それでは……
本編どうぞ!!
「チッ、予想以上の無能だったな。先輩も口だけらしいな。これから先ずっとあんな無能に好き勝手にされると思うと腹が立つ!!……って言うか広いなもうっ!!!」
青年は数々の愚痴を言いつつ○○鎮守府R基地を歩き回っていた……っというよりも迷子になっていた。
豚野提督との会談は青年の完全敗北で幕を閉じた。苛立ちを隠しながら退室して(見送りすらしてもらえず)青年はすぐさま自身の鎮守府へと帰ろうとしたが忘れ物をしていたことを思い出す。妖精達だ。鈴谷に押し付けたままであり、あの後自分は執務室へと入室した為にどこかへ行ってしまった。広い鎮守府ながら寂しい建物内を勘を頼りに歩き回ることしばらくしてとある部屋の前で止まった。中から話し声が聞こえて来て、その内の一つに聞き覚えのある声が混じっていた。青年は
「おい鈴谷、いるんだろ?あけろ」
青年が扉をノックして声を上げると中の雰囲気が変わる。先ほどまで花を咲かせていた話し声は無と化し、沈黙の気配を漂わせているようだ。見ずともわかる……中には鈴谷以外にも艦娘が多数居て、青年の存在を認識して血の気が引いているのだろう。青年は見ず知らずの相手、しかも声から男だとわかる相手が扉の前に居ることに恐怖心を駆り立ててしまったようだ。しかしそんなことを気にしている暇はない。早く帰りたい一心で更に扉を叩く。
「は、はい!い、今開けます!!!」
「――んがぁ!!?」
彼女もまさか艦娘の部屋に直接やってくるとは思っていなかったのだろう。わざわざ艦娘相手に会いに来る変わり者がいるはずないと……残念ながらここに居たのが運の尽き。鈴谷が慌てて扉を開けたが、勢い余って思いっきり開けてしまったことが原因で青年の顔面にぶつかってしまう。彼も早く帰りたい思いから気持ちが先走ってしまい、扉に近づき過ぎたのがそもそもの問題であるのだが状況は鈴谷に味方をしない。
○○鎮守府R基地では艦娘達が失敗すれば罰を課せられた。例え相手の方が悪くても責任を取らされた。今回もそう……サッと鈴谷の顔から血の気が引いた。
「――あっ!?す、すみません!ご、ごごご、ごめ、ごめんなさい!!!」
自分の仕出かしてしまった事に土下座をしてまで許しを請う顔面蒼白の鈴谷……だけではない。部屋に居た同じ艦娘も全員同じく血の気が引いているのであった。
連帯責任と言う言葉がある。多数の者が共同で責任を負うことであり、任務に失敗すれば暴力や罵倒だけでなく、最悪解体……第一艦隊である鈴谷達は○○鎮守府R基地の主力戦力である為その件は大丈夫であろうが、酷い仕打ちを与えられるだろう。意図的にやった事では無いにせよ、鈴谷達の心は恐怖に染まっていた。
「お、おまえよくも……はっ!?」
正直痛かった……とっても痛かった。そう文句を言ってやろうかと声を荒げようとしたが視線を感じて思いとどまった。失念していた訳ではないが、その存在は小さく一部の人間か艦娘しか見えない。妖精達が青年のことをジッと見つめてこの様子を観察している姿を見たのだ。こうなってしまえば青年の態度はコロリと転がされ、妖精達のご機嫌取りに走る他ありえない……扉に当たった顔面を擦りながら痛みに耐えるしかなくなった。
「い、いや、謝る必要はない。俺もうっかりしていたからな」
「……えっ?」
「それに土下座なんてするな。そんな恰好では話もできないだろ?ほら立てよ」
「えっ、あ、ふぇ、おぉ?!!」
「安心しろ、あんまり痛くなかったからな(滅茶苦茶痛ぇよ!!)」
怒るに怒れなくなった青年は痛くないと笑みを浮かべている……が、それは強がりであった。当たったところがまだヒリヒリしていたが幸い赤くなっていなかったことで青年の言っていることが真実味を出していた(本当は滅茶苦茶痛かった)。妖精の前では青年は提督からただのいい人間を演じなければならない……それは妖精に屈している証であるが、それは仕方ないことだと彼の威厳の為に言い訳として書き記しておこう。しかし事情を知らぬ鈴谷達は目を白黒させており、鈴谷本人は挙動不審にまで至っていた。土下座する彼女の腕を引っ張って立たせると何ともキョトンとしているではないか。
