ブラック鎮守府へとやってきた青年、出迎えたのは一人の艦娘だった。
それでは……
本編どうぞ!
「(これが鈴谷だと……別人じゃないのか?俺の記憶は確かなはずだが……多少なりとも同じ艦娘にも性格に違いはあると聞いたが、ここの鈴谷は大人しい個体なのか。まぁ、鬱陶しいよりかはマシだからいいか。いや、考えれば俺はお客ってことだよな?なら失礼のないように敬語を使うのは当然か……それかそうせざるをえない環境なのかだな)」
青年は鈴谷に案内されながら思う。前方を歩く鈴谷は青年の記憶に宿った姿と同じだが、性格が真逆で大人しいことに疑惑を持った。お客に対する態度でそう振舞っているのか、はたまたそうせざるをえない環境なのか、おそらく後者の方だと青年は睨むがそんなことはどうでもいいと切り捨てた。これから面倒な会談になることは間違いなし。そのことに内心苛立ちを募らせていた。
「(ちくしょう……確かに提督になれたのは先輩方のおかげだが、足元を見てくるに決まっているぞ。お前を提督にしてやったんだから当然のことだろう?とかなんとかそれなりの理由で報酬を吊り上げて要求してくるに違いないぜ。提督になれたことは感謝しているが……俺は忘れてなんかいない。駆逐艦六人だけのショボい戦力しかなく、レーション飯のみ、ベッドは臭いし、気色の悪い銅像なんかそのままにしやがって……まぁ金になったからそれは良しとしよう。だがあんなところに俺を送り込んだんだ。そのせいで俺の貯金は減るわ、無駄な労力を使う、山盛りの問題点を解決しなくちゃならなくなったんだ。くっそ苦労したんだからな!!それでも従うしかないとは屈辱だぜ。うわぁ会いたくねぇ……!)」
青年の足取りは重い。仕方なくここ○○鎮守府R基地へやってきたのはここの提督を含めて軽視派の人間による助力により、青年は○○鎮守府A基地の提督の座を手に入れた。そのことは感謝しているが、それに見合わない代償の方が大きいだろう。それでも青年は提督になったことに後悔はしていない。今はまだ耐える時、昇進すれば輝かしい未来が待っていると信じているからだ。
「(しっかし外見の割には艦娘共がいないな……部屋にでも閉じこもっているのか?)」
青年が案内される途中で誰にも出会わなかった。建物は大きいが、それに見合った艦娘の姿はどこにもいなかった。
「おい」
「――ッ!?な、なんでしょうか?」
声をかければビクリと反応し、振り返った鈴谷の顔は笑顔であったが、作り物だ。そんな鈴谷のことなど知らぬとばかりに青年は疑問を口にする。
「他の艦娘はどこだ?部屋にでも居るのか?」
「……い、今は遠征に出払っています」
「ほう……全員か?」
「残っているのは私と同じ第一艦隊所属のメンバーだけです」
「
「――ッ!!」
笑顔のままで答える鈴谷の表情には僅かな影が差していた。青年はこの時はまだ何も知らない真実があった。
時刻はヒトマルマルマル。
遠征回数が既に三十回を超えていたことを。それは昨日の夜からぶっ通しで遠征を続けており、一度も小休憩すら与えられず、遠征を繰り返していた。しかも補充できるのは燃料のみで、弾薬は必要ないと没収され、途中深海棲艦と出会っても対処することができず、逃げることしかできない状態だ。休み無しの遠征続きで疲労が溜まり、深海棲艦に出会ってしまえば最悪の場合、逃げ切ることができずに……結果は安易に想像できてしまう。
もしそうなったとしても問題がないように駆逐艦で編成されたのが遠征組だ。犠牲が出ても構わないと言う編成で、鈴谷はこのことを知っている。そんな駆逐艦の子達と比べて彼女がどれほど恵まれているか……
第一艦隊はここではまだ恵まれた艦娘達だ。深海棲艦相手に生き延び、他の艦娘よりも使える
だから事情を知らぬ青年の言葉に苛立ちを感じた。「何も知らないくせに!」と怒りをぶつけたかったが、同じ仲間達に迷惑をかけたくない。問題を起こせば彼女達にも被害が及ぶ……怒りを胸の奥底へと押しとどめるしかなかった。
「……はい、資材集めは大切ですから」
嘘ではない。資材は大切だ。ここでは艦娘の命よりも……たった一つのボーキサイトの為に駆逐艦の子が沈んでいく。仲間を守る為に代わりに沈んだ子も居た。その報告を何度聞いたことか。その度に何度涙を流したことか。
妖精を引き連れた青年を執務室へ案内するだけの仕事で、自分は安全な場所に居られる。なんて楽な仕事なのだろうか……しかしそれは深海棲艦の魔の手からのみである。苦痛の生活から逃れることはできず、ここに幸せなんてどこにもない。熊野の最後の言葉が鈴谷にとっての枷となり、ここに繋ぎとめられている。
