それでは……
本編どうぞ!
「吹雪及び以下三名出撃準備できました!!」
港で旗艦である吹雪が青年に向かって敬礼し、体には艤装を装着し、これから海上へと向かう為の出撃準備が整ったことを報告していた。
数分前、一報が妖精によってもたらされた。
ボーキサイトの備蓄が乏しい状況でも海上の監視は必須であると青年は考え、妖精に警備のバイトを頼んでおいた。一人の妖精が、水上偵察機による警戒空域を巡回していたある日、海上に少数の黒い影を発見し、それは深海棲艦だと言う報だ。このままでは深海棲艦は上陸するだろう。本格的な深海棲艦の進行と出現の報に吹雪達は震えるが、あの頃とは違っていた。青年はすぐさま吹雪達に艤装の装備と体調の確認をした後に出撃命令を出す。数こそは少ないが、こちらも少数。時雨達はもしも確認された深海棲艦が囮だった時の為の別動隊としていつでも出撃できるよう準備させた。そして今から吹雪達が出撃する場面である。
青年が○○鎮守府A基地に着任して以来、深海棲艦がはぐれ艦隊でしか見受けられなかったのは幸運なことだろう。そのおかげでこの鎮守府を存続させることができたが、遂に敵が本格的に姿を現した。だがこの日の為に青年は着々と準備をしていた。
今まで遠征は時雨達に任せっきりで吹雪達は実戦を想定しての訓練を中心に活動していた。前提督はろくに訓練もさせずに建造してそのまま実戦に投入していたようで、実戦経験豊富な吹雪と叢雲には訓練自体が物珍しい光景に映っていた。
初めの吹雪達の戦い方はその場しのぎのもので、連携よりも敵を沈めることを優先した特攻に近いものだった。訓練などしたこともなく、今まで過酷な環境での出撃で学べるものなどこれしかなかった。誰もが沈みたくないとがむしゃらに戦うだけ、敵を潰さなければ自分が潰される。味方を守る余裕もない戦い方……守れば自分が沈む覚悟をしなければならない。仲間か自分か、どちらを選ぶかの違いだった。吹雪達にとってはそれが普通の戦い方となってしまっていたのだ。
そんな姿を見て龍驤に「こんな戦い方やったらこの先生き残っていけへんで!」と強く言われ、不安と焦りを感じたが、今度こそは誰も沈めないと強い意思が彼女達を強くした。初めは木曾と連携を取ることが遅れていたが、やりがいを感じることはできた様で、厳しい指導により吹雪達はまともに戦えるように今では成長した。訓練を指導していた龍驤達から見てもそれは明らかだった。
時雨達にもきっちりと訓練に参加させ、遠征により備蓄にも余裕ができ、今の状態ならば出撃させても問題はない。そして今、吹雪達は大事な任務に就く時が来た。
これからの出撃任務は本格的に戦力を整えた深海棲艦を撃破しに行くのだ。確実に戦闘になる。前提督が居た頃は何のために戦っているのかわからなかった彼女達だったが、今ではわかるものがあった。
この鎮守府を守り抜き、今度こそ仲間を沈めさせない覚悟、自分達を救ってくれた青年の期待に応えること。
それが今の吹雪達の思いであった。あの頃とは違い胸の内に湧き上がる何か……その何かに突き動かされ力がみなぎるようだ。
「よし、艤装も健康状態も問題ないな。そして……龍驤と木曾の二人には言うまでもないだろうが、油断はするなよ?一つの油断が戦場では命取りだからな」
「任せとき。深海棲艦なんかウチがちょちょいとやっつけたるで!」
「……」
「どうした木曾?何か不服でもあるのか?」
「……いや、なんでもない」
「おっと言い忘れていたが、龍驤と木曾も無事に帰って来い。中破でもしたら敵など放って逃げてこい。時雨達と交代させるからな。俺からの命令はそれだけだ」
「……」
木曾は何か納得できないような顔をしていたが、今はそれよりも深海棲艦が先だ。
「司令官……私……頑張ります!ほら、叢雲ちゃんも何か司令官に一言!」
「ちょ、ちょっと……ま、まぁ、やっつけてくるわよ。べ、別にあんたの為なんかじゃないわよ!!勘違いしないでほしいわね!?」
「そういうことにしておこう。お前達には期待しているからな。だからと言って無理はするなよ?」
「はい!」
「……ふん!」
○○鎮守府A基地……そこでは多くの艦娘が沈んだ。誰が沈んだかなんて聞きたくないし、語ってほしくもない。嫌な気分になる。もしかしたら俺の姉妹艦もここで……いや、何を考えているんだ!そんなことがある訳は……ないとは言い切れない。別の俺もそこで沈んだのかもしれないからな。
俺は木曾。球磨型の5番艦だ。戦いは敵の懐に飛び込んでやるもんよ。それが俺の戦い方だ。あの時から変わらない……戦う為に生まれた艦娘だ。