艦娘が失礼を働いた。しかし激昂するどころか土下座していた鈴谷を立たせたことに違和感しか感じられなくなっている。彼は男であり、男は皆ろくでなしだと思っていた。今までまともな扱いを受けたことのなかった彼女にとって初めての対応で呆然としていたのである。
『「ていとくさ~ん!」』
『「やっぱりやさしい♪」』
『「やるじゃない、ほめてやる」』
『「いいおとこだね♪」』
『「うほ♪うほほ♪」』
「……お前ら少し落ち着けよ」
一連の出来事を見ていた妖精達が青年の下へと集まりだしてそれぞれ褒め称えていた。中には喜びの舞なのか踊り出す妖精や青年の頭にわざわざ乗ってまでいい子いい子している妖精さえいる。艦娘に少し優しくするだけでこの始末だ。痛い思いをしたがこれで妖精達の好感度アップに繋がったことに内心ほくそ笑む青年であった……代償として未だに痛みは残っているが必要経費として我慢しよう。
「ね、ねぇ!あなたもしかして妖精と話せるの!どうなのよ!?」
「ちょ、ちょっと瑞鶴!!」
「――あっ!!?」
この光景を見た瑞鶴は堪らず声をかけてしまう。初対面な相手、しかも男は傲慢な性格をしている人物が多く、ここにいる連中もそうで艦娘如きが敬語も使わずに、更には身を弁えずに突っかかる言い方をすれば……待っているのは何度も受けたことで身に染みている体罰。姉の翔鶴が慌てて止めるも今や遅し……我に返った瑞鶴は染みついた記憶が蘇ってしまい吐き気に襲われ体に震えが走る。
「うぅっ!?」
「ず、瑞鶴大丈夫!?も、申し訳ございません!瑞鶴の罰は代わりに受けますから何卒!何卒瑞鶴はお許し願います!!」
「しょ、翔鶴姉……だめ……」
気分が優れない瑞鶴の失態を庇うのは姉である翔鶴、彼女はその場に土下座した。妹の瑞鶴が受ける体罰を代わりに受けると言う……当の本人は体が震えていたが、翔鶴の覚悟は愛する妹を守る為の行動だった。突如として緊迫した状態へと空気が染まる一室で沈黙が場を支配する。
「………………………………………………」
しかし青年が一番困惑していた。
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面倒な奴らだなおい!?チビ共が居るおかげでこいつらに文句の一つも言えねぇとは腹が立つ。それもこれも全部無能な先輩のせいだ!俺から資材を横流しする方法を考えるしか脳だけしかない癖して自慢話もおまけに付けやがって!それがなければもう少し早く帰れたのに今何時だよ?この部屋には時計もないのか。やはりクソな鎮守府にはまともな生活をしていないようだ。この部屋には生活感の欠片を感じさせない。それなりに広い空間ではあるが家具は布団とテーブルだけでカーテンの汚れが目立つ。長らく窓を閉め切って空気の入れ替えをしていない証拠だ。引きこもり状態が続いているようだな。これでは戦力強化どころの話にはならず、どうせ艦娘の能力しか見てないのだろう。健康状態や精神面が能力に左右されることがわからないのか?ああ、わからないから無能だったな。健康状態や精神面の影響で本来の能力より低下あるいは上昇するのは明らかだ。
その問題を考慮していないのはこの部屋……つまり環境を見れば一目瞭然だ。生活感のない部屋で引きこもりの艦娘共、他人に
確かに青年は悪くない。悪くないが何も知らない第三者がこの現場を見ればどう見ても青年が悪者と映るだろう。豚野との無駄な会談で疲れているのに妖精達の視線を気にしないといけない状況にストレスが溜まっていくが、それでも青年は我慢するしかないのだ。
「……おい」
「――は、はい!」
「顔をあげろ」
「……」
恐る恐る言われた通りに顔を上げる翔鶴だがその表情は恐怖に染まっている。震える体を無理やり抑えているのが見てわかり、何度恐怖を味わえばこのような顔が出来上がるのだろうか……瞳の奥にはまるで心そのものの闇を映しているかのようであった。
ヤバそうな目だな、しかし俺には関係ない話っと言いたいところだがチビ共の目があるのが問題だが……チッ、こっちは早く帰りたいだけなのによ。ご機嫌取りに奮起しないといけないとは……もうめんどくせー!!こうなればなるようになりやがれぇ!!!
