。今まで差し向けられたのが一等とか二等だったしな。それが身内にいたとはな」
「マギルゥも除名されたけど特等だったんでしょ?」
「いや、出会った当初から胡散臭かった。聖隷のアイゼン並みに色々知っているからそうじゃないかとは薄々疑ってた」
「じゃあ、マギルゥも可能性あったってこと?」
「あいつが神依を使えるとしてもおかしくはないが、仮にできたとしても使わんだろ、あいつは」
「……確かにそうね」
彼女に訊いても、どーでもいいがの、と返答されるだけよね。
銀次が本をパタリと閉じ、わたしと目を合わせた。
「とにかく、零菜の神依なんて予想外だったよ。聖隷術もそうだけどさ」
「零菜が安定して術を使い始めたからね」
「あいつの使う聖隷術はほとんど俺の魔術を越していた」
「別にいいんじゃないの? あなたってすぐ発動させるものとか、集団をまとめて片付けるものを好んでいるじゃない?」
「あいつの場合、ただの聖隷術に魔力を足しているんだよ。それをシルバの存在がブレーキをかける形で暴走せずに発動できたんだ」
「それであの威力、落ちた反面、使い勝手が良くなったのね」
「じゃなきゃ、零菜も特異災害に指定されてたぞ」
「でも、零菜の神依はどうなるの?」
「それは幸い、研究しようとしてるのここだけだし」
「そういや、零菜の神依とあなたの銀翼ってどっちが強い?」
「それは総合的に見てか? 部分的に見てか?」
「それは任せるわ」
「あいつ、ノイズとアルカ・ノイズのバリアコーティングされてるだろ。零菜が俺の手に負えなくなったってことだ」
「確かに……」
「これじゃ、ムラクモ・ユニットも形無しだな」
銀次は右腕に付いた籠手、ムラクモ・ユニットの銀翼の待機形態を見ながら悲しそうに呟いた。
「そんなことないでしょ。アルカ・ノイズに対抗できることがすべてじゃないわ」
「ま、零菜の場合、第七機関に所属してないから問題ないだろ」
「S.O.N.G.にもね。国連の機関にも関与していないからね」
「無所属だからこそ、どこでも介入できてしまうのが恐ろしい点でもあるんだがな」
「……なんならこちらの管轄下に入ってもらう?」
「……いや、それをしたらとうとう俺の心休まる場所がなくなる」
「別にいいでしょ? 今でもここに遊びに来てるし」
「……いやいやいや、そうじゃねぇんだよ」
「どうせエロ本探しを強行される、って思ってんでしょ」
「エロ本じゃない。えっちぃ本だ」
「いや、変わらないでしょ」
「ここに十八禁のものは持ち込んでないぞ」
「家には、あるのね?」
「それはそうですけど……」
声色が弱々しくなる。
銀次が度々そういう類の本を読んでいるところを見かけては没収してきた。
それがわたしの役目でもあるが、銀次の言う通り、没収したのは過度に露出したものではなかった。
いや、だからって。
「持ち込んで読むのはやめなさい」
「いいじゃん、俺の身体の特性知っているだろッ!」
「じゃ、約束できる?」
「何を?」
「明らかに怪しいエロ本を持ち込まないこと。それを守れば、没収してきた本は返してあげる」
「マリア」
急速に顔を近づけてきた。
いや、近いッ! 近すぎるッ!
まずい心臓の鼓動が早くなっているッ!
ダメ……ッ! 吸血衝動が……ッ!
「できない約束はしないよ」
はい?
それを言うだけ?
すぐに元の姿勢に戻ってるしッ!
吸血衝動が収まってないんだけれどッ!