艦娘は全員醜く酷い姿をしている。俺もその一人……人間の女の姿と変わらないが、俺は女を捨てた……いや、元々女としての幸せを求めてはいけない。俺達のような醜い存在に笑顔を向ける男なんていないからな。
昔話をしよう。俺が居た鎮守府の指揮官は無能な男だった。男が提督だなんてラッキーとは思わない。男なんてどいつもこいつも偉そうな奴らばかりで自分のことしか考えないお坊ちゃまばかりだ。俺達艦娘に対して適当に受け答えするだけで、醜いからと避けられる。それだけならまだ許せる。醜いのは本当だから言い訳はしないが、自分は戦っていないにも関わらず、敗走が続けばやれお前が悪いだの旗艦が頼りないから負けたのだとほざいていた。指揮も戦艦が居れば勝てるだろうと言う空っぽの命令にうんざりする……駆逐艦や俺のような軽巡洋艦はくじの外れ扱いとして見られていた。そんな無能な指揮官だったが、暴力こそ振るわれることはなかった。これでもマシな方だった。軽視派の人間ならもっと酷い扱いを受けているらしい。俺のところは大したことなかったようだったが、世の中には轟沈なんて当たり前の地獄が存在するらしい。
轟沈……恐ろしい言葉だ。聞いただけで俺でも内心震えてしまう……別の木曾ならそんなものどうでもいいと笑い飛ばせたかもしれないが、俺は違う。
俺の目の前で仲間が沈んだ。共に戦い、寝床を共にした。そんな仲間が沈んでいく。戦争だから仕方ない。犠牲は付き物だ……わかっていることだった。犠牲は出たが、海域の制海権を取り戻すことができた。犠牲があったからこそ成しえた功績だったんだ。だから帰ったら沈んでいった仲間を弔ってやろうと思っていた。だが……鎮守府へ帰った俺が見たのは無能な指揮官は沈んだ艦娘よりも海域の制海権を取り戻すことができて大はしゃぎしていた姿だった。その姿を見た俺は怒りが湧き上がったが我慢した。「戦争だ、戦争だから」と言い聞かせた。俺は指揮官に頼んで沈んだ仲間を弔いたいと言えば許可してくれた。だがそれだけだった。軽視派の人間ではなかったものの、心の奥底では俺達のことなどどうでもいいと感じているのだろう。沈んでも沈まなくても俺達は同じだと言うことだ。
無関心……俺はまだ幸せの中に居れた方だった。美船元帥……あの頃は提督だったな。初めて出会った時は俺達と同じ醜い姿をしていたから艦娘だと間違えたことがあった。それを笑って許してくれたこともあったっけな。色々あって、あの人の下へ異動してから俺はこの人について行こうと思えた。共に道を歩み、親身になって相談に乗ってくれた美船元帥がどれほど多くの艦娘に希望を与えたか。この人の為なら俺は死地にも飛び込んでやる覚悟でいた。そして美船元帥の為に戦い続けていた。そんな日々を過ごしていたある日、○○鎮守府A基地の噂を耳にした。
使い捨てとされ、大破しても入渠させてもらえず轟沈するのを待つ艦娘達がいる。仲間からその噂を耳にした俺は真っ先に美船元帥の下へと詰め寄った。噂は……本当だった。今では駆逐艦六人しかいない状況で、新しく着任予定の人間が訓練学校卒業したてであることを聞いた。それだけならまだよかった……だが俺は耳を疑った。
『軽視派の人間』がその鎮守府の提督になると言う。嘘だと思ったが、美船元帥から語られたから本物の情報だと認めなければならなかった。しかも男だと言う……あの無能な指揮官と同じだ。
美船元帥に掛け合って俺も大淀達と共に支援と言う形で○○鎮守府A基地に着任した。だが、実際には提督の座についた
そう思っていた。だが……ここは本当に○○鎮守府A基地か?何もかもおかしい……異常だ。
妖精が居た。美船元帥の下に異動するまで会ったことがなかった小さな協力者。俺達にとって大事な存在だ。妖精が居るだけで艤装やら工廠やら詳しいことは知らないが、とにかくすごいとだけ言える。この鎮守府に妖精が居ること自体おかしいことで、優しい人間にしか懐くことはない。美船元帥以外に妖精が見える人間が居るだなんて俺は知らない……しかもあいつは軽視派の人間なんだぞ?あいつに懐いているだなんて考えられなかった。それだけじゃない。使い捨てにされ、軽視派の前指揮官の手によって虐待を受けていた駆逐艦の吹雪達も懐いている。どうやって手懐けた?何故お前なんかに……
あいつに騙されている。あいつは善人の皮を被った悪魔だ。ずる賢い男……無能な方がどれほどよかったか。どうやって化けの皮を剥がそうか大淀達と相談を何度もした。悪事に手を染めていないか調べた。だが……
何もなかった。不知火が言ったように何もしていなかった……ありえない。
更には幻覚を見る始末だ。あいつと美船元帥の姿が重なるなんてあってはならないのに……俺はそう思ってしまった!
