Blue Silver Vampire   作:WaT=Vermillion

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飛び立った天使は縛られる 起

 第七機関研究所の地下深く、銀次とココノエが佇んでいた。

 部屋の中央には、銀次の銀翼に似たムラクモ・ユニットが起動状態になっている。

「ついに完成したか」

 溜め息交じりに銀次が呟いた。

「完成、といっても浅葱さんが望んだスペックじゃあないんだろ?」

 少数の研究員が行き交う中で、銀次はココノエに訊いた。

「まあ、試作機だからな。お前らの持つ専用機とは違う」

 ココノエはそう言って、舐めていた飴を口から出した。

 研究員が銀次にタブレットを渡し、ありがとうと返事しながら起動させた。

 並べられたのは、この試作機に関するデータである。

 それを一覧して、また溜め息を吐いた。

「これを量産しろ、って絶対言わんだろうな。流石にコストがかかり過ぎだし」

 これだけで他の部署の予算を削る、と愚痴を言った。

「なら、どこら辺を削ぎ落とすつもりだ?」

 ココノエに訊かれた。

 ここの所長に配属されてから機械の知識には強くはなった、とはいえ、プログラムが組めるほどの技量と知識などを持ち合わせていない。なので、理想論を言うしかなかった。

「飛行ユニット、は必要だし、防御力を落とすわけにもいかんし、拡張領域も……」

 欲張りだな、とココノエにツッコまれた。

 再び飴を咥え始めたココノエが軽く見積もった。

「ま、この様子だと量産の目処が着くのは半年かかるな」

「は、半年って……」

 銀次の驚愕の顔を窺ったココノエが不思議そうに首を傾げる。

「どうした? 絶望したのか?」

「いや、意外に早いなぁって。二年はかかるって覚悟してた」

 マッドサイエンティストの言葉に敵わないと銀次は改めて感じた。

「ある程度の注文は浅葱から受けた結果、これだからな。後はわたしなりに改造させてもらうつもりだ」

「お前の魔改造が気になるんだが」

 いや、もう一人魔改造をする人がいるのを思い出した。

「とりあえず、浅葱の方はお前の持つ【銀翼】の改良を最優先にしているからな」

「これでも、結構しっくりきてるんだけどな」

 銀翼は初稼働時と比べ全体的な機動力と安定性を向上した上に、ダインスレイフの欠片を胸から右腕の籠手に移している。これにより、かつて喰魔として戦った力を再現できる。

「お前、これから戦う相手を見据えて言っているのか?」

「いいや、なにも言えねぇや」

 彼の、いや、彼らの敵は多い。それにはココノエの母親の仇も含まれるだろう。

「とにかく、エンゲルはひとまず完成した。量産化までは――」

「俺らが頑張れ、ってことですか」

 タブレットを研究員に還した銀次は、頭を掻いた。

「あとはテスト装者が見つかれば進められるんだが」

「お前がやればいいんじゃないか?」

「駄目だ。異世界の人間が触っていい代物じゃない」

「ココノエ、俺も半分異世界の人間だぞ……」

 銀次が母、ノエルの血を受け継いでいることを強調した。

「いや、おまえはわたしたちの世界の人間じゃない。この世界の人間、いや吸血鬼だ」

「慰めてくれているのか?」

 確かに、吸血鬼だけどさ、と笑った。

「ラムダを除けば、他の機体はこの世界の人間が扱っている。ただ……」

 ココノエの口が止まった。

 その様子が気になった銀次が顔を覗き込む。

「なんだよ、言いづらそうにして?」

「お前の姉のことだけだ。あいつが持っているのは模造品じゃなく――」

