死期折々   作:涼代 条

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二話「旅立ちの日に」

青空に、その誓いがある。

肌を照りつける陽光と、入道雲。

チュンチュンと鳴いて飛び立つ小鳥と蝉の音色。

旅立ちの朝に、良く似合いだ。

 

「えっと…後2分位、だよね…。」

 

列車の時刻を確かめて、取った部屋の確認を済ませる。

ギラつく太陽が刺す日差しに、額に汗を滲ませながらホームで電車を待っている。

傍らにはレザーの小さいスーツケース。着替えや日用品、個人的な趣味みたいなものから、何より茶封筒に入った大金が詰め込まれている。

長い金髪を靡かせて、照りつける太陽を少し睨む。

サングラスのお陰で眩しくはない。つば広の麦わら帽子で対策もバッチリ!…だけど、ここまで天気がいい…良すぎると、流石に少しだけ鬱陶しさも感じてしまう。

あぁ、それでも、胸の高鳴りは止むことは無い。

 

 

─────夏休み初週、本日早朝。

かけられた目覚ましの音は、私の新しい道行を後押しするようだった。

軽快でそこそこに大きいベルの音すら、希望の音色に聞こえてならない。

少し眠気で緩慢としながらも、のそのそとベットから手を伸ばしてアラームを止める。

窓から差し伸べられた朝日で、これからの事を思い出した。

あぁ、そうだ。今日はようやく。

勢い付けてベットから飛び跳ねる。

そのままベランダの方に駆け足気味に近寄って、暗く閉ざされたカーテンを跳ね除けた。

勢いよく開かれた窓辺からは、いつの日かと似たような景色が広がっている。

青空と、夏日と、白い白い雲。

数日前の筈なのに、あの日の誓いが随分と遠くに感じてしまえる。

それ程熱望して待望した日が、今まさに今日、やってきたのだ。

 

「……今日が、私の……!」

 

窓を少しだけ開いて、朝の爽やかな空気を吸い込む。深く深く息をついて、小声でそんな感嘆を吐いた。

 

嬉しくなって、鼻歌交じりに朝の支度を済ませていく。

洗面台に向かって顔を洗う。

寝起きの顔は酷かったけど、表情だけはやけに明るい。

昨夜はあまり寝付けなかったが、寝台列車の旅なんて、眠る時間はいくらだって取れる。

少し勿体ない気もするから、実際寝るかどうかは別として、だ。

パシャパシャと顔に水を当てれば、眠気はすぐに吹き飛んだ。

体を小刻みに揺らしながら、跳ねた寝癖に串を通す。くせっ毛のせいで髪を整えるのに時間が少しかかるけど、後でウィッグを付けることも考えればそこまで丁寧に揃える必要も無いだろう。

ある程度の寝癖が揃えば、歯ブラシと歯磨き粉を手に取った。

 

くしゃくしゃと口の中を磨きながら、少しだけ家中の様子を横目で見回す。

…どうやらあの人は、まだ帰ってきていないみたい。

昨日の夜から居ないから、きっとどこかをまだ歩き回っているのだろう。

いつもの事だし、今日だけは都合がいい。

少しだけ悪い気もするけれど、ちゃんと連絡はしてるから向う数日は気にもとめないだろう。

スマホは悩んで、置いていくことにした。

代わりにこっそり持ち続けていたガラケーを握る。かなり昔に与えられた物で、スマホを渡された日からは使っていない…と向こうはきっと思っている。

こっちにはあの人との連絡手段が入ってないし、向こうからこっちにコンタクトを取る手段が無い。

まだまだ現役の携帯とはいえ、利便性的に不安になる部分も多いけど…そこは天秤にかけて、引き戻されにくい方を選んだ。

勿論、あの人が引き戻したい、のではなく世間体的に引き戻さざるを得ない、のだけど。

 

口から歯ブラシを外してから、水道の蛇口をひねる。

毛先を洗い流してから、コップに水を少し貯める。口をゆすいでまた出して。

何回かそんな工程を繰り返してから、最後の1杯は目覚ましとして水道水を飲み込んだ。

顔も洗って、随分と気分もスッキリとした。

目はとっくにバッチリ覚めていて、そんなモーニングルーティンで気持ちもどこか身軽になってくれた気がする。

 

自室の扉をまた1度開いて、服のかけられたクローゼットを開いた。

木製でシックなデザインのその扉は、塗られたニスでほどほどの光沢を放っている。

きぃ、と小さく擦れる音を立てて、中の服を取りだした。着ていくものは既に決まっている。

要は、変装をしようと言うのだ。

クローゼットの中でも、右奥に位置して取り出しにくく確認しにくい場所。

そこに一式ワンセットでかけられたハンガーを手に取った。

それは、丈が短く袖がない。白色のノースリーブ。ジーンズのホットパンツは、袖口が毛羽立っているダメージの物だ。

古着屋で購入したそれらは、随分と露出が派手で、正直物凄く恥ずかしい。

けれど、逆に言えばそれは、私が普段絶対に着ないファッションであって…その、羞恥心を押し殺してまで、なるべく"らしくない"を追求する事にした。

 

