それでは……
本編どうぞ!
深海棲艦を撃沈した翌日の出来事だ。
「ああああああああああああああああああああああああっ!!!」
「うるさいです木曾さん。少し静かにしてください」
「これは少しどころやあらへんで。確かに静かにしてほしいんやけどな。ちょい黙ってくれへんか?」
机に突っ伏しているのは木曾であった。その姿を呆れた様子で見ていた不知火と龍驤は、木曾に対して同情を憶えていた。女であるならば一度は夢見るお姫様抱っこを体験したのだから。
完全勝利したことで、浮かれてしまった吹雪は海中に潜んでいた深海棲艦に気づかなかった。標的にされ、魚雷の餌食になるかと思われたが、彼女を木曾が身を挺して庇い大破してしまった。港についたのはよかったが、大破状態ではまともに動くのも困難である。入渠ドックまでの道がいつもよりも遠く感じるほどだ。しかし木曾を待ち受けていたのは敵視していた青年からの大胆なお姫様抱っこだった。醜い艦娘には夢のまた夢であったお姫様抱っこをした伝説の男として歴史に名を残すことになった青年。そして初めてお姫様抱っこされたのは不知火であり、本人は「男性に初めてお姫様抱っこされたのはこの不知火です!」と内心勝ち誇っていたのは内緒の話である。そして不知火に続いて二人目のお姫様抱っこ体験者となった木曾にも注目を浴びることになった。
ああああああああああああああああああああああああああああっ!!!な、なんなんだよあいつは!!?不知火が倒れた時、あいつが部屋へと運ぶためにお、おお……お姫様抱っこ……したとは聞いていた。だがそんなものどうしたと突っぱねていたが……あれは卑怯だ。ずるい。
『「お前は吹雪を守り、龍驤と共に叢雲も守ってくれた……感謝している。お前が居なければこの鎮守府での戦力では勝てなかった可能性もあったんだ」』
『「無理はするんじゃねぇよ。それにこれはお前に対する礼だと思えばいい。礼はありがたく受け取るもんだぞ。だから今は大人しくしてろ……わかったな?」』
なんなんだよ……あいつは軽視派の人間なんだ。だが……何故俺に優しくするんだ!?お前は敵なんだ。そうさお前は軽視派で俺達艦娘に酷い事を企む善人の皮を被った悪魔なんだ!そのはずなのに……なんでそんないい笑顔を向ける!?やめろ……俺に触れるな。俺にその笑顔を見せないでくれ。男なんて威張り散らしたお坊ちゃまだらけなんだ。なのにお前は何故違う?俺のような不細工な奴にどうしてそこまで構うんだ……俺は女としての幸せを捨てたんだ。だから女の幸せなんて俺にはいらないんだ。
俺だって……俺だって夢に見ていた頃もあったさ。憧れだった……男と一緒に飯を食べたり、笑顔で散歩したり、一緒に買い物して浜辺でデートして……そして最後は……はっ!!?
「うぁああああああああああああああああああああああっ!!?」
「どうしましょうか龍驤さん……木曾さんがいきなり頭を机に叩きつけていますが……」
「ああこれはアカン。女としての欲求が妄想してもうたんやな。幸せな家庭を築いた未来を……ウチも妄想したことある。せやけど現実は非情やったわ」
「心中お察しします。しかし幸せな家庭と言うのは?」
「そんなん決まっとるやないか。男と結婚して子供を授かり、歳をとっていく。不細工なウチらには男と触れ合うことすら難しい。それなのに美女のみが得られる結婚、そして子供……まぁウチら艦娘と人間の間に子供を授かることができるのかはわからへんけどな。せやけど体は女や。子供が欲しい、結婚して家庭を持ちたい、普通の女として生きていけたらこれほど幸せなこともないやろな。醜い女としてはこれ以上の幸せはないで」
「な、なるほど……結婚ですか。不知火もいつかは……」
「不知火……なんや最近乙女っぽくなってへんか?」
「お、乙女!?ち、違います!不知火は決してお姫様抱っこされてから
「(
ガンガンッ!と何度も机に頭を叩きつけている。あれほど敵視していた木曾が今では羞恥心に支配されかかっていた。不知火もあの事件以来、前までは大淀達の前では
「……っ!!」
「ん?どないしたんや?」
「……お、俺……少し……外の空気を吸って来る!!」
急に立ち上がり、その場から逃げるように出て行った木曾の顔は羞恥心に染まりきっていた。
「……はぁ、あの木曾がああなってしまうとはな……ホンマここに来てからは予想できへんことばかりやで」
「そうですね。不知火も驚かされてばかりです」
「せやけど問題は解決してへん。あの若者が軽視派であるのはほぼ間違いないんや。まぁ……ウチから見たら悪い人間には見えへんのやけれどな」
「……龍驤さんにもそう見えますか?」
「せや、正直なこと言えば美船と被ってしもたんや。なんや……面影ちゅうやつやな」
「……不知火も同じです」
「なんや不思議な若者やで……木曾にもそう見えてしもたんやな」
「……なにやってんだ……俺らしくもない……」
羞恥心からの支配を逃れる為にしばらく港に留まっていたが、ただ海を眺めていただけなのに尋常ではない疲労が木曾を襲った。
はぁ……大丈夫だ、落ち着いた。あいつが何を企んでいるか知らないが、今は置いておこう。昨日のことは忘れよう……うん、そうしよう。たかが抱っこされた程度で狼狽える俺じゃない。しかも……お、お姫様抱っこ……なんかで狼狽えるような俺じゃ……っ!?