「……ほら、拭けよ」
「……えっ?な、なん……ですか?」
「どう見てもハンカチだろが」
「な、何故それを私に……?」
「涙が出てるぞ」
「……あっ」
青年から差し出されたのはただのハンカチだったが、それはどういう罰を与えられるのか翔鶴にはわからなかったが、それが罰ではなく彼女の為に差し出されたものだと理解出来た。翔鶴の頬には涙が流れていた。それは恐怖心から来るものなのか、自分を慕ってくれる妹の瑞鶴に哀れな姿を見せてしまった罪悪感からか、様々な複雑な感情から人は意図せずに涙を流してしまうことが稀にある……それと同じであった。彼女は意図せずに涙を見せてしまったのだ。しかし艦娘である自分が涙を流すなんて見せてはいけないことであった。道具が涙を流すなどあってはならないと、それも醜い艦娘が人間に対して同情を誘うような行為は軽視派の豚野提督からしてみれば気分を害するものであった。その為、涙を流しているところを見つかれば何度罰を与えられたか、不細工の涙に価値はない……現実は艦娘達にとって辛く生きづらい世界である。
しかし目の前の青年こともあろうかハンカチを差し出して来た。それは個人の物だとわかる。翔鶴は唖然としてしまったのは、醜い艦娘の自分へと差し出しているのだから無理もない行動だったのだ。その為訳も分からずにハンカチと青年の顔を交互に見比べるの繰り返しで一向に進展しないことに痺れを切らした青年が動いた。突如翔鶴に近づいたのだ。
「えっ!?な、なにを……!?」
「ジッとしてろ」
「――ッ!?」
青年の行動は驚くべきものであった。翔鶴の涙をハンカチで拭いたのは青年自身だったのだ。これには開いた口が塞がらない周りの艦娘達……翔鶴自身は目でもえぐられてしまうものと瞳を閉じたが伝わって来たのは優しい感触で、すぐに感触が離れていく。おかしな感覚に襲われ、恐る恐る瞳を開くとそこには青年の顔があった。小さく「あっ」と声が漏れてしまう。
「よし、これでいい」
「……どう……して?」
「んぁ?そんなの決まっているだろ?ハンカチは拭くためにあるんだぞ。ただ俺はハンカチの役目を果たさせてもらっただけだ」
当然の行動を起こしたまでだと振る舞う青年に呆気に取られてしまう。周りの艦娘達も未だ思考が停止している状態(開いた口が塞がっていない)だと一目でわかるぐらいだった。翔鶴はボーっと青年を見つめており、どこか頬が赤かった。そんな理解不能の状況で唯一動き出したのは妖精達であった。
『「やるー♪」』
『「いろおとこ!」』
『「ひゅーひゅー!」』
『「じぇんとるめん♪」』
『「うほ、だかれたい❤」』
「お前ら……」
いちいち反応するんじゃねぇよ……まったく本当に面倒な奴らだよ。いいか、俺がチビ共の機嫌を損ねないようにわ・ざ・とこいつらに優しくしてやっているだけだからな!そこを勘違いするんじゃねぇぞ!!ってか、チビ共抱き着くな!おい誰だ今尻触った奴出てこい!!
青年の行動を傍で見ていた妖精達に再び群がられてしまう。先ほどよりもスキンシップが激しくなり、妖精達も青年の行動に感動を憶えてヒートアップしているようだ。どさくさに紛れて尻を触る如何わしい妖精もいるようだが、それもこれも妖精達を虜にしてしまう青年が悪いのだ。
「おお、それとな……瑞鶴だな」
「えっ、あ、はい」
「先ほどの質問の答えを教えてやる。チb……妖精さんとは会話ができるんだ。何故かは知らないがな(クソ猫のせいだが……あんな奴のおかげだとは思いたくねぇ)」
「あ、ど、どうも教えてくださってありがとうございます……」
「そしてもう一つ、お前達は俺から罰を与えられると思っているみたいだがそれはねぇよ。俺はここの提督じゃない。従ってお前達をどうこうする権利はないということだ。だからお前達がどう接して来ようとも怒ったりはしないから安心しろ」
「は、はぁ……」
瑞鶴にとって妖精と話ができるという事実を知れたのは良かったが、目の前の人物は自分の追い詰められた心が見せている幻影ではないかと疑ってしまう。怒らない男が目の前にいるのか?そんなバカなことがあるわけないと思っても悪くはない。しかしここは現実世界、青年は幻影などではなかった。その事実に戸惑う瑞鶴。
「……っと鈴谷、俺はもう帰る。話し合いは終わったからな」
「……お帰りになるのですね?」
「ああそうだ。
「……」
「……おい、俺に何か用か?」
「え、あっ」
そのまま部屋から出て行こうとする青年に手を伸ばしていた。その手は青年の裾をキュッと静かに摘まんでおり、鈴谷自身も今気づいたらしい。何故無意識に自分は手を伸ばしていたのかわからない鈴谷だが、胸の内に沈みこんでいたのは
「「「「「――ッ!!?」」」」」
鎮守府内に緊急事態を知らせるサイレンの音が響いた。