それでは……
本編どうぞ!
「餓鬼はどこにいった?」
クソ猫め、いつも監視されているってことじゃねぇか。プライベートもなしかよ。それに前世の記憶とか感覚とか戻ったとしても
青年の脳内でスカートの下側に不自然に白い部分が浮かび上がり、体温が上昇していくのを感じた。
な、なにを考えているんだ俺は!?あんな餓鬼のしかも色気も何もないパ、パンツ……ごときで興奮するわけが……!?
などと思っていても鼻からたらりと赤い液体が流れ出ていた。それを慌てて拭い去り心を落ち着かせようとする。
女性は圧倒的に美人が多いこの世界である。だが、青年にとってはそれは既に過ぎ去ったものとなっていた。愉悦猫による影響で、前世の記憶と感覚を取り戻してしまった為に今までの
当然人生が真逆の道を行く羽目になった愉悦猫を恨みながらも、脳内に保管された記憶の中の女の子に夢中になってしまう青年は大人のようでまだまだお子様のようだ。
違う違う!俺は変態じゃねぇ!事故に遭ってまだその後遺症が残っているだけだ!餓鬼のパ……下着を見たぐらいで興奮する奴じゃねぇぞ俺は!!ええい、とりあえず目的の鎮守府にやってきたんだ。あの餓鬼……吹雪はどこに行きやがった!?
慌ててその光景を振り払い吹雪を探し始めることにした。しかしここは鎮守府のはずである。それは間違いないはずだが、殺風景で活気がない。それもそうかと青年は呆気なく納得できた。問題山積みの鎮守府なのだから艦娘の誰もが提督に会いたくないと思っているのは当然のことで、日頃から暴力等を受けていたのだから少しでも出くわさないよう出歩くこともしないのだろう。
「奴らは部屋にでも籠っているのか?なら叩き出してやらねぇとな」
青年は艦娘の寮を勘だけを頼りに探していく。来たばかりで構造も知らぬ故に仕方のないことであった。だがそんな時にとある出会いをする。
「んぁ?なんだこのチビは?」
曲がり角に差し掛かった時に、壁際に小さな影を見つけて目で追ってみた。向こうも気づいているようで青年が近づいても逃げずにこちらを見上げていた。その影は小人だった。小動物のような愛らしさを持ち合わせていたが、小人が存在するだなんて青年は聞いたことが……
いや、待てよ。このチビ……もしかして……妖精か?
青年は先輩から教えられたことを思い出した。深海棲艦や艦娘が現れたと同時に妖精の存在が確認される。よく物語に出てくる妖精と同じで小さな体に人間と同じ姿をしている。艦娘には妖精が見えるようで、妖精が居れば艦娘達が強くなるのだとか。人間も見えるらしいが実際に見えたと報告された人間は少ないとも聞いた。我らが美船元帥はその一人であるとも教えられていた。
青年的には美船元帥のことを慕っている訳ではない。寧ろいけ好かないと思っていた。元帥は珍しい不細工な女性であり、青年が訓練学校生の時に演説に来た時も気持ち悪い顔の上司の下で働くなど嫌だとか色々同期と話していたぐらいだ。しかし今の青年からしたら大和撫子の美人にしか見えないのだから複雑な気分だったが、それは今置いておくことにして話を戻そう。まさか妖精が自分にも見えるとは思っていなかったので、少々驚いてしまい、一応念のために聞いてみることにした。
「おい、チビは妖精なのか?」
威圧感を出した言い方にビックリしたのか妖精は身を縮こませてしまう。これには青年はまずいと思った。
妖精は艦娘共にとって必要な存在だ。確か艦娘共が使っている艤装や鎮守府の設備などには妖精が必要になってくると美船元帥が語っていた。妖精は気まぐれな奴が多くて、お菓子や甘い物が好きだとも演説で語っていたこともあったか?適当に聞いていたがここで役立つとはな。ともかくご機嫌を取った方が今後の俺の為にもなってくれるだろう。せいぜい利用させてもらうとするか♪
ほくそ笑む青年は咳払いをして今度は優しく語り掛けてみる。
「ごめんよ妖精さん、驚かせてしまったようだな。俺はここの提督になる
『「……ていとくさん?」』
こいつも喋るのか。色々あり過ぎて驚けないな……言葉が通じるならやりやすい。
「そうだ提督だ。妖精さん君一人なのか?」
『「ほかにもいるよ。ほら」』
小さな手を向けるとそこにはこちらを窺っている20~30の妖精達が暗闇から顔を覗かせていた。その光景がホラー的だったので青年はちょびっとビビった。
「こんなに……そ、それで君達は何をしているのかな?」
『「ていとくさんこそ、なにしてるの?」』
「俺は艦娘を探している。吹雪とか言う艦娘をな」
『「ふぶき?それならみなとにいるよ」』
顔を覗かせていた妖精の一人が答えた。周りにいた他の妖精達も「みたみた」と主張し始めた。
港にいるのか……俺を放ったらかしにして釣りでもしてんのか?とりあえず行くか。
「ありがとう妖精さん達、俺は港に行ってみるとするよ」
『「うん。あい」』
「んぁ?なんだその手は?」
『「おかしちょうだい」』
「お菓子?」
妖精は小さな手で要求する。一人や二人ではなく全員がぞろぞろと青年の周りに集まって来てそれぞれ手を差し出して「おかし」と求めて来る。青年は困惑したが、確か美船元帥の演説中に妖精はお菓子や甘い物が好きで求めてくると言っていたのを思い出した。しかし今は手元にないので口約束することにした。
「今は手元にないんだ。後日な」
『「ええー!?」』
『「けち!!」』
『「びんぼうにん!!」』
『「たまなしやろう!!」』
お前らお菓子が無いだけで言いたい放題しやがって!!ケチでも貧乏も結構だが、誰だ玉無しなんて言いやがった奴は!?態度コロッと変えやがって……!!