囚われの艦娘鈴谷。それは最上や三隈、熊野を助けることができなかった自分への罰なのかもしれない。だから幸せなんてなれないんだと彼女の心は諦めかけていた。
「おい鈴谷、こいつらと遊んでろ」
「えっ?」
執務室へと案内した鈴谷に青年は妖精達を押し付けた。突如のことで混乱する鈴谷を放って青年は扉の中へと消えて行った。
★------------------★
なんだこいつ……さっきから暗い顔しやがって?鬱陶しいぜまったく……
青年は鈴谷の表情に影が差したのを見逃さなかった。ほんの小さな影だが、その影を見たことがある。○○鎮守府A基地で出会った駆逐艦六人の表情に浮かび上がっていた影と同じだった。でもそれは無理もないことだ。青年はここの提督が自分と同じ軽視派の人間であることを知っている。粗末な扱いを受けていることなど容易に想像できた。しかしここR基地は青年の鎮守府ではない。自身の鎮守府ならば戦力の低下を避ける為に対策へと乗り出すのだが、提督は豚野である。
「関係ない」一言で表すならばこれだ。ここにいる艦娘達がどういった扱いを受けようが青年にとっては知ったことではないのだ。おそらく無茶な運用方法や戦法を採用して、艦娘に無理やり従わせているのだろう。雰囲気からひしひしと伝わって来る。似ているのだ……青年が着任したばかりの○○鎮守府A基地に。
まぁ、ここで何が起こっていようと知ったことではないな。俺はさっさと帰りたいんだ。わざわざここまで呼び出されたんだぞ。無駄な時間を使わせやがって……!
鎮守府の状況を見て察した。ここも○○鎮守府A基地と同じのようで、無能だった前提督と変わらない。そんな相手がこちら側に要求するのは汚らしい私利私欲にまみれた
「……ここです」
そして執務室へと案内され中には例の提督が椅子に座りふんぞり返って待っているだろうと容易に想像できた。少し緊張してしまう……疎そうな真似はできない。下手に出るしかない自身の状況に歯痒い思いをする青年。
『「かえろ~よ~」』
『「ここきらーい!」』
『「いやなところ!」』
『「なかからにおう!」』
『「くさいくさい!」』
そんな青年の都合など知ったことではないと妖精達が騒ぎ始めていた。
チビ共め!勝手に付いてきた癖に自由過ぎだろ!?俺だってこんなところさっさと帰りたいんだよ!!
「煩いぞ。静かにしてろ」
「はい?なんでしょうか?」
「んぁ?あっ、いや……お前に言ったんじゃ……」
イライラして青年は妖精達に言ったつもりだったのだが、鈴谷が反応する。そこには笑顔を貼りつかせた無機質な表情が相変わらずあったが、笑顔の下には話しかけないでほしいと願いが込められている。そんな鈴谷の心境など青年にとってはどうでもいいことであり「お前に言ったんじゃない」と言葉にするつもりだったが、ひょっこりと顔を覗かせた妖精達が、笑顔を作っている鈴谷を見て声を上げた。
『「うそのえがおだ!」』
『「かわいそう」』
『「なきそうだよ?」』
『「つらいことがあるみたいだ」』
『「かんむすをいじめるやつがいるんだ!」』
『「いじめ、だめ、ぜったい!』
『「ていとくさんみならえ!!」』
温厚な妖精達には珍しく敵意をむき出しにしていた……その相手は豚野提督になるだろう。鈴谷の様子を見ていればわかる。しかしこれは危うい……妖精達の様子を見た青年は焦った。
妖精とは不思議な存在だ。妖精達が人間へ不信感を募らせ、力を借りることが出来なくなってしまえば青年の昇進計画が大いに狂いだすだろう。まさに
俺以外の鎮守府がどうなろうと知ったことではない。だが今のこいつらは何をするか……わからねぇ。もしかしたら入渠できなくなったりするのか?それとも建造できなくなるのか?どちらにせよ今日は俺がここに訪れているんだ。何かあれば俺に疑いの目を先輩は向けるだろう。そうなると今後支障をきたす可能性が高い……それはまずいぞ。最悪先輩方の権力によって提督の座を降ろされてしまう……させねぇぞ。折角手に入れた俺の鎮守府だ。あそこにあるのは全て俺のものだ。他の誰にも触れさせるわけにはいかねぇよ。
危機感を抱いていると中から声が聞こえてきた。「誰だ?」とこちらに気づいたようだ。その声を聞いた鈴谷の体は震える……そんな彼女を盗み見ていた青年。
余程怯えているようだな。俺には関係ないことだ。さっきも言ったがここがどうなろうと知ったことではない。知ったことではないが、チビ共が煩いのが問題だな。これから先輩に会わなければならないのにどうにかならないものか……そうだ!チビ共は鈴谷に夢中ならばこの手が使えるじゃねぇか!!