「って、なに「これからも持ってくる」宣言はッ!」
「だってぇ……あると仕事が捗るし」
なぜだろう、今、頭の中でプチンと切れた音がした。
「それって、どういうことかしらッ!」
「マリアさん……?」
「どういうことって聞いてんのよッ!」
「落ち着いて、マリアッ!」
自分でも怒りを抑えられなくなった。
多分、吸血衝動が原因だ。
なだめる銀次が少し私と距離を取って銀色の小太刀、銀雪の半分を抜いた。
わたしに向けるでもなく、右腕に握った銀の刃は左腕を薄く斬った。
切り口からは紅い血が薄っすらと出てき始めた。
「お前、吸血衝動に駆られてるだろ。俺の血を吸え」
何も問題ないように自らの血を差し出した。
……未だ慣れない吸血鬼の身体。わたしはその衝動に逆らうことができなかった。
銀次の左腕の肉を噛みしめ血を吸い始めた。
鉄の味が口の中に広がっていく。
しかし、同時に血が甘い錯覚に陥った。
彼の血はそうだ。血の味が病みつきになっていく。
零菜がこう評していたのを思い出した。
『銀次君の血はね、なんというか次第に甘くなってくるんだよね。遠山家の血筋が原因かもしれないけどさ』
零菜の言う通りだ。銀次の血がチョコのように甘くなった。
しかし、零菜によく吸われる銀次からこう話したのも思い出した。
『あまり吸われ過ぎると、吸い返そうと頭が支配してくんだよ。そうなった時にまずいのが、ただでさえ吸われて性的興奮が高くなっているのに、それ以上になってしまったら……』
その言葉を思い出して、わたしは我に帰る。
口を銀次の左腕から離した。
荒くなった呼吸を少しずつ落ち着かせる。
あのまま血を吸ってたら、わたしは……。
「どうだ、落ち着いたか?」
銀次が顔を逸らせながら訊いてきた。
耳が真っ赤になっている。止めてよかったわ。
「ええ。なんとか、ね……」
わたしも気まずい。
さっきまで剥き出しになった牙が犬歯に戻っていく。
「ごめんなさい。まだ吸血衝動が……」
言い訳だ。人間だった頃ならこうはならなかった。
「いい。それより、ある程度コントロールする術を手にしとかないとな」
「……そうね。どうすればいいのかしら?」
わたしは悩んだ。
かつての第四真祖は雪菜さんから血を吸うまでは吸血衝動を抑えていた。
しかし、わたしはなんだ。感情が昂って、銀次に迷惑をかけてしまった。
「俺がとっていた手段は……危険すぎるしな……」
銀次も悩みながら呟いた。
銀次も元は人間。それが変異種の吸血鬼になった経験を持つ。
「あなたはどうしたの?」
「吸血衝動を抑えるのをか?」
「お願い」
銀次は少し困ったような表情を見せ、顔を赤くしながら答えてくれる。
「まぁ、そうなる前に発散して、しばらく興奮を失くす、とか……」
わたしへ提案するのには抵抗ある手段。男相手なら笑って話していただろう。
わたしに提案しないでよ……。
「もしくは、血の味に慣れて衝動をコントロールするようになるか、だな。要は経験値稼ぎだ」
「でも、それだとあなたが……ッ!」
「こういう時のための手段じゃないけど、用意はしてあるんだよな」
「え?」
そう言うと銀次は立ち上がり、隠していた冷蔵庫に手をかけた。
わたしが中を覗き込むと、そこには輸血パックがギッシリ入っていた。
「これって……?」
「俺が定期的に、いや日課で献血した血のパックだ。もしもの時は、これを飲んでおけ」
確かに吸血衝動が来てもこれなら抑えられるだろう。
でも、そこに辿り着かなかったら?
「なんか不安そうだな。無理もねぇけど」
「だって、もし、わたしが……」
「そん時くらい、また分けてやる」
迷いもない目でわたしに言ってのけた。
そんな目をされたら信じるしかないじゃない。
「そうだ、あなたは大丈夫なの?」
「少し吸われた程度だ。これなら、吸血衝動も起きねぇし、戦闘にも支障はない。ただ……」
「なに?」
「もう少し吸われたら明日の仕事に響くかな、って」
「……気をつけるわ」
「血が欲しくなったらここに駆け付けて来い」
「……わかった」
この輸血パックはおそらく零菜対策に用意していたものだろう。
でも、この量を用意されたからって吸血衝動をコントロールできるようになるのだろうか?