 そう、彼女だけは、彼女の持つものだけは――。

「本物のムラクモ。んなことはわかってるっての。今更あいつも重く考えちゃいないよ」

「そうか……」

 ならいい、と少し調子を取り戻した声で返した。

「テスト装者なんだが、どうするんだ? 公募するわけにもいかないし……」

 銀次が考えあぐねていると、ココノエが返答をする。

「軽く適合率を測る物を作っておく。検温と称して行えば不審には思われんだろ」

 銀次は約二十年前に起こったコロナパニックを思い出した。施設ではどこも検温が行われたとは聞いたことがある。

「わかった、頼むよ」

「ああ。だが」

 ココノエが銀次と顔を合わせた。

「どうした、ココノエ?」

「零菜やマリア、他の職員には悟られるなよ」

「知っているのは誰だ?」

 今いる研究員を覗いて、と付け加えた。

「浅葱、カジュン、テイガー、ラムダにフェル」

「意外にいるな。でも、どれもボロを出さなそうな連中だ」

 銀次が安堵の息を吐く。

「そういうわけで、量産の目処が立つまでは黙ってろよ、銀次」

 所長に命令する研究員に対して銀次は、

「一応、ここの所長なんだけどな、俺。でも、黙っとくよ」

 快諾した。

「そうしてくれると助かる。面倒な装置を造らんで済むからな」

「そうだな。でも、防犯装置くらい造っても――」

「黙ってくれた方が面倒くさくないからな。それに――」

「それに?」

 ココノエの言葉に銀次は頭を抱えることになる。

「万一に盗難者が適合者なら、防犯装置なぞ役に立たんからな」

 

 誰もいない研究所の部屋で一人、白衣の男性が暗号通信でやり取りをしていた。

『それで、どうだ? 例の兵器はなにか掴めたのか?』

――研究所の地下で厳重に保管されている部屋あり――

『そうか。実行にはいつかかる?』

――一週間はかかると見られる。機が熟される瞬間を待たれたり――

『頼むぞ。バレれば日本の印象がまた悪くなるからな』

――了解。吉報を待たれたり――

 そう打ち終えると、男は端末の電源を落とした。

 

 それから二日が経った。

 ココノエに頼んでいた検温機に模した簡易適合検査機は開発に着手したばかりだ。

 第七機関研究所に入って早々ARタブレットを片手に持った秘書のピンクの猫耳ヘアーのマリアが迎える。

「おはよう。所長」

「おはよう。マリア。ここで待っているなんて珍しいな」

「この国で雪が降るって言いたそうね」

「誰がそこまで言ったよ? 俺は素直に感心してんだぜ」

 他愛のない会話。いつの間にかそれが当たり前になっていた。

「そりゃ、今日中に目を通してもらいたい資料が溜まっているからよ、ほら」

 マリアからタブレットを受け取ると、銀次はそれを閲覧し始めた。

「ホントだ。いっぱいだな」

 銀次は膨大な書類の山を軽く流した。

「達観してるんじゃないの。ほら、この資料とか見なさいよ」

 マリアがタブレットを操作し、資料を見せた。

「なにこれ? 大体出所の分かる兵器の開発案があるんだが?」

「とりあえず、それなんとかしといてね」

「お前の言葉で黙らせられないの?」

「所長として止めて、って言ってるの」

「いつも通り、ボツと伝えて止めて来い、と」

「その通りよ」

 これも日常の一環だ。面倒だとは思っているが。

「俺も俺で報告書をまとめておきたいんだがな」

「それは後にして、資料の良し悪しを分別してよね」

 マリアがそう言うと、銀次は頭を抱えた。

「なんか、今日はゴミ処理みたいな仕事だな」

 