「お前達、鈴谷を励ましてやれ」
『「ん?わかったー!」』
「おい鈴谷、こいつらと遊んでろ」
「えっ?」
「ブヒヒ、やっと来たのか。遅かったな」
「遅くなって申し訳ありませんでした」
「いいさ、どうせあのグズがもたもたしていたせいだろう。後でお仕置きだ……ブヒ♪」
チビ共を鈴谷に押し付けておいた。あいつらを遠ざけておけば会話は聞かれない。今は鈴谷に夢中になっているはずだからな心配はなさそうだが、これから先輩と二人っきりとは気持ち悪いぜ。クソッ!この俺が言いなりになるしかないとはな……だが、昇進すればあんたは切り捨ててやる。俺が元帥として君臨した海軍にお前みたいな無能な奴はいらねぇんだからよ!
嫌悪感を抱き、悪態をつきながらも言葉に出さずに作り笑顔で対応する。そんなことを思われているとも知らずに豚野提督は気持ちの悪い笑みを浮かべこれからの報酬で頭がいっぱいだった。
資材の横流しを始めとした数々の欲望丸出しの要求を呑むしかない青年。提督の座を手に入れる為とは覚悟しているつもりであったが屈辱だった。テーブルの影で見えない拳には力が籠り、青筋が浮かぶのを必死にこらえている。今まで時雨達が必死に集めた資材をこの男の為に
豚野提督は待っていた。青年が制海権を取り戻すのを……それは海域を攻略できるだけの資材が溜まった証であり、制海権を取り戻したのであるならば大本営からその戦力が当てにされる。これから先、別の海域攻略にも駆り出されるだろう。その過程で日常的に使用する分や出撃時に消耗する資材に紛れてこちら側に横流しすることで、不正を行っていることを隠す算段なのだ。悪知恵だけは有能な人物のようだ。
こうして青年は逆らうことができず会談は豚野提督が満足する形で進んで行った。あまりの要求に苛立ちを隠しきれなくなっていた青年は気を落ち着かせようと話題を変えることにした。
「……そ、そういえば先輩の状況はどうでしょうか?俺の方はようやく制海権を取り戻したところですけど?」
「ブヒヒ、制海権など既に取り戻しているわ。手こずったが急に深海棲艦が逃げて行きおってな、悠々と確保できたわ。最近ではここらでは深海棲艦の影はほとんど見ぬから第一艦隊のグズ共を持て余しているところなのだ。遠征ではちらほら遭遇するが、それだけだ。まぁ、駆逐艦がどうなろうと知ったことではないがな。ブヒヒ♪」
「……深海棲艦が逃げて行った?追い詰めたとかではなくてですか?」
「きっと私に恐れをなしたのだろう。勝てぬとふんで別の海域にでも逃げて行ったのではないか?まぁ、もう関係のないことだがな。ブヒヒ♪」
「そ、そうですか……」
豚野提督の説明では既に○○鎮守府R基地近海の制海権は取り戻していたが、深海棲艦を撃退した訳ではないらしい。このことに青年は違和感を覚えた。
どういうことだ?人間を憎悪し、艦娘を沈めることに躍起になる奴らがこいつの無能な戦略に恐れをなして逃げ出したなんて考えられないんだが?しかも急にだと?何か嫌な予感がするぞ……
「先輩、気をつけた方がいいと思います。深海棲艦は無能ではありません(お前と違ってな)俺の考えすぎかもしれませんが、警戒を怠らない方が良いと思います」
「お前は心配性のようだな。安心するといい。私は優秀な提督だぞ?立派な建物、資材の蓄え、そして将来私は元帥の座に君臨すること間違いなしの器量を持っている。揃いも揃っている私に何の問題もありはしないのだ。わかるかね?私は何から何まで神に恵まれているのだよ。ブヒ、ブヒヒ、ブヒヒヒヒヒ♪」
「……」
何がそれほどの自信を生み出しているのか青年にはわからなかった。ふんぞり返り、高らかに笑う豚野提督に何を言っても無駄だと判断して青年はこれ以上口を出すことはなかった。
「……トキガ、キタ……ッ!」
海上に浮遊する影の集団があった。その影は真っすぐある場所へ向かっていた……瞳に憎悪の赤い炎を宿しながら。
★------------------★
