【完結】範馬勇一郎vs宮沢尊鷹【挿絵有り】   作:ロウシ

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三話で終わりませんでした


第三話:範馬勇一郎vs宮沢尊鷹②

1.

 

 

「むん」

 

 と勇一郎が呼気とともに力を込める。

 顔を守るために上げた腕に、吸い込まれるように尊鷹の左の回し蹴りが入った。

 バシン、と音がする。

 肉が肉を叩く音としては、些か無機物めいていた。

 勇一郎がガードから顔を覗かせると、まだ尊鷹は空中にいる。

 ガードされた反動を利用して、反時計回りに回転していた。

 

「ッッ……」

 

 バシン! 今度は重たい音がした。

 尊鷹の左後ろ回し蹴り。

 これを、勇一郎はガードしなかった。

 勇一郎の頬に尊鷹の踵が食い込む。

 穿った衝撃をその太い首が受け止める。

 めち、めちと音がした。肉と、筋が伸びる音だった。

 その感触は尊鷹にも充分伝わっていた。

 尊鷹は勇一郎の肩を蹴って距離を取った。

 

 ……貫けない。

 衝撃が肉の内側まで浸透しない。

 尊鷹にとっても、勇一郎の太い肉体は未知だった。

 

「い〜ィ足技だ。だが、少し大ぶりすぎるな。おそらく……元は多人数を相手にする想定の技でしょ、それ?」

鷹鎌脚(おうれんきゃく)です」

「おう……れん……なるほど、鎌のように刈り取る蹴りか、相応しいなァ」

 

 攻めあぐねている。

 尊鷹は月明かりに照らされる、勇一郎の太い肉体を見る。

 太い、大きい、広い。

 そして、分厚い。

 かつて尊鷹が相手をした中でも、ここまで練り込まれた外功の持ち主はいないだろう。

 かと言って、それは外見だけを鍛え込んだものではないことを尊鷹は理解している。

 灘神影流の打撃は基本的に内部破壊も引き起こす。

 灘神影流は習得にあたってある段階から内功に特化した修練を課す。

 自身の内に生まれる力を練り上げ、外から発する力と合一させ、敵対者の内外の同時破壊を目的とするのだ。

 これは灘神影流の大元の一つに中国拳法の流れが組まれていることに起因する。

 八極拳でいうところの『爆発呼吸』に当たる技術である。

 そのために、灘神影流はごく普通の正拳突きでさえ、極めれば衝撃の浸透、気の浸透を促し敵の内部組織の破壊を行うようになる。

 

 そして、宮沢尊鷹という男は灘神影流を極めた男である。

 尊鷹の秘めたる力は、まだ小さい弟たちはおろか、灘神影流の先代当主らと比べても抜きん出ていた。

 エルオ・グライシーを軽い掌底で失神させられたのも、エルオの頭部に威力を浸透させ、脳内を直接揺さぶり脳震盪を引き起こさせたからである。

 

 しかし、範馬勇一郎という男は、なんとも太く、広く、分厚い男だった。

 

 肉の感触が違う、

 骨の感触が違う、

 内臓の感触が違う、

 流れる血液の、纏う皮膚の感触すら、常人とは違う。

 

「手加減なんか、しなくていいんだよ」

 

 勇一郎が言った。

 

「俺は、自分が頭がいいと思ってないし、気が効く性格だと思ってないけどね、こういうことだけは、わかっちまうんだなぁ……」

 

 勇一郎は、太い指でコリコリと悩ましげに頭をかいた。

 

「だからよォ、はっきり言えることは、ひとつだけなんだよな。お前の相手は範馬勇一郎なんだぜ? これだけさ」

 

 その言葉を放つ勇一郎の体が、気のせいか尊鷹にはふた周りは大きくなったように見えた。

 

 尊鷹が両腕を垂らした。

 脱力している。

 二人の間、距離はおよそ二メートル。

 

 それを、尊鷹は一瞬で潰してみせた。

 

「しゃあっ!!」

 

 慌てず、勇一郎がジャブを放つ。

 それは空気を重く引き裂いた。

 そう……つまり、尊鷹には当たらなかった。

 正確に言えば、尊鷹に当たったはずなのに、尊鷹が拳を、勇一郎の体をすり抜けたのだ。

 

 勇一郎は慌てない。

 すり抜けたということは、すぐ後ろにいるのだ。

 振り返り様に右フックを放つ。

 手は開いている。 

 その高さ、その位置は尊鷹の襟首の位置であった。

 指の一本でいい、どれかが引っ掛かったら、すぐさま掴み、投げられるようにするためだ。

 しかし、それも空を切った。

 範馬勇一郎の懐の内で、尊鷹が背を丸めていたからだ。

 いや、違う。腰だめに構えていた。

 

 ──塊蒐拳

 