わからない……あいつはなんなんだ!?あいつの優しさは偽物のはず……善人の皮を被った悪魔なんだ!そのはずなのに何故俺はお前に美船元帥の面影を見るんだ!?俺達を見ても嫌悪感を抱かず、吹雪達に寄り添う姿は美船元帥にそっくりじゃないか!!お前はあの人と同じだとでも言うのか!?わからない……頭が混乱する!!お前は一体なんなんだよ……
「――ッ!!木曾さんってば!大丈夫ですか!?」
「――はっ!?」
旗艦である吹雪に声をかけられ、我に返れば海上を進んでいた。鎮守府からそれなりの距離が離れており、考え事をしていていつの間にか自身の世界に入り込んでしまっていたようだ。
「ちょっと大丈夫なの?敵は間近なのよ?」
叢雲の言葉で木曾は気づかされた。自分は深海棲艦を撃破する為に出撃した。向かっている先に薄っすらと黒い影が見える……深海棲艦だ。吹雪に声をかけられていなければ考え事に夢中になっていただろう。木曾の心中を察している龍驤から厳しい視線が送られる。今はそれどころではないだろ!と言いたげだ。
ここは戦場……気を抜いた者は真っ先に沈んでいく。危うく自分がそうなる可能性があったのだからそう見られても仕方ないことだった。木曾は自身を殴りたい気分だ。
そうだった!今はあいつのことなんてどうでもいいじゃないか。今の敵は見える深海棲艦だ。敵を潰すことが俺の役目……ただそれだけだ!!
「……悪い。もう大丈夫だ」
「……ホンマやな?油断は命取りやで?」
「ああ、気持ちは切り替えた。だから俺は戦える。吹雪と叢雲にも迷惑をかけた」
「いえ、私は別に……」
「戦えるのならいいんだけどね……向こうもこちらに気づいたみたいよ」
叢雲の見据える先には戦闘態勢に入った駆逐艦イ級の姿があった。
「叢雲ちゃん!木曾さん!龍驤さん!みんなでやっつけちゃいましょう!!」
「「「おお!!」」」
第一艦隊が敵艦隊との戦闘に入りました。
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「敵数は軽巡1、駆逐4の模様です」
「情報通りだな」
司令部には通信機が備え付けられており、ここには大淀と明石、鳳翔と間宮そして青年と妖精達が集まっていた。時雨達第二艦隊はいつもで出撃できるように港で待機中。緊張した面持ちの艦娘達だが、その中で一人だけ内心ほくそ笑む青年がいた。
敵さんから迎えに来てくれるとはな。備蓄も遠征によって資材が溜まり、軽空母である龍驤を出撃させても問題なくなった。敵の数の方が多いが、こっちは軽空母である龍驤が居る。吹雪も叢雲も訓練して来たんだ問題ない。軽巡洋艦である木曾もいるんだ。確認された報だと戦艦はいないようだな……ならやれるぞ!ここから深海棲艦を叩きつぶし、誰に喧嘩を売ったか思い知らしめてやる。そして俺の輝ける未来が約束された昇進への第一歩を踏み出す時だ!!クヒヒ♪
妖精による情報と実際の深海棲艦の数は間違っておらず、敵の数の方はこちらよりも多いが問題はないと青年は判断した。少々吹雪と叢雲には不安はあるものの、龍驤と木曾のサポートがある。何よりもこんなところで敗北などしようものならば昇進などできるわけはない。だから青年は絶対に勝つ気だ。
「吹雪ちゃん達、第一艦隊が交戦を開始した模様です。大丈夫でしょうか……」
大淀は大丈夫だと思っていても実際に戦闘が始まれば不安を隠しきれず口から洩れてしまう。彼女だけでない。明石や鳳翔に間宮も心配なのだ。何度か訓練を見たことがあるが、たとえ辛い環境下で経験を積んでいても敵は思い通りに動く存在ではない。予定外は必ずどこかで生まれてしまう。もしも……もしも誰かが轟沈などしてしまえば……
「大淀」
「……提督?なんでしょうか?」
青年から声をかけられた大淀は不安が拭えぬ瞳で彼を見つめる。
「俺達は信じることしかできねぇよ。実際に戦っているのは吹雪達だ。俺達が