 マリアと別れて一分、開発室へ足を運んだ。

「フェルー。いるか?」

「はいッ! 銀次さんッ!」

 なにやら大型の兵器からひょいと子供のかくれんぼのように現れたフェルに、銀次は怒りを抑えて、フェルに問い質した。

「その手に持ってるレンチでなにを組み立てていやがる?」

「兵器開発案に載せた物の開発ですが?」

「あれ、全部ボツな」

「え?」

 フェルの持つレンチが床に硬く響いた。

「片づけてけよー」

「ま、待ってくださいッ!」

 退室しようとする銀次の服を掴みかかった。

「掴みかかんなッ! 鬱陶しいッ!」

「なにが駄目だと言うんですかッ!?」

 いい加減、所長に許可を取る行為をして欲しい。しかし、それ以前に、

「ドイツから開発費用を貰い受けるってどういう神経しやがるッ!」

「すでに援助は受けていますが……」

「俺に相談なしで決めんなッ! すぐに返還してこいッ!」

「ドイツ軍からの要請でもあるんですッ!」

「そうだッ!」

 退室しようとする銀次の目の前から黒ウサギ隊の副隊長のクラリッサが入室する。

「クラリッサッ!?」

「我々はドイツ軍の要請で動いているッ!」

「つまりは暁の帝国、ドイツとの共同産業なんですッ!」

「要はドイツ軍の命令でやっている、と?」

「そうだ!」

「その通りですッ!」

 なるほどな、と一息、そして抑えていた怒りを爆発させる。

「この大馬鹿野郎どもがッ! こっちに断りもなしでやりやがってッ!」

「でも、すでに完成してるんですよね」

 怒りの籠った銀次の表情が無に等しくなった。

「なにを造りやがった?」

「レールガン【ビア】ですッ!」

「ビア、ってそっちじゃビールのことだろ?」

 もはやツッコミに力が入らなかった。

「それだけじゃないですよッ! このレールガン連結して――」

「もういい、わかった。これだけ許可証出すから、あとは凍結しとけよ」

「ええッ!?」

 フェルの驚いた隙に、彼の手から服を離させた。

「あと、このビアは封印しておく」

「封印、ってまさかエ――」

「フェルッ!」

 銀次はフェルの出かかった言葉を怒鳴って止めた。

「す、すいませんでした……」

 その気迫に押されながら、フェルは頭を下げた。

 その様子にクラリッサは不思議そうに眺めていた。

「ん? どうした?」

「そ、それは――」

 フェルが誤魔化しきれそうにないので、助け船を出した。

「釘を刺したんだよ。勝手に製造するな、ってな」

「……すみませんでした」

 再び頭を下げ始めた。

「お前の造る兵器全部を否定したわけじゃないがな、ちゃんとこっちに連絡しろ」

「……はい」

 銀次はフェルの返事を受け取ると、開発室から退室した。

「あのうるさい所長がこうも大人しく下がるとはな。なにかあったのか、フェル?」

「い、いえッ! なんでもッ!」

 フェルの様子に、クラリッサが食いかかった。

「副隊長のわたしでも、か?」

「隊長、姉さんにも言えません……」

 クラリッサは、なにかを隠しているであろうフェルの目をジッと見つめた。

 しかし、流石に可哀そうになったので、

「そうか、ならこれ以上は聞くまい」

「ありがとうございます、クラリッサ」

 フェルはかつての副官に敬礼をした。

 

「ったく、こんな物造りやがって……」

 フェルから没収したピアをエンゲルの前に置いた。

 未だに装者のいないエンゲルを見つめて銀次は一人呟いた。

「いつになったらエンゲルが起動してくれるのかね」

 

 それからしばらくして時刻は正午を過ぎていた。

 仕事をひとしきり終えたマリアが背伸びをした。

「ふぅ、昼休みの時間ね」

 銀次も端末の待機状態にし、デスクから立ち上がった。

「どうする? ラムダとフェルたちを連れてファミレスでも行くか?」

「そうね。誘ってみましょうか」

 そう言いながら仕事場である所長室から出た。すると、誠が声をかける。

「お、銀次たちみっけッ!」

「マコト、どうした?」

「ちょうど昼食を一緒にどうかなあ、と思ってたとこ」

 ジャストタイミングだと思った。

「ちょうどよかったわ。ラムダたちも誘うつもりだったところよ」

「よかった~。奢り、コホン、連れ仲間ができて」

「お前な、本心を隠せよ。奢る気失せるぞ」

 銀次は頭を掻いた。最初から奢るつもりではいたのだが。

「ごめん、ごめん。ラムダたちを誘うんだよね」

「あの、所長」

 銀次の元へ一人の女性研究員が駆け寄ってきた。

「瀬川さん、どうしました?」

 瀬川と呼ばれた女性は、マリアと比べ、勝らずとも劣らずの美貌を持つ吸血鬼だ。彼女は浅葱の下から派遣された研究員で銀翼などのソフト面でのメンテナンスを行える人材でもある。

「ラムダさんから伝言を頼まれまして、フェルら黒ウサギ隊と食事すると」

 瀬川はそう伝えると、銀次は頭を下げた。所長としての態度より、年長者に対しての礼儀を取った。実年齢で言えば彼女は十年も上だからだ。

「伝言ありがとうございます」

 瀬川は、いえいえ、と手を振っては、失礼しました、と頭を下げた。

 瀬川とのやり取りを見ていたマリアは通りすがる研究員たちへ視線を映した。

「しかし、ここの人間も多くなってきたわね」

 極秘機関なのにね、と付け加えた。

 それを銀次は、無理もない、と一瞥した。

「浅葱さんとこから流れたのがほとんどだしな」

 だから、機密性は保たれると銀次は主張していた。

「いいじゃない。ここの人たちが量産機を造ってくれるってんでしょ?」

 マリアの言葉に銀次が脳裏にしまい込んだ試作機のエンゲルを思い出した。

「……そうだな」

 余計な言葉を入れずに肯定した。

 