「不安なの、わかるけどさ。俺も気をつけるようにするからさ」
「……ありがとう」
銀次ばかりに頼ってしまっても仕方ない。
零菜に訊いてみようかしら。
「……没収した本だったら処分せずに段ボールにしまってあるから」
「マジでッ!? ありがとうッ!」
颯爽と姿を消していった。
先ほどのように昂ってはいないが、
「なんかむかつく」
それから一時間、わたしも元の状態に落ち着き、銀次が魔導書を読み直していた。
眠いのだろうか、銀次から時折あくびが漏れ出てる。
「もう眠ったら?」
「いや、今日は徹夜のつもりで――」
「さっきからのあくび、さっきわたしが血を吸った影響でしょ?」
「それは……」
銀次が言葉を詰まらせた。わたしに気を遣っているのでしょう。
「仮眠室まで送ってあげましょうか?」
「いや、ここで眠っとく」
「じゃ、毛布取ってくるわね」
わたしが仮眠室へ向かうと、銀次は横になって、よろしく、と言った。
仮眠室に入って毛布を運ぶと、人の気配がした。
「そこにいるのは誰だ?」
「わたしよ、ココノエ」
ココノエが仮眠室に入るなり早々、。
「銀次を知らないか?」
わたしに訊いてきた。
「銀次ならロビーのソファーで横になってるわよ」
「そうか。実は用があるんだがな」
「わたしが代わりに聞くわ」
「今日の処方を間違えてな。睡眠の副作用のある錠剤を渡してしまったんだ」
「そうか、それで……」
わたしの吸血とは関係なかった……のかな?
「何かあったのか?」
「いえ、晩御飯食べずに飲んじゃって、それで眠いと言うから」
「なるほどな。それでその毛布か」
「ココノエも寝るの?」
「いや、わたしは眠くないからな」
そうは言うが、ココノエが眠っている姿など見たこともないし、想像もつかない。
いつも咥えている飴で栄養を補給しているとのことだが、これで過労によって倒れていないのが不思議だ。テイガーなら見たことあるのかしら?
「疲れているならちゃんと休みを取りなさいよ」
「母親みたいなことをわたしに言うな。わたしより言う相手がいるだろ」
「見ているこっちが気にするの、いい?」
「わかった。そうなったら休むようにするから」
そう言って、研究室に向かって行った。多分、わかってない。
まあ、本当に弱っていたら報告させるように言い回りましょうか。
「毛布、持ってきたわ……よ?」
ロビーに戻っているとすでに銀次が寝息を立てて眠っていた。
「しょうがないわね」
わたしは彼の身体の上から毛布を掛けた。
その時、わたしの左手の薬指に嵌められた銀色の指輪がライトに照らされ輝きだした。
無防備な彼の寝顔をじっと見つめる。
どこにも隙がなさそうでいて、綺麗な顔立ち、男前というより子供らしく感じられる。
そうだ、わたしはすぐではないが近い未来。
彼の血の伴侶として結ばれるのだ。
半ば強制的に課せられた運命だとしても、同じ血の伴侶の零菜と同じ相手だろうと。
わたしは腹をくくったつもりでいた。
だが、吸血鬼の身体を、自分の身体を甘く見ていた。
それを今日、思い知った。
吸血衝動を抑えられない自分のままでいいのか。
……。
起きてこない、わよね?
そう確認するとわたしは彼の頬に顔を近づける。
これは練習。練習だから……。
そう自分に言い聞かせて、行動に移す。
頬にそっと唇を付けて、すぐに離す。
行動してしまったから思うのだけれどッ!
なんか、顔が火照ってきたッ!
キスってフレンドリー感覚でやっているところがあるって聞いたけどッ!
吸血衝動が出たけど、自分の行動による気恥ずかしさがそれを上回ったッ!
ボトリ。
あれ? 気のせいかしら? 今、物が落ちる音が聞こえたような――?
足音が近づいてくる。
その方へ顔を向けると肩を掴まれた。
「マ~リ~ア~~~?」
零菜だ。笑顔で脅迫してきた。怖いッ!
「何してたのかなぁ~~?」
痛い痛い痛いッ! とても15歳の握力とは思えないッ!