「……そう……ですね」
「だが、無駄ではない。ここに居たってサポートはできる。それにだ、勝っても負けても吹雪達が帰って来れる場所を用意しておく仕事があるだろ」
「仕事……ですか?」
「そうだ。鳳翔と間宮は美味い飯を用意し、疲れた体を癒した後たらっふく食わせてやれ。明石は艤装を直し、安心して次の戦いに向かう準備を整えてやる役目があり、大淀は吹雪達を褒めてやれ。誰かに褒められると俄然やる気が出る。不思議な生き物だよ人間は。帰る場所がある人間とそうでない人間とでは気持ちの持ちようが違うからな。それが健康状態に関係したり、力量が増したりするんだからよ。艦娘もそこは同じだ」
「……それでは提督は何をするのですか?」
「俺か?俺は……誰もが轟沈しない鎮守府、俺無しでは価値のない鎮守府を作る。お前達に俺が居なければ生きていけない呪いをかけてやるよ」
「呪いですか……ふふ、それは楽しみですね」
大淀の不安は軽くなっただろう。笑みが浮かんでいた。だがもっと笑みを浮かべていたのは青年であろう……
クヒヒ♪そうだお前達を轟沈なんてさせるか。戦力の為だけじゃなく、俺の食生活にも役立ってもらうんだからよ。毎日美味い飯を頼むぜ鳳翔に間宮よ。お前達のせいでカップ麵が食べられなくなったんだ。その責任は十二分にして返してもらうからな。明石が居なければチビ共と協力して、深海棲艦に対抗できる装備が開発できないからお前も必要なんだよ。大淀には雑用を任せても失敗する心配がないほどに優秀なんだよな。こいつがいなかったらあの山のような書類を全部俺一人で何とかしないといけなかったからな……正直助かったぜ。まあ、当分は面倒みてやるよ。昇進したら用無しだがな!!粗大ごみに分別して出してやるよ!!それまでせいぜい良い気になっているがいいさ!!!
腹黒い笑みを浮かべ吹雪達の勝利を待ち望む……
「叢雲ちゃんの魚雷命中!敵艦撃沈を確認!敵艦隊殲滅です!」
「やったね!やるじゃない叢雲ちゃん!MVPは決まりね♪」
「これで安心できますね鳳翔さん」
「ええ……誰も沈まなくてよかった」
『「やったー!」』
『「しょうり!しょうりだー!!」』
『「どんなもんだい!!」』
『「よくやったとほめてやる!」』
『「ばんざーい!!」』
大淀が状況を伝え、明石と間宮に鳳翔はそれを聞き入っていた。司令部に歓声が沸き上がった。妖精達も万歳して喜びを分かち合っている。大淀達の歓声には勝利の喜びと誰も轟沈せずに済んだ安心感が籠っていた。時雨達にも妖精が付いているので、そちらにも情報は届いている頃であり、外から何やら声が聞こえて来るがきっと歓声だろう。そしてその中で一番喜んでいたのは佇み窓から海を眺めていた青年だった。
よっしゃあ!!これでこの程度の敵ならば余裕で勝てること証明された。この戦歴を元に次の構成を考えてみよう……クヒヒ♪小さな勝利だが、勝ったのは紛れもない事実。これからどんどん勝利を積み重ねていけば、美船元帥から接触してくるはず……それを利用して俺の立場を底上げしてもらう計画だ。じっくり焦らず信用を得ればいい。軽視派の烙印はあるものの、信用さえ一度掴んでしまえばこっちのもんだ!もしかすれば俺が元帥の座に……なんてこともあるかもな!提督から元帥か……クヒ、クヒヒ♪
少数戦力での勝利に将来の輝ける自分自身の光景が浮かぶ。笑いが噴出しそうになるのを我慢しながらも愉悦に浸っている時だった。
「……えっ?」
ふっと声がした方を見れば通信機から何か入ったのだろう。その証拠に大淀が唖然としている様子だが、しかし何故唖然としているのか全員見当がつかなかった。
「おい、どうした大淀?何を唖然としているんだ?」
まさか燃料がなくなったから帰れなくなったとかしょうもないことで助けを求めて来たとかそんなことじゃないだろうな?そんな理由だったら承知しないぞ!だが大淀の様子が変だ……一体何があった?