お菓子をすぐに貰えないとわかると妖精達の抗議が殺到する。まさにその姿は我が儘な子供そのものだった。青年はイラっとしたが、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。今キレてしまえば後々妖精達に協力を頼むのが難しくなってしまう可能性があった。ここは我慢して何とか後日埋め合わせをしよう。
「明日になったらお菓子をやる……沢山だ!一人一つではなく一人ずつ沢山のお菓子を腹いっぱい食わせてやるからいいだろ?!」
『「おおっ!?」』
『「ゆるす!!」』
『「やったー!」』
『「いいやつ!」』
『「ていとくさんおとこまえ!」』
『「おかしおかし!」』
『「うほ、いいおとこ♪」』
妖精は口々に青年を称えている。中には踊り出す妖精もいた。先ほどとは態度が正反対の妖精達はやっぱり子供だった。お菓子ぐらいでこの騒ぎをするなど
いかんいかん、チビ共には俺は
幸運な出会いに気分が良くなり鼻歌混じりで港に向かうことにした。夕暮れの空、そこには背を向けた吹雪が悲壮感を漂わせていた。
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夕暮れの明かりで海面が赤く染まる中、港に腰かけてぼんやりと海を眺め黄昏ている吹雪の姿があった。その後姿に儚さを感じさせる程に彼女の小さな背中が更に小さく見えた気がした。
あれから吹雪はずっと考えていた。何故自分は生き残り妹達が沈んでいったのか、自分はまだ司令官のことを信じようとしているのか、叢雲の言う通り司令官のことを信じない方がいいのか……迷路に迷い込んだみたいに抜け出すことができずにいた。
私は……どうしたらいいのだろう?私は司令官を信じたい……けれど……
「おい」
また怒鳴られて……暴力を振るわれて……誰かが沈むことになったら……
「おい、聞いているのか?」
みんな私のこと嫌いになるのかな?そうなってしまったら……嫌だなぁ。叢雲ちゃんにも嫌われて私は……一人ぼっちに……
「おい餓鬼!」
「ひゃあ!?」
突如背後から声がして驚いてしまった。慌てて振り返ればそこにはギザ歯が特徴的で目つきが怖い男……新しくここA基地の提督となった青年だ。不細工には縁もゆかりもないと思っていたイケメン男性との出会い。ここへやってきた顔は怖いがイケメンに間違いない青年に誰もがドキッとするはずだが、それはまともな生活を送れていればの前提の話ではある。
前提督も男性であったが、容姿が醜いだけで近づくなと言われたり、その顔が気に入らないと理不尽な扱いをされたことばかりである。全ての男性がそうとは限らないがここではそうだった。
吹雪は青年の怒号に前提督から受けた仕打ちが脳裏に浮かんでしまい身が縮こまってしまう。今度の提督を信じたいと思う反面、体に染みついてしまった恐怖を拭うのは難しい。
「んぁ……確かお前は吹雪だったな?」
「は、はい……そう……です……」
吹雪は正義感の強い元気な艦娘で
怖い……また殴られるのかな……やっぱりこの人も以前の司令官と同じなんですか……?