内心そう自分に言い聞かせているようだが、体は女である木曾は青年に抱きかかえられた時に触れられた肌の感触を今でも感じられる。力強い男の腕、包み込んでくれるような手の温もりをハッキリと憶えている。
男性に触れられた……暴力などではなく、優しく傷ついた木曽を
――ッ!?ま、また!?お、落ち着け、落ち着け俺の体!女を捨てたはずなのに……くぅ!!?
女を捨てたと思っていたが、体がムズムズする……羞恥心の次は生理現象が襲って来た。頭では青年が軽視派の人間であることをわかっていて、何かの企みであると自分に言い聞かせても無駄。男に優しくされて興奮しないなんて女として木曾はまだ枯れてはいない。体は欲望に正直者だ。
バカか俺は!!?あいつに発情するだなんて……は、早く自室に戻らないと……なっ!!?
木曾は言うことを聞かぬ体を鎮める為に自室へ戻ろうとした時だ。こちらに向かって来る小さな影と大きな影を発見してしまう。小さな影は駆逐艦の吹雪と睦月だ。そして睦月に連れられるように手を引かれているのは発情の原因となった青年であった。これには木曾は心臓が飛び出るほど驚いた。
な、なんで吹雪達が!?しかもなんであいつと一緒なんだよ!?こ、こっちに来るだと!!?
向こうもこちらを発見していたようで、内心慌てふためく木曾の前へと集まって来る。前方には青年、背後の海に逃げればいいのだが……負けたようで認める訳にはいかない。つまり逃げ場はない。
「木曾さん、探しましたよ!」
何も知らぬ吹雪は元気いっぱいの笑顔を振りまく。今はその笑顔よりも自室へと籠りたい一心の木曾だが、無邪気な天使は今だけは悪魔に見えた。
最悪のタイミングだ……だ、だが!昨日のことを忘れれば問題ない!普通に、普通に対応したらいいだけだっ!!
「よ、よう吹雪に睦月と……お前か。な、何の用だ?」
「んぁ、俺は別に用がなかったんだが……吹雪が用があったみたいでな」
「んふふふっ♪睦月は提督と話していたら、吹雪ちゃんが木曾さんを探していて面白そうだったから来ちゃったにゃしぃ♪」
「……っと言うことだ。まぁおそらく
「――ぐぅっ!?」
青年の口から
「あの……木曾さん?大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ……問題ないぞ。そ、それよりも吹雪は俺に……な、何かよ、用か?」
「はい。あの……昨日のこと……申し訳ありませんでした」
吹雪が語るは完全勝利した喜びに油断し、その油断が木曾を大破に追い込んだ。その謝罪と次は旗艦として木曾を守ると意気込む吹雪の決意だった。しかし木曾の様子がおかしい。真剣な吹雪に対して先ほどから体がもじもじと動いている。
欲望を抑えることは至難の業だ。木曾であっても同じこと……青年が不思議そうにこちらを見つめており、そのことを意識すればするほど今にも限界に達しそうだった。
――も、もう無理だ!!
「――吹雪悪い!!」
「――えっ?木曾さん!!?」
限界に達しそうだった木曾はこのままでは出てはいけないものが下半身から漏れ出てしまう。第五艦隊の切り込み隊長であるにも関わらず、そのような醜態を晒せば二度と美船元帥含め仲間達に顔を向けることはできないだろう。彼女達なら生理現象だから仕方ないと納得してくれそうだが、本人は絶対に納得することはない。だから吹雪の話を最後まで聞いていられなかった彼女は、我慢できず吹雪達の傍を駆け抜けようとした……が、魔の手が木曾の腕を掴んだ。
や、やめろ吹雪!!今の俺を止める必要なんt……え"っ!?