青年は大淀が唖然とする理由を考えたが、彼女が語るのは青年の想像とは違っていた。
「木曾さんが……大破しました」
………………………………………………はっ!?なん……だと……!!?
予想外の報に青年はすぐさま港へと走って行った。
「し、司令官……」
「……これはどういうことだ?!」
俺の目の前には叢雲の肩を借りたボロボロの木曾の姿があった。何があった?何故こいつがこんな姿で帰って来た?敵は殲滅できたんじゃねぇのかよ!?
勝利したはずだった。しかし吹雪から語られたのは青年が着任して初めての戦闘で、こちら側の損害はゼロの完全勝利。今までこれ程の結果は出せず、誰かが犠牲または傷を負う結果に終わっていた。それとは比べ物にならないほど華麗に敵を打ち倒し、叢雲の魚雷が最後の深海棲艦を撃破した。龍驤と木曾のサポートもあった甲斐でもあるが、それでもその結果に浮かれてしまった吹雪は大はしゃぎしてしまった。叢雲も吹雪ほどではないが、鼻が高くなっていたらしく龍驤に突っ込まれて顔を赤くしていたようだ。しかし油断が命取り……その言葉の通りに敵はまだ残っていたのだ。海中に深海棲艦の潜水カ級が潜んでおり、吹雪を狙っていた。それにいち早く気づいた木曾が魚雷を放ったが、先にカ級から発射された攻撃を止めきれず、木曾が吹雪を庇う形で被弾した。敵にも魚雷が命中し、撃沈することはできたが、木曾が大破してしまったと言うことを語られた。
「す、すみません……わ、私が……旗艦である私がちゃんとしていれば木曾さんが……!」
後悔しているのだろう。吹雪は涙がポロポロこぼれて気の緩みが見せた隙に付け込まれたのだ。しかも吹雪は旗艦であるにもかかわらず、油断した。青年が言った通り油断していなければこんなことにはならなかった結果だったのだ。
駆け付けた大淀達は驚いており、港に居た時雨達はこの光景を固唾を飲んで見守っている。妖精達も青年と吹雪達が作り出した緊張したこの場に入り込まず様子を窺っていた。
『失敗』時雨達はその言葉が脳裏を
戦闘に勝利したが、一つの気の緩みによる油断が大破を招いた。艦娘である彼女達は入渠時に鋼材を必要とする。詳しいことは不明だが、それが無ければ例え
なら青年はどう思っているのか……初めての失敗にやはり体が反応してしまい、時雨達は見守ることしかできないのだ。
ゲームの時とは違い、艦娘が小破・中破・大破すれば艤装や服装が肩代わりしてくれるわけではなかった。見れば木曾の体には煤だけでなく、血が付いている。艦娘の体の中がどうなっているかまでは知らない。だが流れる液体は人間と同じ赤い血だった。人間とは異なる存在である艦娘であっても血が流れることを青年はこのとき初めて知ることになった。
「………………………………………………」
青年は無言のまま吹雪に近づく。サッと青ざめる吹雪と叢雲の表情に恐怖が現れた。
「ちょい待ってぇな提督!ウチが今まで指導していたんや。だから責は監督不行き届きになるウチの責や!だから罰ならウチだけにしてもらえへんか!!」
龍驤は恐怖に足が竦む吹雪を庇った。暴力を振るうのだろうと思ったのだろうが、青年は龍驤の言葉など無視して吹雪に手を伸ばした。その行動に危機感を抱いた龍驤が身を挺して守ろうとしたが……青年が取った行動は暴力とは裏腹なものだった。
「……ふぇ?」
手を伸ばした青年の姿が前提督と重なってしまい、目を瞑っていた吹雪は温かい感触を感じた。一瞬何をされたかわからなかったが、恐る恐る目を開けて見ると頭には手が乗せられ、その手の持ち主は当然青年であった。
「最後に油断したのは詰めが甘かったな。吹雪が油断しなければこんな結果にはならなかっただろうよ」
「……すみません……」