「落ち着いて零菜ッ! マリアがッ!」
「シルバッ! これはわたしたちの問題だからッ!」
一緒に来ていた聖隷のシルバの制止も効かないッ! ちょっとはブレーキかかってよッ!
このままじゃ、埒が明かない……ッ!
「落ち着きなさいッ! それ以上のことはしてないからッ!」
「それ以上……?」
それを聞いた零菜がわたしから手を離した。
よかった、のかしら? とりあえず、これ以上のことは――?
「何かしらはあったって言っているようなもんじゃんッ!」
零菜が火の聖隷術を唱え始めたッ! もう発動寸前だしッ!
「ストップッ! ストップッ!」
シルバが零菜の力を制御しだしたッ!
発動しかけた火の聖隷術をかき消されたッ!
「そんな術使ったら、施設が吹き飛んじゃうよッ! というより、銀次が巻き込まれるしッ!」
「フレイムランスを試してみたかったのッ! 発動させてよッ!」
「どの道、銀次が巻き込まれるじゃないッ!」
とにかく、術による零菜の攻撃はなくなった。よかった、ありがとうシルバ。
「落ち着いて、ね? とりあえずこの鎮魂錠を飲んで」
「……しょうがないなぁ……」
シルバが水と同時に薬を渡した。本当に助かったわ、シルバ。
ひとまず落ち着いた様子の零菜は、ソファーに座ってくつろいだ。
「本当に、あれだけ?」
「見られたのなら言うけど、あれだけよ。ほんの出来心で……」
「血の伴侶として自覚してきた、と」
「まぁ、そう、ね……」
なんというか、わたしは押されっぱなしになっていた。
「ま、同じ血の伴侶として、わたしから言うことはないんだけどさ」
「わ、わたしはただ……」
コーヒーを持ってきたシルバが一言。
「でも零菜の方がアプローチすごいよね」
「ギクッ!」
今まで言われっぱなしだったから、反撃しよう。
「へぇ、零菜はちゃんと自覚しているのね」
「そ、それは、ですね……」
「雪菜さん、あなたのお母さんは知っているのかしらね?」
「し、知らないんじゃないかなぁ、多分」
「でも、ノエルさんから「毎日のように零菜ちゃんが遊びに来ている」って聞いたけど?」
「だって、銀次くんってほら、朝飯を管理してあげないといけないし……」
「それを、まだ中学生のあなたがやるべきことなの?」
「それは――」
シルバから更なる証言が。
「だからって、毎朝銀次のベッドに入るのはどうかと思うよ?」
今度はわたしが零菜の肩を掴んで言った。
「れ~い~な~?」
「……ごめんなさい」
よし、これで解決――。
「週三回にします」
「なにもわかってないじゃないッ!」
「いいじゃんかッ! こちとら十年以上も恋焦がれてんのにッ!」
「だからって限度があるわッ!」
「ぱっと出のあなたにはわからないでしょうねッ! わたしが銀次君のことを――ッ!」
零菜がなにかを言いかけた時、銀次が寝返りを打った。
そして静かに寝言を呟くのが聞こえた。
「……零菜、マリア……」
「「ッ!」」
わたしたちの名前を呼んでるッ!?
いったい、なにがあったって言うのッ!?
「……いつも、ごめんね。心配、させて……」
その言葉に、わたしたちは銀次に近づく。
わたしは毛布を掛け直し、零菜は持ってきたクッションを銀次の頭の下に置いた。
なんだか、自分たちが喧嘩していたのが馬鹿馬鹿しく感じて来たわね……。
「……わたしたちも寝よっか。マリア」
「……そうね。帰るにも遅すぎるから」
わたしたちは仮眠室に行って、眠ることにした。
「「おやすみなさい、銀次(君)」」
次の朝、仮眠室から起きたわたしは銀次が眠っているであろうロビーへ向かった。
しかし、すでに銀次の姿はなかった。
すると後ろから、あくびを漏らす声が聞こえた。
「おはよぉ……マリア」
「ふわぁ……おはよう」
「零菜、シルバ。おはよう」
零菜とシルバも銀次の姿がないことを確認する。
「銀次君、どこ?」
「それが、今来たばかりだからわからないの」
しばらくしてシルバがなにかを感じ取ったかのように歩き出した。
「どうしたの? シルバ」
わたしたちに顔を向け、指差した。指差した方向には訓練ルームがある。
「あっちから、力を感じる」
シルバが静かに告げた。
わたしはもしやと思い、速足で向かって行く。
零菜も後に続いた。
「マリア、銀次君がなにしてるかわかるの?」
「来ればわかるッ!」
わたしはそれだけを伝えて訓練ルームまで近づいた。
わたしが気配を消すと、零菜も合わせて気配を消した。シルバも気づかれないように零菜に身を潜めた。
訓練ルームに入ると、次第に銀次の声が聞こえ始めた。
「断罪の氷塊、我らが敵を屠り給え。凍牙の雨よ、美しき氷の華を咲かせん」
この詠唱……昨日行っていた氷の魔術? でも、昨日と詠唱が違う?