『「こわくないよ」』
『「いいこいいこ」』
『「つらかったね」』
『「すずやはがんばっているよ!」』
『「うんうん!」』
『「だからげんきだして!」』
鈴谷は妖精達に囲まれていた……っと言うよりも群がられており、頭や肩に乗って小さな手が優しく触れる。妖精達が何を言っているか鈴谷にはわからないが、何となく自分を励まそうとしているように思え、彼女にとって嬉しかった。
「励まして……くれているの?」
鈴谷が思っていたことを言葉にすると妖精達は首を縦に振った。
「あ、あり……がとう……」
鈴谷は誰かの優しさに触れたのは久しぶりだった。永遠に続く疲労状態と抜け出せぬ絶望から気力を失わせ、戦うと言う意味を見失う艦娘達だらけ、誰も彼女達に手を差し伸べてはくれない。そんな状況の中での妖精達の小さな優しさは彼女の涙腺を崩すのは簡単なことだった。
でも鈴谷はすぐに泣き止む。ここは執務室の前……泣いているところなんてあの豚野提督に見つかればどうなるか……想像もしたくない。不細工の涙になんて価値はないのだから。しかしこの胸の奥に堪った感情を吐き出したかった。
そ、そうだ!あそこなら……みんなもいる。鈴谷だけ独り占めにしたらダメじゃんっ!!
「ちょっち来て!」
『「わわっ!?」』
鈴谷が走り出した。勢い余って頭や肩に乗っていた妖精達が落ちそうになるが何とかしがみついた。彼女が走る度に振動が伝わって来るが、妖精達にとってはアトラクションに思えキャッキャと楽しんでいる子も居る。やはり妖精と言う存在はどこまでも無邪気な子供のようだ。そんな妖精達を連れて彼女が向かう先とは一体どこなのだろうか?
ところ変わって○○鎮守府R基地のとある部屋。それなりの広さがあるが、家具は丸テーブルと隅に寄せられた布団のみ。清潔だが、どこか寂しい印象を与える……まるで艦娘の心を現しているかのようだ。それもそのはずである。この場に居る艦娘達は誰もが諦めた瞳をしていたのだから。
「ちくまぁ……もう疲れたのじゃ……」
「利根姉さん、私も同じですよ。けれど……」
姉を勇気づける為の言葉が見つからない。彼女達は利根型の2番艦である筑摩とその姉、利根の姿があった。しかし本来の利根は明るくあっけらかんとした豪放さと子供っぽく無邪気な一面があるのだが、ここの利根にはそれが見受けられなかった。妹の筑摩も何のために戦っているか、何故戦わなければならないのか……その意味が失われつつあった。
「翔鶴姉……絶対に沈みたいとか言わないでね?」
「だ、大丈夫よ……瑞鶴を残して沈んだりなんかしないわ」
「……寝言でもう沈みたいって言ってたよ。寝言でも言わないで……」
「……」
翔鶴型の2番艦である瑞鶴の言葉に「うん」と頷くことができない姉の翔鶴。姉の翔鶴はやや内気な一面もあるが真面目で、その真面目さ故に妹の前では気丈に振舞っていたが、妹の瑞鶴には見抜かれていた。彼女の胸の内は暗い水底へと沈みつつあった。
彼女達は○○鎮守府R基地の第一艦隊のメンバーだ。 重巡洋艦である為に遠征組に編入されず、ここの主力戦力であるが故に最前線へと送り出される。以前ならばもっと大勢の仲間が居たが、今では何人この鎮守府に居るのかさえ彼女達にはわからない。遠征へと駆り出される駆逐艦の子達、数日おきにメンバーが変わっていくのを見ている内に心が沈んでいった。軽巡洋艦の娘達も何人かメンバーに含まれていたこともあったが、今では海の底……幸いにも今の編成になってから第一艦隊では轟沈者が出ていない。しかし光が彼女達の心に差し込むことはなかった。変わらぬ日常がこれほど辛い日々になろうとは誰が予想できただろうか。
「どうして私達はこんな目にあうの?」「こんなところに建造されたくなかった」「私達は便利な道具じゃない!」と痛む心の奥底から思いをぶつけたことがあったが、答えは全て暴力で解決された。「これだけ優遇してやっているのに文句を言うとは何事だ!」とも言われた。彼女達はこんなことで優遇されたくなかった。恐怖心に駆られながら遠征に向かう駆逐艦の子達の背中を何度も見送り、光を失った瞳を思い出せば食事も喉を通らず、沈んでいった駆逐艦の子達が恨みや妬みとなって夢に現れる。