 勇一郎の鳩尾の部分に尊鷹の諸手打ちが突き刺さった。

 尊鷹の両手から流れる発勁が、悪の気となって勇一郎の体に染み込んでいく。

 勇一郎が背を丸めた。

 その時、尊鷹の腕にじわりと熱い感触があった。

 

「ふんッッ!!」

「!!?」

 

 勇一郎が思い切り体を逸らした。

 海老反りになるように、溜め込んだ力を一気に外に解放するように。

 筋肉の爆発、大噴火のようだ。

 尊鷹の両腕は文字通り弾かれた。

 

「な──!?」

 

 尊鷹が初めて狼狽えた。 

 初めて、人間的などよめきを表皮に浮かべた。

 

 勇一郎は呼吸を整える。

 

「ふむ──今のは、日下部先生の技だね」

「知っているのですか……」

 

 両者の間が空いた。

 物理的にも、精神的にも。

 尊鷹の顔に驚きが浮かんでいる。

 その隙に、範馬勇一郎は語る。

 

「昔、牛山先生に連れられて、日下部先生の──幽玄真影流の道場に行ったことがある」

 

 師である牛山辰馬の教え、柔道とは投げだけでは終わらない。

 本当に一対一での命の取り合いになるならば、最後に雌雄を決する技は寝技である。

 しかしながら、戦いは立った状態から始まるのだ。

 投げ倒しに行くためには掴まなければならない。掴むためには相手の懐に飛び込む必要がある。当然、相手はそうさせまいと動く。

 その中で、打撃力に優れる者は(てぃ)だけで倒しに来るだろう。

 

 大東流合気柔術の開祖、武田惣角の武勇の一つに唐手家と戦った逸話がある。

 その中で、武田惣角は相手となった金城朝典(かなぐすくちょうてん)の手足を「剣」と評している。

 まともに当たれば骨を割り、かすめれば肉を裂く。唐手家の四肢を手足の長さと動きを持つ剣だと喩えたのだ。

 その戦いで金城に勝った武田惣角は、金城に誘われて沖縄へと渡り、唐手の術理を学ぶことになる。

 

 このような逸話に沿ったのか、あるいは自身が獄中生活において、かつて打撃のスペシャリストに何度か不覚をとった事実からか、牛山は勇一郎に打撃の重要性を教え、それを学ぶことを課していた。

 

 その教えの中で、牛山に連れられた範馬勇一郎が、極限究極の打撃を持つとされる日本武道家、若き日下部丈一郎に会うことになったのは必然と言える。

 入神と呼ばれる打撃、『幻突』をはじめとする幽玄真影流の技を、勇一郎はこの目で見て、体で味わっていたのだ。

 その経験には当然、幽玄の基礎技である朦朧拳が入っている。

 だから、尊鷹が繰り出した朦朧拳に対応できたのだ。

 

 だが、塊蒐拳に対応できたのはどういうことか。

 今、尊鷹の両拳は熱を持っていた。

 熱い感触がまだ残っていた。

 それは、発勁が勇一郎の体を浸透しなかったどころか、自身の勁が勇一郎の体内の『何か』に弾き返されたためのものだった。

 両拳を打ち込んだ瞬間……勇一郎の身体の中から、熱いものが盛り上がってきたのだ。

 それが、尊鷹の渾身の発勁を弾き返した。

 その正体を、尊鷹は既に察している。

 

「なるほど、あなたは身体の中に『鬼』を飼っているんですね」

 

 勇一郎がにやりと笑った。

 

 塊蒐拳とは、通称を五年殺しという。

 相手の体内に鬼を浸透させ、染み込ませる。

 その鬼は五年かけて、技を食らった者の内臓を腐らせ、骨を朽ちさせ、緩慢な死をもたらすのだ。

 しかし、その鬼が弾かれた。

 肉に弾かれたわけではない。勇一郎が発勁を行なって相殺したわけでもない。

 勇一郎の身体の内側から、形容し難い『力』そのものが膨れ上がって、尊鷹の鬼を弾いたのだ。

 

 武術には、体内に侵入した異物を排出する技がいくつかある。血中に侵入した毒物を気合いと共に押し出して解毒する技がある。

 これを古武術では『放華』という。吹き出した毒物と血が、華のように広がることからそう呼ばれている。

 灘神影流でいうところの『総身退毒印』もこの類型にあたる技である。

 

 しかし、勇一郎が尊鷹の鬼を弾き出した技は、明らかにそれらとは異なるものだった。

 いや、技と呼んでいいのかもわからない。

 だから、その力を尊鷹は勇一郎の中に眠る『鬼』と喩えたのだ。

 勇一郎の鬼が、尊鷹の鬼を弾き返したのだ。

 勇一郎の太い唇が三日月の形に広がる。

 微笑み──やはり、太かった。

 

<続>




あと1話続きます(たぶん)
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