「フリジット・ジャッジメントッ!」
周囲に光の雨が降り注ぎ、着地した光が氷の華が咲き乱れていた。
それはまるで氷で作られた花畑のようで、とても――。
「綺麗……」
「銀次君……すごい」
銀次がわたしたちの声に反応してこちらへ振り向いた。
「お前ら……いつから……?」
しまった。多分、わたしは怒られる。
しかし、零菜は銀次へ駆けだしていった。
「銀次君……今の術……」
「まだ、未完成だよ」
「えッ?」
しかし、今回は銀次の身体に凍った形跡が見られない。
「どういうこと? 成功したんじゃないの?」
わたしが問い質すと、首を振った。
「術の反動はなくなった。だけど……」
「「?」」
「お前らが援護してくれないと、使えないんだ……」
わたしたちは揃って首を傾げた。
「どういうこと?」
「……昨日、お前らが夢に出てきたんだ」
それを聞いてわたしは顔を火照った。零菜も顔を隠している。
「それと、どういう関係があるのかしら?」
「お前らが、殺されそうになった俺を助けてくれたんだ。二人、いや、シルバも入れて三人でな」
「「……ッ!」」
さらに顔が火照った。わたしも顔を背けた。
「ごめん、三人とも」
銀次が頭を下げた。いったいどうしたの?
「今まで無茶をしたり、心配かけたりして。今後もそういうことが起こると思う」
銀次の素直な謝罪に、零菜と一緒にわたしも顔を向けた。
「「銀次(君)……」」
「だから――」
「ピコハン」
「痛ッ!」
銀次が仰け反っている間にデコピンしよ。
「えいッ!」
「いてッ!」
わたしたちに対して謝罪するくらいだからいいでしょ?
「そんなこと、言われなくてもわかってるよッ!」
「零菜……」
「あなたの無茶は治らないでしょ? だったら、それを助けるわよ」
「マリア……」
「僕も、助けられた恩を返しきってもいないからねッ!」
「シルバ……」
銀次の目には、涙が浮かんでいた。
泣き虫なのは治らないのね。
「それに大丈夫よ、だって――」
「「血の伴侶(わたしたち)があなたを護るもの。心配しないで」」
零菜と言葉が被った。だけど、それが本心だから。
銀次から涙が一滴流れ出す。それを隠そうと背を向けて涙を拭きとり始めた。
「……ありがとう。二人とも」
「僕も忘れないでよ。零菜をサポートする形にはなるけどさ」
「わかってるって……」
小さいシルバが胸を張ってる姿を見て、銀次は笑顔になる。
「ところで、失敗ってなんで?」
シルバが訊いた。
「それはな、発動自体に問題ないが、術の詠唱に時間が掛かるから――」
なら、簡単なことね。
「だったらわたしたちで時間を稼げばいいわけだね」
「簡単な話じゃない。その時は任せなさい」
「でも、お前たちに負担を――」
「「さっきの言葉、忘れたの?」」
また零菜と言葉が被った。だけど、重要なことだと思っている。
「……その時は頼む」
「任せなさい」「任せてよ」「サポートするよ」
そう答えると、銀次は一面に咲いている氷の華のような笑顔で、
「ありがとう、これからもよろしく頼む」