掴んだのは吹雪だと思った木曾は振り返るが、その手はがっちりとした男の手……つまり青年の手であった。
「木曾、お前様子が変だな。さっきからどうしたんだ?体に問題があるのか?お前達艦娘の体なんてわからねぇからとりあえず大淀と相談するぞ。だが勘違いするなよ?俺はただお前が使い物にならなくなったら困るだけで心配なんかしていないからな!と、とりあえず行くぞ!」
青年は木曾が使い物にならなくなったら困ると言う思いで、木曾を大淀の下へと連れて行こうとしたが、力を入れても木曾の体はビクともしない。しかも顔を真っ赤にして今までとは比べようのない形相で木曾が青年を睨んでいた。睨まれた青年の方がビクリと震えていた程だが……決してビビッてなんかいない。そして睨みつけられている青年は木曾の口が何かを発していることに気づく。
「……バ……」
「ば?」
「バッカ野郎がぁあああああああああああああああああっ!!!」
吹雪と睦月は見た。海面を人間が跳ねて飛んでいく姿を……
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「……知っている天井だ」
一人の青年が薄っすらと暗雲から目を覚ました。
なんだよ……目が覚めたら視界に天井が映るって……これで何度目だよ。まぁそんなことはどうでもいいが、俺の身に今度は何が起こったんだ?
青年が見慣れた執務室の天井を眺めつつ記憶を辿っているとこちらを見下す視線を感じ、ベッドから反射的に顔を向けるとそこには呆れた様子の叢雲がいた。
「ちょっと……いつまでそうしているつもりなのかしら?」
「んぁ?なんだ叢雲か」
「なんだとは失礼ね。私が今日の秘書艦だってこと忘れてたの?」
そうだったな。今日はこいつが秘書艦で、俺が少し休憩に入った時に廊下で睦月と会い、それから吹雪に出会って港に連れて行かれて……んぁ?
うろ覚えの記憶に疑問点を感じて体を起こした。
「おい叢雲、吹雪と睦月はどうした?」
「あの二人なら自室で休んでいるわ。あんたが気を失ったことが相当堪えたみたいね。電なんかあんたが死んだと思ったみたいで泣き出したぐらいよ。時雨と夕立が面倒をみているわ」
「……俺が気を失った?」
「憶えていないの?あんた木曾に殴られたみたいね」
そうだった……確か俺は木曾に殴られて気を失ったんだ……あの直前に見たあいつの顔……妙に顔が赤かった気がしたが何があったんだ?……んんぁ!?俺があいつに殴られただと!!?上司である俺に対してか!!?
「おい、つまり木曾は俺に対して暴力行為を起こした……そう言うことだな?」
「……ええ、そういうことになるわね」
青年の鋭い視線に晒されて叢雲が諦めたように答えた。彼女でもこればかりはどうしようもないことだ。上司に対して暴力を振るうことなどあってはならないことだ。艦娘は人間に危害を加えられないはずであるのが、何故殴ることができたか訳は不明である。しかし木曾が青年に対して暴力を振るったことは事実。木曾が青年に対して良い感情を見せていないのは叢雲も知っていたが、これは違反行為である為に罰せられる対象である。
青年の心情は腹立たしい思いで煮えくり返っていた。
なんだと!?あいつめ!!遂に実力行使に出やがったな!!だがこれはいけないよなぁ?美船元帥様にはこのことを理由にたっぷりと謝罪してもらわないといけないな。クヒヒ♪もしかしたらこの件で元帥の座を降ろされる原因になるかもしれない……いや、待てよ。美船元帥はああ見えても優秀な人物なのは認めてやる。他の連中が無能過ぎるだけかもしれないが、そんな連中が蔓延る海軍をまとめてもらわないと俺が困る。昇進の為に功績を積み重ねても元帥が無能な人物なら俺を採り立てることすらしない可能性だってあるんだ。それはまずい、非情にまずい。俺が昇進するまでは美船元帥にその座をしっかりと守ってもらわなければな。
そうなるとこの件はどうしようか……あいつを解体するか?いや、それは軽率な行動だな。目の前のことだけ解決すればいい問題ではない。あいつ様子もおかしかったからな……まさか病気か?もしあいつが病気ならどこに診せればいいんだ?もし病気になったとするならば食事の栄養バランスに問題があったのか?それとも心身的なストレスの問題なのか?どちらにせよ、あいつから話を聞かないで決めるのはよくないことだ。話してみなければわからないことがあるからな。
「叢雲、木曾はどこにいる?」
「あんた……会いに行くつもり?」
「勿論だ。あいつは様子がおかしかったからな。もしかしたら病気かもしれない……そんな状態で出撃なんかさせられるか(轟沈なんかされたら費やした経費が無駄になる)部下の面倒をちゃんと見てやるのが提督としての俺の役目だからよ」
「はぁ……わかったわ。今はきっと自室で待機中ね。大淀さんからお叱りを受けている頃よ」
「わかった。俺は木曾の下へ行って来る」
「待ちなさい。あんた目覚めたばかりだから誰かついていた方がいいわ。わ、私が今日の秘書艦だから仕方なく……仕方なく付き添ってあげるわよ。べ、別にあんたが心配だからとかそういうわけではないのよ!し・か・た・な・く!だから感謝することね!!」
「ああ、助かる」
「……ほ、褒めても何もでないわよ!!」
青年と叢雲は木曾の下へと向かうのであった。