いつまでこの悪夢の牢獄から解放される日が来るのだろうか……いっそのこと沈んでしまえばいいか。誰もが心の隅で芽生えていた感情だった。そんな時にドタドタと廊下を駆ける音が聞こえ、部屋の前でピタリと止まる。そして勢いよく扉が開けばそこには鈴谷が居た。
「みんなー!ちょっち聞いて!」
「ちょ、ちょっと煩くしたらあいつに叱られるよ……ってその子達は?」
「あっ、ごめ~ん、今扉閉めるね。それでこの子達は妖精さんだよ」
「確かにそうみたいですけど……何故妖精さんがここに?」
今までこの鎮守府に妖精が居たなんてことは耳にしたことはない。それにいつもと様子の違う鈴谷に違和感を覚えた。艦娘としての本能が目の前にいる小さな子達が妖精であることは間違いないと告げているが、今更自分達の前に姿を現すなどありえないと思ったことだろう。瑞鶴と筑摩は訝しげに鈴谷の頭や肩でキャッキャと騒いでいる妖精達を見つめていたのが証拠だ。
「おおっ!この者達が妖精のようじゃな。吾輩初めて見たぞ!!」
「あら、妖精さんこんにちわ。瑞鶴の姉の翔鶴です」
妹達とは対照的に、子供のように興味津々の利根と疑いの念も感じない翔鶴は妖精達を気に入ったようだ。先ほどまで沈んでいたはずの心も妖精達の無邪気な姿に感化されたのか少し和らいでいる感じだったが、それでも瞳は暗かった。瞳は心の奥底を映し出すとも言われている。その信号を見逃す妖精達ではない。妖精達はわらわらと利根達へと飛び移って小さな手で頭を撫でたり、元気づけるように踊り始めた。突如現れた妖精達、そしていきなりの行動に困惑を隠しきれない瑞鶴と筑摩であったが、気づいたことがあった。
姉達が笑っていた。本物の笑顔を見ることができたなんていつ以来だろう……もしかしたら初めてかもしれない。それでも確かに妖精達と戯れている姉は心の底から笑っていたのだ。言葉は通じずとも思いは通じており、瑞鶴と筑摩の周りにも妖精達が集まり踊り始めた。その光景を見ていると不思議と瞳から熱いものが込み上がって来る……鈴谷も同じだ。彼女達が笑ったのを見たのは初めてかもしれない……皆我慢できなかった。今まで溜め込んだものが一気に溢れ出たことで、彼女達の胸の内に貯め込んでいたものが吐き出され、心にようやく光が差し込んだ瞬間だった。
「ふ~ん、そうだったんだ。妖精さんを引き連れた提督さんね……でも変だね」
しばらく感情のままに流されて、赤くなった瞳のまま瑞鶴は納得できないと感じていた。泣き止んだ鈴谷に聞いたところ他の鎮守府からやってきた提督のところにいる妖精達だと聞いたのだ。しかし妖精達は善良な人間にしか懐かないはずなのにおかしな話である。
『「ていとくさんはいいひとだよ」』
『「かんむすのみかた」』
『「いいおとこなの」』
『「うほ♪」』
妖精達が口々に何か言っているようだがわからない。しかし青年のことを悪く言っている様子はなさそうだ。ますます納得のできない瑞鶴である。しかし納得できないが彼女も艦娘……期待を胸の奥底にしまい込んでいる。誰もがそうであった。もしもその提督が本当に善良な人間であるのならば鈴谷達はこう揃えて言うだろう。
「あなたの下で共に戦いたかった」っと。
その願いは叶わないのだろう……鈴谷達の提督は彼ではないのだから。
『「おちこんじゃダメ!」』
『「げんきだして!」』
『「えがおだいじ!」』
「……妖精さん……ありがとう」
先が見えぬ戦いの連鎖に幾度と無理難題を押し付けられて来たがこれから先も同じことが繰り返されるだろう。そう思うと心が折れそうだ……だが今だけはこの場の酔いに浸ろう。今だけは何もかも忘れて自分自身をさらけ出そう。笑っていられるのは……きっと