「……吹雪、他の艦娘はどこだ?」
「み、みんなは……」
先ほどまでは食堂に居たが今はおそらく各自部屋に籠っているだろうと予想する。司令官が怖いのだ。少しでも関わる時間を減らしたい、会いたくないと吹雪もそう思っていたからだ。そのことを正直に言うつもりはない。今まで苦しい生活を共に歩んできた仲間を売りたくはない……しかし嘘を言えば後で知られた時が怖い。なんて答えればいいのか相手の気分を害さないようにするにはどうすれば……自然と言葉が出なくなり気づけば沈黙が流れてしまっていた。
「……チッ、吹雪全員どこかに集められる場所はないか?」
「食堂なら……」
「ならそこに全員呼んで来い。いいな、全員だぞ」
そう言うと吹雪に背を向けて去ってしまった。ホッとしたが、後に何が待っているか……
不安だらけの中で吹雪は食堂に全員を集める為に重い足取りでこの場を後にした。
「やっべ、食堂の場所わからねぇ!?吹雪の奴に案内させればよかったぜ……これもあのクソ猫のせいだ!!あいつのせいで散々な日になっちまったじゃねぇか!!」
青年はまた吹雪を探す羽目になった。悪態をつきながら鎮守府内を走り回ることになる。
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「俺が今日からここの提督になる
息を整えて食堂まで辿り着いた青年は中へと入る。その瞬間に艦娘からの視線が集中する。熱い視線とはいかず、不安と恐怖を孕み、中には敵意むき出しの瞳に晒された。しかし青年はそんなことわかりきっていたことであった為に平然としていたが、挨拶が終わった頃に食堂に入った時点で感じていた違和感を前に内心困惑していた。
「おい吹雪、全員と言ったはずだが……これっぽっちか?」
「は、はい司令官様!吹雪及び以下五名これで全員です!」
ビシッと敬礼をする。不安と緊張で固くなりつつも粗相がないように振舞う……が困惑していた理由はこれではない。ここは鎮守府のはず、決して大きくない鎮守府だが、あまりにも艦娘の数が少なすぎたのだ。
前世の記憶の中でやっていた『艦これ』と言う名のゲームでその姿を見たことがある六人。吹雪に叢雲、睦月、時雨、夕立、電と言った駆逐艦娘しかいなかったのだ。
「たった六人……だと?」
たった六人で鎮守府をやり繰りするなど困難なことであった。着任してすぐの状況ならまだわからないこともないが、前提督は一年以上ここに着任していた。激戦区でないものの、その間にも深海棲艦からの侵攻が何度もあったはずだが、戦力が無くては守ることはできない。しかしこの場にいるのは駆逐艦娘六人だけ、これで今まで守り切ることなど不可能である。問題を抱えた鎮守府だと聞かされていたが、詳しい内容までは聞かされていなかった青年は矛盾した状況に違和感を覚えた。
餓鬼共が六人で今まで守り切れるわけがねぇ。前提督……きたねぇおっさんはどうやってこの鎮守府を回していたんだ?嫌な予感がするぜ……
「おい艦娘共、おっさ……前提督はどうやってここをやり繰りしていた?お前らだけでどうにかできる訳がねぇだろ?」
疑問を投げかける。すると数名は瞳に涙が浮かび上がっていた。
「……あんたらのせいよ」
「叢雲ちゃん!」
ボソリと出た呟きに吹雪は反応するが叢雲は構わず口が動いた。
「あんたらが私達を使い捨てにするからこうなったんでしょうが!頼んでも艤装を直してくれない、入渠すら許してもらえず大破のまま放っておかれて……挙句の果てにそんな状態で出撃させられて沈んでいったのよ!!」
「落ち着くっぽい!!」
「叢雲落ち着いてよ!!」
「む、叢雲ちゃん!?」
「はわわ……!?」
青年に敵意むき出しにしていた叢雲が感情を露わにした。そのまま殴りかかってしまいそうなところを夕立と時雨に止められても敵意は消えなかった。睦月と電は不測の事態にどうしたらいいか混乱しているようであった。ここまで叢雲が感情を露わにしたのはやはり前提督の仕打ちと沈んでいく仲間達の姿を思い出して我慢できなかったのだ。羽交い絞めにされている叢雲を見下ろしながら青年は思う。
敵意むき出しにしていたのは見てわかっていたが、物理的に攻撃しようとするなんてなんて野郎なんだ!?確かこいつは吹雪の姉妹艦の叢雲。性格は勝ち気で高飛車、態度もかなり高圧的だったな。それが
未だにこちらを睨みつける叢雲に視線を落としながら考え込んでいると気がついた。
こいつ……ミニスカに黒タイツだと!?そ、そう言えばこいつ中破した時にくっきりと見える肋骨の持ち主だった。それにやや縦線が入るくらい引き締まった腹筋もあったな……