 カジュンはエンゲルの眠る地下室への鍵を閉じていた。

 カジュンにはエンゲルの調整、整備を任せられていた。

「カジュンさんですね?」

 カジュンは不意に中年の男性に声をかけられた。

 ここは、一般の研究員が通ることはない。ましてや、彼はエンゲルとは関係ない部署だ。

「小田原さん? こんなところで何を――」

 カジュンは不思議そうに尋ねた。だが、同時に自分の知る小田原とは似て非なる点に気づく。

 しかし、そのころには拳銃で胸を突き付けられた。

「動くな。騒げば痛い目見るぜ」

 男の口調が変わり、やはり、とカジュンは唇を嚙みしめる。

「誰ッ!? どういうつもりですのッ!? まさか、スパイッ!?」

 カジュンは常備していた閃光弾で目暗ましを図った。

 しかし、男は確実にカジュンの身体を壁に抑え込んでいた。

「ココノエの部下である貴様なら知っているんだろ?」

「な、何を?」

 あれを悟られてはならない。悟られれば――。

「決まっている、量産機についてだ」

「それはまだ完成しては……」

「試作機がやっとこさ出来たのは知っている。案内しろ」

「くっ……」

 男はすでに知っていたようだった。

 もはやごまかしも効かないと悟ったカジュンは男に脅されながらも、エンゲルの元へと連れていくことにした。鍵を開け、地下室へ案内する。

 しかし、幸運にも秘かに現場に居合わせた二人がいた。

 それがフェルとラムダだ。

「カジュンの声を聞けば、大変なことに……」

「とりあえず、銀次に報告はするべき」

「では、僕はカジュンの救出を」

「わたしは念のために外で待機する」

「取り押さえてみせます」

「それよりカジュンの確保を優先して」

 静かに話し合いを終えると、二人は互いに別方向へ駆けだしていった。

 

 エンゲルが眠る地下室へと銃を突き付けられたカジュンと男が入った。

「……ここですわ」

 申し訳ありません、と殺される覚悟を半ばしていた。

 しかし、男の方はカジュンの命をどうでもいいと言わんばかりに、エンゲルに視線を向ける。

「なるほど、これが……」

「起動はできませんわ。今のエンゲルはただの――」

 男はカジュンは用済みと言わんばかりに強く突き放した。

「なるほどな。すぐに持ち帰らせてもらう」

「どうやってッ!? 適合率の問題が――」

 男には確固たる自信があるように見えた。

「一時的でもいい。動かせれば充分だ」

「あなたは、いったい……?」

「俺を結社の連中かなにかだと思ったら大きな勘違いだ」

 その時、ピグレットを持ったフェルが突入してきた。

「待てッ! 人質を解放して拳銃を捨てろッ!」

 状況を見て、一瞬フェルは混乱した。

「ちっ、もう嗅ぎつけられたか……」

「何を考えているッ!?」

 男は拳銃でエンゲルを保管しているガラスケースを破壊する。

「あいつッ! 防護ガラスをッ!?」

 フェルが思いつく限り、そういう銃弾は、何種類かはある。それをあの男が。

 男がエンゲルに近づき、起動コードを打ち込んだ。

 すると、エンゲルが男へと光を帯び始めた

「まずいですわッ! あれはッ!」

「なるほどな。起動には成功できたってか」

 男は自分の想像以上の成果に笑っている。

 その隙に、カジュンはフェルの方へ駆け寄った。

「カジュンッ!」

「無事ですわ。ですが――」

 フェルが本格的にフェルケルを展開して男へフェンリルMk-2を展開した。

「フフフ、どうやらいい土産ができたようだな」

「貴様、いったい何者だッ!」

 その言葉と同時に計四門のガトリング砲が火を噴く。

 しかし、男の、エンゲルの機動力は高く、躱されている。

「教える義理はないな。折角だから、この武器も頂いていこうか」

「調子に乗るなッ!」

 エンゲルの隅に置かれていたピアを持ち去っていった。

 フェルは複雑な心境だった。こんな形で実装されてしまうとは。

「ふむ、なるほどな。そういう武器か」

「貴様ッ! 逃がすかッ!」

 四つの隠し腕を出し、ピグレットを一斉発射する。

 フェルの後ろに隠れるカジュンは耳を塞いでうずくまっている。

 しかし、フェルの放った砲弾が外への通路を破壊していった。

「じゃあなッ! 間抜け共ッ!」

 男は外への通路を通って地下室から抜けた。

「くそッ! エンゲルとピアをッ!」

「なに言ってますのッ! あなたのせいでしょうッ!」

 カジュンはフェルを叱責した。フェルは半ばカジュンから逃げるように男を追っていった。

 

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