「吹雪、この失敗を次に活かせ。失敗は成功の基と言うだろ?失敗はしてもいい。失敗して人間は学んでいく……艦娘も同じだ。だからと言って失敗ばかりするなよ?失敗してはいけない場面で失敗しなければいいんだ。今回は良かったが次から気をつけろ。だから気に病むな」
「で、ですが……!」
「なら、俺でなく木曾に謝ることだ。そして次は木曾を守ってやれ。旗艦を任せたのは吹雪が適任だと思ったからだ。叢雲の姉だろ?頑張るんだろ?後悔しているなら、その後悔を力に変えろ。お前ならばきっとできる」
「し、しれい……かん……!!」
こんなに優しい言葉をかけてもらえるとは思っていなかった吹雪は感情が耐えられなくなり泣き出してしまった。見守っていた時雨達や恐怖の表情を浮かべていたはずの叢雲はいつの間にか微笑みを見せていた。
……チッ、吹雪の奴ちょっと気が滅入っていては後々のケアが面倒だから励ましてやっただけなのにここまで泣くか?まあ、心残りがあるなら相談に乗ってやるし、これで大淀達には善人に見えただろう。いい人アピールも忘れずにしておかないとな。吹雪はこれでいいとして……だ。もう一人……
チラリと視線を向けた先にはこちらを睨みつけている木曾の姿があった。そして青年の視線は木曾の瞳ではなく体全体を見回していた。
血だらけじゃねぇかよ……流血表現があるのはゲームとは違うか。下手すれば欠損やら失明する可能性があるってことか!?これは予想外の情報を手に入れられた……感謝するぜ木曾。お前が大破したおかげでお得な情報を入手できたんだからな!!
メリットを得た青年は内心ラッキーと思っていたが、段々と気持ちを落ち着かせるとため息を吐いた。
……まぁ、こいつのおかげで吹雪は無事だったんだ。仕方ねぇ、今回だけ敵意むき出しのお前に対して俺自らがと・く・べ・つ・に相手をしてやるよ!!
吹雪の頭から手を離すと吹雪の寂しい視線が背中に突き刺さるが、それよりも今は木曾の方が重要だ。木曾の下へと青年は近づく。
「おい叢雲、場所を変わってくれ」
「あんた何をするつもり……まさか!?」
青年の予備動作を叢雲は見たことがあった。そう……あれは不知火達と一緒に青年が食事をした時だった。そのことを思い出した叢雲はハッと何かを言おうとするが、青年は構わずそのまま木曾を抱きかかえた……
お姫様抱っこでだ。
一瞬ポカンとした木曾だったが、自分がどのような姿であるか理解すると顔を真っ赤にして暴れ出した。
「――なぁ!?お、お前何をするんだよ!!?」
「暴れるな。落ちるだろう」
「あ、暴れるなってい、言われても!!?」
「お前は怪我人で、大破している状況だ。歩くのもしんどいだろうがよ。入渠ドックまで俺が連れてってやる。感謝することだな」
「お、お前な勝手なことを……!!」
「木曾」
恥辱を受けた木曾は一発殴ろうとしたが、青年の鋭い眼光によって動きを止められた。
「お前は吹雪を守り、龍驤と共に叢雲も守ってくれた……感謝している。お前が居なければこの鎮守府での戦力では勝てなかった可能性もあったんだ」
「だ、だが……お、俺は一人でも歩けるっ!!」
「無理はするんじゃねぇよ。それにこれはお前に対する礼だと思えばいい。礼はありがたく受け取るもんだぞ。だから今は大人しくしてろ……わかったな?」
「……あ、ああ……わかった……」
青年は木曾をそのまま入渠ドックへと連れて行き、そこからは妖精達の仕事だ。その先は妖精達に任せればいいし、青年が知る必要はないため、早々と血まみれの軍服と共に執務室へ戻って行った。
体重も艤装がなければ軽いな……ったく、女の癖して無茶しやがるぜ。傷痕が残ったらどうするつもりだったんだ……まぁ今回は特別だ。反抗的なお前にお情けをかけてやったが……次はこんなことしねぇからな。
青年は木曾の血で濡れた軍服を脱いで代わりの服に着替えるのであった。