視線はいつ間にか下から上へ、上から下へまじまじと観察していた。記憶と感覚が戻ってからと言うもの青年は今まで興味すら抱かなかった艦娘の体に自然と吸い込まれてしまう。ハッキリ言って可愛い。素朴な印象の吹雪も愛らしさがあったが、素朴とは真逆の派手さが目を引く。特に黒タイツ越しから見える太腿が魅力的。
「あ、あの……司令官様?鼻血が……」
「――ッは!?」
電の指摘に慌てて鼻血を拭い去る。駆逐艦娘から視線を感じるが慌てて咳払いをして話題をかえる。
「ゴホン!まぁ以前の提督がやっていたことはわかった。だが、それは以前のことだ。俺は関係ねぇ」
「あんたも同じなんでしょう!私達を使い捨てにして変わりがいるから沈んでも大丈夫、醜いから別に沈んでも構わないとか思ってんでしょう!そういう顔しているのよあんたは!!」
「こ、こいつ……!?」
青年は叢雲の態度に激怒しそうになった。しかし視線に映った影に気づくと言葉の飲み込んだ。それは妖精達がこちらを物陰から観察している姿だった。きっと騒ぎを聞いて見に来たのだろう。艦娘なら沈んでもまた建造すればいいと言う考えを持っているし、軽視派だったのだから当然その非道ともいえる考えを持っていてもおかしいことではない。だが妖精は青年にとって手放せない存在だ。昇進に直結するかもしれないし、おそらく美船元帥からマークされていることは薄々感じている。軽視派ではあるが、この鎮守府A基地を任せられるのは自分しかいない為に手が出せないように保険をかけるには妖精の協力が必要なのだ。
妖精は艦娘の味方であり、艦娘を蔑ろにする人間には懐かない。妖精達から青年は
憎たらしい餓鬼だがチビ共が見ている……クソ猫だけならずチビ共にまで監視されての生活か。ウザってぇ……が、機嫌を損ねるわけにはいかねぇな。癪だが……
怒りを抑え込み羽交い絞めにされている叢雲に対して頭を下げた。突如の行動にその場にいる全員が困惑しているのがわかった。
「悪かった。訓練学校を卒業しての新米提督だが、俺も提督だ。前提督の行って来たことに対して謝罪したい。前提督の不祥事によってお前達の信頼を失ってしまった。だが、これからは俺はお前達の為に尽くすつもりでいる。右も左もわからない提督だが……それでも信じてほしい」
「そんなの信じられる訳は……!」
「すぐにとはいかないのはわかっている。だからゆっくりとで良いんだ。俺もすぐにとはいかないがお前達の待遇を改善するのを約束する。それまでは辛いことを言うかもしれないが我慢してくれ。この通りだ」
「「「「「……」」」」」
場は静寂に包まれた。前提督の横暴さを目の当たりにしてきた吹雪達は呆気に取られていた。艦娘を使い捨ての道具だと見下して来たのにこの青年は頭を下げ、前提督の不祥事に対して謝罪したのだ。
「……司令官様」
「俺のことは司令官様と呼ぶ必要はない。提督でも司令官でも好きに呼べ。堅苦しいのは抜きにしよう。これからお互いに支え合っていく仲なのだからな」
「司令官……はい!」
吹雪は敬礼する。その瞳にはまだ不安は残っているものの期待を孕んだものだった。
「他の皆も遠慮することなどない。これからは上司と部下の差はあるものの先ほど言った通り支え合っていく仲なのだ。だから敬語なんて使うんじゃない。業務では立場上必要ではあるがそれ以外なら問題はない。わかったな?」
「「「「はっ!」」」」
時雨達も不安は残っているようだが、吹雪と同じく期待が籠った瞳をしていた。
「叢雲も今は構わない。だが必ず俺が変えてやる。だから……協力してくれ」
「……あんたを信じていないわ。でも必ず待遇を改善するのよね?嘘ついた時は……」
「嘘ではない。必ず今の環境をマシにしてやるよ」
「……ふん」
叢雲は相変わらず敵意をむき出しにしていたが、大人しくなった様子でこの初日の騒動は幕を閉じた。明日から青年は艦娘達と明るい未来へと共に歩み出すのだった。
なんてな!外見だけいいようにしておけば俺が善人に見えてチビ共は協力してくれる。餓鬼共は俺がいい人間だと思い込み昇進の為に貢献してくれる良い道具ってわけだ!我ながら恐ろしいぜ。せいぜい俺の為に役立ってくれよな艦娘共♪
ほくそ笑む青年の素顔は誰にも見られることはなかった。艦娘達を表面上騙して内心では自分の為の便利な道具として扱う計画が進められていた。
ちくしょう~!餓鬼の癖して愛らしい容姿をしやがって!これも全部クソ猫のせいだ。俺はロリコン野郎じゃねぇんだ……だが、なんだよあの愛らしさは!?抱きしめてぇよぉおおお!!!
青年の中で危ない何かが生まれようとして悶絶していた姿は誰にも見つかることなく済み、執務室で一夜を過ごした。