「…それ、でも…これはちょっと、やっぱり恥ずかしいなぁ…!」

 

クローゼットの前で悶絶して、頭を悩ませる。

少しの間悶えた後、やっぱりなるべく抵抗感を削ぐ為にも、せめてタイツは履いていく事とする。

流石の覚悟があっても、やっぱりここまでショートのパンツを履いて生足という大胆さには勝てはしない。

元々あまりファッションに明るい訳でもない、可愛い服は好きだけど…こういった肌が見える服装は、やっぱり率先して身に付ける事は出来なかった。

 

それから、このハンガーがかけられていた真下。

ガムテープで封がされたダンボールを取り出す。机の引き出しからカッターを取り出して、カチカチと刃を出した後ガムテープに切込みを入れた。

ビィと破れる音とともに、ダンボールが開封される。中には大きくつば広の麦わら帽子と、金のフレームのサングラス。

それと、ロングヘアの金髪のウィッグが詰められている。

露出が多く、髪色が派手で、麦わら帽にサングラス。コレで少しでも顔と格好を隠して行けば、まぁ知り合い位にはバレないだろう。

それに、何より私自身が気持ちを切り替えたい思いがある。

コソコソ行く必要性があるのかと聞かれてしまえば、まぁ無いが、それでも見た目が少しでも派手になれば私自身も大胆になれるかもしれない。

少なくとも閉じこもって、死んじゃおうなんて考えは無くなってくれるはず、という算段な訳である。

…とはいえ、髪を染める勇気はなく、ここまで伸ばした髪を切るのももったいない気がしてならない。

そんなこんなで結構しっかりとしたウィッグを購入させていただく方向になった。

サングラスも、かなりギラギラした印字や装飾の入った物だ。

麦わら帽は顔を隠す目的と、単純に熱中症対策のひとつ。これでまぁ旅先の格好は、大概大丈夫だろう。幾つか持っていく着替えも、似たように私が着にくい物にした。

 

冬はどうするのかと言えば、それは向こうで何かしら買えばいいだろうし。とりあえずはこの夏を過ごせる一式を、事前にスーツケースに詰め込んである。

 

パジャマのボタンをするりと外して、ズボンも脱いでいく。

代わりに白のノースリーブに袖を通して、ズボンはレギンスを履いてから前のボタンを止めた。

姿見の前に立って、改めて自分の姿を確認する。恥ずかしさに代わりはないが、同時に新しい自分にも何処か、驚くことが出来た気がする。

 

「悪くはない、かな…!」

 

旅立ちの前準備にしてひとつ、自分の可能性に一つ気付けた気もしてしまう。

幸先のいいスタートに嬉しくもなりながら、ベットの下にしまい込んだスーツケースを引っ張り出した。

中身は事前に準備してある。

改めて開いて、忘れ物がないか確認した。

 

スーツケースは、1人用のレザーで出来たものだ。

格好が私らしくない分、せめてここだけは私の好きなものを選んだ。これを店頭で見つけたときは、私の旅の相棒として、ビビっと来るものがあった気がする。

勢いのままに買ってしまった以上、連れて行かない訳には行かない。

収納もそれなりに多く、サイズの割に色々入る。

数日分の着替えがスッキリ入り込んだ時は、この大きさのどこに入っているのだと驚いたものだ。まぁ、入ってしまったものは入るのだと思うしかないが。

加えて幾つかの日用品や消耗品も入れていく。

肩がけのバックも持っていく予定で、そちらに入れ込むものもあるが、持ち物確認はどちらにせよ同時に済ましてしまうことにした。

携帯、充電器、ティッシュにハンカチ。歯ブラシと歯磨き粉。リップクリーム。

日焼け止めと制汗剤、日傘と髪留め。雨傘。

串なんかも一応、持っていく事にしている。

他にはパンフレットやら、細々とした物も入れていった。

指差しで確認を済ませ、最後に一番大事なものをスーツケースの奥にしまう。

 

タンスの引き出しから取り出したそれは、かなりの分厚さの茶封筒だ。

ここには現金、あの口座に入っていたその全てが引き出されている。

元々お前のものだと渡された物だし、口座を止められたりしたら路頭に迷ってしまう為、予めお金は全て出しておいた。

かなりリスクがあるし危ない事をしているのは重々承知だが、なんせ家出するのだ。

何を言ってもいられないだろう。

 

「よし、これで大丈夫かな…そうだ、後は」

 

思い出したように立ち上がって、机の端に置かれた箱の中身を身に付ける。

アクセサリーが2つ、両耳ワンセットのイヤリングと、首からかける懐中時計。

耳にパチンとイヤリングを止めて、懐中時計のチェーンを首に回す。

これで準備は、全て済んだ。

身だしなみはOK、荷物もしっかりと詰め込んである。

スーツケースのファスナーを閉じて、取っ手を持って立ち上げる。

肩がけのバックを背負った後、ウィッグに帽子、サングラスはまだかける必要が無いから胸元にさしておく。

準備万端という所で、机の上にずっと大事に置かれていた、チケットと鍵を手に取って玄関に向かった。

 

ガラガラと部屋の中でスーツケースを引きながら、懐かしむように部屋を回る。

どうせこれで、この部屋も見納めになってしまう。帰ってくるのか、帰るにしてもいつになるのか。

それはまだ先の事で、きっと未知の話だけど、惜しむ時間はあるべきだと思った。

ろくな事も無かったし、思い入れも少ないけれど。

この家は、あの景色を見せてくれた。数日前、自室の窓辺で私を変えてくれた大切な家だ。そこには確かに、感謝の念があるのだろう。

玄関のドアの前でしゃがんで、靴を履く。

履いていくものは、やっぱりこれまたそこそこに派手。

独特の形をしたサンダルで、でもこの靴はちょっとだけ私もお気に入りだったりする。

キュッとリボンを絞ってから、本当に最後の別れのように、この部屋の景色を見回した。

 

「………行ってきます。」

 

少しだけ眉を下げながら、噛み締めるように吐いた言葉。

それは、何より今までの私に対しての、今生の別れの言葉だった。詰まるところ、手向けというか弔いなのだろう。

──さぁ、行こう。

この先には、差し込む極光の、その先には。

また新しい、知らない何かが待っている。

逆光で影に呑まれた部屋にサヨナラをして、玄関の扉を開いて光の中に飛び出した。

 

 

 

………と、まぁ、そんな感じで。

そこからまた、私の新しい旅が始まった。

カラカラとスーツケースを引いて最寄りの駅まで歩を進める。

強い夏日が私の肌を焼くようで、でもその清々しさが心地良い。

 

チャイムの音色と共に、駅のホームに電車がつく。

そこからまた、ガタンゴトンと列車に揺られ乗り換えの駅に到着する。電車の中は人が少なくて、窓の向こうに見える青空に心を弾ませたりもした。

そうやってここまでやってきて、いよいよ寝台列車に乗り込もうと言うのが今の現状である。こうやってホームで列車を待つ時間すら、今の私には愛おしく思える。

胸を踊らせる時間が、焦らされているようかこの時間が、正しく旅してる!って思えてしまう。

近くには、少し離れた入口に幾人かの人影。夏休みとはいえ、平日、早朝。

それにこの長期休みは、まだ始まったばかりだ。この場に今いる人たちは、それなのにも関わらず、私と同じように旅立つ為に立っているのだろう。

そう思えばなんだか、勝手に嬉しくなったり不安も紛れたりもする。

すっかり晴れた気分を跳ねさせながら、そのアナウンスが耳に入った。

 

それは、列車の到着を知らせる案内のチャイムだ。

『間もなく〜』から始まる文言と共に、汽笛のような音とともにこちらに列車が向かってくる。

 

 

「あれが、私を運んでくれる…!」

 

目を輝かしながら、その美しい車両に目を奪われる。焦げ茶を基調とした光沢のある配色、1本入ったベージュのラインがどこかお洒落だと思えるだろう。

甲高いブレーキ音とともに、私の立つ前に車両のドアが到着する。

フシュー!と空気が抜けるような大きな音と共に、その扉が開いた。

1つ、深呼吸。

ここまで来れば、引き返すことは出来ない。

いや無論、引き返すつもりもないが不安と高揚が混在するようなこの思いに、少しだけ整理する時間が欲しい。

胸いっぱいに吸い込まれた、特急の匂い。

それだけで、この決意が断固たるものへと変わってくれる。

 

 

─────足を踏み出して、扉をくぐる。

寸前、左隣から聞こえる声。

 

『婆ちゃん、足大丈夫?』

 

ふと、なんの気もなしにそちらに視線が向いてしまう。

そこには、1人の青年が立っていた。私より幾つか歳上であろう、背の高い男性。

老夫婦を支えながら、同じ列車に乗り込んでいる。見た所親戚なのだろうか。

祖父母と孫、といった関係なのが容易に分かる。酷く優しく、澄んだ声色に、一瞬だけ目を向けてしまった。

足は止まらない、そのまま何を思うでもなく、視線を外して列車に乗り込む。

微笑ましいと思いながらも、荷物を持ち上げて車両の床に足をつけた。

 

そこからが、私の旅の幕開けである。

 

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